エルフ子育て記録 ~勇者と魔王の親権争いに巻き込まれたフリーター~   作:龍翠

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幕間 勇者のお仕事1

「アイリスおねえちゃんは何のお仕事をしてるの?」

 

 それは、メルの何気ない疑問が発端でした。喫茶店でメルがそう聞いた瞬間、一瞬だけではありますが、アイリスが硬直したことに全員が気が付きました。

 

「ふむ……。そう言えば勇者はこの世界で職を持っているらしいな」

 

 魔王がにやにやと意地の悪い笑顔を浮かべます。これはどう見ても楽しんでいます。

 

「そんな話もしたな……。働いてる内容までは聞いてないけど。どうなんだ、アイリス」

 

 問われたアイリスは、視線をせわしなく彷徨わせました。基本の表情が無表情となっているアイリスには珍しい態度です。それほど知られたくないことなのでしょうか。

 

「おねえちゃん?」

 

 メルが小首を傾げて聞いて、アイリスは小さく喉を鳴らしました。

 

「た……」

「た?」

「ただのコンビニアルバイト、だよ」

 

 そう言って、先に帰るとアイリスは喫茶店を後にしました。これもまた珍しいことです。普段なら施設までメルを送り届けてから帰るのですから。

 

「そんなに答えたくなかったのかな」

「おねえちゃん、怒っちゃったかな……?」

 

 修司の呟きに、メルが不安そうな声を出します。そんなことないだろ、と笑いながらメルを撫でていると、ふむ、とケイオスが腕を組みました。

 

「父上殿。夜に時間をもらえるか?」

「ん? まあ今日は休みだから大丈夫だけど」

「ならば、夜六時から少し付き合ってほしい」

 

 まだ微妙な時間です。ふとメルを見ると、きらきらした瞳で見つめてきています。これは置いていくことはできなさそうです。

 断る理由もないので、仕方なくメルも連れて夜のお出かけをすることになりました。

 

 

 

 夜六時。迎えに来たケイオスと共に町を歩きます。まだ真夏ということもあり、日が沈んでいません。夕焼けの赤色に町が染まっている程度です。

 しばらく歩き続け、ケイオスはとあるビルの前で足を止めました。そのビルの前では、特徴的な衣装、いわゆるメイド服を着た女の子がプラカードを持って立っています。

 

「わあ! メイドさんだ! かわいい!」

 

 メルの歓声を聞いて、女の子がこちらに気が付きました。笑顔で手を振ってくれます。メルも嬉しそうに振り返しています。

 ケイオスは一つ頷くと、そのビルへと向かいます。

 

「は? ケイオス、まさかそんな趣味が……」

「来れば分かる」

 

 ケイオスの短い一言に、何となく察してしまった修司は、二の足を踏みました。さすがに、それは、まずいのではないでしょうか。

 

「おとうさん、行かないの?」

 

 ただもうメルがすごくわくわくしています。ここで帰ったらメルがとてもがっかりするでしょう。それは、だめです。仕方ないので、犠牲になってもらいましょう。

 修司はメルの手を引いて、メイドさんに会釈してビルの中に入りました。そのままエレベーターで三階へ。ファンシーなドアの入口が出迎えてくれます。

 迷うことなく、魔王はそのドアを開けました。

 

「いらっしゃいませ、ごしゅじんさ……ま……」

 

 やっぱりか、と修司は右手で顔を覆いました。もう、見ていられません。

 

「どうした、勇者。接客中ではないのか?」

「…………」

 

 怖い。今日ほどアイリスを怖いと思ったことはありません。見てもいないのに威圧感がすさまじいほど感じます。

 

「わあ! アイリスおねえちゃんもメイドさんだ! かわいい!」

 

 ですがその威圧感も、メルの天真爛漫な声に霧散しました。

 

「ん……。んん……。…………。はあ……」

 

 なんだかすさまじい葛藤があったのが分かりました。最後の大きな大きなため息に全てが集約されているような気がします。やがて、メイド服を着たアイリスが言いました。

 

「いらっしゃいませ、ご主人様」

 

 相変わらずの無表情。ですが、その頬は少し赤くなっていました。

 

 

 

「ケイオス、いつから知ってたんだ?」

「今知った。俺は追跡魔法で場所しか知らなかったからな。それと、父上殿、あまり話しかけないでくれ。笑いを堪えるのに俺もそれなりに必死だ」

「はいはい、そうですか」

 

 よくよく見れば、ケイオスの頬はひくひくと動いています。今にも大爆笑してしまいそうな雰囲気があります。そうなれば、ここは間違い無く戦場となるでしょう。それは避けたいところなので、話しかけないことにしました。

 

「おねえちゃーん!」

 

 メルがぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振ります。別のテーブルで注文を取っていたアイリスは小さく手を振って、また戻ります。そんな光景を、周囲の人は和やかに見守ってくれています。良い人ばかりで助かります。

 さらに少しして、そのアイリスがこちらのテーブルに注文を取りに来ました。

 

「…………」

 

 無言です。無言でケイオスを睨み付けています。さすがにケイオスも冷や汗を流し始めました。かつてないほどにアイリスが怒っていることにようやく気付いたのでしょう。頬を引きつらせながら、ケイオスが言います。

 

「先に言っておくが、俺はお前の魔力をたどってここまで案内しただけだ。説明さえしておけば、俺だって黙っていた」

「私にだって黙っておきたいことがある。ここまで来る必要性を感じない。親でもないのに。意味が分からない。脳みそあるの? 思考能力あるの? ぼけてるの?」

「う……」

 

 辛辣です。アイリスらしからぬほどに辛辣です。しかも周囲に聞こえないように、こちらのテーブルにぎりぎり届く声量です。

 

「おねえちゃん……?」

 

 メルが不安そうな声で呼んで、アイリスは苦虫を噛みつぶしたような顔をしました。小さく首を振って、また大きなため息をついて。そうしてから、メルへとぎこちないながらも笑顔を向けました。

 

「なんでもないよ、メル。ごめんね。食べたいものは決まってる?」

「うん! オレンジジュースと、オムライス!」

「ん。シュウは?」

 

 どうやらシュウに対しても普通の態度のようです。安堵の吐息をつき、言います。

 

「ブレンドコーヒーと、俺もオムライスで」

「ん。……魔王」

 

 相変わらずケイオスに対しては冷たくなっていますが、けれども罵詈雑言が付随しないだけましでしょう。ケイオスは小さく喉を鳴らして、言います。

 

「ホットココアと、あー……。俺もオムライスで構わん」

「ん」

 

 頷いて、アイリスが踵を返します。そのまま厨房へと向かっていきました。

 

「ケイオス、お前、あとで覚悟しておいた方がいいぞ。なんかもう、俺ですら怖い」

「ぬう……。余計なことをしたか」

 

 シュウが首を傾げると、魔王は何でも無いと首を振りました。

 

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