ふと、こうしてもてなされたのはいつの時以来だろうかと思う。
第三学生寮で味わっているシャロンからの愛情とは少し違う。他人行儀な客人へのもてなしともまた違う。
そう考えると、今までの半生の中で無かったことではないのかと思い至る。
親友と呼べる存在はいたが、その生き方の所為で友の家族とまで親しくなることはなかった。類は友を呼ぶ、とは言うが、まともに”親”と呼べる人間がいる者と親しくなること自体、稀だったのだから。
仕留めた者の腕もさることながら、しっかりとした処理が施されて臭みが全くない野鴨のローストを切り分けて口に入れる。
絶妙な火の通り加減と、芳醇な香りのソース、そして添えられた
「お口に合ったかしら。ふふっ、リィンのお友達を招待すると言っていたから、いつもより張り切ってしまったのだけれど」
「えぇ、とても。このソースはルシアさんの自家製ですか? 見たところラインオニオンと極東ニンジンをベースに……にがトマトとスターベリーを合わせて東クロイツェン州産の赤ワインを加えたグレービーソースのように感じましたが」
「あら、リィンから聞いていたけれど本当に料理に詳しいのね。手書きでも構わないのなら、後でレシピをお渡ししましょうか?」
「是非に」
「お前のそういうところは凄いなってホント思うよ」
レシピの蒐集と味の探求にも余念がない友人を見てリィンが溜息交じりにそういうと、目を輝かせて味わっていたレイが口元についたソースをナプキンで拭いながら答えた。
「何だよ、不満か? そりゃルシアさんのそれにゃ及ばないだろうが、今後学生寮でこれに近いクオリティーのソースが味わえるように俺とシャロンが研究して
「う……そりゃ確かに魅力的だ」
「む、いやちょっと待て。ここはエリゼ嬢にレシピを習得してもらって通い妻的なノリで作りに来てもらった方が色んな方面でwin-winなんじゃないか? そこんトコどうよ、エリゼ嬢」
「それはとても素晴らしい事だと思います‼」
「妹を誑かすのならいくらお前でも容赦はしないぞ」
「お前マジで
そんな軽口を叩き合っていると、彼らと共に食卓に座っていた壮年の男性が笑う。
テオ・シュバルツァー。温泉郷ユミルを治める男爵領主であり、リィンの養父。そして、リィンが実家である屋敷に帰ってきた際に面白がって着いてきたレイを快く昼食に招待してくれた人物でもある。
「良い友ができたようだな、リィン。お前の成長を見守ってきた身としてはこれ以上に嬉しい事はない」
血は繋がっておらずとも、真の親子なのだと証明する言葉。料理を平らげたレイは、そちらにも話しかける。
「シュバルツァー卿、改めまして自分をこの場に招き入れてくださったこと、感謝いたします」
「そう畏まらなくてもいい。君の事は、リィンから何度も手紙を通じて知らされていた。自分を一切の手加減抜きで鍛えてくれる、無二の友が出来たのだと」
「と、父さん」
流石に気恥ずかしかったのかリィンが言葉を遮ろうとしたが、当のレイがリィンの顔を見てニッと笑ったため、その気も失せた。
「ご子息が皇帝陛下から直々にお褒めの言葉を頂戴したとあれば、シュバルツァー卿としても鼻が高いでしょう」
「ふふ、そうだな。だが、相当に危険な戦いであったと聞いている。恐らくは君と戦術教官殿の指導がなければ切り抜けられなかったとも。……改めて礼を言わせてくれ」
「いえいえ。
彼らは”戦える”人間であった。ただそれだけの事。
サラとレイは彼らに戦う術を教えた。彼らはそれに着いてきた。一人も脱落せず、一人も曲がることもなく。
それは確かに才能だ。彼らはもう、誰も欠けられない集団となった。
B級程度の猟兵団の一個中隊くらいまでなら、場所と状況を上手く使えば勝てる集団となった。”準達人級”以上という強力な”個”に確実に勝つのはまだ難しいが、そこまで望むのは些か酷だろう。
教師の真似事など絶対に向いていないと思いながらやってきた半年間だったが、意外にどうして、楽しかったのもまた事実だ。
「……ですのでシュバルツァー卿、彼はもう大丈夫です。もう彼は、八葉の初段程度に留まっていられる存在ではない」
「っ‼」
「……君は、カーファイ老師に会ったことが?」
「直接はありません。カシウスさんとアリオスさん―――老師より薫陶賜ったお二人と、そこで豆鉄砲喰らったような顔してる友に話を聞いたくらいですよ」
《剣仙》ユン・カーファイ。東方剣術《八葉一刀流》の開祖にして、”達人級”の武人。
老いてなお、その武の鋭さは留まるところを知らず、その慧眼は千里眼とも称えられるほど。自身が興した流派を継承する弟子を大陸中に幾人も抱え、その影響力は計り知れない。
言葉通り、レイはユン・カーファイと直接会ったことはない。だが、その人柄の一角は知っている。
武の道のみならず、風流を好み、旅を続ける。一見奔放な人のように見えるが、彼に教えを乞うた二人は揃いも揃ってこう言った。
「あの方は、一度見込んだ弟子を見放すような人ではない」と。
だから、直弟子の一人であるリィンが初伝を賜った状態で修業を打ち切られたと聞いた時には、違和感を覚えたのだ。
破門されたわけではない。かの老師は、未熟者である身の上で自己の身を顧みずに蛮勇を是とした
悉く、自分の師とは違うと思う。身の程を知らない蛮勇を厭うのは一緒だが、ここまで生易しくはしてくれないだろう。
身の程を知らないのなら、それを徹底的に叩き込まれる。自らの程度を無理矢理にでも引き上げさせられる。察する期間は修行で補えと言ってくるに違いない。
故に、今のリィンならば老師も認めるだろうと思った。
心も腕も磨いた。何より、あの陛下の誘惑に一度は打ち克ったのだ。彼自身は気付いていなくとも、他ならぬレイは良く知っている。魔神の誘惑など、生半可な人間が断れるはずがないのだから。
「―――リィン、彼の言う通りだ。老師より、手紙を預かっている」
「受け取っても、宜しいですか?」
「無論だ」
父より師からの手紙を受け取るリィンを横目にしながら、レイはゆっくりと席を立った。折角の帰郷である。父と子だけで話すこともあるだろうと、配慮した上での事だった。
押し掛けたような分際で気ままに帰るのはマナー的にどうかとも思ったが、シュバルツァー親子は全く気にしてない様子で、寧ろ土産まで持たせてくれたのである。
そしてそのお返しとして、レイは初めから渡そうと思っていたあるものをルシアに手渡す。
「これを。4月から撮り貯めていたⅦ組のアルバムです。彼は、あまりこういうものを渡しはしないでしょうから」
「あら、まぁ‼ わざわざありがとうございます」
「あとエリゼ嬢にはコッチね。
「すみません、こちらおいくら万ミラでしょうか」
「エリゼ嬢、ちょっとその鼻血の量ヤバない?」
玄関のカーペットに血だまりを作るレベルで流血しだしたエリゼの止血を、母親であるルシアが手早く行っていく。
「ごめんなさいね。この子、リィンに関することになると割と歯止めが利かなくなってしまうから」
「それはよく存じておりますとも」
その親愛が、もはや兄妹の枠を超えていることも含めて。
流石に客人の前で流血沙汰はマズいと悟ったのか、エリゼは写真集を受け取ってそそくさと自室へと戻って行ってしまう。その際、何度も頭を下げていたあたり、育ちの良さが滲み出ていた。
「……こんな事を訊くのは本当に不躾だと分かってはいますが、一つお伺いしても?」
「? えぇ、私に答えられることでしたら」
「彼は、リィンはお二方にとって、ずっと自慢の”息子”だったのですか?」
それは、レイがどうしても理解できないこと。
血の繋がった両親は、もうこの世にはいない。親子の絆というものの真髄を理解する前に、喪ってしまった。
貴方の母親で幸せだった―――母は最期にそう言った。
生きていてくれてありがとう―――義姉は消える前にそう言った。
ただそれでも、自分があの人たちにとって誇れる人間になれているかは分からなかった。
親にとって、どういった子が誇りになるのかが分からなかった。
表面上、知識としては知っていても、その本心は理解しきれない。当然だ。自分は親ではないのだから。
「えぇ。あの子は私たちの誇りです」
だが、ルシアは僅かも躊躇うことなくそう言ってみせた。
「例え血が繋がっていなくとも、あの子は私たちの家族で、私たちの自慢の息子です。誰がなんと言おうとも」
そこには、紛れもない”母”の強さがあった。
聞くまでもない事ではあったのだが、実際に聞くといっそ羨ましくなってしまう。
リィンの半生も、決して幸福に満ちたものではなかった。それでも、彼は両親と妹には間違いなく愛されていた。何があっても、味方でいてくれる存在がいた。
それだけで、彼は間違いなく幸福ではあったのだ。
「申し訳ありません。どうも自分は、こういった感情に不慣れなもので」
「ふふ、お気になさらず。私としては、貴方のような人がリィンのお友達になってくれて本当に良かったと思っていますから」
「買い被りですよ。自分は、そんな上出来な人間じゃありません」
「いいえ。だって貴方は、今優しく微笑んでくれたんですもの。子の身を案じてくれる友人がいるというのは、親として一番嬉しい事なのですよ?」
「……そういうものなんです?」
「そういうものなのです」
成程、と納得をしながらもう一度礼を言い、レイはルシアに見送られてシュバルツァー邸を後にした。
連峰の麓町特有の肌寒さが髪を撫でた。突き抜けるような蒼穹を一度だけ見上げてから、土産物を片手に寄り道をせずに宿泊所へと帰る。
『鳳翼館』。皇帝陛下から下賜されたという由緒正しきその逗留施設は、確かに歴史を感じさせる風格が漂っていた。それでいて古さを感じさせない様相は、支配人と勤め人の腕の良さを語っている。
2泊3日の小旅行。思った以上にゆっくりできそうだと柔らかい笑みを一つ落とす。
だがこの時、彼は本当に忘れていた。
何の皮肉でもなく、本心でそう思った時、彼の心が安寧であり続けた事など一度もなかったという事を。
―――*―――*―――
「はい、じゃあ一曲目のボーカルは委員長。二曲目はマキアス。
『『『ありませーん』』』
「いや、正直僕は……いや、もういいや」
「諦めろマキアス。お前地声は良いんだから、羞恥心だけ捨てりゃ良いボーカルになれるぜ」
「……そういう君は良いのか? 三曲目、トリだぞ?」
そう言われ、しかしレイは談話室に用意された菓子を齧りながら、さして緊張していない声色で返した。
「上等だよ。学祭ライブのトリなんざそうそう張れるモンじゃねぇ。クロウ、曲は?」
「決めてある。お前の曲もだ、レイ。最ッ高に盛り上がるステージにしてやるよ」
「ホント、こういう場合は良い仕事するよなぁ」
クツクツと笑う級友を見て、マキアスも一つの溜息で心を落ち着かせる。エマの方は早いもので、もう覚悟を決めたようだ。
士官学院学院際におけるⅦ組の催し物。昨年のトワを中心とした、帝国ではまだ普及しきってはいないロックバンドを踏襲する形で。
とはいえ、昨年のそれよりかは大人しいものになるだろうとは予測していた。実際、過激すぎて教職員から少しばかり叱られたと聞いている。
ただそれでも、盛り上がるのならば良い。
思い出作りには持って来いの場だ。ならば、せめてとことんまで盛り上がるのが礼儀というものだろう。
「レイは楽器の演奏はできる?」
「メジャーどころは一応、処世術ってことで叩き込まれた。だが、流石にギターやベース、ドラム系の経験はねぇなぁ。……1日くれ。本職には届かねぇだろうが、全部それなりに演奏できる程度には仕上げる」
「仕事人すぎる」
「言い方がいちいちカッコいいんだよなぁ……一度言ってみたい」
茶化すクロウを他所に、エリオットは安心したように微笑んだ。
実際、バイオリン、ピアノ、フルートなどといった楽器の演奏方法はどのような場所にも適応できるようにとソフィーヤから仕込まれていた為、嘘ではない。余程扱いが特殊でなければ数日で大抵をマスターできるのも事実だ。
そも、学祭の演奏程度なら多少のミスはその場のノリで中和できる。……というのは通常の場合だ。
エリオットが教育役である。彼は普段やや内気な印象があるが、こと自分がハマった分野に対しての執着はⅦ組一と言える。
特に音楽に関してはそれが顕著だ。彼は、音楽に関しての妥協を決して許さない。笑顔のまま、涼しい顔のまま、鬼畜じみたクオリティを要求してくる。
ここから先は地獄じみた特訓が続くな、とレイは思った。ともすれば自分やサラが課している戦闘訓練と同等レベルの特訓が。
「ま、どうせ合わせの時間は必要なんだ。気負うなよ。俺が言っちゃあダメだが、お前ら修羅場には慣れてるだろうが」
「ホントに言っちゃダメな奴だな‼」
「慣れたくて慣れてるんじゃないわよ‼」
「あはは、大丈夫だよ皆。最初は誰だって初心者なんだから」
そんなエリオットの言葉に、楽器を触ったこともないメンバーがほっと胸を撫で下ろす。
だが、幼少の頃から師と呼べる存在に鍛えられた者達には、逆に悪寒が走った。
「うん、初めてなんだから覚えは早いよね。今から2週間と少し、
「楽譜はもう作ったから、最初はこれを頭の中に叩き込む事。いつ振られてもソラで自分のパートが演奏できるようにね」
「大丈夫。
「心配いらないよ。僕が付きっ切りで教えるから。分からないことがあったら何でも訊いて? 無理だと思ったらとりあえず僕に言ってね? 絶対に、君たち全員、恥ずかしくない状態でステージの上に立たせるから」
後に、レイはこう語る。
あの時のエリオットは、一流の武人が出す闘気に勝るとも劣らない気迫だった、と。
ミーティングが終わり、それぞれ休み明けの地獄を憂いながら自由行動のためにバラバラになる。
レイはと言えば、特にすることもなくなったのでそのまま談話室のソファーに掛けながら窓から見えるユミルの景色を眺めていた。
こう言っては何だが、ユミルには温泉以外にさしたる観光資源があるわけではない。豊富な自然と言えば聞こえは良いが、それは裏を返せばそれしかない際の誉め言葉であるとも言える。
とはいえ、ユミルをただの田舎と貶すつもりは毛頭ない。こういった場所での骨休みは、ならではの休み方がある。
幸いにして明日帰らねばならないという訳ではない。今日くらいはこうして何もせずにゆっくり『鳳翼館』内で過ごすのもいいだろうと思っていると、対面のソファーにリィンが腰掛けた。
「どうした。今日一日くらいは実家の方でゆっくりした方がいいんじゃないか?」
「いや、折角の陛下のご厚意だ。父さんと母さんもそうした方が良いと言ってくれたよ」
「難儀な奴だな。……アリサを実家に誘わなかったのは、エリゼ嬢に対する配慮のつもりか?」
言っては見たものの、リィンの実家に恋人として挨拶に行くことを躊躇ったのはアリサの方だ。理由を訊けば、今レイが問うたそれであったが、当のリィンはどう思っているのかと思って訊いてみたのだが……。
「? なんでエリゼが出てくるんだ? エリゼならむしろ歓迎しそうなんだが」
「……いや、何でもない。忘れろ」
暮らした期間が長かった弊害か。リィンは未だにエリゼが自分に対して恋愛感情を抱いていることを察していない。
この綱渡りのような関係をどうするべきかと考えたことは何度もあったが、当人同士の異性関係の如何に他人が口を出しても碌なことにはならない。全てを知った時どうするべきかもリィンが考えるべきことだ。
いっそ開き直ってレイのように全てに愛を注ぐと決めるならばそれも良いだろう。そうなれば気苦労は絶えなくなるだろうが、後悔するより余程良い。
「んで、ユン老師からは何とあった? 悪い知らせじゃあないだろ?」
「あぁ。俺に八葉の”中伝”を授けられるか否か、それを判断するとあった」
《八葉一刀流》の中伝。それは一人前と認められた証。その先の”奥伝”に至った者は少なく、また真の”八葉”の後継者たりえるのはユン・カーファイが直接教えを授けた者達のみ。
無論、そうであれば試練なしで授けられるものではない。何を以て”中伝”たりえる存在と認められるのか。
「弟子の一人を向かわせると。その人と戦った結果で中伝を授けるか否かを定めるとあったよ」
「ふぅん。ということはお前の兄弟子か姉弟子って事か。それに、老師の直弟子なら八葉の後継者の一人……軽く見積もって”準達人級”以上は固いぞ」
そしてそれが”一葉”を担う《剣聖》の一人であったのならば、間違いなく”達人級”。天才の枠を超えた超人の一人。
ご愁傷様、という言葉は呑み込んだ。これが彼にとっての試練なら、自分が何かを口にすべきではないし、人読みに長けた老師が試練を課すというのなら、それはリィンが乗り越える事を見越しての事だろう。
「分かっている。……一度は修行を打ち切られた身だ。今度こそ、やってやるさ」
「その心意気は分かるが、あまり気負うなよ、リィン。武人ってのはな、何かを気負った奴から弱くなっていくモンだ」
嘗ての自分が、惨めなまでに弱かったように。
何かを背負わない者は弱いが、何かを気負った人間は更に弱くなる。
例え”達人級”の武人であっても、否、超人であるからこそ、人の弱さに穿たれれば脆い。背負う事をものともしない存在であれば、その心配はなくなるのだが。
「しかしお前は本当に恵まれている。師は不可能を提示せず、父も、母も、妹も、いや、故郷の皆がお前を愛している」
それがレイにとって眩しく映ったのは当然の事だろう。
彼も決して愛されていなかったわけではなかったが、見放された事の方が多いのだから。
「……サラ教官やシャロンさん、クレア大尉。それに一応、俺たちもいる。それだけじゃ不満なのか?」
「お前も言うようになったね、リィン。……ま、今のは俺が悪かった。らしくもなく、嫉妬じみた事を言っちまったよ」
だがな、とレイは続ける。
「親に恵まれてるってのはありがたい事だ。俺も母上には愛されてたって自覚はあるが……親父は、どうなんだろうなぁ」
「そういえば、レイのお父さんってのは―――」
「さてね。俺が生まれてすぐに死んだ。―――アリアンロード卿に討たれたんだよ」
「っ‼」
アリアンロード。その名前を聞くだけで、リィンの背中に冷たいものが走る。
ローエングリン城で相対した、人を超え、人に非ざる領域に踏み入れた武人。”絶人級”の存在。
だがその怪物の名を、レイは恐れる事もなく口にした。「彼女が父親を殺した」のだと。
「親父は傭兵だった。フィーみたいに猟兵団に所属してた訳じゃない。個人で動いていたフリーの傭兵。……近代化した時代でも需要はあるのさ、そういうの」
「……強かったんだな。多分」
「アリアンロード卿が「生まれる時代を数百年間違えた英傑」と称するくらいにはな。……あの人と本気で戦り合って
嘗て、義兄と力を合わせて限界以上の力で戦い続けてなお、兜を剥がすだけで精一杯だった事を思い出す。
そして今も思う。自分の父も、分かりやすく化け物の側の武人であったことを。
実際に会ったことはない。その性格は母に、その実力はアリアンロードと師に聞いただけ。
母を蟲毒の中から連れ出した男。子に名をつける時に希望を託した父親。武人として絶対的に近い強さを持った存在。
会ってみたかった、というのが正直なところである。武人の先達としても、親子としても。
「レイは、恨んでいないのか?」
「アリアンロード卿を? いや、全然? あの人には、恨んでくれて一向に構いませんとは言われたけど、最初からそういう気にはなれなかったな。親父は多分、斃されんの覚悟で挑んでただろうし、最期まで愉しんでただろうさ」
それは、武の道に憑りつかれた者にしか理解できない感覚。
己より強い存在に相対した時の、逃れられない高揚感。この戦いを最後まで愉しみ抜きたいという
それが理解できてしまう程度には、レイもまたその素養があった。
「どうしようもねぇんだよ、そういうの。俺ぁ確かに戦争とか覚悟を抱けない奴を甚振るのとか大嫌いだけどな、”強い奴と戦いたい”っていう欲求は分かるんだよ。”達人級”になってからは特にな」
「俺は……いや、確かに高みに至りたいというのは分かる。でも、大切なものを置き去りにしてまで戦闘の高揚感に浸りたいとは、思わない」
「結構、正しい価値観だ。俺もそこまで狂いたくはないね。……あぁ、いや。別に親父を非難してるって訳じゃない。呆れてる訳でもない。母上の事を愛してたのは本当だろうしな」
そして恐らくは、自分の事も愛してはくれたのだろうが、それを確かめる術はもうない。
だからこそ、今現在でも自分が「愛されている」事を自覚できるリィンが羨ましかったのだ。
「ま、結構脱線しちまったが、要はアレだ。孝行したい時に親はなしとは良く言ったモンで、感謝の気持ちとかは素直に表しておいた方がいいぜ。……だってお前ら、”家族”なんだろ?」
”家族”と呼べる存在を悉く亡くした彼だからこそ、その言葉に重みを持たせる事ができる。
それをリィンも分かっていたからこそ、素直に頷くことができた。
本当の親の顔を思い出せずとも、自分を育ててくれた人たちは、間違いなく”家族”なのだから。
「OK。それが分かれば上等だよ。さ、話は終わったんだ。露天風呂に行くからお前も付き合え」
「って、まだ昼過ぎだぞ?」
「馬鹿野郎、折角帝国屈指の温泉地に来たんだ。朝昼夜で味わっとかねぇと損だろ」
「地元民より温泉の味わい方分かってるの何なんだよ」
何だかんだ言いながら同様に立ち上がったリィンと共に、タオルと着替えを引っ提げて露天風呂へと向かう。
男風呂の方の暖簾を潜り、早々に服を脱いで扉を開けると、そこには絶景が広がっていた。
エルモ村の『紅葉亭』のそれよりも広いだろう。東方風の趣というものを再現しているその温泉は、人工的らしさを極力感じさせない、自然の中の贅沢を味わえるようになっていた。
流石に10月のユミルの空気は素肌には厳しいが、湯から立ち上る湯気がそれを緩和させている。そんな温泉を広々と使うのもオツではあったが、生憎と先客はいた。
「あ、レイとリィンも来たんだね」
「先にお邪魔している。あぁ、本当にこの湯は心地が良いな」
既に温泉に浸かって蕩けきった表情を浮かべているエリオットに、先程までの殺気じみた雰囲気を一切感じないことにホッとしたリィンは先に体を洗おうとして―――不自然に突っ立ったままのレイに声をかけた。
「レイ? どうした?」
「ん、あぁ、何でもない。とっとと体流して入ろうぜ」
そして数分後、軽く体を流した二人は、足先からゆっくりと湯に浸かる。
通常寮で使っているシャワーよりも熱めの温度に徐々に慣らしつつ、肩まで体を沈めると、自然と息が漏れる。
空を見上げれば先程も見た蒼穹。だが、温泉に浸かりながら見るそれはまた違う様相を呈していた。
それを感じるのもまた醍醐味だと感じつつ、体の中に残っていた緊張感を全て吐き出し、吐き出し切ってから―――口を開く。
「―――んで? 男風呂で何やってんですかね?
「―――なんじゃ、気付いておったか。相も変わらず可愛げのない弟子じゃの」
「「「⁉⁉⁉⁉⁉」」」
突如として男風呂内に響いた、
だが、それよりも驚いたのは、自分たち以外に先客がいたという事。エリオットはまだしも、人の気配の感知に関して言えばフィーと並んで鋭いガイウスでさえも、驚愕に満ちた表情を浮かべていた。
しかし、段々とその声の正体が分かってきた。
男風呂の岩の影、それを背にして悠々と湯に浸かり、徳利を傾けながら風呂酒と洒落こんでいる赤髪の女性。
「その酒どっからかっぱらって来たんですかねぇ……というか一応此処、
「固いこと言うでない。この酒は湯に浸かる前に厨からちょいと拝借してきただけじゃ」
「うわマジかよ……これ後で俺が怒られるヤツじゃん……しゃあねぇ、サラが先走って一本飲んだことにしよっと」
美女、と称するのも言葉足らずと思えるほどのプロポーション。それを目の当たりにしてエリオットは思わず目を背けたが、リィンとガイウスは違った。
しかし、得物はない。だからこそ、目を背けずにどのように対応すべきかの思考を続けていた。
呼吸すら不規則になる程の緊張感。温泉の熱に晒されているはずなのに体の内側から絶えず湧き出る悪寒。それを感じ続けていると、不意にその女性が二人に視線をやった。
「ほう。レイ、そこそこ見どころがある程度には育て上げたようじゃの。肝が据わっておるわ」
「ま、死線はそこそこ潜ってきましたからね。つーか、あんまり苛めないでやって下さいよ。こちとら骨休めで来てるんですから」
「
その言葉が耳朶に入ると同時に揺らめいていた闘気が霧散し、リィンとガイウスは湯の中に崩れ落ちた。その瞬間には事態を把握したエリオットもまた同様に。
再び一杯、酒を呷る。
美味いと言葉にせずとも分かる息を吐いてから、再度レイに話しかけた。
「時にお主、歳は幾つになった」
「まだ17っすよ師匠」
「む、まだその程度か。まぁ、構わぬだろう。お主も一杯やれ」
「へいへい。一献頂きますよ」
そうしてゆっくりと徳利を傾ける友人の姿を見ながら、リィンは考える。
レイは、「師匠」と言った。つまりこの女性こそ―――レイを若くして”達人級”に鍛え上げた張本人。
”達人級”―――そう思おうとして、しかし本能が拒絶した。
先程の出会い頭の形容し難い悪寒。それをリィンだけは知っていた。ローエングリンの最奥で出会ったその武人と、毛色は違えど同一の圧力。
即ち、それは―――。
「馬鹿弟子が世話になっておるな。儂の名はカグヤ。この小僧の剣の師でもあり―――第七使徒麾下、《鉄機隊》の副長を務めておる。よしなに頼むぞい」
間違えようもない、”絶人級”の気配であった。
帰郷とか言っといて修羅人間突っ込むのどうなんですかねぇ……。どうも、十三です。
最近体の調子良くないし、引っ越しの準備もあるしで休日にマトモにPC触れてない気がする……駄目だ。
買ったばかりの『世界樹の迷宮Ⅹ』にもロクに触れてない……それもこれも全部FGOのサバフェスが悪いんだそうなんだ。