英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「あなたの判断で行動すればいい。未来における自分の責任は現在の自分が負うべき。それがあなたの未来」
     by 長門有希(涼宮ハルヒの憂鬱)







これから在るべきその姿

 

 

 

 

 

 

 ―――《アルセイユ》型Ⅱ番艦 高速巡洋艦《カレイジャス》。

 

 

 エレボニア帝国皇子、オリヴァルト・ライゼ・アルノールの提唱により、《ZCF(ツァイス中央工房)》《エプスタイン財団》《RF(ラインフォルト)社》の技術提供や、様々な人物・組織の資金的及び様々な面での協力により完成したこの艦は、まさにその手間に相応しい艦であった。

 

 艦の全長75アージュ。これは同型Ⅰ番艦である《アルセイユ》の倍近い大きさであり、設計基礎こそ根本を同じくしているが、その実スペックに於いては大きく躍進を遂げていた。

 

 その機動力の心臓部とも言える20基もの高性能型エンジンは、ZCFが開発した次世代型導力設計仕様であり、それによって最高時速3000セルジュを実現させたモンスタースペック。―――その”最高速度”という面だけを見れば時速3600セルジュを記録した《アルセイユ》にこそ及ばないものの、《カレイジャス》に搭載されたそれは持久力と速度維持機能に優れ、トップスピードを長い間維持する事ができる。

 

 また、《アルセイユ》には本腰を入れて搭載されていなかった高い装甲機能と迎撃性能を有している為、”自衛能力”という面から鑑みても優秀であると言える。

 

 まさに、時代の最先端の技術を集結して作られた技術力の結晶とも言える艦なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、この(ふね)()()()()()()。―――あくまで『皇族専用の艦』という扱いさ」

 

 

 《カレイジャス》の船内。その中でも艦の操舵機能が集結した艦橋(ブリッジ)にてオリヴァルトから言われたその言葉を、しかしそのまま鵜呑みにするには疑問点が多すぎた。

 ()()()()皇帝陛下を頂点とした帝国であるエレボニアにて、確かに皇族の権力というものは大きい。しかしだからと言って、これ程までにハイスペックな機能を搭載した艦を「皇族の戯れ」という感覚で作り上げたと言ったところで、それをそのまま信じる者などそうそういないだろう。道楽気分で駆るには、些か以上に物議を醸しかねない存在だ。

 

 

「『貴族派』でも『革新派』でもない『第三の風』。それを担うためにこの艦を、この翼を作り上げたのさ」

 

 それはつまり、”囚われない”という事。妾腹で庶子の出という事で比較的行動に制限がかからず、それを利用してリベール王国にて多くのものを見て、経験してきた彼だからこそそれを思う事ができたのだ。

 人間の本当の強さ―――固定観念に囚われない事の重要さというものを。

 

「……成程、だからこそ父上が艦長の任を拝命したというわけですか」

 

「概ね、その通りだ。本来ならこの任を務める事が決定した後に一度レグラムに戻るつもりだったのだが……少々やるべき事ができてしまったのでな」

 

 すると、艦長席に堂々と座っていたヴィクターが徐に立ち上がり、艦橋に集合していたⅦ組の面々に向かい合った。

 

「改めて自己紹介をしよう。ヴィクター・S・アルゼイドだ。諸君らには、娘のラウラが士官学院で世話になってる件でも、礼を言わせて欲しい」

 

「ち、父上っ」

 

 僅かに羞恥心を刺激されたラウラがヴィクターに抗議のような声を挙げるが、それを向けられた当の本人は鷹揚に笑って受け流すばかり。

 この父にしてこの娘あり、というのが良く分かる光景でもあった。人に好かれる性格というのは、恐らくこういうことを言うのだろうと、全員がたちどころに理解する。

 

 

「こちらこそ、子爵閣下。栄えある《光の剣匠》とお会いできて光栄です」

 

 そして彼は、普段は冷静なリィンがどこか浮足立ったような様子でそう挨拶するほどに、武術の界隈では有名な人物でもある。

 

 

 《光の剣匠》―――それがヴィクターの武人としての異名。

 エレボニアで武術を齧った者ならば、誰でも耳にしたことがある程の知名度を誇り、エレボニア武術二大流派の一つである《アルゼイド流》の筆頭伝承者。

 <アルゼイド家>に代々伝わる宝剣《ガランシャール》を有し、帝国最高の腕前を誇るとされるその人物の名は、レイが《結社》に居た頃から耳にするほどだった。

 

 であるならば、リィンが多少委縮しているのも当然の事だ。剣の流派こそ違えど、ヴィクターは「正しく在る」”達人級”の武人である。武術を研鑽し、高みを志す者であれば、尊敬の念を抱かずにはいられないだろう。

 

 だからこそ―――そんな彼が『第三勢力』の象徴である《カレイジャス》の艦長に就任したという事実は、両派閥に対しての抑止力としては充分なものであると言えるだろう。

 『貴族派』『革新派』問わず剣の指南を執り行って来たヴィクターだからこそ、その影響力は大きい。

 

 聞けば、《カレイジャス》のクルーの半数はミュラーの所属する第七機甲師団からの出向員らしいが、残りの半数は民間出身者であり、身分どころか国籍すらもバラバラであるという。

 そんな自由が罷り通るのも、この艦ならではといったところだろう。

 

 

「しかし……良いのでしょうか。自分たちのようなただの士官学院生がこのような艦に乗せていただいても」

 

「構わないさ。元より君たちは僕が提唱した『特科クラスⅦ組』の生徒だからね。《カレイジャス》の処女飛行に居合わせることも不自然じゃあない。それに、この艦ならルーレやオルディスにも数時間で到着できるだろう。僕が形ばかりの理事長の権威を振るえる数少ない機会だとでも思ってくれたまえ」

 

 Ⅶ組の面々が《カレイジャス》に搭乗している理由が、まさにそれだった。

 トリスタから向かうとなれば長い間列車に揺られていなければ到着できない今回の実習場所に、《カレイジャス》の処女飛行も兼ねて送ってもらえるという好条件を見逃す手はなかったし、実際普通では体験できない光景を目の当たりにして、若干テンションが高くなっていた面々もいた。

 

 先程まで、帝都ヘイムダルの上空を円を描くように旋回し、帝都市民への”お披露目”を行っていた《カレイジャス》は、今はその翼を北東方向に翻してルーレ方面へと向かっている。

 

「殿下、今後も《カレイジャス》は運航していくのですか?」

 

「一応、そのつもりだ。不安定な情勢化にある都市の国民に少しでも安らぎを与えられればというのが本来の目的ではあるけれど……」

 

「―――《帝国解放戦線》の動きにも目を光らせて行くつもりではある。地上は《鉄道憲兵隊》が常に見張っているようだが、空を駆る我らには我らにしかできぬ事もあろう」

 

 オリヴァルトの言葉を引き継いだヴィクターのその言葉に、一同は思わず口を噤んだ。

 確かに、《帝国解放戦線》はラインフォルト社の最新鋭機を複数機有しているなど、機動力に関しては侮る事ができない。場合によっては、地上からの追跡では力不足になるだろう。

 

 その点、《カレイジャス》ならば地上の影響を受けずに追跡する事が可能である。そして、ヴィクターという武人が居るという事で、”最悪の事態”にも対応できるだろう。

 彼ならば恐らく、ザナレイアとも互角の勝負を繰り広げる事ができる。彼女に攻撃を”通す”事ができるかどうかは不明だが、相手取る事は可能だろう。

 原則的に、ああいった「理不尽の中でも更に理不尽な存在」を相手にする場合には、一つの個としての強者の存在が必須になってくる。凡そ「数の暴力」という概念が働かない相手には、そうして対処するより他はないのだ。

 

「まぁ、そういう意味でもこの艦は重要な拠点となって来る筈さ。僕も気晴らしに空の旅を満喫したいしね‼ そうだ、帝都上空で僕のソロリサイタルなんていうのを開催するのもいいんじゃないかな⁉」

 

「ミュラーさん、ちょっとコイツ甲板から逆さ吊りにしといてもらえます?」

 

「奇遇だなレイ君。ちょうどここに千切れかけで耐久度に難がある縄がある。コイツを使って刑を執行するとしよう」

 

「ごめんなさい調子乗りました。……というか、ね。君たち二人がタッグ組むとちょっと洒落にならないんだよねぇ」

 

「大丈夫だオリビエ。お前がリベールに行ってた時に行った天空都市よりかは高度は低いからな。なぁに、ちょっと即死率高めの紐なしバンジーに挑戦するだけだ」

 

「見事なまでに救いがなさ過ぎて逆に笑える不思議」

 

 真面目な話に意気消沈する面々を他所にそんな軽口を叩きあう三人を見て、緊張していた面々も思わず弛緩してしまう。

 何事も過度は禁物だ。テロリストに対して抱く警戒心は重要だが、それも抱き過ぎは逆に視野狭窄に陥る可能性を秘めている。

 

 

「まぁ今は、そなたらを実習地に送り届けるのが先決だ。先程ノルティア州の玄関口である『黒竜関』を超えた。ルーレまでは後1時間といったところだろう。それまで、自由に艦内で過ごすと良い」

 

「ありがとうございます、子爵閣下」

 

「無論、一部の区画は重要区画故に開放は出来んが、それ以外の通行を許可しよう」

 

 ヴィクター艦長の計らいによってそういった許可が出た後は、全員が思い思いの場所に散らばっていった。

 レイも最初こそ同乗していたサラやシャロンらと一緒にいたが、職業柄か、それとも単なる興味本位か、一人で艦内の探索に乗り出していた。

 

 

 

「……随分としっかりした造りだな」

 

 《カレイジャス》3Fの連絡通路の一角を歩きながら、思わずレイはそう呟いた。

 乗り合わせた乗り物の仕組みを解析する行為は遊撃士時代からというよりは《結社》時代からの癖のようなものだった。特に船や飛空艇などの、自分の行動が大幅に制限される乗り物であれば尚更だ。

 

 敵襲を受けた場合、どう動いてどう乗り切るか、或いは中心区画をどのように制圧すべきか等、ありとあらゆる状況をシュミレートして最悪の事態に備える。

 

 とはいえ、今回に限ってはそれも最低限で済みそうではある。Ⅶ組の面々に解放されたのは艦橋のある5F、前方・後方甲板に繋がる連絡通路がある3F、そして補給所がある1F船倉の三区画のみ。

 それを敢えて掻い潜って他の区画を見に行く理由もメリットも存在しない。

 

 レイはⅠ番艦の《アルセイユ》に搭乗した事こそないが、こういった最新鋭の技術を詰め込んだ艦に馴染みがないわけではない。

 例えば《結社》が所有している超弩級大型艦《紅の方舟(グロリアス)》―――レイが《結社》に在籍していた時はまだ試験飛行の域を出ていなかったが―――や、その他高性能な飛空艇を飽きるほどに見てきた。

 ”外の理”を始めとした、所謂「頭のおかしい技術」を以てして作り上げられたそれと比較しても、しかしこの《カレイジャス》は比肩できる程のスペックはあるだろうと予測できる程だった。

 

「(最高速度を出せれば《メルカバ》以上の性能、か。―――とうとう人の技術が古代遺物(アーティファクト)を上回るようになったのかね)」

 

 尤も、あちらはあちらで守護騎士の”聖痕(スティグマ)”の力を解放すればスペック以上の機能を一時的に引き出す事ができる為、一概に優劣をつける事は不可能ではあるのだが。

 それも踏まえて世知辛い世の中になったなぁとしみじみと感じ入っていると、不意に背後から声を掛けられた。

 

「やぁレイ君。この艦は君のお眼鏡にかなったかな?」

 

「確かに良い艦だけどな、そういう言い方するのはやめろ。お前が提唱して作り上げた艦だろうが。なら、お前が納得してりゃ良いだろうに」

 

「はは。まぁ確かに。だけど、それでも他人の評価というものは聞きたくなるものだよ。心血を注いだなのら尚更、ね」

 

 いつものように飄々としてはいるが、ふざけたような感じはない。

 そんな時のオリヴァルト・ライゼ・アルノールという男は、往々にして食えない真似をするのだから、思わず体を強張らせてしまう。

 

「立ち話もなんだ。4Fの貴賓室でお茶でも飲みながら話をしないかい?」

 

「いいのかよ。確かあそこは立ち入り禁止区画だろうが」

 

「艦長に許可は取ってあるさ。それに、一応僕はこの艦のオーナーだからね」

 

 多少の無茶は権利の内さ。と、おどけた様子で語る姿を見ていると、わざわざ誘いを断る事も馬鹿らしくなってしまう。

 そんなオリヴァルトに先導されるようにしてエレベーターに乗り、4F区画に足を踏み入れたレイは、クルーの好奇の視線が刺さる事に多少の辟易した感情を抱きながら一番奥の貴賓室に入室した。

 

 その後、エレボニア皇族の象徴である紅を基調とした部屋のソファーに座りながら、クルーの一人が持ってきてくれたアイスティーをチビチビと啜りながら内装を見渡してみた。

 一見典型的な貴族の一室のようにも見える部屋ではあるが、よくよく観察してみると随所にオリヴァルトの悪戯心が垣間見える。本棚に並べられた本のラインナップや、仮眠用に設けられたベッドの上にクロスベルで人気の「みっしい」のぬいぐるみが置いてあったりと、この艦が完全に私物であるのだと否が応にも理解してしまう。

 

「随分と自分色に染め上げてるな」

 

「まぁ、この部屋は僕専用みたいなものだしね。軍属ではないんだし、これくらい趣味を持ち込んでもバチは当たらないだろう?」

 

 自分で言うか、と思わず言いたくなってしまったが、実際その通りなのだから外野がとやかく言う権利はない。

 ふぅん、と適当に相槌を打ちながら聞き流していると、続けてオリヴァルトが口を開いた。

 

「とは言っても、軍艦ではない以上、過剰な攻撃機構や防御機構はご法度だ。参謀本部のお歴々や、何より宰相殿に何を言われるか分からないからねぇ。

 ―――だから心配しなくても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その最後の言葉に、反応しなかったと言えば嘘になる。

 艦内を見回りながら、一瞬それを考えたことがあった。―――もしこの艦がマーナガルム(彼ら)の敵となった場合、果たして《フェンリスヴォルフ》と食い合うだけの力が発揮できるのか、と。

 だがそれは、少なくとも今のレイが考えるようなことではなかった。

 

「余計な心配だ。アイツらは今更俺が必要になる事もないだろうし、気にかける程弱くない。……というかアイツらの現状の強さとか、俺あんまりよく知らない」

 

「おや、そうなのかい? 《特別顧問・相談役》なんていう役職に就いていると小耳に挟んだものだから、てっきりそういった事にも気をかけているものだと思ったが」

 

「おいそれ誰から聞いた? ―――いや、いい。やっぱいい。凡その見当はついたからやっぱ言わなくていい」

 

 こういった気を回すのはあの式神使いの諜報のプロ以外にあり得ないだろうと、断定して、深い溜息を吐いた。

 口が軽いのか重いのか、こういう状況だけ見ると分からなくなるのが怖いところではある。

 

 

「いやぁ、実際凄いよツバキ女史は。僕が公務を終えて皇城の自室に戻ったらソファーの上でマンガ読みながら思いっきり寛いでたからね。僕としたことが思わず自室かどうかを疑ってしまったほどだよ」

 

「皇城に不法侵入とかアイツの思考回路がちょっと理解できなくなった。というか近衛兵仕事しろ、マジで」

 

 とはいえ、ツバキは元々レイと出会う前から()()()()()を得手として諜報・暗殺業を生業としていた人物であるため、ともすれば朝飯前程度なのかもしれない。

 伊達に癖の強い猟兵団の中にあって更に輪をかけて癖の強い《月影》という部隊を纏め上げているわけではない。実際、彼女自身も”術者”としてだけではなく、超一流と言っても差し支えのない”諜報員”なのだ。

 

「いやいや、僕としても楽しい時間を過ごさせてもらったよ。ああいった経験は中々できるものじゃない」

 

「そりゃあな。お前、あと一歩間違えればサクッと暗殺されたんだからちょっとは緊張感持てよ」

 

 

「肝に銘じておこう。―――だけど、収穫があったのは確かだよ。()()()()()()()()()()も一応教えてもらったしね」

 

 

 淡々と話すオリヴァルトに対して、レイは静かにグラスを机の上に置くと、ふぅ、と一つ息を吐いた。

 

「……怒ってないのかよ。一応契約不履行みたいなモンだろうが」

 

「いいや全然? 僕だってこの艦を着工してた事とか君に黙っていただろう? 包み隠さず情報を開示するとは言っても、誰にだって離せない事の一つや二つはあるものさ」

 

 カラカラと笑うその姿に不自然さはない。

 勿論普通ならその表情をそのままの意味で解釈する事はないだろうが、ことこの場においてはその表情を信じてもいいと思っていた。

 

 オリヴァルト・ライゼ・アルノールという男は、どうにも読めないところがあるが、その実誠実な所には誠実な人間だ。

 自惚れではなく、実際レイはその誠実な面を向けられていると思っている。

 

 

「しかしまぁ、中々大胆な事をしようとしてるねぇ。……そんなに宰相殿の言いなりになるのが嫌かい?」

 

「当然。……ま、理由はそれだけじゃあないけどな」

 

 ソファーの肘掛けに手を置いて、背もたれに体を預ける。

 多少リラックスできたのと同時に、少しばかりゴチャゴチャしていた思考をクリアにする。

 

「今頃あの男は、もう”盤上”を整え終わっただろうよ。こればかりは遅れを取るのもしょうがない。アッチは何年前から仕込みを入れてたか分からんからな」

 

「宰相殿の企みは深淵だからね。もしくは、就任当時から仕組んでいたのかもしれない」

 

「今更それはどうにもならんさ。当面は思い通りに()()()()()しかない。……だから()()が図るのは、横合いから殴りつけるタイミングだ」

 

 茶請けとして用意されていたクッキーを一口齧りながら、あくまでも冷静に、レイはその考えを告げる。

 激情に駆られている訳ではない。現時点で致命的な実害を受けている訳でもない以上、偽善的な意味で憤懣を抱けと言うのがそもそも無理な話なのだ。

 

「一応言っとくと、俺は別にオズボーンが嫌いなわけじゃない。国を治めるという一点に於いて、奴は愚図ではないし、寧ろ優秀すぎる程に優秀だ」

 

「それは僕も実感している。強引な所は否めないが、エレボニアという国がここまで頑強になったのも、あの人の手によるところが大きいからね」

 

 非情な話をしてしまえば、現時点でのクロスベルの統合問題でさえ、エレボニアの地位を西ゼムリア大陸内で確立させるだけの手段に過ぎない。カルバードという不倶戴天の敵が存在している以上、それは避けられない事態でもある。

 ギリアス・オズボーンが宰相職に就任した時から続けられていた周辺小国の経済統合。―――それが自身にどのような影響を及ぼすか、それが分かっていないとは思えない。

 

「奴を過小評価するつもりは一切ない。仕込みをいくら積み上げたところで上回れるかどうかは賭けに近いし、そもそもコッチのやってることが筒抜けになってる可能性すらある」

 

「…………」

 

「動くときは最速で動く。俺だけなら到底無理な企みだが……幸いにもコッチにはマーナガルム(アイツら)と、それに()もいる。協力者には困ってない」

 

「慎重だね。まぁ、考えは分かるが」

 

「盤上の駒が叛逆するのもオツなもんだろう? 『貴族派』の駒になるつもりも、テロリスト共に協力するつもりも勿論ないが、生憎と俺にも借りが溜まってるんでな」

 

「悪い顔してるよー」

 

マーナガルム(アイツら)にトンデモ兵器押し付けたり、クレアをダシに俺に仕事押し付けたしなぁ。……とりあえず売られた喧嘩は買っていくスタイルだぞ、俺は」

 

 できるだけ本性っぽく言ってみた理由ではあったが、オリヴァルトはそれでも静かな笑みを湛えたままだった。

 

 

「ふふ、まぁ()()()()()()()()()()()()()()()()、敢えて聞かないよ。―――それじゃあ僕からも一ついいかい?」

 

「はいはいどーぞ」

 

「僕も、その企みに参加させて欲しい」

 

 予想内と言えば予想内のその言葉に、しかしレイは一瞬だけ動きを止めた。

 この男の事だ、地に足がついていないような曖昧な理由でそんな事を口走ったとは思えない。レイはそう考えて、口を開いた。

 

「……お前は『第三の風』を帝国内に呼び起こすのが目的なんだろうが。俺達みたいなのに深入りすると沽券に関わるぞ。やめておけ」

 

「むっ、君は僕を見縊っているようだね。そんな事は微塵も考えて―――」

 

「お前は”光”で、俺達は”影”だ。帝国民代表のお前は、それらしく振る舞うのが義務だろうが。憎まれ役は全部任せろ。慣れてるからな」

 

 《結社》時代だけではなく、遊撃士時代にすらやっていた事である。今更どうこうとは思わない。

 この真紅の翼を駆って帝国民の羨望と信頼を集めるのはこの男(オリヴァルト)の役割だ。レイ自身は英雄譚のような真似をするつもりは一切なかったし、”協力者”と共にギリアス・オズボーンに一泡吹かせられればそれで良い。

 直接的に殺すなどという支離滅裂な事をするつもりはない。今のエレボニアという国を維持するのにあの男が必要なのは、不本意ながら理解している。

 だがそれでも、オリヴァルトに裏方の仕事は似合わない―――そう思ったのだ。しかし……。

 

「ハハ、だから言っただろう。見縊らないでほしいと。この国の行く末も関わっている事に知らん顔だったとあれば、それこそ皇族の沽券に関わるというものだよ。

 それに、”光”の道を進むのは僕よりセドリックやアルフィンの方が相応しい。可愛い弟や妹の進む道を開くためならば、多少の苦労は数にも入らないさ。―――それが兄というものだろう?」

 

 同じく”兄貴分”の君なら分かると思うけどね、と付け加えられれば、レイとて同意しないわけにはいかなかった。

 どんな煌びやかな上っ面の建前を並べられるよりも、その理由は信じるに足りるものだった。それと同時に、オリヴァルトの覚悟も。

 

「……お互いアホな理由でとんでもない事やらかそうとしてるよなぁ」

 

「いいじゃないかアホでも。腹に一物抱えたまま何かを為そうとしてるよりかはよっぽど良い事だと思うけどね」

 

「違いない。―――こちらからも協力をお願いしていいか?」

 

「勿論。僕は僕にしかできない事をするまでだ」

 

 改めて握手を交わしながら、レイはふと思った。

 年齢や立場、考え方こそ異なるかもしれないが、根本のところでは自分たちでは似た者同士なのかもしれない、と。大切な人の為ならば苦労を苦労と思わず、飄々とした態度を崩さぬままにさも当然であるかのように振る舞い続ける。

 

 結局、この男のように振る舞い続けるにはまだまだ精進が足りないのかと思いながら、レイはアイスティーを飲み干して、貴賓室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 それからレイは、艦内をそれぞれ思い思いにうろついていたⅦ組の面々と適当に言葉を交わしながら、あてもなく歩き続けていた。

 

 空の旅にはハプニングがつきもの―――というのは個人的な偏見ではあったが、こうも平穏すぎると逆につまらないというのも本音ではあった。

 ふと、《カレイジャス》内で務めている工房区画担当らしきクルーとすれ違った際に、《結社》時代に《フェンリスヴォルフ》を”足”にして様々な場所を渡り歩いていた時は、こうはいかなかったなぁと思いに耽ってしまっていた。

 

 特に、工房区画での喧騒は今でも鮮明に思い出せる。後方支援部隊である《五番隊(フュンフト)》―――その中でも《整備・開発班》に所属する面々は、その大半が理性よりも本能を優先して日夜開発や改造に耽る変態集団だ。恐らく、今でもそれは変わっているまい。徹夜・断食をしてまで各々の専門分野を極めんと動く彼ら同士が顔を合わせれば、途端にどこからともなく取り出した図面を広げて開発談議が始まっていたほどだった。

 そんな変態達が集まれば、機械音や火花が飛び散る音が響き続けるのはいつもの事。時には爆発音も響き、ボヤ騒ぎになるのも日常茶飯事のようなものだった。

 そしてそんな日常茶飯事の騒がしさも、思えば楽しんでいたんだなぁと思っていると、いつの間にやら前方甲板に出ていた。

 

 

 先程まで何人Ⅶ組のメンバーが居たのだが、いまは閑散としている。特殊力場のお陰でで加速の影響も風の影響も受けずに高速で移り変わる景色をボンヤリと眺めていると、ふと、甲板入り口から誰かが出てくる気配を感じた。

 

「む……そなたであったか」

 

「ヴィクター卿……成程。何故だか胸騒ぎがしていたのですが、貴方であれば納得です」

 

「それは此方も同じ事」

 

 足音を立てる事もなく歩いてきたヴィクターは、艦長帽を取って小脇に抱えてからレイの横で立ち止まった。

 剣を携えてはいないが、滲み出る強者のオーラはひしひしと伝わってくる。クロスベルに居た時は、同じようなオーラを醸し出していたアリオスと共に過ごしていたのだが、それともまた違う雰囲気に僅かばかり体が強張ってしまう。

 

「ラウラからの手紙や、殿下からそなたの話は聞いていた。よもや《八洲》の剣士と再び会う事が叶うとは思っていなかったがな」

 

「という事は……以前に卿は《八洲》の使い手と?」

 

「私がまだ若い頃ではあったがな。東方風の装いをした女傑であった。名は訊けず終いではあったが、まるでかの《槍の聖女》と共に戦場を駆け抜けた猛者であるかのような者との仕合には心躍ったものであった」

 

「それは―――ハハ、どうやら師がお世話になったようでして」

 

 因みにその人、貴方の言う「《槍の聖女》と共に戦場を駆けていた猛者」本人です―――という情報は寸でのところで呑み込むことに成功した。

 話がこじれる事は請け合いであったし、その人物が今も変わらぬ姿で剣を振るっているという事も、できれば自身の目で確かめて欲しいところではある。

 

「ほぅ。奇縁というべきか。そなたがラウラの学友となったのもそうなのかもしれぬな」

 

「彼女も強くなりましたよ。一度、卿が直々に手合わせをしてみては?」

 

「うむ。我が娘ながら余程の逆境を乗り越えてきたのであろうな。その件について一言労おうとも思ったのだが、赤面して立ち去ってしまった」

 

「《光の剣匠》と呼ばれる方も、お子さんの扱いは今も試行錯誤という事ですか」

 

「そうなのであろうな」

 

 思えば、レイが出会って来た”達人級”の中には、そういった人達も珍しくはなかった。

 カシウスは顔を合わせるたびに娘がどうのこうのと酒を飲みながら自慢して来ていたし、アリオスも酒に酔えば娘に嫌われていないだろうかと愚痴を溢すような一面もあった。

 鑑みてみれば、この三人に共通しているのは”妻に先立たれている”という事だ。武人としては超一流でありながら、男手一つで娘を育てるという事に幾度も葛藤しただろうし、悩みも抱えていたのだろう。

 いずれ自分も、そういう「親としての悩み」を抱くことがあるのだろうかと思っていると、苦笑していたヴィクターがいつの間にやら表情を引き締めていた。

 

「だが、ラウラは未だ『己が強さを求める理由』を知らぬ。若い時分は私もそうだったが、しかしいずれはそれを見つけ出さねばならぬ時が来るだろう」

 

「…………」

 

「ラウラが今、何事かに悩んでいるのは見て取れた。しかし、それは己自身で決着をつけねばならぬこと。無粋な手助けは不要だという事は充分に理解できたのでな」

 

 恋煩い、などという単純なものではない。言い方がどうこうの問題ではなく、実際問題彼女が自分自身でしか決着を着けられない事なのだ。

 

 ライアス・N・スワンチカ―――《マーナガルム》の《二番隊(ツヴァイト)》副隊長補佐であり、レイとは《結社》時代からの長い付き合いでもある。

 彼の実家にあたる<スワンチカ家>が《百日戦役》後に、領土内で起こってしまった《ハーメルの悲劇》の責任問題を半ば冤罪のように押し付けられて没落した事も、没落する以前は初恋の相手がいたことも知っていたが、それがラウラの事だとは流石に察する事は出来なかった。

 

 聞けば、ガレリア要塞での事件の際にふとした偶然が重なって再開してしまったのだという。二度と会う事は叶わないと思っていた状況での再開がラウラの心を大きく揺さぶってしまったのは仕方のない事だろう。

 

「親としてどうすべきかと考えた時期も有りはしたが……どうやらラウラは良き学友達や教官殿と巡り合えたらしい。久方ぶりに顔を見て、そう確信出来た」

 

「此方こそ。いつも彼女の誠実さや真っ直ぐさには助けられていますよ。……自分だとどうしても捻くれた考え方しかできませんからね」

 

「―――そうか。私としては帝都の女学院に通って欲しいと思っていたが、どうやら要らぬ気遣いであったようだ」

 

 それはまるで、自分が父親失格であるかのような言い方ではあったが、それは間違いだとレイは思い、そして事実そう言っていた。

 既に両親共にこの世におらず、親を頼る事が叶わない身としては、その言い分を許容するわけにはいかなかったのだ。

 

 

「ラウラを支えて共に歩むのは自分たちにもできますが、ラウラを導けるのは貴方しかいないんです。《光の剣匠》ではなく、ヴィクター・S・アルゼイドとしてできる事が」

 

「父親だからこそできる事、か」

 

「自分の場合は生まれた時には既に父はいませんでしたから、偉く言える立場じゃないんですけどね。

 でも多分、ラウラもそう思っている筈ですよ。自分の目標である人には、いつまでも格好良く在って欲しいと思うものでしょう」

 

 実際レイも、何だかんだ言いながら師であるカグヤの事は尊敬し続けている。

 剣士としての強さと誇り。一見無軌道に見えて、その実芯の通った生き方を数百年間続けているのだ。並の精神力では成しえない事であるし、その在り方を続けて欲しいと心の底から思っている。

 

 武人が尊敬する人物というのはそういうものなのだ。己が畏敬の念を向けるに相応しい人物であってほしいと傲慢にも思い続け、そしていつかそれを乗り越えて自分自身が誰かから羨望の念を向けられる人物になっていく。―――それが正しい関係なのである。

 

 

「まぁラウラと手合わせする前でも後でもいいんですが―――自分も貴方と仕合ってみたいですね《光の剣匠》殿」

 

「それは此方も同じことだ。若くして”達人級”に至ったその覚悟―――《天剣》の絶技、相見える時を楽しみにしている」

 

 負けるつもりは毛頭ないが、確実に勝てるとも思えない―――そんな武人が弱音にも似た言葉を吐くこと自体は珍しくはないが、やはり”強者”で在って欲しい。

 いずれ敵対関係という訳ではなく、憎みや恨みを抱いている訳でもなく、ただ純粋に、心行くまで戦う相手として、これ程魅力的な相手もそうはいない。

 

 そんな事を思いながら再び前方の景色に視線を移すと、少しばかり遠くの位置に高層の建物が乱立している様子を見る事ができた。

 

 

 黒銀の都市、ルーレ。平穏には終わらない特別実習が、今回も幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 はい皆さんこんにちは。この作品をご覧いただいている方々の中に昨日今日、もしくは明日にとコミケに行かれた、または行く予定の方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか?
 私ですか? 私は本日コミケ会場近くのファーストフード店に派遣されてアルバイトしていましたよ。アァ、ヒトガイッパイヒトガイッパイ……死ぬほど忙しかったですね。


 さて、前回から1週間ほど空いてしまいましたが、更新させていただきました。
 「また伏線散りばめやがったな、性懲りもなく」と思った方、まさにその通りでございます。今のうちに張っておかないと間に合わないんです勘弁してください。

 次回から漸く最後の特別実習―――つまり盛大にやらかして大丈夫なんだろ? そうなんだろ?(筆者目線)―――が始まります。気を抜くなよB班‼ 今回はお前らも弄るからな‼

 では次回……と言っても次回はまた2話ほどFate/作品の方に戻りますけどね。いつもの通り。


PS:水着イベント……溜め込んだ無料40連で玉藻とアン&メアリー来たぞオラァ‼
  まだだ。まだ終わらぬ。私の運勢はまだ尽きていない‼ イベント後半戦はモーさんやきよひーや我が王(笑)やマルタ姐さん、マリーのピックアップが待っていると信じて‼

  ……どうでもいいことですけど、もうこれ島の開拓っていうか永住準備整ってるんじゃあ……どこぞのアイドルグループ呼んでも違和感なしかよ。




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