英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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投稿が遅れて申し訳ありません。

12月に入ってどうにも忙しくなってしまいまして……本当に、師走とはよく言ったモンです。

閑話のつもりで書きたかったのですが、説明の部分が多くなってしまいました。
いやー、ままならないものですね。




第2章
傾げる信頼


気が付くと、目の前に広がっていたのは白と黒で構成された空白の世界。

 

 生命の息吹は全く感じられず、ただその二色だけで彩られた永遠に広がる白い世界の砂漠の上に自分は立っていた。

 

 着ていたのは、いつもと変わらない学院の赤い制服。黒白(モノクロ)の世界で鮮やかなその色は、ある意味で世界の異端だった。

 

 

『似合わないね、その制服』

 

 

 声をかけて来たのは、黒の世界にぽつりと佇んだ一人の少年。

 その顔こそ靄がかかっているかのように確認することはできないが、彼の衣装はその世界に順応するかのように真っ黒だった。

風のない世界のはずなのに、少年の着込んでいる漆黒のコートの裾がふわりと揺れる。靄のかかった顔の口の部分の口角が吊り上がった。

 

『あぁ、本当に、全く以て似合わない。そんなものを着て、つまらない生活を送る事に何の意味があるんだい?』

 

「……つまらなくはねぇよ。少なくとも、退屈だとは思っちゃいない」

 

『そうかい。なら訂正しよう。そんな君らしくない(・・・・・・)生活を送る事に、何の意味があるんだい?』

 

 ピタリと、あてもなく歩き続けるその足を止める。そんな自分を嘲笑うかのように、少しずつ黒の世界(ソレ)が侵食してくる。

 

『満たされない衝動に身を焦がされて、未熟なヒヨっこ達の後始末をさせられて、あるがままの自分を曝け出す事すらできない。君にとってここは、さぞ生き辛い場所だと思うけどね』

 

「…………」

 

『どんな場所でも、どんな環境でも、お節介を焼くのが君の性分だ。いつだって君は、そうやって自己満足に浸ってきた』

 

 

『そして、今度は彼らがその標的と言うわけか』

 

 声が、人影が、二つに増えていた。

 塗りつぶされていく世界。いつの間にか、自分の周囲以外の世界は、例外なく真っ黒に染まっていた。

 

 

『武の道は多少齧っていても、世界を知らない未熟者たち。武の道も世界も知らない素人たち。君からすれば面倒の見甲斐があるというものだね』 

 

『本当に、お人好しにも程があるよ。―――自分の事も見通せない三流のくせにね』

 

『要らぬお世話を抱え込み、独善的に行動する。まだ分かっていないのかい? 人一人を掬い上げる事が、どれ程難しいのかって事を』

 

『君は自分のためだけに剣を振るっているのがお似合いだよ。所詮修羅は永遠に一人ぼっち。己を保つために戦い続けるしかないんだからさ』

 

 

 迫りくるのは悪意の奔流。自分の意識すらも絶望という名の色で侵しつくそうと、容赦なく嘲笑を浴びせかける。

 その全てが、即座に否定しきれない己の弱さの具現化。それを四方八方から突き付けられるその地獄に、普通の人間ならば耐えられるはずがない。

 

 見せつけられたくない現実に思わず目を背けるか。

 それとも、声を荒げて心にもない反論を喚き散らすか。

 

 しかしその悪意を一身に浴びた本人は―――笑っていた。

 

 

「あぁ、そうだ。否定はしねぇよ。今までまともに他の人間の人生を掬い上げて来なかった俺みたいな莫迦が今やろうとしてる事は、ただの自己満足に過ぎない」

 

 そう言い切って右手を掲げる。その手の内に収まるように虚空から現れたのは、自らの愛刀。

 

「その自己満足があいつらを害するのなら、俺は潔く手を引いてやる。俺を邪魔だと思うのなら、二度とこの国には足を踏み入れない。―――さてお前ら、今あいつらは、そう(・・)思ってるか?」

 

『『『『………………』』』』

 

 白刃を振り抜く。取り囲んでいた三体の影が両断され、正面に立っていた一体だけが残る。

 そして振り抜きざまにその剣先を、真正面から突き付けた。

 

「最初はアホ皇子に誘われただけの学生生活だったが……最近ちっと個人的に興味が出て来た。特科クラスⅦ組、異質な寄せ集めがどこへと向かうのか、俺は確かめたい」

 

『…………』

 

「俺は生き方を変えない。お人好しも一人ぼっちも上等だ。これ以上、俺の心を(かどわか)すな」

 

『……せっかく茨の道を抜け出したのに、次に選ぶのは出口の見えない鉄条網の迷路か。本当に、君は不器用だ』

 

「生温い人生は俺の肌に合わねぇさ。……ま、忠告はありがたく受け取っておくぜ」

 

 そう答えると、影は霧散し、世界は再び白へと戻る。

 

 そして意識は、現実世界へと連れ戻された。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 ―――キィン、ギィン―――キィン!!

 

 

 早朝の東トリスタ街道の一角で、剣戟の音が響き渡る。

 周辺を小高い丘と街路樹に囲まれたこの場所ならば誰にも見咎められることはないと選んだ場所は、実際人目を気にすることなく訓練に打ち込むことができていた。

 対峙しているのはⅦ組の赤い上着を着ていない状態のリィンとラウラ、そしてレイだった。

抜身の刀と大剣を構えて息を整える二人。対してレイの方は、いつも通りの一見隙だらけに見える構えを崩さないままに、軽くステップを踏んでいた。

 

 現在行っているのは、数日前にリィンとラウラから申し出を受けた、早朝訓練。

朝食の支度を全面的に手伝うという条件付きで受け入れたそれは、すでに習慣のようなものになっており、人通りがほぼ皆無に近いこの東トリスタ街道の一角で毎日1時間ほど、三人で汗を流している。

 

 訓練、と言っても、レイは特に二人に何かを教えるという事はない。

というのも、彼らが扱う剣術は共に大陸の中でも名が知れた有名なものであり、おいそれと他人がアドバイスをしていいようなものではない。

だからこそ、レイはただスパーリングの要領で彼らの繰り出す剣を時にいなし、時に正面から受け止め、時に軽い反撃をするという最低限の動きだけをしている。

 

 

「あと30分ってトコか。オラオラ、前衛二人がへばってんじゃねぇぞ」

 

 そう言うが早いか、レイは地を蹴って二人との距離をゼロにする。

しかし抜刀はせず、そのままリィンの足を払って体制を崩してから鞘尻で突いて芝生の上に叩き付ける。

そして流れるような動作で鞘から刃を抜き放つと、振り向きざまにラウラの左腕の近くに刀身を寄せて、ピタリと止めた。

 

「ぐっ……!」

 

「む……」

 

 その一連の流れは数秒も満たないうちに完成され、二人に幾度目か分からない敗北を突き付ける。

 戦意が失われた事を確認してから、レイは刀身を鞘に収め直し、リィンを芝の上に押さえつけていた鞘をどかした。

 

「集中力が切れてたな。万全の状態なら、少なくともリィン、お前は俺の動きが予測できたはずだ」

 

「そ、そんなことは……」

 

 ない、とは言い切れない。既に数日間、この早朝訓練の時だけではあるが、このレイの動きは何度も見てきた。

いや、見せてくれていた、という方が正しいのかもしれないが。

 

 

 八洲天刃流歩法術―――【瞬刻】。

 

 リィンの使う八葉一刀流弐の型・『疾風』を遥かに凌ぐスピードを誇るそれを、未だにリィンは見切るどころか追う事すらできずにいた。

ただし、推測することは出来たはずなのだ。この数日間、彼はいつも同じタイミングでこの技を使い、二人を沈めていたのだから。

 

「ま、俺のコイツは1年かけて師匠に仕込まれたモンだし、簡単に見切られたら怒られるんだけどな」

 

 そう言いながら、倒れているリィンに手を差し伸べるレイ。リィンはそれを掴んで、苦笑した。

 

「はは……凄いんだな、レイの師匠って」

 

「うむ。その実力に至るまで、さぞや厳しい修練を重ねたのだろう。一度お会いしてみたいものだ」

 

「あぁ、うん。確かにラウラと性格は合うかもしんないけどやめとけ。ガチで師匠に習うんだとしたらとりあえず死ぬ覚悟しなきゃならんから」

 

 あっさりと告げられた言葉に、流石の二人も軽く引く。当の本人はと言えば、虚ろな目であらぬ方向を見上げていた。

 

「き、厳しい人なんだな」

 

「いや、人格的にはすげぇまともな人だし、俺の事もよく気遣ってくれたんだけどな。それ以前に《八洲天刃流(コイツ)》は生半可なやり方じゃ習得できねぇから」

 

 少し翳のある表情を見せたのも束の間、レイは漸く息が整い始めた二人に向かって、『ARCUS(アークス)』を掲げた。

 

「【傷つきし武士(もののふ)に癒しの一時を】―――【癒呪(いじゅ)爽蒼(そうそう)】」

 

 数日前にリィンに使った術を使って、二人の疲労を可能な限り取り除く。即効性が高いわけではないが、登校する時間までには万全の状態に戻すことができるだろう。

 自分の体を包み込む蒼い光を眺めながら、リィンが感心したかのように呟く。

 

「本当に、不思議な術だよな」

 

「確かに。アーツの回復術とはまた違った感じがするな。元が”呪殺”のために生み出されたものだとは思えぬ」

 

 既にこの術の正体を聞いたためか、特に特別な反応も見せない二人。今まで散々この摩訶不思議な術に助けられていたため、今更拒否感を覚える事もなかったのだが。

 ルナリア自然公園での約束の通りにレイが術の正体を明かしたのは、鉄道便でケルデックを去った直後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「”呪術”。それが俺の扱う術の名前だよ」

 

 

 暗くなった外の景色を列車の窓から眺めながら、レイは簡潔にそう答えた。

取り出したのは、レイにのみ渡された特注品の『ARCUS(アークス)』。既に外見を自己流にカスタマイズして銀色のカラーリングに変えたそれを見て、一同が真剣な顔つきになる。

 

「原型は東方で生み出されたものでな。呪殺・予知・天文学・雨乞い・怨霊調伏・御霊使役などなどの幅広い分野に精通した術だったらしい。今じゃ万能に使いこなせる奴なんざそうそういないだろうし、勿論俺も呪殺なんざ出来やしない」

 

 そう言ってレイは、内ポケットから数枚の紙を取り出す。

見た事もない文字が綴られたそれに、四人の視線が集まった。

 

「本来はこういう呪符に”呪力”を込めて発動させる術なんだが……俺はまぁ、自己流に術を改造したりしてたから符なしで発動できる術もそこそこ持ってる。だから多分こんな改造『ARCUS(アークス)』を作れたんだろうな」

 

「……そうは言っても、それって簡単な事じゃないでしょう?」

 

 術の自己流の改造、という言葉に、アリサが反応する。

 改良に次ぐ改良を重ねられ、汎用性に富んだ導力魔法(オーバルアーツ)ですら新しいクオーツを開発するのには年月をかけなければならない。改良にしても、かなりの労苦が伴うのは必然だろう。

 

 だからこそ指摘されたその言葉を、レイは正面から受け止めた。

 

「ま、簡単じゃなかったさ。元々が儀式の色合いが強い術だ。戦闘用に改造するのは、ちっとばかし骨が折れたのも事実だ」

 

 だが、と、少々重い声色へと変わり、続ける。

 

「あの時の俺は色々と切羽詰ってたからなぁ。少しでも力を得るために、多少の無茶は顧みなかった」

 

「……レイにも、そんな時期があったんだな」

 

 まさに現在に至るまでそんな状態に陥っているリィンがそう頷く。

 幾分か重くなってしまった雰囲気を和らげるために、レイは呪符に向かって一言二言呟くと、無造作に空中に放り投げる。

放り投げられたそれは空中でその形を変え、サイズは小さいものの、孔雀を模したものへと変わり、列車の中をぐるぐると飛行し始めた。

 

「わぁ……」

 

「これは見事だな」

 

 一流の手品もかくやというその芸当に思わず声を漏らすエリオットとラウラ。そして声にはしていなかったものの、リィンとアリサもそれに見入っていた。

 

「呪符そのものに仮初の命を吹き込む術。”式神”なんぞと呼ばれてるモンだが、これはまぁ、戦闘能力は皆無だから斥候か情報伝達の時しか使えん。本来は御霊とかを術者の(しもべ)にして使役する術だからな」

 

「れ、霊って……要するにオバケってこと?」

 

「それは、レイも抱えてるのか?」

 

「あぁ。とは言っても、俺が抱えてるのは一体だけ。それも霊体モンじゃない。生憎と、使役系の術の才能はイマイチだったみたいでな」

 

「―――よく言うわよ、まったく」

 

 ここでようやく口を挟んで来たのは、行きと同じようにレイの肩を借りて眠っていたサラだった。彼女は至近距離からレイの事をジト目で睨みつける。

 

「あんな規格外(・・・)を連れてなーにが”才能がない”よ。というかあのコ、今どこで何やってんの?」

 

「冬眠してる。春になったら起きるとかぬかしてたけど、そろそろ叩き起こした方がいいかもな」

 

 嘆息するその姿を見て再び新たな疑問が沸き上がったが、あえてリィンはそれには触れなかった。それよりも聞きたいことがまだあったからだ。

 

 

「その呪術を使うのに必要な呪力というエネルギー、それはアーツを使用する際に消費する魔力とは違う。そう言う事なのか?」

 

「その解釈で構わない。根本から異なる、って言い換えてもいいかもしれんな。元より呪術師の家系の人間にしか宿らない特異過ぎる力だし、異端と言っても差し支えねぇだろうさ」

 

「俺は異端だなんて思わないけど……じゃあ、レイがアーツを全く使えない原因も、そこにあるのか?」

 

 一つ、黙して頷く。

 

「呪力ってのは魔力と相性が悪いらしくてな。クオーツに込められた魔力を起動しようとするだけで軽い拒否反応を起こしやがる。ま、それだけなら鍛錬次第でアーツを使えるようになるから、あくまで原因の一端でしかなんだけどな」

 

 現に呪術を扱う人間でもアーツを使いこなす存在がいるということは聞き及んでいたし、だからこそレイははっきりとそう言い放った。それは決して、根本的な原因ではないのだと。

しかし、その”根本的な原因”を話す気は、今のレイにはなかった。

 そう考えていた一拍の無言の時間。それをリィンは自分の言葉が原因であると勘違いし、謝罪の言葉を口にした。

 

「いや、悪かった。あまり個人の事情に首を突っ込むことじゃないな」

 

「気にするんじゃねぇよ。話すって約束を了承したのは俺だしな。それより、お前らの方こそ何も思わないのか?」

 

「? 何がだ?」

 

「今こそ改造しまくってただの戦闘用の術に落ち着いてるがな。さっきも言ったが元は呪殺にも使われた外法の一端だ。それを使ってる俺を、お前らはどう思うって聞いたんだよ」

 

 あくまでただの確認と言わんばかりにそう聞くレイ。

しかし、彼の本音を、彼の根本を知るサラには分かっていた。彼が今、僅かな”恐れ”を感じたままに口を開いていたという事を。

そんな思いは勿論知らず、リィンたちは一様に顔を見合わせ、同時に頷いてから一斉に答えた。

 

 

 

「「「「別に、どうとも」」」」

 

 綺麗にハモったその声に、レイは僅かに目を丸くする。呆然とする彼をよそに、少しばかり呆れたような口調でリィンが、そして他の面々が続けた。

 

「レイがどういった術を使っているのかが分かった。だからといって、俺たちがどうこう言う事はないさ」

 

「うんうん。流石にちょっとビックリしちゃったけど、でもレイは今まで僕たちをこの術で散々助けてくれたしね」

 

「この際、源流がどうであろうと関係はなかろう。要はそれを扱う者自身の問題だ。そなたは、我らの事を害するつもりはないのだろう?」

 

「というか、今まで散々度肝を抜かされてきたわけだしね。ぶっちゃけあなたの印象が変わる事なんてないわよ」

 

 各々が思い思いの言葉で擁護をしてくる。その光景は、彼が望んでいた事であり、しかしながら未だ不安を拭い去ることはできなかった。

 ”印象が変わる事なんてない”。それはアリサの言葉であったが、それに他の三人も同意していた。

全く以て真っ直ぐなクラスメイトだと思った。本来社会というものは、自らとは違う”異質な”存在を軽々しく受け入れようとはしない。群れ(コミュニティ)から弾かれるなんてことは珍しくないし、最悪レイもそう思われる事を覚悟していた。

だが、彼らはあっさりとそんな自分を受け入れた。器が大きいのか、それとも何も考えていないのか。以前の自分ならその二択の中で答えを探っていたのだろうが、今ならば即答できる。答えは前者だ。

 見ればリィンは安心したような柔らかい表情でこちらを見ており、逆にアリサは勝ち誇ったかのような強気な笑みを見せている。

何も考えていないわけがない。

 彼らは、レイが思っていたよりも、心根がしっかりしていたのだから。

 

 だからこそ、だった。

 

 呪術師の家系の末裔、なんてことは彼の抱える過去のほんの一端に過ぎない。調べられて知られたところでどうともない、ただの出生の事実である。

 もし彼らが自分の過去の全てを知った時、同じように即答して受け入れてくれるのだろうか。

内心でレイは、それが不安で、堪らなかった。

 ぎゅっ、と、その心情を察したかのようにサラがリィンたちからは見えない位置でレイの手を握った。

ただそれだけの事で、僅かに震えていた手が冷静さを取り戻す。そして、いつもの笑顔を浮かべることができた。

 

「……ったく、お人好し共めが」

 

「「「「レイ(あなた)(そなた)に言われたくない」」」」

 

 

 それは、僅かな時間の中で交わされた他愛のないやり取り。

 

 しかしそのやり取りは、確かにレイの心の中に精神的な”ゆとり”を生み出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「へぇ。そんな事があったんですか」

 

 大鍋の中でコトコトと煮込まれたクリームシチューをゆっくりとかき混ぜながら、レイの口からその話を聞いたエマがそう反応を返す。

当の本人は本日のメインディッシュの一つであるほうれん草とベーコンのキッシュを焼いているオーブンの中の様子を見守りながら、ため息交じりに頷いた。

 

「ホントにまぁ、できた奴らだよ。正直、猜疑心の一つでも向けられるモンだと思ってたからな」

 

「ふふっ、それだけレイさんが信頼されてるって事ですよ。まだ1ヶ月足らずですけれど、私たちはレイさんの事を見てきましたから」

 

「いやいや、ただ猫被ってるだけかもしんねぇだろ?」

 

「もしそうなのだとしたら、フィーちゃんがあんな自然な表情を見せるはずありませんから」

 

 鋭い指摘に、レイは反論ができずに口を閉ざした。

 

 確かに、言動を偽ってきたつもりは毛頭ない。とは言え、それら一連の行動を義務感に駆られて行っていたかと言えば、それも違うと断言できる。

 ただ単純に、複雑な思惑があったわけでもなく、ただやりたいからやっていただけなのだ。料理にしても、喧嘩の仲介役にしても。

そんな自分にとっての自然な姿が信頼に繋がっているのだとすれば、それはまぁ、勿論嬉しくはある。

 だが、同時にその信頼がふとした拍子に消えてしまうのではないかという懸念も、やはり残っているのだ。

 

 信頼を勝ち取るというものは、それ程単純な事ではない。それは、遊撃士として活動し始めた当初に嫌というほど味わってきた事だ。

 特に、準遊撃士として活動し始めて1年程経った後に配属されたクロスベル支部は、実働する遊撃士全員が一人前を意味するB級以上の正遊撃士で構成されているという事実からも分かる通り、最精鋭クラスの支部でもある。そんな中で年齢的な問題であったとは言え、未だ半人前である準遊撃士が活動するのは並大抵の事ではなかった。

 依頼の解決のために努力をするのは当然の事。依頼者が見るのはそこではなく、結果だ。

新人の遊撃士が依頼人の、ひいては一般市民の信頼を勝ち取るためには、ただ我武者羅に結果を叩き出し続けるしかなかった。それは決して、ひと月やふた月で手に入れられるものではない。

 それは、何も遊撃士の活動に限った事ではない。特にレイは遊撃士になる前(・・・)からそれを痛感していたし、築き上げた信頼は、第三者の、または本人の誤った選択一つで容易く崩れ落ちてしまうという事も身に染みている。古今東西、信頼というのは、そういう脆い物でもあるのだ。

 

 だから恐れる。瓦解する事を恐れる。

 ただ自分がやりたいことをしただけで築き上げてしまった信頼が、ひどく危ういものに見えてしまう。

築き上げた過程が軽く見えてしまったからこそ、ふとした拍子に消え去ってしまうのではないかという、人間らしい恐怖である。

 

 故にレイは言う。

他人をもっと警戒しろ。少しは疑う事も覚えろ、と。

その人間に対する信頼が失われた時に、その信じた自分自身も壊れてしまう事がある。心の底まで心酔していたのなら、特にだ。

 

 

「……委員長も、そう思ってんのか?」

 

「えぇ。いつもフィーちゃんから聞いていますから。レイさんに助けてもらった。レイさんとサラ先生にお世話にならなかったら、ここにいなかった。って」

 

「それはあくまでもあいつの視点だろ? ……いや、それも分かってるよな、委員長なら」

 

「はい。過程はどうであれフィーちゃんが言っている事は本当でしょうし、だとしたら私がレイさんを判断する理由としては充分でしょう?」

 

「随分と、仲良くなったみたいだな」

 

「あはは、実習の時によくお話ししましたから。えっと、お二人があんな感じだったので特に、ですね。ちょっと寂しかったもので」

 

「僥倖だ。これからもちゃんとあいつを見てやってくれ」

 

 自家製のドレッシングをかけたサラダをボウルの中で掻き混ぜながら、レイは満足そうに笑う。

パイと具の焼けるいい匂いが立ち込め始めた頃にオーブンの中からキッシュを取り出し、同時にエマが良い具合に煮込んだシチューの火を止める。

元々祖母と二人暮らしの実家でも料理を嗜んでいたらしく、その手際は良い。そのため、エマが調理補佐に入るときの食事は必然的にクオリティの高いものが出来上がる傾向があった。

そして一通りの夕食の準備を終えた後、パン、と一つ手を叩いてエマに告げた。

 

「さて、あと数分でメシの時間だ。一回部屋に戻ってていいぞ、委員長。俺は最後にサラダ作らなきゃならんから」

 

「そうですか? それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰いますね」

 

 エマは纏っていた白いエプロンを取り外すと、厨房から急ぐ様子もなく出ていく。

その背中を視線で追いながら、レイはポケットから、夕方郵便受けに届いたばかりの、便箋の入った一枚の白い封筒を取り出した。

 

 封蝋には、『支える籠手』の紋章が堂々と押されているが、その脇にはおそらく女性隊員が思い思いに貼り付けたとみられる色とりどりのシールがあった。やたらハートマークのシールが多かったことに多少イラッと感じはしたが、そこはツッコまないでおく。

こんな紛らわしいものをサラに見られでもしたら絡まれてからかわれるのは容易に想像できる。できれば夕食後に部屋に戻ってから改めて確認したかったのだが、どうにも待ちきれず、つい取り出してしまっていた。

 ひっくり返して表を見てみると、遊び心満載の裏面とは裏腹に、達筆なペン字でこう書かれていた。

 

 

 

『エレボニア帝国トールズ士官学校Ⅶ組所属  レイ・クレイドル様へ

 

 

 

 

 

                          遊撃士協会 クロスベル支部一同』

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 七耀歴1204年 1月。

 

 遡る事約3ヶ月前、遊撃士協会クロスベル支部の二階で、二人の人物が木製のテーブルを挟んで座っていた。

 片や精鋭ぞろいのクロスベル支部を支え、過つ事無く運営する名物敏腕受付、ミシェル。

ガタイの良い男らしい体つきとは裏腹に女性らしい言動で初対面の人間を惑わす彼は、手元に残ったコーヒー入りのマグカップを僅かに揺らしながら、再度口を開く。

 

「ねぇアリオス。仕事回してるアタシが言うのも何なんだけど、もう少しペースを落とした方がいいんじゃない? 1ヶ月に100件……流石に仕事し過ぎよ」

 

「無理はしていない。それについては、レイの奴からも釘を刺されたからな」

 

 苦笑と共に答えたのは、頬に一筋の傷跡を持った黒髪長身の男性。

 市民の間では”クロスベルの真の守護神”などとも呼ばれる支部最強にして最高の遊撃士。

かの《八葉一刀流》『弐の型』奥義皆伝という偉業を成し遂げ、《風の剣聖》の異名で呼ばれる男。名は、アリオス・マクレイン。

 普段はやや仏頂面な表情でいる事もある彼であるが、今は先月この支部を旅立っていったとある一人の少年を思い出してやや柔和な笑みを浮かべていた。

 

「あら、先を越されてたのね」

 

「あぁ。”あなたが一番大切にしているのはシズクちゃんのはずだ。なら、彼女の事を一番に考えてあげてくれ”とな。その時は俺も酒が入っていたせいか、つい頷いてしまった」

 

「あらあら、それじゃあ反故にするわけにはいかないわね」

 

 からかうような口調ではあったが、そう言われて悪い気はしない。愛娘の事を憂いて自分の行動を窘め、顧みらせてくれた彼の言葉にも、今なら素面のままに頷く事ができそうだった。

 すると今度は、ミシェルの方が思い出すかのような声色で以てしみじみと呟く。

 

「早いわねぇ。あの子が去ってもうひと月、か」

 

「先週、本部の方で正式に休職届が受理されたと聞いた。……その事については、俺たちが口を挟むことではないだろう。アイツはまだ若い。一所に縛られず、多様な価値観を養うのは必要な事だ」

 

「そうは言ってもねぇ。あの子が居るのと居ないのとじゃ、何というか……皆の仕事の進み具合が違うのよ。あのままいけば20を超える前にA級遊撃士になる事も夢じゃなかったのに」

 

「進み具合が違う、か。そういえば、アイツが出ていった後2日間くらいはエオリアが使い物にならなくなっていたな」

 

「えぇ。忘年会の時に撮ったレイの罰ゲーム女装写真(メイド服Ver.)を握りしめながら沈んでたわね。リンが無理矢理引っ張って行ってなんとか復活したけれど」

 

「……まだ残っていたのか、あの写真は。確かレイが力づくで必死に回収してなかったか?」

 

「それを上回る必死さで隠してたらしいわよ。……ま、かく言うアタシも一枚確保してあるんだけど♪」

 

 満面の笑みで言うミシェルを見て、アリオスは同情の溜息を漏らした。

そんな彼も愛娘に件の写真が欲しいと強請られた事があったのだが、同じ男としてどうしても同情の念が勝ってしまい、結局娘の願いを断念せざるを得なかったという過去があった。

しかし、撮られた当の本人が危うく得物まで持ち出して回収しかねなかったブツが未だ二枚(もしくはそれ以上)も存命していた事を知れば遠い帝国の地で発狂しかねない。とりあえず気付くまで黙っておこうと、多少の罪悪感を確かに感じながら、アリオスはその事実を胸の内に秘めた。

 

 

「真面目な話、本当に惜しいと思ってるのよ。あのまま試験を受けて正遊撃士になれば、あなたと並んでクロスベル支部の双璧になるのも、遠くない事だと思ってたから」

 

「……いや、若い今だからこそ、アイツには同年代の仲間が必要なのだろう。クロスベル支部(ここ)で年上に囲まれて仕事をこなしていたら、アイツはいつまで経っても”答え”は見つけられなかっただろうからな。寧ろ、アイツの事を考えれば僥倖だったろう」

 

「あらら、流石あの子の事をよく見てただけあるわね。ちゃんと心配してるんじゃない」

 

「五月蠅い。……アイツが抜けた穴は、そろそろ埋まる頃合いだろう?」

 

「そうね。そろそろ―――あら、どうやら来たみたいよ」

 

 一階の方から、自分たちを呼ぶ声が聞こえる。ミシェルが二階に来るように促すと、二人分の足音が階段を伝って徐々に近づいてきた。

 ミシェルは思う。もしレイがここに留まる選択をした未来があったとして、今からここに来る少年少女が同僚になったのだとしたら、彼は果たしてその”答え”を見つけられたのだろうかと。

 

「お邪魔しまーす♪ あっ、アリオスさん、お久しぶりです!!」

 

「良かった。戻っていたんですね」

 

 橙色の髪を二つに括った活発な雰囲気な少女と、黒髪の少し落ち着いた雰囲気を纏う青年。

 若いながらも、将来有望な遊撃士である。できれば彼と引き合わせてあげたかったが、今となってはそれは望めない。

 

「ようこそ、クロスベル支部へ。歓迎するわ二人とも」

 

 だから今は、彼らと共に楽しく仕事をこなしていこう。

 いつか彼に近況の報告をする時に、自分たちの、そして彼らの活躍ぶりを知らせてあげるために。

 

 1月の寒空の下。遊撃士協会クロスベル支部は、新たな一歩を踏み出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




最近、電車などでの移動中に『零の軌跡 Evolution』を再プレイしています。
こうして改めてみるとロイド君のスキルの高さが分かりますね。あの4人は、本当にいいコンビだと思います。

さて、滅法寒くなって参りましたが、皆様風邪などをひかないようにお気を付け下さいませ。
……私ですか? 今のところは大丈夫です。ハイ。
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