不可思議だった。
カテリーネ様の作戦を実行すべく、会議が終了してから中庭へと向かって行きパスクアル王子と初めて対面をした。
……最初から良い印象がなかったのは確かである。
私という婚約者がいると知っておきながら、堂々とカテリーナ様へあからさまな好意を見せているなど当然良い気はしない。
しかしながら相手はニーヒスター国第三王子であり、使者である。
平常心を意識し、パスクアル王子と会話されているカテリーネ様の隣へと移動すると、妙な臭いを感じ取った。
嗅覚が特別に良い自負はなかったのだが、パスクアル王子から放たれる強烈な『嫌な臭い』が届いてくる。
『嫌な臭い』を具体的に表現するのは難しい。
しいて言うならば戦いの最中で感じる攻撃の予兆……、だろうか。
王子をここに、帝国に留めてはいけないと本能が訴えてくる。
だが、心のままに行動するのは責任のある者として行ってはならない行為だ。
早く退けろと警告してくる衝動を抑えようとするものの、カテリーネ様を奪おうとする行動と嫌な臭いが怒りを掻き立て抑えきれない。
刺々しい態度になってしまっているのを自覚しつつも、牽制というすべきことを行なっていく。
……率直な感想なのだが、これは牽制になっているのだろうか。
カールやゲオフ、ディートリッヒ様まで『カテリーネ様といつも通りに過ごしていればいい』といった内容を言ってきたのだ。
私としては己がすべきことをしているだけであり、愛しているからこそどんな時でも愛を伝えるのが当たり前だと思っている。
私の父は母へ愛の言葉を常々伝えており、母もまた父の想いに応えていた。
周囲も両親ほどではないが感謝や愛の言葉を伝えている夫婦が大半であり、帝都で過ごす日々が長くなってから当たり前でないのに気がついたくらいだ。
だからと言って私が愛する人──カテリーネ様へ愛を伝えるのはやめたりしない。
母を亡くしてからより一層、伝えられる時に伝えるべきだという想いが強くなったからだ。
結果として牽制にはなったらしく、パスクアル王子は表情をなくしてから立ち去っていった。
……その際に吐き捨てられた言葉について考えを巡らせている。
『この獣が』
私の耳ではそう聞き取れたが、実際には違う言葉である可能性は大いにあり誰かへ話すのは憚られた。
仮に正しかったとして、どういった意味合いで言ったのかも不明だ。
戦場での所業なのか、立ち振る舞いについてなのか、──私が獣へと変化したことについてなのか。
身を獣へと変化させたことについてはあの場にいた者と、ディートリッヒ様にヘルト……後々話した軍師のセベリアノしか知らないはずだ。
知っていると考えるとしたら、ニーヒスター側が兵士へ脅しをかけて話をさせたか、あるいは……敵の魔術師と繋がっているかだ。
私の予想が当たっていればディートリッヒ様やヘルトに話を通さねばならないが、そもそも当たっているかどうかが怪しい。
悩んだ末、ディートリッヒ様へ確実に存在していた臭いについて話をしてから軽く言われた言葉についても伝えようと思い、ディートリッヒ様のいらっしゃる部屋へと向かった。
◆
ディートリッヒ様の執務室にはセベリアノもおり、デスク前に立って話し合いをしていたようだ。
私が入室をするとセベリアノは座っているディートリッヒ様が見えるように脇へと移動し、「出てった方がいい?」と聞いてくる。
「……いや、そのままいてくれ」
「分かった。じゃあこのまま話聞いてるよ〜」
「ヴァァァアル! ……………………………………ぐっ」
「その沈黙はなんですか……」
歯を食いしばり、感情を堪えている様子のディートリッヒ様に溜息をついた。
大方、自分を差し置いてカテリーネ様とイチャイチャ……をしていたのが許せないのだろう。
このまま慰める流れとなると時間がいくらあっても足りないので、ディートリッヒ様には我慢していただくことにする。
「完全に興味を失ったか経過を見守る必要はありますが、カテリーネ様の計画は概ね上手くいったかと思います」
「そっ、そうか……。……そうか。……いや、やっぱりおれとカテリーネがイチャイチャして『お前には大事な大事なカテリーネはやらない!』って宣言する必要があるんじゃないか!?」
「いやいや、それディートリッヒ様がやりたいだけでしょ」
呆れ顔でセベリアノが指摘しても「いや〜」と言いながら粘ろうとしたので、そのまま言葉を続けていった。
「ここからは不可思議な話になるのですが、よろしいでしょうか?」
「……不可思議? なんだなんだ」
「パスクアル王子より、『嫌な臭い』がしたのです」
「嫌な臭いィ〜?」
怪訝な顔をした2人に私が感じた事と見解を述べていく。
そして、最後に言われた言葉についても話をした。
ディートリッヒ様は眉に皺を寄せ、右手を頭にやって掻き始める。
「……ん〜、ん〜? ……あ〜、お前を信用していない訳じゃない。これは分かってくれ」
「重々承知しております」
「元帥ってさぁ、鼻まで獣になってるの?」
思わず鼻を触ったが、しっかり人間の鼻の形をしていた。
ぐっ、と笑いを堪え体を震わせるセベリアノを無視し、ディートリッヒ様のお言葉を待つ。
ディートリッヒ様は腕組みをし、私の眼を見ながら真剣な表情でこう仰った。
「お前の情報は感覚でしかなく、不確かな言葉から推測したものにすぎない。だが、俺はお前の危惧を信じたい」
「はい」
「セベリアノにニーヒスター側と件の魔術師が繋がっていないか、また、同行した兵達の様子についても調べさせる。そして城内の警備を増やし、カテリーネの護衛も増やす。俺からも多少強引でいいから契約締結に向けて進めろと言っておく。現状はこれが限界だ。いいな?」
「勿論です。ありがとうございます」
「よし。そんじゃセベリアノ、よろしくな」
「はいはーい」
そうして私と指示を受けたセベリアノは、ディートリッヒ様へ礼をしてから部屋を立ち去っていった。