「自分を捨てて潔く奇麗に死んでくなんてことより、小汚くても自分らしく生きてく事の方が、よっぽど上等だ」
by 坂田銀時(銀魂)
「さて、どうしたものでしょうか」
オルディス全域を見渡せる高丘の上、そこにただ一人佇んでいたツバキは、扇子で口元を抑えながら風に乗せるように呟く。
だが、彼女の周囲には通信用の呪符が一枚浮遊しており、その声は自身の直接の上司―――《マーナガルム》団長、ヘカティルナに繋がっていた。
「オルディス地下の最深部―――《蒼の騎神》が眠っていたという地下神殿の存在はカイエン公爵にとっては第一に隠匿すべき事。第二使徒が関わっている以上、譬え偶然であろうとも近づいてしまった彼らを帰す気はないでしょう」
『士官学院の小僧らを迎え撃っているのは何者だ?』
「カーティス・クラウン伯爵が連れている
ふぅ、と。ツバキは放っておいた式神越しに見える姿に、冷静な判断を下す。
「どうやら色々と”枷”を嵌められているようですが、それでも”準達人級”の最上位と並ぶ程度の強さはあるでしょう。一対一で勝てるのは副団長と隊長の皆様くらいかと」
『その中に私を入れない辺り、やはり貴様はやり手だな』
その職柄と性格柄、ツバキは真剣な場では一切世辞や気を遣うような発言はしない。たとえその相手が、直接の上司であってもだ。
無論、その「勝利できるであろう者」の中に自分自身も入れていない。惑わし、躱し、防ぎ回す、相手が理性を持っている事を前提とした戦い方しかできない彼女にとって、”アレ”の相手はある意味で天敵のようなものだ。
『節介はほどほどにしておくつもりだった。事実、貴様をオルディスに潜らせたのもやり過ぎたと思っていたがな』
「いえ団長、今のエレボニアに安寧の地など数える程しかありません。《情報部》の目も存外遠く届くようですし、し過ぎて損をするという事は無いかと」
『貴様がそう言うのなら、そうなのだろうな。魑魅魍魎じみた者共が跋扈している地など、騒がしくてたまったものではない』
今の言葉を、例えばペルセフォネ辺りが聞いていれば「お・ま・え・ら・が、言うな‼」と盛大に憤慨していたのは想像に難くない。実際ツバキ自身も、笑うべきか否かを一瞬本気で考えたほどだ。
”達人級”の武人を4名も抱え込んだ猟兵団など、それ自体が魑魅魍魎のようなものだろうに。
「―――それで、如何いたしましょうか」
『下手に隊長連中を動かすわけにもいかん。
あぁ、と。ツバキはヘカティルナの考えている事が大体読めてしまった。
基本的には合理主義の人だ。勝てない戦はしない主義。無意味な犠牲を忌み嫌う者。精神論ではどうにもならない状況というものがこの世にはある。戦場ともなれば尚更だ。
だが、手堅くいくばかりでは部下の練度も上がらない。我が配下なら多少の窮地くらいは生き残って貰わねばなと、ヘカティルナは時折口にしている。
『確か、小僧共の中には《光の剣匠》の娘がいると言っていたな』
ツバキも、任務の最中は可能な限り私情を挟まない。諜報員、それも部下を持つ身であれば当然の事。
だがそれでも今回は―――
『ガレリア要塞の一件から、どうにも腑抜けている馬鹿がいる。ツバキ、道案内の準備くらいはしておいてやれ』
腑抜けた色男の手伝いくらいはしてやってもいいかと、小さな笑みを零すのだった。
―――*―――*―――
外見で実力は判断できない。それは、この半年で否が応にも叩き込まれた大原則だ。
その容貌が自分より若く、幼く、たとえそれが虫の一匹も殺せないような華奢な少女であったとしても―――外見などというものはとんとアテにならないものだ。
それが充分理解できていたからこそ、ユーシスは眼前に立ち塞がって狂気的な微笑を浮かべる少女の事を明確に敵だと認識し、そしてその強さを推し量っていた。だが―――。
「どうした愚図。私とて、案山子を相手に狩りをするほど暇ではないぞ」
―――
腰元まで届くような、長く煌めく銀髪。フィーやミリアムより少しばかり高いだけの背丈。纏っているのは何故か仕立ての良い
そしてその状況から、彼女がミリアムとガイウスを瀕死に追いやったのはほぼ確実。今はエマとマキアスが治療に専念してどうにかしているが、だからといって状況が好転しているわけではない。
「……貴様は、何者だ」
「その問いに答える義務が私に有るのか? 劣等種は劣等種らしく、とっとと地に這って無様に無力を噛み締めろ」
その時点で、ユーシスは悟った。この女は、話し合いが通じる類の存在ではない、と。
思えば、今まで相手にしてきたのはいずれも理性が存在し、人として対話が成立する者達であった。無論、魔獣などはそれに含まれないが。
だがこの女は、言葉が通じ、一見交し合いが成立しているように見えて、その実全くこちらの言葉に耳を傾けようとはしていない。愚図、劣等種とこちらを蔑み、まるで餌か獲物のようにしか捉えていない―――そんな異常な感性が多少ではあるが読み取れた。
獣のようだ、と思う。ヒトの形を取り、人語を話し、衣服を丁寧に纏ってはいても、そこには暴力の思念が隠せない。
「―――スフィータだ」
獰猛ながらも、良く通る声が響いた。
「忌まわしい名だが、それだけ耳朶に刻み込んで―――死ね」
直後、ユーシスの身体が吹き飛んだ。
騎士剣によるガードが間に合ったのは、地獄のような鍛錬の賜物だっただろうか。しかしだからと言って、その目にも止まらぬ速さに合わせてカウンターを仕掛けられるほどではない。
信じられないような衝撃が、両腕を襲う。蹴り飛ばされた小石の如く吹き飛ばされ、部屋の内壁に叩きつけられる。
口から、息が漏れた。一瞬だけ意識が飛び、しかしそれを唇を嚙み切る事で強引に現実世界に留め置く。
たった一瞬。それだけでも意識を失えば負けだ。レイから叩き込まれた方法でどうにか強引に引き戻したが、しかし間を挟まずに喉元を掴まれ、再び壁に叩きつけられる。
「ガ……ッ……くっ……」
首を鷲掴みにされ声すらも出ない。肺に送るべき空気も遮断された中で、しかしそれでもユーシスはスフィータを睨み続ける。
「この中では、貴様が一番悪知恵が効きそうだ。貴様から丹念に殺すとしよう」
首を鷲掴んでいるのとは別の手が、鋭い手刀の形になる。ここに及んで獲物を出さないという事は、この女は自らの四肢だけで戦うつもりなのだと理解できた。
「心の臓を抉り出される恐怖を知れ」
狙っているのはユーシスの左胸。そこに向かって手刀の突きが放たれる前に、ラウラが割って入った。
「ハ―――ァッ‼」
右足を踏み込み、体重移動を完璧にこなした全力の一撃。十二分に練り込んだ気力も纏ったそれは、直撃すれば”達人級”の武人でもない限り傷を負わせることは可能。
よしんば避けられたとしても、ユーシスの救出に時間を稼げればそれで良い。そんなラウラの目論見は、しかし―――。
「―――何だ。虫がブンブンと煩いぞ」
大剣の刃が、か細いスフィータの腕で難なく止められたことで破綻する。
それも、さして力を入れていないような自然体。今のラウラの紛う事無き全力の一撃は、彼女の薄肌一枚すら削ぎ落すことが叶わなかった。
だが、それに対して戦意を喪失するようならば、今までⅦ組の中で前衛組などやってはいられない。一瞬驚愕の表情を浮かべはしたが、格上相手の戦闘など既に慣れたもの。時間さえ稼げれば、それでよい。
「『アースランス』‼」
その声と共に、地面から突き出た複数の槍がスフィータを突き上げる。その拍子にユーシスの喉元から手が離れ、解放された彼は咳き込みながらも行動を再開した。
『感謝する、ラウラ、レーグニッツ‼』
リンク越しにそう一言礼を述べ、しかし手早く次の行動に移っていた。
「『プレシャスアラウンド』ッ‼」
それは、元々のユーシスの
騎士剣を地面に突き立てると、それを起点として前方に放射状に氷の杭が現出していく。その効果範囲は、『プレシャスソード』のそれを優に上回る。
凍てつく冷気を放ちながら進撃する氷撃。そこいらに湧く魔獣程度ならば殲滅できる程度には優秀な
「ふん、温いな」
たった一回の
だがユーシスは、その結果を以て一つの結論を導き出すことに成功した。
『思った通りだな。―――奴は、
自分たちが絶体絶命に近い窮地に立たされるとしたら、それは格上の強者との戦いの場に他ならない。それを今までも痛感してきたし、特にレンとの模擬戦では、己の力不足を真正面から叩きつけられた。
未熟者であるのは百も承知。だが、それは敗北にしか導けない理由にはならない。仮にも指揮権を委ねられているのであれば、少ない勝機を何としてでも見つけ出す義務がある。
それを成すに必要なのは、鍛え磨いた観察眼と瞬時の状況把握能力。敵の言動、雰囲気やその他諸々から、戦術戦法を先読みし、対抗策を弾き出す。
勝てない無理だと喚く時間があるならば、勝算を僅かでも上げる算段を弾き出す。撤退が叶わないこの現状、そしてレイというⅦ組最強戦力がいない以上、状況はほぼ最悪と言って過言はない。絶望に近しいと言い換えてもいいだろう。
だがそんな中でさえ、ユーシスは「敵を探る事」を止めはしなかった。
初見の外見データ、自らの問いに対する相手の答え、初動の敏捷性の高さ、外見に見合わぬ膂力の高さと異常なまでの攻撃力、そしてラウラの全力の攻撃ですら全く通らなかった防御力。―――そして今、局地的な攻撃・広範囲の攻撃を問わずに決して躱そうとしない行動パターンが見て取れた。
恐らくそれは、彼女の気質にあるのだろう。こちらを「愚図」「劣等種」と蔑み、常に「狩る側」の視点で嘲笑いながら行動している。実力の差は、今更比べるまでもない。
彼女にとってこちらの攻撃を避けるという事は、”絶対強者”としての沽券に関わる行動なのだろう。
さりとて、それが付け入る隙になるかどうかは微妙なところ。そもそもの地力が桁違いであろうことを考えると、とても楽観視などできはしない。
『委員長、ガイウスとミリアムの回復までどれくらいかかる?』
『傷は……ほぼ塞がりました。……すみません、エリオットさんなら、もっと早く済ませられたのですけれど』
『自虐も卑下も後にしろ。それは今、貴様にしか出来ん役割だ。―――ラウラ、レーグニッツ‼』
『『分かっている』』
ラウラもマキアスも理解している。この常識外れな敵を相手に、遅滞的な戦闘はほぼ効果を発揮しないだろう。
自分たち三人が狩られ、全滅するのが早いか、それともエマがガイウスとミリアムの治癒を済ませるのが先か。まさにそれは、綱渡りの戦闘だった。
最初に動いたのはラウラ。後頭部で括った群青色の髪が棚引き、その度に大剣の剣戟が繰り出される。そしてその剣戟の隙間を縫うようにして、ユーシスの剣も斬撃を生んでいく。
急ごしらえの斬撃の張り方でしかない。恐らくレイが相手ならば、全てを紙一重で躱されて容赦なく攻撃を叩き込まれるだろう。
だが今は、その斬撃の全てが当たっている。当たり前の事だ。相手はそもそも避けようともしていないのだから。
しかし、”当たっている”事と”通じている”事は全く別の話であり―――。
「雑魚共が、一丁前に囀るな」
刃の雨嵐の中を、まるでそよ風に巻かれているかのように佇む。全ての斬撃は確かに当たっているというのに、まるで巨大な鋼鉄の塊を刻んでいるかのように弾かれていく。
しかもそれは、”氣”を纏っている人間を相手にしているのとは、少しばかり感触が違った。
以前、レイは氣を扱う事の出来る武人がどれほど防御力にも秀でているかという事を全員に見せた事があった。
その時はラウラに斬りかからせ、彼女も少しばかり躊躇いながら、それでも全力で大剣を振り下ろした。しかし、彼女の剣は終ぞレイの皮膚を裂く事はなかった。
それは、ユーシスも経験したことがある。普段は不可視の氣で固められた防御力というものを、その時に嫌という程体験したのである。
その時の体験の記憶と照らし合わせると、
馬鹿な、と思う。これ程の出鱈目な
しかし、そんな事を考えている暇など無かった。
一瞬で懐に潜り込まれたラウラが、蹴撃を食らって吹き飛ぶ。だが、その安否を確かめるために視線を動かすことすら許してはくれない。それこそ、瞬き程度の時間ですら、懐に拳撃を叩き込まれるには充分な時間なのだ。
攻撃の矛先は、当然ユーシスの方へと向く。
拳が放たれる度、蹴りが宙を切る度に、まるで空間ごと抉り取るのではないかと懸念してしまう程に凄まじい余波が襲ってくる。
躱せるのは数回に一度が限度。防御をしようにも、その度に確実にダメージが肉体に蓄積していく。それでも耐えられているのは、偏にこれまでの鍛錬の賜物であり、彼ら自身の絶対に倒れてなるものかという矜持によるものだった。
マキアスによる牽制射撃、及び防御アーツの重ね掛けも全滅の回避に一役買ってはいるが、それでも力不足だという事は彼自身が一番良く分かっている。
だが、近接戦闘に秀でていない者がノコノコと前に出たところで、瞬時に狩られて役立たずに成り下がる。それだけは御免であった。
しかし、離れている中衛であるからこそ見えてくるものというのもある。例えばマキアスは、スフィータの近接戦闘の動きそのものにいつの間にか違和感を覚えていた。
マキアスが今まで見てきた限り、武器を使わない格闘戦というものは、己と相手の駆け引きの要素が含まれていた。
攻めるのみならず、守り、躱し、時には相手の動きを読み切ってカウンターを繰り出す。事実、レイやサラの動きにはそれがあり、だからこそそれを強いものだと認識していた。
だが、目の前の女の動きはどうだ?
ユーシスが”決して躱そうとせず、攻撃を全て受けてきている”という事を看破したが、それを差し引いても異常性は山ほど残る。
彼女の動きは、徹底して直線的だ。……否、この言葉では語弊がある。一方的だと、そう言うべきだろう。
他者が何の攻撃を仕掛けてくるかなど微塵も考慮に入れていないような動き。よしんば予想外の攻撃をしてきたのだとしても、全てを受け切って攻撃を叩き込めばいいと思っているような、そんな戦法だ。
「(これは、まるで……)」
理性のあるヒトの戦い方ではない。マキアスは、ショットガンの引き金を引きながら、そう思った。
被る被害というのを全く考えていない。前進、ただ前進。眼前の敵をただ圧し、轢殺するまで止まらない。
それはまるで、得物を目の前にした凶暴な猛獣のようであった。絶対的な破壊力と体力を以てして殺られるまえに殺り潰す
今の自分達が、それこそ一番相手にしたくないタイプの敵。地力で勝る事を許してしまえば、小細工で弄する事も出来ない。
戦闘経験そのものは浅いマキアスだが、この場を生き延びるにはスフィータを物理的に攻略しなくてはならないという事は十二分に理解できていた。
「ぐ……ぁっ……」
しかし、現実は非情だ。
ラウラに続き、ユーシスも再度地面に叩きつけられる。どれだけの攻撃を食らったのかはもはや本人にしか知り得ないだろう。
どれ程の激痛が全身を苛んでいるのか、そればかりは共有しようがない。しかし、彼らが必死に稼いだ時間。それが無駄と蔑まれるのは許しがたい事だった。
「ふん、他愛もない。この程度では脅威にもなり得んだろうに。あの男、一体何を考えている」
「――――――」
”あの男”とは一体誰を指しているのか。やはり一連の襲撃には黒幕がいたのかと考えを巡らしている内に、いつの間にかスフィータはマキアスの眼前に移動していた。
直後、マキアスの腹部に鈍い痛みが走った。
「が―――ふっ」
そして吐血。視線を下に向けてみると、スフィータの手刀がマキアスの腹を貫いていた。
激痛が走る。腹部から熱い血が滴り落ちると共に、生命力が奪われていく感覚を不本意ながら実感した。急激に失われていく平常心と理性を繋ぎ止める事に、マキアスは全力を振り絞る。
一方でスフィータは、メイド服諸共肌を鮮血に染めても、スフィータの表情は変わらない。変わる筈もなかった。
「見せしめの一人目は貴様という事にしよう。精々死の恐怖に足掻きながら死ね」
底冷えするような声だった。人の命など、芥子粒以下にしか思っていないような声だった。
事実、そうなのだろう。彼女にとっては、人を殺すのも蟻を踏み潰すのも変わりない。何かを失ったと、そう考える事すらないのだろう。
死の恐怖が否応なしに襲い掛かる。今ここで瞼を落としてしまえば二度と目覚められないという確信が、マキアスの脳を支配しかける。
だがそんな奴に―――
血流が止まりそうになり、思考が茫としていく中、マキアスはここ数ヶ月で徹底的に体に刻み込んだ反復動作で、片手でショットガンに弾を再装填する。そしてその銃口を、今も腹部に右手を突き刺したままのスフィータの眉間に押し当てた。
「どうやら貴様の目は節穴のようだな。今更鉛玉程度が通用すると思っているのか?」
「生憎と、何もできずに……ただ死ぬだけなのは……僕の、性に……合わない。……まぁ、死ぬ気も、ないが」
引き金が引かれ至近距離で被弾する。普通ならば頭部そのものが吹き飛ぶ衝撃だが、鋼鉄に勝る肉体を持つスフィータならば傷すらつかない―――筈だった。
「ッ―――⁉」
そこで初めて、スフィータの表情が揺らいだ。
弾丸を食らった自身が踏ん張れず、
更に、弾丸が叩き込まれた箇所からは一筋の血が滴っていた。口元にまで流れて来たそれを舌で舐め取ると、腕が引き抜かれて解放されたマキアスを鋭く睨み付けた。
「貴様ァ……
それに対して、マキアスは何も答えない。それに苛立ったのか、スフィータはマキアスに開いた穴をもう一つ増やそうと地を蹴る。―――が。
「『サベージファング』‼」
「『メガトンプレス』‼」
遅ればせながら復帰した二人が繰り出したカウンターに阻まれ、動きが止まる。空中で受けた攻撃の為、ダメージそのものは無くとも僅かな後退を余儀なくされる。
しかし足を付けたその場所に、地属性アーツの魔法陣が浮かび上がる。
直後、激振と共に床が捲り上がり、スフィータの四方全てを囲い込む。
その罠を設置したユーシスは、口の端から血を滴らせながら、リンクを通じて叫んだ。
『生きているかッ⁉ レーグニッツ‼』
『り、リンク越しとはいえ……大声を出すな、ユーシス・アルバレア……正直、かなりキツくは、ある。『アセラス』の重ね掛けで……出血だけは、止めているがな。……それより、エマ君』
『は、はいっ‼』
『僕の事は、今は……気に、するな。早く……
罠が効果を発揮し、拘束できる時間は長くて数秒といったところだろう。それを危惧してマキアスはエマの行動を優先させ、そしてエマも僅かな迷いはあったものの、鍛えられた判断力が攻撃を優先させた。
スフィータを囲い込んだ隙間から叩き込んだのは、『
『エアリアル』―――『サウザンドノヴァ』
逃げ場が極端に少なくなった最上級火属性アーツの効果を、『エアリアル』の豪風が更に引き上げる。
天井にまで届く極大の火柱、周囲に広がる熱波と爆風。仲間が続けて死の危機に叩き込まれたエマの怒りが、そこには顕現していた。
「く……っ、無事か⁉ マキアス‼」
「目ぇ閉じたら死んじゃうよ‼ ホラ、起きて起きて‼」
一度はマキアスと同じで瀕死になったガイウスとミリアムも、腹に風穴を開けられた状況は自分達よりも遥かに危険であると分かっていた為、必死に意識を保たせようとする。
だがそれよりも、何より絶対死ねないと思う言葉が耳朶に届く。
「―――この程度で死ぬなよ、レーグニッツ」
それは、マキアスが絶対に死に顔を晒したくない相手で。
「貴様、先に逝った家族をもう一度泣かせる気か?」
召された先で
「看取られたくなければ―――生きろ」
仲間たちを置いて、自分だけ死ぬのは、もっともっと御免だった。
自分を見下ろす10の瞳。ユーシスの、ラウラの、ガイウスの、ミリアムの、エマの―――彼らの期待を裏切るわけには行かない。
重ね掛けしている回復アーツももはや限界に近い。延命治療も先が見えてしまっている。
踏ん張り続けて保っていた意識も流石に朦朧としてきた。空いた穴から生きる活力が漏れ出していく。
死を実感するとはこういう事なのかと、得難い経験をした一方で、しかしそれでも踏みとどまり続ける選択を、彼はした。
「当たり、前だ……っ」
知り得ていない事は山のようにある。成せていない事など積み上がっていく一方だ。だからこそ―――。
「こんなところで……死ねるか……っ」
その言葉を絞り出した直後、どこからかマキアスの傷口に近いところに一つの物が投げ込まれた。
それは一目、鉱石の人形のようだった。手のひらに収まる大きさのそれは、マキアスの身体に触れると共に青白い神秘的な光を解き放った。
「なっ―――‼」
何だこれはと、そう叫ぶ暇すらなかった。どこか温かさも孕んだその光に包まれたマキアスは―――いつの間にか腹部から滲み出ていた激痛が収まっている事に気付く。
痛みだけではない。朦朧としていた意識も、絶え間なく流れ出ていた血も、全てがまるで巻き戻ったかのように収まっている。
如何に判断力を鍛えていたのだとしても、この時ばかりは全員が何が起きたのかを理解する事は出来なかった。それを理解する前に、自分たちの前方に足音が鳴った。
「やれやれ、使い捨ての物とはいえ、保管してあった
「それ、もしかしなくても俺も巻き込まれるアレっすよね?」
一人の幼い声は、以前ユーシス達が耳にしたのと同じそれ。
そしてもう一人の若い男の声は、ラウラだけが知っているそれ。
「えぇ。それに戦闘苦手な僕をここまで状況に噛ませたんですから、相応の見返りは期待しても宜しいのでしょう?」
「うぐ……レティシア姐さんの個数限定全乗せパフェで勘弁してください」
「宜しい。それにアイスココアも加えて手を打ちましょう」
一人は、着物の上に大きめのコートを羽織り、黒扇子を携えた少女。
一人は、黒と真紅に彩られた軍服じみた服に袖を通した、
その青年の姿を再び見て、ラウラは以前と同じように、呆けた様子で彼の名を口にした。
「ライ、アス……?」
「……勝手ながら、助太刀させてもらうぜ、ラウラ」
立ち込めた煙の奥底から、濃厚な敵意と殺意が再び放たれる。
状況は未だ、終息には至っていなかった。
Q:この時点でスフィータちゃんってどれくらい強いの?
A:『HELLSING』の大尉と同じくらい。ただし相手ナメてナメプしてるため、まだまだ。
Q:マキアスなんで助かったし
A:次回
Q:マキアスが撃った弾って何?
A:次回