英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「過去はもう変えられない。だが未来は自分の手で変えることができる。当たり前すぎる言葉だが、悪くないだろ。そして『今』こそが『未来』だ」

               by 風見雄二(グリザイアの果実)











最後の平穏

 

 

 

 

 

 

 

 

 学院際は盛況だった。

 

 学院関係者以外にも、来校許可証を持つ者たちが来校し、一層賑やかになる。

 帝国で最も有名な士官学院と言えど、祭りの日だけは別である。至る所で聞こえる祭り特有の声を流し聴きながら、レイは学院の敷地内を歩く。

 

 学院際に出店する屋台の為に色々とアドバイスをした礼と言われてベッキーに貰ったあらびきソーセージを齧りながら、人気のない旧校舎近くのベンチに座る。

 昨夜はあれ程大騒ぎをしたというのに、今ではすっかり静かになっている。まるで悪い夢であったかのように、静かに佇んでいるだけだ。

 

 

 

 

 ―――あの後、日付が変わる頃になって旧校舎の結界は解除された。

 それを機にサラらと共に突入したのだが、その迷宮の最奥で、彼らは信じがたいものを見た。

 

 動く気配のない、巨大な機械人形。まるで受勲を待つ騎士のように跪くそれを見た瞬間、レイは確信した。

 

 それこそが、《灰》の騎神。大陸の歴史の転換期に幾度も《起動者》を選定し、戦火を拡げた究極兵装。

 それに選ばれたのが、眼前の友人。それは前々から理解していた事だが、それでも忸怩たる思いはある。

 

 選ばれてしまったからには、どのように足掻いたとしても必ず戦禍の中心に放り込まれる。本人が望むと望むまいと、今まで以上に死線を潜らざるを得ないだろう。

 

 眼前で、疲労のために倒れていた友を担ぎ上げながら、レイは再び理解した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 悪い夢だと、そう断じられればどれ程良かっただろうか。

 理不尽だと嘆ければどれ程良かっただろうか。

 その悪逆の流れに逆らう事が出来れば、どれ程良かっただろうか。

 

 だが、残念ながら、遺憾ながら、腸が煮えくり返る程に悔しいが―――()()自分に、その力はない。

 しかし、今はどうにか出来なくとも、未来は分からない。

 

 暫くは、”彼”にリィンの運命を託すしかない。それを訝しむ程阿呆ではないつもりだった。

 リィンが”彼”と縁を結ぶことで、別の強さを得られるのなら、それもユン老師の想像の範囲内だろう。《剣聖》への道筋は、容易いものではないはずだ。

 

 

 

 ―――昨夜の記憶は、その程度だ。

 

 少なくとも、昨夜の出来事を正しく認識できたのはレイと、魔女の末席であるエマと、()()()()()()しかいない。

 他のメンバーは、夢と見間違う不思議な体験をした程度にしか思っておらず、それよりも学院際のステージの準備に躍起になった。

 いや、もしかしたら懸念しているメンバーはいたかもしれない。それでも、今日だけはそれを忘れようと努めているのだ。

 迷いがある状態で、ステージには立てない。そういう事だろう。

 

 今、他の面々はそれぞれの部活の催し物を手伝いに行っている頃合いだろう。リィンは恐らく、生徒会の見回りを手伝っているだろうか。

 そんな中、レイだけが文化祭を謳歌している……わけではない。彼もリィンと一緒に、生徒会の仕事の一端を担っていた。

 

 学院際にやってくる、来賓への対応。主に校内での道案内や、迷子の子供、客同士のトラブルの対応など、雑事を手伝っていた。

 とはいえ、勿論一人でやるわけではない。先程生徒会のメンバーの一人が役目を引き継いだため、レイは束の間の休息を取っていたのである。

 

 最後の一口を胃に収め、串を弄びながら空を見上げる。

 清々しい程の青空だ。雲一つなく、学院際を執り行うにこれ程相応しい日もないだろう。

 

 オマケに、この頃厳しくなり始めた寒波も、今日はナリを潜めている。目を閉じれば、そのまま眠ってしまいそうだ。

 そんな事を思いながらボーッとしていると、不意に、背後から彼の顔を覗き込む瞳と目が合った。

 

「…………」

 

「おう、どうしたリーリエ。お前の目でじーっと見られてると催眠術か何かにかかりそうなんだけど」

 

『久しぶりに会えたのに、言う事はそれだけ? レイ(にぃ)

 

「冗談だよ、冗談。暫く見ないうちに美人になったな」

 

『ん。よろしい。レイ(にぃ)は変わらないね』

 

「身長的な意味だったらデコピンすっぞコラ」

 

『怒りっぽいね。カルシウム要る?』

 

 そう書かれたメモ帳を左手に、「小魚せんべい」と書かれた菓子袋を右手に、薄紫色のロングヘアーを揺らした聾唖(ろうあ)の少女、リーリエが問い掛けてくる。

 傍から見れば儚げな印象を持つ華奢な少女だが、彼女がS級猟兵団にて《魔弾姫(デア・フライシュッツェ)》の異名を持つ最高位の狙撃手であるなどという事を、一体誰が信じるだろうか。

 

「一体誰と来た? お前のお守りならアウロラ辺りか?」

 

『アウ(ねぇ)なら酔っぱらって団長が持ってた重要書類濡らして駄目にしちゃったから罰として艦内全体清掃中だよ』

 

「何やってんだアイツ……相変わらず酒癖悪すぎだろ。んじゃあ誰がお前の付き添いを―――」

 

 

(わたくし)でございますよ。特別顧問(ミスター)

 

 続けて現れたのは、長身の女性。

 リーリエと同じく、表情自体はあまり豊かではない。静かに、彫刻のようにそこに佇んでいた。

 濡れた鴉羽のように艶やかな長い黒髪を首後ろで纏め上げ、やや仰々しい髪留めで束ねている。団服を改造して東洋風にしたものの上から割烹着を纏っているその姿は、リーリエとはまた別の意味でS級猟兵団の構成員とは思えなかった。

 

 しかしレイは、そんな彼女の姿を視認した瞬間に、安堵したような表情を見せた。

 

「驚いたな。厨房の纏め役が降りてくるとは。何か気でも引かれたのか? レティシア」

 

「御冗談を、特別顧問(ミスター)。《フェンリスヴォルフ》の厨房は、(わたくし)がいなくなった程度で混乱する程柔ではありません」

 

 恭しく礼をしながらも、そうはっきりと断言する。

 

 猟兵団《マーナガルム》内での彼女の所属は《五番隊(フュンフト)》。その中の《兵站班》の副主任を務めている。

 《マーナガルム》に於いての《兵站班》の役目は大きく二つに分かれる。即ち、主任であるカリサ・リアヴェールが担当する”補給係”と、レティシアが担当する”調理係”の二つ。

 彼女は”管理係”のトップ。《マーナガルム》の拠点、《ウードガルザ》級強襲飛空艇Ⅱ番艦《フェンリスヴォルフ》の厨房を取り仕切る女傑である。

 そして猟兵団という職場の関係上、彼女の戦場は厨房だけではない。野営時の調理役も兼ねる以上、非戦闘員であるとはいえ、彼女の言に逆らえる団員はそうはいない。

 

 ……まぁ、彼女が”非戦闘員”の括りに入るかと団員に問えば、全員が揃って首を横に振るだろうが。

 

「本来であればエリシア様がいらっしゃる筈だったのですが、どうしても外せないお仕事がありまして。僭越ながら、(わたくし)がリーリエ様のエスコートを務めさせていただきました」

 

「あぁ、エリシアは来れなかったのか。ガレリア要塞近くでクレアを助けてくれた礼がしたかったんだがな」

 

「そちらは次にお会いした際にでも。悔しさのあまり血涙を流しておられましたが、まぁ大丈夫でしょう」

 

「ちょくちょくホラーなんだかギャグなんだか分からない報告挟むのやめねぇ?」

 

 いつの間にか膝の上に寝転がっていたリーリエの頭を撫でながらそうツッコむが、そう言えばあそこはそういうところだったなと思い直し、冷静になる。

 戦場に出れば《赤い星座》や《西風の旅団》らとも互角に戦り合う集団でありながら、平時に於いては時にノリで良く分からない事をやり出す変人が多い。

 

「まぁいいや。それで? 俺は確かイリーナ会長から貰った招待チケットを3枚、マーナガルム(お前ら)の方に送ったはずだが?」

 

 もう一人は? と問おうとしたが、すぐにそれを飲み込んだ。

 問わずとも分かる。そして今どこにいるのかも……まぁ想像できるというものだ。

 

「休憩時間はまだ残ってる。リーリエ(コイツ)のお守りは俺に任せろ」

 

「ですが……」

 

「祭りと言っても学院際程度のものでしかないけどな。それでもヘカテがお前に下船許可を出したのは、お前に息抜きしてもらいたいって思いもあったんだと思うぜ」

 

 実際、《フェンリスヴォルフ》内での彼女の仕事は激務だ。

 食材だけに留まらず、生活必需品の確認と発注。カリサら”補給係”が基本的に船外での活動を取り仕切るのなら、彼女ら”管理係”は船内の雑務のほぼ全てを請け負っている。

 拠点防衛を主任務とする《一番隊(エーアスト)》と連携して設備点検などは行っているが、基本的に決定権などは”管理係”の方にある。 

 『素人は戦術を語り、玄人は兵站を語る』とは有名な言である。船内管理は意味だけを鑑みるならば”兵站”の概念からは外れるだろうが、それでも彼らを馬鹿にするような事があれば厳罰が下る。

 

 どのような屈強な軍隊でも猟兵団でも、後方支援が優秀でなければ成り立たない。それを軽視しては、勝てる戦も勝てなくなる。

 そのような当たり前のことを、《軍神》の異名を持つ《マーナガルム》団長、ヘカティルナ・ギーンシュタインが理解していないはずがない。

 

 そしてそういった重要ポジションに就いているレティシアを労うのもまた、彼女の役割である。

 

「まぁどうせお前誰かからビデオカメラでも渡されて俺らのライブを撮って来いとか言われてんだろ? まだ時間はあるからテキトーにうろついてこい」

 

「テキトーに、ですか」

 

「そうそう。調理部の出し物とか見てきたらどうだ? あそこの部長は良い料理作るし、俺のクラスメイトも一人いるからな」

 そう伝えられると、レティシアはもう一度深々と頭を下げると、本校舎の方へと歩いて行った。

 それを見送ってから、レイはリーリエを起こして歩き出す。

 ゆっくりと、木々の間を通り抜ける木漏れ日を噛みしめるように。リーリエも、眩しそうな仕草を見せながら隣を歩いている。

 

 途中で彼女がレイの制服の裾を引っ張る時は、何かに興味が惹かれた時。

 それは屋台の食べ物だったり、グラウンドを駆けまわる馬術部の出し物だったり、ギムナジウムの広いプールだったりと、様々だった。

 それら全てにレイは従者のように付き合いながら、彼も彼で人を探していた。

 

 すると、見つけた。

 場所は本校舎の裏手、技術棟の近く辺り。女子が一人と、男性が二人。やや剣呑な雰囲気を出して視線を交わし合っていた。

 やれやれと思いながら、レイはポケットから「生徒会」と書かれた腕章を取り出して左腕に取り付けてから割って入った。

 

 

「どうかされましたか、お客様方。お困りのようでしたら自分が承りますが」

 

 9割方皮肉で形作られた敬語で3人の意識を向けさせる。

 反応は、1人が何処か安堵したような表情を。1人が驚愕したような表情を。そして最後の1人が面白そうな表情を。

 はてさて誰から声をかけていくべきかと一瞬だけ考え、黒の貴族服を身に纏った長身の男性に視線を向けた。

 

「ようこそお越し下さいました、クラウン伯爵閣下。何か学院側に不手際がありましたでしょうか?」

 

「いやいや、不手際など無いとも。久方振りに母校の賑やかさに浸らせてもらっていた。―――私の方こそ意外だったよ。若き達人に名を知って貰えているとはね」

 

「閣下には学友が特別実習で赴いた場で()()()()()()()と伺っておりましたので」

 

 カーティス・クラウン伯爵。レグラムとオルディスでⅦ組の面々が出会った貴族。

 アリサとユーシス曰く、「油断ならない」人物。言葉ではそう聞いていたが、実際に見てみるとそれが良く分かる。

 

 飄々としているように見えるが、その双眸はこちらの全てを見通しているように鋭い。先程の言葉から察するに、Ⅶ組の人間の来歴程度は全て網羅されているのだろう。

 旧い貴族観念に固執しているようにも見えない。「油断ならない」という評価は正しいが、当の本人も油断という言葉とは縁遠いのだろう。

 

 他者を侮っている人間に対しては、如何様にも付け入るスキがある。そうした心の隙間というものは、一朝一夕では埋め難い。

 だが、こういった何事に対しても周到な用意を以て挑む堅実な人間は崩しがたい。そういう人間と相対するのがレイは苦手だ。基礎となる足場が強固である人間と本気で相対して勝てる程、自分の足場が固まっているとは思っていないから。

 

「た、大将。これは……」

 

「少し黙っていろ、ライアス」

 

 動揺している旧知の青年にその一言だけを飛ばす。

 一見突き放したような言葉だが、その左目が語っていた。「此処は俺に任せろ」と。

 それを悟ったからこそ、ライアスは一歩下がった。レイからすれば彼も立派な「お客様」である。級友と学院際を逢瀬するのは一向に構わないが、そこに貴族が絡むとややこしい事になる。

 苦手で面倒な仕事だが、やらないわけにはいかなかった。

 

Ⅶ組(ウチ)の前衛組エースに御用でありましたか。貴族の方々のお付き合いには疎いものでして、申し訳ありません」

 

「あぁ、そのような堅苦しいものではないとも。君は知っているだろうが、一応私は御息女殿の婚約者候補の一人でね。是非学院際の自由時間をご一緒したいと思ったまでだよ」

 

 やはりそうか、と理解するのと同時に、ややこしさに拍車がかかった。

 古今東西、男が女を取り合うという事例は碌な結末を生まない。レイとしては《結社》時代からの長い付き合いであるライアスに本懐を遂げて欲しいと思っているが、恋敵が貴族となると面倒くさい事この上ない。

 

 とは言え、と思う。

 見る限りラウラの方もライアスに対して良い感情を持っているようだし、それを応援できる程度には口が回るつもりだった。

 

「成程。自分としても男女の関係に口を挟むつもりはありません。―――ですがカーティス卿、ご存じであると思いますが、我々Ⅶ組は数時間後に催し物を控えております。何せ忙しない中合間合間の時間を縫って練習を重ねた程度でありますから、多少の動揺が失敗に繋がる懸念があります。閣下のような有名な方と一緒に居てラウラが視線を集めようものならば、彼女のメンタルにも多少の揺れが生まれましょう」

 

「ははは、御息女殿がそれ程柔な方だとは私は思わないがね」

 

「えぇ、勿論。自分の見通しでは後一押しで”準達人級”に至れる才の持ち主です。柔だなどと口が裂けても言えません。ですが心の動揺というものはあらゆる要因で引き起こされるもの。ラウラ・S・アルゼイドという女性がどのような要因で心を乱されるのか、ご留意いただければ幸いです」

 

 暗に|それが分からないなら女を愛する資格はねぇぞ《原因はお前なんだからこの場はとりあえず引き下がれ》と言ってみる。

 気分を損ねたらそれはそれまでだとある意味吹っ切れながら、それでも不敵に笑いながら反応を待っていると、カーティスは口角を吊り上げた。

 

「成程、これは一本取られてしまったな。とはいえ、レグラム、オルディスと挨拶だけで終わってしまったのだ。此処に至ってまでそれで終わってしまっては男の尊厳に関わるというもの」

 

 すると、カーティスは華美でない程度にラッピングされた小袋を取り出し、それをラウラに差し出した。

 

「受け取ってくれまいか、御息女殿。なに、貴女の無欲さは私も存じている。必ず貴女の役に立つ物を選んでおいた」

 

 その言葉と所作に嘘は無く、ただ純粋にラウラに喜んで欲しいという気持ちからである事が伺えた。

 それを理解できてしまったからこそ、今まで警戒を厳にしていたライアスも苦々しい顔をしながらラウラの傍を離れた。

 好きな女性に贈り物をしたい。その想いを理解できてしまうなら、自分が邪魔をする謂れもない、と。

 

 ラウラもその一瞬で色々考えただろう。

 彼女とて年頃の少女だ。好意を向けられて疎ましいと思うことはないし、カーティスの事も嫌っているわけではない。

 とはいえ、これを受け取るという事がどういう意味になるか。貴族の世界では体裁というのは大きな意味を持つ。贈り物一つを受け取っただけで婚約の約束を取り付けられたというケースも無くはない。

 

「……ありがとうございます。カーティス卿」

 

 だが、ラウラはそれを受け取った。

 それを理解していながらも、やはり好意を無下にはできないのがラウラという少女だ。とはいえ、本当に悪意が垣間見えた場合は決して受け取ろうとはしなかっただろう。その辺りの分別は確かにある。

 

 贈り物を受け取ってもらったカーティスはと言うと、いつも以上に満足げな笑みを浮かべた。

 

「では、私はこれで失礼するよ。御息女殿、催し物の方は楽しみにさせてもらう。……あぁ、スワンチカ家の長男殿。次は是非君とも胸襟を開いて話したいものだ」

 

「……奇遇ですね。自分もそう思っていましたよ。クラウン家の御当主殿」

 

 交わされた言葉は丁寧だが、交わされた視線は火花を散らしていた。

 彼ら二人の関係を端直に言い表すならば「恋敵」だろう。とはいえ、今この場で衝突しようとしない程度には分を弁えているが。

 

「レイ君、だったか。君にも要らぬ迷惑を掛けてしまったな」

 

「いえ、自分の事はお気になさらず。……あぁ、強いて申し上げるなら」

 

 言うべきか、言わざるべきかと思ったが、一応学祭の治安を守る一端を担っている身として”忠告”をすることにした。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――事実。

 先程からリーリエは、レイの傍に引っ付くこともせず、ただ一点をジッと見続けていた。

 技術棟近くにある森の一点。彼女が発声器官と引き換えに手にした超常視力という異能を以て、”外敵”の姿をずっと捉え続けていた。

 

 何か僅かでも動きがあれば、愛刀を取り出していつでも抜刀できるように気構えはしていた。恐らくはライアスも、その視線には気付いていただろう。

 

「おや、懸念される程不躾な視線を送っていたかね。とはいえ、アレは私の護衛のようなものだ。下手な動きはさせないと約束しよう」

 

「随分と物騒な護衛ですね」

 

「いやはや、色々と動いていると奇妙な奴らも湧いてくるものでね。非力な私を守り切れるような勇猛な護衛は必須なのだよ」

 

 白々しくそう言い放つカーティスを見て、思わず失笑が零れてしまいそうになった。

 カーティス・クラウン。《アルゼイド流》を修めた過去を持つ者である事は既にラウラから聞いている。少なく見積もっても”準達人級”以上の武人だ。

 

 とはいえ、今回直接害を及ぼさないというのであれば見逃すしかない。それ以上は、流石に越権行為だ。

 

 そうして去っていくカーティスを見送ってから、レイはライアスとラウラの方に目を向けた。

 

「……いや別に二人でイチャイチャするのは構わねぇんだけどよ。変な問題を起こすなよ? 以上」

 

「え⁉ いや、そんだけっすか大将⁉」

 

「ンだよ。もっと長々と説教して欲しかったのか? メンドくせぇからやらねぇぞ」

 

「いや、でも、大将に迷惑を掛けちまった訳ですし……」

 

「あの程度で迷惑だなんて思うかアホ。それよりとっととラウラをエスコートしろ。機嫌を損ねてライブに影響が出るようなら罰ゲームだからな」

 

「大将が考える罰ゲームとか怖すぎンですけどォ⁉」

 

 狼狽えるライアスに対して、再びレイに引っ付いたリーリエがメモ帳を向けた。

 

『ライアス(にぃ)、ヘタレ』

 

「ゴフッ(吐血)‼ い、いや待て、待ってくれリーリエ。何処でそんな言葉を……」

 

『シド(じーじ)がそう言ってた』

 

「あのオッサン碌な事言わねぇなホント‼」

 

 そんな騒がしい様子を横目に、ラウラがレイに視線を向けた。

 

 

「すまないな、レイ。お陰で穏便に済んだ」

 

「気にすんな。アイツにも言ったが迷惑とは思ってねぇ。……今まで会えなかった分、少しはアイツに甘えて来い」

 

「む……ぜ、善処する。―――レイは、ライアスとは長い付き合いなのか?」

 

「《結社》時代からな。昔から変わってねぇよ、アイツ。俺と同じでひねくれてた時もあったけど、アイツは根っこに確たる正しさがある。ずっと、お前に会いたがってたんだ」

 

「…………」

 

「まぁ強要はしねぇけどよ。時間があったら腹を割って話してみた方が良いぜ。お前にとってもアイツにとっても、その方が良いだろう?」

 

 10年以上会えていなかったのだ。その溝は簡単には埋まらないだろう。

 とはいえ、ラウラもライアスの事を憎からず思っている以上、相互理解はそれほど難しくはないだろうが。

 

「そなたは」

 

「?」

 

「そなたは、カーティス卿をどう思う?」

 

 アリサは「胡散臭い男」と言った。ユーシスは「油断ならない男」と称した。ならばレイは、という考えで訊いたのだが、彼は特に逡巡する事も無く言い放った。

 

「手強いな」

 

「手強い?」

 

「言ってる言葉は嘘じゃないが、本音の隠し方も上手い。真実か、虚構か。その曖昧さを使い分けられる人間はテーブルの上での戦いに於いて強く出られる。……敵に回したくねぇな、ありゃあ」

 

 苦笑しながらそう称する。その上でこう付け加えた。

 

「とはいえ、お前に向けた好意に嘘は見えなかった。”貴族”としての立場で言ったんじゃねぇ。アレは紛れもない”個人”の言葉だ」

 

「………」

 

「今すぐにとは言わないが、考えておいた方が良い。お前がどちらの手を取るのか、どちらの手を振り払うのか。そこをハッキリさせとかないと、要らない面倒ごとを抱え込むこともあるからな」

 

 女性三人の手を取っている自分が言う事ではないなと自虐的に心の中で笑いながら、それでもラウラに対しては二択を迫った。

 断るという手段は大切だ。Noと言えない人間は、どこかで必ず損をする。……そして、それで損をした経験のある人間しかそれを窘める権利を持たない。

 

「……あぁ、分かった。しっかりと考えよう」

 

「それがいい。―――よし、リーリエ。次はどこに行く? クロウ辺り見つけ出してメシ奢らせるか」

 

 そう言って傍らにいた少女と共に歩き出すレイの背中を見送る。

 本当に年下の子供に良く好かれる男だなと思いながら、ラウラも視線をライアスに向けた。

 

「えっと、あと数時間しかねぇけどさ。俺と一緒にいてくれるか? ラウラ」

 

 照れながらもそう言ってくる青年の顔を見ると何故かはにかんでしまう。

 それが好意という感情なのだろう。親愛とは少し違う。恋という感情なのだろう。

 

 差し出されたその手を取るのに、些かの躊躇いもなかった。

 迷う事など、最初から何もなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 調理部が普段部室として使っている家庭科室が、若干ながらザワついていた。

 

 それはそうだろう。客席として用意されていたテーブルの一つに、割烹着を着た謎の美女が座っているのだ。学生から外部の客まで、様々な人間の視線を集めている。

 しかしそんな視線など、レティシアはどこ吹く風で受け流していた。

 

 彼女の戦場は時間との勝負だ。任務に追われる構成員達に、それでも満足して貰えるような料理を提供する為、とにかく早く、計画的に仕込みと調理を済ませなければならない。艦内管理にしても同じ事だ。

 

 だから、こうして何をするでもなく料理が出てくるまでの時間をただ座って浪費するなどという事はして来なかった。じっとしていると、そこら辺の空いた皿やコップなどを片付けたくてたまらなくなる。

 とはいえ、勝手に動くわけにもいかず、窓の外を眺めて留まっている事十数分。やがて注文した品がテーブルに運ばれてきた。

 

「おまちどうさま~♪」

 

 ケチャップライスの上に乗せられた金色色の卵。スタンダードなオムライスだったが、あとひと手間が残っていた。

 

「ふんふんふ~ん♪」

 

 慣れた手つきでチューブの先端からケチャップを出し、何かを描いていく。

 僅か十数秒後。卵の表面に描かれていたのは、レティシアが頭に着けていた髪飾りの絵だった。

 

「これは……」

 

「えへへ~。お姉さんの髪飾り、形が面白かったから描いちゃった」

 

 成程、と思う。

 メニューには確かに「おえかきオムライス」とは書かれていたが、これで完成となるのだろう。

 オムライス自体はレティシアも数えきれないほど作ってきたが、わざわざ最後にケチャップで絵を描こうとは思わなかった。

 

「では、いただきます」

 

 スプーンを手に取り、卵ごとケチャップライスを掬い取って口に運ぶ。

 クオリティとしては、悪くはない。とはいえ、極めて良いという訳でもない。学院際の出し物として客に出す物としてならば上々という代物だろう。

 ケチャップライスの濃さは丁度良い。混載している具材の火の通りの良さも及第点。卵の形が少々歪であるのが気にはなるが、焦げが少ないのであれば問題ない。

 何より、この料理を楽しんで作っているのだという気持ちが伝わってくる。匙を進める理由は、それだけで充分だ。

 

「……この料理は、貴女が?」

 

 米の一粒も残さず食べ終えてから、皿を下げる少女にそう問うと、彼女は満面の笑みと共に答える。

 

「うん♪ ボクの得意料理なんだー‼」

 

 エプロンの下から除く、赤色の制服。

 であればこの少女が、彼の言っていたⅦ組のクラスメイト。団の幹部級であればクラスメイトの顔まで把握している者もいるだろうが、生憎とレティシアはそこまで知らない。

 

「ごちそうさまでした。美味しかったです。顧も……レイさんが薦めただけの事はありました」

 

「あれ? お姉さんレイの知り合いなの? なぁんだ。そうと知ってたらもっとサービスしたのに」

 

「いえ、充分堪能させていただきました。……僭越ながら、お名前をお伺いしても?」

 

 他意は無かった。ただ、Ⅶ組の学生の名前を一人でも知っておけば後々得になるかと思っただけに過ぎない。

 

 

「ボク? ボクの名前はミリアムだよ。よろしく、お姉さん♪」

 

 

 ―――過ぎなかったのだが、その名前を聞いた途端身体が固まった。

 

「……そう、ですか」

 

 僅かであっても声が震えるなど、いつぶりの事だろうか。

 だが、すぐに平常心を取り戻し、少しばかり微笑んだ。

 

(わたくし)はレティシアと申します。改めて、ごちそうさまでした」

 

「レティシアおねーさんかぁ。ねぇねぇ、良かったら今日の夜学生寮に来ない? これよりも美味しいごはんいっぱい出るよ?」

 

「いえ、今日の夜には帰りますので。お気遣いありがとうございます」

 

 そう言って、レティシアは席を立った。自分がいつまでも居座って回転率を下げてしまっては元も子もないという配慮であったが、ミリアムはもう少し話したかったのか、僅かに残念そうな表情を見せる。

 そんな彼女の頭に優しく手を乗せ、レティシアは言い聞かせるような声色で言った。

 

Ⅶ組(貴方方)のステージはちゃんと見させていただきますので。頑張ってくださいね、()()()()()()()()()()()()

 

「……うん‼」

 

 その言葉で笑顔が戻ったミリアムは、教室を去るレティシアを手を振って見送り、再び仕事に戻ろうとしたところでふと思った。

 

 

「? あれ? レティシアおねーさん、何でボクの機体名(ファミリーネーム)知ってたんだろう?」

 

 そもそも、初めて見た瞬間からあまり他人のように見えなかったのは何故なのか。

 数分ほど首を捻って、しかし部長に呼ばれたことで考えるのを諦める。

 

 

 その疑問が晴れるのは、もう少し後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 余韻が、まだ残っていた。

 

 ライブの熱というのは、思った以上に冷めないらしい。ただ、それが存外に心地よかった。

 日は既に暮れ、学院際の片付けも大体が終了した。生徒会の手腕が良かった為か、特に問題もなくトールズ士官学院学院際は終了した。

 

 ライブの衣装からいつもの制服姿に戻り、校舎内から火照った体を冷ますに丁度良い風が吹く裏口から外へと出る。

 随分とはしゃいだが、身体には特に異常はない。《至宝》の力は既に体に馴染んだ。以前のように酷い倦怠感に襲われることはないだろう。

 間に合った、とも言える。右手を握ったり開いたりしながらそれを確かめていると、彼の眼前に午前中送り出した女性が現れた。

 

 

「お疲れ様でした。特別顧問(ミスター)

 

「おう。そっちこそ()()()()?」

 

「……特別顧問(ミスター)も意地悪をなさいますね。知っていれば、もう少し冷静になれましたのに」

 

「まぁ、それはな。おう、リーリエ。俺たちのステージはどうだった?」

 

 レティシアの後ろにいたリーリエは、その言葉に返すようにメモ帳を掲げる。

 

『レイ(にぃ)カッコ良かった。他のみんなも、カッコ良かった』

 

 ふんす、と言わんばかりに鼻を鳴らす様子から見るに、楽しんではくれたのだろう。だとすれば奏者冥利に尽きるというものだ。

 

「レティシアはどうだった?」

 

「大変良うございました。……特別顧問(ミスター)にあのようなご学友が出来た事も含めまして」

 

「お前らホント同じような事言うよなぁ」

 

 そんなに俺に同年代の友達が出来た事が意外か、と呟きながら、リーリエの頭を再び撫でる。

 すると、別の方向からもう一人が歩いてきた。

 

「大将‼ ライブメッチャ良かったっすよ‼」

 

「おー、サンキュー。お前こそ、ラウラにそれは伝えたのか?」

 

「勿論っす。大将のお陰で今日は楽しかったっすよ‼」

 

「そりゃ良かった。まぁ帰ったらエリシアに詰め寄られるだろうが、それは必要経費だな」

 

「うっ……イヤな事思い出させないでくださいよ……今日は朝まで酒盛りに付き合わされそうなんスから……」

 

「そいつァご愁傷さまだ。コイツを持って行きな」

 

 そう言ってレイは、ポケットに忍ばせていた手製の悪酔い止めの薬を手渡す。それをまるで神からの賜りものであるかのようにライアスが受け取ったところで―――場の空気が一気に冷えた。

 

 

「―――《折姫》様よりの報告です。”博士”の創った兵装が《至宝》の加護を受けオルキスタワーから出撃。迎撃に出た帝国正規軍《第五機甲師団》を壊滅させ、夕刻、帝国東部国境《ガレリア要塞》を消滅させました」

 

 表情は動かさなかった。その程度ならば、想像の範囲内だったからだ。

 

「……”攻撃”ではなく”消滅”か。《幻》にそんな能力があるとは聞いてねぇな。今代の《零の至宝》、まさか《空》も混じってやがるか」

 

「リベールでのゴタゴタがあってからまだ数年しか経ってないッスからね。一度顕現したソレの力を取り込んでたとしても不思議じゃあないッス」

 

 髪をかき上げて後頭部を掻く。如何に帝国軍の精鋭部隊といえど、神に等しい力の加護を受けた《結社》の機会兵装相手では分が悪すぎただろう。通常攻撃など、碌に通らない相手だ。

 すると、レティシアがまだ静かに佇んでいる事に気付く。まだ続きがあるという所作だ。

 

「悪い報告は聞いた。次は良い報告でもしてくれるのか?」

 

「残念ながら、それ以上に悪い報告でございます」

 

 皮肉を言う暇もない。本来ならこういった報告をするのはツバキの役割だ。その彼女が姿を現さないという事は、姿を現す暇もないという事だ。

 万事そつなくこなす諜報員である彼女が、式を寄越す事も出来ない。そして予想通り、悪い報告にしても、度が過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

「飛行型兵装が《ガレリア要塞》の一部を消滅させた後、同座標に《侍従隊(ヴェヒタランデ)》が一、《天翼》フリージアが転移。殲撃機能《天撃(アルス・ノヴァ)》で以て、《ガレリア要塞》周囲100セルジュを()()させました」

 

 

 

「《双龍橋》付近にて補給を行っていた《第四機甲師団》は無傷でしたが、《第五機甲師団》の生存者はゼロ。現在《月影》の総力を以て情報収集を行っております」

 

 

 

「賽は投げられました。御命令を、特別顧問(ミスター)。我ら猟兵団《マーナガルム》、ヘカティルナ団長の下、如何様にも動く準備はできております故」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 平穏は終わりだ。

 安寧の学生生活は終わりだ。

 時間が来たよ、主人公。

 悪夢に焼かれる準備は良いかい?




 

 ―――なーんて、クソみたいなポエム流したところで、どうも十三です。

 学院際終了。このパートは特に深く書くつもりはありませんでした。だってライブパートとかどう書けばいいか分からないもん。だからそれまでの周囲の様子をね。
 
 そして、学生生活終了のお知らせ。原作プレイ済みの方はもうご存知でしょう?ここから奈落の底まで真っ逆さまです。
 しかしタダでは転がり落ちないのがこの作品のキャラ達。「いやいや、そうはならんやろ」という行動をさせましょうか(ゲス顔)

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