エルフ子育て記録 ~勇者と魔王の親権争いに巻き込まれたフリーター~ 作:龍翠
「おとうさん」
ぼんやりと待っていると、メルが声をかけてきた。どうしたのかと視線を向ければ、メニューを開いてあるページを見つめている。デザートのページだ。そのページと修司の顔を交互に見て、何かを訴えていた。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ。分からない振りをしようかなと思ってしまう。きっととても可愛らしい反応を示してくれることだろうと思う。が、実際にそれをするとメルが拗ねてしまいそうだ。
「何が食べたいんだ?」
そのため素直に聞いてあげると、メルの顔がぱっと輝いた。やはりこっちの笑顔の方がいいなと思いながら、メルが指差すものを見る。苺たっぷりスペシャルショート。お値段八百円也。
「む……」
予想以上に高い。現在の家計を考えると少し厳しいものはあるが、しかし、
「分かった。オムライスが来た時に注文するよ」
そう言ってあげると、メルは嬉しそうにありがとう、と言った。
幸い、食費に関してはいつも安い方だ。施設に支払う金額が院長の厚意もあっていつも格安なのだ。親のすねをかじるようで情けない気分にはなるが、素直に甘えておくことにする。
さらに少し待つと、アイリスがオムライスを持ってきた。その時にケーキを注文すると、少しだけアイリスの表情が呆れたようなものになった。何かしら察せられたらしい。
「ん……。分かった。待ってて」
再び離れるアイリス。少しだけ申し訳なく思ってしまう。
「とりあえず、食べようか、メル」
「うん!」
手を合わせて、いただきます。メルは早速スプーンを手に取ると、オムライスを口に入れた、ふんにゃりとメルの頬が緩む。見ていて少し面白い。そのメルの様子を眺めながら、修司も一口食べる。可も無く不可も無く、普通のオムライスだ。
比較対象が悪いかな、と誠の顔を思い浮かべながら食べていると、アイリスが戻ってきた。手にはケーキと、そしてコーヒーを載せた盆があり、何故かメイド服を着ていなかった。
「あれ? おねえちゃん、メイドさんは?」
メルが首を傾げて聞いて、アイリスが答える。
「ん。店長が、休憩でいいって。だから休憩」
「ふうん……」
ちらり、とカウンターの方に視線を向ける。店員の一人と目が合って、その店員は慌てて目を逸らした。何か勘違いされているような気がするのだが、気のせいだろうか。
思うが、口には出さない。出すと取り返しがつかないような気がする。
アイリスがケーキをテーブルに置くと、メルが目を輝かせた。今にも食べたそうにしているが、しかしこれはデザートだ。
「メル。先にオムライスを食べなさい」
「うん!」
メルの食べるスピードが速くなった。そんなにケーキを食べたいのかと少々呆れてしまうが、見ていて微笑ましいとも思う。思わずメルを撫でると、スプーンをくわえたままメルが首を傾げた。
「いや、何でも無い」
「んー。もっと撫でてもいいよ?」
「そっか」
撫でられながらも、メルはオムライスを食べていく。先ほどよりも機嫌がよさそうなのは気のせいではないだろう。うちの子かわいい。
すぐにオムライスを食べ終えたメルは、早速ケーキを食べる、と思っていたのだが、何故かフォークを手にとって動きを止めている。どうしたのかとアイリスと共に首を傾げていると、メルが修司へと言った。
「おとうさんも、早く食べて?」
「へ? ああ、うん。……うん?」
意味は分からないが、急かされたので手早く食べてしまう。修司が食べ終わるのを待ってから、メルはにこにこと嬉しそうにケーキを食べた。こくん、と呑み込んで、ふへ、と妙な息が漏れている。幸せそうではある。
次にメルはさらにケーキを切り取ると、フォークを修司へと突き出してきた。
「はい、おとうさん。あーん」
「え? いいのか?」
「うん!」
早く早く、とフォークを動かすので、そのケーキを食べる。値段も高いためか、なるほどこれはなかなか美味しい。値段相応だと言えるかもしれない。
これがしたかったのか、と少しだけ納得している修司の前で、メルはまたケーキを切り取ると、今度はアイリスに突き出した。
「はい、おねえちゃん。あーん」
メルがそう言った瞬間、アイリスが動きを止めた。ケーキを凝視して、そして修司へと視線をやって、またケーキに視線を戻す。何か葛藤しているのが見ていて分かる。
「おねえちゃん?」
メルの不思議そうな声に、アイリスは意を決したようにケーキを食べた。
「ん……。美味しい……」
「うん!」
満足したのか、メルはご満悦だ。その後は一人でケーキを食べ進めていく。
幸せそうなふにゃふにゃしたメルの笑顔に癒やされつつ、アイリスを見る。いつもの無表情ではあるが、少しだけ顔が赤くなっている。それは見なかったことにして、修司はメルへと視線を戻した。
「メル。ゆっくり食べるんだぞ」
「ん!」
もぐもぐ口を動かしながら頷くメル。メルを撫でながら、アイリスへと言う。
「ところでアイリス。アイリスも一度異世界に帰るのか?」
問われたアイリスは、驚いたのか少しだけ目を見開いた。すぐにいつもの無表情に戻り、頷いた。
「ん。多分、一週間程度で戻ってくる」
「そっか。ケイオスも帰るみたいだし、一気に寂しくなるな」
最初は面倒事にしかならないと思っていたし、事実として二人に振り回されたことは何度もあるが、しかし今となってはその二人がいなくなると思うと寂しく感じてしまう。そう思ってしまっている自分にも驚いてしまう。
「ん……。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、どうせすぐに戻る。つかの間の平穏を満喫してほしい」
「自分で言うなよ」
「ん……」
アイリスが微かに笑顔を浮かべ、修司も小さく噴き出した。