エルフ子育て記録 ~勇者と魔王の親権争いに巻き込まれたフリーター~   作:龍翠

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72 チケット

 

 アイリスとケイオスが異世界へと一時帰還してからは、本当に静かなものだった。素直に寂しいと思えるほどに。メルも、送迎役のアイリスがいないために喫茶店に行けず、どうにも退屈しているようだ。

 そのためか、次の休みに喫茶店に行くことになると、メルの機嫌がとても良くなった。喫茶店へと向かう道でも、メルは楽しそうに歌を歌っている。聞き覚えのあるその歌は、日曜日の朝に放映しているアニメのものだったはずだ。

 メルの歌を聴きながら歩いていると、すぐに目的地となる喫茶店にたどり着いた。

 中に入り、メルの指定席となっている席へと向かう。いつものようにメルが座り、修司はその隣に腰掛けた。

 

「ああ、いらっしゃい。久しぶりだね」

「ああ。まあ、一週間程度だけど」

「ああ、うん。メルちゃんが毎日来てたから、すごく久しぶりの気がしたんだよ。お客さんも、メルちゃんが来なくて寂しいって言ってたよ」

「馴染んでるなあ……」

 

 ちょっとしたアイドルのようだ。今も周囲を見ると、数少ない客、おばあさんなどがこちらをちらちらと見ている。どうやらメルに話しかけたいらしいが、修司が一緒にいるためか気を遣っているらしい。

 

「おとうさん、ちょっとだけ離れてもいい?」

 

 メルがそんなことを聞いてきたので頷くと、メルは椅子から飛び降りるとそのおばあさんの元へと向かった。

 

「おばあちゃん、こんにちは!」

「ああ、メルちゃん。こんにちは。久しぶりだけど、元気にしてたかい?」

「うん!」

「うんうん。いいことだね。ほら、飴をあげよう」

「わーい!」

 

 飴をもらったメルは嬉しそうに笑うと、おばあさんに手を振って次の人の元へと向かう。その後も、三人いる客とにこやかに会話をして、修司の元へと戻ってきた。

 

「ただいまー!」

 

 よいしょ、と椅子に座る。そうしてから、誠がとても自然な動きでメルの目の前にショートケーキを置いて、メルもとても自然に何も言わずに食べ始めた。本当に、馴染んでいる。

 

「なんというか……。俺の娘すごくないか?」

「そうだね。少なくともシュウよりはコミュニケーション能力があるよ」

「ほっといてくれ……」

 

 それはよく分かるというものだ。少なくとも修司には、仕事でもなければ自分から話しかけることなどできない。

 

「奏はどうしたんだ?」

「今日はちょっと難しいとかで、上でじっと画面を睨み付けてるよ。僕にはさっぱりだ」

「ああ。俺にもさっぱりだ」

 

 以前一度試した時に軽く勉強はしてみたが、あれで儲けられるというのは意味が分からない。どう頑張ってみても、増えるどころか減る一方だ。奏曰く、本当に稼ぎたいなら本腰入れて勉強するべきだ、とのことだ。それでも博打に近いものらしいので、やはり修司にはできそうにない。

 

「そうだ。奏で思い出した。これ、渡して欲しいって頼まれたんだ」

 

 そう言って誠が差し出してきたのは、水族館のチケットだった。ここから三駅離れた場所にある施設で、イルカのショーが人気だ。

 

「どうしたんだ? このチケット」

「奏が持ってる株の会社の一つに、水族館を経営している会社があるらしいよ。そのチケットが送られてきたらしい」

「へえ……」

「ちなみにもうすぐ動物園のチケットもくるってさ」

「あいつはどこに投資してんだよ……」

「うん。メルちゃんが来るようになってからだから、こういった配当目当てか、もしくは子供が楽しめるものに投資してるんじゃないかな。多分だけど」

 

 それはむしろ直接チケットを買った方が安上がりだろうとは思うが、奏の考えることは分からないことが多いので、気にするだけ無駄だ。誠は何となく分かるらしいので、きっと付き合いの差だろう。

 後で聞いた話だが、誠の予想の後半が正解らしい。子供が遊べるものを経営している会社に一定額を投資している、とのことだった。

 

「メルちゃんと一緒に行ってきて、と言ってたよ。あとお土産に写真をよろしくって。もちろんメルちゃんの」

「まあ、それぐらいはいいけどさ。でも交通費とか」

「はい、軍資金」

 

 誠がすっと、一万円札をテーブルに置いた。思わず修司の頬が引きつった。誠を見ると、楽しげに笑っている。ただ、どう考えても、これは逃げ道を塞ごうとしているようにしか思えない。

 

「お釣りはいらないから、美味しいものでも食べてきたら?」

「そこまで甘えられないから。……電車代だけ使わせてもらうよ……」

 

 修司がため息まじりにそう言うと、誠は満足そうに頷いた。

 

 

 

 翌日、月曜日。メルの学校には休む連絡を入れて、水族館へと向かうことになった。遊ぶために休むというのはあまり良くないことだが、聞くところによるとメルの勉学の成績はとても良いそうなので、たまにぐらいは大丈夫だろう。院長も、苦笑しつつではあったが、問題ないと言ってくれた。

 

 開園は十時からだ。平日ということもあり混雑していないとは思うが、それでも開園時間には着くように移動している。というのも、メルがとても、とてもとても楽しみにしているためだ。

 誠と話し終えてメルにチケットを見せると、途端に目を輝かせていた。以前から興味はあったらしいが、電車での移動を伴うために言い出すことができなかったらしい。

 

「気を遣わせてばかりだなあ……。ごめんな、メル」

「んー?」

 

 修司の膝の上で、メルは水族館のパンフレットをご機嫌な様子で眺めている。修司の声もあまり耳に入っていないようだ。仕方ないなと笑いながら頭を撫でると、メルが修司にもたれかかってきた。もっと撫でて、という合図だ。

 メルを撫でながら、パンフレットをのぞき見る。イルカショーの写真や、大きな水槽の写真などがある。メルの視線を追うと、イルカショーが一番の楽しみらしい。

 

 このパンフレットも誠からもらったものだ。チケットと一緒に送られてきたもの、とのことだった。施設に帰ってから、メルはずっとこのパンフレットを片手に持っている。それだけで、どれだけ楽しみにしているかよく分かるというものだ。

 

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