英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

159 / 162



※この番外編は筆者の『英雄伝説 空の軌跡the3rd Evolution』難易度NIGHTMARE攻略記念で書かれたモノです。グランドクロスは許されない。

※この話には以下の要素が含まれています。

■本編とは僅かに異なるifの世界軸
■《影の国》に於ける独自設定
■というかぶっちゃけ筆者の悪ノリ
■思ったよりも長引いて前後編








番外ノ章
if番外編 NIGHTMARE of Phantasma 前篇


 

 

 

 

 

 

 

 

『《■■■》が告げる―――

 

 これより先は外典、慚愧の雨林。

 

 

 無二の友を想う者を伴い

 

 文字盤に手を触れるといい  』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

『新しい碑石―――ですか?』

 

 

 セレスト・D・アウスレーゼ―――実際は彼女の人格の一部を象っただけの存在―――は心底身に覚えがないと言わんばかりに、齎されたその報告に疑問の声を漏らした。

 しかしそれは、この《隠者の庭園》に集った者達とて同じ事。予想だにしないイレギュラーな事態に、一同の表情は厳しくなってしまう。

 

「始祖さん、何か分かる事とかありますやろか?」

 

『いえ―――しかし皆さんは確かに《影の王》が提示した全ての試練を乗り越えたはずです。それだけは間違いないでしょう』

 

 

 古代遺物(アーティファクト)《方石》の力により17名もの面々が《輝く環(オーリ・オール)》のサブシステムとして構築された異空間《影の国(ファンタズマ)》に閉じ込められてから幾許か。

 その事件の発端となった七耀教会《星杯騎士団(グラールリッター)》所属《守護騎士(ドミニオン)》第五位ケビン・グラハムと、従騎士リース・アルジェントを始めとしてこの異空間からの脱出を図るにあたり、これまで様々な試練を突破してきた。

 

 時には聖典に記された煉獄の悪魔と戦い。

 

 時には自らの”闇”と向き合う事を余儀なくされた。

 

 

 そうして《影の国(ファンタズマ)》の階層を奥へ奥へと進み続け、遂には深層の近くである『第六星層』にまで辿り着くことに成功した。

 

 そこで一同を待っていたのは、いずれも手強い者たちが”壁”として立ち塞がる試練。

 ただの一人の弱者もおらず、全力を以て、命の灯を消し去ってしまいそうになる程の死闘を一戦、また一戦と潜り抜けた。

 

 

 元リベール王室親衛隊大隊長―――《剣狐》フィリップ・ルナール。

 《泰斗流》免許皆伝の武人―――《飛燕紅児》キリカ・ロウラン。

 元Sランク遊撃士にして《理》に至った達人―――《剣聖》カシウス・ブライト。

 《身喰らう蛇》の手練れの執行者―――《幻惑の鈴》ルシオラ、《痩せ狼》ヴァルター、《怪盗紳士》ブルブラン。

 

 そして元《身喰らう蛇》執行者No.Ⅱ―――《剣帝》レオンハルト。

 

 

 それらの死闘を以て、『第六星層』での試練は終わった―――そう、終わったはずだった。

 

 

 

 

「エルベ離宮前の結界が解かれないんでおかしいとは思っとったんですが……性懲りもなく黒耀石の碑石がもういっぺん輝き出したんですわ。碑文も変わっとったんで、多分「仕様」やと思います」

 

「……でもおかしい。ここまで硬くなに”ルール”には従ってた《影の王》がここに来て悪あがきみたいなことをするなんて」

 

 リースのその言葉に、セレストはゆっくりと頷く。

 

『えぇ……不自然ですね。ですがその碑文はこれまでのものとは違い誰が文を刻んだのか分からなくなっている、と』

 

「さいですわ。差出人のところが塗り潰されてて見えんようになっとるんです」

 

 設定に沿って作られた《影の国(ファンタズマ)》というゲーム盤のゲームマスターとして、《影の王》はこれまで詭弁などで此方を惑わす事はあっても、主旨から逸脱するような試練を何の説明もなくいきなり割り込ませるような真似だけはしてこなかった。

 だからこそ、解せない。一体誰が、どのような思惑でこんな仕掛けを作り出したのか。

 

 

「―――ふふ、ちょっと考えれば分かるんじゃないかしら?」

 

 思考の海に呑まれかける中、ただ一人だけ余裕さを崩さない表情でそう言って見せた人物がいた。

 

「レンちゃん、何か分かったんか?」

 

「分かったも何も、これまでの出来事を俯瞰して見れば何となく分かりそうなものだと思うけれど?」

 

 その思わせぶりな言葉に、隣に立っていたヨシュアが「つまり……」と言葉を続けた。

 

「今回のイレギュラーが《影の王》が自ら引き起こしたものならば、そもそも碑文の内容を隠す必要性はない。ということはつまり―――」

 

「《影の王》以外の”何か”が《影の王》に気付かれないように仕込んだモノ、っちゅう事か」

 

 正解♪ と可愛らしく言ってみせるレンを他所に、一同は再び黙りこくった。

 正体が分からない―――という訳でもない。この《影の国(ファンタズマ)》に於いて《影の王》に隠れて星層の仕掛けに割り込みを入れる事ができる存在。一同が知っている中でそんな事ができる存在はたった一人しかいなかったからだ。

 

「えっと、もしかして……」

 

「もしかしなくても、そんな事が極小の可能性であっても実行できたのはレーヴェ……《黒騎士》だけだろうね」

 

 それは、広大な《影の国》の中にあっては針の穴程度のイレギュラー、極小の特異点のようなものであろう。《黒騎士》とは元々生前のレーヴェ、《剣帝》レオンハルトの概念にしか過ぎない存在ではあったが、それでも《影の王》と直接誓約を交わした存在であるが故に、幾許かの権限は持っていたのだろう。国の中に僅かな”歪み”を生じさせる、その程度の権限は。

 

「で、でもこうして表面に出ちゃったって事は《影の王》だって気付いてるはずよね? それなのにこうして異常が続いてるって事は……」

 

『えぇ。《影の王》はこの事態を知ってなお放置する事を選んだ。そう考えるのが妥当でしょうね』

 

 話の中核を掴んだエステルに対して、しかしセレストはどうにも得心が行かないという表情で結論付ける。

 

 厳正なルールの上で成り立っている《影の国(ファンタズマ)》に在って、今回表面化したイレギュラーはある意味では根本を揺らがしかねないルール違反である。

 それを王自らが放置しているという事は、一同が思っているよりも大した事態ではないのか、それとも―――。

 

「この事態がそもそも、レーヴェが《影の王》と交わした誓約の一つとして含まれていたのかもしれないわね」

 

 《影の国》の一部を”創り返る”力。それが誓約により与えられていたとあれば、成程確かに”ルール”に沿う《影の王》であれば無碍にはできないだろう。それも一同の脱出の出助けとなる仕掛けではなく、あろう事か試練を一つ増やすという類のモノだ。

 であれば碑文を刻んだ存在の名が消されているというのは―――考えれば難しくもない。創り出したレーヴェ本人が既に消滅という形で《影の国(ファンタズマ)》から消えた為、それに伴って名だけは焼却されたのだろう。

 

 

「……腑に落ちん事は幾らでもあるんやけど、それでももう一度試練とやらを乗り越えん限りは先に進めへんのも事実やしな」

 

「要はもう一度戦って勝てば良いってことでしょ? やったろうじゃない‼」

 

 鼓舞するようなエステルの宣言に、先程まで一抹の不安に駆られていた一同の表情に自然と自信が立ち返る。そんな彼女の天真爛漫さをこの場の誰よりも良く知っている筈のヨシュアは、しかし表情が晴れないまま思案する仕草を解いていなかった。

 

「ヨシュアさん?」

 

 その様子を見かねたのかリースが声をかけると、彼はその双眸に鋭い光を宿して口を開いた。

 

「ケビンさん。僕を連れて行ってください。―――多分、僕が居ないと碑石も反応しないと思います」

 

「ホンマか? ……いや、確かに《黒騎士》が直々に仕掛ける言うたらキミが一番可能性高そうやけど」

 

「……碑文に心当たりはあります。予想が正しければ、確かにこれは僕が乗り越えるべき試練だと思います」

 

 そう言うヨシュアの瞳は、《黒騎士》―――レーヴェと相対した時と同じような覚悟に彩られていた。

 そんな恋人の姿を見て、エステルは「よしっ」と意気込んで見せる。

 

「ヨシュアが行くんならアタシも行くわ。イレギュラーだろうが何だろうがどんと来いよ‼」

 

「エステル……分かった。多分父さんやレーヴェと戦った時と同じくらい厳しい戦いになると思うけど、それでも着いてきてくれるかい?」

 

「もっちろん。やってやるわよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれへんか⁉ いや、確かに状況的に見てそうなるんやろなぁとは思ってたけど、あの人らと戦うだけでももう十二分に死にかけたんやけどなぁ……」

 

「ケビン、今更往生際が悪い。私たちが行かなくちゃどうにもならないでしょ?」

 

「そうなんやろなぁ……」

 

 はぁ、と思い溜息を漏らしながらも、この四人ならば大抵の窮地は大丈夫かなどと思っていると、レンがヨシュアの服の裾を掴んで「ねぇ」と話しかける。

 

「つまり―――()()()()()()?」

 

「……あぁ、多分」

 

「そう。―――ならレンも一緒に行くわ」

 

 それは、彼女の行動原理の大半を占める”好奇心”からではない事は、表情から察せられた。

 ()()()()()()のだ。愉しそうだからという享楽的な思いではなく、「行かなくてはならない」というどこか義務感のような覚悟を孕んだ言葉。凡そ彼女のイメージとはかけ離れたその雰囲気にヨシュア以外の一同が呆気に取られていると、その雰囲気を纏ったままレンは続ける。

 

「それに、ヨシュアの想像が正しかったらレンがいないとキツイんじゃない? そうでしょ?」

 

「……そうだね。お願いしてもいいかな? レン」

 

「えぇ」

 

「……どうやらメンバーは決まったみたいやな」

 

 再び光を灯した黒耀石の碑石の前に立つメンバーは―――ケビン、リース、ヨシュア、エステル、レンの五名。《剣聖》、そして《剣帝》を下した後に現れた試練という事もあり、全員が内心で気を引き締めていた。

 向かうは碑文に記された『慚愧の雨林』。ケビン達は見送ってくれる待機組の面々の激励を背に受けながら、《方石》の輝きに包まれて目的地の近くまで「転移」した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その場所は、言うなれば生命力を感じない場所であった。

 

 

 空は澱み、足元に生えている草も大半は枯れてしまっている。乱立している木々も屹立しながら朽ち果ててしまっているような、そんな印象を抱かずにはいられない。―――それでいながら枝にはしっかりと葉がついているのだから矛盾していると言う他はない。

 

 しかし、実際()()なのだ。

 例え《影の国》という現実世界ではない異空間であっても、《七の至宝(セプト・テリオン)》の一つがサブシステムとして構築したという経緯は伊達ではない。今まで彼らが訪れてきた見覚えのある街や街道では、違和感こそあれど先入観を抜いてしまえば元の世界の場所と瓜二つという所も確かに存在していたのだ。

 

 だが、この場所は違う。

 ケビンはこの森を知らない。この場所が大陸の何処であるのかを知らない彼が土地そのものに違和感を感じるのもおかしな話ではあるのだが、それでも断言はできた。

 

 《《こんな場所は、大陸どころか世界の何処にも存在しない》》―――と。

 

 それが、黒耀石の碑石から一同が飛ばされた場所―――『慚愧の雨林』だった。

 

 

 

「……辛気臭い」

 

 思わずといった感じでリースの口から漏れ出た感想に同意する。

 その名の通り鬱蒼と生い茂る生命力を感じない森の中。そして澱んだ空からは絶え間なく雨粒が滴ってくる。

 しかし不思議なのは、その雨粒に触れても体は濡れていない事だった。それに、視界も雨中とは思えないほどクリーンに保たれている。

 

「多分、この領域に招かれた人がそういう仕様にしたんでしょう。―――戦うのに余計な茶々を入れるな、とか言って」

 

 道なき道、獣道と称するにも無理がある場所を掻き分けて進みながら、ヨシュアはそう言う。

 道どころか方角すらも危うくなってしまいそうな中で、しかし彼だけは目的地が分かっているかのように前へ前へと進む。

 

「ヨシュアは知ってるの? その人の事」

 

「うん、まぁね。……《結社》時代から色々と助けられてた親友だよ」

 

「って事は―――その人も《身喰らう蛇》の一員っちゅうことか?」

 

 職業柄、自然とケビンの言葉にも刺々しさが籠る。しかしそれに動じる事もなくヨシュアは「えぇ」と肯定した。

 

「とは言っても、もう結構前に脱退したと聞きました。……ついでに今は僕たちと同じ遊撃士になってるって」

 

「……ちょっと待ってヨシュア。アタシその人の話父さんから聞いた事あるわよ多分」

 

「スカウトしたのが父さんだったらしいからね」

 

「というかヨシュアも何でアタシにそういう事黙ってたのよ」

 

 そう言いながらも、エステルは何故ヨシュアが古くからの友人の事を話さなかった理由については察しがついていた。

 ヨシュアの過去を鑑みれば、《執行者》の過去を隠していた時期に友人の話をするわけにもいかなかっただろうし、無事に《リベールの異変》騒動が収まった後は落ち着く暇もなくリベール中を西へ東へ、北へ南へと奔走し、最近は大陸中を駆け回っていた事もあり、思い出話をする余裕もあまりなかった。

 そう考えると自分にも責はあるなと気まずそうにエステルが口を噤むと、ヨシュアはその感情も察したように柔らかく微笑んだ。

 

「……ん? ちょっと待って。ヨシュアの《結社》時代からの知り合いって事は、レンも知り合いって事?」

 

「えぇ。もっとも、お兄様が脱退して以来会っていないんだけど」

 

「……お兄様?」

 

 その二人称に過剰反応したエステルはヨシュアを引き寄せると必死の形相で「ちょっと、どういうこと⁉」と問いかける。それに対してヨシュアはなんて答えたものかと考えていると、レン本人が再び口を開く。

 

「お兄様はね、レンが《結社》に来てからずーっとお世話してくれたの。ヨシュアやレーヴェとかと一緒にね」

 

「…………」

 

「教えてあげられるのはこれだけよ。エステルってばイジワルだから、言えば言うほど色んなことを訊いてくるんだもの」

 

 その時、エステルの胸中を過ったのは、怒りや劣等感、嫉妬といったものではなく―――ただ一つの疑問だった。

 レンは今、ただ一つの事しか話してくれなかったが、それでもその思い出が彼女にとって本当に良いものであった事は声色で分かる。

 

 レンがここまで本心で懐き、そしてヨシュアが親友と呼んだ人物―――そんな人が何故レンを置いて《結社》を抜けていったのか。憤りなどは抱くことなく、ただ純粋な疑問が頭の中を反芻する。

 

 

「……ちゅう事はこの場所は、ヨシュア君とそのお友達の(ゆかり)の場所っちゅう事か?」

 

「……縁の場所と言うには少しばかり苦々しい思い出ですけれどね」

 

 そう言って立ち止まったヨシュアの視線の先にあった、少しばかり開けた場所にあったモノ。それは、大の大人が複数人手を繋いで漸く一周できる程の大木が中程から真っ二つに斬り落とされている異様な光景だった。

 

「なに、コレ」

 

 リースがその大木に近づき、斬られた断面をそっと指でなぞる。それは信じられないほど滑らかで、異常なまでの切れ味を持った刃物を以て、そして信じられないほどの腕前を持った人間が一刀の下に斬り落としたとしか思えないというのが、騎士としての彼女の見解だった。

 

「……懐かしいな」

 

 呟くような声でヨシュアはそう言い、木の根元に座り込んだ。後ろ腰に携えた二振りの双剣がカチャリと鳴り、その音が苦々しくも懐かしい思い出を思い起こさせる。

 

「6年前、この場所で僕と彼は戦いました。―――文字通り命懸けで」

 

 言葉にすれば、脳裏に昨日の事のように映し出される。

 あの時もこんな、雨が降りしきる中での対峙であったと。

 

「僕は父さん(カシウス・ブライト)の暗殺を任務として言い渡されて、でも失敗して逃げ延びていた最中でした。父さんには終始あしらわれた程度で体に傷はなかったけれど……それよりも《結社》から入ってきた連絡に心が折れかけていたんです」

 

「どういう事や?」

 

「任務の失敗の責を問われて僕は《執行者》から除名処分にされ……そして文字通り存在そのものを処分される通告を受けたんです」

 

 《執行者》は基本的に、《結社》内の行動に制限はかけられない。《使徒》の命令は元より、《盟主》の意向にすら添わない事が許される。脱退も許されており、本来であれば一度の任務の失敗程度で抹殺命令が下るなどという事はない。

 だが、裏を返せば一度正式に命が下ってしまえば、生き延びる事は限りなく難しい。《執行者》No.Ⅴ《神弓》アルトスク、リンデンバウム侍従長率いる《侍従隊(ヴェヒタランデ)》を筆頭とした者達が差し向けられれば、大陸の何処に、否、世界の何処に逃げ隠れようとも確実に始末される。

 

 だたそれよりも、ヨシュアの心を抉ったのは―――。

 

 

「お兄様が担当の《処刑殲隊(カンプグルッペ)》として命じられたのよね。……凄く辛そうな顔をしていたの、今でも覚えてる」

 

「そりゃあ……アカンわな」

 

「親友と戦わなくてはいけないなんて……しかも、狩る側と狩られる側」

 

 《星杯騎士団(グラールリッター)》の任にも、それと同じような”裏切者”または”不心得者”の”処分”という表沙汰にならない汚れ仕事も存在する。

 彼らは一切の心を殺す。例え相手が昨日まで同じ釜の飯を食った掛け替えのない仲間であったとしても、命が下ったからには、容赦なく抹殺しなければならない。

 

「でもヨシュアは……父さんに連れられてウチに来た、って事は」

 

「例え気の進まない事だったとしても、手を抜く程器用じゃなかったよ、彼は。お互い全力で戦って―――いや、全力で()()して、そうして僕を見逃してくれた。だから今、僕は生きていられてる」

 

「…………」

 

「『慚愧の雨林』……確かにそうだ。僕はあの時の事について、何も言えていない。それが僕が《結社》時代に残してきた最後の後悔だよ」

 

 仮初の曇天を見上げながら、ヨシュアは呟くようにそう言った。

 すると、エステルが座り込んだヨシュアに向かって、徐に手を差し伸べる。

 

「なら、良い機会じゃない。真正面から言ってあげればいいのよ。ヨシュアの言いたい事を」

 

「エステル……」

 

「ウジウジしてたら、雨も晴れないわよ。さ、先に行きましょ」

 

 その声に促されて、手を取って立ち上がったヨシュアは再び歩き始める。

 

 そうして距離に換算すれば結構な長さを歩いたところで、不自然に開けた場所に出た。

 乱立していた枯れ木は、まるでその場だけを円形に避けるようにして生え、決闘場(コロッセオ)の会場の如く開けたその場所には、視界を遮るものは何もない。ただ剝き出しの土が敷かれているのみ。

 

 そこに―――”彼”はただ一人、立っていた。

 

 

 

「――――――」

 

 

 

 此方に背を向け、仁王立ちする少年。枯葉色と黒色のコートと毛先だけが銀色に変わった黒髪を棚引かせ、鞘入りの長刀を眼前に立たせながら、彼はただ、空を見上げていた。

 

 案山子のようにただ立っているだけだというのに、そこに虚無感は微塵も感じ得なかった。《守護騎士(ドミニオン)》のケビン、従騎士のリースは元より、数々の強敵と相対してきたエステルも、自然と体に緊張感を募らせる。

 そこに在るだけで流れ込んでくる涼やかな、しかし急流にも比する闘気。それだけで、強敵だと理解できた。

 

 

「漸くか。待ちくたびれたぜ、親友」

 

 スゥ、と。揺れる柳の葉の如く、少年が振り向く。

 その左目は漆黒の眼帯に覆われていたが、紫色の片目を携えたその顔立ちは整っていた。が、その体躯と比例するように、あどけなさはほとんど感じられない。

 狼か、獅子か。いずれにせよ獰猛な性格を伏しているかのような口元の笑みに、しかしヨシュアは狼狽えない。

 

「ごめん。待たせたかな、レイ」

 

「何もしない事がここまで退屈だってのを最近忘れてたからなぁ。腹は減らん、眠くもならない。だけどもこんな辛気臭い場所じゃあやる事もなし。俺を此処に呼んだ張本人も、結局姿は見せなかったしな」

 

「此処が何処だかは、分かってる?」

 

「一応、な。このクソ忙しい時期に肉体ごと喚ばれたら腹いせに黒幕ごと叩き斬ってやろうとも思ったんだが……喚ばれたのは精神だけと来た。()()()()()()()()()七の至宝(セプト・テリオン)》に連なる古代遺物(アーティファクト)の事件に巻き込まれるなんて、皮肉にもほどがあると思わねぇか?」

 

「それは……」

 

「《七の至宝(セプト・テリオン)》の事を知ってるっちゅう事は、やっぱ君は結構深いところまで知ってるんやね」

 

 割り込んですまんな、と一言謝罪を入れてから、ケビンが会話に入り込む。それに対して、彼が不満感を漂わせるような事はなかった。

 

「俺はケビン・グラハム。《守護騎士(ドミニオン)》の一角や。元《執行者》だった君なら知っとるやろ?」

 

「ケビン・グラハム―――あぁ、《外法狩り》の第五位か。そちらさんの総長殿と、《吼天獅子》の翁、それに《闇喰らい(デックアールヴ)》には一時期アホみたいに追い回されたからな。よーく覚えてるよ」

 

「……こんな事言うんもなんやけど、君、その面子に追い回されてよく生きてたなぁ」

 

「死にそうな目になんか師匠の所為で幾らでも遭って来たからなぁ‼ 翁はまだしも、《闇喰らい(デックアールヴ)》に夜中に追い回された時はガチで死ぬかと思った。特化型の《達人級》はやっぱ面倒臭い」

 

 すると、徐に視線をケビンから逸らし、ヨシュアの事も通り過ぎて、佇んでいた少女に声をかける。

 

 

「指定してたのはヨシュアだけだと思ってたが……久しぶりだな、レン。随分と成長したじゃないか」

 

「お、兄様」

 

「まさかお前が肉体も喚ばれた側だったとはな。―――いや、何があったかなんて、今の俺に訊く権利はねぇか」

 

 彼は、笑った。

 先ほどまで浮かべていた獰猛さを孕んだ笑みではなく、どこか哀し気な、それでいて慈愛の感情も含んだような、そんな笑みを。

 

 それを見たレンが不安そうに顔を歪め、胸を抑える。

 「お前を置いて出て行った俺に、お前を心配する権利はない」と、そう暗に言われているようで。―――恨んだことや妬んだことなど、ただの一度もないというのに。

 

 

「後の二人は―――フン、俺を倒すためにわざわざ5人がかりとは恐れ入る。カシウスさんを突破してきたお前らが、一体何にビビってんだ?」

 

「……レイ、君の強さは僕が知っている。《執行者》時代にレーヴェと互角並みに張り合った君に勝つには、生半可な力と覚悟では到底無理だという事も」

 

「ちっと持ち上げすぎじゃね? 《理》開眼組と比べりゃ、俺はまだヒヨっこだぜ?」

 

 だがまぁ、と言葉を漏らしながら、その右手が長刀の白柄に添う。

 

「キリカさんにルシオラ姐さん、ブルブランにヴァルター、仕上げにカシウスさんにレーヴェを倒した先の”番外章”の守り人として選ばれたからには拍子抜けなんてさせられねぇよなぁ。

 個人的に受け入れがたいとは言え、今の俺には聖遺物(アーティファクト)同士で相互干渉しあって中途半端に神性乗っちまってるからよ、現実よりも良い感じで動けそうなんだわ」

 

聖遺物(アーティファクト)同士の相互干渉? ……もしかして貴方、身体に聖遺物(アーティファクト)を宿しているのですか⁉」

 

「不本意ながら、な。宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そうもいかねぇのがコイツの性質(タチ)の悪いところだ。

 一応そっちの総長殿と話は着けてあるからよ、手出しはしないでくれや、守護騎士殿?」

 

「……了解や。君にも事情があるんは察したし、何より総長と話が着いてる言うんなら俺が何かできる権利もないしな。まぁそれとは関係なく―――」

 

 ケビンは獲物であるクロスボウを引き抜き、しかしその射出口は向けないままに問いかけた。

 

「これまで通り、この世界の番人である君を倒さなければ先には進めへんのやろ?」

 

「まぁそういうこった。《守護騎士(ドミニオン)》に従騎士、《殲滅天使》に―――リベールを救った英雄二人。相手にとって不足はない」

 

 空気が変わる。

 無機質で空虚な世界に、鋭利な針のような緊張感が一瞬で拡がって行く。

 枯れ木のさざめきも、雨音も、もはや気に留める余裕はない。眼前に立つ敵一人。集中せねば一瞬で終わると、本能が告げていた。

 

「お互い言いたい事もあるんだろうがな、まぁ後回しだ。お前らは今、俺を倒して突破する事だけを考えてればいい。俺は不承不承だが、此処に喚ばれた役目を果たすとするさ」

 

 そう言うと、一息に鞘から長刀を抜き放つ。

 それは、見る者の心を無条件で惹き寄せるかのような、微かの翳りもない美麗の白刃。それを見て、漸くケビンは伝え聞いたその元《執行者》の名を思い出し、ヨシュアとレンは獲物を構えた。

 

 敵に回したくはないと、何時だって考えていた。

 どれだけ多く重い”後悔”を重ねたとしても強く生き続けようと抗う強さ。ヨシュアとレンは、共にその姿に憧れたのだ。何かを護るために強く在り続けようとする、その心に。

 

 

「―――っと、そういや俺の方の自己紹介がまだだったか。んー、まぁこんな場所が世界の一部として再現されたんだ。こう名乗るべきだろうな」

 

 

 矮躯であると侮るなかれ。紛れもない”達人級”の剣士。

 そんな人物と―――真剣勝負で相対する。

 

 

「元結社《身喰らう蛇》執行者No.Ⅺ 《天剣》レイ・クレイドル―――推して参る」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




用語集

■『慚愧の雨林』
 ヨシュアが《結社》を抜ける際、レイと”喧嘩”(命懸け)をした場所と状況を再現した世界。常に雨が降っているが、濡れず、視界も遮られない。あくまで要素的なものとして存在している。

■執行者No.Ⅴ《神弓》アルトスク
 所謂、《執行者》の中でも「頭おかしいレベルで強い勢」のお人。

■リンデンバウム侍従長
 実は本編でも名前だけ一回出てる。さて、どこでしょう。
 『ミスマルカ興国物語』という作品をご存知の方、あの作品に魔人でメイドの将軍がいるでしょう? イメージはあの人です。やっぱりメイドは最強なんだよ。

■《処刑殲隊(カンプグルッペ)》
 所謂「裏切者滅殺部隊」。円滑に《結社》を抜けた者も、後に《結社》に害為す存在とみなされればお世話になるヤバいお人達。レイも一時期は社会勉強的な意味で此処にいた事がある。



 お話のコンセプトは「主人公がボス側に回るとか普通にあるよね」です。これlight作品ファンの人達には分かっていただけると思う。夜刀さんマジカッケー。
 タイトルは……まぁいわずもがなでしょうか。本編にも出していない用語をノリでブチ込むという暴挙をしていますが、ちゃんと本編にも出しますのでご安心ください。

 後篇はバトルパートです。あとがきの用語解説にはレイ君の使う技の「ゲーム上での性能」でも載せていきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。