エルフ子育て記録 ~勇者と魔王の親権争いに巻き込まれたフリーター~   作:龍翠

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 メルがまんまるに目を見開いた。修司も、驚きから言葉を忘れてしまう。

 ただの同情。それが、神様の加護。考えてもいなかった理由だった。

 

「私の世界の子が原因で、異世界から勝手に連れてこられる。いくらなんでもかわいそうだから、助けてあげる。それが最初だったかな」

 

 そう言えば、と思い出す。もともとメルが生まれた経緯である、愛し子を生み出す方法というのも、あちらから見て異世界の住人である修司の魂を使うというものだった。

 

「まあ、こっちから私の世界に呼び出された人は、それなりに幸せも手に入れたと思うよ。少なくとも、私が読心した子で、悲しんで死んだ子はいないかな。もちろん、こういったことが起きない方がいいんだけどね……」

 

 犬はどうやら本当に申し訳ないと思っているらしい。それならそんな事態が起きないようにするべきだろうと思うのだが。それを言うと、犬は、その顔でも分かるほどに顔をしかめた。

 

「言い訳をするつもりはないんだけど……。きっかけは、勝手に送られたことだから」

「誰に?」

「この世界の神様に」

 

 それはさすがに想像していなかった。驚く三人に、犬は続ける。

 

「まあ、神様もいろいろとあるんだよ。話を戻すけど、メルの加護が強いのは、せめてそれぐらいはしてあげたかったから。何せ、どうあってもこの子の生活環境が改善されなかったからね。なんなのあのエルフ共。マジで消してやろうか」

 

 犬もエルフには思うところがあるらしい。大丈夫なのだろうか、エルフたちは。いや、同情するつもりも擁護するつもりも欠片もないが。

 

「まあ、ともかく。私はもうちょっとで帰るからね。せめてその前にメルと遊びたいなあって。遊びたいなあって!」

「私はもふもふしたい」

「ばっちこーい!」

「わーい!」

 

 ぎゅうっとメルが犬を抱きしめる。その力が思った以上に強かったのか、犬が手でぺしぺしとメルの体を叩いている。まあ大丈夫だろう。犬とはいえ、神様らしいし。

 

「ところでここってペットは……」

「当たり前だが駄目なんだがなあ……」

 

 院長は頭痛を堪えるような表情になっている。修司も、ここがペット禁止なのは承知している。ここには大勢の子供がいるためだ。何が原因で怪我をしたり病気になったりするか分からないし、それに今はいなくても、動物アレルギーの子が預けられるかもしれない。許可されるはずがない。

 

「というわけで、諦めてくれ」

「えー……」

 

 修司の無情な宣告に、犬は悲しげな顔になる。犬なのに感情表現が豊かすぎではなかろうか。

 

「まあ、待て。一週間だな?」

 

 院長の確認の問いに、そうだよと犬が頷く。院長は少しだけ考えるように視線を上向かせ、よしと頷いて、

 

「外に犬小屋を用意しよう。建物に入らないのなら、許可する」

「予想以上の犬扱い。私、神様なのに」

「やめるか?」

「う……。じゃあ、それで……」

 

 メルとのスキンシップは諦められなかったのだろう、犬は悄然と項垂れながらも受け入れたのだった。

 

 

 

 犬は特例として施設で一週間だけ預かる、ということになった。動物アレルギーの子が今はいないからこそ無理を通せたようだ。

 それからは大勢の子供たちと遊ぶ犬の姿が見られるようになった。それにはもちろんメルも含まれる。メルとだけ、というわけにはいかなくなったが、これはこれで満足らしい。

 

 ただしもちろん、子供たちが学校に行っている間はとても暇そうにしている。首輪もつけられて、完全に犬にしか見えない。

 そうしてある平日の朝。メルたちを見送って、さてどうしようかと考えている修司の元を、アイリスたちが訪ねてきた。

 

「どうした?」

「ん……。どうしたというか、なんというか……」

「メルから話は聞いていたが、まさか本当にいらっしゃるとは……」

 

 二人とも、神妙な面持ちで犬を見ている。どうにも複雑そうな表情だ。かなり反応に困っているのが分かる。メルの話ではまだ半信半疑だったようだが、こうして直接見ることでようやく信じることができたらしい。

 

「そうだな。二人にも紹介しておこう」

 

 修司はそう言うと、犬の隣に立った。

 

「犬だ」

「本当に君はぶれないね!」

 

 犬が抗議してくるが、修司は素知らぬ顔だ。最初の第一印象が犬そのものだったので、どうにも神様だという実感がない。言い訳をすれば、一応敬意の感情はあるのだが、なんとなく、この犬はそれを表に出すことを好まないような気もする。

 ただ、異世界組二人の反応は、頬を引きつらせるというものだった。ほとんど表情を変えないアイリスですらそれなのだから、やはり修司の対応は問題あるのかもしれない。

 

「あー……。うん。そうだな、一応、神様だよな」

「一応」

「うん。申し訳ありません、神様。この先は態度を改めて……」

 

 そこまで言って神様の顔を見ると、それはもう分かりやすいほどに悲しげに尻尾を下げていた。うるうるとした瞳で修司を見つめている。

 

「…………。え? 犬扱いの方がいいの?」

「気安い方が私は嬉しいな……。あの、私の方が、もうちょっと大人しくした方がいいのかな?」

「え? いや、そんなことないんだけど……」

「じゃあ、今まで通りで」

「あ、はい」

 

 神様として敬われるなら犬扱いで気安い方がいいらしい。神様とは一体。

 

「異世界の神様どうなってんの? 犬でいいらしいけど」

「ん……。んー……。ん……」

「あれ? もしかしてアイリス、結構本気で困ってる?」

「ん……。ちょっと、本気で、戸惑ってる」

「そ、そっか」

 

 珍しいこともあるものだ。それだけ、この神様の態度はアイリスにとって予想外ということだろう。

 

「神様。私が聖剣を抜いた時と態度が違う、けど……」

「自分の世界の子とのファーストコンタクトだよ? 威厳ぐらい出すよ」

「ん……」

 

 アイリスの目が、死んだ。どうしよう。見ていられない。

 助けを求めてケイオスを見れば、彼の目が死んだ魚のそれになっていた。この犬は異世界で何をしていたのだろう。

 

「む。かゆくなってきた」

 

 犬が座って、後ろ足で体をかきはじめる。完全に犬のそれだ。少しかいて、満足したのか体をぶるぶる震わせる。

 

「…………。シュウ」

 

 アイリスに呼ばれて、彼女を見る。アイリスは胡乱げな目を修司に向けていた。

 

「泣いていい?」

「ああ、うん……。泣いていいと思うよ」

「ん……」

 

 何とも言えない空気がしばらく流れ続けて、やがて二人は無言で帰っていった。

 

「犬。お前、ほんと、いい加減にしろよ?」

「うん。やりすぎちゃった」

「ほんっとうに……ぶっ飛んでるなあ……」

 

 その場で頭を抱える修司。犬はその周りを二回ほど回ってから、ぽん、と前足で修司の足を叩いた。

 

「散歩行こう」

「…………」

 

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