Ⅰ
「行こう、ヴァルムント元帥。狙いを確かめなくっちゃ」
「ああ」
カテリーネ様が皇帝代理として立たれると決まり会議を経た夜、私は軍師セベリアノと共にある一室へと向かっていた。
そこは貴人を幽閉する為の部屋であり、今現在はニーヒスターの使者である男性3人を閉じ込める場所だ。
武器となりうるものは全て没収の上、部屋全体に魔法が使えない仕様を施されている。
見張りとして立っていた兵達に労いの言葉をかけてから扉を開けてもらう。
中へと入っていくと、ニーヒスターの使者達は苛立ちを隠さない顔で私達へと詰め寄ってきた。
「一体何がどうなっている。突然このような無礼な真似をするとはこの国も堕ちたものだな」
代表して言葉を放ったのは外交官として来ていた人物だ。
後ろの2人も外交官と同じく憤慨した様子を隠そうとしていない。
私の後ろにいたセベリアノが前へと出て深い溜息をこれ見よがしにつき、腰に両手を置きながら言い放つ。
「それはこっちの台詞なんだけどな〜。アンタ達の大事な大事な王子様が、うちを襲撃してグチャクチャにして死傷者を出した犯人と逃避行をかましたんだよ? おまけにアンタ達はエイデクゥまでまき散らした疑惑もある。拘束するのは当たり前だろ?」
ニーヒスターの使者達は避難先へと向かわず自ら逸れ、エイデクゥが出現した東門付近をうろついていたと報告があった。
エイデクゥを繰り出した証言は得られなかったものの、パスクアル王子が襲撃犯である魔術師ロッセッラの仲間であった以上はそう疑いが出るのは当たり前だ。
「何を言っている! 我が王子を拐かし、罪をなすりつけているのは貴様らの方だろう。エイデクゥだかなんだか知らないが、難癖をつけるのはやめてもらおうか」
「はぁ? この騒動を起こす為だけに、だらだらだらだらと交渉を長引かせたのはお前達だろ? よく言うよ」
騒動を起こすべく機をうかがっていたのは確かだろう。
そうでなければ、ここまで交渉が長引くことなどそうそう無い。
ニーヒスター側はセベリアノの言葉に怯むことなく、馬鹿にした笑みを浮かべ始めた。
「ハハハッ! これならばこれで構わない。別に我らを拘束しようがどうにもならん。我が国が貴様らの悪事を暴き、正義の鉄槌を下すのだ。自国が滅びるきっかけとなるのだからな、まだ
「へ〜、戦争して侵略するきっかけが欲しかっただけ? 本当にふざけたことしてくれるよね」
セベリアノがそう言いながら、片手で自身の頭を二回軽く叩いた合図をきっかけに私も動き出す。
剣を抜き、外交官の前へと鋒を向ける。
今まで抑えて込んでいた憤怒を解放し、魔術障壁の限界を越えて溢れ出した冷気が、ニーヒスターの者全員の足元を凍らせて動けなくした。
一瞬にして室内の温度が下がり全員の吐く息が白く可視化され、ニーヒスターの者達の細切れの息が部屋の空気を揺らす。
「ひっ……!?」
「我が王を傷つけた上に愚弄するか。ニーヒスターは堕ちたものだな」
手を僅かでも動かせば剣は外交官に届く位置まで剣を動かす。
外交官は小刻みに震え出し、絞り出した声を上げた。
「けっ、怪我したのか? は、ハハハ、貴様らの警備が、脆弱だっただけ、だろう。ハッ、ハハハハ……」
「っあ〜……、もういいよ元帥。こいつらはあんまり情報は持ってなさそうだ。帰ろう。氷は……、まあ魔術だし、そのうち障壁も効いて溶けるでしょ」
首を傾げ頭を掻きながらセベリアノが言ったのを皮切りに、私達は退室をしたのであった。
近くの小会議室へと足へ運び先に中へと入ると、後に続いたセベリアノが扉を乱暴に閉める。
そうして唸り声をあげたのち、宙を見つめながらぼやき始めた。
「……元帥さぁ、ある程度脅してとは確かに言ったよ? だからといって魔術障壁の限度を超えて魔術を発動しないでほしいな~。障壁が壊れちゃうでしょ~。アンタも一領主なんだから馬鹿高いの分かってるよねえー?」
「……無理だった」
理解はしていても止められないものがある。
国に甚大な被害を及ぼし、無辜の民が殺され、カテリーネ様を悲しみの淵に立たせ、ディートリッヒ様を侮辱した。
私の力が及ばなかった不甲斐なさを含めて、この怒りを抑え切るのは不可能だった。
「……はぁ。ああそう」
セベリアノは呆れたと言わんばかりの声を出して肩を落とした後、目元を軽く解してから私を見つめて本題へと入っていった。
「これで分かったね。ニーヒスターは『敵』と協力関係にあれど、深い仲じゃない。……あの王子様だけ仲良しなのかも?」
ニーヒスター側はディートリッヒ様が昏睡状態に陥っているのを知らない様子だった。
ディートリッヒ様やカテリーネ様が狙いであると知っているのであれば、先程の反応はされないはずだ。
したがって『敵』の目的は共有されていなかったと見える。
「て言ってもあの使者達『だけ』が作戦を知らないだけで、ニーヒスター本国のお偉いさんは知ってたかもしれないけどね〜……」
「……何事も最悪を想定しておいた方がいい」
「分かってるよ~。でも、これ以上大変なことが増えるのはごめんすぎる」
セベリアノは首を振りながら近くの椅子に座り、体を背もたれに預けた。
「ニーヒスター本国へは使者を送って抗議するとは言っても、まあ……無理だろうなぁ〜。本当に勘弁してくれないかな〜。色々再編中なのが固まってきたところなのにさ。団結には繋がるかもしれないけど、ここで人が減ったりするのは普通にきつい。だから頑張ってよね、元帥」
「言われなくとも」
私は国を護る盾だ。
民を護り、兵を護り、ディートリッヒ様とカテリーネ様を護る者である。
護る者であるからこそ、攻撃を受け続けるのではなく、敵を打ち倒さねばならない。
強く両拳を握りしめていると、セベリアノが後頭部に組んだ手を当ててぼやくように呟いた。
「勿論オレも頑張るよ。……オレだって国を護りたいんだ。オレの大事な人達がやりたかったことだからこそ、絶対にやり通してみせる。敵についても絶対に見つけてやる。これ以上、やられっぱなしにはさせない」
軽薄な態度に反して、言葉の重みが伝わってくるものだった。
普段の様子からは窺うことのできない、確かな決意の気持ちが存在している。
セベリアノには何か裏があるのではと疑っていた部分があったが、この呟きで国を護りたいという気持ちは本物なのだと理解ができた。
「……すまない」
「は? ……と、突然なんなの?」
「お前に何か裏があるのではと疑っていた。だから、疑って申し訳ない」
「あっ、あ〜……? ……いや、そう疑うのが当然じゃない? オレはヘルトみたいなやつじゃないし、……カテリーネ様に八つ当たりしたし。だから謝られるほどじゃないんだよね」
姿勢を崩し、頬杖をついてこちらを見上げるセベリアノは気まずいという顔をしていた。
「……カテリーネ様にした所業については許していない。私が言っているのは、共に国を支える同士として言っているんだ」
「いや、そこの分別つけなくていいんだけどなぁ。あ〜……、その、謝罪は受け取っておくよ。じ、じゃあこのお話はこれでおしまいでいい? はいはい、解散解散〜」
手を何度も払うような仕草をしながらセベリアノが足早に部屋を立ち去っていく。
最後に見えた顔は若干赤らんだ頬で何かを堪えるようなものだった。