お兄様のブレスレットに嵌め込まれていた赤い宝石がなくなっている。
午後からお兄様の部屋に行ってベッドの横にある椅子に座り、あれから目を開けずに眠ったままのお兄様を見つめていたら気がついた。
事件から一日が経った。
あの後、目を覚ました護衛の人達によって隠し部屋から出たらしいが、正直あんまり覚えていない。
おれはひたすらお兄様に縋りついていただけだった。
気がついたら風呂や着替えが済まされていて、ベッドで寝かされていた。
起きて午前中に体調とかのチェックがされた後、おれが無理を押し通してお兄様の傍にいさせてもらっている。
お兄様はすぐお医者様や魔術師の人達によって身体検査をされたが、ただ眠っているだけとしか言いようがなかったらしい。
つまり、原因不明だ。
……おれは分かっている。原因不明なんかじゃない。
全てはあの男が赤い宝玉を持って行ったせいだ。
あれはお兄様の意識かなにかを司るもので、それがなくなったから目覚めないんだろう。
どうしても取り返さなくちゃいけないと思ったのは間違いじゃなかった。
だから、あの時に何がなんでも取り返さなきゃいけなかったんだ。
むしゃくしゃして自分の太ももを殴る。
全然力がなくて、ただ軽く叩いただけになった。
おれがあの時に、お兄様がおれと一緒に行くか迷っていた時に、ニスリーンさん達と避難していたらお兄様が眠ることはなかった。
けどあの男の本来の目的通りにおれがターゲットになっていたら、ヴァルムントがどうなっていたか分からない。
だからおれが狙われていればよかった、なんて言えない。
でも、……でも、おれは、お兄様の力になる為にいるのに、どうしてお兄様が眠るような事態にさせてしまったんだろう。
……おれが、あまりにも弱すぎたからだ。
自分の手をグッと両手同士で握り合わせる。
この手袋の下の症状は悪化していた。
手は肘、足は膝あたりまで紫色が伸びてしまっている。
でもだからって体調が悪くなることもない。ただ変色しただけだ。
侍女さん達が一生懸命慰めてくれたのが逆に申し訳なくなった。
あと変わったのは、首から下の肌が露出しない服を着用することになったくらいだ。
お兄様の護衛の人にも、ラドおじさまやゲオフさんにカールさん、リージーさんにも謝られた。
「こうなってしまったのは我々が不甲斐なかったからです、申し訳ございません」と。
おれは「違うよ」と返した。
あんな風に突き刺しても死なない、訳のわからない化け物相手にどう対応しろというのか。
唯一攻撃が届いたのがお兄様の槍だったというのに、その攻撃も全く効いていなかった。
でもお兄様が干渉はできた以上、お兄様と同じ血を持つおれならば何かしらの抵抗くらいはできたかもしれない。
あの男はそれまで魔術攻撃を素で受けていたのに、わざわざおれの魔術を避けて攻撃してきた。
効いてしまうから受けたくなかったという可能性がある。
……こうやって考えれば考えるほど、やっぱりおれが弱かったという結論しか出てこなかった。
戦闘のいろはが分からないおれがでしゃばってもいけないからと、任せっきりにしてしまったせいだ。
おれは弱い。
お兄様を支えたいとか言っておきながら、お兄様を助けたいとか思っておきながら、ずっと弱者でしかなかった。
お兄様やヴァルムントの庇護下で、ただぬくぬくと過ごしていただけだった。
おれは、おれは、役立たずでしかなかったんだ。
役に立ちたいと思っておきながら、ずっと。
お兄様の手を握る。
本当に生きているのか何度も確認するほどの冷たさだった。
おれは、お兄様をこんな状態にする為にいる訳じゃないのに。
お兄様の為に頑張るはずだったのに。
お兄様を幸せにしたかったのに。
「ごめんなさい、お兄様……」
役割を果たせていない妹で、ごめん。
だからおれは、……おれが、取り戻さなきゃいけないんだ。
今のおれがすべきことは、お兄様の意識を司っているであろう赤い宝玉を取り戻すこと。
あの男を見つける為に、何者であるのか、何を目的として動いていたのかを知らなければならない。
ゲーム内では一切見た覚えがないので情報という情報がなかった。
分かっていることは、倫理に反するような塊にしか見えなかったこと、黒い鱗でびっしりと覆われた鎧を着用していたこと、死ににくい体を持っていることだ。
今までに起こった出来事も踏まえて色々な仮説を立てみなければ。
頭の中で過去の記憶を掘り返していると、控えめなノック音が場に響いた。
ずっとぼーっとしていたせいで気が付かなかったが、部屋の中にはおれの侍女さんやお兄様の護衛の人がいて、入り口近くで待機していた兵士さんがノックの応対し始める。
兵士さんは扉の向こう側と少し話をしてから困り顔でおれへと近づき、片膝を折っておれに伺いを立ててきた。
「カテリーネ様、セベリアノ様がいらっしゃいました。体調が優れないようでしたら、後ほどにするよう伝えます」
「…………いえ、会います。通してください」
これからお兄様を救うのに必要不可欠だったから、むしろ丁度よかった。
兵士さんにOKを出してセベリアノを部屋へと通してもらう。
本当なら別室に移動して話をしたいところだったが、あまり動くなと言われているので座ったまま話をすることにした。
昨日ぶりに見たセベリアノはかなり頭を悩ませているようで、普段ならば道化じみた顔をしているのに険しい表情でおれの目の前まで歩いてくる。
「……お姫様、ディートリッヒ様は?」
「……目を覚ます気配はございません」
「そっか……。……あのさ、お姫様も……いや、カテリーネ様もいっぱいいっぱいなところだと思う。オレだって、皆も理解してる。でも、ディートリッヒ様の為にやってほしいことがある」
「お兄様の、為に……?」
セベリアノは深く頷きを返した後、少し目を瞑ってから開いておれの目を見つめ、こう言ってきた。
「建前でいいんだ。実務的な物事は全部オレ達がやる。……元帥やヘルトが立つのも考えたけど、片方の陣営に偏りすぎて均衡が保てない。一番角が立たないのはカテリーネ様しかいないんだ。だから……、……だから、皇帝の代理として立ってほしい」
セベリアノはおれに、帝国で一番の権力者である皇帝の代理をしてほしいと言ってきたのだ。