「一つの目的のために存在するものは、強くしなやかで美しいんだそうだ」
by 高杉晋助
―――条件:タイムリミットは落日まで
―――条件:ザクセン鉄鉱山の最奥に設置した起爆装置を解除せよ
―――条件:ザクセン鉄鉱山以外での組織的探索行為は条件違反とする
―――規約:制限時間を超過した際に上記の条件を満たしていない場合、以下の場所に仕掛けた時限式高性能爆弾を起動させる
・ルーレ工業大学
・ルーレ駅構内
・RF社軍需工場
・北部導力ジェネレーター、南部導力ジェネレーター、東部導力ジェネレーター、西部導力ジェネレーター
・RF本社
―――追記:今パフォーマンスの前座としてルーレ空港に威力を抑えた同型の時限式高性能爆弾の披露目を行う
―――*―――*―――
虚を突いた不審人物による自爆テロは、領邦軍兵士一人の犠牲だけで収束した。
とはいえ、野次馬として集まったルーレ市民の混乱状態は依然として継続している。自爆犯の凄惨な死体が衆目に晒されていない分まだマシではあったが、それでも眼前で殺人事件が起こり、それに対して平然としていられるほど強固な精神を持っているわけでもない。
だが、死者が出たのは領邦軍の方である。その事実を挙げて領邦軍はこの事件の担当を主張し、それをクレアは了承した。
事此処に至って無駄にいがみ合うのが得策ではないことは十二分に理解していたし、特定の場所の捜査任務であればともかく、治安維持という任務であれば憲兵隊よりもルーレという土地を理解している領邦軍に任せておいた方が良い。
普段の言動が過激であるため誤解されがちではあるが、少なくともノルティア領邦軍とサザーランド領邦軍。この二つの領邦軍は他の二つの州領邦軍と比べれば
だがクレアは、他のⅦ組の面々と共にレイにルーレ駅の《鉄道憲兵隊》詰所に案内するよう請われ、その席で信じがたい事実を叩きつけられた。
今朝方レイの元に届いた手紙の内容は、筆跡が特定されない電子文字で書かれた、ルーレを舞台にした大規模な爆破テロ事件の予告状であった。
「残念だが、これは悪戯の類じゃねぇな」
誰もが一瞬性質の悪い悪戯という可能性を思い浮かべる中、それをレイの重い一言が断ち切った。
「わざわざ俺に直接叩きつけてきやがったんだ。俺に喧嘩を売るとどうなるか……それを分かってて尚やってる奴なら、悪戯じゃねぇよ」
「……この上ない理詰めに聞こえるから困るな」
詰所の空気は重い。
時間制限が課せられている以上、いつまでもうだうだと詰所に籠って時間を浪費するのは悪手であると理解している。
クレアとて焦燥感を抱いているのは同じこと。この予告状通りであるならば、それぞれの場所に仕掛けられているであろう爆弾の捜索を行っただけでも条件違反とみなされて最悪の結果を招いてしまう。
予告状の内容が本物であるか偽物であるかという事は、この際関係ない。それが本物であるという可能性が高い以上、迂闊に行動するわけにはいかないのだから。
ただでさえ、標的にされた場所はルーレという一大都市を支えるに欠けてはならない場所ばかり。それらの場所から一斉に市民や観光客などを避難させれば、外に集まっている野次馬など問題にならないレベルのパニックに陥ることだろう。
できれば、ノルティア領邦軍にも情報は渡らせたくはない。情報の出筋と真偽が曖昧な異常、一本化されていない命令系統の中にそれを持ち込むのは危険だし、何より何所からか誇張された情報が流出する可能性もある。
そもそも、あの自爆犯の素性が分からないというのが難点だ。
余程殺しに長けていて、しかも慣れていた。更に鑑みるべきはあの人物が全く死を恐れていなかったという事。
どう考えてもマトモな人間ではあるまい。あぁ言った手合いは絶対に揺るがないような使命感を抱いているような人間か、それとも―――。
「目的のためには一切の手段を、それこそ自身の命さえも問わない方―――ですね」
クレアの考えを言葉にして引き継いだのは、当初からアリサの後ろに佇んでいたシャロンだった。
その様子を見て、レイは軽くため息を吐く。
「やっぱりお前も分かってたか」
「えぇ。死体の脇に欠片で残った髑髏仮面―――徹底した”死兵”としての戦い方―――《結社》に身を寄せていた方ならば、一度は必ず耳にする悪い夢のようでございましょう?」
言い方はいつも通り優美なそれで変わらなかったが、声色そのものには形容し難い感情が滲んでいるのをレイは見逃さなかった。
そしてシャロンはクレアに向き合うと、そのまま言葉を続ける。
「結社《身喰らう蛇》の最高幹部、《使徒》の第四柱様の私兵―――
「また、《結社》……‼」
「それに《
少なくとも正体が分かったことで僅かではあるが納得した周囲ではあったが、それとは対照的に、シャロンの表情は曇ったままだ。
「……シャロン?」
振り返ってみても、自分が知る限りそんな表情は見せたことのないシャロンに対して驚愕の感情を隠し切れないアリサ。
そんな彼女に対してフォローの手を差し出したのは、レイだった。
「追及してやるなよ、アリサも、他の奴も」
「レイ?」
「俺もシャロンも、《結社》を抜けた身だ。だが、それでも
レイは自分の首筋を指しながら、苦虫を嚙み潰したように言い捨てる。
「俺のこの”首輪”もそうだが、他の抜けた奴らも例外なく”枷”を負ってる。……
その遠回しな言葉を正しい意味で理解できたのは、この場ではクレアただ一人であった。
要は《結社》を脱退した後であっても、《結社》の情報を安易に外部にリークするのは許されない行為、という事である。
実際、結社《身喰らう蛇》という組織の情報が大国の諜報部の全力を以てしても曖昧でしかない以上、その情報封鎖は徹底的なものであるのだろう。
《結社》の人員の出入りがどれだけ厳しいかは知らないが、少なくとも今の言葉通りであるならば、そのタブーを犯して生きていた者は限りなく少ないのだろう。
―――そして、そのクレアの推察はほぼ正しいものであった。
少なくとも、”口を塞ぐ者”が誰であるかが理解できている以上、例えシャロン程の腕前の持ち主であってもこれ以上情報の開示をするわけにはいかなかった。
同じ”達人級”の《執行者》であったレイですらも、”彼”と好んで生死を賭けた死闘をしようとは思わなかった。
「(そうでなくても色々と恩義はあるからなぁ、アルトスクさんには)」
ふとそんな事を思いながら、しかしレイは脱線しかけた話を引き戻す。
「ともあれ、時間が足りねぇ。罠を警戒して対策を打てるだけの余裕はねぇから―――」
「つまり、いつも通りというわけか」
事前に準備することができるのは「こうすれば可能な限り危険が少なくなる」という程度の打ち合わせでしかない。
クレアを介して正規軍を動員して貰うという手段も無くはないが、ルーレに到着してから状況を開始するとなると時間が足りない。
現在の時刻はそろそろ昼に差し掛かろうというところ。時期的に考えれば、日没は午後の8時といったところだろう。
「ザクセン鉄鉱山……」
「昨日依頼で一度行ったけれど、今はかなり危ないん……だよね?」
「作業員の人たちの安全確認もしなくちゃいけない。どちらにしても行かないっていう選択肢はないわね」
《鉄道憲兵隊》の隊員は領邦軍が要らぬことを察しないよう、またルーレ市民に噂が広まらないように留まらなければならない。
レイはここで、自分の式神であるシオンに別の仕事を与えていたことを僅かに後悔したが、しかしどうにもならない事を一々嘆いているほど暇ではない。
「リィン、いいか?」
「勿論。……いや、ごめん。即答はしたけれど、正直ビビっているところは、ある」
そんなリィンの正直な言葉を聞いて、しかしレイは心の中で少しばかり安堵した。
恐れるのは当然のことだ。帝都での事件の時もガレリア要塞の事件の時も、多数の人の命を背負って戦っていたが、それは当たり前のことではない。
その重責を何の重荷にも思わずに背負えるのならば、それはただの”異常”だろう。
故にリィンは、まだ”
すると、僅かに表情が曇ったリィンに、クレアが言葉をかけた。
「リィンさん。多数の人命を預かるというその重責は、
「クレア大尉……」
「ならばせめて、それだけは私たちが負いましょう。……筋違いなお願いだとは分かっていますが、皆さんどうか、お願いします」
そう言って深々と頭を下げたクレアを責められる者は誰一人としていなく、レイを皮切りにA班の面々は一斉に立ち上がった。
「惚れた女にここまでさせて動かなきゃ男失格だな」
「ルーレの人たちの命を預かるんだ。―――今度も絶対に上手くやってみせる」
「《結社》でも何でも関係ないわ。私たちの街に手を出したことを後悔させてあげる」
「うぅ……正直まだ少し怖いけどやるしかないよね」
「大丈夫、エリオット。やる事は結局いつもと同じ」
「ま、一応退けねぇ理由もあるしなァ」
そう言って詰所から出ていく中、最後に扉の前に立ったレイは、首だけクレアの方を振り返る。
「……あんま自分を卑下しすぎるなよ、クレア」
「……え?」
「今回の事件は、
するとレイは、自分が惚れ込んだ女に慰めの言葉を掛けるでもなく、ただ真剣な顔で言い放った。
「お前は、今お前がすべきことをするんだ。それはもう充分分かってる筈だろう? ……俺もお前も、
「あ……」
扉から出ていくレイの背を見送りながら、クレアは先程まで自分が感じていた焦燥感の正体に気が付いた。
《帝都遊撃士ギルド襲撃事件》―――2年前に帝都ヘイムダルで勃発した大事件である。
政府による情報規制により民間人に詳細な情報は渡っていないが、当時憲兵中尉であったクレアは、《鉄血宰相》の命でその事態の収拾に当たっていた。
しかし事件の渦中で奮戦していたのは、帝国政府が目の上の瘤のように忌み嫌っていた遊撃士達。自分よりも遥かに場数という名の修羅場を超えてきた精鋭たちの姿であった。
リベールが誇る守護神にしてS級遊撃士、カシウス・ブライト。最年少A級遊撃士サラ・バレスタイン。カシウスの虎の子にして若手遊撃士界の”異常者”レイ・クレイドル―――。
その他、帝国全土で名を馳せた名立たる遊撃士達がカシウス・ブライトという絶対者の指揮の元、襲撃を行った猟兵団を確実に追い詰めていく様は、まるで名人が行うチェスの攻め手の如くであったことを覚えている。
だが、そんな面々が揃ってもなお犠牲を出すことを防げなかった事を考えると、今でも複雑な感情が湧き上がってくる。
「自分はあの時何ができた」「《鉄血宰相》の虎の子と呼ばれて囃されて、思い上がっていたのではないか」―――そんな嫉妬にも似た感情を抑えきれなかった自分が、今でも恥ずかしくてならない。
策士策に溺れる。そのような事にはなるまいと心にしかと刻み込んで迎え撃った先日の帝都の事件では―――事後処理こそ忙殺されたが―――悪くはない結果であったと思っていた。
だが、”敵”の動きはまたしても自分の上を行っていた。機動力が売りの《鉄道憲兵隊》が完全に抑え込まれているこの状況は、先程口に出したのと同じように、クレアにとっては悔しさを滲ませるに足りすぎるものであった。
「(……いえ、今はそんな無力感と自虐に浸っている暇はありませんね)」
しなければならない事は山とある。感傷に浸る暇などなく、後悔に引きずられる場合でもない。
「エンゲルス中尉、ドミニク少尉、いますね?」
『ハッ‼』
詰所の外で待機していた副官の二人は、クレアの声に対応して敬礼を返した。
「空港の事後処理と、集まっているルーレ市民を解散させます。空港の封鎖はドミニク少尉、市民への説明はエンゲルス中尉が担当して下さい」
「……領邦軍への対応は如何なさいましょうか」
「今は余計な意地を張っている場合ではありません。領邦軍とて、捜査の手間を取られることは望んでいない筈。―――今回の事件の真相があちらに渡っていない以上、此方がボロを出さなければ最低限の安全は確保できます」
「最低限、ですか」
「えぇ、最低限です。情けない話ではありますが、上手を取られました。私たちがこの場に縫い付けられた以上、事件の根本的な解決は彼らに一任することになります。私たちは、どれ程無力感に苛まれようとも、今できることを成さなければなりません」
覚悟の籠ったクレアの声に、二人は再び力強い敬礼をする。
その双眸に宿った”強さ”を目の当たりにして、臆病者と謗ることができる者はいまい。
国の為に、宰相閣下の為に。その忠義心は全く揺らぐことはない。
だが、今の彼女の信念をここまで確固たるものにしている要因はそれだけではなかった。
ただ一つ―――自分が愛した男の傍らで戦える、強い女で在りたいと願う心。
「―――フィー」
ルーレ駅から飛び出した直後、レイはフィーだけを呼び止めた。
「……どうしたの、レイ」
「あー……いや、あんまり長ったらしく説明するとまた
道中だと、そんな時間はないだろうからな。―――そう言うレイの瞳には、何処か申し訳なさを含んでいるように見えて。
―――フィーにはそれが、たまらなく嫌だった。
「……レイ」
「あん?」
「レイは、まだ私が弱いと思ってるの?」
声色は変わらずとも迷わずにそう言い切ったフィーに対して、レイは一瞬だけ目を細めると仕切りなおすように一つ息を吐く。
「―――今回、リィンたちの命を守る鍵になるのは、お前だ」
フィーにとってみれば、他の言葉など必要なかった。
何故、と問いかける事すら不要。彼女はその言葉に、黙って一つ頷くだけ。
フィー自身、今回の一件は今までと毛色が違う悪寒を感じていた。
それは―――そう。猟兵として血生臭い戦場を欠けていた頃に嫌という程に感じていた
「頼むぞ」
「うん」
僅かに口角を吊り上げて軽く握った拳を合わせる
それはまさしく、レイがリィンに向ける、男同士の友情を介したそれではなく―――本当の死線を潜り抜け続けた者同士の絆であった。
―――*―――*―――
『……それで、空港での爆破テロがあった為予定通りに戻れなくなった、と』
「申し訳ありません~、エインヘル副団長。ファーレン商会との商談は部下に任せてしまいます~」
『……それは構いません。カリサ主任、貴女もこのごろ働きづめだ。これを機に数日は体を休めた方が良いでしょう』
「お気遣いありがとうございます~。お言葉に甘えてホテルでゆっくり羽を伸ばそうと思っていたのですけれど……どうやら迷惑千万なパーティーが開催されてしまった様子で~」
『…………』
「《鉄道憲兵隊》はその権限上、ルーレ市外に捜査網を伸ばすことはできませんし、ノルティア領邦軍は”契約上”事態を完全に鎮圧するために動くわけにもいかないでしょうしね~。”大元”はレイさんを始めとしたトールズの方たちが向かったようですけど~、あの《
『それは、武器売りとしての勘ですか?』
「まぁそれもありますが、私も《結社》時代からの古参組ですよ~? 《使徒》の方々の無軌道さはこれでも結構理解しているつもりですから~」
『同意しましょう。オルディスに潜っているツバキ諜報隊長からも不穏な動きがあると報告が上がっています。―――団長も私も、そちらに人員を送る事に異議はありません』
「ですが、参謀本部の蠅に飛び回られて勘付かれるのも面白くない」
『しかし、ルーレ市が機能停止に追い込まれると貴女の仕事にも支障が出るでしょう。《マーナガルム》としても、大口の取引先を失うのは避けたいところです』
「そうですね~。RF社の会長は話の分かる方ですから、できればながーくお付き合いをしたいところです~」
『……では、特殊任務に長けた《
「大元の土竜叩きは若い可能性に頑張っていただきますかね~。16、7の年頃であれば、そろそろ
アガルタのエルバサちゃんメッチャ可愛い‼ だけどその前のピックアップとかも含めて新しくお出迎えした鯖が多すぎて育成全く追いついてねぇ‼ でもこれ嬉しい悲鳴だわ‼
……え?次のイベントまでに育成終わるのかって? 終わらなくても回すんだよ当然ダルォ⁉ ―――な十三です。
あ、今回はあとがき少な目でお送りします。明日も仕事早いからね仕方ないね。というわけでこれから風呂入ってApocrypha観て寝ます(オイ)
そんじゃ次回予告。漸くまともな戦闘シーン書けそうです。リィンたちにゃ、ちと覚悟決めてもらわなゃならんね。