フェリックス殿下が公用されていないと思われる言語を話始めた途端、カテリーネ様の身体が強張っていく。
私はカテリーネ様の背後に立っているが故に表情を見ることはできないが、正面側にいらっしゃるソフィー様の様子からしてもカテリーネ様が緊張なさっていると推測ができた。
「■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■」
その後もフェリックス殿下は薄ら笑いのまま言葉を重ねていく。
カテリーネ様はフェリックス殿下の言葉を理解されているからか、無言で聞き続ける姿勢をとられていた。
耳に届く言語は妙な威圧感があり、胸のあたりに重圧を与えてくる。
ソフィー様が憂いの顔でカテリーネ様とフェリックス殿下を交互に窺うも、お二方はソフィー様の視線を物ともしなかった。
「■■■■■■■■■■■? ■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■」
フェリックス殿下による耳慣れない言語が紡がれた時間は然程長くはなかった。
だというのに時が長く過ぎ去ったように感じたのは、カテリーネ様の腕に力が入って震えているのが見えたからだろう。
一刻も早くカテリーネ様の隣へと移動をし、支えたい。
その気持ちを抑えるので必死だった。
「■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。……オレが分かっているのはこんなところだよ〜。どうかな?」
言葉を戻したフェリックス殿下が微笑みながら首を傾げてカテリーネ様に問いかけるが、カテリーネ様は肩で大きく息を吸った後に数秒ほど固まり、小刻みに息を吐いてから微かな声量で答えを返した。
「……わ、かり、……ました。あり、がとうございます」
「うんうん、分かるよ〜。オレだってびっくりしたからね〜。でもね、なんとなく必要だろうな〜って分かったからこそ、ちゃんと伝えなくちゃいけないな〜って思ったんだ〜」
「本当に、……必要な情報でしたので。……御協力に感謝いたします」
体を無理に動かしているのが目に見えて分かる動作でカテリーネ様が礼をなさると、ソフィー様が恐れ多いと慄いている中、フェリックス殿下は変わらず口で弧を描いている状態のままだった。
そのフェリックス殿下は、今度は私へと視線を向けて喋りかけてくる。
「ああ! そうだ、ヴァルムントくん! 今の内容をオレ達以外に話そうとするとね~、上手く伝えられなくなっちゃうんだ~。だからオレが直接ここに来たんだよ〜」
「……上手く伝えられない、とは」
「ほらほら、こんな感じ〜。オレ達が今話していたのは、オレ達が■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■?」
滑らかに言葉が理解できない言語へと切り替わっていった。
……国の祖先たる血筋が成しているもの、でいいのだろうか。
どこか違和感を覚えた私は、足を動かしてソファの横──カテリーネ様の横顔が窺える位置へと移動をする。
そうして見えたカテリーネ様の横顔は、張り詰めたものとなっていた。
今ここでカテリーネ様に問いかけしていいものかと悩んだものの、今言わなければ機を逃すのではないかと思い、確認を飛ばした。
「……カテリーネ様、フェリックス殿下が仰っていることは本当なのでしょうか」
「やだな〜、本当だって〜。ほらほら、ね? ■■■■■■■、■■■■■■■■?」
「……そう、ですね。……■■■■■■、■■■■■■■■……」
カテリーネ様もフェリックス殿下と同様の発音をし、話せないのは事実であると証明をなさった。
……腑に落ちない感覚が付き纏って消えないが、ここで食い下がるのは悪手であると判断をし「失礼いたしました」と身を引くことにする。
同様に不穏な雰囲気を感じていたのか、ソフィー様が戸惑いを見せながらカテリーネ様へ声をかけられた。
「ええと……。私はまだ、カテリーネ様方への恩返しが足りていないと思っておりますので、何がございましたら遠慮なさらず仰ってください」
「……ありがとうございます、ソフィー様」
ここでカテリーネ様が控えめな微笑みを見せたことで、幾分か空気が和らぎ場を支配していた緊迫感が消えていった。
変わら平然とした居住まいのフェリックス殿下は、両手を頭の後ろで組みながら締めの言葉を口にする。
「今はこんなところかな〜! それじゃ、流石に疲れたから部屋で休ませてもらってもいい~?」
「……はい。兵に案内をさせます。ごゆっくりお過ごしください」
私が扉を開きに行き、待機していた兵へと声をかけて御二人の退出を見守る。
カテリーネ様が立ち上がって見送りをされ、再び兜を被ったフェリックス殿下が先頭となって退出をしていき、最後にソフィー様が部屋から出ていった。
……ここで本来ならば扉を完全に閉めない形をとらなければならないところを、今回はあえて閉めてからカテリーネ様へ体を向ける。
私の行動に気が付いていらっしゃらないのか、呆然と閉まった扉を見つめていた。
「カテリーネ様」
呼びかけをしても微動だにせずに佇んでおられるカテリーネ様へと近づき、再度声掛けをする。
「……カテリーネ様」
二度目でようやく声が届いたのか、一瞬身体を震わせてから私へゆっくりと歩いてきて頭を胸元へ預けてきた。
……カテリーネ様は何も語らない。
恐らく、何も語れないが正しいのだろう。
私はどのような話をすればいいのか、何も考えが浮かんでこない。
ただ、今できることとして、手を伸ばし、カテリーネ様の背中へと回す。
カテリーネ様は泣いていないのに、何故か泣いているように感じたのだった。