英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「時間がすべて解決するというのは嘘だ。 すべてを忘却の彼方に追いやってどうでもいいものにして台無しにして、問題そのものを風化させるだけだ」

       by 比企谷八幡(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。)









鋼都に落ちる熱情

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古来より、「人を疑う」という行為は度が過ぎれば身を滅ぼす良薬だ。

 

 人が良い、というのは確かに美徳だ。他者を信じることが出来なければ、人は本当の意味では生きていけないのだから。

 

 だがこの世界は、信じるだけで救われる程優しい世界ではない。

 正直者が馬鹿を見るという言葉は正しい。世の中はいつだって、人を騙し、欺き、蹴落とす事で益を得る者達が少なくない数蔓延っているのだから。

 

 

 

 故にこそ、”懐疑”というのは処世術の一つにもなる。

 

 それについて言うのならば、レイ・クレイドルという少年が辿った半生の大半はその処世術に彩られていたと言っても過言ではない。

 

 誰を疑い、誰を信じ、何を嘘とし、何を真実とするのか。

 懐疑も、虚構も、騙欺も、毛嫌いする事は無かった。何故ならそれらは人間が持つ宿業の切れ端であり、それらをすべて否定し、排除しようとすれば―――自分がどうにも()()()()()()()()のような何かになってしまいそうで怖かったというのもある。

 

 人の良い側面、光の部分だけを見て生きて行けるような生き方が出来なかったからだろう。

 

 初対面の人間を見れば、まず真っ先に疑う。それが自分にとっての、仲間にとっての敵対者に成り得る存在か否か。

 だが、それを表面に出すのはまだ二流だ。人を疑うのに手慣れた者は、表面的には笑顔で好意的に接し、そして腹の奥底で睨みながら疑い尽くすのだ。

 

 レイから見れば、アリサもユーシスもあと少しと言ったところ。

 この汚れ役とも言える役目を遂行できる人物には、どうしても先天の才と、そして生まれ育った環境が大きくものをいう。

 彼らは、幸か不幸かこの役目を負うに足りる経験をして来た。―――本来はこのような経験は不要であるに越した事は無い。それでも秀でた事を一つ持つという事は、世の中をうまく生き抜く要素の一つとしてはとても貴重なものだ。

 

 だが、どうしても経験の絶対量が乏しい。人を骨の髄まで疑い尽くす事が出来ていない。

 だからこそ、だろう。彼らは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――それは本来正しい事だ。真に信じるべき者まで疑ってしまったら、いつか何も信じられなくなる。何も信じられなくなれば、待っているのは孤独だ。

 信じるべきものを信じれないのは”人でなし”の所業である。いつかその域に足を踏み入れなければならないのだとしても、今はまだ学生の範疇から抜け出さない方が良いと思っていた。

 

 その方が幸せだ。例え表面上であっても自分を慕ってくれた者、同じ釜の飯を食った者を「裏切者」として吊るし上げる行為は胸がすくものではないのだから。

 

 

 

 だからこそ、レイは進んでその汚れ役を引き受ける。

 

 顔は笑ったまま、心は笑わず。

 良心を凍てつかせ、常識を忘却の彼方に追いやって。

 

 

 害と成り得るものを、排除するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「……いつから気付いてたんだ?」

 

「最初から違和感だけは持ってたさ」

 

 

 声が低くなったクロウの問いに、レイはあっけらかんとした様子で即答した。

 

「腐っても士官学院生だって事を考慮しても、お前の一挙手一投足には隠し切れない()()()()()があった。……そういうのが欠片でもあるととことんまで疑い尽くすからな、俺は」

 

「……流石は元《結社》の《執行者》ってトコか」

 

「《執行者》の中でもそういうの得意なのと苦手なのいるけどな。疑うスタート地点はまだ良いとして、探り入れるのを面倒臭がって直接手段で聞き出そうとする脳筋がいるからタチ悪ぃんだあそこ」

 

「待て、さてはお前割と平常運転だな?」

 

 何を今更、とレイは自虐気味に笑った。

 

「俺にとって他人を疑うのも信じるのも平常運転の延長線上だよ。そこら辺特別扱いすると疑う時に不自然でバレるからな」

 

「ハッ、成程。そんじゃあ俺は今までずっとお前の疑いの中に居たってわけだ」

 

「んー……まぁそういう事になるわけだが、正直お前の戦い方を見るまでは片手間の疑いだったんだよなぁ」

 

「………………」

 

 そも、中・遠距離戦を得手とする者の動き方と、近距離戦を得手とする者の動き方は絶対的に異なるものだ。

 『トールズ士官学院特科クラスⅦ組 クロウ・アームブラスト』としての彼の戦い方は二丁銃を使った中・遠距離戦。だがレイは、最初に彼の動きを見た時に隠し切れない「近距離戦の癖」を既に見破っていた。

 それだけならばまだ良い。様々な得物を扱い、それに応じた動きを会得している者は少なくない。そういった経験が生き残る要素にもなり得るからだ。

 

 しかし、彼の動きから垣間見えた近距離戦の癖は、少なくとも”準達人級”に至った者のそれであった。

 それだけの階梯に至った者が獲物を変えて戦うという事態はそこそこ珍しくはある。カシウス・ブライトのように一身上の都合で得物を変える武人もいなくはないが、クロウの場合は近距離武器と中・遠距離武器の両方を併用して扱っているかのような曖昧さがあった。

 

 強さの中に”虚ろ”がある。それ自体は珍しいものではないが、クロウ・アームブラストのそれは些か特異なもののように感じられたのだ。

 

「お前が帝都の特別実習の後にⅦ組に編入してきたのは、《C》とお前の関係性を薄くする為だろ? 同時にミリアムが入ってきたせいでそこら辺の印象が妙にアイツ(ミリアム)の方に吸われたからな」

 

「……最初からそこまで分かってたんなら、何で俺らの関係が細い時に言わなかったんだ?」

 

「しばらく泳がせておこうと思ったんだが、正直予想外の事態が起き過ぎて俺は自分の事を処理するのに手一杯だったからな。……お前らの方だってそうだろ?」

 

「まぁ、確かに《結社》の奴らが割と好き勝手やった所はある、な」

 

 特に《執行者》No.Ⅳのザナレイアと《使徒》第四柱のイルベルトの存在は《帝国解放戦線》にとっても厄介この上ない存在であった。

 前者は協力を望むような精神状態ではなく、後者はもはや何かの鎖に繋いでおくという事自体がほぼ不可能な存在だ。

 

 クロスベルのオルキスタワー襲撃の際は最初から犠牲覚悟の作戦であったが、今回のザクセン鉄鉱山占領の作戦では完全に予想外の展開になってしまい、クロウとしても静観を余儀なくされた。

 更に今のこの状況。控えめに言って最悪と言わざるを得ない。

 

 

 クロウが見る限り、レイ・クレイドルという少年は例え仲間として在った者であろうとも、己の敵として見なした以上は一切容赦をしない、躊躇なく殺すまで出来る人間だ。

 マトモに戦えば、クロウに勝機はない。どう足掻いても付け焼刃に少し価値が着いた程度の実力である自身が、地獄の中でひたすらに練磨を重ねた本物の”達人級”に叶う道理など無いのだから。

 

 

 そんな事を思った直後、レイの顔のすぐ真横、彼の髪の一部を抉り取るように()()()()()()が通り抜けた。

 ルーレの闇夜を貫いた一条の弾線。しかしレイはそれに背を向けたまま一切回避しようとはせず、髪の一部が千切られ風に舞う様子を確認してからも慌てたような様子も、臨戦態勢に入ることも無かった。

 

 その異常な胆力を目の当たりにし、クロウは流石に目を見開く。

 

「お前、心臓に毛でも生えてるのかよ」

 

()()()()()()()()()まで躱すつもりはねぇよ。……だが腕の良い狙撃手(スナイパー)を抱えてるみたいだな。殺意が感じられなかったし、何より此処にいる俺を狙うんなら少なくとも4000アージュ以上は離れてる導力ジェネレーターのどれかから狙うしかねぇんだが」

 

「……それでも普通の人間なら冷静にはなれねぇよ。やっぱイカレてんぜ、お前」

 

「”達人級”まで至った武人なんて、全員何処かしら頭イカレてるさ。矯正したいなら、二射目で俺の頭をブチ抜くしかないんだが?」

 

「お前が二射目を許すタマかよ。……何で殺す気がないって分かった?」

 

「お前らにとって、その方が都合が良いからだ」

 

 驕りも自惚れもなく、レイは自身にそれだけの危険性がある事を理解していた。

 

 実際、彼が死ぬことで出る影響は大きい。それだけの影響力を各方面に持つだけの実績と魅力が確かにあるのだ。

 実質彼の配下のようなものである猟兵団《マーナガルム》や、彼を慕う者達が計画を壊滅させる勢いで怒り狂うだろう。そうでなくとも、「自分が殺せなかった」というその事実が、既に狂ってしまっているあのザナレイアをどこまで狂い堕とさせるか分かったものではない。

 

 生かしておくのも危険だが、現時点では殺してしまう方が危険度が高い存在。

 そもそも、先程の超々々遠距離狙撃であったとしても彼を殺す事は出来なかっただろう。何食わぬ顔で顔を傾けて躱していたに違いない。

 

 《結社》という人外の巣窟で純粋培養された特級の”達人級”。《騎神》の力を借りたとしても一対一(タイマン)では勝ち切れる自信はない。

 そんな人間をわざわざエレボニアに、トールズに招聘したのは皇族の一人であるオリヴァルト・ライゼ・アルノール。彼がこういった状況すらも見越してレイという少年をクロスベルから呼び寄せたのだとすれば、その判断は残念ながら正しかったという事になる。

 

 神が生み出した”聖獣”を式神として従え、神格が零落していたとはいえ《始祖たる一(オールド・ワン)》の一角を再び限定封印せしめた、稀代の神性封印呪術の使い手。

 形在るもの、形無きモノ全てを”斬り伏せる”為に生み出された《八洲天刃流》の()()の正統継承者にして、伝説の剣士《爍刃》唯一の弟子。

 

 溢れんばかりの才覚をその身に宿しながら、ドス黒い運命の濁流の中という最も過酷な中でその種を芽吹かせ、魂さえも擦り切れるような練磨を以てして鍛え抜かれた武人。

 出来る事ならば、一番敵に回したくは無かった。そしてその強さが未だ発展途上の最中であることを考えれば、自然と背筋に怖気が走る。

 

 どうするべきか、この場に於いてどう決着を着けるのが正解か―――流石に焦燥感に駆られながら思考を巡らせていると、不意に近づいていたレイがクロウの肩を軽く叩いた。

 

 

「ま、そんな重く考えるなよ。少なくとも俺もお前も、この場ではお互いをどうする事も出来ない立場にあるんだからさ」

 

「……意外だな。てっきりお前は俺をどうこうすると思ってたが」

 

「生憎こっちはあのクソドS魔女に首輪つながれる身でな。それに、お前らが貴族連中や《結社》と組んでる以上、お前一人をお縄にしたところで大局はどうせ変わらん」

 

 ヴィータ・クロチルダという稀代の天才魔女が熱を上げている以上、クロウ・アームブラストをこの場で排除するという選択は得策ではない。……恐らくこの話し合いも、グリアノスを通じて何処からか覗き見しているだろう。何かあった場合はすぐさま対応できるように。

 

 慎重すぎる衒いがあるのは承知の上で、それでもなおレイはこの場では”何もしない”選択を選んだ。

 だがそれでも、釘を刺さずにはいられない。

 

「ただまぁ、アレだ。お前らがオズボーンをどうしようかは別に心底どうでもいいんだが……それを成すという事がどういう影響を与えるかはちゃんと理解してるんだろうな?」

 

「…………」

 

「オズボーンを討てば、燻ってる貴族連中も含めて必ず内戦が勃発する。領邦軍と正規軍の戦いだけで済めばそれが理想だが、戦争はそんな小綺麗なモンじゃねぇ。……何の罪もない、ただ日々を一生懸命生きているだけに過ぎない人々を戦火に巻き込み、少なくない犠牲を必ず出す」

 

 革命には犠牲が付き物であると人は言う。だが、そんな必要最小悪(コラテラルダメージ)を許容できるのは一部の者達だけだ。

 戦争の狂気は、容易く人を狂わせる。平時に見れば魔が差したと思われる行為が平然と繰り返される。―――死んだ方がマシだと思えるような苦痛が、珍しくもなく跋扈する。

 

 レイは犠牲を否定はしない。犠牲無くして成り立つ改革などこの世に存在しないのだから。

 しかし、生み出した犠牲を忘れて謳歌する新しい世界に意味など有りはしないだろう。直接的であろうと間接的であろうと、己が関わって犠牲となった人々の無念や怨念、それら全てを背負って死後煉獄の最下層に堕とされる憂き目を鷹揚と受け入れられる器の持ち主でなければ―――きっと何も得られないだろうから。

 

 

「―――当たり前だ」

 

 だがクロウは、間を空けることなく即答した。

 

「オズボーンを討とうが討てまいが、俺はロクな死に方はしねぇだろうし、死んだ後もロクな事にならねぇって分かってるさ。…そういうクズな事をしてるって自覚もある」

 

「――――――」

 

「女神サマとやらがどんなに慈悲深くても、国を一つメチャクチャにするような奴を赦す事はねぇだろうよ」

 

「何だ、結局俺もお前も、死んだらどうせ煉獄行きのクズ野郎同士じゃねぇかよ」

 

 クツクツと、嘲るような笑みが互いの口元に浮かぶ。

 

 極論、レイもクロウも似た者同士なのだ。

 憎しみを内側に抱えたまま、表では何事も無いように振る舞い続ける。犠牲の全てを割り切ることが出来ず、背負い、潰れ―――それでもなお責任感だけで立ち上がってひたすら歩き続ける贖罪の化け物。

 

「もし立場が違っていれば……ただのダチ同士で居られたのかもな」

 

「そうかもな。……何にせよ、もう既に遅い話だが」

 

「分かってんじゃねぇか。……帝国の未来云々以前に、お前の直接的な指示ではなかったとしても、俺の恋人を二度も死にかけさせた罪は―――いずれ必ず清算させるぞ」

 

 レイの左眼が一瞬、ほんの一瞬だけ殺意に彩られ、しかしその直後には再びお道化たようなそれに戻る。

 

 ならば、と。クロウにも怒りを示す権利があった。《帝国解放戦線》の幹部の一人、ギデオンを殺したのは目の前にいる少年なのだから。

 だが、流石にそれは的外れな怒りだと理解できている。あの場では、どうあれ彼は殺されていた。レイが手に掛けなければ、恐らく《赤い星座》の手によって醜く蜂の巣になって果てていただろう。

 元より、どんなに無様な死を晒そうが覚悟の上。そこに行けば、最低限人間としての尊厳を保ったまま殺してくれた彼を責める事は出来ない。

 

「お前は―――」

 

「?」

 

「……いや、何でもねぇ。―――あぁ、そうだ、一つ言い忘れてたことがあったんだ」

 

 そう言うとクロウは、茶化す様子もなくレイに向かって頭を下げた。

 

 

「ヴァルカンを助けてくれた事、感謝する。……まさか助けてくれるとは思ってもみなかったからな」

 

「あぁ、気にするな。アレはあのクソ野郎に対する俺のせめてもの意趣返しってヤツだ。……それにあの大男も、元猟兵団の団長やってたレベルの奴なら理性を取り戻しておいた方が後々面倒にならずに済むと思ったからな」

 

 嘗てギリアス・オズボーンへの襲撃任務に加担し、しかし逆に殲滅の憂き目にあった猟兵団《アルンガルム》の団長―――それがヴァルカンの前歴である事には既に気付いていた。

 

 ”猟兵”という存在は、決して無法者とイコールではない。自らが掲げる団のシンボルに誇りを抱き、厳格な規則に則って戦場を駆ける統制された殺人集団だ。

 だからこそ、そういった場所に身を置いていた人間から理性を奪ったまま、狂気だけを軸に暴れさせればその方が被害は甚大になる。そうした事情も加味してのあの処置ではあったのだが。

 

「しかし、お前も律儀だな。あの大男を助けた義理を果たす為に―――最後の最後まで隠しておく筈だった()()()()()をここで俺に見せたんだからよ」

 

「……何だ、気付いてたのかよ」

 

「さてはお前俺の事バカだと思ってるな? 4000アージュ以上の超々々遠距離狙撃が出来る奴なんざ、俺でも一人しか知らねぇよ」

 

 サラから聞いていた、《帝国解放戦線》のメンバーの中で未だ存在が確認されていない最後の一人。切り札(ジョーカー)

 《マーナガルム》の中でも最強の狙撃の腕を持つ《魔弾姫(デア・フライシュッツェ)》リーリエにも匹敵する狙撃の名手ともなれば―――成程確かに最後まで隠し通しておくに相応しいカードだろう。

 

 本来であれば、仲間を助けた義理であっても明かしてはならない存在。それを破ったという事は、事態は既にどうしようもないところまで進んでいるという事だ。

 

 加えてその情報がヴィータの呪いの範囲内である事も承知済みでのネタばらしという訳だ。今現在、《結社》の動きと《帝国解放戦線》の動きが密接に関わっている以上、《結社》の計画にも影響を与えかねない《帝国解放戦線》最後の切り札の情報に対してヴィータが対策していないわけがない。

 

 

「―――ま、いいさ。お前の義理も考えもひとまず受け取っておく。今日の所はひとまずこれでお開きにしようや。……つーか正直眠い」

 

「やっぱお前平常運転だったろ。……普通はこんな話しといて眠くなんてならねぇっての」

 

「ん、じゃあお前は一人で徹夜で学園祭の予定詰めといてくれ。―――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 真っ当な”学生”として生きられる、最後の催し。

 様々なものを犠牲に、笑みを仮面にあらゆるものを欺いてきたクロウであったが、改めてそう言われると満更でもない自分が確かに居た。

 

 トールズ士官学院学生という身分は、ただの偽りであった筈だった。大望を成す為だけに存在するただの虚影でしかない筈であった。

 それは恐らく、今でも変わっていない。時期が来れば全てを棄てる。そこで出会った人との思い出も、経歴も、その全ては塵に還してしまうだけのモノだ。

 

 ただそれでも―――それでもこの一時だけ、万が一億が一許されるのであれば、”こういう事をしていた”という微かな記憶だけは持ち歩いていたいと思うだけの感情はあった。

 それが傲慢だという事は理解している。いずれ全てを裏切る人間が、僅かでも「幸せであった」と感じてしまっていた事自体が赦されない事。

 

 だから、それはただの我儘だ。

 ”学生”としての最後の責務として、最高の思い出を作り上げる。例え儚いものになったとしても。

 

 とことんまで楽しませ、とことんまで輝かせるのが―――”先輩”として自分が残せる最後のモノであると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツと、コンクリートで固められた地面を不規則に叩く音が響く。

 その足音の主は顔を僅かに赤らめて、身に纏っていたレディーススーツを着崩してやや千鳥足で歩いていく。その背後には、対照的に一分の隙もなくスーツを着込んだままの人物が付いていた。

 

「ふぅ~、いやぁ~ついつい飲み過ぎちゃいましたねぇ~。なぁんでゲルヒルデさんはそんな素面なんですかぁ~?」

 

「この程度で酔う程の生易しい鍛え方はしておりませんので。それよりも相変わらず、貴方は酔うと更に面倒な喋り方になりますね主任」

 

「いいじゃないですかぁ~。折角”鋼都”には良いお酒がいっぱいあるんですからぁ~。仕事と仕事の合間くらい酔っぱらわなきゃやってられないですよぉ~」

 

「……貴女とミランダ主任が同時に酔うと、割と深刻に経済的な地獄を見る事になるので自重してくださいと申し上げた筈ですが?」

 

 そうでしたっけぇ? といつも以上に舌足らずな言葉を吐きながら、カリサ・リアヴェールは上機嫌なまま日付が変わろうとしているルーレの街を歩いていく。

 

 歓楽都市ラクウェルと並んで”不眠都市”としての特色が濃いルーレだが、深夜帯の中心街から少し離れた場所は流石に人通りが少なくなる。

 RF社から去った二人はその足で気分直しに近くのバーへと繰り出し、日頃の忙しさを紛らわせるように飲み明かしたのだが、酔い方は顕著に変わっていた。

 

 いつもの陽気さが更に輪をかけたカリサと、幾らアルコールを入れようとも酔った気配を醸し出さないゲルヒルデ。

 特に今回は久方振りにレイに会えたという事もあってグラスも進み、気付けばバーのマスターが若干引くレベルでボトルを空にしたこの二人は、事此処に至って漸くホテルへの道のりを進んでいた。

 

 

「いやぁ~、でもレイさんも幸せそうでしたねぇ~。漸く心が落ち着ける場所が出来たようでお姉さん大満足です~」

 

「……心が落ち着ける場所が常に安寧であるとは限りません。ましてやこの時世では、穏やかな場所ほど危うい」

 

「ゲルヒルデさんは相変わらず辛辣ですねぇ~。そんなにあのクラスメイトの方々が頼りなさそうに見えましたかぁ~?」

 

「その逆です。ある程度力が有るからこそ、目を付けられ危機に陥る事もある」

 

 特科クラスⅦ組の面々の実力を、ゲルヒルデは《マーナガルム》の実行部隊隊長格という立場からある程度は評価していた。

 だが、評価していたが故に、その危うさもまた理解していた。

 

「ある程度鍛えられ、死線を乗り越えてきた者達は、逆境に陥る状況に慣れてしまうものです。「あの時も乗り越えられたのだから、きっと今回も大丈夫だろう」と。

 ……ですがそれは愚かな思考です。人間は、そんなに都合よく生き残れるものではないのですから」

 

 それが当たり前のように罷り通るのは、レイのような死線が日常的に存在していた修羅の国の住人だけだ。死と隣り合わせであるのが日常であれば、それを乗り越える事もまた日常となる。

 だが、それまで生死の駆け引きとは無縁のようなものであった者達が危機を乗り越える状況に放り込まれて数ヶ月。なまじ実力を身に着けて”どうにかできる”程度の存在となれた―――その時が一番死神の鎌が首元に迫る時なのだ。

 

 ゲルヒルデ・エーレンブルグは《三番隊(ドリッド)》副隊長という立場でありながら、《マーナガルム》に於ける教導役の責任者でもある。だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()が問答無用で煉獄に叩き落とされる瞬間を幾度も見てきた。

 今でこそ《マーナガルム》に於ける死亡率はかなり低い水準で纏まってきたが、当初はかなりの新兵を散らせてしまった過去がある。だからこその言葉であった。

 

 

「特別顧問と《紫電(エクレール)》が綿密に鍛え上げているとはいえ、それでも一瞬の油断で人は容易く死ぬものです。……心を留め置く場所だからこそ、それが失われてしまった時、あの方はまた元のように御自分を責め立てる日々に戻ってしまうのではないでしょうか」

 

「ん~~~~~……もしかしなくてもぉ~、ゲルヒルデさん結構酔ってますねぇ~?」

 

「……主任、私はこれでも真面目な話を」

 

「レイさんだってぇ~、その程度は充分分かっていると思いますよぉ? 自分が一番失いたくない場所だって分かっているからぁ、その一瞬の油断も慢心も抱かないように厳しく彼らを鍛えてるんじゃないですか~?}

 

 僅かに雲が出ている夜空を眺めながら、カリサはいつもより尚饒舌に言葉を紡いでいく。

 

「世界はいつだって残酷で理不尽で、いつ死ぬかなんて誰にも分からないんですかぁ~、だから好きなように生きるのが一番良いんですよ~。私もミランダさんもそうしてますでしょ~?」

 

「いや、貴女方は割と本気で自重して下さると副団長の胃痛も少しは収まるのですが」

 

「あっはっは~  ――――――まぁ、()()()()()彼らも謳歌しておいて損はないですよぉ。青春というお金では買えない思い出をね」

 

 

 ―――まるで酔いが一瞬で冷めたかのように、カリサは足を止めてその両目を妖しく光らせた。

 その雰囲気は、いつもの究極の守銭奴でありながらプロの兵站長としての彼女のそれであり、物の流れ方から天下の時勢を読み取るに長けた聡明な女史としてのそれでもあった。

 

「……やはりそろそろ火種は着火しますか」

 

「まぁ少なくとも二ヶ月以内といったところでしょうかねぇ。クロスベルの状況がアレでは帝国宰相サンは必ず手を出すでしょうしぃ、一気に火薬庫に火をつけるならその時が一番効果的ですよぉ」

 

「経済のプロから見て、クロスベルのディーター大統領の手腕はどう思われるのですか?」

 

 ゲルヒルデのその問いに、カリサは一瞬考える様子を見せ、やや得意げな様子で答える。

 

「ミラベルさんはディーター大統領が市長に就任した時にはすでにクロスベル関連の株を回収し始めてましたしぃ、『IBC』預金も徐々に退かせてましたからねぇ。私もそれに便乗して色々と手を打たせてもらいましたぁ。……結局のところ、古今東西民間企業のトップが国の要職に就いたらロクな事にならないのがお約束っていうものですよ~」

 

「……成程、東方の諺で言うところの「餅は餅屋」というヤツですか」

 

「その通りです~。……だからこそ、経済に関わるものとしてディーター大統領の資産凍結発言は悪手にしか思えないんですよねぇ。あんな事をすればエレボニアとカルバードが黙っていない事は目に見えていますでしょうに」

 

「もしくは、その侵略行為を弾き返せる何かを用意しているという事でしょうか」

 

「まぁそうなんでしょうねぇ。これからは本当に休める日があるのかどうか……おや? あそこにいるのはもしかして……」

 

 カリサが数回瞬きをして見据えた先。そこには先程彼女らが訪れた所とは違う隠れ家的なバーがあり、そこから二人の女性が覚束ない足取りで出てくる。

 

 

 

「う~い……さぁリディアさーん、二軒目行きますよ二軒目ぇ‼ まぁだまぁだ……飲み足りないですよぉ‼」

 

「あの、ちょ、ルナフィリア先輩メッチャ重いでやがります。今日はもうやめて大人しく帰りましょ、ね? というか私、もうかなり眠いんですが?」

 

「え~? なぁに言ってるんですか、この程度で泣き言言ってたら《鉄機隊》の飲み会の時に生き残れませんよぉ? ほ~ら、次ぃ次ぃ‼」

 

「割とメチャクチャ面倒臭いでやがりますねこの先輩‼ レイせんぱーい‼ せんぱーい‼ 助けてくださーい‼」

 

 

 ―――今の立場的にはどう足掻いても敵対関係にある組織の二人を見て、カリサはそれでも……ニヤリと笑った。

 

「いや~、こんなところで奇遇ですねぇ~  こんなところでお会いできたのも何かの縁ですし~? 私が奢っちゃいますからこのまま一緒に二軒目に参りましょうか~?」

 

「あれぇ? カリサさぁん? ゲルヒルデさんもお久し振りですねぇ  よぉし、それじゃあ今日は朝までとことん行きましょう~ 」

 

「ちょ、どなたでやがりますか‼ これ以上この人を調子に乗らせないで……うっ、酒臭っ‼」

 

「諦めを知りなさい、《剣王》。こうなれば貴女を腹を括って……あぁ、そういえば貴女はまだ未成年でしたか。なら付き合うだけ付き合いなさい」

 

「もうやだぁ‼ 帰る‼ ……あっ、ちょ、コート引っ張んないでくださいルナフィリア先輩‼」

 

 

 そんなカオスなやり取りが響きながら―――動乱に塗れたルーレの一日は漸く終わりを迎えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 








 はいメリークリスマス(もう終わるけど)‼ 今年も特に特別な事なんて何もなかった僕が通りますよ‼ ……いや、泣いてないし。

 さて、もう今年一年ももうすぐ終わりなわけですが……今年中にもう一本投稿できるんですかねコレ。まぁ、やれるだけやってみると致しましょう。うん。

 来年一発目のお楽しみと言えば、まぁFGO福袋ガチャなんですが、26日にはモンハンワールドも発売されますし、2018年も良い年になればいいですね。

 ……個人的には秋発売の閃の軌跡Ⅳが待ち遠しくて堪らないんですが。





Q:ソフィーヤさんの強さって実際どんなもんなの?
A:レーヴェと互角なので、本来レイ君は勝利できる可能性はかなり低いです。何せこのお方、防御に特化させればアリアンロード様の攻撃を一日くらいなら耐えられるというアホみたいな技量の持ち主なので。

Q:これって主人公の俺TUEEEモノとは違うの?
A:この世界、主人公より強い存在なんぞ探せばいくらでもいるし、実際今投稿してる中でのレイ君のタイマン戦闘の勝率って実はあんまり良くないからそういった作品ではありません。
 というかそんな世界にさせねぇ。

Q:レイ君は聖獣を殺せるんですか?
A:今は殺せない。……”今は”ね(ゲスい笑み)。





 というわけでまたボチボチR-18みたいなの書かなきゃいけない感じになって来たのかなぁ……ホラ、レイ×シャロンとか、リィン×アリサとか。まぁ僕のR-18って割とレベル低いので多分誰も待ってないんだよなぁ。

 というかそろそろルーレから脱出したい。この都市に長く居過ぎたねマジで。

 それでは皆様また次回‼


 

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