英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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今回の言い訳



レイ:んで? 6日も間が空いて何を書いたんだ?
筆者:えっと、ケルディック編、です。
レイ:ほぅ、ロクに進まなかったのになぁ。もう5話目だぞ? そろそろ読者は飽きるぞ。いや、マジで。
筆者:あ、はい。仰る通りで。今回はですね。レイ君の心情の一端に触れようかと思ってちょっと寄り道を……
レイ:あぁ?
筆者:スンマセン。言い訳です。
レイ:次回で終わんのか? コレ。
筆者:あ、はい。一応、そのつもりです。ハイ。
レイ:……一応?


疑う事の正しさ

現場検証、などと大仰な言い回しをするほど大層な事はしていないが、それと似たような事を行うようにと、レイはA班の面々に伝えた。

 いつの時代になっても、人が足で歩き、その中で人々と交流した上で手に入れた情報と言うものは特別な意味を持ち合わせる。彼自身が遊撃士としてそれを幾度も体験した来たことも踏まえて、今回の事件の情報収集にその方法を勧めたのだ。

 

 まずは事件の被害者であった商人二人。ここでの聞き込みでは二人がどのような商品を扱っていたのか、そして昨日の喧嘩の後にどう言う行動を取っていたのかを聞き出す事ができた。

そこで大きな収穫だったのは、二人のアリバイを聞くことができたという事だ。と言っても、昨日大市が終わるまでの間のみ、だが。

 若い方の商人、マルコは喧嘩の後に仲間商人の家に上がり込んでヤケ酒を飲んだ後に二日酔いが残ったままに朝方屋台に来てみれば既に破壊された後であったと証言している。これは、その後に聞き込んだその仲間商人に確認を取ったために間違いはない。つまりこの時点で、彼が犯人であると言う線は限りなく薄くなったのだ。

 ならばもう一人の壮年の商人、ハインツが犯人であるかと言えば、その可能性も低い。彼は大市が終わった後にすぐに宿泊している場所に戻り、そのまま朝方まで外出はしなかったのだと言う。これは大市に出店していた他の商人や、宿泊所の関係者が証言しており、これもまた行動の正当性が確保できる。

そもそも、彼がマルコの屋台を破壊する動機と言うものが想像つかない。彼は元より交代制であるとは言え初日は良い出店場所を確保できていたのだし、売り上げもそこそこ好調であったはずである。マルコの話では「売り上げを独り占めするために俺の屋台も破壊した」という事だったが、レイたちが見た限りではそこまで傲慢な人柄ではなかったし、そもそもそんな自分が真っ先に疑われるような事をするだろうか。もし事が明るみに出れば売り上げどころか商人としての評判も底辺に落ち込むだろう。そんなリスクを冒してまで犯行に及ぶとは思えない。これは、マルコにも言える事ではあるが。

 

 

「さて、新しい線を辿ってみようか」

 

 

 探偵ではないレイは、本来論理的な推理は門外漢だ。それでも経験から分かる。この二人は、犯人ではないのだと。

 その考えは皆が薄々感じていたようで、反対するメンバーはいなかった。その理由の一つとして、あの二人よりも遥かに不可解な行動を取っている集団の印象が強かったからだろう。

 

「領邦軍、か」

 

 説明のつかない行動。具体的に言えば、「何故彼らは今回の事件で動きを見せたのか?」

 バリアハートへの陳情を取り消さない限りは不干渉を貫いていたはずの彼らが、かなり強引であったとは言えあの場を取り持ったのは確かである。部下の兵の準備も整っていた事から、衝動的な行動と見るには些か無理があるだろう。

 

 一体、何故?  

 しかし、その疑問を解くには現時点では情報が不足しすぎていた。そこでリィンは、思い切った提案を口にする。

 

「いっそ、領邦軍の詰所を訪ねてみないか?」

 

 不可解な行動の元凶の懐に潜り込む。正規の経験を積み重ねた遊撃士ならば普通は取らない手段だ。

だが、今の自分たちの身の上は学院生だ。多少の大胆さは”若さ”の一言で片づけられる。何より、普通とは違う手段でなければ垣間見えてこない真実もある。

 しかし、全員で行っては効率が悪い事もまた事実。そこで、二班に人員を分ける事にした。

片方は領邦軍の詰所に聞き込みに行き、片方は課題である大型魔獣の退治に行く。その案が出た時、真っ先にレイは魔獣退治の方に行くと伝えた。それも、一人で。

 

「どーせあの隊長サンに会いに行くんだろ? あのキャラ維持すんの疲れるから俺はパスな」

 

 と、言ったのはもちろん建前。正直中々に聞き込みの筋が良いリィンたちならばプライドの塊のような人間からも少なからずの情報を引き出せるのではないかと期待していたし、何より昨晩中途半端に体を動かしてしまったせいか、本気とまでは行かなくともちょっと暴れておきたかったのだ。

 その強さを昨晩体験したリィンはレイが魔獣退治の方に回る事は賛成したが、流石に一人だけで向かわせるのは仕事を押し付けるようで少し気が引けたのだろう。悩んでいると、アリサが黙って手を挙げていた。

 

「それじゃ、私も魔獣退治の方に回るわ。道中、ちょっとレイに聞きたい事もあるしね」

 

 という事になり、結局班分けは順当なものに収まった。人目を気にせず魔獣相手に暴れると言う目的は果たせなくなったレイであったが、特に不満の感情を漏らす事はなかった。常識的に考えて学院生の実習で単独行動などあり得ない。それくらいは理解しているつもりだったからだ。

 

 

 

 そんな経緯があり、中央広場でリィンたちと別れて十数分後、レイとアリサは昨日も課題の途中で通った西ケルディック街道を歩いていた。

 周辺一帯が穀倉地帯であるこの地では、東の街道を歩こうが西の街道を歩こうが景色は変わらない。ただし西側からは、日に何度も往復する導力列車を眺める事ができる。汽笛の音と共に軽快に運航するそれを眺めながら、魔獣の姿の見えない平和な道を歩いていく。

 最初は他愛のない雑談などで会話をしていた二人だったが、道中も中盤に差し掛かったころ、不意にアリサが言葉を漏らした。

 

「……ねぇ、レイ」

 

「ん?」

 

「あなた、私のファミリーネーム、知ってるわよね?」

 

 いきなり問われたその言葉にも、レイは躊躇う事無く首肯した。ここで誤魔化したとしても、きっと彼女は納得しない。そんな勘からの選択だった。

事実、レイは彼女の苗字(ファミリーネーム)を知っている。彼女が何故、皆の前で「アリサ・R」とイニシャルで覆ってそれを誤魔化したのかも、大体想像はついているが。

 

「何で俺が知ってると思ったんだ?」

 

「特に理由はないけれど……勘の良いあなたなら知ってるんじゃないかと思っただけ」

 

「おーおー、随分と高く買ってくれたモンだな。ま、結果的に当たってたわけだが」

 

「……これでも一応、いろんな人は見てきたつもりだから。だから分かるの、あなたが私の事を他の皆に言いふらしたりしないって事も」

 

「別にそんな後ろ暗い過去背負ってるわけでもねぇだろうに」

 

 俺と違って、という言葉は飲み込む。

 恐らく彼女は、”真っ当に生まれて”、”真っ当に生きて来た”世間で言う所の幸せな部類に入る人間だろう。その辿った十数年の人生の中で、少しばかり特異な影を抱え込んだだけの、レイから見てみれば”普通”の枠から外れない少女だ。

 

「言っとくが、俺ぁお前のトコの家庭事情(・・・・)にまで首突っ込む気はサラサラねぇぞ? そういうのを相談したいなら、リィンにぶちまけてみろ。多分嫌な顔の一つもせずに聞いてくれるさ」

 

「なっ……何でそんな事まで知ってるのよ!?」

 

 図星を突かれたアリサが前を歩くレイの肩を掴んで揺さぶる。しかし彼は抵抗らしい抵抗も見せず、「だってよ」と続ける。

 

「俺お前のお袋さん知ってるし。そこに来て昨日の志望動機だ。『実家を出て自立したい』だろ? 誰だって分かるわ、そんなモン」

 

「か、母様を知ってるの!? ていうか昨日のアレは聞いてなかったんじゃなかったの!?」

 

「聞いてないフリすればスルーできるかなと思ってただけだ。誰かさんが律儀に振ってくれたがな」

 

「う、うるさいっ!! ……遊撃士のあなたが母様と会ったのは、ビジネス?」

 

「んー、初めて顔を合わせた時はそう言うんじゃなかったんだが、まぁビジネスが多かったな。クロスベルに来た時に護衛頼まれたりとか」

 

 正直彼女に”外部”の護衛など必要なかったのだが、アリサの母、イリーナはクロスベルを訪れた際は必ず支部にレイの護衛を要請していた。それも、本来必要のない遊撃士に対する依頼金を大量に用意してまで。

 それは彼女がレイの腕を見込んでいたという事以外に、彼女以外の人物の要望が反映されていたという事はつい最近になってようやく知ったのだが。

 

「お袋さん、ザ・キャリアウーマンって感じだもんな。働いてる人間から見りゃあ羨ましいと思うもんなんだが、やっぱり娘から見ると違うもんか?」

 

「………………まぁ、ね」

 

 その答えるまでの微妙な間を聞いて、レイはある事を感じ取った。

勿論、あまり関係の宜しくないのであろう母親との関係を上手く言葉にできなかったが故の時間でもあったのだろうが、それ以外の感情が含まれているのではないかと思ったのである。

自身の性格と職業柄、他人の感情の機微に同年代の人間よりも過敏である彼は、カマをかけるという意味も含めてアリサに問いかけた。

 

「なぁ、アリサ」

 

「? 何よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――俺の事を警戒してるなら、そんな話持ちかけるべきじゃないんじゃねぇの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ!!」

 

 図星を突かれた、というよりは思ってもみなかった事を指摘されたというような表情。

 

 

 その反応に、聞いた本人であるレイ自身も何とも言えない表情を浮かべる。その理由は、昨今の自分の言動にあった。

 

「(……何でこんな、”大きなお世話”ばっかしてんだろうなぁ、俺)」

 

 入学式の日のユーシスとマキアスを皮切りに、どうにも要らぬ厄介を自ら背負い込みに行っているようでならない。”大きなお世話”と言うよりは、”要らぬお世話”と言った方が正しいかもしれないが。

 今だって、こんな自分に対して悪印象しか抱かないようなカマかけなどしなくても、素知らぬ顔で違和感を流していればそれで済む話であったのだ。昨夜のリィンの時と言い、自分の不器用さにほとほと嫌気がさしてくる。

 自分は一体何がしたいのか? それすらも見えてこないままに、レイは退かずに次を問う。

 

 

「お前と……あぁ、後はユーシスか。とりあえず現時点で俺を完全には信用していないのはⅦ組の中ではお前らだけだ。―――まぁ、それを責めるつもりなんてのは毛頭ないんだがな」

 

「う……」

 

「いや、マジで。これ皮肉とかじゃないぜ。異形の剣技と術を操る存在なんてのは本来警戒して当たり前だ。むしろ何でこんなに受け入れられてんのか、不思議なくらいだ」

 

 

 出自を、能力を、その他諸々を疑われるのは慣れている。その結果、自分と距離を取られる事になったとしても、特にショックを受ける事はなかっただろう。

 だがⅦ組一同は、レイが見せたそれらを当初こそ懐疑的に見る事はあっても、今では言及してくる事も疑わしい視線を向ける事もなくなった。この学院に入学するまでは周囲が大人ばかりの世界で活動してた彼にとって、それはさぞ異質に映った事だろう。

 だからこそ、今でも自身を疑うような存在を稀少に思ってしまったのかもしれない。

 

 

「……あなたは、信じられるのがイヤなの?」

 

「いや、そういう訳じゃない。ただもうちょっと未知のモノに対して疑う心を持てって事だ」

 

 無論、疑っているだけでは信頼関係など築けるはずもない。だが、不確定要素が残っている中でその人物を信じ切ると言うのもまた、社会を生き抜く中ではあってはならない事だとレイは思っていた。

 常に、心のどこかに僅かな懐疑の念を留め置く。実際彼はそうして生きて来たし、その生き方に疑問を持つ事もなかった。

 

「疑う、ね。確かに私も、学院に来る前までは色々と疑ってた事もあったわ。そういう意味では、あなたの言う事も正しいのかもしれない」

 

「へぇ」

 

「でも、恩人を疑う程、私は恥知らずではないつもりよ」

 

 強い声色で発せられたその言葉に、レイは首を傾げた。はて、恩を着せたつもりなど一度たりとて覚えはないのだが。

 

 

「私がリィンとその、ギクシャクしてた時に色々とフォローしてくれていたでしょう? 食事の時の席を向かい合わせにしてくれたり、食事の準備が必要な時に私とリィンを一緒に呼んだり」

 

「あー……」

 

 今度は、レイが曖昧な返事を返す番だった。

幾ら懐疑を肯定するとは言え、やはり共に学ぶ仲間同士が不和なのは彼にとっても歓迎すべき事ではなく、エマからの要請もあって自分なりにさりげなく行動した結果なのだが、見抜かれていたとなると話は別だ。途端に恥ずかしくなってくる。

 

「それに、あなたは何だかんだ言って誰かが困ってる時はさりげなく助けてくれる。毎日美味しい料理も作ってくれる。そんな人を疑いたくなんてないわよ」

 

「いや、俺がメシ作ってんのは趣味も入って―――いや、何でもない」

 

 ここで何か反論をしようとすれば空気が読めない男のレッテルを張られると、直感的に悟ったレイは言葉を中断した。

 

 

「それに、あなたが昨日の夜に自分の目標を言ってた時。あの時だって嘘を言ってるとは思えなかったわ。私はあなたやリィン、ラウラみたいに武道に精通しているわけじゃないけれど、それでも分かった」

 

「…………」

 

「私があなたに遠慮してたのは、ただあなたの行動が私の良く知ってる人に似てただけ。だから、ちょっと驚いてたの」

 

「似てる?」

 

「そう。料理の腕前とか、やけに気配りが上手なところとか、そういう所。見知ってた人に似ていたから―――うん、やっぱりあなたの言う通り警戒していたわ」

 

 ごめんなさい、と、謝って来るアリサ。

しかしレイはと言えば、あまりにもあっさりと認めて来て、あまつさえ謝罪まで口にした彼女を見やった。

 

「なんで謝るんだよ」

 

「だって失礼な事じゃない。言い換えればずっと、あなたを信用してなかったんだもん」

 

「それで良いと言ったはずだぜ?」

 

「”私”が嫌なの。少なくとも、貸しを作ったあなたに対してはね」

 

 言い終わってから、互いに顔を合わせて苦笑する。

レイとしてはまさかここまで言い返されるとは思わず、そして予想以上の言葉が返ってきた事に嬉しさが込み上げてきていた。

 

「(流石はあの人の娘だ。人の言いくるめ方を本能的に分かってやがる)」

 

 決して口に出せない賛辞を心の中で出し、同時に自分の審美眼もまだまだ未熟だという事を思い知らされた。

どうやら彼女たちは、思っていた以上に自分の中の”芯”が見えているようだった。

 他人がどう見ているかではなく、自分がどう見たいかという、単純ながらも難しい在り方。それは、他人との迎合に依存しきった人間には到底見えてこないモノだ。

 

 

「ははっ、いつの間にかラインフォルトの息女に貸しを作ってたってか。こいつはラッキーだ」

 

「うっ……い、言っておくけれど、別に大したお返しはできないわよ?」

 

「わーってるっての。お前になんか無茶させたら俺がリィンに怒られちまうしな」

 

「な、何でそこでリィンが出てくるのよ!!」

 

 漸くいつもの調子でからかう事が出来るようになったところで、レイは改めて街道を先へと進み始めた。勿論、顔を赤くして喚き散らしてくるアリサを軽くあしらいながら、だ。

 

 

 

「大体お前、ツンデレキャラにしてはツンとデレの割合が4:6くらいで何かおかしいんじゃねぇの? やっぱ6:4くらいがちょうどいいと思うんだわ、俺は」

 

「人のキャラを勝手に決めた挙句に冷静に分析しないでよっ!! あーもうっ、やっぱりあなたは苦手だわ!!」

 

 

 そんなことを言い合いながらも、その後の魔獣討伐では最高の戦果を叩き出したのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「よぅ、オッチャン。こんな昼間っからどうしたよ? 何か嫌なことでもあったのかい?」

 

 

 魔獣討伐を終え、ケルディックへと戻ってきた直後、レイは酒瓶片手に道端で酔いつぶれて座り込んでいた男性にそう話しかけていた

いや、話しかけられた、と言った方が正しいのかもしれない。二人がゲートを潜って町に戻ってきた時に、覚束ない口調で声をかけられたのだ。

 

「んぁ~? お前さんたち、ここじゃあ見ない顔だなぁ~? 商人か?」

 

 普通ならば、この類の”絡み”は相手にしない方が得策だ。現にアリサは「行きましょう」と言って早々とその場所を離れようとしたが、なぜかレイは男性の言葉に呼応する形で歩み寄り、眼前でしゃがんでそう言ったのである。

 

 この時点では、特に何か思惑があったわけではなかった。ただ遊撃士としてクロスベル市内をぶらついている時にこのように道端で酔い潰れている人物は結構見てきたため、何となく懐かしくなったという、ただそれだけだったのだ。

 昼間から酒を飲み、路傍で潰れている人間は、大抵の場合何か問題を抱えている事が多い。新人の頃にはこういう類の予定外のトラブルにも対応していたため、仮にも遊撃士の一人として、見て見ぬふりをするわけにもいかなかった。

 

「んぁ~? お前さん、俺の話を聞いてくれるのかぁ~?」

 

「そんな”この世の全てがどうでもいい”ってなツラしてる人間を放っておけるかっつーの。ホレ、若輩モンが相手で悪いけど、何があったか話してみてくれねぇか? もしかしたら、何か力になれるかもしれねーからさ」

 

 こういう手合いの酔いつぶれの理由としては経験上、二つに分かれる。

 一つは家族(特に奥さん)と喧嘩して家を追い出されたというもの。この場合は完全に他人事となるために事情を聞いたとしても特に力にはなれない。精々、仲直りをする手段をさり気なく教える事くらいだ。

 もう一つは、勤め先をクビになったというもの。割合的には、幾分かこちらの方が多い傾向にある。

 

 そして今回の場合は、後者の方だった。

 

 

「ったくよぉ~俺は本当にどうしようもないロクデナシだぜ。あっさりクビになっちまうんだもんよぉ~」

 

「あー……そいつは残念だったなぁ。にしてもオッチャン、随分とその勤め先に入れ込んでたみたいだな」

 

 まるで酒場でたまたま居合わせたような自然さで男性の愚痴を聞き続けるレイ。アリサはその姿に溜め息をつきながらも、中々他人が入り込めない筈の話題に自然体で潜り込む彼の手腕に再び感心していた。

それは、一朝一夕で得られる技術ではない。まるで旧知の友人に会ったかのように初対面の人間と会話できるそのスキルを、羨ましいとも思っていた。

 

 一方でレイは、前述の通りに、この時点ではこの男性―――ジョンソンの事をただの”可哀想な酔っぱらい”以上の存在として見てはいなかった。それでも一度関わったからには気が済むまで愚痴を聞いたうえで「これから頑張れよ」という一言をかけて去るつもりだったのだ。

 ジョンソンの、次の言葉を聞くまでは。

 

 

「そうなんだよぉ~。ったく、自然公園の管理は俺の生きがいだったのによぉ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――カチリ、と、新たなパズルのピースが填まる音が再び聞こえた。

 

 

 

 しかしレイは平静を失わないままに、そのまま会話を続ける。

 

「……自然公園、ってのは、ここを行った先にある『ルナリア自然公園』の事か?」

 

「おぉ? 坊ちゃん、知ってんのかい?」

 

「ま、昨日通りがかる機会があってね。門前払い食らったけど」

 

「んぉ~。俺はさぁ~そこの管理人をしてたわけよぉ~。でもよぉ、この前いきなりクロイツェン州の役人が来て突然解雇されちまったんだぜぇ~……」

 

 アリサが、その言葉に眉をピクリと動かした。レイは表情を変えないまま、更に問いかけた。

 

「へぇ……ちなみにオッチャン、後任の人間って分かるか?」

 

「んぁ? あ~、チャラチャラした若造どもだよぉ~。ったく、礼儀もなってねぇみたいでさぁ~。嫌んなっちまうぜ」

 

「……何したんだ? そいつら」

 

「それがよぉ~、俺は昨夜もここで飲んでそのまま眠っちまったんだがな? そしたら真夜中に管理服来たその若造どもが木箱抱えて西口から出てったんだよ。あんなデケェ音立てて、近所の人たちの迷惑も考えろってんだ。ったく」

 

「真夜中、木箱、ね」

 

 レイはそのキーワードを呟くように反芻し、立ち上がるとアリサと顔を合わせた。

彼女も、それが指し示す意味を理解したようで、双眸には緊張の色が浮かび上がっていた。

 

 

「アリサ、先に合流地点に行っててくれ。後は―――まぁ、分かるよな」

 

「……えぇ。リィンたちに今の事を知らせるわ」

 

 

 その言葉を残して、アリサは合流地点である中央広場の噴水前へと駆け足で向かった。

残されたレイは、ジョンソンを見下ろす形になったものの、先程とは違い、見た者を安心させるような微笑を浮かべていた。

 

「……オッチャン、アンタ、運がいいな」

 

「あん?」

 

 制服の上着の内ポケットから昨日と同じ形の紙を取り出し、それを人差し指と中指の間で挟んでヒラヒラと弄びながら、確信した口調で言い放つ。

 

 

「今の内に酒を抜いておきな。―――職場復帰は近いぜ」

 

 

 

 トールズ士官学院Ⅶ組A班、ケルデック実習の大市事件。

 

 

 その終わりが、刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

 

 




次回、戦闘です。ケルディック編最終回……の予定でございます。ハイ。

書き終わって思った。アリサのイケメン度が半端ない。

しかしヒロインだと思った方、それは錯覚です!! 彼女は健全にリィンルートを歩んで行って下さい。私の願いです。


さーて、クレア大尉だー。クレア大尉だーっと♪

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