英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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季節の移り変わりの風邪、マジヤバいです。

以上、言い訳終了。



更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

そろそろケルディック編終わらせないとヤバいな、コレ


不可解への挑戦

―――時は少し遡る。

 

 

 それは、実習1日目の昼前。教会からの薬調達の依頼の際、薬の材料である『皇帝人参』を調達するために西ケルディック街道に赴いた時の事だった。

 

 

「? ここは……」

 

 高台の方を見上げて、リィンがそう呟く。その視線の先には鉄のゲートに囲まれた鬱蒼とした森林地帯が広がっていた。

自然と他のメンバーの視線もそちらを向き、時間に少し余裕があった事もあり、その場所へと寄り道がてら立ち寄る事に全員が同意した。

 

 

 『ルナリア自然公園』。

 帝国東部最大の自然公園であり、その総面積はクロイツェン州の実に五分の一にも及ぶ。

広大な森林に覆われたその土地には、帝国内での自生は珍しい植物や、入り組んだ自然地形を住処にしている魔獣などが生息しており、敷地内だけで独自の生態系が築かれている。

それ故に、一般人の大半の場所への立ち入りは禁止されているが、一部の区画は舗装され、通常ならば職員立会いの下、自由な見学が許されているのである。

 

 だが今は、立ち入り区画の入り口である鉄製のゲートは、固く閉ざされていた。

 

 依頼の遂行もあるため、元より立ち入る気は毛頭なかった一同ではあったが、ゲートに近づいた際に、両脇に立っていた職員と思われる制服を着た二人の男性に制止された。

それ自体は普通の事である。平時より無断での立ち入りは許可されていないため、引き止められるのは当然の事だった。

 しかし一行が違和感を覚えたのは、男の一人から本日は立ち入り禁止だという旨を伝え聞いた後の事である。リィンが工事でもしているのかと問いかけたところ、もう一人の男が鬱陶しそうに口を開いた。

 

『あー、まぁ大体そんなところだ。ほら、分かったら帰った帰った。俺たちはこう見えても忙しいんだよ』

 

 仮にも客であるかもしれない人間に対して随分とぞんざいな対応をする男たちに対して、言葉に従ってゲートから離れた後にアリサが不満を漏らす。それに尤もだと各々が同意をしながら、それでも運がなかったと諦めて、一行は材料を受け取るために公園近くの農家へと足を運んだ。

 

 

 

 さて、その時ケルディックの実習に赴いていたA班のメンバーの面々は、後に実習を終えてトリスタに帰還した際に思った。

 

 

 あの時、あの場所で、全員が感じた”違和感”。それを誰かが明確に口に出す事ができたのなら、”事件”はもっと穏便に済ませる事ができたのだろうか、と。

 

 しかしそう考えた直後に、各々が首を横に振る。たとえ感づいていたのだとしても、あの場で自分たちがどうにかする事はできなかった。

 あの時はまだ大市で騒動が起きている事なんて全く知らなかった自分たちが察する事など不可能だし、よしんば察する事ができていたとしても、それは曖昧な推測に他ならない。確証もなしに動き出すなどという浅薄な考えは、誰一人として持ち合わせていなかったはずだ。

 

 だからこそ、顧みずにはいられない。

 

 

 思えばあれが、ケルディックにおける騒動の序章となっていたという事を。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 「大市の方で騒ぎが起きている」―――宿酒場『風見亭』に勤めるウェイトレス、ルイセからその情報が齎されたのは、まだ陽が昇って間もない早朝の事。未だ欠伸交じりの寝起きだったA班一同は、その知らせを聞いて目を覚まさせた。

特に顕著な変わりようだったのはレイだ。その知らせを聞くまでは瞼を重くして時々閉じかけるという、まるで平時のフィーのような状態であったものの、直後に目つきを変えたのだ。

それでも飛び出すと言ったことはせず、努めて冷静に振る舞ってはいた。リィンたちはその詳細を聞いた後、大市へと向かう事となった。

 

「しかし……屋台が破壊されるとはな」

 

「その上盗難だ。一体何が起きているのやら……」

 

 今朝方無事に仲直りを果たした(そもそも喧嘩と言う程険悪な訳でもなかったが)ラウラとリィンがそう言葉を交わし合う中、後ろに控えるレイは顎に手を当てて何かの思考に耽っていた。

 

 ルイセが聞いて来た話は、大市に出店している屋台の一部が昨夜の内にバラバラに破壊され、展示してあった商品が根こそぎ消失したというものであった。

 状況から鑑みるに、窃盗事件以外に考えられない。町中に魔獣が潜入した気配も感じられない事から、十中八九人間の手による犯行とみて間違いはないだろう。

そして、現在レイが考えているのは、その犯行時刻だ。

 

「(昨晩、俺がリィンを抱えて帰ってきたのが午前2時過ぎ。ベッドに入って寝付いたのが2時半くらいだから、それ以降の犯行か)」

 

 屋台の破壊と言う大胆な犯行。『風見亭』が奇しくも大市に隣接する位置に建てられていたという事もあり、起きている間に破壊音が響けば流石に気付くだろう。

しかし、大まかな犯行時刻を特定したとしても、事件解決の糸口には繋がらない。そのためレイたちは、足早に野次馬が集まっていた大市の中へと足を踏み入れた。

 

「あっ……」

 

「やっぱり、か」

 

 そこで一同が見たのは、屋台を壊された商人の喧嘩。しかも彼らは、昨日出店位置の場所でもめていた二人だった。

 片や田舎風の服装をした若い青年。片や立派なスーツで着飾った壮年の男性。彼らは昨日よりも憤った様子で、怒声を浴びせあっていた。

 

 

「よくも私の屋台を滅茶苦茶にしてくれたな! この卑しい田舎商人め!」

 

「んだと、帝都の成金がぁ! そっちこそ俺の場所を独り占めしようとしたんだろうが!!」

 

 

 罵り合いは加速し、再び殴り合いになりそうになった所で、リィンが待ったをかける。事情を聞いてみると、その喧嘩の内容にも納得がいった。

 

 被害は屋台二件。大市正面に配置されていたものと、その裏手に配置されていたもの。それは、昨日元締めが指定した二人の屋台の出店場所だったのだ。

改めて検分をしてみると、商品を配置する棚は元より、屋台の骨組みの一部も壊されて無残な姿を晒していた。それに加え、二人が売り物にしていた商品が根こそぎ奪われてしまっていたのである。

 二人は、互いが互いの屋台を破壊して利益を独占しようとしたのではないか、という結論を弾きだして口論となり、元締めの仲裁も空しく、ここまで加熱に発展してしまったのだと言う。

 

 気持ちはまぁ、分からなくもなかった。昨日の今日でこの事態。しかも屋台を破壊された上に商品まで一切合財強奪されたと来た。これでは、冷静さを保っていろと言う方が難しいだろう。同じ理由で、お互いを犯人であると決めつけてしまう心情も理解できる。完全に商売が上がったりになってしまった憂さを晴らしたいのだろう。

 

 だが、冷静に考えてみるとおかしな点は幾つか存在する。ラウラの制止も何のそので喧嘩を再開しようとした二人にレイがその疑問をぶつけようとした時に、広場に第三者の声が響いた。

 

「こんな朝早くに何事だ! 騒ぎを止めて即刻解散しろ!!」

 

 青を基調とした制服に羽根つきの軍帽を被った男を先頭に展開する数人の兵士たち。それは、本来この場所に来るはずのない一団だった。

 リィンたちも思わず思考を止めて、疑問符が頭の上に浮かび上がる。

 

 ケルディック駐屯の、クロイツェン領邦軍。

 

 大市の動向に不可解なほどの不干渉を貫いて来た彼らが、今ここで大市の問題に首を突っ込んできたのである。

 

「(……ハッ)」

 

 レイはその一連の状況に対して心の中で失笑しながら、領邦軍の動きを観察していた。

隊長格であるその男は、終始訝しげな表情を浮かべながら元締めであるオットーから事情を聴く。

昨夜の内に起きた事件の全貌。そして二人が喧嘩をしていた理由。

 それらを聞くと、男は特に悩む様子もなく、商人二人を拘束するように命令を出した。

犯行は不満を持った二人が互いに報復をし合った結果。故に両者とも拘束する。―――余りにも強引過ぎるその判断にラウラが異議を唱えたが、男は聞き入れようとはしない。

「領邦軍はこんな些事に割いている余裕はない」という、現状を知っている者であればどの口が言うかと言う理由を引っ下げて。

 

「……お言葉ですが、隊長殿」

 

 口を挟んだのはレイだった。傍観に徹しているつもりだった彼だったが、男の判断が思っていたよりもあっさりとしていたので、介入せずにはいられなかったのだ。

 

「物的証拠がない内に状況証拠だけで事件を裁いてしまうと、後に冤罪だと証明された時に困るのでは? 栄えあるクロイツェン領邦軍の沽券(こけん)にも関わりましょう」

 

「む……」

 

「拙速な判断は確かに指揮官には必要不可欠ですし、事態を迅速に収めたいというお気持ちは分かります。ですが、この事件は無理矢理に収束させてしまっては後々の禍根にもなるでしょう」

 

 公爵家直轄というプライドを傷つけず、尚且つ調査の横暴さを嗜める。あくまでも声色は神経を逆撫でしない程度に柔らかく、また言っている事の道理も通っているため、一部隊を預かる身の上として、男は否と言えない状況に陥っていた。

それを見計らったのか、レイは男に対して更に”逃げ道”を提案する。

 

「自分は商業にはとんと縁がない身の上ですが、それでも商人にとってこの事態が死活問題であるという事は理解しております。ですので、この問題は当人同士に任せて退いては頂けないでしょうか? 元締めのオットー氏の手腕ならば、この場を穏便に収める事も可能でしょう」

 

 そしてレイは、「お願いします」という一言と共に頭を下げた。

ここまでへりくだった様子を見せた若者を相手に冷徹に振る舞えば、それこそ事態は徒に大きくなるだろう。男は苦虫を噛み潰したような表情を見せてから、喧嘩をしていた当人たちへと向き直った。

 

「……再び騒ぎを起こせば容赦はしない。覚えておくのだな」

 

 そんな言葉を残し、男は配下の兵を連れて屯所へと引き上げていった。

そして足音が聞こえなくなった頃にレイは下げていた頭を上げ、ふぅ、と一息をつく。

 

「あぶねーあぶねー。もう少しで最悪の事態になるとこだった……って、どうしたんだよ、お前ら」

 

 額を拭って振り向いたレイが見たのは、茫然とした表情で棒立ちになり、こちらを見たままの四人の姿。気が付けば、先程まで騒がしかった大市がシンと静まり返ってしまっている。

 

「え? 何? どうしたのコレ? 俺完全にアウェー状態?」

 

「あ、いや、そうじゃないさ。何と言うかその……余りにもあっさりととりなしてしまったから驚いたと言うか……」

 

「え、えぇ。……正直、いつものレイとキャラが違い過ぎて寒気がしたわ」

 

「褒めるのかディスるのかどっちかにしろよ、お前ら」

 

 レイはそう抗議するものの、一方で当然の評価だとも思った。普段の”素”のキャラとは正反対なくらいに乖離しているのは分かっていたし、それは彼らからすれば些か珍妙に映ったことだろう。

 

「ま、ああいう手合いとのやり取りは慣れてんだよ。―――オットーさん、すみませんが後の事はお任せしてもいいですか?」

 

「うむ、勿論じゃ。……君たちにはまた助けられてしまったの。改めて、礼を言わせて貰うよ」

 

「どーもです。―――あとお二人も、もう喧嘩はしないで下さいよ? 殴り合いよりも先に、することがあるはずですし」

 

「あ、あぁ。そうだな」

 

「……君の言うとおりだな。私としたことが、少しばかり冷静さを失っていたようだ」

 

 ようやく反省の色を示した二人を横目に見ながら、レイは何事もなかったかのようにふらりと大市の敷地内から立ち去っていく。リィンたちは、そんな彼の背中を足早に追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、ようやく得心(とくしん)がいった」

 

 大市を離れて町の広場に辿り着いた時、徐にラウラがそう言った。

 リィンたちはその言葉に疑問符を浮かべたが、レイは「やっぱりか」と苦笑がちに漏らした。

 

「真っ先に気付くのはお前だと思ってたぜ。俺も仕事でお前の地元に行った事何回かあったからな」

 

「ふむ、そうだったのか。となると今まで顔を合わせなかったのが不思議なくらいだな」

 

「いや、俺が言った時お前おやっさんと修行してたみてーだからさ、俺もそんなに長く滞在してたわけじゃねぇし」

 

「なるほど。フフッ、そなたならば私よりも父上と良い勝負をしそうだな」

 

「やめろやめろ。《光の剣匠》とガチで戦り合うとか寿命縮むわ」

 

 当初の話題もそっちのけで会話に華を咲かせる二人の間に、エリオットが「え、えっと……」と、遠慮がちに入って来る。

 

「け、結局ラウラは何が分かったの?」

 

「あぁ、すまぬ。予想がついたのは、レイの”職業”とやらだ。先程の慣れた手練手管。幾度か似たようなのを見た事があったのでな」

 

 そこまで聞いてリィンも理解したのか、あぁ、と頷く。対してエリオットとアリサは小首を傾げたままだった。

 

 

「《遊撃士(ブレイサー)》だろう。帝国ではあまり馴染みがないかもしれんが……」

 

「ま、確かにそうだな。俺はそれのクロスベル支部ってトコで働いてた。末席だがな」

 

「へぇー……遊撃士かぁ」

 

 ラウラの言う通り、エレボニアではあまり活動していない組織名に、エリオットが珍しそうに息を漏らした。

 

 レマン自治州に本拠地を持ち、エプスタイン財団の出資によって成り立っているこの組織は、『支える籠手』の紋章を掲げて主に地域の平和と民間人の保護を目的として行動している。

その規模は大きく、ゼムリア大陸全土に支部が置かれているほどだが、ここエレボニア帝国で正式に活動しているのはクロイツェン州南部にあるレグラム支部しかない。故に、帝国在住の人間がピンと来ないのも不思議な事ではないのだ。

 

 

「なるほど。ああいう揉め事の解決なんかも、クロスベルにいた時にやっていたのか?」

 

「いや、むしろああいう事は警察の人間に対してやってたかな? クロスベル警察と支部はぶっちゃけ反りが合わない関係だったし、お偉方に呼び出し食らってつまんねー説教を躱していく内に身に着いたスキルだよ」

 

「な、中々ハードな仕事をしてたのね……」

 

「それよりも、だ」

 

 話が停滞してしまう前に、レイが転換を行う。ここで話し合うべきは、こんな話題ではない。

 

「どーするよ、リィン。これからは」

 

「……そうだな」

 

 レイの言わんとしている事は、リィンには直ぐに理解できた。

このまま予定通りに課題を消化していくか、それともこの事件の不可解さを追求していくか、という事だろう。

 

「で、でも……」

 

 しかし、とアリサは口を挟む。確かに屋台を破壊した犯人を含め、この一件には謎が多い。それが気にならないと言えば嘘だ。

 だが、昨日も悩んだように、これは一介の学生が足を突っ込む許容を超えている。常識的な観点からすれば、手を引くのが道理だろう。無論、それが正しい事だとは思わないが。

 

 が、リィンはここで事件に関わる選択をした。その切っ掛けとなったのは、昨日『風見亭』のカウンター前でサラに言われた一言。

 

 

 

「―――せいぜい悩んで、何をすべきか自分たちで考えてみなさい」

 

 

 

 規則に囚われるのではなく、自分たちが自発的に”どうしたい”のか。そしてこのケルディックの地で”何がしたい”のか。それを考えるための”特別実習”なのだと。

 目の前で起きた現象から目を背けてやれと言われた事だけをやるならば、わざわざケルディックにまで赴く意味はない。

何故自分たちを学園の庇護下から離してまでこんな事をさせるのか。それを理解するのもこの実習の一環ではないのかと、リィンは言う。

 

 何を考え、何を為すのか。

 サラが言いたかった”自立”の考えを言い当てた彼の言葉に、一同は頷く。元より、ここで何もしなければ後悔しか残らないだろうから。

 

 

「(……ま、ちっとはマシな面構えになったかな)」

 

 昨日までの彼がここで前に進む選択をしたかどうかは分からない。それでもレイは、ここで僅かな迷いだけで進む選択をしたリィンの事を見直していた。

 自立性の発露。確かにそれはサラが言いたかった事の一端だろう。だが、付き合いが長いレイは彼女の言葉にそれ以外の”何か”が含まれているのも知っている。

 

 

「―――あの子たちの事、頼んだわよ」

 

 

 でなければ、わざわざ去り際に自分にそう耳打ちするはずがない。

 だが、任された以上はやり遂げるのが遊撃士としての矜持だ。既に打てる手の最初の一手(・・・・・・・・・・)は打った。願わくば次手を打たなくてもいいように事が運べばいいのだが、それも少し難しくなりそうだった。

 だが、それを面倒だとは思わない。こういった任務に慣れている身としては、結果の後の事態に備えるのも仕事の内だ。

 

 

「とにかく、足を使って調べるしかないな。レイ、もし良かったらアドバイスとかくれないか?」

 

「ん、りょーかい」

 

 タイムリミットは帝都行きの最終列車がでる午後9時。それまで実習課題も並行して進めながら事件解決の糸口を見つけ出す。それがリィンたちが出した最終日の計画であり、レイもそれに従う事に同意した。

 思えば、プランの大半が白紙のまま仕事に挑むのはいつ以来だろうか。遊撃士になりたての頃の自分を思い出して、失笑する。

 

「助かるよ。こういうのは慣れてないからさ」

 

「ま、心配すんな。しくじっても尻拭いくらいはしてやるよ」

 

 そう言って、軽く拳をぶつけ合う二人。それを見て、他の三人も良い表情を浮かべたまま頷いた。

 

 こうして特別実習A班は、予定外の事件の解決に、自ら足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「―――『ケルディック駐屯の領邦軍に異質の動きあり。第三種警戒態勢を求む』ですか」

 

 

 帝都駅構内に存在するとある組織の司令所。その執務室に一人座っていた女性が、部屋の窓から闖入してきた仮初の息吹を与えられた紙鳥からの報告を呟くように反芻する。

 数秒、目を伏せて僅かな時間で熟考する。情報源は信用できると言っても過言ではないが、なにぶん状況証拠すらも曖昧なこの状況ではいかに警戒している領邦軍が不可解な動きを見せていようとも部隊を動かすわけにはいかない。

 とは言え、このまま知らぬ顔を貫くのが得策とも言えない。元よりケルディックは帝都からもさほど離れていない位置に属し、鉄道の重要拠点の一つでもある。そこが深刻な異常事態にでも陥れば自分たち(・・・・)は動き辛くなる。ただでさえバリアアート方面とは友好的な関係が築けているとは言い難いこの状況下で長所を潰されてしまうのは余りにも痛い。

 慎重に動く必要はある。とは言え状況の俯瞰に時間をかけすぎて機を逸してしまえばそれまでだ。そのタイミングを、情報が少なすぎる今この場で判断するのは難しい。

 

「……まぁ、彼の事ですし、二次報告の手筈くらいは整えているんでしょうけれど」

 

 このような刻一刻と事態が移り変わっていく事件に関しては驚くほどに抜け目のないあの少年の事である。この報告も恐らく、事件の全貌が掴みきれていない頃に放たれたものなのだろう。となればこれは、”とりあえずこういう事があったから、一応警戒だけはしておいて”というメッセージ以上の意味は含まれていないと推測できる。

 これ以上の報告が来なければそれでよし。少なくとも数日以内にケルディック駐屯のクロイツェン領邦軍が何かを仕掛ける事はなく、ケルディック自体に大きな変化は訪れないという事だ。

無論、こちらとしても独自に情報を仕入れる必要はあるが、目下警戒するべきはクロスベル方面の状況である。大きな事件が起こらなければ、それに越したことはないのだから。

 

 だが、どうにも胸騒ぎがする。

 そもそも彼が自分に直接職務的な意味合いで連絡を寄越した事自体が珍しい。個人的な連絡ならば二年ほど前から時々「お前んトコのレクターのノリがウザい。マジで何とかして」と言ったようなものが飛んできたりしたのだが、自分の職務に抵触するような内容の話はこれまで一切と言っていい程貰ってはこなかった。

 そんな彼が、トールズ士官学院に入学したとはいえ早々にこういった連絡を寄越してくることが無意味な事とは思えない。

 

「(……一応、動く準備はしておいた方がいいでしょうね)」

 

 女性はそういう結論に至ると、執務机の傍らに置いてあった小型の受話器を取る。そして、部下に連絡を取り始めた。

 

「ドミニク少尉、私です。第三分隊に出動準備の要請を。……えぇ、今はまだ本格的に動かなくても結構です。以降の命令に即座に従えるよう、意識はしておいて下さい」

 

 薄水色の髪を揺らし、女性は受話器を置くと執務室を後にする。

 

 

 

 

 彼らが帝都駅から出動したのは、その数時間後の事であった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ラウラの親父さんってユン老師とタメ張れるんでしたよね? 
何故この世界の親父枠はここまでチートが多いんでしょうか。ヴィクター、カシウス、アリオス、シグムントetcetc……。

……ってか、よくアリオスとシグムントに勝ったな、ロイドたち。

この人たちの戦闘描写とか求められるレベル高そうですね。もっと精進せねば。

ついでに健康にも気を付けます。ハイ。

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