ヴァルムントに部屋まで見送られた後、重くなった気持ちを解消するべく窓に近寄って外を眺めていく。
職人さん達によって仕上げられた庭は夕日に染まって暖かな光景を生み出しており、いつ見ても美しくて心が洗われる。
なのに今は全然効果がなくて、憂鬱な気分でただ眺めるだけになっていた。
……おれは、ヴァルムントに何も言えなかった。
伝えられない、なんて嘘だ。言おうと思えば言えた。
お兄様も関わってくる問題を、おれの判断で勝手に伝えることをしたくなかっただけ。
フェリックス殿下から「こう言うように」と言ってきたのに乗っかったのも、言うことができないと思わせたかったから。
誘導をしてくれたのも、言う言わないの『選択肢』を与えてくれたのだろう。
ほんと、一見ちゃらんぽらんに見えてずるい人だ。
はぁと腹に溜まっていた息を吐き出す。
お兄様と相談をしたい。
お兄様とお話をしたい。
大丈夫だぞって、お兄ちゃんがいるからなって言ってくれたはずだ。
心配するなよ〜って声かけをしてくれて、きっとおれなんかよりも最良の判断をしていたはずだ。
……独りじゃ、抱えきれない。
ヴァルムントに話してしまいたい。
頼って欲しいって言われたのに、ヴァルムントは絶対他人に話さないって分かっているのに、どうしておれは躊躇してしまったんだろう。
……おれは馬鹿だ、大馬鹿だ。
けどヴァルムントが知ったら、ずっと気を張って無茶をするのが分かっている。
好きな人に、無理をさせたくない。
喉の奥が熱くなって、勝手に目から出ていきそうな涙を必死に堪える。
何度か深呼吸を繰り返して頭をフラットにし、ぐちゃぐちゃになっていた思考から路線を戻していく。
……違う、違うんだ。
お兄様やヴァルムントに頼りっきりな弱いおれが悪い。
おれが駄目なんだ。
だからおれは、責任を持って1人でやるしかないんだ。
無意識に皺が寄っていた目元を指先でほぐしていると、遠慮がちに近づいてきたユッタが声をかけてくる。
「あ、あの、カテリーネ様。お時間なのですが……、ええと、大丈夫、ですか?」
「……大丈夫です。御心配ありがとうございます、ユッタさん」
「何かして欲しいことがあったら、いつでも言ってくださいね! 私、頑張りますから!」
「ふふふ、分かりました」
両拳を作って元気よく主張してくるユッタに気持ちが和らぐのを感じながら、次の予定への準備に入っていった。
◆
本日の予定が済み、ベッドに体を沈めながらこんこんと考える。
兎にも角にもフェリックス殿下から話されたことについて、本当かどうか確かめなければならない。
フェリックス殿下も確認ができるはずだと言っていた。
……きっと、おれ達が持ち帰った本のことだ。
けれど本を確認しようにも現状一文字ずつしか解読ができないのに、どうやって確かめればいいのだろう。
おれには時間がない。
お兄様の為にも早く理解しなくちゃいけない。
本は部屋にあるから続きをこっそり読みにいく手を考えたが、置き場所の棚には鍵がかかっている上に、侍女さんが交代交代でおれの様子を室内で見守っているので実行は不可能だ。
どうすればいいかとうだうだ悩んでいたらいつの間にか眠っていたようで、再び目を開けた時にはほんのり明るかった室内は真っ暗になっていた。
「……あれ?」
前に起きてしまった時は眠りの邪魔をしない程度の明かりがついていたのに、今は明かりがなくて辺りが窺えない。
目を瞬かせて焦点を合わせ、暗闇に慣れてきたところで室内を見回す。
よく侍女さんが待機しているドア近くに目をやったものの、人影は見当たらない。
ちゃんと身体を起こして改めて見てみるも、やっぱり侍女さんはいなかった。
流石におかしいと思って、普段は全く使わない呼び出し用のベルを鳴らそうとベッドサイドへ手を伸ばす。
指先がベルに触れる直前、強烈な『気配』を感じて顔をその方向へと向ける。
気配があるのは、本を保管している棚がある場所だった。
ベッドから降りて棚へと歩いていき、本が収納されている引き出しに手をかける。
何故か鍵がかかっておらず、すんなりと開けることができてしまった。
視界に現れたのは、2冊の本。
1冊はおれが解読を続けている本で、もうひとつは今までおれが解読していなかった本だ。
……そういえば、どうしてこのもう1冊の本に触れてこなかったのだろう。
解読班も他の人達もおれも、なんでかこの1冊を解読もなにもせずにいたままだった。
そもそも、なんでこの部屋に保管されているんだ……?
訳の分からないことばかりなのに、気がつけばおれはその本を手に取っていて、ページをめくり始めた。
月あかりだけの視認性が悪い中で不思議と読み進めることができ、すっと頭に内容が入っていく。
本は分厚くて読み進めるのが大変なはずなのに、ページを捲る速度もどんどん上がっていった。
パタン、と本を閉じる音が室内に鳴り響く。
全てを読み終えて内容を理解したおれは、本を元に戻してからベッドへと戻ってうずくまった。
……フェリックス殿下が言っていたことは、本当だった。
なら、ならおれは。
再び生贄となるしかないのだろうか。