エルフ子育て記録 ~勇者と魔王の親権争いに巻き込まれたフリーター~   作:龍翠

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「迎えに行く手間が省けたな。丁度良い。一緒に来てもらおう」

 

 男がそう言った瞬間、修司はメルをその場に下ろして、駆けだした。真っ直ぐに、男の元へ。

 

「ふん」

 

 男がそう言って腕を前に出して、そして、

 

「……うん?」

 

 首を傾げた。

 

「でやあ!」

「ぬ……!」

 

 男へと思い切り体当たりをする。男が数歩後退り、アイリスを手放した。アイリスの体を受け止め、下がる。男を見据えたまま、手をアイリスの口元へ。脈なんてどこで調べるのか分からないので、分かりやすく息をしているかどうかだ。

 微かにだが、息はある。安堵の吐息を漏らしたところで、男がはっきりと修司を睨み付けてきた。

 

「貴様、何をした!」

「体当たりだよ。あんたが魔王様か? 悪いけどこの世界での暴力沙汰は勘弁してほしい。帰ってくれ」

「何が体当たりだ! 俺の魔力を乱したではないか!」

 

 意味が分からない。修司は怪訝そうに眉をひそめ、そしてすぐにメルへと振り返る。こちらへと駆けてくるメルは、修司の視線に気付いていないらしい。メルはアイリスの様子を見て、顔を青ざめさせた。

 

「さすが愛し子だ。気付いたか。勇者はもうすぐ、死ぬ」

「え……」

 

 メルを見る。メルは沈痛な面持ちだ。修司が一見しただけでは分からなかったので、もしかすると異世界特有の何かがあるのかもしれない。そうだとすれば、修司にはどうすればいいのか分からない。

 修司が呆然としていると、不意にメルが笑った。少しだけ悲しげな笑顔で。けれど、はっきりとした声で。

 

「だいじょうぶだよ、おとうさん」

 

 メルが、アイリスの手を握った。

 

「私ね、アイリスおねえちゃんのこと、好きだよ。だからね、死なないよ。……連れて行かない、よね?」

 

 まるで誰かに問いかけるような言葉。もしかすると、本当に、見えない何かに聞いていたのかもしれない。だが変化は劇的だった。

 アイリスの顔色が見る間に良くなり、いつの間にか血も落ちなくなっていた。そしてすぐに、小さく咳き込み、アイリスが目を開けた。

 

「あれ……? シュウ? メル?」

「ばかな!」

 

 戸惑うようなアイリスと、そして狼狽する魔王の声。

 

「いくら愛し子でも、死の運命をねじ曲げるなど……!」

 

 メルが、魔王を見据える。それだけで、魔王は一歩後退った。

 

「ちっ!      !」

 

 聞き取れないが、何かを叫ぶ魔王。おそらくそれは呪文か何かなのだろう。叫び終わるのと同時に手を前に出すが、しかし何も起こらなかった。

 

「な……!」

「えっとね。危ないからね。まほーきんし」

 

 それだけで。たったそれだけの言葉で、修司にも分かるほどに周囲から何かがなくなった。色が少しだけ薄くなったような、そんな気がする。

 

「ばかな……」

 

 呆然とする男に、メルは薄く微笑み、

 

「きょうせいたいきょ、です」

 

 帰って。メルがそう言っただけで、男の姿は忽然と消えていた。

 まるで、最初から何もなかったかのような静けさに包まれる。だが腕の中にはアイリスがいて、メルも側でため息をついていて、そして未だに血だまりがある。

 修司はゆっくりと息を吸い込み、吐いて、そして言った。

 

「意味が分からない」

 

 本当に、何が起こったのか、いまいち分からない。

 誰も何も言わない、静かな時間が流れていたが、一先ず場所を変えることにした。

 

 

 

「本当に、もう大丈夫なんだな?」

「ん。平気」

 

 先ほどとは場所を変えて、別の公園で三人は一息ついていた。すでにすっかり回復しているらしく、アイリスはもう一人で動き回ることができるらしい。すごい回復力だなとつぶやけば、アイリスは違うと首を振った。

 

「メルのおかげ」

「メルの? どういうことだ?」

「メルが神様に、私の命を願ってくれた。だから、こうして生きてる」

「ええ……」

 

 思わず絶句する。メルを見やれば。おずおずと頷いた。どうやら間違い無いらしい。

 

「何もしなければ、死んでた、と?」

「ん。多分」

「そっか……。思っていた以上に、愛し子ってすごいんだな」

 

 メルの願いで、人の死すら歪めてしまった。もちろん修司としてもアイリスが生きていてくれることは喜ばしいことだが、それとはまた別の話で、メルの力も恐ろしいものだと思える。

 

「おとうさん……」

 

 ふと声がして隣を見れば、メルは不安そうな瞳でこちらを見つめていた。どうしたのかと考え、すぐに思い当たる。修司がメルを怖れないか、それが心配なのだろう。そんな心配をさせてしまったことに、罪悪感で自己嫌悪を覚えてしまった。

 

「大丈夫だよ。メルは俺の娘だ。それは絶対に変わらない」

「うん……」

 

 メルを膝の上に載せて頭を撫でてやると、メルが修司へともたれかかってきた。少しだけ重いと感じるが、同時に、メルが間違い無くここにいるという証だと思えば、悪くないとも思う。

 

「この後はどうなる? 魔王はもう来ないのか?」

 

 メルを撫でながら修司が言って、アイリスは小さく首を振った。

 

「多分、また来る。メル、元の世界に帰らせただけ、だよね?」

「うん。それだけだよ」

「じゃあ、必ず来る。そう遠くないうちに」

「そうか……」

 

 あまり歓迎できない話だ。あのアイリスすら手も足も出ないやつが、また来るとは。今回はメルが気付いて間に合ったが、次はそうもいかないかもしれない。駆けつけた時には手遅れということもあるのかもしれない。修司が襲われたのなら、それこそ十秒も持たずに跡形もなく消し去られてしまいそうだ。

 修司の物憂げな顔から考えを察したのだろう、アイリスは大丈夫だと思う、と前置きをして、

 

「魔王も馬鹿じゃない。今回のことで愛し子がどういうものか、分かったはず。次はここまで無理矢理なことはしないはず」

「それならいいんだけど……」

 

 だが実際にはやはり分からないらしい。

 今後のことを不安に思いつつも、今日のところはそこで解散することになった。メルはアイリスのことを気に掛けていたが、本人はもう大丈夫だと自宅へと帰ってしまった。

 

「メル。もしまた魔王が来たと分かったら、教えてくれ」

「うん」

 

 修司にできることは少ないが、それでも分からないよりはましだろう。

 少しだけ嫌な予感を覚えつつも、修司はメルの手を引いて施設へと戻りは始めた。

 

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