エルフ子育て記録 ~勇者と魔王の親権争いに巻き込まれたフリーター~   作:龍翠

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番外編 勇者

 

 勇者とは、聖剣に選ばれた人間である。聖剣に選ばれる条件などは全く分かっておらず、ある日突然、前触れもなく聖剣に選ばれてしまうのだ。

 今代の勇者、アイリスが聖剣に選ばれたのは、わずか八歳の時だ。

 

 アイリスの家族は両親と、二つ下の妹の四人だ。アイリスはいつも妹と一緒に遊んでいて、両親に頼まれた時はちょっとしたお手伝いをする、という生活を送っていた。裕福というわけではなかったが、かといって貧しいというわけでもない、どこにでもある家庭だった。

 その日もアイリスは妹と一緒に遊んでいたのだが、突然村が騒がしくなった。昼の間に全員が広場に集められて、そしてそこには普段は見かけない人がいた。

 

 豪奢な馬車と、一目で高級品だと分かる衣服に身を包んだ男だ。おそらく貴族だろう。貴族の多くは貴族以外を見下すと聞いていたが、どうやらこの男はそんな貴族ではなく、優しい人のようだった。アイリスと目が合うと、にっこりと笑いかけてくれる程度には。

 男が言うには、つい先日の戦争で勇者が亡くなってしまったそうだ。急ぎ、新たな勇者を探さなければならず、こうして聖剣を持って各地を巡っているらしい。

 

 誰が選ばれるかは分からない。選ばれたなら戦争に参加する義務は生じるが、残される家族には王都での何不自由ない生活が約束されるそうだ。

 男の指示の下、順番に聖剣に触れていく。聖剣に選ばれれば、鞘から剣を抜くことができ、なおかつ剣が輝くらしい。

 

 ただ、聖剣を抜くことができるのは常に一人だけだそうだ。だから確率はとても低い。誰もがどうせ無理だろうと順番に試していく。

 そうしてアイリスの順番になり、男に手伝ってもらいながら柄を握って。そして、いとも簡単に抜けてしまった。目を開けられないほどに輝く聖剣を、誰もが呆然と見つめていた。

 

 実は、アイリスは誰にも言っていないのだが、剣の柄を握った時に、アイリスは神様に会っていた。

 白い何もない空間に突然立っていて、突然声が聞こえてきたのだ。ただそれは、ひどく狼狽した声だった。まさかこのような子供が選ばれるとは、と神様も予想外のことだったらしい。曰く、聖剣が選ぶ基準は神様すら把握していないものなのだそうだ。

 ただし勇者になるのは拒否できる、とのことだった。拒否した場合は新たな勇者がまた選ばれるとのことだ。

 

 アイリスは、人のためになることをしなさい、と教えられてきた。そしてこれは、人のためになることだ。だからアイリスはすぐに引き受けた。どこまでできるか分からないけどやってみる、と。神様は何度も聞いてきたが、アイリスが答えを変えないことを知ると、では武運を祈る、とまた突然に現実に引き戻されて、今に至った。

 

 そこからはあっという間だった。家族全員が馬車に乗せられて王都へと向かい、王様や将軍などと面会して、そして訓練が始まった。

 二年ほどの訓練の後、アイリスはついに戦争に出て魔王と対峙することになった。

 

 

 

 地獄だった。その一言に尽きる。

 アイリスは必死になって戦ったが、全員を守ることはできなかった。多くの人が死んで、壊れて、それでも皆がアイリスの道を作るために必死になって戦ってくれた。

 魔王は小さな勇者を見て目を瞠った後、聖剣が狂ったか、と呆れていた。

 

 魔王との戦いにあまり良い思い出はない。ただただ必死だった。気付けば二人とも倒れていて、両軍の将軍たちに回収されていった。

 それからの戦況はほとんど膠着状態だ。戦闘が起きても、小競り合いで終わるか、勇者と魔王が出張ってきてお互いにぶっ倒れるまで戦うか。その繰り返しだった。

 魔王と引き分けに持ち込むことができるアイリスを、最初は誰もが褒め称えた。だがそれは少しずつ疑心と嫌悪に変わっていった。

 

 何度戦っても、勝つこともなければ負けることもない。魔王と結託しているのでは、と疑われたのだ。何度も死にかけていることを知っている一部の兵はそれを否定してくれていたが、その疑惑が消えることはなかった。

 どこに行っても、常に冷たい視線に晒され続ける。次第にアイリスの口数は減っていき、表情も消えていった。王都に帰ると温かく迎えてくれる家族だけが支えだった。

 

 魔王とは、戦う前に言葉を交わす程度の間柄になった。お互いいつ殺すか殺されるかは分からないが、だがある意味対等な者との会話なので気が楽だった。

 人々から冷たい視線を向けられながらも、それでも必死に守り続ける。何度死にかけても、それでもずっと。守られることなどあるはずもなく、誰かが前に立つこともなく、いつも背中で誰かが怯えている。だから、何も考えずに戦い続けた。

 

 

 

 だからこそ、それが別の誰かのためとはいえ、衝撃だった。

 アイリスを助けるために魔王への体当たりという考えられないことをして、自分よりも弱いのに圧倒的強者である魔王から自分を庇った。

 その時のアイリスは意識を失っていたのでメルや魔王から聞いただけではあったが、本当に衝撃だった。その時から、アイリスは彼を『愛し子の父親』としてではなく、『霧崎修司』という個人を見るようになった。

 

 単純と言われるかもしれない。事実魔王からは言われている。それでも、もうあり得ないことだと思っていたからこそ、嬉しかったのだ。

 アイリスだって昔はいろいろと夢を見ていた女の子だった。妹と絵本を読んで、王子様に憧れたこともあった。自分の前に立つ頼れる背中を夢想して、そして勇者になった後はそんなことはあり得ないと現実を突きつけられた。

 自分でも思う。単純だと。惚れやすい性格だったのかなと。それでも、これはアイリスにしか分からないことだ。守られることが当たり前になった人には、それこそ両親や妹ですら分からないだろう。

 守ってもらえることの喜びは。

 

 だから、そう。これは当然の帰結なのだ。うん。間違い無い。

 そうしてアイリスは、今日も仲の良い親子二人を見守り続ける。自分にはもう手に入らないものを、今度こそ失わないようにするために。

 

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