英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「惚れた男に全てを捧ぐ。これの何が間違っているというのだ」
    by 鎖部葉風(絶園のテンペスト)








多忙交錯都市・ルーレ

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレボニア帝国郊外某所。

 

 鬱蒼と森が生い茂る、月光すら差し込まないその場所で、一人の人物が全身を掻き毟りながら苦悶に喘いでいた。

 

 

「あっ……ぐっ…………ぐああぁぁっ」

 

 腰まで伸びる長い銀髪も、過剰なほどに白い肌も、肉感的な体を包み込む戦闘衣(バトルクロス)も、地面をのたうち回る内に湿った土に塗れて汚れていく。

 しかしその汚れも、喘ぎと同時に体内から放出される絶対零度の冷気に()てられ、ピキピキという音を立てて霜へと変貌していった。

 

「ぬぁっ……ぐ……この……ッ‼」

 

 冷気を収束させて作り出した氷の剣を握り、あろうことかそれを自らの左腕目がけて振り下ろす。

 氷剣が突き刺さり、肌を割いて血が噴き出すが―――それが齎す痛みよりも不快な疼きが未だに止まらないのが煩わしい事この上なかった。

 

「貴様ッ……まだ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼」

 

 嫌悪感を露わにした声でそう罵倒するも、内から湧きあがる”ソレ”は魂の内で足掻き続ける。

 完全に塗り潰したと思っていても、気付けばその灯火は彼女の魂を侵食していく。―――貴女ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()と、長く長く、ただそう訴え続けてきた。

 

 その鬩ぎ合いは、大抵の場合は”虚神の死界”(彼女)が勝つ。しかし極稀に、ザナレイア・フラウフェーン(彼女)が一時的に意識を取り戻す事もあった。

 

 

 

「っ……はぁっ、はぁっ……」

 

 勝率が限りなく低い鬩ぎ合いで今回ザナレイア・フラウフェーン(彼女)が競り勝てたのは、偏に罪悪感が度を超えてしまったからである。

 

「行か……なきゃ……」

 

 ザナレイア・フラウフェーン(自分)が意識の表層にいられるのはそう長くはない。彼女自身それが分かっていたからこそ、心は焦燥感に駆られていた。

 随分血と悪意に染まってきた体を久方ぶりに見下ろして途轍もない寂寥感に襲われる。だが、ここでただ立ち止まっている訳にはいかなかった。

 

「謝ら……なきゃ……」

 

 いつかは”彼”とこうして完全なまでに敵対する時が来るのだと理不尽な運命に屈してはいたが、それとザナレイア・フラウフェーン(彼女)の倫理観はまた別だ。

 ”彼”の恋人を傷つけた。一歩間違えれば、”彼”をまた奈落の底に叩き落としていた―――”自分”がしでかしたその事実が、ザナレイア・フラウフェーン(彼女)をこうしてまた意識の表層に引き上げたのだ。

 

「ごめん、なさい……ごめん、なさい……」

 

 未だ精神が安定しない状態で、覚束ない足取りで歩き続ける。

 双眸の色は真紅から、元々の彼女の瞳色だった翡翠色に変わる。そしてその瞳からは、抑え込めない涙が頬を伝って落ちていった。

 

 

 生きている限り、苦しみ続ける事。大罪の意識に苛まれ続ける事。後悔を、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが彼女の―――ザナレイア・フラウフェーンの贖罪だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 空港に降り立ってまず肌寒いと感じたのは、その都市がエレボニアの北方に位置している事にも由来するのだろう。

 

 

 《黒銀の鋼都》ルーレ―――帝国四大州であるノルティア州の州都でもあるその都市は、四大貴族が一角、<ログナー侯爵家>が治める場所でもある。

 

 人口20万人を擁するその都市は、鉄鋼と重工業によって著しい発展を遂げた巨大導力都市であり、エレボニア帝国における近代文明の発信地である。

 その文明を支えるのは都市の北方に位置する皇族の所有地『ザクセン鉄鉱山』。アイゼンガルド連邦の一端に位置するそれは、古くからエレボニアの重要補給基地としての役割を担い、現在に至るまで重要視されている。

 

 その他、学術都市としての一面も持ち合わせており、都市の西部には帝国全土は元より、外国からも留学生が多く集う教育機関『ルーレ工科大学』が拠を構えている。

 その大学が著名である理由には、かの『導力革命』の立役者であるC・エプスタイン博士の三高弟が一人、G・シュミット博士が学長を務めているほか、帝国における導力器(オーブメント)普及に於いて大きく尽力したという成果も挙げられる。

 

 

 

「贔屓目と思われるかもしれないけれど、エレボニアはルーレを失えば機甲戦力の凡そ4割を失うと言われてるわ。そのくらい、戦術的な面でも重要な都市なのよ」

 

 複雑ではあるけどね、と。アリサはA班一行をシャロンと共に先導しながら呟くように言った。

 

 古くから鉄鋼産業と戦争は切っても切り離せない因縁の間柄だ。どれほど人間の為を思って作られた製品であろうと、少しばかり視点を変えてみれば人間を大量虐殺する兵器に早変わりするなんて事は良くある話である。

 ルーレもその例に漏れず、導力革命が起こる以前からそうした産業に手を伸ばしていた。そしてその産業を今現在も常に最前線でリードし続けているのが―――。

 

 

「……おっきい」

 

「《カレイジャス》からも見えてたけど……あはは、間近で見るとちょっと怖いくらいだね」

 

 ルーレ市の中心。そこに聳え立つのは摩天楼と形容するのが最も似つかわしい超高層ビル。最先端の技術を詰め込んで建築されたようなそれは、首都であるヘイムダルですらお目に掛かれない「非常識」な建築物だった。

 RF本社ビル―――リベール王国の《ZCF(ツァイス中央工房)》、カルバード共和国の《ヴェルヌ社》、そしてレマン自治州に本社を構える《エプスタイン財団》らと肩を並べる巨大重工業メーカー《ラインフォルトグループ》の本拠地である。

 

 その異様さに初見組が唖然と見入ってる中、以前訪れた事のあるクロウが至って自然体のままのレイに声をかけてくる。

 

「何だ、お前はやっぱ見入らねぇのな、レイ」

 

「そりゃあこちとらこれよりデカいビルをクロスベルで見てきたばかりだしな。あとこれより低いけどツァイスの中央工房もそこそこデカかったしな」

 

「そうか、お前元々リベールの遊撃士協会に居たんだっけか」

 

「ツァイスはいいぞー。仕事終わりに温泉入れるし、メシは美味いし、時々発明チート一家のせいで街中パニックになったりで飽きないしな‼」

 

「最後だけ怖ぇな‼ 何が起きてんだよツァイス‼」

 

「ボヤ騒ぎはデフォ。下水管の一部が破裂したり、爆発音が鳴り響いたり、怪音が一日中鳴り響いたり、変な機械で魔物を誘き寄せたり―――まぁそんな感じだな。いつも通り過ぎて訓練されたツァイス市民は「あぁ、またあのアホ一家が何かやったか」としか思わなくなってる。アレはマジで凄かった」

 

 まぁその後、鬼の形相をした工房長が怒鳴り込むまでがワンセットなのだが、それもまた由緒正しいツァイス名物である。

 そうした事がルーレでも起きるのかとアリサに視線を向けてみると―――彼女は「何を言っているんだ」と言わんばかりにドン引いた表情を見せていた。

 

「生憎とルーレはそんな世紀末みたいな場所じゃないわよ」

 

「馬鹿め、世紀末みたいな場所ってのはクロスベルの裏路地みたいな場所を言うんだ。一歩踏み込めばマフィアかチンピラの巣だぞ。ストリートファイトなんて日常茶飯事だぞ」

 

「俺はつくづくエレボニアに生まれて良かったと思ってるよ」

 

 今度はリィンに溜め息交じりにそう言われ、レイは思わず失笑した。

 ああいう場所はああいう場所で良いところも普通にあるのだが、確かにエレボニアにはああいう「どこか非常識な場所」というのは―――今まで見てきた中には存在しない。ノルド高原は中々に面白い場所ではあったが、そういうのとはまた別物なのだ。

 

 そんな実入りはない会話を続けていると、街の中心部へと辿り着く。

 ルーレ市は「上層」と「下層」というブロックに大きく分けられており、二つの区画を行き来するには階段かエレベーターか、もしくは巨大なエスカレーターに乗らなくてはならない。

 この”エスカレーター”もレイはツァイスにいた時に良く利用していたが、やはりリィン、エリオット、フィーの三人は見慣れていなかったようで、「動く階段」というものに興味津々な模様であった。

 

 そして、エスカレーターを登り切ると正面に現れたのがRF社の本社。帝国を代表する大企業と言うだけあり、近くにある駐車場には取引に来ていると思われる企業の人間が乗ってきたらしい高級車が何台も停められていた。

 

「う……流石に気後れするね」

 

「気にすることないわよ。あれば見栄えを気にしてる場合もあるから。大口取引っていうのは顔を合わせる前から始まってる事もあるのよ」

 

 涼しい顔でそう言うアリサの様子はどことなく母親に似ていると思ったレイであったが、恐らくそれを口走ろうものならば烈火の如く怒られるだろうと口を噤むと、シャロンがその様子を見て微笑んでいた。

 心を見透かされていたことに対してバツが悪くなったレイは何となく駐車場に止まっていた車を一瞥し―――その中に見覚えのある車を見つけて思わず固まった。

 

「? どうしたんだ、レイ」

 

「あー、いや……もしかしたら俺の知り合いが商談に来てるのかも」

 

「ほー。流石顔が広いなぁ、お前。車のバイヤーとかも知り合いにいるのかよ?」

 

「クロウ……お前、俺がこんな顔して話す知り合いがそんな「温い」人間だって思うか?」

 

 そのワントーン低い言葉に、全員の顔が引き攣る。……唯一フィーだけはいつものように無表情だったが。

 とはいえ、今更この少年がどれだけヤバい存在と知り合いであろうと驚かない程度にはⅦ組の面々は鍛えられていた。しかしながら進んで藪蛇を突き出す勇気もなかったので、全員が聞かなかったことにしてRF社本社ビルの中に入っていく。

 

 

 エントランスは、その外観に相応しい豪華さであった。

 とはいえ、貴族の館などの”画一的な美”とはまた違う、言ってみれば”実用的な美”を表現しているかのような内装に、再び視線が釘付けになり、或いは様々なものに目移りしてしまう。

 

 エントランスの商談スペースで担当者と取引をしているどこかの企業の人間や、見学に来た親子などもいる。見学者や時間を持て余した関係者などが見ているのは、一区画に設けられた新作の導力自動車や導力戦車のディスプレイ。

 その広さは、『オルキスタワー』のエントランスにも引けを取らないどころか比肩するだろう。

 

「これは……凄いな」

 

「興味があるの? リィン」

 

「まぁ、一応男子だしな。こういうのには興味あるさ」

 

 その言葉に、図らずもレイとクロウが同意して頷く。最新鋭の機械仕掛けというのは、いつまで経っても男の浪漫である事には変わりない。エリオットは残念ながら困ったような表情を見せていたが。

 

「そ、そう。……何なら私が後で案内してあげるわ」

 

「あ、ありがとう。そ、そうだ。レイとクロウも―――」

 

「しゃあっ、クロウ‼ 一緒にディスプレイ見て回ろうぜ‼」

 

「おうそうだな‼ 手始めにあの戦車から行ってみっかぁ‼」

 

 嫋やかなアリサの誘いに恥ずかしくなったリィンからの言葉を、レイとクロウは抜群のコンビネーションで「聞かなかったこと」にする。

 気恥ずかしさを抱くのは良いが、そこから逃げようとするのはいただけないなと、敢えて心を鬼にして救いの手は差し伸べない。

 

 その後、逃げ場を失ったリィンがアリサの申し出を受ける様子を一同でほほえましく眺めていると、エントランスの奥の方から一人の初老の男性が焦ったような様相でこちらに向かって来た。

 

 

「アリサお嬢様‼ ……お久しぶりでございます」

 

「あ、ダルトンさん、お久しぶりです。学院側の予定で3日間程こちらに滞在する事になって……」

 

「伺っております。(わたくし)もお嬢様のお元気なお姿を見れて嬉しゅうございます」

 

 するとその男性は、レイたちの方へと視線を向けて深々と恭しく一礼をした。

 

「お初にお目にかかります、ご学友の方々。(わたくし)、このRF本社ビルの支配人を務めさせていただいております、ダルトンと申します」

 

 こちらこそ宜しくお願いします、と一同も礼をすると、ダルトンは徐にリィンとクロウとエリオット―――つまりA班のレイ以外の男子勢に失礼がない程度の視線を向けた。

 

「? どうかしましたか?」

 

「あぁ、いえ。本日皆様がいらっしゃる事はシャロンさんから伺っていたのですが……」

 

 そこで彼は一拍を置き、恐る恐ると言った様子で再び口を開く。

 

 

「その……お嬢様のボーイフレンドの方もいらっしゃるとの事でしたので―――」

 

 

「シャロンんんんー‼ あからさまに露骨な形で外堀埋めていくの止めてやれって俺言ったよなぁ⁉ 意外と辛いんだぞコレ‼」

 

「あら、申し訳ございません。しかしこれは会長の極秘のご命令でございまして……」

 

「如何にも「自分は悪くありません」的な体で言ってんなら、まずはその手の中のカメラをしまえ」

 

 ひとまずカメラを没収してからふと二人の方を見てみると、案の定アリサの方は機能停止寸前まで追い込まれており、リィンの方も顔を赤くして別の方向を向いていた。

 その様子を見てダルトンは察してくれたのかそれ以上の追及はなかったが、頭から蒸気を上げつつグッタリとしてしまったアリサにリィンが肩を貸す形で、そのまま23階の会長室まで直通で繋がる関係者用エレベーターに乗り込んだ一同。

 

 普段はそうした状況を茶化すような性格のクロウも、流石に場の空気を呼んだのか、苦笑しながらただ見守るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

「前に学院で会った時よりもやつれたわね、アリサ」

 

「やつれたのはついさっきよ……数分で数キロは軽く痩せた気がするわ……‼」

 

 

 RF本社ビル、23階会長室。

 広い部屋の中に設けられた重厚な執務机。卓上には積み上がった書類と幾つもの電子機器が置かれており、彼女―――イリーナ・ラインフォルトは、仕事を同時進行で進めながら自らの娘に対して言葉を投げた。

 

「精神的疲労で痩せている程度ではまだまだね。なまじ貴女にとってストレスでもない事でその有様では、先が思いやられるわ」

 

「う……悔しいけれど反論できない。…………ちょ、ちょっと待って母様‼ なんで私がやつれてる理由を知って―――」

 

「跳ねっ返りで融通の利かない娘を選ぶ奇特な男性を逃がすと思って?」

 

 そう言ってイリーナは鋭い眼光をリィンに向ける。一瞬だけ気圧されたリィンであったが、普段から眼光での威嚇に慣れていた彼は、すぐさま毅然とした態度に立ち戻る。

 その様子を見て満足したのか、イリーナはすぐに視線を娘の方へと戻した。

 

「まぁいいわ。お互い時間もないでしょうし、さっさと要件を済ませてしまいましょう」

 

 差し出してきたのは一枚の封筒。いつもの通り、実習内容が書かれた用紙が入っているものだった。

 そうしている間にも、イリーナは右手でキーボードを高速タイピングしながら机の上に置かれた書類に目を通している。多忙という言葉だけでは片付けられないほどであるという事は自明の理であり、それが分かっているからこそ、おざなりな態度を取り続ける母親に対してアリサは口を噤んだ。

 

 以前の、それこそ入学したて頃のアリサであれば、その態度に対して異議も唱えていたであろう。主観的に見れば子に注ぐ愛情など微塵も感じない仕事人ぶりだ。

 だが、様々な経験をしてきたからこそ、今のアリサには分かってしまう。母が多忙を極めているのはいつもの事。先程の件も、あれも母親なりに自分の恋路を後押ししてくれた結果なのではないだろうか、と。

 ……まぁ、「後押し」というよりは「突き落とし」という表現の方が似合っているような気がしなくもないのだが。

 

 

「―――あぁ、言い忘れていたわ」

 

 アリサが複雑な気持ちに煩悶していると、徐に再びイリーナが口を開く。

 また小言の類かしら、と半目になったアリサの予想とは反して、その内容は現実的なものだった。

 

「無事に実習を終えたいのなら、鉄道憲兵隊と領邦軍には関わらないようにしなさい。侯爵家に関しても、今回は立ち入る必要もないでしょう」

 

「え……?」

 

「学生らしく、常識の範囲内で頑張りなさい。―――一応、学院の理事としての”忠告”よ」

 

 その言葉には、確かに士官学院の理事としての威厳が籠っていた。

 その忠告が一体何を示しているのか、理解できたメンバーは少なかったが、その理解していたメンバーの一人であるレイの制服の襟の部分を、イリーナは去り際に掴んだ。

 

 

「うぇ?」

 

「さてシャロン、数時間ほど彼を借りるわよ。夕方前には戻せると思うわ」

 

「畏まりました、会長」

 

「いやいやいや、畏まりましたって何が⁉ 説明、説明プリーズ‼」

 

 仕事漬けの人間、それも女性とは思えない力で引きずられていくレイが珍しく困惑した様子でそう声を挙げると、イリーナはピタリと止まる。

 

「貴方にラインフォルト(ウチ)の仕事の何たるかを覚えて貰うのよ。今から数件程度取引現場に行くから、ボディーガード兼秘書として着いて来てもらうわ」

 

「クロスベル時代のデジャヴ‼」

 

「安心なさい。今回は比較的楽な案件だから、素人の貴方でも対処できるでしょう」

 

「ちょっとガチで外堀埋めるの止めてくれます⁉ 秘書⁉ やれと言われりゃやりますけど‼」

 

 

「やるんだ」

 

「やるのか」

 

「遊撃士時代のワーカーホリックがまだ完全には抜けてないね」

 

 染みついた性質はかくも厄介なものなのかと改めて理解した一同を他所に、レイはさして抵抗もせずに首根っこを掴まれてそのままズルズルと引き摺られていった。

 

「……あれに比べれば私はまだマシな方だったかしら」

 

 もうすぐ悟りの境地に入れるのではないかと思うほどに達観した表情を垣間見せたアリサを見て、シャロンが口に手を当てて上品に笑う。

 

「レイ様の件はご安心くださいませ。社会科見学の一環という事で既に学院側に許可は取っておりますわ」

 

「かつてこれ程ハードワークな「社会科見学」はあっただろうか……いや、ない」

 

「僕だったら絶対にお引き受けしたくないなぁ」

 

「レイ、ご愁傷さま」

 

 せめて実習に影響がない程度には、と。全員が心中で女神(エイドス)に対して祈りを捧げてから、シャロンに先導されて23階のフロアを後にする。

 

 

 そして再び1階のフロアに足を踏み入れた時に、まずリィンが気付いた事は、商談スペースにいた人物が丸々入れ替わっている事だった。

 

 リィン達がこのエレベーターから23階に行ってイリーナと言葉を交わし、再びこのフロアに戻ってくるまで、恐らく20分も掛かっていなかっただろう。

 だというのに、商談をしている人物の顔が軒並み変わっているという事は、皆それ程分刻みでの行動を余儀なくされているという事だ。

 

「フリースペースで商談している人たちは比較的早く終わるわね。ウチはまぁ、自慢するわけではないけれど大企業だから、1日に訪れる他企業の人の数が膨大で、時間をかけてると捌ききれないのよ」

 

「せわしないね」

 

「その分、大口取引のお客様は上階の個室にお招きして上級役員の方々が時間をかけて対応されておりますわ。―――ちょうど、あちらのお客様のように」

 

 シャロンのその言葉に一同がエレベーターの方に視線を向けると、ちょうどタイミングよくその「じっくりとおもてなしをするお客様」が出てきた所だった。

 しかしレイ達は、役員と思しき男性の後に続くように出てきた人物を見て、思わず目を疑ってしまう。

 

 

「本日もありがとうございました。今後とも何卒宜しくお願い致します」

 

「いえいえ~。此方こそ毎度良い商品をご提示いただいて助かっております~。次回の商談も宜しくお願いしますね」

 

 役員に何度も頭を下げられているのは、黒を基調として赤のアクセントが入ったスーツを着込んではいるものの、見た目の年齢は十代の中盤にあるかどうかと見間違うばかりの幼い容姿をした栗色の髪の女性だった。

 容姿に比例した高い声と間延びした声調からはとても「お得意様」という雰囲気は感じられなかったが―――しかしレイとフィーという実例を見ている以上、見た目だけで中身まで判断するのは間違っているという事をⅦ組の面々は分かっている。

 

 その女性は終始笑顔を浮かべたままに書類を挟んだファイルを小脇に抱えて鼻歌まで歌いながら正面出口の方へと歩いていく。

 その過程で一同のすぐ横を通り過ぎた時―――リィンは直感で感じ取った。

 

「(これ……って)」

 

 ()()()()だ。―――勿論それはただの比喩表現ではあったが、その女性からただならぬ雰囲気をすれ違った一瞬だけ感じ取ったのは確かだ。

 それは、入学式直後のフィーや、追い詰められていた時のレイが醸し出していたモノと一緒……つまり、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何者なのか、と疑問に思い、咄嗟にその女性を目で追うために振り向くと―――その女性はリィン達の方を既に振り向いていて、変わらない笑みを浮かべていた。

 

 

「ツバキさんから聞いていましたけど……フフッ、聞いた通り面白そうな人たちですねぇ」

 

 腰まで伸びる長い髪を棚引かせ、女性は悠然とリィン達の手前まで歩いてきた。その様子を見ながらリィン達は、しかし何故だかその視線に射すくめられるように動けなかった。

 すると女性は、不意に視線をシャロンの方へと動かした。

 

「お久しぶりですー、シャロンさん。お邪魔しておりますね」

 

「毎度お取引きいただき誠にありがとうございます、カリサ様。―――えぇ、お久しゅうございますわ」

 

 一見すればそれは顧客と会社関係者の挨拶のやり取りのようにも見えたが、一概にそれだけではない事は分かってしまう。

 それは先程、彼女自身が口にした人物の名からも推測する事ができた。

 

「えっと、その、「ツバキさん」って、もしかして―――」

 

「……あぁ、そう言えば一度お話ししたと言ってましたねー。えぇ、その「ツバキさん」で間違いありません。折り紙好きのブラコンさんですよ」

 

 以前、レイが寮から失踪した時に一度だけ式神越しに言葉を交わした人物の知り合い―――という事は、目の前の女性はレイの《結社》時代からの知り合いという事になる。

 思わず身構えそうになったが、彼女はそれすらも見越していたのか、行動する前に言葉を滑り込ませてきた。

 

「あぁ、自己紹介がまだでしたねぇ。これは失礼しました~」

 

 緊張感などは微塵も感じさせない口調。しかしながら、それを咎める気は全く起き上がらない。

 そしてその雰囲気こそが何よりも合っているのだと、出会ってまだ数分のリィン達にすらそう思わせる程の自然体。

 

 

「私、猟兵団《マーナガルム》 《五番隊(フュンフト)》兵站班主任を務めさせていただいています、カリサ・リアヴェールです。―――宜しくお願いしますね~。トールズ士官学院特科クラスの皆さん」

 

 

 衒いも躊躇いもせずに、彼女はただ、笑顔でそう告げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 どうも。『討鬼伝2』買いました。十三です。今現在プレイしております。モノノフの血が騒ぐぜぇ‼
 やっぱり武器は薙刀が至高(※個人の感想です)。


 さて、ルーレに到着した一行ですが……どうですか、初手からこのカオス。
 本当はここまでではなかったんですが、書いている内に悪ノリしました。プロットが必要最低限しかないから、こういう事は頻繁に起こります。リア充は徹底的に弄っていくスタイル。

 この時点でルーレに居る、もしくは潜伏している、もしくは潜伏しようとしている人物を改めて挙げてみると―――うわ、コレヤバいですわ。

 そして今回の新キャラの簡易解説を以下に記述しておきます

■カリサ・リアヴェール
 元ネタは『戦場のヴァルキュリア3』に登場する兵站員兼戦車操縦士のカリサ・コンツェン。
 《マーナガルム》が誇る(?)二大守銭奴の一人にして、《五番隊(フュンフト)》兵站班主任。座右の銘は「神様はお客様じゃなくてお金様」。
 「金の恨みは恐ろしい」を体現しているお方。彼女と値切り交渉をして勝利した暁には兵站班か経理班の猛烈なスカウトが待っている。



PS:『英雄伝説』『Fate/』に次ぐ第三の小説を1話だけ投稿いたしました。もし興味があれば覗いて行ってくださいませ。

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