英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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もう今年も終わり……くだらなく哀愁に浸りながら11月最後の投稿を致します。

お待たせしました。そしてごめんなさい。これにてケルディック編は終了となります。

思えば序章の時から性懲りもなく続けてしまった”終わる終わる詐欺”。今後はこんなことがないように、前書きや後書きで不用意な発言はしません!!

今回? ちゃ、ちゃんと終わっておりますってば。えぇ、はい。


ただ一つの理由

 PM5:00―――ケルディック大市内にて。

 

 

「そんじゃ、ジャガイモ五箱とニンジン三箱、タマネギ三箱にネギとタマゴを二箱ずつ。それと岩塩10キロお願いしまーす」

 

「まいど!! いや~、箱単位で買ってくれるお客さんがいてくれると助かるわ。それに兄ちゃん、えらい値引き上手やな」

 

「食べ盛りの学生相手にメシ作ってるんで、このくらいは基本技能っすよ。あ、領収書下さい」

 

「おおきに。で? 搬送はどうするつもりや。数日後でええんなら貨物列車に乗せて届たるで」

 

「大丈夫っす。駅員と話をつけて貨物スペースに乗せてもらうことになりましたんで。あ、お金これで」

 

「ひぃふぅみぃ…………ちょうどやな。兄ちゃん、またケルディックに寄る時はライモン食材店をよろしゅうな」

 

「うぃーっす♪」

 

 

 目的の一つである大市での食材の買い付けを終えた後、レイは客も疎らになり始めた市の中で何をするでもなくうろついていた。

この二日間、結局まともに見て回る事ができなかった市をぐるりと一周してみると、実に様々な種類の店舗が出店していることが分かった。ぬいぐるみ屋にハチミツ専門店、薬品店に陶器を扱う店舗、加工した食材を調理して売り出している店もあり、見ているだけでも飽きが来ない。

 一通り見て回った後に、市の奥に設けられた休憩スペースに腰を下ろす。流しの音楽家が奏でる心地よい楽器の音色に耳を傾けながら、レイは数時間前の出来事を回想した。

 

 

 

 

 《鉄道憲兵隊(Train Military Police)》―――通称”TMP”と呼ばれるその組織は、《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンの肝煎りで設立された、正規軍の精鋭部隊である。

 彼らの任務は帝国全土の治安維持。国土全域に張り巡らされた鉄道網を”足”とした高い機動力を以て各地に展開する彼らは、領地の治安維持という相似した役割を担う領邦軍に、蛇蝎の如く嫌われているという背景を持つ。

 しかし、それは裏を返せば領邦軍と正面から渡り合えるという事実を現している事でもある。

『革新派』の象徴とも言えるこの部隊を統率するのは、24という若さの女性士官。

 その女性とレイは、過去に一度だけ戦場で背中を預けた事がある、戦友同士でもあった。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「ナイスタイミング、クレア中尉―――いや、今は大尉なんだっけか」

 

「えぇ、お久しぶりです、レイ君。直接会うのは一年ぶりくらいですかね」

 

 

 自然公園の最奥にて、一触即発の空気の中に割り込んで来た玲瓏(れいろう)な声に、レイは驚く事なく反応した。

 鮮やかな薄水色の髪をサイドテールに纏め、灰色の軍服に身を包んだ若い女性。贔屓目に見ても”美人”という概念から外れない彼女が見せた僅かな微笑みに、リィンとエリオットのコンビは少しばかり呆けていた。アリサに腕を抓られて直ぐに正気に戻ったが。

 

 クレア・リーヴェルト。帝国正規軍の中でも精鋭が揃う《鉄道憲兵隊》を統率する若き才媛。

 

 その可憐な容姿と、常人を遥かに凌ぐとされる圧倒的な処理能力を指して《氷の乙女(アイスメイデン)》の異名で呼ばれる彼女は、最新鋭の導力小銃で武装した部下数名に指示を飛ばして、領邦軍への警戒と盗賊の身柄確保を行うと、隊長格の男の方を、やや険のある目つきで見据えた。

 

「この場は今後、我々鉄道憲兵隊が取り仕切らせていただきます。領邦軍の方々はケルディックの詰所までお戻りください」

 

「……何のつもりだ?」

 

 怒気の籠った男の声が返される。

常識的に考えれば、総じてプライドの高い領邦軍の指揮官がこの類の提案に頷くとは思えない。それは、この場においても例外ではなかった。

 

「ここはアルバレア公爵の治めるクロイツェン州の一画。貴公らに邪魔立てされる謂れはない」

 

 言葉こそ体裁上取り繕ってはいるが、露骨なまでの拒絶な反応。

しかしその言葉を受けても、クレアの対応は冷静沈着を絵に描いたようなものだった。

 

「お言葉ですが、ケルディックは帝国鉄道網の拠点の一つです。そのため、我々にも捜査介入権限がある。……ご存知ですね?」

 

「ぐっ……」

 

「加えて大市の商人の方々や元締めの方から事情を伺った結果、彼ら学生が盗難事件の犯人である可能性は極めて低いと判断した末での行動であり、正当性は高いと自負しております」

 

「…………」

 

「何か異議はおありでしょうか?」

 

 沸点の低い領邦軍相手にも一切物怖じしない胆力と、反論をする間も与えない論理的推察の連撃。加えて、相手が言い返してこない状況を瞬時に見抜いて会話を一方的に打ち切る事で、相手の同意を促す話術。

 このような場に慣れていなければ駆使できないスキルである。大市の場で披露したようにレイにも一応の心得はあるが、あれは自分たちに多少の余裕がある状況だからこそできたものであり、このような一触即発の状況を話術だけで切り抜けるほどの腕前ではない。

 

「(流石、生半可な修羅場は潜ってきてねぇってか)」

 

 レイがそう感心すると、男は小さな舌打ちの後に忌々しげに口を開いた。

 

 

「……フン、特にない」

 

 その後の憲兵隊の隊員の動きは実に迅速だった。漸く目を覚ました盗賊たちを手際良く連行し、盗難品の返却処理を行うため、品物の確認を始めた。

 それを横目に、領邦軍は撤退を始める。しかし去り際に、クレアとレイを見て、一言ずつ言葉を残していった。

 

「……鉄血の狗が。今に痛い目を見ると覚悟しておけ」

 

「……………」

 

「貴様もだ、小僧。我らを侮辱した罪業、いずれ贖って貰うぞ」

 

「はっ、公爵家の狗(・・・・・)が吠えんな。とっとと帰れ」

 

 わざと挑発するように返すと、男は更に眉間の皺を深くしたが、特に何を言うでもなく去って行った。

 それを見届けると、クレアとレイは一つ溜息を吐いた。

 

 

 

「ふふっ、変わりませんね。どんな相手にも我を貫き通すあたりは、特に」

 

「昔っから不器用なところは生憎と変えられなくてな。ああいう連中には最後に一噛みしたくなる」

 

「仲間を傷つける存在には、ですか?」

 

「己の信念を貫けないくせに権力に媚び(へつら)う奴らには、だ」

 

 そんな言葉を交わしていると、憲兵隊の女性隊員の一人がクレアに近づいて、敬礼と共に報告を済ませる。

 

「大尉、犯人の連行、及び盗難品移送の準備が整いました」

 

「了解しました。品物は細心の注意を払って運び出して下さい」

 

「はっ。―――あらレイ君、お久しぶり」

 

「どーもです、ドミニク少尉。カレル離宮から帰るときにはお世話になりました」

 

 

 何の不自然さもなく憲兵隊の人たちと会話を交わすレイを見て、リィンたちは驚いたような表情のまま小声で言葉を交わす。

 

「(……何かまたレイの謎が増えたような気がするな)」

 

「(う、うーん……確かにあんな美人な人とお知り合いみたいだしね)」

 

「(しかもそれが帝国正規軍最精鋭部隊の人物だ。気になるのは仕方なかろう)」

 

「(もしかしなくても、レイって凄いモテるんじゃない?)」

 

「(というか、もしそうだったら……)」

 

 

「「「「(年上好き?)」」」」

 

 

 

「お前ら全員横一列に並べ。なぁに、ちょっと三分の一殺しにするだけさ」

 

「「「「すみませんでした」」」」

 

 

 一見にこやかな表情を浮かべてはいるものの、その背後に鬼と獄炎がはっきりと見えたため、即行で謝る四人。

クレアはそんな四人を見やると、僅かに頬が染まった状態から、いつもの余裕がある表情に戻って職務の続きを果たしにかかる。

 

 

「そちらの方々には初めまして、ですね。帝国鉄道憲兵隊所属大尉、クレア・リーヴェルトと申します。今回はお疲れ様でした。」

 

 年下であり、士官学院生に過ぎないリィンたちに向かっても畏まった所作で自己紹介を行った後、労いの言葉をかけてから運び出されている盗難品の方を一瞥し、続けた。

 

「調書を取りたいので、少しばかりお付き合いいただけますか?」

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 調書、と言ってもそれほど大仰なものではなく、事件のあらましと経緯を簡単に説明するだけで終わった。それも、早めの夕食を摂りながらであったためか、終始緊迫した雰囲気からは離れていたように思える。

その原因として、最初から緊張の”き”の字も見せずに、まるで友人と会話でもするかのようなノリで話していたレイの存在が大きかったのだろう。親しみやすい雰囲気があるとはいえ、相手は正規軍の精鋭部隊の指揮を執る軍人。もしリィンたちだけであったなら、とても食事が喉を通らなかったのは想像に難くない。

 

 その一連の作業が終わった後、A班の面々は次の列車の到着時刻まで各々自由に過ごすことになった。

そこでレイは、実習地がケルディックであると聞かされたその時から計画していた事を実行に移しにかかった。そう、新鮮な食材の買い出しである。

 別にトリスタの『ブランドン商会』の品揃えに不満があるわけではない。だが、ケルディックの大市ではその名の通り、ダイレクトな産地直送の野菜類が安く、しかも大量に手に入るのである。それを見逃すわけにはいかなかった。

 そして、青果類を扱っている『ライモン食材店』の店長、ライモンとの大量購入を交渉材料にした値引き合戦の末、手持ちの経費で納得のいく食材が買えたのである。先ほどまでの戦闘面での欲求不満は、いつの間にかレイの中から掻き消えていた。

 これで1週間は(厨房で)戦える。そう思って口元が緩んで鼻歌まで出ていたレイに、声をかけてきた人物がいた。

 

 

「ご機嫌みたいですね、レイ君」

  

「……いつから見てた?」

 

 いつの間にか傍らに立って微笑ましくこちらを見守っていたクレアにそう問うと、彼女は混じりけのない優しい笑顔で偽りなく答えた。

 

「レイ君が昔作ったと言っていた歌を鼻歌で歌い始めた所からですね」

 

「うあああぁぁぁ…………」

 

 先ほどまでの上機嫌な雰囲気から一変、頭を抱えて唸るレイ。

知己の人物に油断してた姿を晒しただけでも恥ずかしいのに、鼻歌の曲が昔子供特有のノリで仲が良かった人間と作った黒歴史モノであったという事が更に拍車をかけた。

 しかも聞かれていたのがサラとかなら物理的に黙らせる事もある程度可能なのだが、この女性が相手ではそれも不可能である。手を上げる自分が想像つかない。

 

「……活断層があったら入りたい」

 

「地形がずれる可能性があるので止めましょうね。向かいの席良いですか?」

 

「あ、はい」

 

 今ひり出せる渾身のボケもあっさりと理知的に返されたためか、レイの精神力は容赦なく削られていき、限界も近かった。

普段、リィンたちの前では絶対に見せない姿である。

 

 

 

「それにしても、奇縁ですよね」

 

「? 何がだ?」

 

「あなたが帝国の、それも士官学院に入学したことです。勝手ながら、縁遠い選択だと思っていましたから」

 

「俺だってあのままだったら普通にクロスベルで遊撃士やってたさ。でもあの変た……い皇子のせいでな」

 

「何で今言い直そうとしたのに諦めたんです?」

 

 事実だから、と言いながら続けた。

 

「別に後悔はしてない。帝国に良い思い出はないけどさ、学生生活ってのも悪くないって思うようになってきた」

 

「トールズはどうですか? 私も卒業してからは一度も学院には寄っていないので、少し気になります」

 

「いや、俺6年前の事なんて知らんもん。ただ……まぁ、良いところではある、と思う。貴族生徒の中で話が通じる奴は少ねぇけど、自主性は尊重してくれるしな」

 

 どこかで鴉の鳴く音が聞こえてくる。未だ僅かに寒さが残る夕暮れの風を感じながら、思う。

今頃トールズでは、授業を終えた学生たちが部活に汗を流しているのだろうかと。役割柄、部活に入らずにそんな彼らを横目に下校することが多いのだが、たまに時間が空いた時などは料理部や、個人的な興味などで技術棟に顔を出していたりする。

だから、分かるのだ。学生が学院生活を送るという、当たり前で、だからこそ幸せな時間の意味が。

 

「《子供たち》のお前なら知ってるはずだ。俺がどんな人生を、どれだけその”幸せ”から縁遠い人生を送ってきたのかを」

 

「…………」

 

「お前と初めて会った6年前、一緒に戦った2年前。身を置く場所は違っても、俺の在り方は変わってなかった。今は……どうだろうな?」

 

 自虐気味な笑みを浮かべてそう言うレイに、クレアは僅かに逡巡して、そして答えた。

 

「……そう問いかけている間は、あなたは変わらないでしょう。その自責の呪縛からは、逃れられません」

 

「……はっ。いいね、はっきり言ってくれた方が分かりやすくていい。―――そうか、このままじゃ変われない、か」

 

 椅子を揺らして天井を仰ぎ見る。サラとはまた違う観点から、自分の”弱さ”を指摘し、窘めてくれる存在。

自分が捻くれた性格をしている事は分かっている。指摘されたからと言って直ぐに生き方を変えられるほど、器用な性格ではないという事も。

リィンやアリサに偉そうな事を言っておきながら、その本質は自分の生き方を定められない弱者。如何に剣の腕が立っていようが、結局はリィンと同じく”迷っている”者だ。

 彼と違う点といえば、レイは己の”剣の道”に対しては心を偽っていないという事。

 自分が剣を手に取り、技を振るう理由は、いつだって同じ。それはそこだけは揺らいではならないと常に言い聞かしていた結果であり、自分の今までの生き方が導いた結果であった。

 

 自分と浅く関わった人達は言う。「年齢の割に大人び過ぎている」「達観していて、大人顔負けの精神を持っている」と。

 そんなわけがない、とその度にレイは心の中で嗤った。

どれだけ過酷な日々を過ごしていようと、自分はただの十代の子供(ガキ)でしかない。本当の意味での達観など、できるはずがないのである。

 

 だからこそ、心のどこかでは欲している。

 自分よりも長く人生を生き、自分がまだ見ていない視線からの慧眼で以て支え、時に戒めてくれる声を。

 

 お前はまだ未熟なのだと、改めて理解させてくれる存在を欲する。

ある意味でそれは、年相応の人間の我儘でもあった。

 

 

「いいさ、上等だ」

 

 だからこそレイは、その我儘を糧にする。

できるならば、足踏みなどはしたくない。前に進めるのならば、一歩ずつでも進んでいく方が、自分の性に合っている。

 

「ふふっ、レイ君なら心配はないでしょう。―――先ほど話を聞いた限りでは、《天剣》の絶技は衰えていないようですしね」

 

「いやー、ムリムリ。格段に最盛期よりかは遅くなってるさ。今のままだとヨシュア―――俺の親友に技が見切られる可能性がある。ちとマズいな」

 

「……ヨシュア・ブライト。あの(・・)カシウス・ブライトさんの養子、でしたね」

 

「流石に2年前に世話んなった人間の事は調べてるか」

 

 嘗ての自分の(あざな)を出された事に僅かに顔を顰めながらも、不思議と不満は湧いて来なかった。

レイは傍らに立てた長刀の柄をさらりと撫でる。3週間前に旧校舎地下でフィーはああ言ったものの、遊撃士稼業を休業してから早数か月が経ち、以前よりかは確実に実力は衰えただろう。

平和ボケ、と言い換えてもいいかもしれないが。

 

「……やっぱ俺、修羅の人間かもしれん。戦ってないと不安になってくる」

 

「仕方のない事でしょう。あなたがその技を身に着けるために費やした労苦を鑑みれば、衰えを恐れるのは普通です。……も、もし不安でたまらないのでしたら、私がお相手いたしましょうか?」

 

「う……い、いや、止めておく。お前とガチで戦ったら他の隊員に迷惑かけるし、何より……また《鉄血》のオッサンに目をつけられる」

 

 一度は信頼して背中を預けた事もある彼女の言葉に若干魅力的なものを感じたのだが、頷く事はなかった。

ここで一瞬でも悩む時間があった事に自分の末期さを再確認したレイは、更に落ち込む。

 その姿を見たクレアは、何故か慈愛を含んだ優しい表情を見せ、落ち込むレイの頭を、そっと撫でた。

 

「……本当に、変わりませんね」

 

「だから言ってんだろうが、不器用だって。てか、頭撫でんな。恥ずい」

 

 そういう意味ではないんですけどね、とクレアは心の中で呟く。

手入れも何もしていないはずなのに滑らかなレイの髪の感触を若干の嫉妬交じりに堪能しながら、回顧する。

 この小柄な少年の、死地に赴いた時の頼り甲斐のある背中。そして自分では決して届かない境地に身を置く姿。歳は7つも離れているはずなのに、戦っている時の彼は、どこか遠く感じられた。

 しかし、今目の前にいるのは歳相応の表情を見せるただの学生だ。そう思うと、初めて出会った6年前にも感じた保護欲がそそられてしまう。

 

「変わってねぇって言ったら、お前の方も大概だろうが」

 

「? 私も、ですか?」

 

「今回の件で利用しちまった俺が言うのも何だけどよ。何でそこまで俺に良くしてくれるんだよ」

 

「―――そんなの、当たり前じゃないですか」

 

 銀交じりの黒髪から手を放し、その手をレイの右手の甲に重ねる。

久しく感じてなかった女性特有の温もりを感じて僅かに動揺するレイを余所に、クレアは続ける。

 

「二度も助けてくれたんです。二度も命を救ってもらったんです。恩義とか、それ以外とかを感じるのは当たり前じゃないですか」

 

「…………」

 

「今回だってそうです。レイ君が知らせてくれなかったら、ケルディックにおける領邦軍の振る舞いは必ず悪化していたでしょう。利用されたなんて、思っていません」

 

 ふと、自分が目の前の女性士官宛てに飛ばした二体の式神を思い出す。

一体目に込めたのは忠告のメッセージ。二体目に込めたのは、出動要請のメッセージ。その出動も、場合によっては無駄骨になる可能性すらあったのだ。これが、利用していたという以外の何だと言うのか。

 

 

「私は帝国軍人で、そして宰相閣下の手駒の一人でもあります。この一身は国のために捧げるという覚悟も持っています。でも―――誰かを信じて行動してみたいと、そう思ってはいけませんか?」

 

 

 真摯な眼差しでそう言い切ったクレアの言葉に、レイは白旗を挙げた。

やはり”揺れない”。彼女の意思は、清々しいくらいに真っ直ぐだ。

 

「物好きだなぁ。俺に入れ込んでもロクな事ねぇぞ?」

 

「障害が多いのは覚悟していますよ。あなたが、色々なしがらみを抱えているのも分かっていますし」

 

「……そこまで分かってて何で―――」

 

「まぁ、そこは女性の秘密の一つという事です。―――そうですよね? サラさん」

 

 

 そんなクレアの言葉に促されるように休憩スペースに入って来たのは、その通りの人物だった。

 僅かに不機嫌そうな雰囲気を醸し出したⅦ組の担当教官は、溜息を一つ吐いて「そうね」と同意した。

 

「ま、あなたに言われるのも癪な気がしなくもないけれど。《鉄血の子供たち(アイアンブリード)》のお一人さん」

 

「……やはり、私が憎いですか? あなたの居場所を奪った組織の一人である、私が」

 

「……前はそう思ってたんだけどね。今はそうでもないわ。そもそもあの時動いてたのは情報局の人間が中心だったしね。それに、レイ(この子)が信頼してる人間を、アタシが嫌うわけにはいかないじゃない」

 

 レイは自分が引き合いに出された事で肩を竦め、席を立つと再び大市の見学へと戻って行った。

休憩スペースの近くのハチミツ専門店で足を止めて商品を吟味している彼の姿を見ながら、二人の女性は向かい合う。

 

「でもまぁ、今回は助かったわ。アイツの要請に応えてくれて、どうもありがとう」

 

「いえ。憲兵隊大尉としての判断でも今回は出動するべき案件でした。……レイ君を信頼していたという点では、確かに私情は含まれていたかもしれませんけどね」

 

「ま、アイツの洞察力はかなりのものだしね。だから、アタシも他の子たちの事をアイツに任せられたんだけど」

 

 互いにレイ・クレイドルという少年を信頼する者同士。そうなった経緯こそ異なるが、思っている事は変わらない。

一瞬だけ、お互いの心の内を見透かすような鋭い視線になったものの、すぐにその空気は霧散した。

 

「……今ここでいがみあっても仕方ないわね。アタシもあなたも、どうせアイツの事で考えてることは一緒みたいだし?」

 

「そう、ですね。でも、彼の心は少しずつ動き始めているみたいですよ」

 

 その視線の先にいたのは、いつの間にか合流していたA班のメンバーと笑顔で会話をしながら大市の中を歩いていく姿。

本来、ああであるべき姿を見たサラは、どこか安堵したような表情を見せた。

 

 やはり、間違ってはいなかったのかもしれない。

 学生としては異常(イレギュラー)もいいところのスペックを誇るが、その心はまだ成熟しきってはいない。

 その心情をすべて理解しようなどと、烏滸がましい事は考えていない。彼を理解し尽す事ができるのは彼だけなのだし、彼の求めている”答え”は、きっと自分たちが掬い上げて得られるものではないのだから。

 もどかしくない、と言ってしまえば嘘になる。だが、彼を信頼しているからこそ、今は見守るだけでいようと、そう律しているのだ。

 

 

「あーあ、先は長そうだわー」

 

「ふふっ。級友と共に悩めるのは学生の特権です。羨ましくもありますね」

 

「……言っとくけど、あなたにこの役割を譲るつもりは毛頭ないわよ?」

 

「分かっています。それは、私も同じ思いですから」

 

「あらあら、《氷の乙女(アイスメイデン)》にしては随分お熱いこと。―――ま、張り合いがあっていいけどね」

 

 やや夜の影が落ち始めて来た夕暮れの下で女性二人が微かな火花を散らし、片や学生たちの方は友情を深め合って残りの滞在時間を謳歌していた。

  

 こうして初めてのA班の”特別実習”は、メンバー全員が何かしらを得ることができるという、大成功の下で終わりを告げたのであった。

 

 

 

 




どーしましょ。次の実習編に入るまでに閑話を入れたいですねぇ。前回も書いた”日常譚”的なものを。

あ、そうだ。フィーに御馳走作ってあげなくちゃいけない約束をレイ君がしていたような……まぁ、考えておきます。はい。


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