英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「素敵だ。やはり人間は―――素晴らしい」

           by アーカード(HELLSING)








伝説の残滓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全盛期のエルギュラ・デ・デルフェゴルド・ルル・ブラグザバス―――誰もが覚えていられないような月日を《血殲狂皇(サタナエル)》という魔名で過ごした彼女の怠惰を打ち破ったのは、その時代にあっても”怪物”と称されるに相応しい実力を備えた4()()だった。

 

 

 

 《獅子戦役》の英雄の一角。一度の”死”を以て人外へと昇華した世界最強の武人―――アリアンロード。

 

 《槍の聖女》の盟友にして、東方より渡りし《八洲天刃流》唯一の正統継承者―――カグヤ・イスルギ。

 

 《焔》の眷属を束ねし大賢者、伝説の『十三重詠唱(トライド・カゴン・スペル)』の使い手たる大魔法使い(アークウィッチ)―――ローゼリア・ミルスティン。

 

 女神を讃える七耀が擁する歴代最強の《守護騎士》。絶対なる”悪の敵”―――アインヴェル・フォン・ニーベルグン。

 

 

 

 いずれも劣らぬ”最強”の担い手。ヒトの辿り着く武芸の最果てに至り―――そしてその先の絶技を見出した者達。

 

 無聊を憂いたエルギュラが()()()()()()()人界に試練を与えようと浮上して来るという人類にとっての危機に、組織の垣根を越えて死闘を尽くした英雄たち。

 

 三日三晩では足らず、気の遠くなるような時間の総てを死闘に費やし、幾度も死を覚悟しながら、それでも彼らは成し遂げた。―――万年を生きる《真祖の吸血鬼(エルダーヴァンパイア)》の討伐を。

 

 

 

 ”魔神”としての彼女の機能は、その時点で大半が失われた。

 

 だが彼女は、それを嘆くことも憤慨する事も無かった。寧ろ、己を討ち倒した勇者達に向けて称賛の言葉を漏らしたほどだ。

 

 彼女は正真正銘の”王”であった。人間が住まう治世で国を治めた事は無かったが、それでも弱肉強食の理が罷り通る煉獄の支配者の一角として存在していた、真の”王”であった。

 

 故にこそ、自身が”敗者”に成り下がった事に何の猜疑も抱かなかった。己が絶対強者として在ったという自負はあれど、自身が敗れたという事実を、何の憚りもなく受け入れた。

 

 

 

「余は敗北を受け入れぬ愚者に非ず。しかし余は変わらず”王”である。敗戦の王として、貴様らの為すがままにすると良い」

 

 

 後の彼女の処遇については、大いに喧々諤々の論議が交わされた。

 

 滅ぼせ、と教会の者らは口々に叫んだ。しかしどれ程の術を以てしても、この《真祖の吸血鬼(エルダーヴァンパイア)》を滅する事は叶わなかった。

 そして何より、教会最高戦力である《星杯騎士団》総長の全力を以てしても殺しきれないそれを持て余すのは至極当然の事。

 そうして教会勢力が手をこまねいている間に、彼女の身柄を―――《結社》が搔っ攫っていったのである。

 

 

 

 

()()()()()()()。よもや人界でその名を貴様の口から聞くことになろうとはな。―――否、この場この時貴様は《盟主(グランドマスター)》……そうであったな」

 

『……えぇ、確かに。今の私は、貴女が思う私ではありません。それでも私は貴女を歓迎致しましょう、エルギュラ』

 

「余を客将として持て成すか。良いだろう、奪還劇の端役にでも使うが良い」

 

『いえ、貴女の好きに動いていただいて結構ですよ。《始祖たる一(オールド・ワン)》の一柱を端役として扱う程私も傲慢ではありません。―――そも、私が作ろうとしている枠組みは、”あらゆる自由”が認められるそれですから』

 

「ほう?」

 

『《執行者》―――本来は最高幹部の《使徒》七柱の命を司る者達となるでしょうが、貴女が司るのは手駒ではありません』

 

「……《道化師》、それに《神弓》だったか。クク、余を討ち倒したあの者どもには及ばないだろうが、優秀な駒共を抱えている。この状況で貴様は余をどう”使う”と?」

 

『それは、いずれ。貴女には《執行者》のNo.Ⅲ―――《女帝》の名を冠していただきます』

 

 

 

 ”表”は『愛』を司り、”裏”は『不満』を司る。

 

 人類の総てを愛すると謳いながら、その実彼女は常に飢えている。―――己の本気を以てしてもなお毀れない者との邂逅を望んでいる。

 

 

 そして彼女は、いずれ出会う事になる。

 

 世界の総てに呪われたかのような運命に溺れ、しかしそれでも意地と生気を沈ませなかった”強い者”に。

 

 

 その果てに己の存在が封じられることになろうとも、それでも彼女は、その邂逅を心の底から歓迎したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

「俺は貴女に感謝しています」

 

 

 長刀の柄を握る手の力を少しも緩めないまま、それでもレイはそう言った。

 

 

「今の俺を形作ったのはソフィーヤ姉さんと師匠と―――そして陛下、貴女でしたから」

 

 その言葉に嘘は一切ない。

 彼女の価値観が常人と異なるというのは既に慣れた事だ。一歩間違えば死人が出る傍迷惑加減も。

 

 それでもレイは、《執行者》時代に彼女なりの思惑で自分を鍛え上げてくれたエルギュラに感謝していた。

 だからこそ、《結社》を抜ける前に彼女を封印した事もまた、彼にとっての”後悔”の一つに成り得てしまったのだが。

 

『礼も感謝も要らぬと、余は言ったはずであろう。貴様を愛したのも、貴様を嬲ったのも、貴様に封じられたのも―――全ては余が愉しむ為。

 愛し仔よ、貴様も雄として少しは長じたかと思ったが、以前その傲慢さは変わっていないか』

 

「…………」

 

『言った筈だ。己が関わった全てに生まれた犠牲を一身に背負おうとするなど、それはヒトの身に過ぎた行いよ。だからこそ貴様は、あの《蒐集家(コレクター)》の小僧に目を付けられるのだ』

 

「分かっています。そんな事は」

 

 それでも、と。レイは今まで一度たりとも変えた事のなかった信条を改めて口にする。

 

「他者の痛みを知らぬ人間にはなるなと、そう姉さんは伝えてくれた。貴様には()()()()()()()()と、そう師匠が言っていた。そして―――()()()()()()()()()()と、そう言ったのは貴女です、陛下」

 

『……あぁ』

 

「恐らく俺には、一生かけても払いきれない後悔が残るでしょう。それは棺桶の中、墓の下にまで……いや、煉獄の底の底に堕とされても、それでも馬鹿の一つ覚えみたいに覚えているんでしょうよ」

 

 ”人を殺す”というのは、つまりはそういう事だ。

 奪ったその者の命の残り全てを背負うという事。それに慣れて重みを感じ無くなれば、それは確かに楽なのだろう。何にも囚われず、自由に生きられるのだろう。

 

 不器用に不器用を重ねた馬鹿げた生き方だと嗤う者もいるだろう。謗る者もいるだろう。だがそれでも、レイ・クレイドルはその生き方を選んだのだ。

 自らの行いを正義だと断じて、光に眩んで醜い影を忘れる生き方が英雄のそれならば―――そんな生き方は死んでも御免だから。

 

 

「ですので、陛下。また少し、眠りに落ちて頂きたい」

 

 長刀の剣鋩の先、新たにエルギュラの体に縫い付けられた最高純度の呪力を込めた符が怪しく光る。

 

 

「【籠に住まう凶将の欠片 歳刑(さいきょう)歳殺(さいせつ)に隷属する諱鬼(おに)は滅門の彼方より出で給う】」

 

「【荼毘(だび)に伏し、蟇目(ひきめ)に祓われしその魔情 瑞風の(せせら)も斯く在りて、此処に鎮魂の礎とならん】」

 

「【三途の庇護を与えよう 水輪の慈悲を授けよう 逆鱗の咢に触れるその刻まで鎮守の社で眠り給え】」

 

「【故に悪鬼よ 逢魔刻(おうまがとき)にて邂逅せん 此処に血脈の契りは成り 我は其を封じる獄番となる】」

 

 

 それは、《天道流》呪術の奥義の中でも”封印”に特化した【南門朱雀・軫】とは異なり、神格の”鎮静”に特化させた奥義。一度封じた存在を”封じ続ける”為の術式。

 

 

「【天道封呪―――東門青龍(とうもんせいりゅう)(なかこぼし)】」

 

 

 最後に見たエルギュラの表情は、それでも相変わらず笑っていた。

 

 青白い光がエルギュラの全身を包んでいき、巻き付き、圧縮し―――そして最後には、紅く輝く一握りの宝石だけが残された。

 それを手の中に収め、レイは一つ深い溜息を漏らす。

 

 

 何せエルギュラの神格は()()()()()()()()()()()()なのだ。

 女神によって生み出された特定種族のオリジナル個体―――《始祖たる一(オールド・ワン)》の一角。シオンの神格制御ですら体内に宿った膨大な量の呪力の七割近くを費やしている状態で、その残りの呪力でこのような規格外中の規格外を封印しきれる筈がない。

 

 今のエルギュラは過大評価でもなんでもなく「レイ・クレイドルに封印されてやっている」状態だ。彼女が本気で自由になりたいと願えば、それだけでこの程度の封印は容易く砕け散るだろう。

 相も変わらず面倒事しか呼び込まない”人”だなと再確認しつつ、レイは改めて周囲を見渡した。

 

 

「レ、レイ‼ 良かった……無事だったんだ」

 

「で、でも……シャロン⁉ シャロン‼ どうして……‼」

 

「落ち着けアリサ。”処置”は施したから取り敢えず()()()()()()大丈夫だ。―――エリオット、ひとまずティアラルを重ね掛けしてやってくれ」

 

「う、うん‼」

 

 極めて平静であるかのように、レイは場を収束させるための指示を伝える。するとそこで、武器を収めたフィーが近づいてくる。

 

「レイ……」

 

「よくやってくれた、フィー。正直お前が居てくれなかったら少なくとも一人は犠牲になってた」

 

「ぁ……」

 

「礼はトリスタに帰ってからしよう。今は、もう少しリィンとアリサを見ててやってくれ」

 

 その言葉に、フィーはただ一つ頷いた。

 戦場経験者のフィーであれば、この状況でも気は抜かないだろう。まだ、大目標は達成されていないのだから。

 

 

「っ……ぁ……」

 

 髪の色が白から黒へ、瞳の色が赤から紫へと戻ったリィンが、苦しそうに呻きながら目を開ける。

 

「ぁ……レ、イ……俺は……」

 

「無理するな、リィン。お前はたまに、俺の予想を超えるレベルで踏ん張りが強い時があるな」

 

 もしリィンがエルギュラの”悪戯”に抗いきれずに暴走状態に陥った場合は、再度【南門朱雀・軫】の封じ直しをしなくてはならなかったが、魔力を基とする普通の人間ベースの存在に呪力による封印術の慣行は本来であれば何度も行うべきものではない。

 

 しかしレイのそんな不安を他所に、リィンは見事エルギュラの誘いに打ち克って見せた。

 それは決して、誰にも成し得る事ではない。確固たる”己”を有している者でなければ、人の心を揺さぶる事に長けるエルギュラの誘惑を抗う事など出来ないのだから。

 

「誇れ、リィン。此処にいる全員は、仲間は、お前が護ったんだ。お前の強さが護り抜いたものだ。……生憎と悪い夢にしてやることはできないが、リィン・シュバルツァーの武人としての気概は見事だった」

 

 心身共に疲弊しているリィンに【癒呪・蒼爽】を掛けながら、レイは肩を軽く叩いてそう言葉を掛ける。

 その言葉に満足したのか、リィンはやり遂げたように薄く笑ってから再び目を閉じた。

 そんなリィンをシャロンと一緒にアリサたちに預けると、坑道の最奥に、仰々しく佇む機械を視界に捉える。

 

「あれが起爆装置か……アリサ、お前確か携帯型解体ツール持ってたよな。それ貸してくれ」

 

「え、で、でもあんな簡素な道具で解体作業なんて……あ」

 

「ま、お察しの通りだ。癪だが俺には右眼(コイツ)があるからな」

 

 それに加え、レイ自身クロスベル支部勤務時に手先の器用なスコットと共に幾度も爆弾処理を行ったことがある。構造と簡単な工具さえあれば解体する事自体は容易い。

 

「だ、大丈夫……なのよ、ね?」

 

「解体処理に必要なスキルとクソ度胸くらいは持ち合わせてるさ。……それに、今回の黒幕殿の本当の狙いはルーレの爆破じゃねぇだろうからな」

 

 イルベルトの狙いはレイ・クレイドルとの接触と、エルギュラを限定的に解放する事で齎される影響の確認と言ったところだろう。あの偏執狂が唯々諾々と《盟主》の命に従い続ける事など有り得ないのだから。

 《帝国解放戦線》という組織も、あの男にとっては被検体に過ぎない。あの男に興味を持たれなかった者の末路など、総じて決まっているのだから。

 

 レイは眼帯を押し上げて、クロスベル以来となる《慧神の翠眼(ミーミル・ジェード)》の解放を行う。

 訪れる頭痛を知覚の外に押し出して、アリサから借りた解体ツールを両手に慣れた手つきで機器を弄っていく。長刀を操る時と遜色ないレベルの集中力を手先に集め、澱みなく作業を継続する。

 そこに、ルーレ市民の命を背負っているプレッシャーは垣間見えない。レイにとってはその程度、さして特別でもない。

 他者の命を背負う事によって生じる責任感で手足を震えさせる段階など、彼はとうの昔に踏み越えてしまっているのだから。

 

 

 

 

 

「――――――■■■ァ」

 

 油断をしていた、わけではなかった。

 

 ただ、気を留める程度のものでも無かっただけという事。

 

 

「■■■■■■ガァァァアアアア‼」

 

「レイ――――――‼」

 

 今の状態のヴァルカンに、「もう立ち上がれるはずがない」という既存の常識は通用しない。それはフィーが一番よく理解していた筈だ。

 それでも目を離してしまったのは「レイならば大丈夫だろう」という先入観。今の彼は、一歩間違えればルーレを危機に陥れかねない装置の解除に掛かり切りで、迎撃など出来ないだろう。

 

 ……否、もしかしたら普通に成し遂げてしまうのかもしれないが、それでもこの状況で「もしも」に頼り切るのは悪手というものだ。

 

「『サイファーエッジ』ッ―――‼」

 

 だからこそフィーは駆けた。

 己の最高速度で、瞬間的に腱が軋むほどの負荷を乗せて。

 その連撃で以てヴァルカンの両脚を叩き斬る算段だった。それが出来なくとも、二度と立ち上がることが出来なくなるほどの傷を刻めるはずだった。

 

 だが、現実は非情だ。確かに交叉した斬撃はヴァルカンの大木の幹のように太い両脚に深い斬線を刻んだが、己の重量などもはや気にも留めないと言わんばかりの、人間戦車の如き前進は止められない。

 

 レイはと言えば、自分が狙われている事は既に気付いているだろうに、しかしそれでも解体処理の手を止めようとはしない。それどころか、ヴァルカンを一瞥すらしていない。

 

 ならば自分が止めなければならない。事件の重要参考人として可能な限り生け捕りが求められている事は理解しているが―――事此処に至っては殺してでもレイを救わなければならない。そう思って再び双銃剣を構え直した直後―――。

 

 

 

 

「不敬者―――貴様が手を伸ばせる方ではないと知れ」

 

 

 

 ―――紅の一閃が巨躯を吹き飛ばした。

 

 鳴り響いたのは爆発にも似た()()()。舞い上がった土煙が風に靡いて晴れた時、そこには軍服にも似た黒と赤に彩られた服を纏った一人の長身の女性が居た。

 

 その姿を視界に収めたフィーはハッとした表情を浮かべ、しかしすぐに”猟兵”の表情に立ち戻る。

 

 

「《マーナガルム》の……《赫の猟犬(ロートシアス)》‼」

 

「久しいですね《西風の妖精(シルフィード)》。その速さには磨きがかかったようですが―――手数の多さだけでは打倒できない状況がある事も知りなさい」

 

 レイと同じように眼帯で覆われた片目。その片割れの深紅の瞳は、その異名が示す通りの強い眼光でフィーを射すくめている。

 その威圧感は、フィーのみならず距離を置いていたアリサたちも縛り付けていた。その全身から立ち上る”死”の臭い―――先程までのフィーを優に凌ぐそれは、自分たちとは全く異なる世界に生きる人間であるという事を否が応にも告げていた。

 

 

「……守銭奴の片割れ(カリサ)が来てたから多分誰か送り込んでくるだろうなとは思ってたけど、お前だったのか、ゲルヒルデ」

 

 パチン、と何かを切ったような音を出してからゆっくりと立ち上がったレイは、その口元に苦笑を浮かべて振り向いた。

 

「その感じだと他にも何人か……副隊長のお前が直々に連れてるんだから《三番隊(ドリッド)》の特戦隊か」

 

「えぇ、お久し振りです特別顧問。……貴方様もお変わりないようで」

 

「もう俺を”特別顧問”とか”相談役”とか呼ぶ事については疲れるからツッコまない事にしたわ」

 

 ツールの一つを片手で弄びながら眼帯を元の位置に直したレイは、そのまま何事もなかったかのようにアリサにそれを返す。

 

「ほい、サンキュ」

 

「え? へっ? ちょ、もう終わったの?」

 

「予想以上に構造が単純だったからな。あのクソ野郎、本当にルーレ騒動はモノのついでだったみたいだな」

 

 とは言え、ここでもしイルベルトがルーレ爆破にも本腰を入れていたならば、解体処理に数時間を要していた可能性もあった。

 そういった意味でもリィン達がレイの到着を待たずに前に進み続けたのは正解だったと言えるだろう。

 

 ともあれ、これでひとまず生まれ故郷の危機が去ったという事にアリサは安堵から腰を抜かしかけ―――しかし家族(シャロン)愛する人(リィン)の現状を鑑みれば腑抜けたままではいられなかった。

 

「……シャロンとリィンの事については帰ってからじっくりと説明する。……もう大丈夫だな?」

 

 そんなアリサの心の内を見透かしたかのような言葉に、勿論、と返す。

 見ればレイの左眼の光がほんの―――本当にほんの僅かだが揺れているように見えた。今の彼の平静はひょっとするとどこかしらの我慢から来ているのではないかと思った瞬間、アリサの心から迷いはすっかりと無くなっていた。

 

 

「……さて、特別顧問。この大男は如何なさいましょう。―――命じ下さればすぐにでも殺しますが」

 

 ゲルヒルデが自身の得物―――二振りの”パイルブレイカー”から殺意を滲ませながら口にした言葉に、レイは再び小さく溜息を吐く。

 

「それが浅薄だってのはお前自身分かってる筈だろうに。……生かしたまま《鉄道憲兵隊》に引き渡すとするさ。ノルティア領邦軍に渡したら何処に隠されるか分かったモンじゃないからな」

 

「御意。……しかし《蒐集家(コレクター)》に弄られたとはいえ、それなりの潜在能力(ポテンシャル)を持つようですね、この大男は。……私にお預け下されば《二番隊(ツヴァイト)》辺りでモノに出来る程度には鍛え上げてみせますが」

 

「ぶっちゃけ面白そうだなとは思ったがパスな。―――待て」

 

 今度こそ動かなくなったヴァルカンを回収しようと足を動かしたゲルヒルデをレイが制止し、しかしそれよりも一瞬早く、ゲルヒルデは足を止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ゲルヒルデとヴァルカンの間の空間。その空間を裂き抉るように斬線が貫いた。

 

 

 

 ゲルヒルデが一歩だけ左足を後ろに下げた、それだけの時間で、長刀の鯉口に手を掛けたレイがその横に並んでいた。

 そして隣に、フィーも並ぶ。……ただし、少し離れた隣に、であった。

 

 

「……正直、もう色々あって疲れてるんだ。先輩を労うつもりがあるのなら、ここは大人しく退いてくれねぇか? ―――後輩」

 

「安心してもいいでやがりますよ。私は貴方と進んで戦いに来たわけじゃねーので。―――先輩」

 

 見覚えのある枯葉色のコート―――小柄な彼女の体躯には些か以上に大き過ぎるそれを羽織った少女。

 その右手にはやはり見覚えのある剣の二振り目を携え、腰まで届く金髪を揺らして二人は再び相対する。

 

「今回の件には介入しないって言ってた筈だが……やっぱあのドS魔女もあのクソ野郎の暴挙は見過ごせなかったってトコロか」

 

「えぇ。そのせいで私の胃がキリキリ鳴り始めているので、此方としても早く終わらせてーんです。……私の要望は分かってやがりますよね?」

 

「戦線のリーダー殿に代わってそこの大男を回収、だろ?」

 

 その時点でレイは、鯉口に掛けていた親指を外した。それに伴い、ゲルヒルデとフィーも迸らせていた殺気を少しばかり抑え込む。

 

「……まぁいいぜ、持って行きな。精々ルーレ土産の邪魔にならないよう気を付けるんだな」

 

「……いーんですか? 貴方達にとって、この男を生かしたまま回収するのは任務の内では?」

 

「俺らにとってはルーレ市に仕掛けられた高性能導力爆弾無効化が主目的でね。それを阻止できた時点でその男の身柄確保はさして大きな問題じゃあない。というよりも、だ」

 

「…………」

 

「ルナも居るんだろう? 此方側にも少なからず損害が出たこの状況で、無理に”達人級”を二人相手にはしたくないんでな」

 

 その言葉をひとまず信じた少女―――リディアは指をスナップさせてヴァルカンを覆うように転移陣を起動させる。

 その瞳に宿る隠し切れない猜疑と慙愧の色を見たレイは、紙糸で括った数枚の符をリディアの胸元辺りに投げつける。

 

「? これは何でやがりましょう」

 

「それをあの大男の額に張り付けて暴れださないように拘置しておけ。一日ごとに符を新しいのに変えるのを忘れるな。……そうすりゃ深層意識の奥底に封印されたソイツの”理性”を引き上げられるだろ」

 

「それは―――」

 

「何から何まであのクソ野郎の思い通りってのが気に食わねぇ。……一応言っておくが別に罠でも何でもねぇからな。こちとら、()()()()()()()()()()()は慣れてんだよ」

 

 ニヒルな笑みを浮かべながらそう言うレイの言葉は、当時の事を知らないリディアから見ても何処か哀しそうに見えて、少なくともその様子は、リディアの猜疑心を薄めるには充分だった。

 

「……やっぱり優しいんでやがりますね。先輩は」

 

「本当にただ優しいだけなら、今でも俺は《結社》に居たままだったよ」

 

 そこで言葉は区切られた。

 何かの思いを孕んだかのような視線を一瞬だけ交わした後、リディアは自らも転移陣で飛び、レイは柄を握る握力を緩めた。

 

 

 再び坑道内に反響する空気の音が耳朶に届くまでの静寂に包まれたその時を以て―――短くも長かったルーレを襲った人災は解決を迎えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





Q:エルギュラ陛下が《結社》に入ったのはいつ頃?
A:多分《執行者》制度が出来上がったのは結構最近の事だと思うんですが、《結社》自体は前々から存在していたのではないかという想像から―――まぁ大体50年位前じゃね?

Q:リィンって今どんな状況?
A:以前旧校舎地下でレイが掛けた【南門朱雀・軫】が陛下の戯れで完全破壊したので結構ヤベー状況。早急に魔女の対処を求めたい。

Q:ローゼリアの『十三重詠唱(トライド・カゴン・スペル)』って何?
A:全盛期の大魔女は一度に十三の魔法詠唱が出来たという頭おかしいチート。

Q:アインヴェル・フォン・ニーベルグンってのはいつの総長?
A:現在からみて先代。ザナレイアが《守護騎士》だったのはこの英雄の世代。……今総統閣下って思った人挙手しなさい。





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