エルフ子育て記録 ~勇者と魔王の親権争いに巻き込まれたフリーター~   作:龍翠

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「そうしてメルはこの世界に来た」

 

 そうして話を締めくくった。アイリスが。

 

「うう……。どうせなら自分で話したかったのに……」

「いや、ごめん、メルの説明だとよく分からなかったから……。ああ、うん。怒るな。叩くな。落ち着け。ごめんって」

 

 ぽかぽか叩いてくるメルを宥めながら、アイリスの説明を思い出す。ちなみにアイリスも分かりにくいメルの説明を聞いていたが、どうにか自分の中で理解できるように整理して、なおかつ間違いがないか許可を取ってメルを読心してまとめたそうだ。アイリスの密かな苦労に修司は心から感謝した。

 

「ん? ということは、もしかしてメルが俺をおとうさんって呼ぶのは……」

「ん。メルが生まれるきっかけとなった魂は、シュウのもの」

「えー……。え? なに? 俺、早死にしたりする?」

「大丈夫。半分ほど取られてしまったならともかく、今のところは影響がない。……多分」

「そこは言い切ってくれ頼むから」

 

 修司はため息をついて、頬を膨らませているメルに向き直る。すっかり拗ねてしまっている。苦笑しつつ抱き上げて膝に載せて、また頭を撫でる。ふにゃり、とメルの頬が緩んだ。

 

「うん。とりあえずは、そうだな。この子を物扱いとか、エルフは糞野郎の集まりだってことは理解した」

「…………」

「なおのこと、お前にメルは任せられない。それにどうやら、血は繋がっていなくても義理の親子ってわけでもないみたいだしね」

 

 この世界での生物学上では赤の他人かもしれない。それでも、メルは修司の子だ。今なら、強くそう思える。もうこの子を手放す気は欠片もなくなっていた。

 

「それでも、私はその子の母親です。親として、責任を持たなければなりません」

「持ちたくない責任は持たなくていいよ。だから帰れ」

「その子はエルフです。エルフの常識を教えなくてはなりません」

「そうだな。でもお前である必要はないな。帰れ」

「分かっているのですか。貴方は人間。メルティアはエルフ。いずれ貴方は先に死ぬことになるのです。メルティアを残していくことになります。私なら、その心配はありません」

 

 どうですか、と問うてくるディーネを、修司は冷めた目で睨み付けた。

 

「それは当たり前のことだろう。親より先に子供が死ぬ、なんてことはない方がいいんだ。俺が先に死ぬ。当たり前だ。残していくといっても、その頃にはメルも自立してるだろうしな」

 

 自然の摂理。それでいい。問題は、ない。心配がないと言えば嘘になるが、きっとそれまでに心の整理も準備もできるはずだ。

 

「気持ちは変わらない、と」

「ああ」

「周囲を巻き込むことになりますよ?」

「貴様、それは脅しか?」

 

 反応したにはケイオスだ。明らかに部屋の温度が下がった、ような錯覚に襲われた

濃密な殺気にディーネが息を呑む。だが気丈にも笑顔を見せてきた。

 

「さあ。私は、何も言っていませんか?」

 

 周囲の視線がディーネ一人に突き刺さる。ディーネは表情を崩さない。くすくすと、不気味に嗤うだけだ。

 やがて、最初に修司が詰めていた息を吐き出した。これ以上は時間の無駄だと、そう判断して。

 

「これが最後だ。帰れ」

 

 もう一度、修司が短く言う。ディーネは何も言わなかったが、やがて小さく首を振った。

 

「ええ。よく分かりました。ですが、こちらは諦めたつもりはありません」

 

 修司は何も言わずに軽く手を振る。さっさと消えろ、という意味を込めて。それが正しく伝わったのかは分からないが、ディーネは立ち上がるとそのまま退室していった。

 

「ふむ。一応見送ってこよう」

 

 院長も席を立ち、食堂を出て行く。残されたのは、いつもの四人だ。

 

「はあ……。疲れた」

 

 修司が体の力を抜いて椅子にもたれかかる。メルが心配そうな表情になったので、とりあえずくすぐっておいた。慌てて逃げようとするメルを抱きしめて、そのままくすぐる。

 

「や、やめておとうさん! くすぐった、あはは……!」

 

 やはりメルはかわいい。この子を蔑ろにするなど、エルフの神経を疑ってしまう。

 修司が解放すると、メルは大慌てて逃げてしまった。そのままアイリスの背中に隠れてしまう。顔だけ出して、頬を膨らませてこちらを睨み付けてきた。

 

「おとうさんの意地悪」

「ははは」

 

 笑って流す。もう、とメルは文句を言うが、しかしすぐに戻ってきた。そしてまた修司の膝の上に座る。

 

「それにしても……」

 

 メルを撫でながら、ディーネの言葉を思い出す。あれは、明確な脅しだった。メルを引き渡さなければ、修司の周囲も巻き込んで奪いに行くと、そう言っているように聞こえた。それを言うと、アイリスとケイオスも同じように感じたらしく、重々しく頷いた。

 

「でも理解できない。わざわざ愛し子を敵に回そうとするなんて」

「力尽くで奪ったとしても、災厄が降りかかるだけだと思うがな」

 

 ケイオスはそう言うが、修司としてはそう思わない。

 メルは優しい子だ。エルフの里から飛び出したといっても、エルフが不幸になることを望んでいない。メルがこうしてここにいるにも関わらず、未だエルフの里が無事なのがいい証拠だろう。きっと連れ去られたとしても、逃げようとはしても滅んでほしいとまでは願わないはずだ。

 メルを見る。じっと、何かを考え込んでいる。修司はメルを撫でて、

 

「気にするな。何かあっても、どうとでもするさ」

「おとうさん……」

「だからさ、メル。たまには我が儘も言えよ?」

 

 子供らしく、子供のような我が儘を聞きたいものだ。メルはきょとんとした後、くすくすと小さく笑った。

 

「うん」

 

 頷いて、そして、

 

「あのね……。その……。たまには、あっちの世界にも行きたいなって……。おとうさんといっしょに。だめ、かな?」

「よし分かったもちろん大丈夫だ今すぐ行こう」

「おとうさん!?」

 

 メルが望むのなら否と言うはずがない。それに、本音を言えば異世界が気になっていたりもする。ちょうどいい。

 待って、とメルが言うので思考を止める。メルが言う。

 そしてメルは、修司でも分かるほどの爆弾を投下した。

 

「ユグドラシルには行きたくないから……。その、人の国か魔族の国で……。おとうさんが行きたいところでいいよ?」

「ん?」

「ほう?」

 

 反応したのはもちろん異世界組二人。メルと一緒にアイリスとケイオスを見れば、分かりやすいほどに瞳がぎらついていた。いろいろと危険だと思う。

 

「それならもちろん人族の国へ。退屈はさせない。魔族の国よりもいいところ」

「それなら魔族の国だろう。気の良い住人ばかりだ。人間どもよりもな」

「…………。いい度胸、魔王」

「…………。貴様、今のは挑戦だな? 勇者」

 

 渦巻く何か。多分魔力。がたがたと食堂の家具が揺れる。一触即発の気配。青ざめる修司の代わりに、メルが言った。

 

「ゆうしゃ。まおう」

 

 名前呼びではないことに、メルの怒りを感じた。それは二人も同じだったのだろう、びくりと肩を揺らして、おそるおそるとメルを見る。

 

「けんかはだめ」

「ん……。ごめん」

「む……。すまん」

 

 大人しく引き下がる勇者と魔王。だがそれでも、睨み合いは続いている。メルもこの程度ならいいかと諦めたのか、もう、と口を尖らせただけだ。

 

「まあ、旅行についてはそのうちに、だな。休みも頻繁に取れるわけじゃないし」

「うん。……あ、そうだ。おとうさん」

「ん?」

「あのね……。これっきりにするから。だから、一回だけ、いい……?」

 

 意味が分からずに修司が首を傾げる。助けを求めてアイリスとケイオスを見ても、二人とも真剣な面持ちでこちらを見てくるだけだ。

 意味は分からない。それでも、メルのことだ。悪いことではないだろう。そう判断して、いいぞ、とメルに返事をした。

 途端に、メルの瞳の奥に淡い光が宿る。これは、見たことがある。かつて遊園地に行った時、観覧車で見たものだ。

 

「わたし、本当にここにいてもいいの? 迷惑じゃない?」

 

 そんなメルの言葉に、修司は怪訝そうに眉をひそめ、

 

「何度も言わせるなよ。いてもいいし、迷惑じゃない。メルは俺の娘だ。手放す気なんてないからな」

「うん……。うん! おとうさん、だいすき!」

「おー。俺も大好きだぞ」

「おとーさーん!」

「めるー!」

 

 ぎゅっとメルを抱きしめる。とりあえずそんなよく分からない流れになってしまったが、メルは何がしたかったのだろうか。改めてメルを見ると、申し訳なさそうに眉尻を下げて、

 

「あのね、読心の魔法なの。本当は、どう思ってるのかなって……」

「ああ……。なるほど。今のが例の魔法か」

 

 母親との決別のきっかけになった魔法。なるほど、と得心するものがあった。観覧車の後の態度はそのためか、と。

 

「俺は合格かな?」

 

 そう聞いてみると、メルはにっこりと笑って抱きついてくる。

 正直なことを言えば、読心の魔法を使われたことに対して思うところがないわけではない。だがメルは、一度母親に裏切られているのだ。疑心暗鬼になるのは当然だし、父はどうなのかと確認するのも当然だろう。だから怒るようなことはしない。納得してくれたのなら十分だ。

 さて、と視線をアイリスとケイオスへと戻せば、二人そろって安堵の表情を浮かべていた。二人とも、心配してくれていたらしい。目的のわりには、いつも気に掛けてもらっている。

 今度また夕食でも一緒に行くかな、と修司はぼんやりとそんなことを考えていた。

 

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