ガバッと起き上がり、同時に起き上がって姿勢を正したヴァルムントを見つめる。
薄暗くとも分かる困り顔を見つめながら、動揺する心を抑えつつ口を開いた。
「何故ヴァルムント様がいらっしゃるのでしょうか……? わ、わたくし、通した覚えはないのですが……」
「……カテリーネ様の許可なく入室し、寝台へ上がるご無礼、誠に申し訳ございません」
言い訳する気はないようで、深く深く詫びを入れてきた。
……まあ、どうしてこうなったのかは分かるよ。
リージーさんには言わないでって言ったけれど、ヴァルムントに伝えちゃったんだろう。
今日なんか、体調悪いのかもって予定を取りやめて早々に休んじゃった訳だし……。
もうちょっとおれが気を回せていれば、事前に防げたことだ。
……こういうところが、おれは駄目なんだろうな。
自分のいたらなさが嫌になって下を向いていると、ヴァルムントが覚悟した声色で言葉を続けてきた。
「けっ、決して! 私は! カテリーネ様へ淫らな行為はしておりません! 婚前にそのような行為をするのは、断じて許されないことであり、……」
待て待て待て待て待て待て待て待て!
おれは全然そんなことを思っていなかったし、信頼してるし、ていうか部屋の隅に侍女さんいるからそんなことになるだなんてありえないし!
おれが悪夢見るかもだからいてくれただけでしょ!? 分かってるよ!?
薄暗い中でも夜勤で部屋にいる侍女さんがにんまりしているのを横目で捉えながら、謝罪の言葉を述べ続けるヴァルムントを現実へ引き戻そうとする。
「お、お待ちくださいヴァルムント様。…わたくしはヴァルムント様が誠実な方であると理解しております。……此度も、悪夢を見るわたくしを案じていらしてくれたのでしょう?」
ヴァルムントが口を真一文字に結び、謎の沈黙が流れた。
……え? え!? あ、え!? ……ええええ!?
おおおおおおおかしいだろおかしいって嘘でしょ絶対そんなことないって!
だって! あの! ヴァルムントくんだぞ!?
正気か? 正気なのか!?
おれがヴァルムントくんの顔を両手でペタペタすると、逆にヴァルムントがおれの両腕を掴んできた。
「ゔぁ、ヴァルムント様……?」
「……少し、離れましょう」
すっと手を下ろされ、ヴァルムントはベッドから降りて床に片膝をついておれを見つめてくる。
ど、え? え? ま、マジなの? 本当なの?
混乱してよく分からなくなっている頭をどうにか動かして現状を理解しようとする。
対するヴァルムントは決まりが悪いのか、ほんのり目線をおれからズラした状態で話を続けてきた。
「…………申し訳ございません」
だから何が!!
思わず助けを求めて侍女さんへ目線を送るが、にんまりしているだけで助けてくれない。
畜生……! 一体どういうことなんだよ……っ!
頭抱えてじったんばったんしたい気持ちを抑えながら、ベッドの上を膝立ち移動してヴァルムントへと近寄っていく。
「謝らないでください。……ええと、ヴァルムント様がこちらにいらっしゃったのは、リージーさんから悪夢のことを聞かされたからで間違いないでしょうか?」
「……はい」
だ、だよな!? そこは合ってるよな!?
だからここに来たんだもんな!? う、うんよかったよかった。
そうだよね、ヴァルムントくんってそういう人だもんな。
おれも分かってたから、知られたくなったんだよねえ……。
「そしてわたくしと共の寝台にいたのは、わたくしが先に眠っていたから物音を立てないようにする為ではありませんか?」
なんだかんだ同じ部屋で寝ることはあっても、同じ寝台で眠ることはなかった。
わざわざベッドを運び込んだりしていたくらいだ。
未遂っぽいのはあったけど、まあノーカンかな……。
それで今回はおれが先に寝ていたら、ベッドを運ぶと騒がしくなるかもと一緒のベッドに入るしかなかった……ってことなのでは?
名推理! と思ったのだが違うようで、ヴァルムントからは沈黙しか返ってこなかった。
え、ええ……?
「……椅子に座り眠るという選択肢がございました」
あっ、そうだった。狭い宿とかではヴァルムントが椅子で寝てたの忘れてた。
じゃっ、じゃあなんで? と続きを促すと、ヴァルムントは一度目を瞑ってからまっすぐにおれを見つめてくる。
「……カテリーネ様が、凍えているように見えたからです」
「凍えている……?」
十分な毛布がここにはあり、決して寒いと思ったことはない。
なんて不思議なことを言うんだと思っていると、ヴァルムントは自身の両拳をぎゅっと握りしめ始めた。
「ディートリッヒ様の代行として立たれてからの貴女は、責任というものに押し潰されているように見えます」
「……それが、わたくしの役目です。やるべきことなのです。わたくしは、決して押し潰されることはありません」
おれは立たなきゃいけないんだ。
おれがやらなきゃ誰がやるんだ。
最初の狙いはお兄様ではなくておれだったというのに。
誰よりも何よりも、おれが、お兄様の代わりにならなくちゃいけないんだ。
ぐっと拳を握って主張をすると、悲しそうに目を細めたヴァルムントが立ち上がっておれの両手を手にとった。
「……カテリーネ様は、私の言葉を覚えていらっしゃいますか?」
なんのことだろう。
いつの話を言っているのか分からなくて首を傾げたら、ヴァルムントが一度堪えるような表情をしてから答えを言った。
「カテリーネ様が代理として立たれた翌日から言い続けておりました。私を、私達を頼って欲しいと」
……言われたっけ?
会った時の記憶を辿るが、全く覚えていない。
会話をしたという事実だけを覚えている。
何を言ったか、何を言われたか。
……記憶の棚からは何も出てこなかった。
「わ、わたくし……」
「カテリーネ様」
優しく、強く抱きしめられる。
微睡から起きた時と同じ安心する温かさが伝わってきて、勝手に涙がこぼれ落ちていった。
「……不甲斐なく思う気持ちは、我らも同じです。だからこそ共に戦いましょう。ディートリッヒ様の為に」
……そうだった。
ヴァルムントはお兄様の親友で、お兄様は仕える主人だ。
兵士さん達や侍女さん達だってそうだ。
解放軍側の人達だって、襲われていい気なんてしていない。
悔しく思っているのはおれだけじゃないってのは当たり前なのに、どうして忘れてしまっていたんだろう。
なんで一人であがこうとしていたんだろう。
あまりにも今までの自分が悲劇のヒロイン気取りすぎていて、恥ずかしくてたまらなくなってきた。
「……ごめんなさい。わたくしは独りではないということを忘れておりました。……ありがとうございます、ヴァルムント様」
「いえ。……私達で、絶対に取り戻しましょう」
この温かさが、おれを助けてくれる。
おれを暖かな場所へと戻してくれる。
おれは、独りなんかじゃない。
忘れないために、おれからもヴァルムントを抱きしめ返した。