英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「知ってるか? 人間にはスイッチがあるんだ。人を殺せるか、否か。それを決めるだけの単純なスイッチだ。それを入れるとよぉ……誰でも、殺せるんだ。誰でも誰かを殺せるんだ」

           by ラッド・ルッソ(BACCANO!)








小さき殺人矜持

 

 

 

 

 

 

 ―――”自分たち”と”彼ら”を隔てる”壁”。それの最大の要因は何なのか。

 

 

 

 リィン・シュバルツァーはレイ達に稽古を付けてもらうようになってから、幾度となくそれを考え続けていた。

 

 単純な実力、才能、経験―――それらが裏付けるものも確かにあるだろう。

 しかしそれよりも、根本的な”違い”が一つあった。

 

 それは、「マトモな人間」であれば致命的な間違いがなければ超えない”一線”。

 そして、リィン達はまだ超えていない”一線”。

 

 その”一線”は、一度超えてしまえば決して元の場所には戻れない。

 現にレイやサラは、可能な限りリィン達にその”一線”を超えさせないように戦い方を教えてきた。

 

 

 しかし、その二人も心の中のどこかでは思っていたし、それは教わっていたリィンも理解できていた。

 

 

 いつか必ず、その”一線”を超えなければならない時がやってくる―――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、やっぱりお前さん方の手を煩わせるワケにゃいかねぇよ」

 

 

 ザクセン鉄鉱山の坑道の中、リィン達が最奥を目指して進んでいたその先で保護した炭鉱夫達―――その中でもベテランであったベイダーは、彼らが鉱山入り口に避難するまでA班の中から一人の護衛を着けると提案したリィンの言葉を申し訳ない表情と共に断った。

 

「お前さん方、これからそのルーレ全域に仕掛けられた爆弾の解体をしなきゃいけねぇんだろ? なら一人も欠けさせる余力はねぇはずだ」

 

 ベイダーが言った言葉は全て的を射ていた。

 レイという主戦力を除いた今のA班に、これ以上戦力を割く余裕は無い。だが、いつ敵部隊が現れるか分からないこの状況で非戦闘員である炭鉱夫達だけで移動させるわけにもいかないのもまた事実である。

 

 どうするべきかとリィンが頭を悩ませていると、不意に背後からポンと軽く頭を叩かれた。

 

「ま、あんま難しく考えすぎんなよ、後輩。つまりさっさと入り口までの護衛任務を終わらせてさっさと合流すりゃいいんだろ?」

 

「クロウ―――」

 

「お前はA班の指揮官だから勿論同行は無理。アリサは先導役、エリオットは貴重な後方支援要因で、フィーは緊急状況に対応できる即応要因だ。……消去法的に考えれば、俺が行くしかねぇわな」

 

「…………」

 

 その提案は尤もなものであって、いつものリィンであればすぐに頷いていただろう。

 だが、今回に限っては一瞬だけそれを躊躇った。

 

 まるで、クロウが任務とは関係ない”何か”に対して焦燥感を抱いているように―――そういった様子に見えてしまったからである。

 

 

「―――頼む、クロウ」

 

「おー、任された任されたっと。さーてオッチャン達、鉱山入り口まで走れっかー?」

 

「おう、無理して貰った分はキリキリやんねえとな‼ この鉱山は俺らの庭だ、間違っても迷う事はねぇよ」

 

 とはいえ、いつまでも迷っている時間は残されていない。

 クロウは手早く炭鉱夫達を纏めると、そのまま元来た道を戻っていった。

 その様子を見送りながら、リィンは手早く編成の変更を伝える。

 

「フィーはそのままエリオットの護衛に。戦闘になったらアリサが下がって前衛2、後衛2編成で」

 

『『了解』』

 

「クロウを待つために進み方は少し遅めにする。……でも最深部にはあと一時間弱で到達できるようには調整しよう」

 

「そうね。……妨害が居ない筈がないんだし」

 

 鉱山内は、お世辞にも空気の流れが良いというわけではない。

 ノルドの遺跡の中でも体験したことではあるが、こういった場所で過度な行動をとり続けると、慣れていない場合酸欠を引き起こす場合もある。

 だからこそ行動は慎重に。体が環境に完全に適応するまで気持ちは落ち着けておく。

 

「進もう」

 

「あぁ」

 

 フィーに促されて、再び足を進める。

 薄暗い坑道内を登ったり下りたりしている内に、今進んでいる位置が地上からどれくらい離れているのか、はたまた地下に潜っているのかも曖昧になる。

 それに加えて常に警戒心を緩めるわけにはいかないとなれば、精神的な疲労も無視できないだろう。

 

「(閉所での長時間行動のコツも、レイか教官に訊いておくべきだったな)」

 

 規則正しい感覚で息を吐き続けながら周囲を見渡してみても、見えるのは変わらず木組みと岩、鉄のレールと導力ランプだけ。

 幻想的な光景が続いていたノルドの遺跡とは違い、この鉱山の光景は長時間変わらないままだ。それに目が慣れてくると、よしんば唐突に異常なものが視界に飛び込んできたとして、即座に反応できるかどうかは怪しいところである。

 

 そんな心配を抱いていると、不意にフィーがリィンの横に移動してきて足を止めた。

 そしてその小さな体が先程まで以上の警戒心を放っているのを理解し、他の面々も一様に止まる。

 

 

「―――いる」

 

 吊り上がった黄緑色の双眸が見据える先。リィンも目を凝らして先を見てみると、確かに人影が一つあった。

 逃げ遅れた炭鉱夫―――などでは断じてない。毒々しい色の軽装鎧に、禍々しい髑髏面。その右手に携えているのは、刀身部分に無数の鋸状の刃が着いた、まさしく”人を殺す”為だけに存在しているような大剣。

 

「―――――――――」

 

 どう考えても友好的な”話し合い”など出来る雰囲気を醸し出していない。

 頬に一筋汗を流し、リィンが刀の鯉口を切った瞬間―――”それ”は動き出した。

 

目標(ターゲット)、補足。殲滅開始(デストロイ)

 

 感情の籠っていないような、機械的な声。恐らくは男のそれであることは辛うじて理解できたが、直後、重量感のある武器を携えているとは思えないほどの敏捷力でリィン達に向かって特攻を仕掛けてきた。

 

「ッ‼」

 

 見かけを裏切るようなそのスピードに完全に意表を突かれた形になったが、それでも散々鍛えられた反射神経は裏切らなかった。

 抜き放たれた太刀の刀身が、脳天を狙って振り下ろされた大剣と咬み付き合う。瞬発的に氣力を解放して膂力を底上げしたつもりではあったものの、腕にかかった負荷は予想を遥かに超えており、リィンは柄に左手を添えてから太刀の刀身をずらして大剣の軌道を変えた。

 

 無論、それで気を抜くリィンではない。直後に腹部を狙って放たれた蹴撃を、靴底に柄頭を当てて直撃を防ぐ。

 体格の差もあって僅かにリィンが押し返されたところに大剣の横薙ぎの一閃が放たれたが、それも直前に頭を低く下げることで回避した。

 

「弐の型、『疾風(はやて)』」

 

 背を低くしたまま放った剣技は、そのまま男の軽装鎧の隙間を縫うようにして片足を斬りつける。

 重量のある武器だけに限らず、近接武器を扱う際に重要となるのはまず下半身だ。脚部に傷を負えば、見かけ以上の敏捷性も削ぎ落すことができると踏んでの行動だった。

 

 そしてリィンの目論見通り僅かに崩れる体制。足が止まったその瞬間に、今度は両肩、そしてリィンが斬りつけた箇所とは別の脚にアリサが放った矢が突き刺さる。

 彼女が一度に(つが)える矢は三本。今のアリサは、対象が”止まっている”状態であれば、任意の場所に三本まで矢を当てることが可能なレベルにまで実力が跳ね上がっていた。

 

「『ラ・フォルテ』、『クロノバースト』‼」

 

 最初にリィンが太刀を合わせた瞬間から僅か十秒も経たない内に、『短縮詠唱(クイックスペル)』を使用した『二重詠唱(デュアルスペル)』で補助魔法を掛けるエリオット。

 各々がきっちりと仕事をした後、最後に決めるのは、フィーの役割だった。

 

「よっ、と」

 

 放り投げて放物線を描くF(フラッシュ)グレネードを、男の眼前に着た瞬間に撃ち抜いて強制的に起爆させる。

 一帯が光で埋もれた瞬間に、フィーは大剣の腹を足場にして跳躍し、その状態のまま髑髏面の横に蹴りを一撃、次いで回転しながら二撃。

 体重が軽い事で格闘戦にはあまり向かないフィーだが、『ラ・フォルテ』の力で一時的に身体能力が向上している今であれば、蹴りの二発であっても人の意識を刈り取るには充分であった。

 

 そして男は膝から崩れ落ち、俯せに倒れたところで、一同は一斉に息を吐いた。

 

「……何とかなったか」

 

「半年前の僕たちだったら、多分何もできなかったよね」

 

「ま、あんな出鱈目な二人に鍛えられたんだもの」

 

 これくらいは出来るようになってないと怒られるわ、と番えていた矢を収めながら言うアリサの言葉に安堵しながら太刀を鞘に納めるリィン。

 そして改めて全員に声を掛けようと振り向いた瞬間―――。

 

 

 

「っ―――リィン‼ 後ろ‼」

 

 その焦燥感に駆られた声が一体誰から発せられたものであったのか。―――それがフィーが発したものであると理解する前に半身だけ振り向いたそこに居たのは、まるで何もなかったかのように起き上がり、再び大剣をリィンの脳天目掛けて振り下ろそうとしていた男の姿であった。

 

「な―――っ⁉」

 

 その黒く光る刃が命を刈り取るまでに一秒とない、その余りにも短すぎる猶予時間。

 しかし、神速の剣を振るうレイの太刀筋を今までずっと見続けてきたリィンは、その刹那の猶予にも対応してみせた。

 

 覚えたてで、お世辞にもまだ完璧とは言い難い【瞬刻】を発動させて後ろに飛び退いて直撃は寸前で避けたものの、凶悪な鋸状の大剣の刃はその肩口を擦過していたらしく、制服の生地と皮膚をを軽々と裂いて鮮血が噴き出す。

 

「リィン‼」

 

「て、【ティアラル】‼」

 

 アリサの震えた声と、エリオットが回復アーツを放ったのはほぼ同時。水属性の回復系アーツが作用して傷口は瞬時に塞いだが、鋸状の得物で斬りつけられた確かな痛みが、今の状況が事実であることを明確に物語っていた。

 

「どう、なって―――」

 

 確実に()()()()実感はあった。意識を取り戻すにしても、あと数十分は先の事だと思っていたために、未だにどういう事なのか理解しきれていない。

 だが少なくとも、”何をすべきか”は理解している。痛みを可能な限り意識の片隅に追いやりながら再び太刀を抜刀したところで、フィーが地を蹴って躍り出る。

 

 彼女はその素早い動きで男の動きと攻撃を翻弄しながら、軽装鎧の隙間を狙って双銃剣の刃で容赦なく斬り裂いていく。

 そこには、対人という事に対しての迷いなどは一切見受けられず、例え顔に返り血を浴びようとも止まらない。そして、一通り斬りつけ終わった後、再びリィンの近くへと舞い戻った。

 

「―――損傷、中度。ナレド作戦遂行ニ支障ナシ」

 

 負わせた傷は、常人であれば過度な痛覚の刺激と流血で戦闘行為が困難になるほどであったが、それでも動きを止めない男に対して、フィーは双眸を細めて軽く唇を嚙む。

 

「……分かった、レイ。()()()()()()()

 

 独り言のように呟いたその言葉がどういう意味なのか。それを訊こうとする暇すらなく仕掛けてきた攻撃に対して、リィンは数撃を躱してから腰を落とし、納刀した太刀の柄に手を掛ける。

 

「【弧影斬】ッ‼」

 

 闘氣を纏って放たれた斬撃は大剣の腹で受け止められたが、それでも距離を開けさせることには成功した。

 射線が確立されたことで再びアリサの弓から放たれる矢が男を牽制している間に、リィンはフィーに向かって言葉を掛ける。

 

「フィー、あの男が倒れなかった理由、分かるのか」

 

「……まぁ、ね。戦場では結構良くいたから」

 

「戦場、か」

 

「うん。薬や施術で痛覚とか色々と閉ざしたり……()()()()()()()()()()()()()のは、そんなに難しい事じゃないから」

 

「…………」

 

「だから、リィン達は下がってて」

 

 ()()()()()()()、と。ただそれだけを言い残してフィーは―――いつもとは違う眼光を棚引かせて疾駆する。

 

 その言葉通り、彼女の攻撃は今までのそれとは一線を画していた。

 決して、今までの戦闘が手を抜いていたというわけではなく、突出して戦闘能力が上がったというわけではない。

 

 

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

「――――――」

 

 フィーは知っている。”こういった手合いの敵”は、ただ気絶させるだけで事が済むようなものではない。

 ただ戦い、ただ殺し、任務を達成するまで決して止まらない殺戮傀儡。そういった倫理観の超えてはいけないモノを跨いでしまって堕ちた連中を相手にする時は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 死への恐怖で足を止めさせようとするのは無駄だ。

 流血過度で怯ませようとするのは無駄だ。

 痛みを与えて気絶させようとするのは無駄だ。

 精神的に折らせようとするのは無駄だ。

 瀕死の状態のまま生かしておこうとするのは無駄だ。

 

 油断して隙を見せ、喉元に咬みつかれるのを防ぐならば、徹底的に、完全に、一片の慈悲も容赦も手心も慢心も無く、心臓と脳が停止して生命として確実な死を迎えるまで殺し尽くさねばならない。

 

 四肢を斬り落としても、喉笛を掻き斬っても、腹の中心に巨大な風穴を開けようとも、たとえ数秒後には確実に死ぬような致命傷を負っていても―――そこに抗える猶予時間が存在しているのならば此方を殺すために全力を尽くしてくる。

 

 その恐怖は、実際に相手にしなければ分からないものだ。どういった事情であれ、”死の恐怖”という生物の絶対的なリミッターから解き放たれてしまったモノは悉く此方の”常識”を一瞬だけ覆してくる。

 

 

 だからこそフィーは、ソレを斃すその瞬間まで、”死神”であった頃の自分に立ち戻ることを躊躇しなかった。

 硝煙と血風に塗れた、あの頃の自分。素性も名前も、過去も主義主張も分からない相手を、ただ「任務だから」という理由だけで動かぬ肉塊に変えていたあの頃に。

 

 あの戦場で自分だけが取り残され、レイとサラに手を差し伸べてもらったその時から―――もしかしたらもう戦場に戻ることはないのかもしれないと、そんな事を思ったことも確かにあった。

 

 だが、そんな事は罷り通らない。もしも本当に空の女神とやらが居るのであれば、戦場で老若男女の別なく殺戮の限りを尽くした者を、決して許しはしないだろうから。

 

 尤も、フィー自身も許しを請おうなどとは思っていない。

 銃を最初に手に取ったのは自分の意志だ。戦場に立ち続けたのは自分の意志だ。”死神”と恐れられ、侮蔑されても仲間と共に居ようと思ったのは自分の意志だ。

 たとえ地獄に堕とされることになろうとも、膝をついて涙を流してまで許しを請うのは自分の生き方の否定だ。だからこそ、釈明などは一切ない。

 

 ただ、自分を必要としてくれたサラや、何より兄として慕っていたレイと共に居られればそれ以外は何も望むものはないと思っていた。―――トールズに入学する、あの時までは。

 

 

「―――ふっ」

 

 踏み込むのは一歩。その一歩で最高速度にまで辿り着く。双銃剣をX字に重ね、狙いすましたかのように敵の首筋の頸動脈を斬り落とす。

 噴き出した鮮血が銀糸のような髪に張り付いても、フィーは手を緩めない。”コレ”をこれ以上生かしておくワケにはいかないと言わんばかりの勢いで。

 

 返すように、リィンが先程斬りつけた足の傷を抉るように刃を突き立て、そのまま威力を抑えていない状態での銃弾を連続で叩きこむ。

 骨が砕け、肉が削げ、千切れるようにして片足を失えば、流石に立ち続けることは出来ない。機動力を削ぎ落した後、フィーは再び二つの銃口を急所に向けた。

 狙いは、眉間と心臓。常人が相手であれば狙いやすい腹部に銃弾を叩き込めればその時点で失血死とショック死が狙えるが、”こういった手合い”は即死させるしか方法はない。

 

 まさにオーバーキルと言わざるを得ないが、そこまでのそこまでの徹底を以てしてようやく―――そう、()()()()その男は、死んだ。

 

 僅かに痙攣していた体が完全に動かなくなり、制圧が完了する。

 だがフィーは、そこで一息を吐く暇もなく、降ろしかけた銃口を更に坑道の奥へと向ける。

 

「……1、2……3」

 

 現れたのは、先程殺した男と全く同じ姿をした奴らが3人。幸運だったのは見た限り彼らの得物が全て近接系の物であった事。

 だが、一人を完全に仕留めきるまでにこれ程時間がかかった存在をもう三人相手にしなくてはならない。―――それは決して容易な事ではない。

 

 

「……、……ない」

 

 だが、ここで退くことはできない。ここで背を見せれば、引き換えにこの中の誰かが犠牲になる。

 

 以前はレイとサラが居てくれれば他は特に(かかずら)うものなどないと、そう半ば本気で思っていたフィーであったが、戦果の中で拾われたあの時と同じく―――共に居ることが当たり前になる、そんな”仲間たち”ができてしまった。

 

「…………させ、ない」

 

 リィンが、アリサが、エリオットが、ラウラが、マキアスが、ユーシスが、エマが、ガイウスが、ミリアムが、クロウが―――その中の誰かが「もう二度と会えなくなる」かもしれないという可能性が頭の中を過る度に、フィーの心は少なからず締め付けられるように苦しくなる。

 大切な者が、自分の手の届かないところで命を散らす―――それはフィーにとって再びは経験したくない、何よりの苦痛だった。

 

 

「もう二度と、私の日向(居場所)は奪わせない……っ‼」

 

 ()()()()()。守りたいものを守るために、フィーは殺人を忌避することはない。

 この世は総じて弱肉強食。戦場で弱き者が吐き捨てる平和論など戯言にしかならない。殺される前に殺すことでしか守れないものもあるのだから。

 

 だからこそフィーは、たとえここで再び”死神”と蔑まれることになろうとも、最後まで戦い方を貫くことを決めた。

 何より、レイから頼まれたことなのだ。それを反故にすることなど、できるはずもない。

 

 だが、決して弱い敵ではない。一対一であれば脚力で翻弄しながら戦う事は可能だが、頭数で劣れば苦戦は必至。

 更に言えば、頭のネジが吹き飛んでしまっている連中だ。実際、個の犠牲など全く意に介さないと言わんばかりに強引な攻め方をしてくる三人に対して、徐々に劣勢に追い込まれていく。

 

 それでも攻撃の合間を搔い潜って銃剣の刃を一人の喉に深く突き刺し、そのまま引き金を引こうとする。

 だがそこで―――銃を握っていた右腕が万力のような握力で掴まれる。喉に深々と刃が突き刺さり、もはや絶命は時間の問題となっていた男は、しかしそれでも己の命など全く意に介さず、ただフィーを仕留めるために最後の抗いを見せた。

 

「ッ‼―――」

 

 それでもフィーは大きくは取り乱さず、もう片方の銃剣を男の額に突き刺し、零距離から銃弾を弾き出した。

 それによって二人目を始末することには成功したが、至近距離でのオーバーキルであった為、返り血が派手に飛散し、フィーの顔の左半分が鮮血に染まった。

 反射的に目を瞑って血が目に入る事だけは防げたが、その一瞬は戦場に於いては致命的となる。濃くなった殺気に勘付いて振り返った時には、既に残りの二人が挟み込むようにして得物を振り切ろうとしていた。

 

「(躱、せ―――っ、まだっ‼)」

 

 片方の攻撃はまだ直前で躱せるが、もう一方の攻撃も次いで躱せるかどうかは運次第。

 それでも、諦めて黙って殺されてしまうよりは断然良い。―――そう思って動こうとした直前、不意に自分の傍に人影が割り込んでくるのを、フィーは確認した。

 その直後に鳴り響いた鋼と鋼がかち合い、軋み合う音。自分に迫る来る攻撃を躱した後にカウンターで弾丸を急所に叩きこんだ後、割り込んできた人影に背中越しに声を掛けた。

 

「……リィン」

 

「悪いな、フィー」

 

 ただ一言だけ、そう返したリィンは、鍔迫り合いをしていた相手を氣力の放出で弾く。

 そして、一瞬だけがら空きになった胴の軽装鎧の継ぎ目を的確に狙い―――太刀の刃を突き刺した。

 

「っ―――っぁぁああああッ‼」

 

 リィン・シュバルツァーの生涯でヒトに初めて与えた”致命傷”。

 人間の肉を深々と貫き、臓器を破壊する嫌な感触に眉間の皺を深めながら、それでも突き刺した太刀を引き抜き、返す刀で袈裟斬りにして捨てる。

 闘氣を乗せた刃は軽装鎧の防御を無視して通り、一瞬でリィンの視界が深紅に染まった。

 

「致命―――否、未ダ―――」

 

 それでも僅かに残った猶予で反撃をしようとする男に対して、声にならない声を挙げそうになりながら―――それでもリィンは最後に再び心臓の位置に全力の膂力を以て太刀を突き刺した。

 踏ん張る力を失い、そのまま為すがままに斃れる男と共に前に踏み出し、坑道の岩壁に貼り付けにするような形になったところで漸く、リィンは荒い息を吐き出しながら血塗れになった愛刀を引き抜いた。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ」

 

 ()()()()()―――言葉にするとただそれだけであるというのに、今のリィンは心の内から湧き上がる罪悪感と手足の震えを収めるために、深呼吸を何度もしなくてはならなかった。

 本当にこれで良かったのか。これ以外に方法はなかったのか、と。脳内を反芻する言葉に、しかし否を突き付けていく。

 

「……なんで」

 

「……」

 

「なんで、来たの? 殺人(コレ)に手を染めるのは私だけでいい。……私の仕事」

 

「……あまり、俺を嘗めないでくれ、フィー」

 

 ”猟兵”としての眼で見上げ、返り血で染まったフィーの頭に優しく手を乗せると、震えないように抑え込んだ声でリィンは返す。

 

「仲間に全てを押し付けて、自分だけは何もしないで見ているだけだなんて―――そんな事ができるほど、俺は臆病者じゃない」

 

 少なくとも、リィン・シュバルツァーという男の価値観はそうだった。

 何もかもを綺麗事で片付けられるほど甘い世の中では無い事ぐらいは理解している。”人を殺す”という行為が、これ程までに重圧感を伴うものであった事は些か予想以上であったが。

 

 しかしそれよりも、今まで寝食を共にし、切磋琢磨してきたかけがえのない”仲間”が、自分たちを守るために”死神”に立ち戻ってまで戦っている姿を、ただ見ている事などできなかった。

 

 

「……それに、俺も何となくは理解できていたんだ。このまま行ったらいつかは、この”一線”を超えることになるんだろう、って」

 

「…………」

 

「さっきまでは、確かに色々と迷っていたけれど……もう後悔はしない。レイも言ってたしな」

 

 これからどんな事になろうとも、お前のする事は絶対に”正しい”―――仲間を助けた事自体には一切後悔はなく、その言葉を思い出したことで、迷いも断ち切れた。

 だがそれは、殺人に対しての忌避感が消えたという事と同義ではない。自分の行為が人の命を奪うという罪悪感。肉を、内臓を、骨を、それらを斬りつける時の抵抗感は、恐らくはこれから先も忘れることはないだろう。

 そして多分、レイやサラもそれを忘れろとは絶対に言うまい。

 

 「自分の意志で人を殺す」。それがどれだけ重い事なのか。逸脱しているという事を自覚しなければ、きっとここから先、前へは進めまい。

 

「……ともあれ、俺達に今、立ち止まる時間はない。まだ、妨害も残ってるだろうし」

 

「っ、そうね。最奥はもう少し行った先よ」

 

「…………」

 

 その時、戦いに手を出せなかったアリサとエリオットの様子が消沈していたのをフィーは見逃さなかったし、恐らくはリィンも気付いていただろう。

 だがそれを口に出して指摘するのは悪手だ。フィーの雰囲気がいつも通りのそれに戻ったことで、アリサは慌ててフィーに駆け寄ると顔に飛んだ大量の返り血を急いで拭う。

 

 ふと、リィンも先程まで過剰なほどに太刀の柄を握っていた右手と、自分がその手で殺した男の死体を見比べた。

 ”怖い”という感情がふと心の中に沸き起こる。フィーにはああ言って誤魔化してはみたが、やはり多少の震えは我慢できるものではなかった。

 

 絶対にこの感情を忘れてなるものか―――リィンは改めてその思いを心に深く刻み付け、進む坑道の先を見据えたのだった。

 

 

 ―――その先に待つものが、その恐怖を容易く塗り潰すものだとは露知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 うす、どうも。つい最近『BACCANO!』の一挙放送一気見して、やっぱ成田先生って群像劇の神だわと再認識した十三です。アニメ初めて見たんですが、13話まで一気見してからの二週目1話はヤバいですね。全てのピースがカチッとハマるあの瞬間はクセになりそう。
 あ、僕が気に入ってんのはアイザック&ミリアです。何あの幸運値EXコンビ。行く先々で人を笑顔にしていって誇らしくないの?
 ま、女性キャラで一番好きなのはエニスちゃん何ですけどね‼


 んで、今回の本編は、っと。
 原作最高難易度の更に一歩先を行くのなら、このあたりで一度”殺人”の怖さをリィンに知っててもらわないとこの先困ることになるんですよね。
 そうは言っても義務感でポンポン人殺していって欲しくもないですし……そういうのは別の専門家がいますし……。でも閃Ⅲのリィンはアレ絶対そこそこの死線潜ってんだよなぁ。

 次回はアレです、殺人の一線なんか年齢一桁の頃に既に超えてる主人公ヒロインコンビの方ですかね。


 あ、最後に。何だかノリと勢いで描いた「《マーナガルム》一般兵」イラストをとりあえず挙げておきます。
 ……先んじて友人に見せたら「やっぱ《マーナガルム》って未来を先取りし過ぎじゃね?」って言われました。ま、趣味の領域だからね。仕方ないね‼

【挿絵表示】




PS:
 新・水・着・鯖・イ・ベ・は・ま・だ・か

 ―――と言いつつリヨバサ可愛いと思ってる僕氏でありました。

 注)ホームズは爆死しました。



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