英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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※前回までのあらすじ

①みんな大好き悪戯好きの仔猫襲来
②正妹戦争勃発
③お兄様の胃がヤバい
④大体みんな掌の上で踊らされる
⑤レンの強さは軌跡シリーズユーザーのトラウマその①
⑥ユーシスさんマジ主人公

※【悲報】今回で「小悪魔仔猫シリーズ」は終わりです。





小悪魔仔猫の悪戯事情 Ⅳ

 

 

 

 

 

 

「本当に、ありがとうございました。あそこで貴方がいてくれなかったらと思うと……いえ、考えたくもありませんわ」

 

「いえいえ別に。自分は通りがかっただけですし、年頃の男の子が興味本位で歩き回ってしまうのは仕方のない事ですよ」

 

 

 それは凡そ3年前。レイが準遊撃士1級の資格を獲得して、拠点をリベールからクロスベルへと移してからそう時間が経っていなかった頃の話。

 当時のクロスベル支部は現在以上に人手が少なく、準遊撃士だろうとなんだろうと実力があるなら肩書などどうでも良いと言わんばかりの場所であり、着任初日から北へ南へ、東へ西へと東奔西走させられていたが、数ヶ月もすれば流石にその喧騒にも慣れてきてしまう。

 

 その日も変わらず古戦場付近の街道に出没したという魔獣の群れを瞬殺し、帰り道も景気よく魔獣をオーバーキルしていた時の事だった。

 年の頃は恐らく2歳か3歳といったところの幼児が、恐らくまだ覚えたばかりの危なっかしい歩き方で市内近くの灯台の草むらに咲いていた花の中で遊んでいたのを見かけたのである。

 迷子になった―――というには些か陽気な雰囲気を隠そうともしていなかったが、それでも魔獣がいるかもしれない場所に一人でいて良い歳の頃ではない。ひとまず声を掛けようかと足を止めた瞬間、灯台の影に潜んでいた中型の魔獣が、その男児に向かって襲い掛かった。

 

 が、しかし。たかだか中型の魔物が、それも単体で現れたところでレイの敵ではない。その2秒後には神速で振り抜かれた白刃によって首が断ち切られ、男児に気付かれる事すらなく絶命する。

 

「コリン‼」

 

 すると、市内の方からやって来た車の中から、随分と焦燥した様子の夫妻と思われる男性と女性が男児の下へと駆け寄ったのだ。

 成程、親子かと察するのは普通であったし、この夫妻が意図的にこの男児を放置したのではないという事もその様子を見て理解できた。きっとこの子は、好奇心の赴くままに市外に出て行ってしまったのだろう。中々将来大物になりそうな雰囲気を感じなくもなかった。

 

 ともあれ、両親が迎えに来たのならばもう心配する事はないだろうと支部に戻ろうとしたのだが、息子を助けてくれたお礼がしたいと言う夫妻の言葉を断る事ができず、あれよあれよという間に住宅街にある家でもてなしを受ける事になってしまったのである。

 

 

「改めて、息子を救っていただき、ありがとうございました。この御恩は忘れません」

 

「ご丁寧にどうもありがとうございます。とはいえ自分は駆け出し程度の遊撃士なものですから、そこまで大層な事を仰らなくてもいいですよ」

 

「あぁ、クロスベル支部の方だったのですか。随分とお若いように見えますが……いえ、感服いたしました」

 

 随分と好待遇でもてなしてくれるものだと思いながら、レイは目の前の人物をさりげなく観察していた。

 見たところ資金を持っているだけの富豪という訳でもない。言動と雰囲気から鑑みるに、恐らくは商人。それもリスクが大きめの外資系を相手にしている人物だろう。そこそこの修羅場を潜り抜けていると見ていた。

 

 しかし、と思う。

 どこか面影があるというか、誰かに似ていると一瞬で看破したのは、恐らく彼が鋭かったというだけの事ではないのだろう。

 

「えぇ。レイ・クレイドルといいます。数ヶ月前にリベールの支部からこのクロスベルに移って来たばかりで」

 

「あぁこれは。こちらも名乗りもせずに申し訳ありませんでした。私はハロルド・ヘイワース。貿易商を営んでおります。こっちは妻のソフィアです」

 

「宜しくお願い致しますわ」

 

 その時点で、レイは数秒前に自分が抱いた既視感は理解できてしまった。

 瞬間的に自分の心の中に渦巻いた複雑すぎる感情を呑み込む。他方の事情も知らない間に一方的に悪と決めつけるのは浅薄な行為だ。出来得る限りするべきではない。

 

「こちらこそ。―――しかし息子さんは元気いっぱいな子のようですね。あのくらいの歳の頃の子が街道に一人でいる姿を見て、一瞬目を疑いましたよ」

 

「えぇ……元気に育ってくれたのは私どもとしても喜ばしい事なのですが、親としては少しヒヤリとさせられる場面が結構ありましてね。恥ずかしながら子育てとは難しいものだと日々痛感している有様ですよ」

 

「大切にされているんですね。息子さんの事を」

 

 気付けば、随分と深まったところまで訊いていた。世間話に見せかけてはいるが、平時のレイであれば自分とは関係ない依頼人に対してここまで踏み込む事はあまりない。依頼に関係ない事であるならば、尚更だ。

 だが彼には訊く権利があった。訊かなければならなかった。何故貴方たちは―――娘を手放したのか、と。

 

「息子は……コリンは私たち夫妻に残された唯一の宝物なのです。今はもうこの世にいない、娘が遺してくれた大切な」

 

「……申し訳ないです。込み入った事情をお聞きしてしまって」

 

「いえ。気になさらないでください。―――貴方は不思議な人だ。私たちはあの子の事をあまり他の方に話さないようにと思ってはいるのですが、何故か貴方には口が軽くなってしまう」

 

「無理はなさらないでください。自分のような一介の遊撃士に対して、そこまでお伝えする義理もないのですから」

 

 これもある意味、本音と言えば本音ではあった。

 改めて冷静に考えてみれば、このハロルドという人物、貿易商の仕事人としての顔はどうだか知らないが、少なくとも家族に対して向ける慈愛の念は本物だろう。

 偽っているような感じは見受けられない。もし本当にこの夫妻が子供に対して誠実であり、愛を注ぎ続けていたのならば―――彼女を見捨てるなどという事は有り得ない筈だ。

 とはいえ、無理をしてまでこの場でそれを聞き出そうとは思わない。家族を失う悲しみを感じているのならば、それは他人が無理矢理に掘り返していいものではないのだから。

 

 だから、レイは差し出された紅茶を飲み干してから席を立った。

 

「……自分にも家族がいませんから、家族を失う苦しみは少しは理解できるつもりです。だからこそ貴方方は、ここで自分なんかにその子の事を話すべきではありませんよ」

 

「…………」

 

「お世話になりました。何かお困りごとがありましたら、いつでも遠慮なく支部を尋ねて下さい。自分の体が空いていれば、手助けができるかもしれませんから」

 

 レイは、敢えてそれを訊かなかった。それが彼の選択だった。

 これは、自分が精査すべき事ではない。いつの日か彼女が彼らの口から真相を聞き、その上でどう思うかというだけの事だ。兄貴分であるというだけの自分が、深入りしてよい事案ではない。

 

 ―――しかし、何となく理解はできた。

 彼らは望んで彼女を手離したわけではない。そしてああした結末になってしまった事を、心の底から後悔している。

 それだけで充分ではあった。少なくとも彼が声を荒げて外道だ何だと罵るような人物ではないのだと分かれば、責め立てる理由などどこにもない。

 

 死者を鎮魂できるのは生者の特権。……だが、その死者が必ずしも墓の下に埋まっているとは限らない。

 いつの日かこの家族が再び出会えるような日が来るのだろうかと、そう取り留めのない事を、レイは思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、美味しかった♪ お兄様の料理を食べるのも久しぶりだったけど、やっぱり美味しかったわ♪ サイコーね‼」

 

「そりゃどうも。つっても大衆料理の域を出ないモンだがな。見栄えの良い料理を作るならシャロンの方が上手いだろうが」

 

「ううん。レンはお兄様の作った料理が一番安心するもの」

 

 

 教練で大立ち回りを見せたその夜、レンは第三学生寮のレイの部屋を訪れ、窓の外から聞こえる雨の音を聞きながらベッドの上に腰掛けて、宙に浮いた足をパタパタと動かしながらレイとの会話に興じていた。

 つい先程、シャロンとレイが合同で作った豪勢な夕食を賑やかな環境の中で堪能したばかりであり、心なしかその肌もいつもよりかツヤツヤしているように見える。

 

 因みに、つい数時間前に沈められた面々も何事もなかったかのように復活して普通に夕食にありついていた。この程度で肉体に不調をきたすような柔な鍛え方はされていない。

 幸運だった事と言えば、前日まではお世辞にも良好な視線を向けているとは言い難かったフィーが、それなりにレンと話すようになったという事だ。

 まだまだ会話の端々に棘がある感じは否めないが、あのフィーが年相応の反応をしているのを見ていると、兄貴分としては中々嬉しいものがあったのもまた事実だった。

 

「あら、いけないお兄様。今フィーの事を考えていたでしょう?」

 

「鋭いな。ルシオラ姐さん辺りに男の心を覗く方法でも教わったか?」

 

「教わらなくてもそれくらいは分かるわ。だってお兄様の事だもの」

 

 あぁそうかい、と言葉を返してから、レイは解き終えた課題から視線をずらしてレンの方を見る。

 

 良い表情をするようになったと、改めてそう思わずにはいられなかった。

 レイが《結社》に居た頃からこうした悪戯っぽい笑顔は常に浮かべていたが、それはどこか、自分という存在を繋ぎ止めるためのものであるという印象が強かった。

 彼女は極論、やろうと思えば何でもできる天才だった。その才覚を褒めたたえる事は即ち、彼女がこうなってしまった起源を掘り漁る事になってしまうため、大っぴらに褒める事は少なかったが、それでも自分の前では衒いのない笑みを浮かべてくれる事については嬉しかったし、何より守ってあげようという想いが強かったのも確かだ。

 

 しかし今、彼女は自然に笑って、自然に周囲を受け入れている。《結社》時代にレイが”そう在って欲しい”と願った彼女の姿が、そこにあったのだ。

 

 敵わないなと思いつつ、レイは僅かに自虐的な笑みを浮かべた。

 それと同時に、自然と口が開いてとある言葉を掛けていた。

 

 

「レン。お前は今、幸せか?」

 

 

 それは何てことはない言葉で、それでいていやに抽象的な言葉だった。

 思えばあの時、《結社》を去る時にレンを置いて行ってしまった時から、見えない罪悪感をずっと背負い続けていたのだろう。

 自分が命を拾って、生きる事の大切さを偉そうに説いたにも関わらず、やむを得ない状況であったとはいえ、逃げるようにしてあの組織を抜け出した。彼女の事はヨルグとレーヴェに託しはしたが、それでも不安感は拭いきれなかったのだ。

 

 善も悪もない道を、彼女はただひたすらに歩いてきた。歩かざるを得なかった。

 そんな穴倉のような場所から引き上げる事が終ぞ敵わなかった自分が”兄”と呼ばれて慕われる資格などないのではないかと思った事は幾度もあった。

 しかしレンは、一瞬だけ逡巡するような素振りを見せてから、やはり屈託のない笑顔を見せて言った。

 

「―――えぇ。レンは幸せよ。《パテル=マテル》がいて、レンとヨシュアがいて、そして何よりお兄様もいてくれる。これ以上の幸せはどこにもないもの」

 

 一瞬、彼女が言い澱んだのをレイは聞き逃さなかった。

 その言葉自体は本物なのだろう。今まで共に過ごしてきたパテル=マテル(パパとママ)が、エステルとヨシュアが、そしてレイがいてくれるこの状況が、彼女にとっては最も幸せな世界なのだろうから。

 ……だが、その世界には本来いなければならない者達がいない。それは当然、彼女も分かっているはずなのだ。

 

 レイは椅子から立つと、レンの隣に腰掛ける。そうして十数秒ほど間を置いてから、レンとは視線を合わせない状態で再び口を開く。

 

 

「……()()()()()() お前」

 

 少しばかり、脅えるような感情が隣から漏れ出て来た。聡明な彼女は、その言葉が何を意味しているのかくらいは即座に分かったのだろう。

 そしてその反応を見た時点で、その問いの答えは直に聞いたようなものだった。

 

「どうやって?」

 

「……直接会ったわけじゃないわ。ロイドたちに協力してもらって、聞いたの」

 

 また礼を言わなければいけない事が増えたなと内心で僅かに苦笑をしたが、レイはそれに対して表面上は何も言わなかったし、特別な反応もしなかった。

 厳しいし、無責任な事であるという事は重々承知しているが、これは彼女の口から、彼女の方から言って貰わなくてはならない。

 

「レンは……売られたわけじゃなかったの。見捨てられたわけでもなかったの。ただ運が悪かっただけ。ただそれだけで……ただ、それだけで……」

 

 運命というのは残酷だ。たった一つの分岐点をどちらに進むのかというだけで人生というものを大きく狂わせてしまう。

 加えて言うのならばレンの場合、彼女がどうにかできる分岐点ではなかったというのがまたタチが悪い。ああまでの凄惨な過去を刻み付けられたのに、その原因が「運が悪かっただけ」などと―――そんな事が罷り通って良いはずがない。

 

 だが、それは事実なのだ。悲しい程に残酷な、背けたくなるほどの事実なのだ。

 

「レンはっ……もうあそこには戻れないの。もうあそこに、レンの居場所はないの‼ レンが悪いわけじゃない‼ 二人が悪いわけでもない‼ なのに、なんで、なんで……」

 

 そうだ。認めたくはないが、レンとあの家族が本当の意味で噛み合う事はもうないのだろう。

 価値観を同じにするにはあまりにも長い時間が流れ、そしてあまりにも違う世界に生き過ぎた。だからこそレンは、懊悩し続けていたのだろう。

 大切なのに、守りたいのに、それでも触れる事はできない宝物。手を伸ばしても決して届かない安寧が、彼女には遠く遠く感じられたに違いない。

 

「なんで―――っ」

 

 その心の内をありったけ叫ぼうとした直前、菫色の髪の上に優しい手が乗った。

 視線は未だに前を向いていた状態ではあったが、レンにはすぐに察せられた。これは、不器用な兄が慰めようとしている時の不器用な態度に他ならない。

 

 

「よく頑張ったな。レン」

 

 

 或いは彼女は、その言葉が聞きたかったばかりに、帝国まで足を伸ばしたのかもしれない。

 改めてそう思ってしまう程に、その言葉はストンとレンの心の奥底に届いた。

 

「よく頑張った。よく耐えた。だから、もう頑張りすぎなくていいぞ。泣きたい時は泣け。怒りたい時は怒れ。笑いたい時は笑え。お前はもう、それができる筈なんだからな」

 

「ぁ……」

 

 限界だった。涙腺からとめどなく溢れ出るそれを、レンは抑え込む事などできなかった。

 気付けばレイにしがみ付いて泣いていた。脇目など一切振らずに涙を流し続けていた。今までの想いのありったけをぶつけるように、彼女は”兄”に甘えていた。

 

 そんな彼女を、レイは何を言うでもなくただ撫で続けていた。出来が悪すぎる兄ではあるが、せめてこの瞬間だけくらいは一丁前の兄貴としての面でいようと、そう思っていた。

 たとえそれが妹分と離れ離れになるキッカケだったとしても、彼には後悔などない。彼女が自分で見つけて、歩き出した道だ。せめて笑顔で見送ってやるのが、兄貴分の務めというものだろう。

 

 レイ・クレイドルは、エステル・ブライトのように全てを明るく照らし続ける”太陽”のような存在にはなれない。なれるとしたらそれは、誰かが闇に迷った時に手を差し伸べられる”月”くらいのものだろう。

 そしてそれを、彼は嫌だとは思わなかった。元より日陰の身に甘んじる事すら辞さないのだから、たとえ一時であろうとも誰かを照らせる存在となれるのであれば、それは間違いなく幸せな事なのだから。

 

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。レンの鳴き声がやむ頃には、雨の音もすっかり聞こえなくなっていた。

 

 涙を流しきったレンは、その時点で気恥ずかしくなってしまったのか、先程から俯いたまま動いていない。そこに来て漸く、レイも僅かな笑顔を浮かべられるようになっていた。

 

「……レンは、まだ負けられないの。あの二人を、あの子を絶対に守らないといけないの。だってレンは、お姉ちゃんなんだから」

 

「…………」

 

「お姉ちゃんは弟を絶対に守らなきゃいけないの。そうでしょう? お兄様」

 

「あぁ、そうだな。絶対に守らなくちゃいけないよな」

 

 身につまされる思いだ。自分は終ぞ守り通す事ができなかった事だというのに、その妹分は自分の全てをなげうってでも弟を守ろうと思っている。

 彼女ならば、できるだろう。元より今は一人ではない。その意思を後押しして、共に歩んでくれる”家族”がいるのだから。

 

「だから……レン、は……」

 

 と、そこでレンの言葉の歯切れが悪くなる。

 見てみれば、彼女の瞼が重々しく上下に動いて今すぐにでも閉じられようとしている。教練の為に動いた事は大した疲労にはなっていないだろうが、長く泣き続けた事で体力を使い果たしたのだろう。

 無理をするな、という意味合いも込めて再びレンの頭を撫でると、それで安心しきってしまったのか、そのまま眠りの世界へと旅立ってしまった。

 

 目元を赤く腫らしたまま可愛らしい寝息を立て始めた妹分をベッドに寝かせて、そのまま自室を出る。するとその近くには、案の定彼女が佇んでいた。

 

「おう、どうしたよ。フィー」

 

「……何でもない。ヒマだったから来ただけ」

 

 多少ぶっきらぼうにそう言ったフィーだったが、目的があってここに来たのは明白だ。というよりも、恐らくは聞いていたのだろう。

 レイは今回、敢えて自室に防音の結界を張っていなかった。だが、滞在最終日の夜にレンがレイの部屋を尋ねるという事の意味を察した他の面々は今も恐らく食堂か談話室の方で待機している事だろう。―――ただ一人、この少女を除いては。

 

「仲良くやれそうか? お前ら」

 

「多分それは無理。なんかこう……どうにもソリが合わないっぽいから」

 

 そこまで言ってフィーは、「でも」と言葉を続けた。

 

「仲良くはなれないケド、嫌いじゃない。……多分」

 

「いいんじゃねぇの、それで。そんくらいの方が案外上手くいくこともあるだろうさ」

 

 何も無条件で認めあう事だけが”仲良くなる”という事ではないだろう。ユーシスとマキアスがその良い例だ。

 それ以前に、あのフィーが誰かと個人的感情でいがみ合うという事がそもそも珍しい事なのだ。そういう意味でもレンとの出会いは彼女にとって良い刺激になったと言えるだろう。……巻き込まれた側としてはどうにも祝福し難いのだが。

 

「それより、レイはどうするの。どこで寝るの?」

 

「ん? あぁ。適当なブランケットでも借りて談話スペースででも寝るさ。その程度、一昔前は日常茶飯事だったしな」

 

「……それは、ダメ」

 

 そう言うとフィーは、徐にレイの背後に回り込むとその背中をグイグイと押した。

 

「お、おい?」

 

「……今日くらいは一緒に寝てあげるべき。そうじゃないと可哀想」

 

 ぶっきらぼうな言い方ではあったが、しかしその心情は充分伝わってきた。レイは苦笑じみた笑いを漏らすと、フィーの頭にポンと手を乗せて、自室へと戻った。

 

「(そういや……最後にレンと同じトコで寝たのっていつだったっけか)」

 

 いつの間にやらそれを思い出せなくなるほどに時間が経っていた事にどうとも言えない感情が込み上げてくる。

 それを悲しむべきなのか、それとも良い兆候だと喜ぶべきなのか。しかしそれを考える事も面倒くさいと割り切って、再びベッドの脇に腰掛けると、雲が晴れて星が姿を見せて来た夜空を、窓越しに何とはなく眺めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レンが帝国を去る事になったのは翌日の早くの事だった。

 始発の列車に乗れなければ当日中にリベールに変える事が叶わない為にそうせざるを得なかったのだが、見送りはⅦ組の面々が勢揃いで行った。

 

 そんな時、トリスタ駅でレイがレンに手渡したのは、帝都ヘイムダル駅からパルム駅までの特急列車のチケットと、ボース空港からロレント空港までの飛空艇のチケットだった。

 それがあれば少なくとも夕方にはロレントに到着する事ができ、半ば不意打ち気味に帝国に来たというこの悪戯仔猫の小旅行がブライト家に与えたであろう損害を少しでも補填するための贖罪の意味合いもあったのだが、レンは笑顔でそれを受け取ってくれた。

 

「それじゃあ皆、バイバイ♪ とっても楽しかったわ♪」

 

 そう言ってホームで手を振るレンに返した表情は様々だった。

 大抵のメンバーは笑顔でそれに応対したが、結局様々な面で振り回され続けたユーシスは警戒心こそかなり薄れたが、それでも苦々しい顔を隠そうとはせず、フィーはジト目を返すばかり。

 しかしそれに気を立てる事もなく、レンは列車に乗り込む最後にレイの下へと駆け寄ってきた。

 

「ねぇお兄様、ちょっと耳を貸してちょうだい」

 

「何だよ。何か前にそう言って耳の中にミミズ投げ込まれた事があったような気がするから遠慮したいんだが」

 

「大丈夫よ。それにお兄様だってレンに寝起きドッキリバズーカーとかやったじゃない。おあいこよ」

 

「へいへい」

 

 そうしたやり取りをしてレイはしゃがみこんで視線を合わせると、レンの耳打ちに耳を傾けた。

 意外にもその声色は真剣な時のそれだったが、彼女が口にした言葉そのものはそれ程驚くべきものではなかった。寧ろ観察眼に長けている彼女なら()()()()()()()()()()()事だと思っていたほどだ。

 

「了解了解。ま、こっちは気にすんな。お前はお前でしっかりやれよ?」

 

「うふふ、分かってるわ。それじゃあお兄様、今度はロレントにも遊びに来てちょうだいね?」

 

「おう。気が向いたら行くわ」

 

 という、意外にもあっさりとした言葉を交わして、レンを乗せた帝都行きの始発列車はレールを滑る音と共に西の方角へと消えて行った。

 その姿を見送ってから、レイは口元に優しい笑みを浮かべて仲間と共に駅を後にする。

 

 色々な意味で騒がしかった日常は、ひとまずここで見納めとなる。悪戯好きな仔猫が残した影響は、幸か不幸かⅦ組の面々をまた一歩成長させた。

 それについて心の中で礼を言いながら、レイは妹分の武運を密かに祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロレント空港は、最終便が近い時間帯になると人通りはまばらになって昼間ほどの盛況ぶりは見られなくなる。

 そうでなくても、行きと同じように年端もいかないような少女の一人旅というのはやはり目立つものがある。レンは定期船『セシリア号』で隣に座っていた老婆から離船直前に貰った飴玉を口の中でコロコロと転がしながら、美しい夕焼け空を視界に収めて思わず笑みを溢す。

 

 たった二日間ほど離れただけだというのに、妙に懐かしく感じるのは何故だろうか。この光景を見るたびに、どこか哀愁にも似た感じを思い出してしまう。

 つまるところ、もうこの場所はレンの故郷でもあるのだ。山間に沈む夕日の光も、町の方から聞こえる住民たちの声も、視線を動かせば見えるミストヴァルトの森林もマルガ鉱山の山々も、全てが当たり前の光景になりつつある。

 

 ふわりと、風に煽られて揺らぐ髪を手で押さえて、町に繋がる道を揚々と歩いて行く。何の変哲もない石畳の道だというのに、何故か弾む心を隠せないまま、レンはロレント市入り口のゲートを潜った。

 

 

「あ、おかえり。レン」

 

「あら、やっと帰って来たのね。おかえりなさい」

 

「どうだ? エレボニア観光は楽しかったか?」

 

 すると、そこで待っていたのはヨシュアとシェラザード、そして珍しく軍服ではなく私腹を着ていたカシウスの三人だった。

 ヨシュアが迎えに来てくれるのはまぁ予想の範囲内ではあったが、近頃はグランセルとの間を行ったり来たりしていたシェラザードや、軍部勤めのカシウスまで一緒に居るとは思わなかったレンは、珍しく驚いたような表情を見せた。

 

「あらシェラ。ロレントに帰って来ていたのね」

 

「えぇ。あっちの仕事が漸く片付いたからね。久しぶりにひと心地つこうと思って」

 

「ふぅん。でもまさか、おじさままで帰ってきているとは思わなかったわ」

 

「ハハハ。まぁ俺もたまには顔を見せんとなぁ。それと、レイの奴は元気そうにしてたか?」

 

「えぇ。同じ学校の人達と仲良くしていていたわ。ちょっと妬けちゃうくらい」

 

 そう言いながら、珍しい面子で町中を歩いていると、レンがキョロキョロと辺りを見回し始めた。

 

「あら、エステルはいないの? もしかして、勝手に行っちゃったこと怒ってた?」

 

「あぁ、いや。そっちは問題ないよ。……主に僕が大変な目に遭ったけど」

 

「あら」

 

「今は家で夕食の用意してるよ。実はレンと入れ替わるような感じでシオンさんがウチに来てね」

 

 ヨシュア曰く、レンがブライト家を出て行った日の夕方くらいにフラリと立ち寄るようにして家を訪ねて来たらしい。

 無論、耳も尻尾もしまった状態で普通の客人を装っていたが、それは初対面のエステルへの配慮だったのだろう。尤も、当の本人は真っ白な灰になって自室に閉じこもっていたのだが。

 仕方なくヨシュアが応対すると、シオンはレイから預かって来たという小包を差し出してきたのだという。

 

「それって何だったの?」

 

「レシピ集だってさ。レンが好きな料理の。ご丁寧に「このレシピ以上のものが作れるなら作ってみせろ。できるものならな‼」っていう煽り文付きでね」

 

 それを見たエステルが奮起して、昨日からずっと料理に精を出しているらしい。休暇を使ってロレントに帰ってきたカシウス諸共、ヨシュアは随分と味見役をさせられてきたらしい。

 

「ふぅん。それで、シオンはもう帰っちゃったの?」

 

「あぁ、うん。小包を届けてからは《パテル=マテル》と何か話してて、それが終わったら市内の方に行っちゃってね。僕も後から聞いたんだけど、アイナさんと一日中飲んでたらしいよ。『アーベント』からお酒が消えたって嘆いてた」

 

 確か何気なく聞いた話では要らんことをしてレイから禁酒を突きつけられていた筈だったのだが……恐らく欲に負けたのだろう。多分レイもそこのところは織り込み済みだったに違いない。

 あの二人が本気で飲み比べなど始めた日には、喫茶『アーベント』どころかロレント中からお酒がなくなるくらいは覚悟しなければならないのだろうが、そう考えれば良く持った方だと思う。

 

「残念だったわねぇ。あたしが帰って来たのは次の日だったから、酒盛りに参加できなかったのよ。先生は先生でお腹いっぱいだからって不参加だったみたいだし」

 

「幾ら俺でも死地に無理矢理飛び込むようなバカな事はせんさ。実際地獄絵図みたいな光景だったって後で聞いたしな」

 

 前言撤回。やはり自重という言葉は知らなかったようである。

 そしてシオンはひたすら飲みに飲んだ後、特に酔っぱらったような様子も見せずにそのままグランセルの方に用があると言って消えて行ってしまったらしい。そういう意味では、絶妙なタイミングでシェラザードとも行き違いになったと言える。

 

「残念。久しぶりにシオンの尻尾をモフモフしようと思ったのに」

 

「ははは。まぁ、そんなワケだからさ。エステルは怒ってないし、むしろレンの帰りを待ってるくらいだ。心配しなくていいよ」

 

「そうだな。久しぶりにシェラザードも囲んで”一家”団欒と行くか」

 

 その雰囲気が、妙に心地良い。(はかりごと)でも演技でもなく、ただ純粋に”家族”と過ごすという感覚。それがとても温かい。

 ロレント南の街道を進み、ブライト邸に辿り着くと、家からは良い匂いがする湯気が立ち上っていた。

 

「エステルー、ただいまー」

 

「レン⁉ 帰って来たの⁉ あ、ちょ、ちょっと待ってて‼ エプロンが絡まって……うぬぬ……きゃあっ‼」

 

 家の中からとても焦ったような声が響いて来たかと思ったら転んで床に尻餅をついたらしい音まで聞こえて来た。

 それを聞いた瞬間に笑いが抑えきれなくなり、気付けばヨシュアやシェラザード、カシウスと共に笑っていた。帰りを待ってくれていた《パテル=マテル》にも言葉を掛け、そのまま玄関の扉を開ける。

 そして涙目になったままのエステルを見てから、レンは笑顔を綻ばせて言った。

 

 

 

 

「ただいま。エステル♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 リベール王国グランセル。王都として栄えているこの街も、流石に夜も更ける頃になれば静寂さに包まれる。

 雲一つない星空の中に悠然と聳え立つ白亜の城―――グランセル城の内部でも、この時間になれば動き回る者は少ない。

 

「では、見回りもこの辺りで終わらせましょうか。サシャ、貴女はもう自室に戻りなさい。わたくしは一度詰所の方に戻りますから」

 

「かしこまりましたわ。メイド長」

 

 グランセル城に勤めるメイドたちを統括する女官長ヒルダ夫人は、共に夜の城の見回りを行っていたメイドに向かってそう言うと、そのまま階下に続く階段を下って行った。

 恭しく頭を下げたのは、サシャと呼ばれた身目麗しいメイドだ。艶やかな緑色の髪をシニヨンに纏め上げ、一分の隙もなくメイド服を着込んでいる。

 城に勤めて3年目になる彼女の動きは、傍目から見ても洗練されていた。動作の一つ一つは軽やかでありながら優雅であり、その姿は城に勤める親衛隊の男隊員の中でも密かに人気を集める程だった。

 それでいて、飾らない丁寧で温和な人柄ゆえに、同僚のメイドたちとの仲も良好であり、取り立てて問題などは起こさない、いたって優秀なメイドであった。

 

 ふぅ、と一息をつき、明かりと言えば淡い導力灯の明かり以外は窓から差し込む月の光以外ない廊下を、音を出さずに歩いて行く。

 尤も、今は城に滞在している要人などもいない為、そこまで配慮する必要もないのだが、普段からこうした癖をつけておかなければ、いざという時に困る。楚々とした所作のままに地下へと続く階段を下り、メイドたちに割り当てられた部屋の区画に到着する。

 

 普通であれば使用人に割り当てられる部屋など必要最低限のものがあれば充分なのだが、アウスレーゼ王家はそういった場所にも心を砕いてくれているらしく、凡そ生活するのに不自由のない暮らしを使用人たちにも味あわせてくれる。そう言った意味では、申し分のない職場であると言えた。

 

 とはいえ、メイドとしての職分は忘れてはいけない。明日も早い事だし、早々にベッドに横になろうと思って割り当てられた自室の扉を開け、導力灯のスイッチを入れた。

 すると、部屋の壁際に悠然とした様子で佇む一人の女性の姿が目に入った。長い金髪に、東方風の衣装の重ね着。頭には耳が、腰辺りには煌びやかな尻尾が生えている。

 本当であれば、ここで大声を出されても仕方のない状況だ。しかしサシャは特に動揺する事もなく、扉をゆっくりと音を立てずに閉めると、頭の上に乗せていたホワイトブリムを取り、机の上に放った。

 

 

「―――何か御用ですの? お狐様」

 

「いえ、なに。随分とその姿も板についておられると思いまして。―――成程、それならば()()()()()()()()()()()

 

 ククッと不躾気味に聞こえる笑い声だったが、不快な思いは抱かなかった。寧ろ彼女にとって、それは褒め言葉以外の何物でもない。

 今まで穏やかに曲線を描いていた目元は、今は僅かに吊り上がっている。そしてその薄紫色の双眸には、先程までは一切感じられなかった怜悧な意志が宿っていた。

 

「用もなくお城にまで侵入して来たわけではないのでしょう? それとも、地下のワインセラーにある高級ワインを無断拝借しに来られたのですか?」

 

「む、ワインセラーとはなんと甘美な響きでしょうか。……いえいえ。流石にそんな事をすれば主から半殺しにされてしまいますよ。えぇ」

 

「それがよろしいでしょう。―――それで、何の用なのですか?」

 

 口から出される言葉は無論の事大きいものではないが、それと同時に指向性が指定されている。如何に部屋が防音でなく、隣室との壁が薄くとも、この声はシオン以外には聞こえていない。そしてシオンの声も、目の前の女性以外には聞こえていない。

 

 

「私はただ様子を見に参っただけですよ。グランセル城勤務のメイド、サシャ殿―――いえ、猟兵団《マーナガルム》諜報部隊《月影》隊員、サヤ・シラヅキ殿」

 

 そのおちょくるような言葉にも、サシャ―――否、諜報員サヤは顔色一つ変えはしなかった。

 元より、この程度の事で感情が乱れるような事では、潜入諜報員などやっていられない。

 

 

 サヤ・シラヅキがリベールでの潜入調査を団長であるヘカティルナ、及び直属の上司である《月影》隊長ツバキより命じられたのは3年前の事。

 主な目的は彼の地で暗躍し始めるであろう《結社》の動きを見定める事であり、それと同時に王国内に建設された情報部―――特にアラン・リシャール大佐の動向を調べ上げて団にそれを報告する事であった。

 その為、王国の主要人物の情報が一手に集まるグランセル城にメイドとして潜り込み、諜報活動を行っていたのである。

 

 しかし、誤算はいくつかあった。

 まず一つは、リシャールが発足した情報部の中に、事もあろうに《剣帝》レオンハルトが紛れ込んでいるという情報が他の隊員伝手で判明した時だ。

 如何に自分の腕に自信があるとはいえ、流石に”武闘派”の中でもとみに頭が切れる男の目を欺き続けるのは困難な事だ。結果としてサヤは、レーヴェが『ロランス少尉』という肩書を名乗って動いている間は目立つ行動を起こす事ができなかった。その為、《福音計画》そのものの情報の全貌を把握するのに出遅れた感じが否めなかった。

 そしてもう一つの誤算は、軍属に復帰して王城に詰める事が多くなった元S級遊撃士カシウス・ブライトに正体が露見してしまった事だ。

 

 自慢ではないが、サヤは自身が優秀な諜報員であるという矜持を持っている。それは決して口だけのものではなく、実際に彼女は潜入任務においては隊の中でも指折りで優秀な人間なのだ。王城という、スパイを最も警戒している場所で1年以上誰にも疑われる事なく、それこそ情報部の目すらも欺き通していちメイドとしての仮の姿を貫き通してきた事からもそれは明白だ。

 

 だがあの男、カシウス・ブライトは、それこそ最初から全てが分かっていたとも言わんばかりの様子で、事もなげに場内でサヤとすれ違った瞬間に呟くように言ったのだ。「お前さん、どこの諜報員(スパイ)だ?」と。

 無論、最初はシラを切り続けたが、今までサヤが故郷に充てた手紙だと偽って暗号文を仕込んだ手紙の写しを証拠として提示された瞬間に、敗北を悟った。

 いつからバレていた? という事すらも思わなかった。特定の個人の手紙の写しを作らせた上で、更にその暗号も解いて見せるなど、常人の思考力では有り得ない。彼女はその時点で、『S級遊撃士』という規格外の肩書を持つ人間の恐ろしさを肌で感じる事になってしまった。

 

 それが明白になった瞬間、これでリベールでの任務は失敗かと諦めかかったが、そんな彼女にカシウスが投げかけた言葉は―――

 

『お前さん、《マーナガルム》の人間だろう? なぁに、俺も縁がないとは言い切れない連中でな。知ってるよ。

 結論から言うと、俺はお前さんの正体を女王陛下以外に打ち明けるつもりはない。その代わりと言っちゃあなんだが、ここは一つ共同戦線と行こうじゃないか』

 

 その時点ではよくある二重スパイの持ちかけかと思っていたが、実際には随分と違っていた。

 団長と交渉しても一向に構わない。その代わり、《月影》で仕入れた情報をカシウスを通してリベール王国軍軍令部に流し、その見返りとしてサヤのリベール・グランセル城での諜報活動を見逃すというものだった。

 その交渉条件に対して、ヘカティルナ、ツバキが出した答えは「Yes」だった。

 

 元より二人も、カシウス・ブライトに正体が暴かれる状況は視野に入れていたらしい。そしてそれに対する答えも。

 原則としてリベール王国では猟兵団を雇い、運用する事は法律で禁止されている。だが、サヤはあくまで「サシャ」という名のただのメイドであり、彼女がこれ以上のヘマを犯さない限り、その真相は表に出ないものであった。

 結果、カシウス・ブライトとリベール王国女王、アリシアⅡ世以外の人間は彼女の正体を一切知る事なく、今日まで至っている、というワケである。

 

 その境遇について、悔しくないのかと問われれば無論悔しい。だが、個人のプライドにしがみ付いて機を逃すような愚図では、到底諜報員など務まらない。

 意外だった事と言えば、カシウスも女王陛下も、特にサヤを敵視しているわけではなく、むしろよく1年以上も周囲を欺いてこれたと称賛されたほどだった。それによって僅かに溜まっていた毒気も完全に抜かれ、今では諜報活動を行う傍ら、意外とメイド業も楽しんでいたりしていた。

 

 

「その様子ですと、相変わらずお二人以外には正体が露見されていないようですな」

 

「えぇ。《月影》の諜報員として、これ以上無様な真似は晒せませんもの。どのような目でも欺いて見せますわ」

 

 実のところ、シオンがここを訪れたのは本当に現状確認の為だったりする。リベール王国の状況を訊くのは、そのついでだ。

 

「今のところ、リベールは”凪”の様子が続いているようですな」

 

「えぇ。《福音計画》の一件以来、退屈なほどに平和なものですわ。―――尤も、すぐに忙しくなりそうではありますけれど」

 

「……”例の件”は順調、という事ですかな?」

 

 シオンが問うと、サヤは一つ事もなげに頷いた。

 

「女王陛下のご裁可が降りるまでは私も派手に動けません。クロスベルのマイヤやカルバードの方はこれからが肝心でしょうね」

 

「然り。故にサヤ殿には色々と迷惑を被っていただくかも知れません」

 

「そんな事は()()()()()ですわ。あまり《月影》の諜報員をナメないでくださいませ」

 

 僅かに強気な笑みを見せると、シオンも同じような笑みを返した。

 本当に優秀な人間しか集っていないんだなと改めて理解すると同時に、彼女は彼女なりに諜報員としての自負を持ち、その面子を潰さないために動いているのだと察する事ができた。

 他の面々のようにレイに対する忠誠心などは薄いだろう。だが、仕事に対する自負心が高ければ、それを不意にするような真似もしない。ある意味、一番信用できる人間だとも言えた。

 

 

 斯くして、エレボニア、カルバード、クロスベルのみならず、リベール王国も動きを見せる事になる。

 しかし、水面下で進行しているそれが国際情勢という”盤”に大きな影響を与えるのは、まだ少し先の話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 や・っ・た・ぜ100話‼

 感慨深いものですね。気付けば100話。こんなところまで来てしまったか。
 どうかご覧いただいている皆様は、これからも『英雄伝説 天の軌跡』をご贔屓にして下さるようお願いいたします。はい。


 さて、また性懲りもなく新キャラを出したワケなんですが……元ネタ分かります? いや、多分分かる人は分かると思うんですけど、一応別にレズでもなんでもないっていうか―――

「とりまホテルでメイクラブっしょ♪」

 ↑貴様は黙ってろぉ‼ 毎度の事ながらなぁ、ユーザーの心を揺さぶる事に命かけてますよねエイプリールフール‼ 狂しておられるわ‼
 ついに別ライターのキャラまで弄り倒しやがって‼


 ……すみません、取り乱しました。



 コホン。とりあえずこれにてレンちゃんの話は終わりです。次は……何を書こうかなぁ。


PS:FGOオルタピックアップガチャ? 狂ジャンヌ出るんだったら本気でぶん回しにかかりますが何か?

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