英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

105 / 162





「わたしはもう逃げない!」
「出会った人も 起こってしまったことも」
「なかったことになんて絶対しない!」
   by イリヤスフィール・フォン・アインツベルン(Fate/kareid liner プリズマ☆イリヤ2wei!)








白兎の観察日和

 

 

 

 

 

 

 

 

『《帝国軍情報局》第一課より 《白兎(ホワイトラビット)》へ通達

 

 

 貴官の『トールズ士官学院潜入捜査』主任務である《帝国解放戦線》首領《C》の捜索に関しては未だ確たる成果が出ておらず、以降も捜査を続行されたし。

 また、貴族派による妨害工作も視野に入れたし。貴官の身に危害が及ぶ際には潜入任務は中止し、以降情報局の任に就くものとする。

 

 

 1204年9月9日 1400

 帝国軍《参謀本部》より通達在り。

 

 貴官に身元不明の《C》の捜索任務に当たらせると共に、新たに特科クラスⅦ組所属レイ・クレイドルの身辺調査を依頼するものとする。

 これは《参謀本部》より直々の任務である。注視されたし。

 

 貴官《白兎(ホワイトラビット)》に任務遂行方法を一任すると共に、この告知が貴官に届いた時より72時間以内に情報局宛に報告せよ。

 以降報告が遅れる場合は貴官の潜入任務を一時凍結し、情報局への帰還を言い渡す。

 

 

 尚、この通達は読了後速やかに同封した薬剤を塗布してから焼却処分されたし。

 

 

 以上』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ。遂に来ちゃったかぁ。こーいうの」

 

 

 未だ僅かに残る残暑が窓の外から生温い風を運んでくる夜。第三学生寮の自室にて、ミリアム・オライオンは心底面倒臭そうな声をあげた。

 

 ベッドの上で足をバタバタさせながら小難しい書き方をしている通達文とにらめっこをしている姿は、傍から見れば年相応の少女の姿に見えるだろう。

 しかし彼女も、元を正せばエレボニア帝国正規軍軍属の《帝国軍情報局》、その中でも国内での防諜・諜報活動等を担当する『第一課』に所属するれっきとした諜報員だ。

 宰相ギリアス・オズボーンが自ら選出した生え抜きの人材たち―――通称《鉄血の子供たち(アイアンブリード)》の一員でもある彼女は、今現在はあくまでも”潜入”と言う形でトールズ士官学院の特科クラスⅦ組に所属している。

 

 とはいえ、彼女にとってその矜持は無いに等しく、主任務こそ捜索を独自に続けているが、他の面では”諜報員”としてではなく”学生”として学院生活を充分に謳歌している。

 下校途中に何気なく買ってしまった可愛らしいインテリアや、裁縫のプロであるシャロンに作って貰ったぬいぐるみなどを部屋のそこかしこに置いてある事からも、それが窺える。

 

 

 だが、それでも”上”から下ってくる任務を無視する事はできない。

 その辺りは彼女も嫌々ながら弁えている。あくまでも所属は軍であり、だからこそ命令の無視は不可能だ。たとえそれが、心の底からどうでも良いものであったとしても。

 

 

「レイの調査、ねぇ」

 

 客観的に見て、この指示はオズボーンから直々に下って来たものではあるまい。彼ならば”こんなこと”をせずとも身元調査くらい既に済ませているだろうし、その上で泳がすくらいの事はして見せるだろう。

 ならこれは、帝都の会議室で疑心暗鬼に陥っている軍高官のお偉い”おじさん”達が猜疑心から下した命令だろうと、ミリアムは予想する。

 

 帝国が誇る最強の軍事要塞、ガレリア要塞がたった一人の武人の凶行によって機能が半壊した―――その滅茶苦茶な報告はすでに上層部に上がっている。

 主犯は結社《身喰らう蛇》の実働隊《執行者》のNo.Ⅳ、《冥氷》の異名を持つ”武闘派”にして”達人級”の武人、ザナレイア。

 凡そヒトが単身で起こせる被害を容易く上回ったその事件を聞き、上層部は震えあがったのだろう。情報が外部に漏れれば、犬猿の仲であるカルバード共和国がどのような反応を示すか分かったものではないし、これまで経済併合してきた特区の人間からここぞとばかりに中央政府への不満が漏れ出てくる可能性もある。

 

 だからこそ、軍上層部はレイ・クレイドルという存在を放っておけなくなった。

 彼もまた元《執行者》であり、”武闘派”の一員として名を馳せた”達人級”の武人。《結社》を脱退してからは遊撃士となり《支える篭手》の紋章に恥じぬ働きを見せていたが、2年前の『帝国遊撃士協会支部連続襲撃事件』の際には、S級遊撃士《剣聖》カシウス・ブライトと共に目まぐるしい活躍を行い、襲撃した猟兵団を壊滅させる功績の一翼を担った。

 その後、《帝国軍情報局》の監視の目を掻い潜って”徒歩で”クロスベルまで帰還するなど、凡そ帝国軍上層部にとっては無視できない存在となっていた。事実、《情報部》の中では彼は『要監視注意人物(ブラックリスト)』に指定されていた。

 

 しかし、彼がトールズ士官学院に入学すると共にオリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子からの要請にギリアス・オズボーン宰相が応える形で彼の『要監視注意人物(ブラックリスト)』は解除された。現時点で、彼に《情報部》からの監視の目はない。

 とはいえ、それが『帝国軍参謀本部がレイ・クレイドルに対しての警戒を緩めた』という事とイコールではない。現に今、こうして再び猜疑心が浮上して来たのだから。

 

 

「《情報局》としちゃあ、あんまりアイツ(レイ)を刺激したくねぇんだよなァ。アイツのバックにいる猟兵団は色んな意味で敵に回したくねぇし、遊撃士協会本部でも働きが評価されてるヤツを敵対視してますーなんて知られたら協会本部からも流石に睨まれるだろ? できれば穏便に付き合いたいコトなんだが、どーにもお偉いサン方はビビっちゃってな。あーヤダヤダ」

 

 とは、以前ミリアムが連絡を取った時のレクター・アランドールの談である。

 レイという存在は、一種の火薬庫だ。下手に身辺を突っつきまわせばどこから導火線に引火するか分からない。弱みを握ろうにも皇室関係者が後ろ盾に存在する以上、実行し続けるのは不可能だ。

 以上の面から鑑みて、彼に深入りするメリットとデメリットを天秤に乗せれば、圧倒的にデメリットの方に傾いてしまう。

 

 だが、《情報局》も軍属の組織である。参謀本部の麾下に存在する以上命令に逆らう事ができず、巡り巡ってミリアムに任務が舞い込んで来た、というわけだ。

 

 

「……ガーちゃん」

 

「ЁζΔ.Лβ」

 

 ミリアムはアガートラムを呼び出すと、通達文のインクのみが溶ける薬剤を塗った紙を渡す。するとアガートラムから照射された威力を抑えたレーザーがその紙を跡形もなく焼き切った。

 

「メンド臭いけど、ま、いっか。そういえばレイの事を一日中追いかけた事ってなかったし、明日はそれやろーっと♪」

 

「ΩηκΡ.ΦΣ……」

 

 そんな呑気な事を思いながら、ミリアムは再び手元にあった新作のぬいぐるみを抱き寄せて、その抱き心地の良さを存分に堪能するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とは言ったものの、レイの一日を観察するというのは、普段自由気ままに動くミリアムにとっては中々厳しいところもあった。

 まず毎朝平日6時前から始まる”朝練”。この時点で普段ねぼすけ気味のミリアムは辛かった。

 

「何だ、ミリアム。今日は早いな。―――え? 朝練に参加したい? あ、いや。別に構わねぇけどさ。……おいおい、今日か明日、雪か雹か槍でも振るんじゃねぇだろうな」

 

 というのは、朝練に参加したいという旨を言った時にレイから言われた言葉だった。心底驚いている表情は中々に見ものではあったが、その時はミリアム自身半分寝ているようなものだったので手放しに喜ぶ事はできなかった。

 

 この平日の早朝に行われている”朝練”は、要するに自主練の中でも特に自由度が高い部類に入る。現在常に参加しているのはリィン、ラウラ、ガイウス、ユーシスくらいのものであり、他の面々はたまに参加する事があるくらいだ。

 その中でもミリアムやフィーは今まで一度も参加した事がなかったためか、その日の参加者であるリィン、ラウラ、ガイウス、ユーシス、アリサはレイと同じようにまるでこの世の終わりが来たかのような驚愕の表情を浮かべていた。

 

 ”朝練”といっても、何か特別な事をするわけではない。いつもの実技教練のように、レイ一人を相手に模擬戦闘を東トリスタ街道の広い場所で行うくらいである。

 しかしそこで敢えて差異を挙げるとしたら、参加者の動きを見ながらレイが逐一アドバイスを送っているという事だろう。

 

 

「そら、リィン‼ 踏み込みが甘い‼ 足の動きでどこをどのタイミングで狙ってんのかバレバレだぞ‼」

 

「ラウラ‼ 大剣の動きに体を合わせるな。体の動きに大剣を合わせろ。まだスピードが体に追いついてないぞ‼」

 

「ガイウスはそこで止まるな‼ 懐に潜り込まれたら折角の槍のリーチが台無しだぞ‼ 中途半端な『剄鎧』で強攻撃を受け止められると思うなよ‼」

 

「自分の立ち位置をもう少し明確にしろユーシス‼ 前衛に出るならリィン達の動きを読み切れ。中衛から手を出すなら戦場全体を把握しろ‼」

 

「アリサはもうちっと手数と射速を安定させろ。アーツを使う時にも足を止めるな‼ 『思考分割』が覚えたてでも使え‼ これは模擬戦だ‼」

 

 

 仲間一人一人の動きと癖、そして課題点を読み切って指示を送るその姿は、既に教官の一人と呼んでも遜色はなかった。

 実際の授業内での実技教練ではレイはサラと共に全体的なチームワークや指示系統などを重点的にアドバイスする事が多い。その為、ある意味一人一人にアドバイスを送るこの”朝練”は機会としては貴重だ。

 そうして”朝練”に参加した面々が他のメンバーと助言をシェアする事でより緻密な連携行動が可能になる。”朝練”常連組でない面々も、自らの動きに課題が生まれたと思った時は眠気を圧して参加する―――という流れが一般的だ。

 

 因みに今回ミリアムが指摘された事は―――

 

・攻撃方法が単調になりつつある。フェイントとかも戦術に組み込んで行動しろ。

・ミリアム自身とアガートラムの立ち位置も重要。余りにも二者が離れすぎるとミリアムが狙われる可能性が大。

・もうちょっとアーツを使いこなせるようになれ

・つーか早く完全に目ぇ覚ませ‼

 

 の四点だった。一番最後の指摘は”朝練”開始後20分で成し遂げられたと言えるだろう。

 

 確かに朝一番の運動にしては中々に辛いものがあったが、その後に食べたシャロンの朝食がいつもよりも格段に美味しく感じられたのを考えれば、こういう事もたまには悪くないかな? と考えるミリアムであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武の実力、という点では文句のつけようがないレイだが、彼は勉学の面に於いても高い成績を叩き出していたりする。

 

 トールズ士官学院で教わる数学・歴史学・古文学・物理学・化学・生物学・美術・音楽・軍術学・政治学・経済学・論理学etc―――それら全ての座学に於いて、彼は穴のない好成績を残している。

 加え、普段の破天荒じみた行動は座学の場においては完璧に鳴りを潜め、文句のつけようのない優秀な生徒として振る舞っている為か、教官勢からの受けは基本的には良い。

 

 唯一欠点を挙げるとするならば―――

 

 

「それでは、先日行った戦術論の小テストを返却する。―――レイ・クレイドル」

 

「はい」

 

「機動部隊の隊列編成の問題でケアレスミスがあった。良く注意しておけ」

 

「っと―――すみませんでした」

 

 

 たまにこうしたケアレスミスを幾つかやらかす事があるという事だ。因みにこの時の戦術学の小テストのケアレスミスに関して、授業後にリィンからミスの理由を訊かれると―――

 

 

「いやぁ、ミスったわ。こういう隊列的な問題を見ると、『どこをどう突き崩せばより効率よく壊滅させられるか』って事を真っ先に考えちまうんだよなー。いい加減この癖直した方が良いとは思ってんだがな」

 

 

 と、やはり相も変わらず物騒な事を考えていたが故のケアレスミスだったらしい。流石、元執行者(猟兵団運営者)の考えてる事は違う。

 

 彼に言わせれば、たとえ歩兵ではない屈強な機甲師団が相手であろうとも、攻めるタイミング、方法、そして場所を考慮すればそれ程撃破する難易度は高くならないらしい。昨今では機械化部隊用の地雷や榴弾などの開発も進んでいる為、地を這って進んでいる以上、攻略手段は幾らでもあるのだという。

 

 逆に飛空艇部隊の場合はどうなんだと、興味を持った一人が訊くと、それに対してもレイは逡巡する事すらなく答えた。

 空と空の戦いは機体の性能そのものではなく、乗組員の個々の練度と連携力によって決まる。例えどれ程高性能な機体を有していたのだとしても、乗組員がヘボであったらそれはただの的に過ぎない。

 加え、地上から空を狙う際にも、攻略法は存在する。最も有効的なのは飛空艇が地上で補給作業を行っている時に制圧してしまう事だが、対空武装を数学的知識から導き出したルートに設置して機を逃さずに攻撃すれば撃破は充分に可能だと言う。

 

 要は何事も『可能性を拾い上げる事』が大事だと彼は言った。理論的に可能な作戦だったとしても、それを実際に行う兵たちの士気が低く、「不可能だ」という雰囲気が蔓延してしまえばそれは実際に『不可能な作戦』に成り下がってしまう。その辺りを上手く管理するのが有能な指揮官の最たる特徴だとも言っていた。

 

 

 理論だけに非ず。実際に様々な戦場に赴き、その実態を目に焼き付けていた人物の言葉は重みが違う。

 とはいえレイも大規模の部隊編成については門外漢であったようで、それについてはこのトールズで大いに学ばせてもらっていると屈託のない笑みを浮かべていた。

 

 

「ねぇ、レイってなんでそんなに色んな勉強ができるのさー」

 

 調査目的3割、興味7割といった割合でそんな事を訊いてみると、レイは少しばかり考えるような仕草を見せてから「そうだなぁ……」と口を開いた。

 

「昔、俺の姉さん代わりだった人から数学とか言語学とか、そういった基礎的なモノは一通り教わってたんだよ。「これから先の時代は武芸一辺倒では到底生きていけません。文武両道は基本中の基本です」ってな。国際政治学とか経済学とかは遊撃士時代に自然に覚えたよ。特にクロスベルはそういう事を知るのに”教材”には困らねぇしなぁ。機械工学とかは知り合いの人形技師の工房に行ってる間に齧る程度に覚えた」

 

「ほえー。凄いねぇ」

 

「前にお前に言ったかもしれんが、知識ってのは溜め込んでおいて損はない。まぁ問題は溜め込んだそれをどういった状況でどのように引っ張り出すか、だ。それができなきゃ無意味だからな。脳味噌の中を宝の宝庫にするかゴミ捨て場にするかはソイツ次第、って事だ」

 

 《結社》時代に培ったと思われる驚異的な記憶力と学習能力。そして適応能力は間違いなく一流の領域にあるだろう。

 それでも尚、彼が”学年主席”という地位に居座らないのか。それは、少し考えれば分かる事ではある。

 

 彼は、軋轢を必要以上に広げる事を好まないのだ。表向きは『クロスベルからの留学生』という肩書きを持つ彼は、そうした自分が帝国の名誉ある士官学校で主席の座に座ろうものなら、頭の固い貴族の子弟がどう思うかなどという事を念頭に置いていない筈がない。

 とはいえ、目立たない順位に身を置くなどという事は、彼の矜持が許さない。レイの学内座学順位は今の時点で3位と4位の間を行ったり来たりしている。

 

 ―――まぁ、順位の1位から4位までを常にⅦ組の生徒が独占しているこの状況では、どうあっても妬み嫉みの視線の的にはなってしまうのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、レイは意外とⅦ組以外の生徒との交流もある。観察をしていた日に限ってみても―――

 

 

 

「おー、レイ。ちょうど良いトコにおったわ」

 

「ん? どうしたよベッキー」

 

「オトンがな。東方の良い感じの魚を仕入れたって言うんよ。えーと確か……『サバ』言うたっけな」

 

「詳しく聞かせろ」

 

「ふっふーん。話が早くて助かるわ。カルバード→クロスベル経由のブツや。卸売を何回か回ってしもうたから、ちとお高めなんやけどな。全部で2ダース。一尾300ミラ計算で7200ミラやけど、まぁレイはお得意様やからな。……6700ミラでどうや」

 

「む……ベッキー、お前んとこで『ミソ』は扱ってるか?」

 

「『ミソ』? あー、あの東方の豆を発酵させた調味料かいな。確かオトンの知り合いが少し扱ってたなぁ」

 

「それ込みで8000でどうだ?」

 

「ちいと値が張る可能性が高いからなぁ。―――8600」

 

「……8400」

 

「……ま、えぇやろ。交渉成立や」

 

「おう。毎度悪いな。新商品宣伝してもらって」

 

「水臭い事言いっこなしやで。何せ商売人は義理人情が命やさかいな‼」

 

 

 

 

 

 

「な、なぁレイ」

 

「お? どうしたカスパル」

 

「いや、その、な。ラウラから聞いたんだけど、お前って泳ぎが上手いらしいじゃん」

 

「まぁ上手い方だとは思うぞ」

 

「その……実は俺今スランプでさ。誰かにアドバイスを貰おうにもラウラは根性論が基本だし、クレイン先輩は大会に向けて忙しそうだしで頼れる人がいなくって……」

 

「あぁ、それで俺に?」

 

「前にモニカの相談にも乗ってあげたって聞いてさ。それで……ダメか?」

 

「いんや? 別にいいぞアドバイスくらい。つってもタイム上げる云々よりフォームの改正くらいしかできねぇだろうけど」

 

「いやいや、充分だよ‼ よろしくな‼」

 

 

 

 

 

 

 

「す、すまない‼ 少しばかり匿ってくれ‼」

 

「いきなりどーしたんですかヴィンセント先輩。また肉ダル……コホン。マルガリータに追われてるんですか? いや追われてるんですね見りゃ分かります」

 

「そ、そうなんだ‼ しかも今回は見るも悍ましい毒々しい雰囲気を纏った”ナニカ”を皿に乗せて……このままでは逝ってしまう‼」

 

「あー、そりゃマズいですね。―――サリファさん、居ます?」

 

「はい、ここに」

 

「⁉ サリファ⁉ いつから後ろに……」

 

「とりあえず教室の中に隠れといてください。後は俺が上手くやりますんで」

 

「‼ た、頼む‼ この恩は決して忘れない‼」

 

「忘れといても構わないっすよ。―――あー、メンド臭ぇ。また秘蔵の惚れ薬調合レシピをダシに釣らなきゃならねぇのかぁ」

 

「え? ちょ、今なんて―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、調子はどうよ、ケネスー」

 

「あぁレイ君。近頃は中々の釣果だよ」

 

「お前がそう言うんならそうなんだろうな。……んで? ”アイツ”はまだ見かけねぇか?」

 

「”アイツ”って……あぁ、あの規格外サイズのゴルドサモーナの事かい?」

 

「そうそう。あの野郎とは卒業前にケリを付けたいからな。絶対に釣り上げて燻製にしてやる」

 

「あ、それ美味しそうだね。僕も誘ってよ」

 

「おう。いっそ知り合いかき集めて燻製パーティーでもするかなぁ。―――あ、やべ涎出て来た」

 

「アハハ。分かった。目撃情報があったら伝えるよ」

 

「おう、サンキュ。……あ、そうだ」

 

「?」

 

「右の竿、それ引いてんぞ」

 

「え? ―――あ、ホントだ‼ 僕とした事が……っ‼」

 

 

 

 

 

 等々。同級生上級生、平民生徒貴族生徒、男女問わずそこそこの交流を持っている。

 リィン程ではないが、彼も充分学内ではお人好し体質で通っているところがある。始めの頃は『グラウンドに大穴を一人で開けた張本人』という噂(※『噂』ではなく『真実』)のせいで他の生徒たちは遠巻きに接する事が多かったそうだが、Ⅶ組の面々に見せる面倒見の良さが徐々に広まり、今では普通の一生徒として受け入れられているとか。

 

 

「ま、馴染むのは得意技だしね。アイツは」

 

 

 Ⅶ組の担当教官であるサラは、とくに珍しくもないと言わんばかりの口調でそう言った。

 

「そもそもアイツ遊撃士だしね。周辺住民に信頼されてナンボの仕事だし、そりゃあ慣れるわよ。アイツが面倒見が良いのは事実だし」

 

「まぁそれはボクも実感してるしねー」

 

 ミリアムやフィーが寮で勉強するときは必ずエマとセットで教え、ミリアムが料理当番になった時は彼女が出来る範囲の作業を任せてくれる。

 とはいえ甘やかすばかりではなくきちんと叱る時は叱るし、しかし怒りは持続させない。そこら辺の『妹扱い』はレンやフィーで慣れっこなのだろう。

 

 

 人柄も学力も武力もある。なら昼休みもさぞ忙しくしているのだろうと思えばそんな事はなく―――

 

 

「……………………(スゥスゥ)」

 

「……………………(ムニャムニャ)」

 

 日によっても変わるが、この日は学院の中庭の部分でフィー共々呑気に昼寝と洒落込んでいた。

 建物の配置によって基本的に木陰になるこの場所は、彼らにして見れば絶好の昼寝スポットなのだろう。一見すれば全く無防備に眠りこけているように見えるが、実のところはそうではない。

 

 これも《結社》での特訓の賜物であったが、彼は睡眠状態からコンマ数秒以下で意識を覚醒させる事ができる。偏に奇襲・暗殺対策に鍛え上げたものであり、修業時代、気持ちよく眠りこけていると師のカグヤがランダムの時間帯に喉元に剣先を突き立てて()()()()()()()()。今では僅かでも闘気・殺気の類を感じ取れば一瞬で対応が可能だ。

 

 とはいえ、見ているこちらが思わず眠くなってしまう程に気持ち良く寝ている事もまた事実。実際、通りがかった生徒がこの二人の様子を見て欠伸をしながら歩いて行く光景が珍しくもないのだ。

 無論、そうなればミリアム自身も眠気が誘発されてくる。何気なくレイの横にちょこんと座ると、彼の膝を枕にして眠っているフィーの姿が目に入った。

 

 レンがトリスタを訪れてから、フィーがレイに随分と大っぴらに甘えるようになった。

 それは決して恋心からの甘えではない。あくまでフィーはレイを「兄」と認識して甘え、レイはフィーを「妹」として大事にする。その大前提こそ変わっていなかったが、それでもやはりフィーが自身の感情を隠そうとしなくなったのは大きい。

 

 

 しかし、ミリアムには根本的な意味でその感情が分からなかった。

 ”ヒト”として生まれてこなかった故に、”父”も”母”も存在しない。個体番号が隣り合った存在は”姉”や”妹”と呼べるのかもしれないが、そこにしたって特別な感情があるわけではない。

 

 レクターやクレアと出会って、それは少し変わったように思えた。自由奔放でおちゃらけた様子のレクターは”兄”と呼ぶには少々違和感を感じなくもなかったが、クレアは暇さえあればよく面倒を見てくれた。

 「もし自分に”家族”があったなら」―――そう思う事がなかったかといえば嘘になるだろう。だがあの場所は、《鉄血の子供たち(アイアンブリート)》という集まりは、決して”家族”などという安寧の象徴のような集まりではない。

 

 彼らは皆、ギリアス・オズボーンの手の内にある駒だ。優秀な駒を出来る限り失いたくないという思いはあれど、愁嘆のような感情論で後生大事に囲っているわけではないだろう。必要とあらば―――彼は彼らを使い捨てる。

 

 

 気付けば、ミリアムもレイの肩に体を預けるようにして楽な姿勢を取っていた。虫の音色も騒がしくなくなってきた今日この頃。満腹感と相俟って、すぐに眠気はやってくる。

 

「(うーん、たまにはいいなぁ。こういうのも)」

 

 何も警戒する事のない、ただ一時の安寧のみを享受する時間。それが長くは続かないと知っていながらも、ミリアムはただ、真横から伝わる人の温もりを味わいながら、ゆっくりと瞼を閉じて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 結論からして、何を書くかを決めたわけではない。

 

 身辺調査と言ったところで、専門家でもないミリアムが書ける事などそもそも限定されているし、それは《情報部》の面々も重々承知の筈だ。

 つまるところ《情報部》は、今回の件に関して全く乗り気ではない。ただし「参謀本部から降りて来た任務」という事で形だけでも実行しなければならないという意志が見え見えだ。事実それは、ミリアムも何となく分かっている。

 

 

 しかし今日一日じっくりとレイを観察してみて分かったのは、やってる事は戦闘面では基本滅茶苦茶だが、平時に於いてはこれ程頼りになる人物もそうそういないという事だ。

 目上の人間に対しては基本的に礼儀作法を以て接するし、人脈もあればコミュニケーション能力もある。学力於いても申し分がなく、戦闘面に於いては察しの通り。―――完璧超人と呼ぶには僅かに足りない面がチラホラあるのだろうが、これ程魅力的な人間もそうそういまい。

 

 これが天性のものなのか、はたまた積み上げた半生の経験がそうしているのか、はたまたその両方が組み合わさった結果なのか。

 

 

 レイ・クレイドルは「英雄」と呼ばれるのを何よりも嫌う。―――そんな事を以前クレアから聞いた事があった。

 どれ程強くても、どれ程優秀でも、「失うばかりだった自分の半生」をまやかしてしまうような称号など願い下げ。誰かを救ったからといって、()()()()()()()()()()()()。―――だから彼は「英雄」だとか「勇者」だとか、そうした煌びやかな言葉が自分を飾り立てるのを嫌うのだと。

 

 一体彼の過去に何があったのか。それはまだミリアムは訊けていない。今回の任務の内容からすればそれも訊いておくべきなのだろうが、何故かそこまでは無遠慮に立ち入るつもりはなかった。

 

 

「…………」

 

 彼女が書ける一番奥まった情報といえば、彼が自らの”弱さ”を隠す癖があったという事だ。どれだけ優秀に見えても、彼はまだ心の中に一際脆いモノを飼っている。

 それが、弱点と言えば弱点だろう。ミリアムはペンを報告書に押し当てて―――しかしそこで止まった。

 そこで止まる事数分。報告書にインクの滲みが広がったところでペンを離し、報告書を両手でクシャクシャと丸めてしまう。

 

「うーん……何だろ、”コレ”」

 

 ただ適当に任務をこなそうという思いだけだった筈なのに、レイの弱点をいざ書こうとしたとき、胸の奥がチクリと痛んだのだ。

 同時に、思い起こされたのは今までの記憶。裏がある編入だったのは明白だったのに、数日もすれば何事もなく”仲間”として受け入れて接してくれたⅦ組の顔ぶれ。過度なイタズラやサボりをすれば普通に怒られたりはしたが、それでも同じ場所で楽しく学び、遊び、戦い、笑った。

 期間にすれば、まだ2ヶ月ほどでしかない思い出だが、ふと目を閉じれば楽しく飽きない日常が思い出せる。それと同時に、あの夜の事も。

 

 何も言わずに寮を出て行ってしまったレイを全員で追いかけたあの夜。誰もが本気で、去るつもりのレイを実力行使で引き留めに掛かった。

 あの時に交わされた言葉は、何故だかミリアムの心に響いたような気がした。あれ程までに本気の言葉で言い合える仲の人物を、果たして自分は作れるのか―――と。

 

 

 彼女にとってみれば、既にⅦ組の面々は大事な”仲間”だった。しかし当の本人は、そう言った事で生まれる感情に疎い。

 何に「喜び」、何に「怒り」、何を「楽しみ」、何に「哀しむ」のか。彼女は常に明朗闊達に振る舞っているように見えながら、実のところ”感情”というものがどういうものなのかという事については理解しきっていない。謂わば、未知の領域の概念を一つ一つ体感して精査している状況なのだ。

 

 高等AIを搭載した戦術殻とリンクするために作り上げられた人造人間(ホムンクルス)。固定した”人格”を与えられながらも、凡そヒトの”感情”に疎い彼女は、しかし今、無意識に一つの”答え”を弾き出した。

 

 

「まぁ、()()()()()()()()()()()()()。幾らなんでも」

 

 報告書に書かなかった理由は、さして重要項目ではないという理由ではなく、()()()()()()()()()()()()という理由。

 凡そ潜入捜査員が報告を放棄するには下の下とも言える理由ではあったが、彼女はそれを何の抵抗もなく”良し”とした。とはいえ、報告書を挙げなければ強制送還されてしまう為、さてどうしたものかと悩み始めると、不意に自室のドアが軽くノックされた。

 

『ミリアムちゃん? 起きてますか?』

 

「んー? どうしたのー、いいんちょー」

 

 呼んでいるのはエマだ。ミリアムは新しく取り出した報告書を机の引き出しの中に仕舞いこむ。

 

『そろそろ入浴時間だから、一緒に行きませんか?』

 

「ふぇ? ……あ、もうそんな時間かー。うん、分かった」

 

 ピョンと椅子から飛び降り、ミリアムはベッドの上に置きっぱなしにしていた入浴セットを手に扉へと向かう。

 まぁ、難しい事は後で考えればいいかと、いつも通りの呑気な考えでミリアムは再びいつもの日常に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、ミリアムの部屋のちょうど真下に当たるレイの部屋では、いつも通り防音の結界を張った状態で公にはできない回線がARCUS(アークス)同士で繋がっていた。

 

 とはいえレイとしては気張ったような様子はなく、下校途中にブックストア『ケインズ書房』で購入した新作のメニュー本をペラペラと捲りながら肩と頬でARCUS(アークス)を挟む形で通話をしている。

 

 

 

『―――それで? 君としてはいいのかい?』

 

「何がだよ」

 

『ミリアム君の事さ。このまま彼女を”仲間”として迎え入れ続けるのかと思ってね』

 

 通話の相手はオリヴァルト。ARCUS(アークス)の回線電波は基本的に特殊なために傍受の類は難しいのだが、念には念を入れてランフォルト本社から周波数変換装置を極秘裏に仕入れた上でのやりとりである。

 

「いやまぁ、当たり前だろ。あいつまだまだ色々と教えてやらなきゃならん事あるし、何より俺やシャロンが作ったメシを毎回美味そうに食ってくれるからな」

 

『ふぅむ』

 

()()()()()()()()()()()()()()さ。どーせ元《結社》の人間って情報が割れてる以上、それに勝るモンなんてそうそうねぇしな」

 

 ミリアムの様子が今日一日、どこかおかしい事は既にレイは見抜いていた。具体的に言えば”朝練”に参加したいと言い出したところからだが、夕方に寮に戻ってオリヴァルトに確認を取ってみれば、案の定であった。

 とはいえ、ガレリア要塞の件があった以上、神経質な軍の高官が自分を危険視する事など既にお見通しであり、寧ろ《情報部》が他の構成員を用いずにミリアムに任務を任せた事が意外だった。

 

「しかしアイツ、やっぱ潜入諜報員が最大級に似合わねぇな」

 

『うーん、ズブの素人の僕から見てもそう思っちゃうからねぇ。まぁ、そういう面では君も安心できるのかな?』

 

「アイツはアタッカーとしての才能がある。変な隠形術なんぞを身に着けるくらいだったら、戦闘能力を向上させた方が有意義だ。非才を馬鹿にする気はないけどな、アイツには似合わねぇよ」

 

 無邪気に笑い、無邪気に行動するのが一番ミリアムらしいのだと、レイは本心からそう思っている。

 たとえ彼女がオズボーンが送り込んだ人間であっても、彼女もまたⅦ組の仲間である事に変わりはない。彼女が強くなりたい事を望むのならそうする。それだけなのだ。

 

『……なんだ、心配はなかったか』

 

「?」

 

『あぁ、何でもないよ。ところで―――()()()()()()()()()()()()()()()()()は本当に政府の方で預かって良いのかい?』

 

 それは、『革新派』の駒であるミリアムを監視し、あわよくば任務を妨害する体で送り込まれた『貴族派』が雇った諜報員。レイは今日一日、ミリアムへの言動に少しばかり気を遣ったのと同時に、そんな輩の動向を疎ましく思っていた。

 そして、ミリアムの観察の目が緩んだ()()()()()に、僅か数分で学院に潜り込んでいたそれらの輩を数分で捕縛。そのまま秘密裏にヴァンダイク学院長に引き渡したのだ。

 

「問題ない。つーか面倒事はそっちで全部管理してくれ。そりゃあマーナガルム(アイツら)に預けちまう選択肢もあったがな、ここは一つ参謀本部殿に恩を売っておいた方が後々有利だろうし」

 

『あー、まぁ。そりゃあねぇ』

 

「まぁ情報をソイツらから聞き出そうにも? 参謀本部内にいる()()()()()()()()に妨害されてにっちもさっちも行かなくなる様子がもう目に見えてるけどなぁ」

 

『……やっぱりいると思うかい?』

 

「いやいや、それお前が訊くかよ。俺よりもよっぽどそういった内部事情に詳しそうじゃんか」

 

『生憎と僕は保身とか名誉とか、そんなものは基本的にどうでもよくってねぇ』

 

 エレボニア帝国が巨大で強大な国である以上、『革新派』と『貴族派』という二大派閥に完全に分けることは不可能だ。

 あのクロスベルでさえ、自治州議会内で『帝国派』と『共和国派』が混沌入り混じる勢力闘争を繰り広げていた事を考えると、互いの派閥の重鎮の位置にシンパを潜り込ませていたのだとしてもなんら不思議ではない。内部の不協和音を「有り得ない事」と断じるのは馬鹿の所業だ。

 

「まぁともかく、厄介事はそっちで処理してくれや。俺は俺で、こう見えても忙しいんでな」

 

『ハァ。ゼクス中将とかクレイグ中将みたいな話の分かる人達なら大歓迎なんだけど。頑固一徹、柔軟な話に興味ありませんー、みたいな軍人サンとお話しするのは疲れるんだよねぇ』

 

「おいおい、専門分野で弱音を吐くなよオリヴァルト殿下?」

 

『相変わらず乗せるのが上手い事だ。―――まぁ、それじゃあ()は自分のすべき事をするから、君は君で”すべき事”を頑張りたまえ』

 

「おうよ。―――頼りにしてるぜ、オリビエ」

 

 そう言葉を交わして、レイはARCUS(アークス)の回線を切る。

 数はあまり多くない”学生”レイ・クレイドルの味方の中で、交渉事に関して彼の右に出る者は恐らくいない。自分が不得手な分野である以上、任せるしかないのは少しばかり悔しいが、それは適材適所というものだろう。

 

 しかしながら、やはり動きは活発化し始めている。

 悠長に座り込んでいられる時間も、もはやあまり残ってはいない。学生の身分で出来る事は限られているが、まぁ、せいぜい足掻き尽してやろうと笑う。

 

 何せ彼は、豪放磊落な《獅子戦役》が英雄の一人、《爍刃》カグヤの一番弟子。

 他人の掌の上で踊らされるより、自分の意志で動く事を好む人物なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 どうも。FGOの今回のイベでは茨木童子が配布されるのか否か。もしかしてこなしたミッション数でそれが決まるのかどうか。それが気になって仕方ない十三です。シナリオはもうちょっとマトモにならんかったのかと思ってます。ハイ。


 さて、今回はミリアムを中心に展開してみました。個人的にこの子が閃Ⅱのラスボス戦の後に流した涙で泣きそうになった身の上です。クロウは耐えたんだけどなぁ。
 思えばあの時、彼女は初めて「寂しい」という感情を自覚したのでしょう。そんな感動的な展開をこの作品でも迎えたいなぁと思っております。


PS:ドリフターズの最新刊読んだんですが、多門丸と菅野サンの邂逅でテンション上がったのは私だけではないはず。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。