英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「可哀そうなのは・・・仇を討てないことじゃない。本当に哀れなのは・・・復讐に囚われて自分の人生を生きられないことだ」
        by 芳村店長(東京喰種トーキョーグール)








蒼穹を衝く真紅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~~♪ ~~~♬」

 

 黄昏色に染まる空の下、一つの鼻歌が確かな音階に乗って紡がれる。

 

「~~~♫ ~~♬」

 

 大自然の中の高台に一人座り、足を宙で揺らしながら、自らの愛槍を膝の上に置いたままに、白銀鎧に身を包んだ女性は軽快に歌を紡ぎ続ける。

 後頭部で一括りにした煌びやかな金髪は、吹き抜ける風に煽られて金糸のように舞い上がる。その双眸は伏せたままに歌い続けるその姿は、それ自体が一枚の絵画のように幻想的だった。

 

 

 まぁ何が言いたいかというと、話しかけづらい。

 どうしたものか、どのタイミングで言葉を割り込ませるべきかと必死に頭を捻っていると、ピタリと歌が途切れた。

 

 

「おや、リディアさんじゃないですか。どうしましたか?」

 

「……やっぱり気付いていやがったんですか、ルナフィリア先輩」

 

「まぁそうですねぇ。こんなに話しかけるタイミング伺われたらそりゃあ気付きますよ」

 

 その言葉を聞き、はぁ、と溜息を吐きながら、《剣王》リディア・レグサーは穏やかな微笑みを向けているルナフィリアの下に歩き始める。

 一度戦場に立てば、その膝の上に置いた槍を携えて一騎当千の猛者へと変貌するというのに、今はまるで、深窓の令嬢のように嫋やかな一面を見せている。しかしその二面性こそが、彼女の長所でもあった。

 

 《使徒》第七柱、《鋼の聖女》アリアンロードに率いられた《結社》最強の部隊、《鉄機隊》。

 その中でも幹部である”戦乙女(ヴァルキュリア)”ともなれば、全員が”達人級”の武芸者であるという超常の集団である。

 

 実際、目の前の騎士―――《鉄機隊》副長補佐兼近衛筆頭騎士の任を戴く、《雷閃》のルナフィリアにしたところで、”達人級”としての技量は自分よりも上であると、そうリディアは読んでいた。

 

 

「……綺麗な夕焼けでやがりますね」

 

「そうなんですよねぇ、えぇ、その通りです。一度ノルドでこの景色を見てから虜になっちゃいましてね。こうしてちょくちょく大自然パワーを充電しに来てるんですよ」

 

「大自然パワー、っすか」

 

「侮れませんよ、これ意外と。殺伐とした雰囲気に浸ってばっかりだと、どうにも心にゆとりがなくなっていけません。副長辺りなら刀振るってれば満足なんでしょうけど、生憎と私、そこまで戦闘狂(バトルジャンキー)じゃないんですよねぇ」

 

「自然にカグヤ様をディスっていく辺り、尊敬します」

 

「あ、今の会話忘れて下さいね。万が一にも副長の耳に入ったら、朝まで半殺し上等スパーリングタイムの幕開けなので」

 

 清々しいまでに自業自得なのではなかろうかとは思ったが、別部隊の主従関係にまで口出しをするほどリディアも野暮ではない。

 それにしても、と思う。

 

 

「そういえば、さっきの曲は何でやがりますか? 私は知らねーんですが」

 

「あぁ、アレですか。昔……といってもそこまででもないですが、私とレイ君、あとレーヴェさんと一緒に作った曲ですね」

 

「お師匠様も?」

 

 最初はそれ程興味もなく訊いたことではあったが、敬愛する師が関わった曲とあらば、それ以上の事を訊かないわけにはいかなかった。

 するとルナフィリアもそれを察したのか、苦笑を漏らして続きを話す。

 

「まぁでも、そこまで深いものでもないですよ。これは所謂”鎮魂歌(レクイエム)”ですからね」

 

鎮魂歌(レクイエム)?」

 

「死者に捧げる曲。これ作ってた時はレイ君が結構精神的に参ってましたからねぇ。ソフィーヤ様だけじゃなくて、エルギュラ様も……」

 

「?」

 

「あ、いえ。それは私が言うべきことではありませんね。とにかく、レーヴェさんもレイ君の事は気にかけていましたから、放っておけなかったんでしょう。……実際のところ、私もそうだったんですけどね」

 

 まぁつまり、と、ルナフィリアは高台の上から飛び降りて続けた。

 

「弟的な存在を放っておけなかった年上がお節介を焼いて作った曲のようなものです。ただそれだけですよ」

 

「……ルナフィリア先輩は、その、《天け……レイ先輩の事が好きだったんでやがりますか?」

 

「好き? 異性としてですか? うーん……あんまりそういった事は考えませんでしたねぇ。そもそもレイ君は鉄機隊(わたしたち)の中では良い修行相手で、マスコット的な存在でしたし……私個人でもレイ君は可愛い弟分でした」

 

 屈託のない笑顔を見せるあたり、恐らくそれは本当なのだろう。そもそも家族と呼べる存在などとうにいないリディアには、いまいちその感覚が分からなかったのも事実だが。

 

「……それじゃあ、辛くはねーんですか?」

 

「?」

 

「私達は、どうあってもレイ先輩と対立する事になるでしょうよ。そうなったら、ルナフィリア先輩は―――」

 

「相変わらず優しいですねぇ、リディアさんは」

 

 ルナフィリアはそう言ってリディアに近づくと、そのまま頭を優しく撫でた。

 何も心配はいらないと、そう言外に告げるように。

 

「リディアさんも分かってるでしょう? 元々武人(私達)ってのはそういうものです。過去がどうであれ、敵対して相対したらそれはもう斬り合い潰し合いの始まりですよ。そこに情けを掛けるようであれば―――それは一人前とは言えません。ましてや”達人級”であれば尚更です」

 

「…………」

 

「ま、ドライな考え方ですけどそんなものですよ。レーヴェさんだってそうでした。あの人はいつだって、剣を取れば鬼人に早変わりでしたよ。それが自分の役目だと割り切って、容赦はなかったですね」

 

「そりゃあ……私だって知ってます」

 

「あはは、私よりもレーヴェさんの近くに居ましたもんね。要らぬ説法でしたか」

 

 とはいえ、リディアとてその辺りの”覚悟”の問題は既に理解している。

 伊達に”達人級”の末席にはいない。一度戦意を滾らせれば、己の信条を貫いて何であろうと斬り捨てる。―――斬り合いに善悪の観念などはなく、自分が”そうでありたいから”行動する以外の何物でもないのだ。

 

 例え、その前に立ちはだかるのが家族であろうと友であろうと、必要であれば斬る。

 それが、《結社》に身を置く《執行者》としての在るべき姿。修羅であることを自ら許容した代償に他ならない。

 

 ともあれ彼女とて、師と同じように無益な殺生は好まない性格だ。

 口調で誤解されがちだが、決して破天荒な性格ではない。寧ろ輪をかけて真面目な性格であり、どこかしら癖が強い面々が多く名を連ねる《執行者》の中では良心とも言えた。

 しかし、だからこそ己の戦場の中に”理由”を求めずにはいられない。

 

 戦わねばならない理由、勝たねばならない理由、生きねばならない理由―――そうしたモノを抱えて戦う者達は総じて強い。

 それは、つい最近改めて感じた事でもあった。

 

 

「……ルナフィリア先輩は」

 

「?」

 

「どんな理由で、帝国に来たんでやがりますか?」

 

 自然に口から出たような疑問ではあったが、その回答は聞いてみたいというのが本音ではあった。

 するとルナフィリアは、「そうですねぇ……」と一拍置いてから、独り言の延長線上のような口調で告げる。

 

「まぁ一番の理由はやっぱりアリアンロード様(マスター)に仰せつかった任を完遂するためですねぇ。私はこれでも騎士ですから、主から任された事はやり遂げますよ。……例えどれ程汚れ仕事だったとしても」

 

「それは……」

 

「私にとってはそれが間違いなく主目的で、副次的な目的は……そうですねぇ、決着を着けなくちゃいけない女性(ひと)がいるから、でしょうか」

 

 その、意外と言えば意外な理由に、リディアは思わず目を丸くしてしまう。すると、それを目聡く察したルナフィリアは悪戯っぽく笑った。

 

「意外そうな顔してますねぇ」

 

「そりゃあ……ルナフィリア先輩はそんな事には拘らねーと思ってましたし」

 

 良くも悪くも、大抵の物事に長く頓着しないのがルナフィリアという女性の性格だ。

 武術や騎士道にはひとしきりの拘りを見せるが、それ以外には取り立てて熱心に執着するものはない。

 だが、今の彼女ははぐらかす為に虚偽の事を言ったわけではなかった。夕焼けを背にしている為確たることは言えないが、その翡翠色の双眸は僅かな戦意に彩られていた。

 

「確かにそうですね、これは単に私のワガママです。()()()()()()()()()()()()()、ね」

 

「あ……」

 

「何はともあれ、戦いに理由を求めるのは自然だと思いますよ? それがなかったらただの通り魔か殺人鬼ですからねぇ」

 

「それは……お師匠様にも言われた事があります」

 

「あらら、また要らぬ説法でしたか。まぁ、心の隅にでも留め置いてください。

 リディアさんは大規模な作戦に参加するのは初めてでしょう? なら、そういう事を考えていても損はない筈ですよ」

 

 戦う理由―――今のところリディアには「自分はそう在るべき人間だから」という漠然としたものでしかない。

 そして彼女は、それでも良いと思っていた。剣士が剣を握る理由など、単純な理由でしかない。その考え方だけは、師から言われても変える事はできなかった。

 

 だが、それは違うのだとあの要塞で思い知らされた。

 「大人としてのプライド」、そして「守るべきモノの為」に立ち向かって来たあの二人の姿は、正直に言えば眩しく見えた。同時に、自分が酷く空っぽな人間に見えたのも事実。

 きっとこのままでは、自分は”達人級”という武人の階梯を穢してしまう事になる。師に追いつくなど以ての外で、筋の通らない木偶の剣に落ちてしまう可能性すらあった。

 

 俗に言えば、焦っているのだろう。しかしルナフィリアは敢えて答えを明示することなく、そこで話を区切った。

 

 

「さて、と。それじゃあ本題に入りましょうか」

 

「えっ?」

 

「リディアさんだってわざわざ世間話する為だけにこんなところまで来たわけでもないでしょう? ヴィータ様かルシードさんから何か指令があったんじゃないですか?」

 

「……そうでやがりました。危うくガチで忘れるところでしたよ」

 

 するとリディアは、直立不動の姿勢を取った。

 《結社》内に於いて《執行者》の一角である彼女の地位は、《鉄機隊》隊員のルナフィリアよりも上ではあるのだが、リディア自身はルナフィリアの事は”先達”と評している為、そういった事には拘らなかった。

 

「ルシードさんからの”伝言”でやがります。ルーレでの活動に際しては我々は”待機”。―――ただし、現地に行く分には特に制限をしないとの事でやがります」

 

「…………」

 

 ”それ”が何を意味するのか、ルナフィリアは大体理解する。そしてわざわざ、リディアを使って自分に知らせてきたルシードの意図も。

 

「《使徒》様同士のパワーバランスも考慮に入れなきゃいけないのかぁ……存外あの変態さんも苦労してるんですねぇ」

 

「?」

 

「ああ、いえ、何でもありません。大手を振るわけにも行きませんし、少々息苦しいかもしれませんが……リディアさんも私と一緒に行動します?」

 

「良いんでやがりますか?」

 

「モチのロンですよ。そうと決まれば、潜入用の衣装を見繕わなければなりませんねぇ。ヴィータ様にもアドバイスを乞うとしましょうか」

 

「や、あの、私は任務中はそういうのは……そ、それにこれからカグヤ様にも同じ旨を……」

 

「あー、副長は大丈夫ですよ。基本どこにいるか補佐の私にも分かりませんし、でも居て欲しい時はどこからか現れるので問題なしです」

 

「妖怪みたいな扱いじゃねーですか。あー、もう、押さないでくださいってば‼」

 

「まぁまぁ、早く戻りましょう。ね?」

 

 そうしてリディアの背を押しながら、しかしルナフィリアの内心は決して穏やかなものではなかった。

 

 今回はザナレイアが出張って無闇矢鱈に引っ掻き回すという事もないだろう。それが分かっているだけでも精神的負担は軽いものがあるが、彼女の代わりにルーレに赴くことになった人間の方が問題だ。

 破壊欲の権化とも言えるザナレイアよりも―――或いは数倍は厄介かもしれない。ルシードが()()()あのような形で指令を伝えたのも、考えうる限りの最悪の事態を未然に抑え込もうという算段だろう。

 

「(あー、嫌ですねぇ。今から胃がキリキリして来ました……リディアさんのような部下がいてくれたら私の精神的疲労なんて即座に全回復できるんですけどねぇ……)」

 

 まぁ、それは過ぎた望みかと己に言い聞かせながら、ルナフィリアは苦労人の内面を引っ提げたままに黄昏色に染まった高原を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 9月某日―――

 

 

「ふぁ……」

 

 いつものように揃って登校中、大きく欠伸を漏らしながら歩くリィンの姿を見て、隣を歩いていたエリオットが珍しいものでも見たかのような反応をした。

 

「リィンが眠そうにしてるのなんて珍しいね」

 

「あぁ、昨日の夜ちょっと、な」

 

「そう言えば、クロウとレイとで学院祭の衣装の打ち合わせをしていたんだっけか」

 

 ガイウスのその言葉に、リィンは頷き、レイは一つ溜息を吐いた。

 

 

 

 

 トールズ士官学院の学院祭は、毎年10月23日、24日の2日間に跨いで執り行われる。嘗て、本当の意味での士官学院としての色が濃かったころには存在していなかった行事らしいが、今では毎年トリスタ以外の街や都市からも来訪者が訪れるなど、盛況なものであるらしい。

 そして学院祭においては、クラブなどの団体が用意するのと並行して、クラス毎の出し物も決める事になる。それを先日、HRで話し合っていたのだが……。

 

 

「お化け屋敷なんてどうかなー? レイの式神が使えるんなら人手も確保できるしね‼」

 

「アレ使いすぎるとガチの怨霊呼び寄せかねないからやめといた方がいいぜ。ワンチャン、シオンをキャストに突っ込むのもアリだけど、それだと俺らのやる事が皆無になるわ」

 

「リアルお化け屋敷とか、何それ怖い」

 

 

「むぅ……今まで特別実習で赴いた場所の特色をレポート形式で纏めるのは……いや、忘れてくれ」

 

「おー、分かってんじゃねーのラウラ。レポート展示なんて最終手段だぜ? 限りある青春を自分から灰色に塗り潰すなんてナンセンスだ」

 

「クロウはただ面倒くさいだけだろうけどな」

 

 

「いっそ僕たちで模擬戦でもやって観戦してもらう形でも取る? ……あ、でもグラウンドは馬術部とかが使ってるんだよね」

 

「……その前に今の私たちの本気の模擬戦とか見せたらドン引きされるかも」

 

「同意」

 

 

「……レイを中心に据えて複合屋台とかは?」

 

『『『『『『それだ』』』』』

 

「いや、『それだ』じゃねぇよ。過労死させる気かお前ら」

 

「過労死とか、レイから最も縁遠い言葉に聞こえるわね」

 

「お前ら、人を人外扱いするのもいい加減にしろよ?」

 

『『『『『えっ?』』』』』

 

「表出ろお前ら」

 

「でも実際、良い案だと思いますけれどね」

 

 

 など、同時刻に行われていた理事会の事など即座に忘却の彼方に追いやって喧々諤々(けんけんがくがく)の議論が執り行われていたのだが、基本自分の本音を晒す事に容赦がなくなって来たⅦ組の面々による意見の出し合いが、たがが1時間程度でまとまるわけもなく、持ち越しとなっていた。

 しかし後日、自由行動日の際にトワからアドバイスを受けたリィンの提案により、暫定的ながらも出し物が決まったわけではあるのだが……それの用意も、お世辞にも易しいとは言い辛いのが現状ではある。

 

 

「デザイン、ねぇ」

 

「だーかーらー、俺に任しといてくれっての。お前ら全員輝かしてやるからよ‼」

 

「お前に一任させたら黒歴史まっしぐらなの目に見えてるんだよなぁ」

 

「待て待て、去年のヤツだって、アレ衣装デザインしたのは俺だぜ? 時代の最先端だったろ?」

 

「トワ会長の異様な露出度の高さについてはもうメンド臭いから何も言わねぇけど……アレで通したらウチの女子陣が全力を以てお前を消し炭に変えていくだろうからな」

 

「ナチュラルに原型留めてねぇのが怖すぎるだろ……だが心配無用だ。今度はビジュアル系では攻めん‼ 正直Ⅶ組にそういった系が似合うヤツがいるとは思えないからな」

 

「おっ、そうだな。……いや、待て。実はそうでもないんじゃね?」

 

「二人とも、今はとにかくラフ画でもいいから原型を作る事に専念しよう」

 

「「あいよ」」

 

 

 などという話し合いが、リィン、レイ、クロウの3人の間でこの頃連日執り行われており、時には夜更けにも及ぶ事があった。

 本来過度な睡眠不足は体調に良くないので定時を決めて切り上げる事にはしているのだが、それでも一世一代の文化祭の事。それも学年別で出し物のクオリティの高さを決める投票が行われるとあれば、本気で挑まずにはいられないのがⅦ組の気質でもあった。

 「やるからには半端は許されない」―――例えそれが学院祭の出し物であっても、だ。

 

 

 

 

「……でも、本当に大丈夫? 何となくでリィンたちに衣装デザインをお願いしちゃったけど」

 

「大丈夫だっての、エリオット。寧ろクロウ一人に押し付けて後で阿鼻叫喚の地獄絵図になったら処理に困るしな」

 

「その地獄絵図、被写体は俺かよ。しかも被写体そのものの心配はしねぇのかよ」

 

 そんな会話を横で聞きながら目を擦るリィンの隣に、僅かに心配そうな表情を浮かべたアリサが歩いてきた。

 

「あぁもうホラ、リィン。ちょっと寝癖がついちゃってるじゃない。櫛で直してあげるからちょっと屈んでちょうだい」

 

「えっ⁉ い、いや、大丈夫だよアリサ。後で自分で直すから」

 

 その光景自体は、特に珍しくもない。アリサがリィンに気があるというのは既にⅦ組内では暗黙の了解のようなもので全員が知っている為、生来の素養もあってかアリサがリィンの身だしなみを整えようとするのは朝の内は見られる事だ。

 だが、それに対してリィンがここまで過剰反応するのは初めての事だった。その様子を見て、ススス、とフィーがレイの近くまで寄った。

 

「レイ」

 

「んー?」

 

「リィンに()()()()()()()

 

 随分と”こういった方面”にも鋭くなったなぁと妹分に対して感心したレイではあったが、その疑問については適当にはぐらかして終わった。

 アリサのように最初からバレるような言動を取っていれば別だが、それでもレイは友人の心情まで曝け出すような野暮な真似はしなかった。

 まぁそれでも、一部の察しの良いメンバーは既に気付いているようだが。

 

 とにかく、と。

 

 次の実習先は謀ったかのように”あの場所”である。先日の理事会にて特別実習の中止が取りやめになったのは良かった事だが、その分リィンとレイは腹を決めて赴かなければならなくなってしまった。

 そんな状況で、自覚しているレイ自身はともかく、未だに自分の抱いている感情の正体に気付いていないリィンを連れていけばある意味悲惨な事になりかねない。だから、ちょっとだけ”背中を押した”だけなのだ。

 

 後はまぁ頑張れと、無責任ともとれるような言葉を心の中で投げかける。先達としてレイが出来る事は、そうした事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【9月 特別実習】

 

 

 

 

 

 

 A班:リィン、アリサ、フィー、クロウ、エリオット、レイ

 (実習地:鋼都ルーレ)

 

 

 

 B班:ユーシス、ラウラ、ミリアム、ガイウス、エマ、マキアス

 (実習地:海都オルディス)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――9月25日 AM9:00

 

 

 

 特別実習に赴く際は始発の列車に乗って移動するのが定番となっていた為か、前日にサラから「明日は朝9時に士官学院のグラウンドに集合ね。遅れるんじゃないわよ」と告げられた際は全員が揃って首を傾げる事になった。

 

 北部ノルティア州州都ルーレ、西部ラマール州州都オルディス。どちらの場所もトリスタからはかなりの時間列車に揺られなければ辿りつけない場所である。

 よしんば集合時間から列車に飛び乗ったとしても、辿り着くのは共に夜になってしまうだろう。それ自体は良いとしても、わざわざ初日の日程を潰すのか、それが不可解ではあった。

 

 とは言え、学生として教官からの通達に応えるのは義務のようなものだ。その予定を告げた時のサラが素面だったこともあり、よもや酔った勢いで訳のわからない事を言ってしまった、などという事態はないだろうと踏んだのだ。

 

 そしていつも通りの準備を整えてグラウンドに赴いた面々は―――そこで驚愕した。

 

 

 

「な……っ……⁉」

 

「なんだアリャあ⁉」

 

 グラウンドの遥か上空から悠々と高度を下げてくる飛行物体。風の流れや僅かに聞こえる駆動音などから飛空艇であることは予測できたが、それ以外が予想外だった。

 船体は蒼穹という名のキャンバスに葡萄酒を垂らしたかのような鮮やかな真紅色。目視での推測でも、全長75ヤージュ程だろう。武装そのものはそれ程確認できないが、船体の形状を見る限り、重きを置いているのは機動性だろう。

 そしてその形状は―――とある飛空艇と酷似していた。

 

「これ、確か……」

 

「リベールの《白き翼》……《アルセイユ号》に似ているな」

 

 その姿が衆目に晒されたのは嘗てオリヴァルトがリベールから帰還する際の事だったが、それでも当時は帝国紙に大々的に写真付きで報じられた。

 そして今、上空で佇んでいる真紅の飛空艇は、その写真に載っていた《アルセイユ》と船体の形が瓜二つだったのだ。

 

 そんな弩級の飛空艇が、士官学院のグラウンドに着陸した。全長を考えるとかなりギリギリの着陸ではあったが、それでも無事に降り立つことができた事を鑑みるに、船内のクルーも良い人材が揃っているように見受けられる。

 

 他のⅦ組の面々が呆然とした表情を浮かべる中、レイだけが「あぁ」と言葉を漏らした。

 

 

「アルセイユ型の二番艦か。成程”帝国の象徴”としてはうってつけだ。―――そうだろ⁉ オリビエ‼」

 

「あっはっは‼ 流石レイ君、速攻バレたか。まぁ船体の形は一番艦からオマージュしたからね‼」

 

 レイの声に応えるような形で甲板から身を乗り出すようにして顔を出したのは、真紅の貴族服を身に纏ったオリヴァルト。その斜め後ろでは護衛のミュラーがいつものように眉間に皺を刻んで立っていた。

 

「しかしどうだい? 流石に君もビックリしただろう。リィン君たちの反応も良い感じだ。これは帝都市民へのお披露目も成功間違いなしだねぇ」

 

「で、殿下⁉ 何故こちらに……」

 

「いやまぁ、一応形ばかりではあるけれど僕も皇族の一員だからね。それにこの(ふね)を作ると決めた時の言い出しっぺだ。その縁で来たんだけど―――」

 

「今回、自分も皇子も端役に過ぎんのでな。主役はこの艦と―――此方の方となる」

 

 ミュラーがそう言って甲板の入り口方面を振り向く形になり、その際Ⅶ組の大半のメンバーはその「此方の方」という存在に対し首を傾げるばかりであったが―――その正体に気付いた人間が二人ほど居た。

 

 まずはレイ。野生の動物が同族同士で互いを認知するように、”達人級”の武人同士というものは否が応にも互いの”異常さ”を感知する。思わず背中の刀袋に手を伸ばしかけたほどに、その人物の武人としての雰囲気は濃く、重かった。

 そしてもう一人はラウラだ。彼女はまだ武人としてはまだ未熟な身の上だが―――それでもこれまでの人生で目標としてきた()()の雰囲気を、どうして間違える事が出来ようか。

 

 

「―――初めまして、だな。Ⅶ組の諸君」

 

 風に乗って全員の耳朶に届いたのは、威厳と慈愛が入り混じった低い声。

 

 ラウラのそれよりも僅かに濃い群青色の髪。僅かに着崩した貴族服を纏う姿に不自然さはなく、さながら身分を隠して瀟洒に振る舞う貴人と言ったところか。

 しかし実際に、その男性は皇帝陛下より子爵位の爵位を戴いた貴族。だが傲岸に振る舞うような人間ではないというのは、見た瞬間に察せられた。

 

 風で棚引くマフラー、そして艦長帽を軽く押さえつけながら涼やかに笑うその人物を視認した瞬間、レイは失笑を抑えきれなかった。

 

 あの人は”同類”だと、鍛え抜いた直感が見抜く。立ち方、振る舞い方、その他諸々に至るまで、一切の隙が見られない。その人物こそは―――。

 

 

「《光の剣匠》―――」

 

「父上⁉ どうしてこのような場所に―――い、いえ。それよりその帽子は……」

 

 当然のように漏れ出る疑問を、しかしミュラーが留める。兎にも角にも、この状況をいったん整理しない事には始まらなかった。

 

 

「紹介しよう。今後、この艦の一切の指揮を執っていただく―――ヴィクター・S・アルゼイド艦長だ」

 

「レグラムでは失礼をしたな、諸君。諸事情で色々と飛び回っていたせいで、挨拶をするのが遅れてしまった」

 

 

 堂々と、悠々と。

 支配者としてではなく、武人の強者としての貫禄と余裕。―――己がまだ持つに至らないそれを身に着けている人物との邂逅に、レイは心躍らずにはいられなかった。

 

 ともあれ、まずはゆっくりと話をする時間が必要になるだろう。

 それを理解したレイは、肩の力を抜いて、再び真紅の飛空艇を見上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 『ポケモンGO』に飽きてきた。何故かって? 触発されてもう一度始めた『オメガルビー』の厳選&飼育が止まらなくなったからです。チクショウ、6Vファイアローと6Vサザンドラが揃えば……ッ。 ―――どうも、十三です。

 
 今回は『ルーレ編』の導入部分からですねー。……散々ここまで引っ張っておいてこの程度か。もっと進めろよというお声が聞こえなくもないですが、改めてプレイ動画を見てみたらスルーしてたイベントがチラホラと……ま、まぁ気にしない方向で。
 
 人数的な関係で本来ルーレ班のマキアス君にはオルディス班に移ってもらいました。……よく考えたらマキアスってレイと一緒の班になったのバリアハートだけなんじゃ……。
 
 次回は……ルーレに着きたい(泣)



PS:
 おう、FGOの6章勢の再臨作業が進まんぞ。皆さん愚者の鎖足りてますかー⁉ 私は騎士章も足りませーん‼ おう、そこのガランドウ騎士、とっととその騎士章よこせや。それとスフィンクス、スカラベを落として疾く消えろ。
 ……これは大人しくイベントを待った方が良いのかなぁ。あまりにも効率が悪すぎて泣ける。
 

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