エルフ子育て記録 ~勇者と魔王の親権争いに巻き込まれたフリーター~ 作:龍翠
「どうにも、異世界ってのは本当に面倒だな」
施設の自室。修司はメルを膝の上に載せて、頭をかいた。メルは少しだけ沈んでしまっていて、元気がない。自分が人族と魔族の争いの原因になっていると聞けば、仕方のないことだろう。
修司はケイオスと、そしてアイリスの普段とは違う様子に少しばかり危機感を覚えた。あの二人の会話を聞きたいなと呟いたところ、メルがいたずらっぽく笑って、
「じゃあ、盗み聞き、しちゃう?」
とのことだった。
そうしてメルが使った魔法は、勇者と魔王ですら知らない魔法、世界中にいるらしい精霊たちの目と耳を借りる魔法だ。この魔法を使えば、誰にも見られない精霊たちが見聞きしたことを、自分たちも見聞きすることができるというものだった。
かつてエルフの里から逃げる時に、メルが神様から教えてもらった魔法だそうだ。魔法というよりも、ある種の権利や特権に近いものかもしれない。おそらくメル以外では使えない魔法だろう。
メルが、自分の身を守るために使う魔法だそうで、今回もその延長線上だと二人で判断した。事実、これはメルに深く関わりのある内容だ。もちろんメルが関わらない内容なら、即座に魔法を切らせるつもりだった。
「おとうさん……」
メルが不安そうにしがみついてくる。修司は苦笑すると、メルを優しく抱きしめた。
「大丈夫だ。俺はメルを見捨てないし、ケイオスも無理矢理連れて行くようなことはしないはずだ。ちゃんと守ってやるから」
「うん……」
異世界の都合など、修司にとっては知ったことではない。エルフが何かやっていても、それは異世界の人間が解決することだ。確かにメルも異世界の子ではあるが、こんな幼子に何かを求めることそのものが間違っている。
「メルは気にしなくていい。そもそもあいつらも、メルに聞かせたくないから別れたんだろうし」
「うん……」
何を言っても、メルに元気が戻らない。今回のことは軽率だっただろうか。だが、これは知っているのといないのとでは、雲泥の差がある。聞いたことに後悔はない。
修司はメルを撫でながら、内心でため息をついたのだった。
・・・・・
どうしても、考えてしまいます。異世界のこと。人族と魔族のこと。エルフのこと。戦争、のこと。頭の中でずっともやもやしています。渦巻いています。けれど、メルがいくら考えても、解決策なんて出てきません。
気付けばメルは学校にいて、自分の席に座っていました。自分でもびっくりなほど上の空だったようです。いつの間にか集まっていた友達たちは、心配そうにメルをのぞき見ています。
「あ、やっとこっち見た。どうしたの?」
「元気、なさそうだね……?」
なのちゃん、みいちゃんが聞いてきます。メルは笑顔を作って、
「だいじょうぶ。なんでもないよ」
「そうは見えないよ」
そう言ってきたのはけんちゃんです。じっと、こちらを真剣な眼差しで見つめてきます。
「悩みとかがあるなら、僕たちが聞くよ?」
それは、いいのでしょうか。メルとしても、相談していいのならしたいのですが、おとうさんからは異世界については話したらだめだと言われています。
「ごめんね……」
メルがしょんぼりと謝ると、三人とも残念そうにしつつも、頭を順番に撫でてくれます。励ましてくれているようです。メルが弱々しく笑うと、三人ともやっぱり心配そうになってしまいます。
「そうだ、メルちゃん」
「うん……」
「メルちゃんのお家にはたくさん大人がいるんだから、もっと大人に相談してみなよ。僕のお母さんは、院長先生がすごく頼りになるって言ってたよ」
「大人に……」
大人に相談するとしても、それでもやっぱり相手は限られています。職員さんたちも異世界のことは知りませんし、院長先生も……。
そこまで考えて、院長先生には話していないことを思い出しました。もしかするとおとうさんが話しているかもしれませんが、メルも相談してみたいです。
「ありがとう。帰ったら、話してみるね」
メルがそう言うと、三人ともがほっと胸を撫で下ろしていました。
みんなで帰宅して。迎えに来てくれたアイリスおねえちゃんには食堂で待ってもらって、メルは院長先生のお部屋に向かいます。決められている通りにノックをすると、院長先生が顔を出してくれました。
「ん? メルか。どうした?」
「あのね。相談? とか?」
「ふむ……。異世界のことか?」
こくこくとメルが頷くと、入るといい、と院長先生が招き入れてくれました。そのまま、ちょっとかたいソファに座ります。院長先生が小さな冷蔵庫からオレンジジュースを出してくれました。
「それで? どうしたんだ?」
「んっとね……。おとうさんから、何か聞いてる?」
「ああ。簡単な報告だけな。詳しくは今日の夜に聞くことになっている」
「あのね……。先に、いい?」
「いいぞ」
それじゃあ、とメルは話し始めました。ケイオスさんが一度異世界に帰って、そうして戻ってきたこと。今の異世界とエルフの状況。このままメルがここにいると、異世界が大変なことになるかもしれないこと。つっかえつっかえ、ところどころ言葉を探しながらなんとか説明をし終えると、院長先生は難しい表情をしていました。
「それで? メルはどうしたい?」
「私?」
「そうだ。それを聞いて、帰りたくなったのか?」
問われたメルは、まさかと首を振りました。メルとしてはやはりこの世界で、おとうさんの側が一番なのです。あの世界に帰ることなんて、今のところはまだ考えたこともありません。
そう言うと、院長先生はそれでいいと頷きました。
「それならメルは何も気にするな。この世界でのんびりしているといい」
「え? あの、でも……。あっちの世界が……」
メルがそう言った直後、院長先生のおっきな手がこちらに伸びてきました。ぱちん、と軽い音がして、額に指が当たります。いわゆるデコピンです。首を傾げるメルに、院長先生は言います。
「子供がそんなこと気にする必要はない。子供は何も考えず、自分が正しいと思ったことを次々とやればいい。それが間違えていることなら俺たち大人が注意するし、尻ぬぐい……は分からないか? まあ、後片付けみたいなものだな。その程度、いくらでもしてやる」
院長先生の大きな手がメルの頭を撫でます。まじまじと院長先生を見ると、優しく微笑んでいるのが分かりました。
「子供が大人の顔色を窺うなってことだ。そもそも、メルのような子供に世界の行方を背負わせる方が間違っているんだよ。そんな世界、滅びてしまえ」
「あ、あはは……」
なんだか物騒なことを言っているような気はしますが、笑いながらなので冗談なのでしょう。……冗談だよね?
「私は、ここにいていいの?」
「当たり前だ。心配なら、お父さんにも聞いてみろ。そんなことを聞くことに怒られるかもしれないがな」
「それはやだ」
メルが言うと、院長先生はそうだろうなと笑いました。
オレンジジュースを飲み終えて院長先生のお部屋を出たメルは、そのまま家の外に出ました。みんなが遊ぶ庭を眺めながら、メルは考えます。
異世界に行くという選択肢は、綺麗さっぱりなくなりました。やっぱりメルはこの世界がいいのです。空気はちょっと、いえかなり汚くてエルフのメルには辛いこともありますが、それでも優しいおとうさんがいるこの世界がいいのです。
でも、かといってあの世界に滅びてほしいなんてことは思っていません。メルが生まれ育った世界です。そこまでは、思えません。
だから、メルは我が儘を言うことにしました。
「お願いします。助けてください」
そう、小声で言いました。
そして、ころん、と。メルの足下に丸まった紙が転がりました。先ほどまではなかったもので、そして目に見える範囲には誰も紙なんて持ってません。拾って広げてみると、メルの知る異世界の文字でこう書かれていました。
『まっかせろー!』
「軽いよ神様」
思わずメルは笑みを零して、その場で必死に笑いを堪えることになりました。
・・・・・