英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

116 / 162





「死ぬにはいい日など死ぬまでない。いつだって、今日を生きるしかない」
         by 純・ゲバル(範馬刃牙)







無垢なる少女は戦意を纏い -in オルディスー

 

 

 

 

 

 例えば戦場では、適材適所という言葉が重要になってくる。

 戦闘を行う兵士に重要なのは如何なる場所時間状況でも確実に任務を遂行するある種の万能さと、それを実行できる判断力と実行力。

 

 それらの配下を、状況に応じて的確に配置していくのが、指揮官としての役目だ。それが、大陸随一と謳われていた猟兵団の連隊長を務めていた身ともなれば尚更骨の髄まで理解している。

 

 

『オレらはカイエン公の護衛につかなアカンからな。そっちの仕事はお前に任せるわ』

 

『元より、こういった仕事はお前が適役だろう。俺達では、()()()()()()()()()()かもしれんからな』

 

 ゼノとレオニダス(同輩たち)にそう告げられたのはある意味正しい事だと今でも思っているし、不満もない。

 元より自分は野戦よりも市街地戦で活躍できる部類の武人であり、であるならば確かに適任であると言えた。

 

 ……今更、()()を手に掛ける事に罪の意識は覚えない。

 団の一員として活動していた頃は、戦闘の妨げになる存在は容赦なく潰してきた。滞在していた村を囮にして攻められた時などは躊躇なく村人を見捨てていたし、必要があれば民間人を手に掛ける事も幾度となくあった。

 故にこそ”死神”。人々に畏怖され、貶され、汚らわしく思われる存在。猟兵とは、そういったモノなのだ。

 

 だが、今回の標的(ターゲット)となる人物の写真をもう一度確認してみると、僅かに胸が軋む。

 今更そんな感情は抱かないと思っていたし、そもそも抱く事自体が罪だと思っていた。

 しかし、同じ年頃の女の子を見かける度に、思い出す事がある。自分たちが突き放さざるを得なかったあの子は、果たして元気にしているのだろうかと。

 

 

 そんな事を思うと、自然と苦笑が漏れてしまう。

 いつまでも保護者面ではいられないのは自明の理。彼女は彼女なりに新しい自分の人生を歩んで欲しいと願ったのは自分たちの筈ではなかったのかと。

 

 そう思いながら、彼女は自らの得物を手に持つ。

 死神はいつだって、己の仕事に私情を持ち込まない存在なのだと、そう心に言い聞かせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひょっとすると色々と杞憂だったのではないかと思ってしまう程に、実習二日目の朝は平和に過ぎ去っていった。

 

 今まで地獄のような訓練や死地を潜り抜けてきた彼らにとって、郊外の魔獣退治や物の修理依頼、または物資運搬の手伝いや遺失物の捜索などは手慣れたものである。

 依頼を並行作業で同時に行うコツなどは、そういった苛酷な業務を日常茶飯事でこなしてきたレイのアドバイスのお陰で既に習得済みであり、ユーシスがきっちりとタスクマネジメントをこなした甲斐もあって、昼を迎える頃にはあらかたの依頼をこなしてしまった。

 

 暇を持て余す、というのはユーシス的にはあまり歓迎できるものではないのだが、提示された分の依頼は終わってしまったのも事実。

 そこでオルディス市内にあった、評判の良い海鮮料理を出すレストランで昼食を取りながら、メンバーにこれからの行動について意見を求めた。

 

「このままホテルに戻って一日を終えるのは流石に無駄な時間の使い方だ。それだけは避けたい」

 

「成程、そうだな。これから何度オルディスを訪れる事ができるか分からない以上、経験できることは経験しておきたい」

 

「とはいえ、オルディスは広いからな。何かをするにしても、目的が無ければ中途半端になる」

 

「目的……目的ですか」

 

「すぐには思いつかない、というのが正直なところだな」

 

 むぅ、と悩む一同をよそに、大盛りの海鮮パスタをペロリと平らげたミリアムが「はいはーい♪」と手を挙げた。

 

「ボク行きたいところがあるんだけど、一人で行ってもいいかなー?」

 

「み、ミリアムちゃんダメですよ‼ 今のミリアムちゃんは危ないってユーシスさんも―――」

 

 エマが保護者的な観点から諫めようとしたところで、ユーシスが制する。

 ニコニコと、いつもと変わらない無垢な笑みを浮かべたミリアムを正面から見据えて、ユーシスは浅く息を吐いた。

 

「貴様の事だ、どうせ口疚しく言ったところでいつの間にか消えてるのがオチだろう」

 

「え⁉ じゃあ良いの⁉」

 

()()()()()()()()()()()()()好きにしろ。貴様仮にも()()なら少しは自重して動け。いいな?」

 

「はーい♪」

 

「ユーシス、私が言うのも何だが、多分ミリアムは分かっていないぞ」

 

 ラウラが言うが早いか、ミリアムはそのまま椅子から飛び降りると、親から遊ぶ許可を貰った子供の如くそのまま店を出て行った。

 昼時という事もあり、出入りが激しいレストランの出入り口を過ぎてしまえば、すぐにミリアムの姿は見えなくなる。その様子を見ながら、ユーシスは少し考え込むような仕草を見せた。

 

 他のメンバーが少なからずミリアムの事を案じながら途端に考え込んだユーシスの次の言葉を待っていると、その輪の中に一人の人物が割り込んできた。

 

 

「おや、これはこれは。久方ぶりの面々がお揃いではないか」

 

 傍から見れば軽口と取れなくもない言葉を掛けながら、ミリアムが去って空いていた席に無遠慮に腰かける人物。

 眉目秀麗、貴族特有の高貴な雰囲気を纏っていながら、その振る舞いはどことなく妖しさと胡散臭さを醸し出す。しかしそれでありながら、言動全てに確たる意志を感じさせるその感触は、一度出会って感じれば、そうそう忘れられるものではない。

 

「―――カーティス、卿」

 

「レグラムでお会いして以来ですな、御息女殿。ガイウス殿とエマ嬢も元気そうで何より」

 

 それと、と。レグラム実習の際にはいなかった二人に視線をやって仰々しい挨拶を続ける。

 

「私はまたしても幸運だ。アルバレア公の御子息とレーグニッツ帝都知事の御子息に会う事ができるとは」

 

「えっと……」

 

「……成程、クラウン伯爵家の。お初にお目にかかる」

 

 アルバレア公爵家が支配するクロイツェン州に領地を持つ伯爵家の現当主という事で名前だけは知っていたものの、ユーシスは実際に会うのは初めてであった。

 それより前にラウラから印象のようなものを訊いてはいたが、成程確かに胡散臭さというか、道化のように振る舞っているかのような雰囲気は感じ取れる。本音を上手く隠すような話し方をしているという点では、アリサが「合わない」と若干憤慨していたのも頷ける。

 

 首筋で纏めた黒髪に、同色の貴族服。容貌は見目麗しいともなれば夜会などでは貴婦人がこぞって寄ってくるだろう。貴族社会という檻の中で大なり小なり窮屈な思いをしている女性らにとって、どこか妖しさを醸し出す言動や雰囲気は魅力的である事だろう。

 

 だが不思議と、ユーシスはそのどこか芝居がかった言葉回しがそれ程鬱屈には感じなかった。

 

「カーティス卿は、どうしてこちらに?」

 

「野暮用でオルディスまで足を運びましてな。しかし折角西部にまで来たと言うのに何もせずに蜻蛉返りというのも少々味気無さが過ぎる。―――そういった考えで、中々評判が良いこのレストランを訪れたという訳ですよ」

 

 これでも食には拘る方でね、と言いながらウェイトレスを呼び止め、手慣れた感じで注文を済ませていく。

 

「諸君らは、以前と同じく学院の課外実習とやらかな?」

 

「は、はい」

 

「ふむ、羨ましい事だ。私がトールズに在籍していた時分にはそのような自主性を重んじるカリキュラムが無かったものでな。無茶や無理が押し通せるのも若い内の特権だ。……あぁ、このような事を言っているとまた御息女殿に年齢にそぐわぬと窘められてしまうな。これは失敬」

 

 言動の一つ一つの真意は推し量れないものの、少なくとも年上だから、貴族であるからと此方を見下すような感触は、ない。

 それが分かっているからか、貴族に対してはまず最初に警戒心を抱くマキアスも、どこか読み量れないと言わんばかりの表情をしていた。

 

 中々にキレ者だという話は、(ルーファス)やラウラから訊いた事があった。

 十代の頃はアルゼイド流の道場に通いつめ、伯爵家の家督を継いだ後は辣腕な内政の腕前を如何なく発揮して見事に領地を治めているという。

 帝国という大きな枠組みで捉えた場合の政治学にも精通しており、アルバレア公爵家を通じて『貴族派』の中でも頭角を現している人物。―――相対して気が抜けるわけがない。

 

「いやしかし、実際若い学生に囲まれるというのは良いものだ。最近は老獪な者達の相手をしていたばかりであったからな」

 

「カーティス卿の辣腕の賜物でしょう。自分としては羨ましい限りです」

 

「はは、余り出しゃばると余計な重荷を背負う事にもなりかねん。生き証人が私だ。留意しておいて損はないと思うがね」

 

 するとカーティスは、レグラムで会った面々の顔をもう一度見渡して「ふむ」と唸った。

 

「しかしまぁ驚きだ。男子三日会わざれば刮目して見よとは良く言うが、ガイウス殿だけでなくエマ嬢もあの時とは雰囲気が違う。歴戦の領邦軍人でもそうそう見れない程だ」

 

「えっと、ありがとうございます」

 

「光栄だ」

 

「そしてそれに勝るとも劣らず―――御息女殿は凛々しく、そして美しくなられた。はは、月並みな言葉で申し訳ないが、惚れ直したと言うべきか」

 

 隠そうともせず好意を示してくるカーティスに対して、しかしラウラは全く動じる事もなく教官に向けるような面持ちのまま言葉を受け取っていた。

 

「我が剣筋、我が武を評価していただいた事は感謝いたします。私にとってそれは何より励みになるお言葉ですので。

 ……ですがやはり、私はカーティス卿の望みに添う事はできません」

 

 レグラムにはいなかったユーシスとマキアスも、つまりは”そういう事”なのだという事は充分に理解できた。元よりガレリア要塞から帰還した数日後に世間話のようなもので訊いてはいたが、実際に聞くと考えていたものよりも情熱的である事が分かる。

 

「……ふむ、粘着質な男は嫌われるというのはいつの時代も世の常だ。過分な言い寄りはここでは控える事としよう。貴女も、学友の前で声を荒げたくはないだろうからな」

 

 だが、それに対してラウラの方はといえば全くと言って良いほど脈が無い。

 ユーシスらにしてみれば恋路に焦がれるラウラの姿の方が想像しにくいのだが、爵位が上の相手に対してここまでハッキリとものが言えるのもまた、彼女の気質に依るところが大きいのだろう。

 或いは、もしかしたら―――。

 

「だがやはり、男としては自信を無くしてしまうのも事実だな。……それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ―――‼」

 

 反射的にだろうか。先程まで平静を装っていたのが噓のように、ラウラは焦燥感に駆られたような表情を浮かべると、そのまま立ち上がって逃げるように店の外へと飛び出していった。

 

「あ、ラウラさん‼ すみません、私ちょっと行ってきます‼」

 

 そしてそれを追うように、エマも店を出る。残ったのは男四人になったが、そこでマキアスが一拍を置いて息を吐いてから静かに立ち上がった。

 

「……僕はミリアムを探して来よう。ああは言ったが、やはり心配だ。ガイウス、君も来てくれるか?」

 

「分かった。付き合おう」

 

 そうして二人も退席すると、残ったのはユーシスとカーティスだけになった。

 好意を寄せる者にお世辞にも褒められない言葉を吐いた後だというのに、カーティスの表情は全く曇らない。今の言動が誤ったものだという自覚はある筈なのに、だ。

 だからこそユーシスには、残った食後のコーヒーをゆっくりと飲み干す程度の余裕があった。

 

「貴君は行かなくても宜しいのか? ユーシス殿」

 

()()()()()()()()()()()このような場を作られたのでしょう、カーティス卿。……自分は色恋にはとんと疎いと自覚していますが、それでも他に取れる方法はあったのでは?」

 

「はは、私は周りが想像している程器用な人間ではないよ。だが、傷つけてしまったのは事実だ。後で誠意を見せなくてはな」

 

 嘘だ、とユーシスは断言できた。

 目の前の男は、そんな事も考慮できない程不器用な人間では断じてない。ユーシスにしてみればラウラの個人的な過去に足を踏み入れようとは思わないし、そのスワンチカ伯爵家の子息がどういう人物なのかも後で本人の口から訊ければ良い程度にしか思っていなかったが、彼は彼なりの意図があってこの状況を作り上げたのだと思える。

 

 例えば、そう。()()()()()()()()()()()()()()だとか、候補は幾らでも考えられる。

 ユーシスの観察眼からして見れば、このカーティス・クラウンという男は意味のない行為を極力しないのではないかと判断した。それと同時に、途轍もなく厄介な相手だという事も。

 

 言葉の中に虚構を織り交ぜる類の相手の、その”虚構”の部分を見抜くのはさして難しくもない。建前の美辞麗句が日常茶飯事に飛び交う貴族の世界に生きていれば、何となくで身に着く程度の事でしかない。

 だが、虚構ではない本音の中から隠された真意を見抜くというのは経験がものをいう。カーティスのように、飄々とした風体を装っている人間が相手ならば尚更だ。

 

「しかし、これは少しばかり予想外だったな」

 

「?」

 

「ルーファス卿から伺ってはいたが、諸君らの活躍は目覚ましい。特にユーシス殿、貴君のような参謀役に向く人材がこちら側(貴族側)に居た事は実に喜ばしい事だ」

 

 やはり、とユーシスは内心で苦い表情をせざるを得なかった。

 カーティスがこの時間に、このレストランを訪れたのは偶然ではなかった。そして恐らくは、ラウラと顔合わせをする事も主目的ではなかったのだろう。

 

 主目的は恐らく、『カーティス・クラウンという男が『貴族派』に存在しているという事をユーシス・アルバレア(自分)に理解させる事』にあったのだ。

 成程確かに警戒はした。カーティスという男が侮れない人物であると、きっちりと脳内に刻み込んでしまった。たとえ実習地であろうとも、『貴族派』の目は何処にでもあるという事を否応にも理解してしまった。

 

 加えて、ユーシス・アルバレアが『貴族派』の所属に足るか否かの判断もしに来たのだろう。自身の培った経験とそれに伴う実力を査定されるのは一向に構わなかったが、しかしながらこういった形で引き込まれるのは御免被りたいというのが本音であった。

 

 そしてそこまで考えると、恐らくは『貴族派』の中でも策略に長けるこの男がこのオルディスで他に何をしようとしているのか。それにも考えが及んでしまった。

 先程ルーファスから話を伺ったと言っていたが、それはつまり士官学院の理事の一人であるルーファス経由でオルディス実習のメンバーも既に割れていたという事。

 多少の妨害程度ならば凌げるだろうと高を括っていたのだが―――この男が一枚嚙んでいるのなら話は別だった。

 

「失礼、カーティス卿。所用を思い出しました」

 

 そう言って立ち上がったユーシスは、自分も含めた6人分の代金をテーブルの上に置き、外に出る為に歩を進めた。

 しかしその途中、カーティスの背後で徐に足を止めた。

 

「評価を頂けたのは自分としても誉れです。ですが自分はまだまだ未熟な学生の身。兄やカーティス卿のように冷静沈着に動く事が叶いません」

 

 ですから、と。座る位置を変えて視線を合わせたカーティスに対し、ユーシスは本人からして見れば冷静に、しかし傍から見れば激情を抑え込んだような声色で続けた。

 

「共に(くつわ)を並べて窮地を潜ってきた自分の友らに害が及ぼうものならば、相応の態度で以て示させていただきます」

 

 それは、ある意味で宣戦布告のようなものであった。頭の固い貴族連中がこれを聞けば憤慨する事間違いなしであっただろうが、カーティスは寧ろ、面白がるような笑みを浮かべた。

 恐らくは彼の兄であるルーファスがこれを聞いたとしても、微笑むだけに留まるだろう。否、それ以前に、弟の成長を喜んで言祝ぐかもしれない。

 

 人の可能性というものは、時に良薬になれば劇薬にもなる。今回の場合、放っておけば大なり小なり『貴族派』にとって痛手となるだろう。

 だが、カーティスはこのレストランでの一連のやり取りを自分の胸の内だけに秘めておく事を決めた。目先の利益、単純な感情論しか頭の中にない老害共に伝えるには、これは余りにも惜しい出来事だ。

 

「参った。これでは私も()てられてしまうな」

 

 運ばれて来た海鮮料理の(かぐわ)しい香りを堪能しながら、カーティスは独り、どこか満たされた感情を実感していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと、とと……流石にこの辺りは薄暗いなぁ。ガーちゃん」

 

「Σ.ΝΨΦΘξ」

 

 オルディスの外れ、湾岸地区の廃棄された倉庫区画の入り組んだ道を進んでいたのは、念の為にと持って来ておいた私服を身に纏ったミリアムとアガートラム。

 陽の光すらも利用されなくなった倉庫の壁と屋根に阻まれて薄暗いこの区画は、放置された廃材が錆びた臭いや、下水の近くを這いずり回る溝鼠の異臭がそこかしこに立ち込め、お世辞にも衛生的な所とは言い難い。

 

 その中で視覚的優位を確保するためにアガートラムに話しかけると、本体(ボディ)が僅かに発光して、薄暗い環境に目が慣れるまでの補佐をする。

 数分もすれば陽光の下と同じレベルの視界が確保され、足元の廃材や段差に躓きかける事も無くなった。そんな、お世辞にも観光名所とは程遠い場所にミリアムが訪れたのには理由があった。

 

 

 

 曰く、オルディスには網の目状に伸びる広大な地下通路が存在し、その通路の先には帝国政府の国土省庁が有する地図にも載っていない謎の場所が存在するのだという。

 それがクロスベルの地下区画(ジオフロント)のような、様々な人物の利権やら金策やらが絡まっていつの間にか造られていた人工的な物であればさしたる問題ではない。中央政府がカイエン公に直接申し立てて見逃していた分の地図作成を要請すれば良いだけだ。

 

 事実、政府は何度もオルディスに対して再三の要求を出している。しかしその度に何らかの理由を付けて要求を拒んでいるとなれば、『貴族派』の中心都市という事もあって政府が黙って見過ごすわけにもいかなくなった。

 だが、それを参謀本部経由で情報局に依頼するとなると、面倒臭い事になるのは請け合いだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、藪蛇を突いて刺激するのはできる限り避けたい事案であった。

 

 結果的に、その調査を任されたのがミリアムだった。

 情報局の人間である前に《鉄血の子供たち(アイアンブリード)》の一員であるミリアムは、オズボーンに引き取られた当初からこういった任務に従事した事も幾らかあった。

 正規軍の最高機関である参謀本部すら通さないで任せられた任務。言うまでもなく極秘任務扱いであり、たとえ()()()()()で死亡したとしてもその存在はそのまま闇に葬られるだろう。

 

 

 それを思うと、ミリアムの胸の中、心に僅かに軋むような感覚があった。

 

 以前ならば、こんな感情はそもそも存在しなかった筈だ。良くしてくれているクレアやレクターと言葉も交わせずに逝くという事に関しては、惜しいと思う事はあれど悲しいと思う事はなかった。

 それもその筈。元よりマトモな”ヒト”としては設計されていなかった彼女の事だ。ヒトらしい感情論やその他諸々を期待する事自体が難しい事であり、一種の”兵器”として動いていた以上、必要以上の感情の発露は不要である筈だった。

 

 だが、本来なら潜入で入ったはずだったⅦ組での生活は、彼女の在り方を変えた。彼らと”死”という形で分かれる事になるのが、何故だか怖くなったのだ。

 

 エマやフィーと一緒に、シャロンの持ってきた飲み物やお菓子をつまみながら勉強した日々。

 昼休みにレイと一緒に温かい日差しの中で昼寝を楽しんだ日々。

 悪戯を仕掛けては鬼のような形相になったユーシスと追いかけっこをした日々。

 困難に直面した時も、死地に見えた時も、仲間と協力してボロボロになりながら乗り越えた日々。

 夜の寮の食堂で、騒がしくも笑い合いながら皆と過ごした日々。

 

 それらの思い出が、いざ死ぬかもしれないという出来事に直面した時に脳裏を過る。そして直後にこう思うのだ。―――まだ死ねない、と。

 

「……おっかしーな。ボク、こんなんじゃなかったハズなのに」

 

 今回の任務は、その地下通路に通じる入り口を見つければいいだけの話。

 以前なら、鼻歌交じりにこなしていただろう。自分の命に無頓着であった頃ならば、ミリアムは何も余計な事を考えずに仕事をこなしていた筈だ。

 だが今は、適度な緊張感がある。生還しなくてはならないという”約束”をした以上、破ってしまえばきっと物凄く怒られるに違いない。それを自分が聞く事ができないというのは何とも言えない物悲しさがある。

 

 だからミリアムは―――足元で引っ掛けた”死の業”を一瞬で理解する事ができた。

 

 

「ッ‼ ガーちゃん‼」

 

「βΡα-ΓΝΔ」

 

 アガートラムがミリアムを足元から掬い上げるようにして持ち上げ、庇うようにして白い本体(ボディ)を丸まらせる。直後、先程までミリアムが足を付けていた場所が、盛大に爆発した。

 盛大に、とは言っても、爆音自体は抑えられたものだ。人気が全くないこの場所ならば、誰かに聞かれたという事もあるまい。

 

 だが、その殺傷能力は本物だった。地面の抉れ具合を見る限り、アガートラムが防御してくれなければミリアムの肢体は情け容赦なくバラバラになっていただろう。

 確実に自分を殺しに来た殺人罠(ブービートラップ)。それも周囲に溶け込むように厭らしく設置してあったとなれば、素人の業では断じてない。

 

 そんな事を考えながら、ミリアムは自分の頭上から襲来した途轍もない殺気に反応した。

 風を切って訪れた刃の奇襲。アガートラムの防御力はⅦ組の中でも随一と言えども、視認が漸くできるか否かで繰り出された斬撃の嵐を凌ぐのは簡単な事ではなかった。

 だが、最終的には凌いでみせた。髪が数房飛んで行ったが、ミリアムの身体自体には傷はついていない。そして奇襲を仕掛けてきた張本人は、ミリアムと10アージュ程離れた位置に降り立ち、目を合わせた。

 

 

「やっぱり適材適所は大事だな。私じゃあやっぱりゼノみたいにはいかないか」

 

 薄暗い中でも映える銀髪。倉庫の隙間を縫って吹く風に棚引き、揺れるそれと対照的に薄紫色の双眸は淡く妖しく、しかし力強く輝いている。

 凛とした声とスラリと伸びた手足で、女性である事はすぐに理解できた。同時に、繰り出された斬撃の正体が両手に携えた大型の双銃剣であった事も。

 

「こんにちは、情報局のエージェントさん。私自身は貴女に何も恨みなんかはないんだけど、仕事だから潰させてもらう。……言ってる意味は分かる?」

 

「お仕事ならしょうがないよね。お姉さんは―――」

 

 ミリアムが目を向けたのは、女性の纏っていた服、その左胸で主張するエンブレム。羽ばたく蒼い鳥を象ったそれを戴く者達など、この大陸でただ一つ。

 

「《西風の旅団》……銀色の髪に薄紫色の瞳、真紅のマフラー、大型の赤と銀の双銃剣……あー、なーるほど」

 

 以前、レクターに見せて貰った情報局の危険人物リストの中に載っていたとある人物を思い出す。

 大陸屈指の猟兵団として名を馳せた《西風の旅団》。その中でも一騎当千の実力と高い統率力を有した連隊長の一人。団長の死亡後、団が解散した後はその行方を眩ませていたが、よもやこのような場所で相対するとは思っていなかった。

 

「《銀焔の妖風(ペルセフォネ)》―――だったっけ?」

 

「私としては、どう呼ぼうが呼ばれようが関係ないけれど」

 

 ただ彼女は、そうとしか呼ばれていなかった。情報局が沽券に懸けて調べ上げてみても、彼女の名は戦場での異名しか出てこなかった。

 ただ今は、それはどうでもいい事だった。問題は、最低でも”準達人級”以上の腕前を持つ《西風》の連隊長が目の前にいて、自分が標的にされているという事。

 

 すると、挨拶はここまでだと言わんばかりに再び猛攻がミリアムを襲った。

 たちまち立ち込めたのは熱気。体内魔力を炎に変換させ、ペルセフォネはありとあらゆるものを焼き尽くさんと言わんばかりに猛撃を振るう。

 凶悪なまでに無骨な刃も、銃口から繰り出される弾丸も、全てが総じて一撃必殺になり得る。当たれば必然、肉を焼き、骨をも溶かし、耐えがたいほどの激痛を寄越してくるに違いない。

 

 それは嫌だと子供ながらに反抗し、熱波の中で必死に足掻く。

 攻撃の速さだけならばレイに勝れず、恐らくはサラの方が上だろう。つまりは見切れない程ではない。だからこそ、致命傷は避けられている。

 だが視界を焼く赫灼が、いつもの動きを許さない。防戦に徹しているからこそ何とか凌げてはいるが、この状況を維持できるのは持って数分と言ったところだろうか。焦って反攻しようものならば、たちまち消し炭になる事は間違いない。

 

()っ―――‼」

 

 直後、双銃剣の刃がアガートラムの防護を貫いてミリアムの頬を擦過した。肌を焼き、肉を焼く激痛。流れ出す血すらも沸騰しそうな熱は、ミリアムに正常な判断を許さない。

 痛みにはある程度の耐性はあるが。精神的に追い込まれるのももはや慣れたもの。投げ捨てられていた廃材が自然発火しかねない状況に於いて比較的冷静な思考を保てているのは、士官学院での訓練の賜物だろう。同じ焔の攻撃ならば、シオンの情け容赦ない攻撃に比べればまだマシというものだ。

 

 その防戦一方のミリアムを見て、しかしペルセフォネは一切嗤おうとはしなかった。

 寧ろ、その精神力を評価していたほどだ。実力が上の相手から一方的に攻撃を受け続け、尚且つ環境的にも負荷を掛け続けられれば、大なり小なり焦燥感を覚えるもの。それが蓄積し続けて耐えられなくなれば、「守り続けなければならない」という思いとは裏腹に攻勢に手を出してしまうのがほとんど。

 歴戦の猟兵にしてみれば、それは絶好の”狩り時”だ。敵の首を刎ねるのに、これ以上の好機はない。

 

 だが、この少女は違う。一歩たりとも守勢を崩そうとはしていない。守りの要である戦闘人形(オートマタ)の防御が一瞬貫かれたのを目の当たりにして、激痛を体感したというのに、その琥珀色の瞳は全くと言って良いほど揺らがず、澱まず、沈まない。

 

「気丈だな。私の焔は熱いだろう?」

 

「それだけじゃボクは止まれないよ。おねーさん」

 

 小さな矮躯に戦意を乗せて、瑞々しい髪色を焔の赤に彩られながら、それでもミリアムは口元から笑みを消しはしない。

 楽しいわけではない。これでも結構カツカツなのだ。一瞬でも気を抜けば、負けるし死ぬ。

 だがここで諦めないのは、ミリアム・オライオンの矜持だ。任務達成への責任感などではない。―――思えばそんな事を感じるようになったのも、Ⅶ組に編入してからだろう。

 

 死なずに生きて、再びあの学生寮で皆と笑って過ごすのだ。自分をモノでも諜報員としてでもなく、ただの”仲間”として扱ってくれるあの場所へ。

 

 あぁそう言えばと、ミリアムは僅かばかり平常の状態を取り戻した頭で考える。目の前の女性は、何処かの誰かに似ているなと、ずっとずっと思っていた。

 或いは、負けたくないと思っているのもそれが原因かもしれない。単純だなと思わずにはいられなかった。

 

 銀髪、双銃剣。彼女(フィー)のように眠たそうな瞳はしていないが、それでも雰囲気的には似ていない事もない。もしかしたら、彼女が成長したらこんな感じになるのではないかと思わせる容姿。

 だとしたら、僅かばかり羨ましい。今現在では同じくらいの胸部の膨らみは、後々には大差をつけられるかもしれないのだ。

 

「『アルティウムバリア』」

 

「ΩνμΝ.ψξ」

 

 正面に展開される物理防御フィールド。長期間効力を及ぼすほどのものではないが、瞬間的な重撃を耐え凌ぐことくらいはできる。

 既に、流れた汗はどれだけのものか。着込んだ服から焦げ臭いにおいが漂うのも、もう嗅ぎ慣れた。

 

 

「……正直、諜報員なんて大した戦闘もできないと高を括っていたけれど、違うみたいね」

 

 凡そ、普通の戦闘員では耐えられない程度の攻め方はしていた筈だった。それでも目の前の少女は、致命傷を避けて今も立ち回っている。

 感覚が鈍ったかと己を 咤するも、それ以上にこの少女の戦闘能力が高かったのだと思い知らされる。成程これでは、ゼノとレオニダス(あの二人)なら興が乗ってやり過ぎかねない。

 

 ならばもう少し遠慮なく行こうかと思った矢先―――戦場に闖入者が現れた。

 

 最初に繰り出されたのは、鋼の刺突。十字槍の穂先は炎熱が生み出す陽炎の中であって、しかし的確にペルセフォネの身体を抉らんと迫って来た。

 それを銃剣の刃で以て弾き、一旦距離を取る。ガラリと落ちてきた廃倉庫のレンガが齎した煙が晴れた時、ミリアムを背に庇うように彼はいた。

 

「無事か? ミリアム」

 

「おっそいよー、ガイウスー。もうちょっとでやられるトコだった」

 

「すまない。予定より見つけるのに手間取った」

 

 炎熱に漆黒の髪を靡かせながら、ノルドの若武者は十字槍を構えなおす。相手にすべき者の姿、一目視界に収めただけで、ある程度の彼我の実力差は感じ取った。

 

「……良くない風が吹いているな」

 

「そうだねー。ボクたち一人だけじゃ勝てないかも」

 

 でも、と。悪戯を仕掛ける前のように、ミリアムは笑う。

 

「二人で頑張れば、怖くないっ」

 

「……そうだな。早々に諦めたら、トールズに帰った後が恐ろしい」

 

 歴戦の猟兵を相手に、しかし臆さない士官学生。

 異様ながらも、さりとて特別な光景ではない。彼らの相手は、いつだって己らより強い者達なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






※前回と今回の新キャラ

■ルクレシア・カイエン
 カイエン公爵の娘。生まれ持った美貌と嫋やかな仕草と口調で異性同性を選ばず虜にする。アルフィン皇女と並び、帝国の二大美女と称されるほど。
 ユーシスとは幼い頃に一度だけ会っているが、ユーシスは彼女の事を徹底的に忌避している。
 元ネタは『相州戦神館學園 八命陣』辰宮百合香。……そこ、ヤバい奴が来たとか言わないの‼

■ペルセフォネ
 元《西風の旅団》最年少連隊長。《銀焔の妖風(ペルセフォネ)》という異名で知られ、それがそのまま名前で呼ばれている。本名は不明。大型の双銃剣を武器に、魔力を炎熱変換して戦う。フィーに似ている。
 元ネタは『シルヴァリオ トリニティ』レイン・ペルセフォネ。フィーの大人バージョンだと思った人は多い筈。……冥府の女王衣装着てねぇのかと思った人、正直に手を挙げなさい。後で体育館裏な。
 ……今の悩みは、レインちゃん口調が安定しないんだよなという事。



 ってなわけでオルディス編第二話です。途中でぶった切るのもアレなので、このままオルディス編終了までは突っ走ります。まぁ、更新時期は恐らく安定しませんが。

 ただ今女性鯖全員からチョコを貰う為にFGOで奮闘している十三です。ヒロインXオルタ欲しいけど多分無理。節約しないとガチでヤバい。

 さて皆さん、今回出てきたカーティス・クラウン。……覚えていた人どれくらいいました?
 レグラム編で出てきてから音沙汰がなかったから忘れていた人も多かったと思います。これは偏に自分の技量不足ナリ。
 というか、ここいらで一度オリキャラ一覧をガチで作らないとヤバいレベル。もしかしたら作者自身も忘れているキャラがいる可能性微レ存。

 ではまた戦場で(幼女戦記風)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。