「忘れないでねみんな、これから始まるのは敵との戦いじゃない。自分との戦いだ」
by 球磨川禊(めだかボックス)
例えば、自然界の中において、「勝てない戦いに挑んで死ぬ存在」というのは稀有だ。
厳しい生存競争の中で生き抜いている野生の動物たちは、生まれ落ちた瞬間からそんな”当たり前”の常識を本能的に刻み込まれている。種族の差、個体の差。そう言ったものから生み出される”彼我の実力差”を感じ取った瞬間、そこで勝者と敗者は決まるのだ。
そして、余りにも実力の大きい隔たりを感じれば、弱者は戦うことなく逃げ失せるのだ。たとえそれが自分の縄張りを賭けた戦いでも、囲った雌を賭けた戦いでも。
負けると分かっている戦い、あからさまに自身より強い敵に、わざわざ死ぬために戦う”異常さ”は自然界には存在しない。
それを引き合いに出すとするならば、確かに人間という存在は世の理から外れているだろう。
使命感、自尊心、矜持―――他にも様々あるが、退けない理由を以て戦いに挑む人間は、時に本能の警戒、恐怖感を凌駕し、無視する。
それを勇敢と取るか蛮勇と取るかは第三者の勝手だ。馬鹿馬鹿しいと揶揄されても、それでも退く事の出来ない場面というのは存在する。
そういった意味では、ガイウス・ウォーゼルはⅦ組の中でも人一倍自然界の掟には敏感だった。
ノルドという大自然の中で、その恩恵に日々感謝しながら共に生きてきた民族の生まれ。その大地で日常茶飯事に起こる生物の絶対原則を常に目の当たりにして来た。
故にこそ彼は、彼我の実力差を直感的に知る事に長けている。戦闘においては何も絶対進軍こそが正統ではないと理解しているし、時には退く事も賢明であるのだとも分かっていた。
それでも彼は、この状況は退く事ができないと一瞬で思い知るに至る。
眼前で炎熱を纏いながら佇む女性が己より強いと感じ、一対一で戦う状況ならば防戦に徹する以外生き残る術はないのだとも。実際にミリアムはそれを理解していたから、ここまで耐え凌ぐ事ができたのだ。
彼がミリアムを見つけ出す事ができたのは、偶然だと言っても過言ではない。捜索の範囲を拡げるためにマキアスとも別れてちょうど郊外を探索していた時、廃棄された倉庫街の方から起こった小さい爆発音を聞き分ける事ができたのは、ノルド仕込みの鋭敏な聴覚のお陰だった。
その恩恵で仲間を一人窮地から救い出す事ができたのだから、ガイウスとしては女神の導きに感謝する他はなかった。
だが、状況は口が裂けても良いとは言い難い。一人では相手取れず、二人がかりでも先を読むことは難しい。
それでも、退けない状況だ。退いてはならない状況だ。ここで迂闊に背中を見せようものならば、最悪で二人とも、良くてどちらか一人は殺されるだろう。それは、女性から放たれている濃厚な闘気と殺気で察する事ができる。
「(いや、考えていても仕方がないか)」
相手は本気で此方を殺しに来ている。先日学院でサラと模擬戦をした時とは訳が違うのだ。色々と思考を巡らせている間に先手を取られ、骸を晒してしまっては話にもならない。
故に、前へ出た。
「フッ―――‼」
薙ぎの一振りは躱される。刺突は膂力の許す限り最速で、且つ連続で繰り出すも、全てが紙一重で躱されてしまう。
逆に、相手の攻撃は苛烈そのものだった。高速の斬撃、その隙を縫うかのように飛来する弾丸。全てを凌ぐのは至難であり、実際肌を何度か掠り、焼く。
元より防戦はあまり得手としていないガイウスの事だ。全身を走り抜ける激痛に耐える事は出来ていても、攻撃そのものを全て防ぐことは叶わない。
ペルセフォネは一切手を緩めなかった。恐らくは数年もすれば一人前の武人にもなり得る天稟の持ち主。芽を摘んでしまう事に多少の思いが無かったとは言えない。それでも躊躇いはなかった。
ガイウスの頬を伝う汗も、それに
「ガイウス、戦いにくいでしょ?」
その言葉には、頷かざるを得なかった。
ガイウスの『起源属性』は”風”と”地”。その二属性を普段は攻撃と防御に振り分けて使用している。
攻撃は鋭く疾い攻撃が望める”風”。防御は肉体の頑強さを更に底上げできる”地”。―――だが今回は、相手が炎熱の属性の使い手故に、それを増強させるような”風”属性の
更に言えば、限定された空間内での戦闘は、槍使いにとってはあまり宜しくない。それも”準達人級”の上位者であれば気にしないのだろうが、今のガイウスにはまだ”不得手な戦場”というものはある。
「守りはボクが引き受けるよ。だからガイウスは―――」
「攻める事だけを考えろ、か。……難しいが、やるしかないな」
紅に染まる空間で、再び火花の繚乱が乱れ飛ぶ。鋼と鋼が軋む音、銃弾が弾き返される音。廃棄されても尚しっかりと佇んでいた廃倉庫が、その圧力に耐えきれずに悲鳴を挙げる音が嫌でも耳朶に入ってくる。
2人のコンビネーションは、思ったよりも噛み合っていた。攻撃のガイウス、防御のミリアム。互いにアーツを不得手とする未熟者ではあったが、その分近接戦闘においては幾度も幾度も学院で鍛えられてきた2人だ。
無論、常に戦場を闊歩し、常に命のやり取りを行う死神たる歴戦の猟兵には及ぶまいが、それでも生半可な修羅場は潜っていない。
足先指先に至るまで意識を集中させ、十字槍を己の手足の延長線上のように扱い、微かな勝機を見出す。―――それがガイウスの役目。
攻撃に集中するガイウスに迫る高速の連撃と炎撃を防ぎきり、鉄壁の守りを以てして勝機を拡げる。―――それがミリアムの役目。
だが、それが噛み合っているからといって勝ち筋を見つけられるわけではない。綴られた英雄譚のように、仲間との絆が全てを解決するような、そんな甘い世界ではない。
どれ程強く在ろうとしても、どれだけ努力を重ねても、地力が及ばなければ敗北する。命を散らす事になる。
なにせあのレイでさえ、ノルドで一度は死に瀕した事があったのだ。今の自分達では遠く及ばない領域に立っている彼でも、僅かな違いが絶命の危機へと陥れる。
それが分かっているからこそ、自分たちがまだ弱い事が分かっているからこそ、彼らは仲間の力を借りる事を恥とは思わず、手を指し伸べられれば握り返す。それは、生き残るためにはとても重要な事であった。
「(予想外に粘る……ただの学生と侮るべきじゃなかったな)」
それが、ペルセフォネの率直な感想だった。
元々彼女は戦場に私情は持ち込まない。殺戮を行う事に対して狂気に嗤う事もなければ罪悪感に慟哭する事もない。銀焔などと呼ばれ鮮烈な戦い方をするのだとしても、頭の中の冷静さが揺らぐことは稀だ。
《西風の旅団》が誇る最年少連隊長。その肩書きは伊達ではない。侮ったつもりは毛程もなかったつもりだったが、それでもどこかでは下に見ていたのだろう。所詮は未熟な、士官学院の生徒だと。
だが現実は違った。これが一般的な士官学院生の強さであるのだとしたら、エレボニア帝国の軍人は確かに大陸最強だろう。
戦闘能力だけではない。戦闘に挑む覚悟、死地に挑む矜持。それは山のような屍を積み重ねてきた歴戦の猟兵にも劣るまい。
つぅ、と。首筋に一つの冷や汗が伝ったのは、幸運にもバレはしなかった。自分が劣勢に立っているとは思っていなく、事実このまま戦えば苦なく勝利する事ができる。目標の排除と、目撃者の排除。その二つの任を達成するのは、難しくない筈だ。
しかし、その成長の速さにペルセフォネ自身が驚愕しているのもまた事実。
当初から自分の攻撃をギリギリではあるが凌ぎ続けている
そういえばと、ペルセフォネは思い出す。
”彼”がいたのだ。フィーが新たな人生を送り始めた士官学院には。もしも彼が彼らに稽古をつけ、鍛え上げているのだとしたら、この飲み込みの速さも頷ける。
「(団長主催の
一見子供だからとナメてかかった団員が1時間後には全員気絶させられて地面に転がされた事件は、後に『西風壊滅未遂事件(笑)』と名を付けられ酒の席でのいいネタになっていたが、紛う事無き”達人級”の彼に見い出された人材であるのならば、成程確かに侮る事は失礼にあたる。
やり過ぎるなと同僚の二人から言われはしたが、その言葉に反して闘気と魔力はその密度を上げていく。
力をややセーブしていたとはいえ、久しくこれ程打ち合える敵はいなかった。それを別段嬉しいとは感じなかったが、それでも武人の性か、双銃剣を握る手に更に力が籠った。
魔力の焔は、不純を排して澄んでいく。紅から
さぁ、受け切ってみせろと。口には出さず視線で告げて、ペルセフォネはただ愚直に双銃剣の刃を振り下ろした。
剛撃の威力ではレオニダスに叶わず、戦運びの巧妙さではゼノに叶わない。だが、”疾さ”では《西風》最速である自負があった。少なくとも、自身が技を教え込んだ少女が《
「ッ‼」
だがそれも、来ると分かっていれば防御くらいはできる。ミリアムは『アルティウムバリア』を張り直し、ガイウスは全力で編み出した『剄鎧』を身に纏わせる。槍の穂先に”地”の魔力を纏わせて、躱す暇も与えてくれないその攻撃を受けにかかったが、直後、筋肉と骨が悲鳴を挙げた。
毛細血管が次々と破裂していくような感覚。その圧力だけで皮膚が避け、血が噴き出してしまいそうになる。銀色に煌めく焔は、先程までとは違ってまるで刃のような鋭さがあった。
それでも、ここで押し負けては意味がない。アガートラムも危険信号を出しているが、ミリアムは生体接続信号の強化、つまるところアガートラムの性能を限界値に近いところまで引き出す代償としてダメージのフィードバックを行うという危険な技に手を出してまで耐える事に専念した。
拮抗していたのは、僅かに数秒。しかしそれはガイウスとミリアムにとっては体感で数時間にも至るほどの圧力であった。
―――が、その終わりは予想外のものだった。
「な……にっ⁉」
「ほえっ?」
足元の地面に罅が入り、やがてそれは三者の攻撃のぶつかり合いに堪えられなくなった。
まるで山岳での崩落が起きたかのようにガイウスとミリアムが立っていた地面が割れ、両者は廃倉庫区画の下―――地下水路へと真っ逆さまに落ちて行った。
「しまっ……‼」
オルディスの地下水路は流れが早い。見失う前に追い打ちをかけるために地下に飛び込もうとしたペルセフォネだったが、直後、形容し難い殺気を感じて飛び退いた。
その直感は正しく、数瞬前まで彼女が立っていた場所に上空から飛来した
「これは……まさか」
鋼ではなく紙―――呪符で構築された剣。地面に突き刺さったそれはやがて無数の呪符に分解されて宙を舞う。
普通の紙程度ならば即座に焼け落ちてしまいそうな環境の中、呪符の群れはまるでそれ自体が意志を持っているかのように舞い続け、やがて一ヶ所に集まると、それは人の形となった。
「―――ごきげんよう《
「ッ―――まさか貴女が出張ってくるとはな、《
炎熱の中を、しかし涼し気に歩を進めるは、和風の着物を好きなく着込んだ少女。切り揃えられた黒髪に同色の扇子を楚々と携えるその姿は、一見してただの淑やかな令嬢にも見える。
だがその正体は
彼女は涼やかに笑い、カラカラと上品な下駄を鳴らして歩を進める。一見ただの子供にしか見えないその矮躯も、この場所にあっては異常そのものだ。
そんなペルセフォネの警戒と同調するように銀焔の渦がツバキを襲うが、その体躯は再び無数の呪符に分解されて欠片も攻撃が通ったようには見えない。
「……相も変わらず珍妙な戦い方だ」
「それは当然でしょうに。元より僕は諜報員。前線で泥臭く戦うのは性に合いませんゆえ」
パチンと、携えた扇子が閉じられる音が響く。直後、どこからか現れた大量の呪符が地面に開いた大穴を塞いでしまう。
二人の後を追う事は叶わなくなった。であればペルセフォネはいつまでも此処にいる必要はない。流石にこれ程の破壊音を出せば、程なく駐屯しているラマール領邦軍が駆け付けるだろう。面倒事はなるべく避けたい。
それに今この場で、彼女と戦っても旨みは全くない。
だがペルセフォネは、退く前に一つ訊いておきたい事があった。
「貴女が此処にいて、私の前に姿を現したという事は……《マーナガルム》は
その問いかけに、ツバキは閉じた扇子を口元に当てたまま、容貌に見合わぬ妖艶な表情を浮かべたまま小さく笑う。
「盲したのですか、《
「…………」
「今回僕は、あのお二人に命を散らしていただかない為に似合わない真似をしてまで出張って来ただけの事。逃げ回り、身を隠すしか能がない僕が貴方方のような歴戦の猛者に喧嘩を売るなどとてもとても」
それは、もはや謙遜の体すら為していない言葉だった。
実のところ、解散前の《西風の旅団》が擁していた情報でも、この少女の実力は不明瞭だった。容姿は既に割れているというのに、一度その気になればどのような強固なセキュリティも意味を為さず、軍事基地であろうが国の支配者が座する場所であろうが侵入を許してしまう。
まるで霧か霞のよう。
「それでは僕はこれにて。……まぁ、個人的に
でも、と。振り向いたツバキの目。そこには、幾度も数えきれないほど死地を掻い潜ったペルセフォネでさえ、一瞬底冷えするような圧力があった。
単純な戦闘能力ではない、卓越したナニカの奥底を覗き込んだような感覚。
「『兄上』に害が及ぶような事があれば、我等《マーナガルム》総てが容赦なく滅殺しにかかる事―――努々お忘れなきよう」
その後、ペルセフォネが平静を取り戻すまでに十数秒かかり、その時には既にツバキの姿は何処にも見当たらなかった。
気付けば息は荒く、先程とは比べ物にならない程の冷や汗が流れ出ていた。バイタルを整えるために一つ深呼吸をすると、この区画から立ち去る為に踵を返した。
「単純な勝ち戦―――とは行かないか」
何を馬鹿な、と言い聞かせる。
劣勢、逆境、全ては戦場の常。全てが順調、絶対必勝の勝ち戦など数えられるくらいにしか体験してこなかった。
ただそれでも、厄介な相手を敵に回す事には変わりない。それを改めて身に刻み込んで、ペルセフォネはその場から姿を消した。
―――*―――*―――
足元を照らすのは壁に設置された導力灯。耳に入るのは、自分たちの足音と、すぐ横の水路を流れる地下水の音。
そんな限定された空間ではあったが、バリアハート、ヘイムダルの地下区画を経験している彼らにとって、それは大したハンデにはならない。
「ヘイムダル程じゃあなさそうだが……ここも恐らく途轍もなく広いだろうな」
「で、でも。ミリアムちゃんとガイウスさんのリンク反応がこちらにある以上、ここを通らないわけにはいきませんし……」
エマの言葉に全員が頷きながらも、毎度のようにこのような場所を散策している現状に溜息を吐きそうになる。
先頭で魔力光を出しながら正面の視界の確保を行っているユーシスも、そういう意味では同意見だった。
彼ら4人が合流したのは、あのレストランでの一件があった数十分後。
飛び出してしまったラウラに追いついたエマ、そしてガイウスと二手に分かれてミリアムの行方を追っていたマキアスを拾ったユーシスは、
現状、一番危機に晒されている可能性が高いのはミリアムだが、もしかすると自分達に対しても妨害工作が仕込まれている可能性がある以上、各々がバラバラになって行動するのは危険だと判断したからだ。
だからこそ、ガイウスの方にも連絡を取ってみたのだが、呼び掛けには終ぞ応えなかった。巻き込まれた可能性が大だと分かっていながらも、何処に向かったのかという一番大切な情報が不透明であったため、捜索は難航してしまった。
ここに来てユーシスは、仲間内での密な情報のやり取りがどれ程重要であるのかという事を改めて思い知らされた。
それを徹底して言い含めなかった自分のミスだと分かっていたし、現にそれが仲間を危機に晒している。「彼、彼女なら大丈夫だろう」などという曖昧な感覚だけで相互の生死が分かるほど、自分たちはまだ強くはないのだから。
しかし、オルディス市内を探す事およそ1時間。ユーシスの
『ユーシス? だ――ょうぶ? き―――える?』
恐らくは通話可能圏内ギリギリのところから連絡を飛ばしてきたのか、ミリアムの声は途切れ途切れで、喧しいノイズ音が会話を盛大に邪魔していた。
『僕達は―――なん―――だいじょ―ぶ。―――今、―――スの地下に―――るよ。ガイウ―――も一緒‼』
繰り返し訊き出すと、ミリアムはガイウスと共に、オルディスの地下区画に逃げ込んでいるらしい。
とはいえ、まともな地図もない迷宮のような場所をあてもなく歩き続けて遭難の可能性を高めるわけにもいかず、
両者とも突発的な戦闘で負傷こそしたが、既に回復アーツで支障はなくなっているとの事。それを訊いて内心安堵したユーシスだが、それと同時に焦燥感も湧き上がってきた。
単純に時間がない。ミリアムを襲撃したという輩が今も彼らを追い続けているという可能性は十分にあるし、もしかしたら自分達も動きを監視され、あわよくば襲撃されるかもしれない。―――速やかな合流こそが、今のユーシス達に課せられた任務だった。
地下道への侵入、それ自体は別に難しい事ではない。
ミリアムは任務柄、地図に記されていない”不確定領域”に最も近しい地下道への入り口を探していた為にあのような場所まで行く羽目になったが、それを度外視すれば、極論人目のつかないところにあるマンホールからでも地下道に行く事はできるのだ。
ユーシス達は、それでも慎重を期して湾岸地区のとある横道から地下道へと侵入した。無論、許可などは一切取っておらず、巡回中の領邦軍兵士などに見つかれば厄介事は避けられなかったが、今更この程度で怯えるつもりなどは毛頭ない。
当然ではあるが、陽光は一切届かない暗く湿った道。管理が行き届いていない場所では暗がりを好む魔獣などの襲撃にも遭ったが、それらを難なく蹴散らしながらミリアムとガイウスのリンク反応が続いている場所に向かって、可能な限り早く進んでいた。
「……嫌な予感がする」
思わず漏れ出たという感じで、ユーシスの口からそんな言葉が呟かれた。
決して、地下道の鬱屈とした雰囲気に飲まれたわけではない。だが、彼の警戒心の琴線に触れ続けるものが、進む先にあるのではないかという勘が働いていた。
「嫌な予感、か」
「た、確かに今までの地下道以上に不気味というか……空恐ろしいものを感じますね」
そのユーシスの言葉に同調するものを感じていたのか、マキアスとエマはそれぞれショットガンと魔導杖を握る手に力が籠る。これまで窮地に立たされる直前に感じていた感覚。できれば感じたくないそれであったが、事ここに至っては既に腹を括るしかない。
だがその道中で、徐にユーシスは足を止めた。
「……どうしたんだ?」
「……いや、恐らくはこれから進む先に”何か”がある。俺の勘でしかないが……どうやら知らない間に俺も随分と鍛えられたらしい」
大人しくは合流させてはくれないか、と愚痴を漏らすだけの余裕はあった。しかし、だからこそ今伝えなければならないと思い、ユーシスは自分の背後を振り返る。
「ラウラ」
「っ……」
列の一番後ろで警戒を続けてはいたが、今まで一度も会話に入ってこなかった仲間の名を呼ぶと、当の本人は短く声を漏らした。
彼女は合流した際、「すまない」「申し訳ない」と何度も謝っていた。自分があそこで激情に身を任せずにいれば、皆が万全の状態でミリアムを助けに行けただろうと。
その言葉に対して、マキアスとエマは最大限のフォローをしていた。そんな事はない、と。
だがユーシスは、敢えてここに至るまで何も言葉を掛けなかった。別に微塵も怒ってはいないのだが、慰めるだけがフォローではないと、そう思っていたからだ。
ただそれでも、これから熾烈な戦いが待っているかもしれないという時に軋轢を残したままではいけない。それがどのような結果を生み出すのか、バリアハートで身を以て知ったユーシスは放ってはおけなかった。
「俺は、貴様の過去の出来事など知らん。何処でいつ、どのようにしてどんな人間とどのような関係であったのかもな」
「…………」
「そして、それに深入りするつもりもない。俺も、そして他の奴らにも、だ。それは恐らく、貴様自身が乗り越えなくてはならないものなのだろう?」
それはまさしく、ユーシスが今抱え込んでいるモノと同じ重荷だった。仲間に抱え込んでしまった事に対しての思いの丈を吐露する事は出来ても、最終的には自分自身が何とかしなくてはならない類の業。
そこに、重いも軽いも関係ない。他者がズカズカと土足で踏み込んで荒らしていいものでもなし。それは、深入りしてはならないのだ。
「ともあれ、貴様がどれだけ悔やんでいても、過ぎてしまった事は仕様がない。……前を見ろ、ラウラ・S・アルゼイド。ガイウスとミリアムの二人と合流できていない今、前衛組は貴様だけだ。あの戦闘馬鹿に一太刀掠らせたその腕、よもやこのまま錆びらせるつもりでもないだろう」
言外に、今のままでは役立たずだと発破をかけられたラウラは、ハッとした表情になり、その直後、いつもの余裕のある立ち振る舞いに戻った。
「……あぁ、そうだな。すまない、自分の中では割り切ったつもりではあったんだが、どうにもまだ未熟者であったようだ」
「……まぁ、気にする事はないんじゃないか? 悩み事をスッパリと一瞬で割り切れるほど、今の僕たちは大人じゃない」
自虐じみた苦笑をするマキアスの言葉に、他の三人も内心で苦笑した。
自分たちはまだ”子供”だと割り切るのは馬鹿馬鹿しくはあったが、それでもたまにはそう思うのも悪くはない。
「腑抜けていた分の返しはしよう」
「フン。今更言わなくても分かっている」
4人の雰囲気がまた落ち着くと所に落ち着いた後に、再び前進を開始する。
帰り道を見失わないようにエマが魔力で文字を刻みながら先へ先へと進んでいき、とうとう導力灯も見当たらなくなった頃、彼らは”そこ”に行き着いた。
「な、なんだコレは……」
「地下水路の水門……にしてはあまりにも厳かに過ぎるな」
跪いた二人の騎士が、剣を掲げながら向かい合う姿が刻まれた大門。まるで門の先にあるものを死守せんとばかりの威圧感が漂う見事なものであったが、その威容とは反して、大門は僅かばかり開いていた。
その隙間から漏れる、荒ぶった空気の流れを感じながら、ユーシスとラウラで人が通れる程度にまで門を抉じ開ける。その重量感は、完全に閉まっていたら開けるのは不可能であると断言できる程だった。
周囲に脇道はなく、先に進むにはこの先に行くしか他はない。ピリピリと空気が嫌な張り詰め方をしているところから察するに、恐らくタダでは進ませてくれないだろう。
「……ラウラ、前衛は任せる。レーグニッツ、委員長、後衛の役割は貴様らに任せたぞ」
そして、ユーシスは中衛に位置取る。前衛二人が不在という事もあって後衛の護衛に一人割く事ができないのが不安材料だが、そう我侭も言っていられない。
一歩、また一歩と、暗闇の中を進んでいく。悍ましい雰囲気が漂う中、呼吸の間隔を一定に保ち、出来得る限り平静を保たせていた。風の流れから察するに、これまでのような狭い道ではない。一定の広さを持った広間か、それに準ずる空間だと推測できていた。
そして、ユーシスのその推測は当たっていた。突如、広間の壁際に設けられていた灯りが一斉に灯され、視界を確保するに充分な光源が満ちていく。
だがその直後、一同が見たのは次の場所に続く入り口ではなく―――
「漸く姿を見せたか、愚図共が」
傷口から大量の血を撒き散らしながら地面に倒れ伏しているミリアムとガイウス。
「前菜は飽きた。この程度では腹を満たすどころか不満鬱屈が溜まるばかり。やはり貴様ら人間どもは、揃いも揃って肉案山子も同然か」
その躰を足蹴にして、広間の中心に佇むは、侍従者の服を身に纏った少女。
だが、鮮血に塗れたその姿、獣のそれのように鋭く光った黄金の眼光と血を舐めずる尖った舌に、狂気を感じずにはいられない。
否、そもそも―――。
「そら、愚図共。とっととこの死にかけ共を蘇生しろ。6人がかりで私にどこまで抗えるか……やはり狩りの獲物は活きが良くなくては話にならんからな」
アレは本当に―――
―――
喜べB班。君達にも絶望をくれてやろう。地獄ではないが、まぁ許せ。
はい。ってなワケでオルディス編3話目でーす。……そろそろ飽きてきた方いません? 大丈夫ですか?
本日誕生日ではありますが、翌日にバレンタインが控えてるとか地獄じゃねぇの?の十三です。
意気揚々とデッカイ試練をくれてやる私はやっぱりSなのか? いや、まだだ。まだDグレの絶望感には至っていない筈だ。そもそもこの作品VeryHARD・NIGHTMAREで行くと決めてたからセーフの筈だ。
さて、再登場のツバキちゃん。覚えていた方はそこそこいると信じたい。有能と変態の巣窟、《マーナガルム》諜報部隊《月影》の長にして、レイを「兄上」と慕うブラコン。以前、バルフレイム宮のオリヴァルトの私室に近衛兵全てを欺いて侵入し、お菓子食いながら寝っ転がっていたというとんでもない事をやらかした子です。思い出しました?
何故だかこの子のCVが悠木碧で固定されてる。幼女戦記の見過ぎですねぇ。
んでもって、最後に出てきたキャラの名前……分かった方います? 一応一度だけ以前登場したんです。ホラ、レグラム編の時に。
それはともあれ、彼女にはちょいと働いてもらいましょう。なに、簡単なお仕事ですよ(ゲス顔)。
ではまた戦場で。
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