エルフ子育て記録 ~勇者と魔王の親権争いに巻き込まれたフリーター~   作:龍翠

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95 洗脳

 

 もっとも、それらは全て杞憂であり、様々な感情は雲散霧消することになった。

 アイリスとケイオスが珍しくも協力して張ったという結界。その中に足を踏み入れれば、

 

「ふはははは!」

 

 高笑いしながら隕石にも思える炎の巨弾を幾十も降り注がせる魔王がいた。平行世界のようなものを作る結界らしいので、ここで何をしても影響は出ないらしいが、これはあまりにも、ひどい。

 

「えっと……。死ぬかもしれないって?」

 

 アイリスを見る。勢いよく視線を逸らされた。

 

「アイリスさん?」

「だ、だって……。これは、私も想像できなかった……」

 

 あの魔王はいろいろと開き直りすぎだろう。

 聞けば、この結界はあまりにも消費魔力が大きく、アイリスやケイオスですら個人で使うことはできないらしい。二人が協力してようやく使える魔法とのことだ。そして、これさえ使えば、周囲を気にする必要は一切ないわけで。その結果が、あの魔王の開き直りらしい。

 

「エルフに対する鬱憤は魔王もため込んでたから……」

「ストレス発散か。気持ちは分かる。メルは大丈夫なんだろうな?」

 

 修司が聞くと、アイリスが手を引いて歩き始める。この隕石の雨を気にすることなく、目的地へ真っ直ぐと。これには修司の肝が冷えたが、しかし炎は修司たちを避けているようだった。どうやらケイオスがコントロールしているらしい。

 エルフのものだろう阿鼻叫喚をどこか遠い世界のように聞きながら歩き、やがてアイリスがある一点を指差した。そこに視線を向ければ、周囲の建物は倒壊しているというのにそこだけは平和な空間ができあがっている。瓦礫と瓦礫の隙間に、綺麗なテーブルと椅子があり、メルが椅子に座って足をぷらぷらとさせていた。テーブルにはお茶と羊羹が置かれていて、のんびりと見物しながら羊羹を頬張っている。

 

 その様子を見て、修司は脱力しそうになった。俺の心配は何だったのかと言いたくなる。

 そして、もう一つ。メルの側に立ち、死んだ魚の目をした女。メルの実母、ディーネだ。思わず顔をしかめる修司に、アイリスが言う。

 

「シュウ。落ち着いて。多分だけど、今回協力してくれたのはディーネだから」

「あー……。そう、か……。まあ、理解はできるよ」

 

 しかしそれでも、過去のことを知っていると、どうしても不信感が先に立ってしまう。それはアイリスも分かるのだろう、それ以上は何も言ってこなかった。

 ふと、メルが顔を上げた。羊羹を頬張ったまま、修司と目が合う。すぐに破顔して、大きく手を振ってきた。とても嬉しそうで、なんとなく犬が尻尾を大きく振っている姿を幻視してしまう。

 微笑ましく思いながらメルの元へと向かおうとしたところで、今度はディーネと目が合った。

 

「……っ!」

 

 ディーネが大きく目を見開く。怪訝そうに眉をひそめる修司とアイリス。何をするのか分からないからこその空白。そして次の瞬間、ディーネはメルの喉元にナイフを突きつけていた。

 

「な……っ!」

 

 驚く修司へとディーネは酷薄な笑顔を浮かべる。メルと一緒にいるのだから和解をしたのかと思ったが、そうではなかったと言うことか。ディーネを睨み付けると、彼女の笑みが深くなった。

 

「遅かったわね、修司さん。こちらはあの魔王のせいで、計画が台無しよ」

「計画?」

「そう。計画。この子を呪いで縛り付けて、自我を奪っちゃおうっていう計画なのよ」

 

 なんだ、それは。険しくなる修司の顔色を見て、ディーネはどこか満足そうに、そして嬉しそうに頬を緩めた。あまりにも不愉快なその笑顔に、苛立ちが募っていく。

 

「神の加護が消えてしまった以上、呪術にも抵抗できなくなる。もう少し危機感を抱くべきだったわね」

 

 恐怖を煽るかのように、ナイフをゆらゆらと揺らす。メルはそんな実母を、不思議そうに見つめていた。まるで、恐怖を感じていないかのように。ただ、まじまじとナイフを持つ母を見つめていた。

 

「おかあさん」

 

 メルの声。母を呼ぶ声。ディーネがびくりと体を震わし、メルを見る。メルはじっとその目を見つめて、

 

「だいじょーぶ。続けて」

 

 ディーネが目を見開いた、そしてすぐに頷く。この二人は、何を計画している?

 ディーネが何かを呟き始める。意味の分からない言葉の羅列。それを聞いた瞬間、アイリスが即座に駆けだした。剣を抜き、ディーネへと肉薄して、

 

「アイリスおねえちゃん」

 

 メルの静かな声。ぴたりと、アイリスが動きを止める。どうやらアイリスの意志ではないようで、アイリスは驚愕からかわずかに目を見開いていた。

 修司は、真正面から向かっても異世界人には勝てないことは分かっている。しかも、相手は魔法を得手とするエルフだ。アイリスが注意を引きつけている間に瓦礫の陰へと隠れ、大回りでメルの元へと向かおうとする。が、

 

「おとうさん」

 

 メルの声。それだけで、修司は動けなくなった。何故、と思う間もなく、メルの声が続く。

 

「こっち」

 

 修司の体が、意志に反して動き始める。瓦礫の陰から出て、まっすぐにメルたちの元へ。ディーネは勝ち誇ったような笑顔を浮かべていた。

 

「ケイオスさん」

 

 炎弾の雨が、突然止まった。そして次の瞬間、ケイオスがアイリスの隣に現れる。こちらは分かりやすいほどに顔色を驚愕で染めていた。

 

「おお、よくやったぞ、ディネルース!」

 

 ディーネの背後、どうやら地下への階段があったらしい。瓦礫を押しのけて、階段を上ってきたのは耳の尖った老人だ。ディーネはそちらへと振り返ると、恭しく頭を下げた。

 

「長。愛し子は私の洗脳で制御下にあります。今なら私のどのような命令も受け付けるでしょう」

「お前……、いつの間に!」

 

 修司の叫び声に、ディーネは微笑む。醜悪に歪んだ、勝ち誇った笑み。だが。

 

「ん……?」

 

 一瞬だけだが、メルが、小さく欠伸をした。

 呆ける三人の前で、エルフの会話は続く。

 

「お前に食事を持って行かせたのは正しい判断だったようだ。まさか洗脳を試しているとは思わなかったぞ。これで、愛し子は我らの手の内に落ちたというわけだ」

「はい。おめでとうございます、長」

 

 うむ、と頷く長と呼ばれたエルフ。その長は、どこからか真っ黒なナイフを取り出すと、それをディーネに渡した。困惑するディーネに、長が言う。

 

「だが、貴様の命令にしか従わないというのは、問題がある。予定通り、このナイフで呪いをかけろ」

「それは……。必要、ありますか?」

「無論だ。洗脳はいつ解けるかもわからんが、この呪いなら百年は最低でも解けることはない。愛し子を手に入れ、あの神に突きつけてやれば、神も我らの声に耳を傾けるだろう。あとはそれからゆっくりと、我らの国を作ればいい。何者にも脅かされないエルフだけの国を」

 

 楽しみだ、と長は嗤う。修司は、そしておそらくアイリスとケイオスも、思った。気が狂っている、と。

 

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