俺の目の前に白いワンピースを着た『カテリーネ』がいる。
何を言っているのか分からないと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。……じゃねーんだわ。
俺とカテリーネは、キラキラと光る何かがあっちこっちに流れていく青い空間に存在している。
……夢の中だよな? これ。
真正面にいるカテリーネは何度も瞬きをした後、喋る為に口を小さく開いた。
「……こんにちは」
「こんにちは……? ……ん!?」
何度も咳払いをしてから「あー、あー」と声を出す。
……昔の、前世の『俺』の声……だよな!? 体も男に戻っているし!?
お遍路さんみたいな白い服着てる……。
久しぶりすぎてなんか、なんかすげー違和感。
俺が驚いて身体中をペタペタとしている中、カテリーネは無言で俺を見つめ続けている。
ひとしきり確認が終わったところでカテリーネから再び声が紡がれた。
「あの……。わたくしに会いたい、と思われたんですよね?」
「えっ、あっ、はい」
思ったけど、本当に会えるとは思わないじゃん……!
あっ、いや、夢だから結局俺の願望で出てきてるだけなのかもしれない。
俺の考えていることが分かっていたかのように、カテリーネが俺の考えを一刀両断してきた。
「ああ……。ここは夢ですけど、夢ではありません」
「夢の中でそう言われても……」
「……それもそうですね」
困りました。と、頬に手を当てて首を僅かに傾げている。
お、おお……。なんか俺の似非お清楚巫女とは違う、本物感がする。
自分じゃ自分を見れないから分からないけどな。
「お話が進みませんので、夢ではないという認識でいてください」
「えっ、はい」
なんかだいぶマイペースだな、カテリーネ。
「わたくしはあなたが会いたいと思われたが故に、会いにきました。そう思われたのは何故ですか?」
「何故って、えーっと……?」
どっから説明すればいいんだ?
……そもそも、このカテリーネはなんなんだ?
引っかかるのが多すぎて、話始めとして何を言えばいいのか分からない。
「分かりました、まずこちらの説明が必要みたいですね。失礼いたしました」
「はあ……」
自由人か。
俺の戸惑いを気にせず、カテリーネは両手を合わせてから話を始める。
「元々カテリーネであったわたくしは、黒龍様の巫女という役割に徹しておりました。それが、当然でありましたから。しかしある日に自由に飛び立つ小鳥を見てある考えが湧き、黒龍様へお願いを致しました。『役目から解放されてみたい。自由に、何にでもなれる人になってみたい』と。叶わないのは承知の上でした。思うことは、自由です」
「う、うん。そうだな、思うのは自由だと俺も思う」
「ですが、黒龍様はそのわたくしの願いを叶えてくださいました。役割に殉じたいと強く願っていたあなたと、魂を交換するという形で」
……ううん!? は? いや、ちょっっっっっと待って欲しいんだが!?
あの黒龍にそんな力があると思わないし、そもそもゲームだったし、でもでも俺は生きてあの世界にいるし……?
もっと訳わからなくなってきたんだが!?
「驚いていらっしゃいますが、あなたが同意されたからこそ魂の交換が成され、あなたは『わたくし』に、わたくしは『俺』になったのです」
「全然記憶にない……」
「……何故記憶にないのかは分かりかねますが、余計だと思われたのかもしれませんね」
余計かなぁ!? いや確かに、生贄を目指してた頃の俺には余計だったのかもしれない……?
俺のことだし、単純に忘れた説のが高そう。
それは置いておいて、カテリーネの言うことを信じるってなると、互いの希望がマッチしたから魂交換がされたってことになる。
根本的に俺がゲームの世界の中で生きていることが不思議なんだし、こういうことがあっても不思議ではない……のかもしれない。
んで交換した結果で俺はカテリーネとして、カテリーネは日本の俺として生活してるのが現状になるのか。
「これで、お話は進められますか?」
「ひ、ひとまずは」
「よかったです。では、会いたいと思われたきっかけをお教えください」
「え〜っと……」
ゲームのことを知ってるかどうかは分からないし、説明が面倒だったから、かいつまんで俺の状況を説明した。
生贄になったと思ったら、生きてたこと。
生きてた要因は母親が命を賭したまじないのおかげだったこと。
実は皇帝の娘であり、皇子の妹であったこと。
『色々』あって戦争が和解に終わり、皇子の庇護下で暮らしているけど、溺愛がすごいこと。
だからこそ、俺は本当のカテリーネでないことに罪悪感を抱いているのだと話をした。
「はあ……。そうでしたか」
「あっさりすぎる」
自分が本当は皇帝の娘だったんだって知ったら、多少なりとも驚くと思ってたんだけど。
他人事って感じがすごい。
「遠くの親類より近くの他人、という言葉がありますよね? それに、もうわたくしはカテリーネではございません。魂を交換した以上、あなたがカテリーネなのです」
「い、いや、そうかもしれないけど……」
納得がいかない。
あのディートリッヒの愛を、母親からの真心を、ラドじいさんからの愛情を、ヘルトくんからの直向きな想いを受け取るべきだったのは、本当のカテリーネのはずだ。
煮え切らない態度の俺に、カテリーネは少し考える様子を見せてからゆっくりと言葉を発した。
「今の『俺』は、恐らく昔のあなたとは違う道を歩んでいます。『俺』は未だやりたいことが見つかっていないが為、どのような職にでも就職が可能なように、常に勉学を欠かしておりません。選びたいと思った未来へいつでも進めるように、です。仮に入れ替わったとして、今の『俺』をそのまま引き継げますか?」
……よ〜く想像して、考えてみよう。
暮らすだけ、だったら可能かもしれない。
だけど、入れ替わって昔と変わった状況で生きろって言われたら、無理……、かも。
そもそも、今の『わたくし』は勉強なんて関係ない環境にいるし、俺も日本で勉強してたことなんて大体忘れてる。
多少はなんとかなるかもしれんが、ま〜キツいのでは。
なんか生半可な勉強してなさそうだもん、この人。
昔の俺は生きていける程度にしか勉強してなかったし、ゲームばっかりやってたし。
俺が入れ替わったとしても、やってける自信なさすぎる……。
人間関係とかも違ってるだろうし!?
それにカテリーネが築いた努力をぶち壊したくない。
俺嫌だよ〜、急に勉強ができなくなる人間として生きるのは。
冷や汗だらっだらの毎日になるの間違いないじゃん。
しかも「お前そんな性格だったっけ?」って言われたりするかもしれないし。
「考えてみて、いかがでしょうか。あなたは『俺』になれますか?」
「……無理、だなぁ」
「同じこと、です。わたくしも、あなたのように生きることはできません。あなたが『カテリーネ』として生きてきた道程は、わたくしではありません。そうですね……。わたくし、『俺』として暮らしていくうちに、婆様が強いていたことは虐待であると、婆様のことが嫌いだったのだと気がつきました」
「えっ」
笑顔で言わないで欲しいんだけど!?
……でも考えれば、そうなるのも当然なのか。
実際、生贄になるように仕向けて育てたのは婆様だし……?
あ、俺は特に嫌いじゃない。好きかって言われるとうーんってなるけど、一緒に暮らしていた以上、情はあるし。
でも言われてみると虐待って言われるのも当然の仕打ちだったな。
俺にとってはの話だが、お清楚巫女として暮らしていく上で婆様の教えはためになったからさ……!
今どうしてんだろ、聞くに聞けなくてなあ。
聞いたら聞いたでめんどくさいことになりそうだから、聞かないのが一番か。
「わたくしはあなたではありません。あなたも、わたくしではありません。わたくしは元の世界に戻りたくありませんし、今を生きている世界での『カテリーネ』は、あなたなのです」
──俺の生きている世界は、ゲームの道筋から大幅に外れている。
俺としては外れたことをした覚えはないけれど、カテリーネが俺だからこその現状なのかもしれない。
俺だからこそ、俺はヴァルムントに出会い、ディートリッヒに会うことになった。
俺でなかったら、ディートリッヒは妹に出会うことなく人生を終えていただろう。
あんなにも喜び愛してくれている良い人が、悲しい結果になるのは、辛い。
俺は、あの人に笑顔でいてほしいんだ。
──それに、まだアイツに責任をとってもらっていない。
「心が決まったようですね」
カテリーネがそう言ったからなのか、言う通りに心が決まったからなのか、段々と互いの姿が変化していく。
カテリーネはかつての俺に、同じように自分もカテリーネも変化しているみたいで、手が女性の手に変化してるのが見えた。
「これで、もうお会いすることはないでしょう。では、お元気で」
「……そっちも、元気で」
背後が黒くなっていく『俺』を見ながら、『わたくし』は夢から覚めていった。
◆
「カテリーネ様、おはようございます。……遅く起きられるのは珍しいですね。具合は大丈夫でしょうか……?」
「おはようございます。いいえ、むしろ気分が良いくらいです」
いつもは起きている頃合いなのに、ベッドで横になったまま微睡んでいたからだろう。
リージーさんに心配をされてしまった。ごめん……。
体を起こして、リージーさんと一緒に寝巻きから普段着へと着替えを行う。
1人でできるけど、仕事だからって言われたらしょーがないじゃん……?
リージーさんのくるっとした髪型、可愛いなぁ。
な〜んてことを思いながら着替えを済ませると、予定の確認に入る。
予定と言っても今はやれることがないので大したものはない。
でも今日はどうしてもしたいことがあって、お願いをすることにした。
「あの、本日なのですが、ヴァルムント様をお呼びすることは可能でしょうか?」
「あら、あら、まあ! お二人共、うふふ」
「……どうかされましたか?」
リージーさんは両手を組んで、ルンルンと喜び始めた。
……お二人共?
「実はヴァルムント様からも同様に、お伺いしたいとご連絡がきているんですよ。ふふふっ」
すごいニヤニヤされてる。ち、違うって。違うんだってば! 一回ちゃんと説明したのに!!
お願いだから、分かってますよ〜って顔をしないでくれえ……。
「お昼過ぎか夕食前、どちらがよろしいですか?」
「お昼過ぎで、お願いします」
こういうのは先延ばしするより早い方がいいし。
ふーっと息を長く吐いて心を整える。
リージーさんは「承りました」と微笑みながら、連絡をしにいくのと朝ごはんをとりに部屋から出ていった。
おれは、ディートリッヒに幸せであってほしい。
やろうと思っていることが正しいのか分からないけれど、今できることを精一杯やりたいと思っている。
それが今のおれの、カテリーネとして生きていく上でのやりたいことなんじゃないかって。
だ、だからこそ、おれ的に頼……いや、違くて。
責任とってもらってないヴァルムントに、おれが快く暮らせるよう協力してもらわなきゃいけないんだよ!