皇帝の代理をするということは、国のトップ……一番になるということでもある。
一番。
一番一番一番一番。
俺がなれなかった一番。
俺ができなかった一番。
今回やるのは仮初だ。
たとえ仮初であっても、重要であり重圧のある役割であるのには変わらない。
やるしかない。
……俺が、……俺が?
こんなにも弱い俺が?
でもやらなきゃ。
やらないと、お兄様が。
元々まとまっていない思考が溶けていく感覚に襲われる。
腹の奥底から出てはいけないものが沸き上がってき始めた。
視界もぼんやりとしては元に戻るを繰り返すようになっていく。
最悪のコンディションとしか言いようがないが、それでも、俺は。
セベリアノへ「はい」と返事をしようと口を震わせながら開ける。
そうして腹から声を出そうとすると、部屋の外が騒がしくなると同じく乱暴に扉が開けられ、止めようとした兵士さんを引きずりながらヴァルムントが入ってきた。
「カテリーネ様、……ディートリッヒ様。突然の訪問、誠に申し訳ございません」
「うわ〜、元帥ってば何を引き連れてるの……」
必死にヴァルムントを行かせまいとしていた兵士さんは、ここまで来てしまったので諦めがついたからなのか、しがみつくのをやめ姿勢を正し礼をして部屋から立ち去っていった。
ヴァルムントはそんな兵士さんを全く気にすることなくこちらを見つめ続け、話を続けていく。
「カテリーネ様、セベリアノの戯言はご放念ください。我々の中で代理を立てます。今のカテリーネ様にはご静養が必要です」
「だ〜か〜ら〜! あくまでカテリーネ様がやるのは名目上だけだって言ったよね!?」
「黙れ。会議で合意も取れていない内に、休憩時間だからと好き勝手動くな」
「会議でごたごたし続けるよりよっぽど良いからだよ。さっさと決められそうなら決めた方がいい。国の為を思うならオレのが正解だ」
ヴァルムントやセベリアノ、ヘルトくんなどを含めた政治の中心人物を集めて現状についての会議をしていたみたいだ。
そしてその中で『皇帝の代理をどうするか』が議論にあがったが、中々決まらずセベリアノが単独で同意を取りに来たのだと思われる。
「元帥さあ、分かってるの? 元帥が代理として立ったら、そのまま皇帝の地位を奪うのだと懸念されて面倒なことになる」
「私がディートリッヒ様を排すると言いたいのか、貴様」
「ちょっと待ってって! 怒りで言葉の通り受け取ってるよね!? オレはそんなこと思わないし、元帥だって分かってるでしょ!? 口さがない連中はどんなに元帥が忠臣であろうとも言うんだから! それに元帥はカテリーネ様と婚約している身であるし、ヘルト以上に面倒事が避けられないんだよ! ……婚約している点はカテリーネ様も同様ではあるけれど、カテリーネ様自体の今までの評判や、皇族を──ディートリッヒ様の座を護る意図があると見なされるはずだ。というかそういう風に説を流して納得させる。そういった点でも納得させるのにカテリーネ様が立つのが簡単なんだよ」
完全に激高しているヴァルムントに、セベリアノが口を回して理由を述べていった。
聞いている限りセベリアノの言うことは最もなように思える。
それでもヴァルムントは折れずに強固な姿勢を貫く。
「させん。ディートリッヒ様の意識があったならば、カテリーネ様が代理を行うのを一番望まない。……私はディートリッヒ様の友として、カテリーネ様を愛する者として許す訳にはいかない」
「そりゃあ、ディートリッヒ様や元帥はそう思うだろうけどさぁ……。感情だけで決めてたらキリがないよ」
はぁとため息混じりに言ったセベリアノに、ヴァルムントが一喝をした。
「理屈だけで決めるものでもない。私が代理に立ったとて、私への評判や当てつけなど些細なことでしかない。何よりも大事なのはディートリッヒ様の意識を迅速に取り戻すことであり、カテリーネ様の御心を護ることだ!」
「……ヴァル、ムント、様」
心からの叫びが、心からの願いが、おれの魂を揺さぶった。
視界が涙でぼやけ、ひとつ、またひとつと頬を伝っていく。
……ヴァルムントの言う通り、お兄様はおれが代理となるのを望まないだろう。
「大丈夫だ、お兄ちゃんがなんとかしてやる」と言って、違う道を探すはずだ。
ヴァルムントが代理に立ったら、立派に、折れることなく成すべきことを成してくれるはずだ。
──でも、それは。
「セベリアノさん」
「……はい」
「……わたくしは、お兄様の代理として……、立ちます」
「なっ……! カテリーネ様、セベリアノの口車に乗せられてはなりません!」
大きく目を見開き、信じがたいと語っている表情のヴァルムントに首左右に振ってから微笑みを返す。
ヴァルムントの気持ちは何よりも嬉しいものだった。
……だからこそ、逆に決意が固まった。
足という存在が自分の中で感じられないまま立ち上がり、まっすぐにセベリアノを見つめる。
自分から頼んできたというのに、セベリアノは歯を食いしばらせて耐えるような表情をしていた。
「わたくしは、お兄様を助けたい。お兄様の意識を早く取り戻したい。わたくしが立つことで物事の処理が迅速に行われ、少しでも無用な争いが治められるのならば喜んで立ちましょう」
一番は怖い。
どうせ俺は……、……。
どこか遠くへ行きそうになった意識をすんでのところで押し留める。
違う。
おれは、今のおれがやることは。
お兄様を助けることが『一番』なんだ。
そしておれは、『一番』に想ってくれているヴァルムントがいるからこそ立っていられる。
弱いおれから生まれ変わる為にも、やらなければならない。
脱線しかけた思考を戻し、気持ちを整える為に一息をついてから声を出した。
「皆様の下へ連れて行っていただけないでしょうか」
「……カテリーネ、様」
ヴァルムントが息を呑み、両拳を握り締めながら俺を見ている。
そこから口を真一文字に結んでおれの目の前へと足を運んできた。
「貴方は心も身体も甚大な傷を負っています。無理をするべき状態ではありません」
「心はいずれ癒えます。身体も痛くありませんし、皆様が治してくださると信じております。問題などありません」
「カテリーネ様……っ!」
「ヴァルムント様。……お願いです」
後押しとして再度微笑みを返すと、折ることがないとようやく分かってくれたのか、やるせないといった様子で斜め下を向いてからおれに顔を向きなおした。
「……っ。……なれば、私がカテリーネ様をお連れしてもよろしいでしょうか」
「はい。お願いします」
おれの返事を聞いたヴァルムントは片膝をついてそこにおれを座らせると、手を回してから立ち上がりお姫様だっこの形をとった。
「……では、参りましょう」
お兄様を、助ける為に。
この章はここで終わりです。
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