英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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※前回までのあらすじ


A班(ルーレ組)

何もなしに実習を終えられるほどこの世界の実習は甘くない(絶望感)
ルーレ実習二日目、なんかもう、色々と滅茶苦茶になる一日が幕を開けます。


B班(オルディス組)

ガチで何人か死にかけた。



※「第六章」現在までの初登場オリキャラ

・ヒルデガルド・ルアーナ
(RF社『第三製作所』研究主任兼取締役。アンゼリカ・ログナーの叔母にしてアリサの理解者。独身)

・カリサ・リアヴェール
(猟兵団《マーナガルム》《五番隊》兵站班主任。息を吸うように武器の売買を行う、本物の”死の商人”)

・イルベルト・D・グレゴール
(結社《身喰らう蛇》使徒第四柱。真正の外道)

・ルクレシア・カイエン
(四大名門〈カイエン公爵家〉の嫡女。無意識にエグい。色々と言動にR指定がかかる)

・ペルセフォネ
(猟兵団《西風の旅団》連隊長。フィーと雰囲気が似ている。多分こちらもシスコン拗らせ勢)





破戒を告げる朝

一片の擁護もできない真性の外道というものが、この世にはさほど珍しくもなく存在している。

 

 

 それは、一度でも裏の世界を垣間見た者であるならば、恐らくは一度は目にした事、耳にした事があるだろう。

 

 自分の欲望のためだけに他者を捨て駒の如く利用し、用が済めば塵屑同然に使い捨てる者。

 自分が犯した悪行を、さもそれが”正義”であるかのように振る舞う者。

 

 

 ―――例を挙げればそれこそキリがないが、もしレイ・クレイドルという少年がこの”真性の外道”と呼べる人物を”一人”挙げるとするならば、特定の”一人”を選ぶ事ができる。

 

 それは自身が姉のように慕っていた騎士を殺害したザナレイアではなく、親友を一時期精神崩壊に追いやった教授でもない。―――否、レイからすれば彼らもまた救いようのない外道の中の外道であり、善悪の二元論で物事を語ることを嫌う彼からして見ても”悪”と吐き捨てることができる者達ではあるのだが、それ以上に救い難い―――そもそも”救う”という概念を抱く事すら思い浮かばない者が一人、居る。

 

 

 結社《身喰らう蛇》 《使徒》第四柱。

 

 名を、イルベルト・D・グレゴールと言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

「アンタが……今回俺らの計画を補佐してくれるっつう《結社》の人間か?」

 

 

 ルーレ市街区より離れたスピナ間道の一角、四方を崖に囲まれた隠遁には絶好の場所で、《帝国解放戦線》の幹部の一人、ヴァルカンは部下数人と共に、潜伏場所でもあった洞窟の入り口で一人の男を出迎えた。

 

 ヴァルカンは、嘗てとある猟兵団を率いていたという過去を持つ男である。戦場慣れしたその観察眼と判断力は、出会った人間がどのような類の人間かと理解できる程度には高い。

 

 だが、目の前に佇むこの男は、彼の眼を以てしても―――()()()()()()()()()()()()

 

 

「まぁ、そうなるのだろうな。お初にお目にかかる《帝国解放戦線》の諸君。私の名はイルベルト・D・グレゴール。結社《身喰らう蛇》の《使徒》の一席を担う者だ」

 

 長身痩躯、だが脆弱な印象は微塵も感じさせない。”ただそこに居る”というだけで不気味さという曖昧な表現が具現化しているような感覚には、どれほど戦場を闊歩してきた者であろうと思わず眉を顰めることだろう。

 猛禽類が獲物を見つけた時のように鋭く細められた双眸とは相反して緩く吊り上がった口角もまた形容し難い恐怖感を煽る。なまじ壮年期から老年期へと差し掛かったかのような風貌と相俟って、この世の全てを手玉に取っているかのような、そんな威圧感さえ感じさせた。

 

 経験、そして直感が雄弁に語りかける。―――この男は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()男だ、と。

 

「助かるぜ、旦那。俺らはこれでも精鋭だと思っちゃいるが、頭数―――それも”異能”持ちだっつう《結社》の最高幹部が来てくれるたぁな」

 

 ひとまず表面上はそう言って歓迎の意を示したヴァルカンであったが、正直なところ、不服感を感じないかといえば噓になるのだ。

 《帝国解放戦線》が今回このルーレで引き起こそうとしているのは、ルーレ市内に搬入した囮で《鉄道憲兵隊》の注意を引き付けた上で、黒鉄都市の要とも言えるザクセン鉄鉱山を制圧するという大掛かりな作戦だった。

 

 とは言っても、機械人形兵器(オーバーパペット)という戦力を獲得している以上、戦線は自分たちの戦力だけでこの作戦を成し得る事ができるという自負はあった。

 元より彼らは、《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンが執り行った政策によって被害を被り、その復讐の為に非人道的な行為に手を染めることを選んだ者達である。政府に打撃を与える作戦は可能な限り自分たちの手だけで遂行したいと思うのは当然のことだろう。

 

 だが、《結社》の支援なくしてはここまで来る事ができなかったというのもまた事実。

 信用できるか、できないかという私情はこの際捨て置いてでも、作戦の成功を第一に考えなくてはならない。

 

 するとイルベルトは、徐に視線を上へと向けた。

 

 

「時に、(けい)は月見を嗜む趣味があるかね?」

 

「あン?」

 

「頭天に頂く宵月を肴に茶か酒を嗜む趣味が、卿にはあるかと訊いているのだよ」

 

 突然差し込まれた関係のない言葉に、しかしヴァルカンは最低限の付き合いだと割り切って言葉を返す。

 

「そうだな……まぁ月を見ながらの酒が美味ぇってのは否定しないぜ。昔はよく、戦闘の合間に一杯やったモンだ」

 

 自分で紡いだその言葉に、嘗て自分が率いていた仲間たちの顔が過る。逆恨みだとは分かっていても足を踏み入れた復讐劇。こんな自分を彼らが見たらどう思うかと、思わず哀愁に流されそうになってしまう。

 だがイルベルトは、そんなヴァルカンの感情の変化など毛ほども興味がないと言わんばかりに視線を再びヴァルカンたちの方へとやった。

 

 

「美しきモノに目が惹かれ、それに浸りたいと思うのは文明人の嗜みだ」

 

 そこでヴァルカンは更に深く眉間の皺を刻む。

 この男は、一体何を言いたいのか、と。

 

「だが、美しきモノも枯れ地の木の如くそれだけでは……飽きも回ってくるだろう。故に至高の美には―――添えるべき華が必要だ」

 

 するとイルベルトは、何の脈絡もなく右手を掲げ、一回だけ指を鳴らす。

 その音は月夜の闇の中に溶けていくだけのものであった筈だ。少なくともそれ以上の意味はなく、ヴァルカンも部下たちも、彼に対する不信感をまた少し募らせるだけで済んだ筈だ。

 

 

 ―――唐突に、一人目が斃れた。

 

 それは、何もないはずの虚空を割いて、煩わしい発砲音と共にマズルフラッシュが炸裂した直後の事。

 他の構成員たちは、突然先ほどまで共にいたはずの同士が眉間を撃ち抜かれて物言わぬ屍になったという事実を頭で理解するまでに数秒を要した。

 

 だが、その数秒はあまりにも遅すぎた。

 最初の一発を皮切りに、連続で放たれる音と光。未だ唖然としていた構成員たちの命を根こそぎ刈り取るに充分な時間が過ぎた後、不意にイルベルトの背後の空間が()()()()

 

 虚空から現出したのは、漆黒の軽装鎧を身に着け、一様に髑髏の仮面を張り付けた異様な一団。

 その全員が、手にした銃の銃口をヴァルカンらに向け、まるで機械兵団の如く同じ射撃姿勢で動きを止めていた。

 

 まるで瞬間移動のようにいきなり虚空から現れたそのタネが、《結社》で新しく開発された個人携行型光学迷彩術式兵装であった事は、恐らくヴァルカンも理解していなかったことだろう。

 元来”表側”の技術でも戦闘用飛空艇などに取り付けるステルス兵装は開発されているが、その為に必要となる膨大なエネルギー及びコストという課題に阻まれて個人携行型に圧縮されるまでには後数十年はかかると言われていた代物であったからだ。

 

 だが、そんな事はどうでもよかった。

 見るべきは事実。この異様な髑髏仮面の一団が、今まで日陰に身を堕として戦ってきた今の仲間を呻き声をあげる暇すらもなく鏖殺したという事。

 そしてそれを指示した男は、その光景をまるで当たり前の風景の一つを見るかのような表情のまま、言葉を続けた。

 

「華と呼ぶには些か気品が欠けてはいたが―――まぁ血染花(けっせんか)としての価値は彼らにもあったという事だ。月見を彩る添え役としての及第点はやれんがね」

 

 人を殺す、という行為に罪悪感を覚えない人間は珍しくない。その行為に快楽を見出す者もまた然り。

 だが、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()などというのは、あからさまな人格破綻者だ。そんなものは、純粋な外道でしかない。

 

 

「こ――――――のド腐れ野郎がァァ―――ッ‼」

 

 ヴァルカンにとって、背後に立っていた部下たちが自分を残して全滅するというのは二度目の経験だ。

 一度目のその時は、標的としていた筈の《鉄血宰相》の嘲笑うかのような笑みが今でも網膜に焼き付いているが、それでも、目の前のこの男よりかは幾分以上もマシである。

 

 激昂し、相手が引き金を引くよりも早くその不気味な笑みを浮かべた顔に拳を入れてやろうと距離を詰めたヴァルカンだったが―――。

 

「ガ―――ッ⁉」

 

 最後の一歩を踏み込もうとしたところでヴァルカンを襲ったのは、弾丸の雨霰ではなく、浮遊感であった。

 猟兵時代にも、そして戦線に身を移してからも鍛え続けた巨躯を持ち上げる事ができる人間など、そうはいない。少なくとも、()()()()()()であったのならば。

 

 東洋に伝わる武術の要領でヴァルカンの膂力を利用する形で”投げ”を行い、地に叩きつけた後、的確に関節を絞めて動きを完全に封じたのは―――一団とは違って黒の軽装鎧も髑髏仮面も付けていない、しかしある意味では彼らより異様な、中性的な風貌を持った線の細い子供であった。

 

 その少年はヴァルカンの動きを完全に封じつつ、軽装の何所からか取り出した細い針を巨躯の一部に突き刺す。

 すると、体の全身が麻痺したかのような感覚に一瞬にして陥り、ヴァルカンは抵抗の気力を全て奪われた。

 そして尚も新しい針を突き刺そうとする少年の行動を、しかし制止したのはイルベルトであった。

 

「殺すな、クリウス。()()にはまだ生かしておく価値はあるのでね」

 

「はっ、申し訳ございません」

 

 クリウスと呼ばれたその少年は、イルベルトの命令に唯々諾々と従い、手品と見間違う手つきで針を仕舞い込む。

  

「牙研ぎを怠った猟犬程、役に立たぬものはない」

 

 イルベルトのその”右手”がヴァルカンの顔を鷲掴み、痩身からは考えられない程の膂力で巨躯を持ち上げる。

 

「喜びたまえ。無価値な犬にも使いようはある。なに、少しばかり()()()()()()良いだけの事」

 

「ッ―――⁉」

 

「ふむ、では……」

 

 するとイルベルトは、路傍の花を手折るかのような容易さでヒトを壊す最後の一押しを行う。

 

 

「卿からは『”理性”を貰い、”狂気”を贈ろう』」

 

 

「ガッ―――ぐ―――ぁぁぁァァァァァァ――――――‼」

 

 傍目からは何事も起きていないようなその一瞬で、イルベルトは自らの”異能”で以てヴァルカンを狂獣へと貶めた。

 

「■■■■■■■■―――ッ‼ ァアアァァ―――ッ‼」

 

「月の妖光に吼える獣の姿―――夜想曲(ノクターン)にしては些か品位に欠けるが、まぁ今宵はこの程度で辛抱するとしよう」

 

 そこに慈悲など一切ない。そもそも抱いたことすらないし―――それがどういったものなのか理解しようと思ったことすらない。

 人間一人の”ヒトとしての形”を壊す事など、彼にとってみれば赤子の手を捻るよりも容易い事。道端の蟻を踏み潰してしまった事に罪悪感を覚えないように、イルベルト・D・グレゴールにとっては”これ”はそういう事であるのだ。

 

 

「序曲としては簡素だが、之を以て此度の劇の幕開けとしよう。《天剣》よ、極上の輝きを見せてくれ給え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてお前ら、今までの特別実習も大概厄介な案件がお徳用セットで付いてきたと思うが……喜べ、今回は一層面倒なモノが付いてきそうだぞ」

 

 RF本社、24階ペントハウスの一角にある談話室。朝食を食べ終えて食後のコーヒーも飲み終わった段階で、レイは徐に席から立ち上がってそう言った。

 それを聞いたⅦ組A班の大体の面々は、深い溜息でも吐きそうな表情で諦めたように天井を仰いだ。

 

「僕らって、一ヶ月に一度の頻度で死にかけてることが多いなぁ」

 

「面倒な徳用詰め合わせなんてゴメンだぜ。返品したいが、不可ってところがタチ悪ぃよなぁ」

 

「……とか言って、皆慣れてるところあるよね」

 

「一秒一瞬単位での命のやり取りなんて、本当は慣れたくないわよ」

 

 実際、そんな事を言い合える程度には状況に慣れてきたという事でもある。だが、リィンだけはその軽口の叩き合いに口を挟まなかった。

 

 少し前に、この友人から言われた「死ぬかもしれん、覚悟しておけ」との言葉。

 レイ・クレイドルという少年の過去を全て知っているわけでもないので確実な物言いはできないが、少なくとも生半可な心情でそんな事を言う男ではないのは確かだ。

 

 だからこそ、リィンの佇まいにも僅かに硬さが混じるのは仕方のない事だった。

 しかしそんな彼の背中をポンと軽く叩いたのは、そんな友人だった。

 

「おら、そんなに固くなりすぎるなよダチ公。確かにあんな事言ったのは俺だけど、ガッチガチ過ぎると逆にいざって時にいつも通り動けなくなるぜ」

 

「レイ……」

 

「というか俺としてはさっさと今回の案件終わらせてお前にアリサに告ってもらってⅦ組内の微妙な雰囲気をとっとと晴らしてほしいと思ってたりする」

 

「そっちが本命だろ。いやまぁ俺が悪いんだけどさ」

 

 苦笑すると、先程までよりかは確実に肩の力が抜けたような実感があった。

 リラックスさせてくれた礼の一つでも言うべきかと再びレイの方へと振り向くと―――そこには僅かに眉を顰めていたレイの姿があった。

 

 それを見て、改めて理解する。詳しい事は聞いていないし、訊くこともできないが、一人で抱え込むことはしなくなった彼が、それでもなお懸念を晴らせないほどに拙い状況に成りうる可能性があるという事を。

 無論、それが杞憂であることが何よりも望ましい。戦うという行為自体には確かに慣れてはきたが、何かを傷つける、傷つけられるという事自体には慣れていなかったし、慣れたくもない。

 それは常々、レイやサラから言われ続けている事でもあったが。

 

「ま、そうそうヤベェ事にはならねぇだろ。なんてったって幸運の女神に愛された、このクロウ様が着いてんだからよ‼」

 

「この前帝都競馬で落馬のせいで三連単逃した不幸の代名詞みたいな奴がぬかしおるわ」

 

「この前ミリアムが寮の近くで新技練習してたらたまたま通りがかって巻き込まれて数アージュ吹っ飛んでたし」

 

「校舎裏のベンチに座ったらペンキ塗りたてのやつで制服ヒドイ事になってたし」

 

「逆に貧乏神に憑かれてるまであるわね」

 

「うむ、今日も今日とで後輩たちが俺への敬意ゼロでメッチャ悲しい」

 

 クロウのいつもの軽口で少しだけいつもの和やかな雰囲気が流れていると、談話室にシャロンが入ってくる。

 

「皆様、ご歓談中のところ申し訳ございません」

 

「どうしたの、シャロン。この時間ならもう仕事の補佐に入ってると思ったのに」

 

「えぇ、そうなのですが……皆様宛にお手紙のようなものが届いておりましたのでお届けに参りました」

 

「手紙?」

 

 そういってシャロンが差し出したのは、一見上品そうな封筒に入った一通の手紙。

 彼らにしてみれば第三学生寮に届くならともかく、実習中のルーレに届く手紙などにとんと覚えはなく、しかしシャロンが持ってきたという事はタチの悪い悪戯の類でもないという事だ。

 

 代表してレイが、シャロンからペーパーナイフを受け取って開封する。

 どうせたいした事は書いていないだろうと、そう高を括って頬杖を突きながら手紙を開いたレイは―――しかし数秒後にあからさまに顔色を変えて談話室から飛び出していった。

 

「レイ⁉」

 

「ちょ、どうしたのよ‼」

 

 そんなレイを追いかけていったのはエリオットとアリサの二人。残された三人は、レイが机の上に叩きつけるように置いていった手紙の文面を読もうと思い、再び開いた瞬間―――。

 

 

 ルーレの街に、轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「第三製作所の稼働率は?」

 

「はい、主任。現在92%です。帝国政府から要請のあった《鉄血の伯爵(グラーフ・アイゼン)》の最高速度、及び安定性能の引き上げ、それと客船《ツェペリン》の製造も近日中に最終ラインに到達するかと」

 

「そうか。まぁ、納期自体に余裕はある。各ブロック担当者に、計画予定通りに進めるように伝えておいてくれ」

 

「了解しました」

 

 部下にそう指示を飛ばしながら、ヒルデガルド・ルアーナは主任席の背もたれに深く体を預けた。

 RF社『第三開発所』主任兼執行役員―――その肩書きが齎す仕事量というものは途轍もないものではあったが、元より技術畑という場所で生きるのが楽しかったこと、貴族という肩書きに縛られずに実力勝負ができるという事もあり、不思議と辛いと感じることはなかった。

 

 まぁそれでも、導力車や導力飛行船などの、RF社の”表の華型”とも言える事業を担っている以上、前述通り激務は避けられない。

 一日の睡眠時間が三時間を切るのが当たり前になっている状態で、ヒルデガルドは机の中から栄養ドリンクを取り出して一息で煽り、襲い掛かろうとしていた睡魔を撃退する。

 

「主任……やっぱり残務は私たちに任せてお休みになったらどうですか?」

 

「その気遣いはありがたいんだが、この前の休暇の時に寝溜めしようとしてたら手足が痙攣起こして気付いたら機械弄ってた事あったからなぁ」

 

「骨の髄までワーカーホリックじゃないですか」

 

「それに今はシャロンとお嬢が彼氏自慢してきて傷心中だから仕事に没頭させてくれ」

 

「何という悪循環」

 

「ンだとコラ」

 

 投げたファイルが部下の眉間を直撃し、制裁は終わる。

 その直後、ヒルデガルドはふと、とあることを思い出した。

 

「そう言えば、南部からの機材の搬入は今日の午前中だったな」

 

「イテテ……あ、はい。多分もうルーレ空港に飛空船経由で搬入している頃合いかと。第二セクターの何人かが荷受け確認の為に空港に向かってますよ」

 

「そうか。まぁそれなら安心―――」

 

 ヒルデガルドがそう言いかけた瞬間、窓の外から発生した爆炎と轟音。背後に設けられていた強化ガラスは数秒後に襲い掛かってきた衝撃波に耐えたものの、並々ならぬ事態が起こったという事はその時点で既に理解していた。

 窓の外を覗いてみれば、比較的距離が近い場所から黒煙が上っている。他の建物に阻まれて爆発が起きた正確な場所は特定できないが、それでも長くこのルーレに住んでいる身として、方角と距離から大体の察しはつく。

 

「ルーレ空港……か?」

 

 そう言葉に出した瞬間、事の重大さを理解したヒルデガルドは、椅子の背もたれに引っ掛けてあった白衣を右手で鷲掴むと、羽織りながら主任執務室の扉を蹴飛ばすようにして飛び出す。

 すれ違う研究員達に何事かと思われるような表情を向けられながらも、製作所を出てルーレ市街をひたすら走り続けると、彼女が予想した通りの場所に、野次馬の波ができていた。

 

 それを掻き分け、抜け出すと、ルーレ空港に通じる通路は完全に封鎖されていた。

 ノルティア領邦軍と、《鉄道憲兵隊》。先日この近くで両者が一触即発の状態になっていたというのは噂程度に耳にしていたが、事此処に至ってはいがみ合う暇もないと、一応は落としどころを着けたのだろう。

 空港入り口を封鎖している二者の内、ヒルデガルドは《鉄道憲兵隊》の女性士官に声を掛けた。

 

「すまない‼ 空港から―――空港内からRF社の人間が出てこなかっただろうか‼」

 

「えっと、申し訳ありませんが貴女は―――」

 

「……失礼。RF社『第三製作所』主任のヒルデガルド・ルアーナです。空港に荷受けに来ていたウチの社員が居た筈なので、安否確認に参りました」

 

 一瞬我を忘れて取り乱しはしたものの、冷静さを取り戻して用件を伝えると対応した憲兵隊員―――クレアは「あぁ」と自身の記憶を手繰らせた。

 

「《鉄道憲兵隊》憲兵大尉、クレア・リーヴェルトです。空港名簿の中に確かにRF社の方はいらっしゃいました」

 

「ご安心ください。爆風による怪我人は数人いますが、犠牲者が出たという報告は受けておりません。……現在、安全確保の為に空港内に居た方は隣接施設に避難していただいています」

 

 そう言われた時点で、ヒルデガルドはこの爆発事件が空港に勤めていた従業員の過失による”事故”ではなく、外部の手の者による”事件”である事を察することができていた。

 であれば、事態が収縮するまで関係者はその施設からは出られないだろう。とはいえ、部下の安全が確保されているのならば、ひとまずは安心できた。

 

 しかし、と。改めて周囲を見渡してみる。

 空港入り口の警備はこれ以上ないほどに厳重だ。恐らく空港内は爆発の原因究明の為にもっと混沌とした有様になっていることだろう。

 

 そも、四大名門の一角である〈ログナー侯爵家〉が直接治めるノルティア州の州都ルーレで爆破テロじみた事が起きただけでも大事件だ。ノルティア領邦軍からすれば自分たちの矜持に掛けてでも事件の全貌を暴きたいだろうし、帝国政府にとってみても帝国の重工業の集積地であるルーレで大規模なテロ行為など起ころうものならば事態の収拾に全力を注がねばならない。

 

 ヒルデガルドが主任を務める『第三製作所』は、それこそ戦争行為に直接関わるような代物を進んで開発しているわけではない。

 だが、この職業に身を置いている者は、少し賢ければ分かる。いざ帝国が諸外国に利が及ぶようなテロ行為に晒されたとき、国防の戦力を削ぎ落すという目的であるのならばまず真っ先に狙われるのはこのルーレなのだと。

 

 犠牲者はなし。幾人かの負傷だけで済んでいるというのは僥倖だが、問題の本命は「ルーレという街が爆破事件の標的になった」という事なのだ。

 事態がこれだけで済めばいいが―――などとヒルデガルドが思っていると、ふと領邦軍が封鎖していた一角が騒がしくなっていることに気づいた。

 

 

「何だ貴様、今ここは見ての通り封鎖中だ、とっとと去れ」

 

「…………」

 

「聞こえなかったのか? 不審人物として詰所に連行してやってもいいんだぞ⁉」

 

 何やら穏やかでない声を浴びせられているのは、フード付きのローブを羽織った一人の人物。

 フードを目深に被っているためにその表情は確認できない。領邦軍兵士の声に一切反応しない事を不気味に思っていると、その直後。

 

「きさ―――ガッ⁉」

 

「…………」

 

 何の脈絡もなくローブの裾から出てきた小剣が、兵士の一人の胸を貫いた。

 素人の手際ではない、という事は一瞬で理解できた。刀身は僅かの躊躇いも狂いもなく、兵士の心臓の中心を突き破り―――剣が引き抜かれた瞬間には大量の鮮血を撒き散らしながら兵士は絶命してその場に倒れ伏した。

 

 隣にいた兵士が事態を理解して銃を構えるまで2秒。その間にその人物は、殺した兵士に一瞥もくれずに走り出した。

 疾駆した影響でフードが脱げ、その下から現れたのは禍々しい髑髏の仮面。血塗れた剣を手に、その人物はとある一人を視界に入れたまま走り続ける。

 

 次の殺害対象が自分だと―――そう理解したクレアが導力銃を引き抜き、照準を合わせて引き金を引くまでにかかる時間は1秒といったところだろう。

 凶剣に命を貫かれるのが先か、銃弾が敵の眉間を撃ち抜くのが先か。突如訪れた命の危機に、しかし先に反応したのはクレアではなかった。

 

「―――ハァッ‼」

 

 羽織っていた白衣を棚引かせて放たれた脚撃は、敵の視覚外の真横から直撃し、優に十数アージュは吹き飛ばした。

 その威力は、素人が放ったものでも、ましてや武術を少し齧った程度の人間が放てるものではない。クレアは自分の危機を救ってくれた恩人となった―――ヒルデガルドを驚愕の色を滲ませた表情で見ていた。

 

「ルアーナ主任、貴女は……」

 

「姪が逞しく育ちすぎたと姉の嫁ぎ先から文句を言われたんですがね。ま、元とは言え帝国貴族の嗜みって事で一つ」

 

 勇ましい微笑を洩らしながらそう言ったヒルデガルドであったが、本人からしてみれば身に着けた武術は謙遜でもなんでもなくただの護身術としてのそれでしかない。

 その強さが(アンゼリカ)を惹きつけてしまったというのは彼女にとっても誤算ではあったが。

 

 しかしながら、普通であれば確実に意識を持っていかれるはずの威力の蹴撃を喰らった髑髏仮面の人物は、しかしすぐに立ち上がった。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()と言わんばかりの行動に、ヒルデガルドの眉間の皺がより深く刻まれる。

 

「―――掃射‼」

 

 だが、憲兵隊も二撃目を許すほど無能ではなかった。

 副長であるエンゲルス中尉の声に合わせて、隊列を組んだ憲兵隊員たちが小銃の銃口を向け、一斉掃射する。

 

 その銃弾は雨霰となって凶悪犯を物言わぬ屍にするはずだった。事実、ハチの巣と呼ぶに相応しいほどに体中に弾痕を刻み付けられ、鮮血を迸らせたが―――しかしそれでもその足は止まらなかった。

 

「ッ‼」

 

 その事実を理解した隊員の一人が、銃の照準をその両脚に向けた。

 両脚を銃弾で抉られ、物理的に歩行不可能になる。だが、残った両腕を使って這いずるその姿に、流石の隊員たちも形容し難い恐怖感を感じてしまう。

 

「―――諸共、死ネ」

 

 そして最後に漸く聞こえた機械音声のような声で、クレアは全てを察する。

 

「っ、まさか自爆―――」

 

 対処を指示するのに遅れた自身の未熟さを責める暇もなく二度目の爆破に巻き込まれようとした、その直前。

 

 

 

「【堅呪・崩晶(くえひかり)】」

 

 

 自爆という暴挙を覆い潰すかのように展開した呪術の妖光が爆破の衝撃と爆風を完全にシャットダウンした。

 今まさに二度目の悲劇が起こりうる可能性が多分に在った事を示していたのは防ぎきれなかった爆音と、呪術の壁の内側と地面にべったりとこびり付いた、人間一人分の血液と無残に散った骨と肉と臓物だけ。

 

 その凄惨な光景を、野次馬として集まったルーレ市民が目の当たりにしてパニック状態にならなかったのは、偏に領邦軍兵士がバリゲードとしての役割を全うしていたからだろう。

 一先ずそれに安堵していたクレアが次に見たのは、市内の空中回廊から飛び降りて自分の目の前に降り立った好きな男の姿だった。

 

「無事で、良かった」

 

 組織を率いる者としては、或いはそこでも市民の安全や部下の安否を心配していなければならなかったのかもしれない。

 だが、その時クレアは自重すべきと分かっていても、恋をした少年のその一言に、思わず胸の鼓動を高鳴らせないわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





よくよく見てみりゃルーレ編最後に投稿したの去年の11月やん、と理解し、ここまで放っておいてしまった事にジャンピング土下座したいレベルで申し訳なくなってる十三です。
仕事がね、辛いっす。

さて、ようやくルーレ編地獄の一日が幕を開けました。もう完全にいち士官学院生に任せるレベルの事案じゃなくなってきてるという話は全力で横に置いておきましょう。何せこの世界修羅道ですから。

閃Ⅲの発売も近くなって参りまして、毎週木曜に公式サイトに更新される情報を眺めながらどうやって動かしてやろうかと妄想する日々です。セドリックの体・心のフォーゼ具合にマジビビリしましたが、それはそうとアルフィンとエリゼが思った以上の美人になってて滅茶苦茶テンション上がったのは皆も同じなはず。

まぁ、そういうことで投稿ペースが亀どころの騒ぎじゃなくなってきており、本当に申し訳なく思って居るのですが、御贔屓にしてくださっている読者の皆様方には何卒ご理解いただきますよう、宜しくお願いいたします。
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