おれが『理解』をし。
本を仕舞いベッドに入って丸まると半分寝ていたようで、気がついたらラフな格好のヴァルムントがベッドに腰掛けておれの頭を優しく撫でていた。
「ゔぁる、むんと、さま……?」
「……起こしてしまいましたか?」
「いえ……。元々、少し起きていたので、」
ベッドに腕を立てて上半身を起こし、ヴァルムントに向き合う。
カーテン越しの光を見る限り、そろそろ朝日が昇りそうな頃合いだった。
薄暗くても見えるヴァルムントは柔らかく微笑んでいるものの、遅くまで仕事をしていたのか幾分か疲れが残っているのが分かる。
右手を伸ばして頬を触ると、温かさが手のひらに広がってきた。
その上から大きな手が重ねられ、まだ肌寒いはずの空間が暖かなものへと変化していく。
穏やかな蒼の瞳が、慈愛がこもった眼差しでおれを見ていた。
……ああ、と凝り固まっていた心が一気にほぐされていくのを感じる。
やっぱりおれは、この人のことがどうしようもなく好きなんだって思わされた。
疲れているのに心配で来てくれて、労わろうとしてくれている。
ヴァルムントだって苦しいはずなのに、おれは何も返せていないのに。それなのに。
湧き上がってきた涙を誤魔化す為に、ヴァルムントの胸元の服を掴み顔を埋める。
背中に腕が回ってきて、全身がぬくもりに包まれていった。
……与えられてばっかりだ。
「ごめんなさい……。わたくし、助けてもらってばかりです」
「いいえ。私はカテリーネ様にいつも助けられています。貴方がいるからこそ、私はこの場に立ち続けていられるのです。……もっと、貴方の力になりたい。私ができることはございますか?」
染み渡る声が、優しさが、おれの心を穏やかにしていく。
……ああ。
「わたくしは、こうして一緒に時を過ごせることが何よりも嬉しいのです」
どうすればいいのか分からず不安になっていたのに、今はもう大丈夫だって感じている。
ヴァルムントが好きだから、愛しているからこそ、共に歩み続けたい。
おれがただ生贄になる選択肢なんて取りたくない。
ずっと一緒にいたい。
みんなで、幸せでいたい。
だから……、だから。
おれは覚悟を決めよう。
「わたくしのことを、信じてください。この先に何があろうとも、ずっと」
「カテリーネ様……? ……勿論です。信じております」
疑問を思ったみたいだが、ヴァルムントはしっかりとした返事をしてくれた。
何を、とも言わなかったのに信じてくれている。
おれはその気持ちに、応えたい。
体を少し離してヴァルムントを見上げる。
おれを捉えて離さない瞳を見つめながら近づき、恥ずかしい気持ちをこらえながら唇の端に唇をくっつけた。
それに目を丸くしたヴァルムントは、おれの顎に右手を添え、おれが恥ずかしくてできなかったことを簡単にやってくる。
すっと伸びたヴァルムントの左手が、おれの右手の指に絡ませながら掴んだ。
……しばらくの間、そのままだった。
◆
「ジネーヴラさん、少しよろしいですか?」
「えっ!? なんでしょうか、カテリーネ様!?」
部屋での経過観察が終わってイザベラとジネーヴラが立ち去ろうとする中、ジネーヴラだけ呼び止める。
慌てた様子で振り返るジネーヴラに対して、イザベラは立ち止まり腕組みして怪訝な顔でこっちを見つめ始めた。
別にイザベラは先帰っていいんだけどな……。
ていうかこれから話すのは知られてほしくないことだから、帰って欲しい。
「イザベラ様。ジネーヴラさんと内密にお話しなければならないことがございますので……」
「……分かりました」
なんでか妙に不機嫌なままのイザベラが部屋から出ていくと、室内はおれとジネーヴラ、リージーさんと侍女さんだけの空間になった。
おれの対面のソファに座ってもらい、話を切り出していく。
「ジネーヴラさん、最近の調子はいかがですか?」
「ええっと、その、あっ、あたしは絶好調です……!」
何を言われるのかとビビっているのか、最近のはっきりとした口調ではなく少しきょどった返答をされた。
怒る気は全然ないのになぁと思いながら、少しでも印象を良くする為に人畜無害な笑みを浮かべておく。
「何か問題があって呼び止めた訳ではないのです。ただ、少し質問をさせて下さい」
「質問……ですか?」
きょとんとした顔で首を傾げるジネーヴラに、おれは頷きを返して本題へと入っていく。
「ジネーヴラさん。わたくしがおまじないをしてから、あなたは変わったように見えます。それは、あなたにとって良かったことですか?」
「えっ、ええっと……? カテリーネ様がしてくださったからこそ、あたしは自信がついて色んなことができるようになりました。なんか強くもなってきたんですよ! 前までは全部がずっと怖くて、進めなくて……。だから、今はすごく気持ちが楽なんです! ……こ、こんな時にこう言っちゃうのは良くないかもですけど……」
苦笑いをしながら指先をつんつんとし、斜め下を眺めている。
それでも、本人が本当に前向きになっているのが分かる言葉だった。
おれはそんなジネーヴラに胸が苦しくなり、両手を組んで強く握りしめながらジネーヴラに笑顔を返した。
「いいえ、それならよいのです。……ジネーヴラさんが前向きになれてよかったです」
「……? はい!」
聞きたかったことは聞けたので、ジネーヴラには退出をしてもらった。
次の予定までまだ少し時間がある。
おれはソファの背もたれに体を預けて天井を見上げた。
……これは、おれの罪だ。
プラシーボなんかではなく、おれが願ってしまったからジネーヴラは『そう』なってしまったのだ。