エルフ子育て記録 ~勇者と魔王の親権争いに巻き込まれたフリーター~   作:龍翠

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96 転移

「さあ」

 

 長に促され、ディーネはナイフを手に取る。それを、メルへと近づけていく。

 修司は我に返ると、叫んだ。

 

「やめろ! 何しようとしてるのか、分かってるのか!? お前、メルの母親だろうが!」

 

 ディーネが顔を上げる。そして彼女は寂しげな笑顔で、

 

「ええ、そうよ。そして私は、エルフでもあるの」

 

 メルの腕を、ナイフで切った。

 直後に、腕の傷から黒が広がっていく。メルの腕が真っ黒になり、それは全身に及び、すぐに顔も全て真っ黒に。やがて、だらんと、メルの腕が落ちた。

 

「あ……。メル……」

 

 修司が、呆然とメルの名を呼ぶ。メルは何も応えない。虚ろな目で、目の前の景色を眺めている。口を開いてはくれない。

 

「おお……。ようやく、ようやくだ……。さあ、あとは帰還するだけだ。準備をしろ!」

 

 長の声の後、大勢のエルフが現れる。ケイオスが大きな舌打ちをした。手加減するべきではなかった、と。

 

「メルが気に病むだろうと気を遣ったのが間違いだったか……」

「自分たちならば負けはしない、というのは傲慢が過ぎるというものよ、魔王様?」

 

 ディーネがくすくすと妖艶に笑う。嘲るような笑顔。

 

「ん……?」

 

 嘲笑、か? 確かに不快な笑顔ではあるが、けれどどうにも作り物めいている。

 だが、それを考えるよりも先に、どうにかしてメルを助けなければならない。

 

「アイリス。これは、どうにかならないのか?」

「ん……。ちょっと、厳しい。無理矢理に魔力で縛られてる。私たちの魔力じゃ、ふりほどけない」

「そうか……」

 

 アイリスとケイオスの魔法では、どうにもできないらしい。なら、どうすればいいのか。

 いや、そもそも、魔力で無理矢理にということは、メルをどうにかするしかない、ということだろう。正気に戻すなどすればいいのかもしれないが、それはつまり、方法はともかく、メルを傷つけるということになる。できるわけがない。

 できることと言えば、呼びかけることだけ。

 

「メル!」

「少し黙っていろ」

 

 長が言うのと同時に、今度は口が動かなくなった。メルを見ると、こちらをじっと見つめている。何かされているのかもしれない。

 何もできない。どうしようもない。焦燥感ばかりが募っていく。

 やがて、エルフの誰かが言った。

 

「長、いつでも転移できます!」

「うむ。ならばすぐにやれ」

 

 長の命令で、エルフたちが一斉に詠唱を始める。転移には儀式が必要ではなかったのだろうか。

 

「転移はすぐにできるわ。だって、この世界の神は、私たちに協力的だもの」

 

 修司の考えていることを察したのか、ディーネが教えてくれる。ディーネを睨み付けると、小さく笑みを浮かべて、

 

「もう少し、待ちなさい」

 

 そう小声で言われた。

 そしてすぐに、エルフたちの転移、という声が聞こえてきた。

 

 

 

 浮遊感。アイリスが使う転移とはまた違うと分かる、気持ちの悪さ。そしてすぐに、地面に足がついた。

 

「う……。気持ち悪い……。やっぱり世界の移動は、好きになれない」

「同感だ……」

 

 どうやら世界を移動する転移は元々こういうものらしい。とりあえず、まずは周囲の確認だ。メルの姿を探そうとして、

 

「おとうさーん!」

 

 そのメルが抱きついてきた。

 

「おお!? メル!? ……って、あれ? 声が出る?」

「おとうさんおとうさんおとうさん!」

「痛い! 痛いよメル!」

 

 ぐりぐりと頭をこすりつけてくるメル。いつものメルだと安心する一方、修司は混乱するしかない。アイリスですら、口をあんぐりと開けて固まっている。

 とりあえずは周囲の確認だ。周囲は広大な草原で、所々に木々が生えている。空は雲一つない快晴。あちらと時差があるのか、おそらくはここでは昼だ。アイリスとケイオスは、難しい表情で何かを話し込んでいる。

 

「な、何故貴様らまでここにいる!」

 

 もう少し情報を、と周囲を見回そうとしたところで、そんな声が聞こえてきた。見ると、エルフの長がこちらを指差している。彼らにとっても、修司たちがいるのは予想外だったらしい。

 

「何故って……。エルフが俺たちごと転移したんじゃないのか?」

「なん……っ! ディネルース! どういうことだ!」

 

 長が振り向く先、ディーネを初めとするエルフたちが立っていた。いつの間にか、数十人、もしかすると百人以上のエルフが集まっていたようだ。隠蔽の魔法とやらでも使っていたのかもしれない。

 問われたディーネはこちらへと歩きながら、言う。

 

「どういうことも何も……。メルが転移させたのでしょう。私は知らないわ」

「は……? いや、そうだ、愛し子もだ! 呪いはどうした!」

「あのナイフはメルにも見せておいたから、どうとでも対策したのでしょう」

 

 ディーネ曰く、長はお前がやれとばかりにナイフをディーネに一度渡していたらしい。親子の別れを済ませろという意味合いがあったのかもしれないが、これ幸いとばかりにディーネはそのナイフもメルに見せたそうだ。

 メルを見ると、間違い無いと頷いた。そしてメルは、そのナイフにかけられた呪いを解析して、さくっと防御魔法を作ったらしい。しかも、呪いに侵されたように見えるおまけつきで。

 

「そんな簡単に作れるものなのか?」

「ん……。あり得ないけど、メルは必要に迫られて魔力を栄養にする魔法を作ったこともあるらしいし、元々のメルの才能かもしれない」

 

 そんな話もあったな、と思い出す。愛し子故の能力だと思っていたのだが、愛し子にそんな能力はないそうだ。必要に迫られた故に身についた才能のようなので、ある意味ではエルフによって与えられたとも言える。皮肉なものだ。

 

「長には感謝しています。本来の予定なら結界を少し壊すだけの予定で、勇者たちにあなたを追い払ってもらおうと思っていたもの。でも、それだとまた逃げるだけでしょう? ナイフを渡してくれたから、一網打尽にしてしまうことができたわ」

 

 メルがエルフたちの手に落ちたように見せかけて、エルフたちを油断させる。そうしてから、エルフたちがこちらへと転移する時に、最初から狙っていたメルが術式に介入、修司たちを巻き込んだらしい。修司たちを巻き込んだのは、失敗したと知ったエルフの暴走の仕方が分からなかったから、というのもあるが、それ以上に。

 

「結界の得意なおねえちゃんなら、すぐに閉じ込めてくれるかなって」

「は……?」

 

 長は一瞬呆けた後、すぐに顔を青ざめさせた。そして周囲を確認して、絶望の表情を浮かべる。

 メルが戻ってきて一瞬混乱はしていたようだったが、アイリスはすぐにメルの思惑に気付き、周囲一帯を結界で封鎖したそうだ。それも、エルフが感知できないように、かなり広い範囲を囲むように。ここからでは結界の端すら見えないらしい。世界を跨がない転移では結界を越えることはできないそうだ。

 地球にいると、例え結界で閉じ込めたとしても、世界を跨ぐ転移で逃げられてしまう。地球の神が協力しているのなら、それはどうにもならない。だからこそ、この世界に共に転移してくる必要があったとのことだ。この世界なら、あの神が許すはずがない。

 

「あとは、おとうさんに安心してほしくて」

「どういうことだ?」

「うん……。もう、全部終わったよって」

 

 メルがそう言った直後、それは現れた。

 

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