英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

111 / 162
混沌模様の企業見学 ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中にイリーナ・ラインフォルトから手渡された当日の特別実習は、数時間で片付ける事ができた。

 

 既にやり方の手筈を整えるのも慣れてきた手配魔獣の討伐や、ルーレの都市部を駆け巡って行った《RFストア》のヨハン主任からのARCUS(アークス)の通信強度の調査、そして工科大学の研究員から依頼された希少金属の捜索まで、リィン達はこれまでに培った経験とフットワークの軽さを如何なく発揮し、地元民であるアリサの協力も受けて恙なく終わらせられた。

 

 その結果、自分たちの実力が確かに上がっている事を確認できた反面、少しばかり物足りなさを感じてしまったのは嬉しい悲鳴と言うべきだろうか。

 

 

 

「いやー、食った食った。居酒屋って聞いたからボリューム心配してたんだが、まさかあんな特大ステーキにお目に掛かれるとはな‼」

 

「よっぽど空腹だったんだな、クロウ」

 

「ザクセンとの往復の山道がキッツくてなぁ。そりゃ腹も減るだろ。そういうお前だって普通にスタミナステーキ平らげてたじゃねぇか」

 

「……最近カロリー計算を完全に忘れてる自分が怖いわ」

 

「……食べておかないと後が怖いし」

 

「僕も学院に入学する前までは小食だったはずなんだけどなぁ」

 

 アリサの幼馴染が店員をしているという店で少しばかり遅めの昼食を終えた五人は、特にあてもなくブラブラとルーレ市内を見て回っていた。

 特段サボっている、というわけでもない。今までの特別実習先でもそうだったが、こうして街を歩いていると困っている人を発見できる時が、ままある。そうした人を見つけるセンサーを張りながら、聳え立つ巨大な導力ジェネレーターが見下ろす街を散策していた。

 

 そうして依頼遂行中は張り詰めていた神経を解きほぐして歩いていると―――否が応にも思い出してしまう事がある。

 

 

 

「《マーナガルム》、かぁ……」

 

 エリオットが思わず小さな言葉で呟いてしまった言葉に、他のメンバーも反応する。

 それは何かを引き摺るような反応ではなく、変なことを思い出してしまったとでも言いたげな苦笑ではあったが。

 

 

 

 実習依頼に向かう前、カリサ・リアヴェールという女性が何の躊躇いもなく口にした所属組織の名前。

 彼女自身はそれ以上深く踏み込むことはなく、意味ありげな微笑を浮かべたままに本社を後にしてしまったが、残されたリィン達は無論納得がいかない様子でただ立っている事しかできなかった。

 

 猟兵団という組織自体良い印象があるとは言えない。フィーという例外こそあるが、猟兵団や傭兵団が小国などの戦役に関わると治安が際限なく悪化し、結果的に存亡の危機につながるというのは珍しくもない話だ。

 ミラで雇われ、ミラで動き、戦場で戦う者だけでなく、必要とあらば民間人であろうとも容赦なく惨殺する。……やはりその在り方を許容は出来なかった。

 

 あの女性もその一員であると考えると、それに付随するようにレイの事を考えてしまいそうになったところで―――タイミングを見計らったかのようにシャロンが言葉を差し挟んだ。

 

 

『猟兵団《マーナガルム》は、元は《結社》が抱える強化猟兵団の一団でございました。―――レイ様が《執行者》であられた頃、率いておられた方々でしたわ』

 

 その言葉を聞いて―――然程驚かなかった事自体に驚いたが、しかし思い返してみればそれを裏付ける要素はあった。

 個人の強さのみで突き歩いていれば決して得られないであろう、教導と統括の才。噂では武人の中でも《(ことわり)》に至った者は森羅万象、あらゆる状況に対し非凡な才を発揮すると言うが、レイのそれは、恐らくそういった類のものではない。

 その目で見、その体で体験し、骨の髄まで刻み付けたモノなのだろう。

 

 それでも、彼が非道をも為す猟兵を率いていたという事実に対し僅かばかり忸怩たる思いを抱いていると、今度はフィーが言葉を挟んできた。

 

『……《マーナガルム》は猟兵界隈ではちょっと変わった一団だって有名だった。戦場では一切容赦しないし、個々の練度だと《赤い星座》や《西風の旅団》にも引けを取らない強い猟兵団だって聞いたけど……民間人には絶対に手を出さなかったし、そもそもそういった依頼は一切受けたことがなかったんだって』

 

 レイが率いてたならそれも納得かな、と動揺する素振りも見せずにそう言って見せたフィーの言葉に、他のメンバーも漸く納得した表情を浮かべた。

 

 曰く、”正義の猟兵”。「殺すべき者を殺し、生かすべきものを生かす」を絶対の信念として戦場を渡り歩く彼らを、いつしかそう呼ぶようになったらしい。 

 とはいえ、彼ら自身はそう呼ばれるのを忌避している節があると、そうシャロンは言った。

 

『「猟兵はどこまで行ってもミラで人を殺す外道商売。そんな我々が正義を語るなど片腹痛い。死神が在るべきはいつだって煉獄に一番近い場所だ」―――そう《マーナガルム》の団長様は仰っておられましたわ。それでも民間人不殺の誓いを守り続けておられるのは……間違いなくレイ様が今でも信頼され続けている証に他なりません』

 

 身の置き方こそ異なっていたかもしれないが、レイ・クレイドルは昔から”そう”だったのだ。

 関係のない人間が巻き込まれるのを極端に嫌う。無意味な犠牲が出る確率をとことんまで潰していく。―――そうでなければ、身内の責任で他人に害が及ぶ時に本気で怒れるわけがない。

 

 そんな彼らだから、ラインフォルト社は真正面から武器やその他諸々の売買を行っているのだろう。どう足掻いても人殺しに使われるのが武器の本懐であるならば、非道であっても外道ではない道を歩む者達に売りたいというのが製作者としての本音なのだろうから。

 

 

 シャロンの話では、レイは既に団の運用からは退いているという話ではあったが、少なくともレイを連れ戻そうと決心したあの夜に式神を通じて声を送ってきた”ツバキ”なる人物の声を聴く限り、今でも慕われているのは確かなようだ。

 

 確かに”らしい”なと思うのと同時に、先ほどまで僅かに抱えていたやりきれない思いはどこかに消えてしまっていた。

 残ったのは、変な心配をしてしまったという少しばかりの精神的疲労だけだった。

 

 

 

「……ま、詳細はいずれ本人の口から聞こうか。いつもみたいに」

 

『『賛成』』

 

 こういった案件の扱いも充分慣れてきたなぁとしみじみしていると、いつの間にか一行はラインフォルト本社ビルの前までたどり着いていた。

 そこでふと、リィンが再び数時間前の事を思い出した。

 

 

 

 

「……そういえば、アリサ」

 

「? どうしたの?」

 

「ラインフォルト社を案内してくれるってさっき言ってくれたけど、良い機会だから頼めないか?」

 

 リィンのその言葉に、アリサは数時間前、自分が勢いに任せてそんな事も言ったなぁと内心赤面しながら思い出した。

 とはいえ、エレボニア国内のみならず、ゼムリア大陸に名を轟かす重工業メーカーの会長の一人娘として、彼らに実家の仕事の様子を見せる義務が、アリサにはあった。

 本来であればリィンと二人きりが良かったのだが、これも特別実習の一環として、全員で回らなければ意味がない。その程度の分別はついているつもりだった。

 

「……そうね。言い出したのは私だし、構わないわよ」

 

「ありがとう」

 

「っ……‼」

 

 ただし、そんな思惑とは裏腹に自分の感情を内にしまい込んでおくのが限界だという事も分かっていた。

 とりあえずリィンからは見えない位置でいやらしい意味のハンドサインを送ってきているクロウを後でしばき倒す事を決定させたアリサは、そのまま全員を連れて再びランフォルト本社に戻った。

 

 しかし、いくら会長令嬢の身の上とは言え、幾つかの手続きをしなければ本社見学は出来ない。

 ひとまずダルトン支配人に許可をもらおうと受付に足を運ぼうとした時、アリサの後ろから音もなく書類が一枚差し出された。

 

「ではお嬢様、こちらの方にサインをいただけますか?」

 

「えぇ……うん。分かってたわ」

 

 ここで驚愕の声を漏らさない程度には慣れきってしまった事に心中で溜息を吐きながら、アリサはシャロンが差し出したボードに挟まれた書類を受け取り、制服のポケットから取り出したペンでスラスラと名前を記述していく。

 

「これでいい?」

 

「ありがとうございます。それでは皆様、ご案内いたしますのでこちらにどうぞ」

 

 そう言って自然な形で前を歩き始めるシャロンと、何事もなかったかのようにその後を着いて行くアリサを見て、他のメンバーは一様にこう思ったという。

 

「やっぱりあの主従は隙が無いな」―――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラインフォルトグループという会社は、言わずもがなの超巨大重工業メーカーを最重要資本として運営している企業である。

 帝国の導力技術の大半を担っている企業であるというのは国内のみならず国外でも有名な話ではあるが、現会長のイリーナ・ラインフォルトは”そこ”で立ち止まる事を良しとしなかった。

 

 即ち、国内のライバル企業が存在しない事による向上心の低下を避けるために、同じ会社の陣営内で常に業績を競わせる体系を築き上げたのである。

 

 つまるところ、各部署で独自の企業戦略を練り上げて運営を行っている為、イリーナ自身も全体は把握しきれていないのが現状ではある。

 運営の大半は彼女の下に就いている取締役が委託される形で執り行っており、イリーナはそんな中で導力通信技術や戦術導力器などの時代の最先端を行く部署である『第四開発部』を直轄下に置いて、そこの運営を執り行っているのが現状だ。

 

 

「それじゃあ、他の部署はどうなっているんだ?」

 

「『第一製作所』『第二製作所』『第三製作所』はそれぞれさっき説明した取締役の人達が運営しているわ。それぞれ代表者である取締役の方針で貴族派・革新派・中立派に分かれてはいるけれど……ま、そんな単純なものじゃないわね」

 

 組織という存在は巨大になればなるほど一枚岩という概念から遠ざかっていく。それは誰の目から見ても明らかであり、無論アリサも知っていた。

 ラインフォルトという超巨大企業ともなれば尚の事。一つの部署内ですら大小に関わらず派閥争いが存在している現状では、部署の経営を取り仕切る取締役の経営方針も満足に行き渡っていない。

 それでも敢えて言い表せば、アリサが言った通りの内訳でそれぞれの製作所が常に業績を競い合っていた。

 

「鉄鋼や大型機械全般の生産を担当する『第一製作所』、銃器や戦車などの兵器全般の生産を担当する『第二製作所』、導力列車や導力飛行船などの製作を担当する『第三製作所』―――どれもがラインフォルトグループを構成するにあたってなくてはならない存在であり、未だに業績が右肩上がりで推移し続けている以上、取締役の方々は方針を変えられないのが現状ですわ」

 

「必然的に、部署同士のプライベートの関わりなんて存在しないに等しいわね。私だって、実態は第三と第四くらいしか知らないわけだし」

 

「……? 会長さんの直轄って事で第四と関わりがあるのはまぁ分かるけどよ。第三とも接点があんのか?」

 

「えぇ、まぁね。まぁ話せば少し長くなるんだけど―――」

 

 そんな会話をしながら本社14階フロアの廊下を歩いていると、目の前の休憩スペースの一角に設置してあったソファーの上に、一人の人物が仰向けにぶっ倒れているのが目に入ってしまった。

 

 

 それは、白の研究衣を羽織った女性だった。

 恐らく腰辺りまで伸びている手入れの行き届いていない紫色の長髪をソファーの上どころか床にまで届こうかというほどに投げ出しており、同じく重力に任せるままに垂れ下されている右手には、恐らく飲みかけと思われる缶コーヒーが握られていた。

 その顔の大半はアイマスク替わりなのか左腕に隠されており、必要最低限の化粧しか施されていない唇の奥からは「あ”~……」という覇気のない声が漏れ出ている。

 

「クソが……クソが……あのクソオヤジいつか呪われればいいのに……具体的には駅のホームで見えない何かに突き飛ばされて列車に轢かれて死ねばいい……あぁダメだ。私が手掛けた子供たちをあんなヤツの血で穢されるなんて我慢ならんわ……」

 

 思わず此方が黙りこくってしまうほどの物騒な言葉を垂れ流しているその姿に、しかしアリサは小さい溜息を漏らしながら「話をすれば……」と呟きながら近づいて行った。

 

「ヒルデさん、力尽きるのはいいですけどちゃんと仮眠室まで行ってから倒れて下さいっていつも言ってるじゃないですか」

 

「……倒れるのは良いのか」

 

 やっぱり自分の知らない世界は闇が深いなぁなどとリィンが思っていると、声を掛けられたその女性は「あ”ぁ”?」と不機嫌を隠そうともしない声色と共にゆっくりと起き上がる。

 だが、眼前で腰に手を当てて仁王立ちしていたアリサを見るなり、表情を一変させた。

 

「おー、アリサじゃないか。久し振りだな。ったく、ちょっと見ないうちに色々と女らしくなっちゃってまぁ」

 

「そういうヒルデさんは相変わらずじゃないですか。ああもう、髪とかボサボサのまんまだし……」

 

「一応さっきまではちゃんとしてたんだがな。気ぃ抜けていくとダメだ」

 

「普段からトリートメントとかサボってるからですよ、もう」

 

 細かい事を気にしない男勝りの女性、というのがリィン達の最初の印象だった。

 白衣を着ているという事は研究員なのだろうが、どちらかといえば現場で汗水流しながら働いている方が絵的には合っている―――そんな感じの人物だ。

 

「ん? そっちの子たちは……あぁ、成程」

 

「えぇ。私が今在学している士官学院のクラスメイトです」

 

 手元に残ったコーヒーを一気に呷ってゴミ箱にスローインすると、白衣の裾を軽く払ってソファーから立ち上がる。

 女性にしては長身で、身だしなみの適当さを除けば普通に美人のカテゴリーには入るだろう。その青色の双眸と相俟って誰かを想起させるような雰囲気ではあったが―――しかしその答えに至る前に女性の方から口を開いた。

 

 

「お初にお目にかかるな、トールズの諸君。私の名はヒルデガルト・ルアーナ。長いからヒルデと呼んでくれ。部下達の間ですらそう呼ばれているからな。

 所属は『第三製作所』。―――そこの開発部チーフと本社取締役を兼任させて貰ってるよ」

 

「あ、はい。自分はトールズ士官学院特科クラスⅦ組のリィン・シュバルツァーと申し―――え”⁉」

 

「と、取締役って、さっき話に出てきた運営を任されてる人?」

 

「……こう言っちゃなんだけど、見えない」

 

 客観的に見れば失礼な言葉を遠慮なくぶつけていうようにしか見えないのだが、ヒルデはそれらの言葉に対して笑みすら浮かべて見せた。

 

「そうだろう、そうだろうよ。元々私の本職は現場の研究員だ。堅っ苦しいスーツを着てお偉方と腹の探り合いなんて門外漢だからな。……とはいえ会長に任された職務を適当に投げ出すのも性に合わん。だからこうして拙いながらに統括させてもらってるのさ」

 

 男勝り―――というよりかは姉御肌と言った方が正しいだろう。

 謙遜ではなく本音ではあるのだろうが、それでも実際ラインフォルトグループの一大部門を任されているのであるならば、優秀であることに違いはない。

 

「アリサは……何だか昔からの知り合いって感じだね」

 

「そうね。ヒルデさんは昔からこんな感じで竹を割ったような性格だから、色々と教えてもらっていたりしたわ」

 

「ラインフォルトが一枚岩でない以上、この子を担ぎ上げて変なことをやらかそうという連中もいないわけではなかったからな。……まぁそういった意味では、君らみたいな学友ができたのは私としても喜ばしい事だ」

 

 ここまで話して分かったのは、この女性は決してアリサの事を特別扱いしていないという事だ。

 支配人のダルトンを始め、ここに来るまでにすれ違った本社の役員たちもアリサの姿を見るなり畏まった様子で接するような人たちばかりであり、呼び方も「アリサ様」か「アリサお嬢様」のどちらかであった。

 

 しかしながら、この人は違う。シャロンとはまた違った意味で、「会長令嬢のアリサ」ではなく、「アリサ個人」の事を案じてくれている。

 

 

「……それで? ヒルデさん今日はどうしたんですか? 荒れる事自体は珍しくないですけど、今日は別に二日酔いってわけでもなさそうですし……」

 

「あ”-……先月の通商会議の時に走らせた『鋼鉄の伯爵(アイゼン・グラーフ)』の走行最終データが揃ったから本社(ココ)に報告に来てたんだけどね。運悪くハイデルのクソオヤジと鉢合わせちゃって……」

 

 また知らない人物の名前が出てきたため、近くに控えたままのシャロンにリィンが聞いてみたところ、どうやら『第一製作所』を統括する取締役の一人とは犬猿の仲らしい。

 その人物の名はハイデル・ログナー。ノルティア州を治める四大名門の一角、ログナー侯爵家当主の弟にあたる人物である。

 

「あンのクソオヤジ、会う度にネチネチネチネチ嫌味ったらしい言葉を吐いてきやがって……ツラ構えからそもそも癇に障るのに全力のドヤ顔とか―――あぁ、思い出す度に腹が立つッ‼ あの貧相なカイゼル髭引っこ抜いて顔面血だらけにしてやれば少しは溜飲が下がるかもしれんが……」

 

「まぁ、こんな感じで本気で仲が悪かったりするのよねぇ」

 

「ゲルハルト閣下はまだいい。あの人は基本的に質実剛健で言わなければいけない事しか言ってこないからな。だが、あンのナヨナヨしたクソオヤジと縁戚関係にあるというだけでもう私のライフは瀕死寸前なんだ」

 

 再び表情を歪ませて髪を掻きながらポケットから取り出した煙草を銜えて火を点けるという、凡そ妙齢の美女がしないでろう行動をごく自然に躊躇いもなくしてみせたその姿に呆気にとられて反応が遅れてしまったが、違和感を最初に指摘したのはフィーだった。

 

「……縁戚関係?」

 

「……あ、そういえば」

 

「えっと、今思い出したんですけど、<ルアーナ>って確か……」

 

「―――あぁ、流石にシュバルツァー男爵家の人間には分かってしまうか。同じノルティア州、それも領地もさほど離れていないからな」

 

「つーことは、ヒルデさん貴族なんすか」

 

「一応は、な。とは言ってもしがない子爵家の人間だ。姉がログナー侯爵家に嫁いでな。その影響で実家は安寧ではあるんだが……まぁ出奔も同然に家を出てラインフォルト社に来た私にはあまり関係ない事だよ」

 

「あ……だから、ですか」

 

 ヒルデが統括している『第三製作所』は、内訳的には貴族派でも革新派でもなく、中立の立場に位置している。それは彼女自身が中途半端な立ち位置であるためなのかという意味合いも込めてリィンが言葉を投げると、ヒルデは苦笑しながら開けた窓の外に向かって紫煙を吐き出した。

 

「確かにそういう意味合いもある。私自身貴族派と言うにはあまりに中途半端すぎるしな。……まぁそもそもその枠組みに入りたくもないんだが」

 

「…………」

 

「私はな、派閥の(しがらみ)とかに一切興味がないんだ。昔から機械弄りが大好きでな。その特技を生かすためにココに入社した。

 実際、充実はしているよ。『鋼鉄の伯爵(グラーフ・アイゼン)』も『ルシタニア号』も、開発費限界まで使って作り上げた最高傑作だったからな」

 

 だからこそ、とヒルデは続けた。

 

「モノづくりに余計な邪念は挟まないのが私のポリシーだ。貴族派だとか革新派だとか、そんな事はどうでもいい。顧客が望むものを、ラインフォルトのメンツにかけて作り上げる。―――古い考えだと自覚はしてるがな、それでも私はそのカタチを崩せないんだよ」

 

 その考えは、技術者でも経営者でもないリィン達にもなんとなくではあるが理解できた。身内の間で派閥争いが激化している中で中立を保ち続ける、その難しさも。

 そしてそれは、混迷が広がるこの帝国内で新たな風を吹かせようとしているオリヴァルトの覚悟とも共通しているものがある。―――不躾だと分かっていながらも、リィンはそう思ってしまった。

 

 加えて、ヒルデの身の上と覚悟を聞いた上で、先程想起した「誰か」の正体を漸く探り当てる事ができた。

 

 

「あの、ヒルデさん。もしかしてアンゼリカ先輩と親しかったりしますか?」

 

「ん? あぁ、アンゼリカを知っているのか。そういえばあの子もトールズの学生だったか」

 

「えぇ。お二人が良く似ていると思いまして」

 

 普段は麗人然としているアンゼリカだが、恐らくあと数年もすればこうなるのではないかと思わせる容姿をヒルデはしている。

 アンゼリカのあの闊達とした性格が生来のものでないとするならば、ヒルデから影響を受けた部分も多いのではないかと思ったのだが、どうやらその通りであったようだった。

 

「まぁ、昔から暇な時にあの子の遊び相手になっていたというだけの事だ。機械弄りの基礎なんかも戯れ交じりに教えていたら意外とスジが良くてな」

 

「アンゼリカ先輩、今じゃ学院内でバイクを作ったりしていますよ」

 

「ほぅ、導力式の二輪車か。実用化させる気があるのなら仕様書と実践データを纏めて私の所に送ってこいと伝えてくれ」

 

 そこまで言うと、ヒルデは吸い終わった煙草の吸殻を然るべき場所に捨て、先ほど掻き散らした髪を最低限手櫛で整えてから再びリィン達に向き直った。

 

 

「ふぅ……つまらない事を訊かせてしまってすまなかったな。ストレスが溜まっていたんだ、忘れてくれ」

 

「……いいえ。身になる事を聞かせていただきました」

 

「それならいいがな。―――あぁ、君たちは社内の見学をしているんだったか。解説役として私も同行しても良かったんだが、生憎とすぐに製作所の方に戻らなければいけなくてな。この辺りで失礼させてもらうよ。

 アリサ、シャロン。後は頼んだぞ」

 

「ヒルデさんも、体には気を付けて下さいよ?」

 

「お任せくださいませ」

 

 二人の返事を聞き、ヒラヒラと手を振りながらリィン達が今まで歩いてきた方へと進んでいくヒルデ。

 しかしその際―――少し後ろに控えていたシャロンの横を通り過ぎる時に、シャロンの口から漏れた独り言のような声を、ヒルデは拾ってしまった。

 

 

「あぁ、そうでした。―――アリサお嬢様にもついに想いを寄せる殿方ができたのですよ」

 

 ピシリ、と。まるで石化の状態異常を食らってしまったかのように、ヒルデの動きが止まる。

 そのまま硬直し続ける事数十秒、やがてヒルデは恨みの感情が籠ったオーラを双眸に宿らせて、シャロンを睨み付けた。

 

「シャロン、貴様……自分が良い男を捕まえただけに飽き足らず、その上更に私に追い打ちをかけるつもりか⁉」

 

「滅相もございません。ただ、ヒルデ様がご自身を顧みられる良き機会になってくれればと思ったまでの事でございます」

 

「ッ……わ、私はまだ仕事が恋人なんだ‼ 羨ましくなんて欠片も思っていない‼ ―――アリサぁ‼」

 

「え⁉ あ、はい‼」

 

 訳が分からず返事をしてしまったアリサに対し、ヒルデは僅かに涙目になりながら矛先を向けた。

 

「恋をするのは一向に構わんが、盲目的にはなるなよ‼ 相手に尽くすだけが愛の形ではないんだ、覚えておけ‼」

 

「そんな事を大声で叫ばないでくださいっ‼ あとなんかアドバイスが変に具体的で怖いです‼ 何があったんですか‼」

 

「訊くなぁ‼」

 

 結果的に追い打ちをかけてしまった形になり、そのまま全速力でエレベーターホールへと走って行ってしまったヒルデを見送り―――そこでまたまた自分が口を滑らせてしまっていたことに気が付き、リィンの方を向いて何度目かも分からない釘差しをリィンに対して行う。

 

「ち、違うんだからね⁉ あれは、その、ヒルデさんがあれで意外に婚期逃がし気味なことを気にしててそれをシャロンがからかったから……と、とにかく―――むきゅ」

 

「わ、分かった。分かったからアリサ、こんな場所でそんな大声で言ったらヒルデさんが最悪社会的に死んじゃうから……」

 

 リィンとて照れてはいるのだが、流石に今回はそれよりも更に追い打ちをかけかねないアリサの言葉を遮る事を優先せざるを得なかった。

 だが結果を先走るあまり、自分の手で直にアリサの口を塞ぐというとんでもない行動を起こしてしまい、その結果どちらも最上級に顔を赤くすることを余儀なくされてしまった。

 

 

「(……ッチ。あれだけやってもまだ駄目なのかよ。あの二人)」

 

「(なんだか最近あの二人の近くにいると息苦しく感じるよ……)」

 

「(……なんだかイライラしてきた)」

 

「(フィーにすらそう思わせるとか流石だわ。誰か俺の代わりに思いっきり壁殴ってくれねぇかなぁ‼)」

 

「(クロウも大概限界が近いよね)」

 

 本来の会社見学という事も忘れて若人ならではの苦悩を味わっている面々を見ながら、しかしシャロンは、敢えて止めようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 






 どうも。ロリコンでは決してない筈なのに、今回のFGOイベを進めている内になんか色々どうでもよくなって来てとりあえずイリヤをお迎えできなかったことを絶賛後悔中の十三です。アホみたいにテンションが低いです。

 それと並行して、『暁の軌跡』もプレイ中です、なんかガチャ引いたら《鉄機隊》の《魔弓》エンネアさんが当たっちゃいました。違和感すげぇ。
 序盤はアーツの威力に不満がありすぎる今日この頃ですが、まぁとりあえず頑張りたいです。

 それと更に並行して『空の軌跡 the3rd Evolution』も今更ながらプレイしています。カシウスさん自重してくださいマジで。レーヴェはもっと自重しろ‼ 範囲クラ使うんじゃねぇ‼



 ―――はい、まぁそんなわけで恒例の新キャラ紹介と参りましょうか。


今回の提供オリキャラ:

 ■ヒルデガルド・ルアーナ 
【挿絵表示】
 (提供者:白執事Ⅱ 様)


 ―――ありがとうございました‼




 そんでもってついでに、レイ君が今現在どんな格好で”仕事”をしているかの解説を以下に張り出しておきます。


【挿絵表示】




 まだまだ続くんじゃよ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。