英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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遅れていた分、早めに投稿させていただきました。


最近アニメのファルコム学園fcを見ていてオープニングの時につい「Go Fight!!」と言ってしまいそうな衝動に駆られています。なんなんでしょうね、アレ。




分かりあう事の意味

 

 

 

 マキアス・レーグニッツという青年は、良くも悪くも正直だ。

 自分の言動、感情に偽りを持つことはほとんどないし、またそれを隠そうとしない。裏表のない誠実な人間であると、良く言えばそうなるのだろうが、欠点は生来の生真面目な性格と相俟って融通が利き辛くなっているということだ。

そのせいで、人間関係に自ら罅を入れてしまうような愚行を行ってしまう事は間々あることであり、それは自身でも認識し、悪癖であるという自覚は持っていた。

ただそれでも、彼の貴族に対する憎悪の目が消え失せる事はない。幼少のみぎりに彼の家族を襲った災難は、彼に偏見という名の楔を強く打ち込んだ。

貴族はこの帝国を堕落させる害悪。貴族制度は体の良い腐敗の温床であると共に平民からただ一方的に搾取するだけのものでしかない。そんな考えは、実の父が『革新派』の重役を担っているという状況も相俟って歳を経るごとに強くなっていった。

 

 ただしそれでも、心のどこかでは理解していたのだ。

十人十色という言葉があるように、貴族もまた、悪性を形にしたような腐った者達ばかりではないという事を。

統治者として領民の声に耳を傾け、誇りと手腕を以てして善政を敷く。その数は少なくはあったが、確かにそのような人物達が存在するという事を。

例えば南部レグラムの領主、ヴィクター・S・アルゼイド子爵。例えば北部ユミルの領主、テオ・シュバルツァー男爵。彼らのような存在までマキアスは悪印象を持つ事はなかったし、逆に尊敬すらしていたのだ。この情勢下で、それでもなお己の定めた善政を敷き続けるというその気概を。

 

 だが、そうは思っていても幼い頃にトラウマと共に刻み付けられた固定概念がそうそう消えるわけもない。貴族は絶対悪であるという考えと、もっと個人として彼らを評価すべきだという考えが、彼の中で葛藤として鬩ぎ合っていた。

考える事を止めてはならない。思考の放棄は人間としての停滞だ。その事を改めて強く思うきっかけを作ってくれたのは、トールズ士官学院に入学した後、その日の夜に言われたその言葉。

 

 

『悩む事を忘れんなよ? 決めつけちまったら、そこでお前の価値観は固定されちまうからさ』

 

 

 マキアスの長所を挙げるとしたら、その人物の人柄を他人の評価で決めたりするとこが少ないという事だろう。一歩間違えばこれは自分の思い込みで判断してしまうという欠点も孕んでおり、貴族への評価は大抵この欠点の方が強く働いてしまっているのだが、逆に言えばそれは、自分の価値観さえ覆せればその人物に対する見方も変えられるという事だ。歴史という名の柵に囚われて物事を判断するしか能のなくなった人物に比べれば、彼は遥かに良い青年であった。

 そのお蔭で貴族であるはずのラウラとは特に軋轢もなく過ごす事ができていたのだが、唯一例外というものが存在した。

 

 ユーシス・アルバレア。貴族の中の貴族、『四大名門』の一角であるアルバレア公爵家の次男。

 彼とは、そもそも初対面の時から致命的なまでに反りが合わなかった。理解するとかしないとかそういう問題ですらなく、気付けば反目と罵倒を繰り返す。その原因が何であるのか、それを考えようにもその高慢ちきな表情を思い出す度に腹立たしくなり、結局理解する事を止めてしまう。

 

 そんな状況が積み重なって、遂にこの実習で仲間に直接的な迷惑をかけてしまった。取り返しのつかない被害が出るのを抑えてくれたのはマキアスにその言葉を投げかけ、今まで学院や寮で何度も掴み合いの喧嘩になりそうになった時に仲裁して取り成してくれた青年、レイ・クレイドル。そんな彼が本気で怒りかけていたというフィーの言葉に、マキアスは深く反省した。

 鑑みてみれば極めて浅薄な行動であり、視野が狭いというユーシスの言葉もあながち間違いではなかったのだろう。オーロックス砦に立ち寄った後、謎の飛行物体を追いかけてバリアハートへと戻り、結局収穫も無しにホテルへと戻った後、先に部屋に帰っていたレイに、二人は謝罪した。

マジギレ寸前だったという彼に言葉だけの謝罪が通じるかどうかは分からなかったが、彼自身も少し思う所があったようで、その謝罪を聞き入れた後に逆に謝罪を返して来た。

 

 それからは少し、思い悩むようになった。

 自分の癇癪にクラスメイトを巻き込むのは勿論本意ではない。できる事ならばこのギスギスとした空気も変えたくはあるが、そのためには自分かユーシス、どちらかが歩み寄らなければならない。

その構図が予想できない。笑顔で握手を交わす図など、想像するだけで吐き気を催す程だ。

 そんな事を悶々と悩みながら眠れずにベッドで蹲っていると、同じく眠れていなかったらしいユーシスが、リィンに漏らしていた話を聞いてしまった。

 

 それは、今まで彼が陰ながらに受けて来た嘲笑、侮蔑の感情。凡そ大貴族らしからない乱高下の激しい人生を生きて来た彼の声は、どこかいつもより弱弱しく感じた。

 

 同情を感じたつもりはない。だが、親しい肉親を亡くし、それによって人生が大きく変わってしまったという点においては、どこか自分と通じるところがあった。

 所謂、同族嫌悪というものである。自分がトラウマになっている部分が相手と似通っており、そのため相手を映し鏡の中のような存在に感じてしまい、それが気に入らなくて仕方がない。

そんなものではない。断じて自分とあの男は似ていないと(かぶり)を振って否定していると、ふと壁にかかっていた豪奢な時計が目に入った。

 時刻はいつの間にか午前3時を指しており、先程までは聞こえていた隣の小さな話し声も、今では静かな寝息に変わってしまっている。

こんな頭に靄がかかった状態では寝ようにも寝れないと判断したマキアスは、静かにベッドから出ると、部屋を出て一階のロビーへと足を運んだ。

流石は貴族御用達の一流ホテルであり、こんな夜中であっても職務を忠実に果たしていた受付の従業員に心を落ち着かせるためのコーヒーを一杯注文すると、談話スペースのソファーにゆっくりと腰かけた。

 

「僕は、どうしたいんだろうな……」

 

 近くに誰もいないため、思わず呟いてしまった答えの分からない疑問。

しかし唯一の誤算だったのは、その直後にコツンと何か固いもので頭を小突かれた事だった。

振り向いたその先に居たのは、グラス一杯の水とカップに入ったコーヒーをそれぞれ片手に持って佇んでいた、見覚えのありすぎる人物。

 

「人生相談なら聞くだけ聞いてやるぜ?」

 

 薄く笑って、彼はただ一言、そう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 レイがその時間に目を覚ましたのは、リィンの時と違い、まったくの偶然だった。

 

 上手く寝付けなかった同室の三人とは違い、フィー同様寝つきの良いレイは、ベッドに入って枕に顔を埋めた一分後には既に眠っていた。

 従ってユーシスとリィンの身の上話も、マキアスの密かな葛藤にも勿論気付くことなどなく、ただ精神的に疲れた体をしっかりと休めるために爆睡していたのだ。

目が覚めたのは癖のようなものだろう。室内で聞こえた物音にはいちいち反応する事はないが、部屋の出入り口や窓が開いた音には敏感であり、たとえどんなに音を消していようとも気配で起きてしまう。

緊急事態ならば目が覚めた瞬間に意識も完全覚醒するのだが、特に何も起こらないという事が分かると、半ばボーッとした頭のまま部屋中を見渡し、そこでマキアスが部屋を出て行ったことが分かった。

 トイレならば部屋内にあり、その他大抵の事は部屋の中で済ませられる。それでもわざわざ部屋を出て行ったという事実が気になったレイは同じくそっと一階に降り、受付の従業員に水を一杯持ってきてもらうように頼み、マキアスのコーヒーと共に彼の背後に立った。

 

 人生相談、などと大仰な言葉を出したものの、マキアスの向かいに座って聞いたのは、つい耳に入ってしまったユーシスの生い立ちと、それを聞いて揺れ動きかけている彼自身の心についての相談だった。

 

 ユーシスは元々現アルバレア公爵、ヘルムート・アルバレアの正妻の子ではなく妾の子。それも庶子の出であったという事で、本来であれば表に出ることなく一生を母親の下で暮らす運命を背負っていた。

 しかし8年前、母親が亡くなって公爵がユーシスを引き取ったのを機に生活は一変する。

豪奢な生活に強大な権力。それらを擁する家の名を受け継いだと同時に、庶子であるという事実が彼を苦しめ続けた。

異母兄弟である兄こそ彼を可愛がってくれたが、実父である公爵は特にユーシスを気に掛ける事もなく、彼を”アルバレア家の次男”という駒として扱って来た。

 現在のユーシスのあの憮然とした態度は、恐らくそうした家庭環境から生まれたものなのだろう。

厳密に言えば純粋な貴族ではないが、それでもなお貴族として振る舞わなければならない。状況だけを見ればリィンも同じではあるのだが、背負ってしまった家名の大きさが違う。『四大名門』アルバレア公爵家という強大過ぎる存在に形だけでも相応しい人間になろうと努力を重ねた末の姿が、今のユーシスなのだ。

 

 その恐らく血が滲むほどに行った努力すら否定するほど、マキアスは人でなしではない。

 今彼の心を苛ませているのはただの矮小なプライドだ。今までこれだけ罵り合っておいて認める事などできないという、他人から見れば小さくとも当人たちからすれば重大な問題。

だが既にユーシスの心はリィンが僅かに溶かした。ならばこちらの牙城を崩すのは自分の役目。

そう思ったレイは、コーヒーが飲み干されたカップと自分のグラスを並べて置いた。

 

 

「例えばの話をしようか」

 

「?」

 

「ここにカップとグラスが一つずつある。これらをそれぞれ一つの国だと仮定しよう。

この二国はとても仲が悪い。最悪といっても過言ではなく、一触即発、いつ戦争になってもおかしくはない。

そしてマキアス、お前はカップ国の軍人。参謀職だ」

 

 いきなり始まったロールプレイにマキアスは思わず首を傾げる。だが目の前でカップとグラスを動かすレイの視線と口調は真剣であり、それが遊びではない事を理解すると黙って説明を聞き続けた。

 

「若手ながらも優秀だったお前は、大局的な作戦指揮の一角を担わされる。

国民感情は既にグラス国への悪意で一色と言っていい。そしてお前も、その例に漏れず憎悪にも似た感情を敵国に抱いていた」

 

 カップをグラスに軽くぶつける。チィン、と鳴った甲高い音が、宣戦布告の合図のようにも聞こえた。

 

「さてここで問題だ。大局的な指揮を任されたお前が、この状態でまず真っ先に打つべき手は何だと思う?」

 

「むっ……」

 

 マキアスは黙り込む。

 彼はお世辞にも戦争の指揮官というものには向いていない。自分自身もそれは分かっていたし、将来は父と同じ政治家への道を進みたいと思っていたため、今のこの門外漢な問題に即答はできなかった。

数分ほど顎に手を置いて考えた後、マキアスはカップの取っ手に手を掛けた。

 

「……前線の兵士への綿密な作戦通達だろう。初手でヘマをするわけにはいかないからな」

 

「なるほど。チェスが得意なお前らしい考えだ。―――だがハズレだ」

 

 レイは容赦なく不合格の烙印を押すと、自分のグラスを握る。

そしてそれを動かし、カップの真横に置く。

 

「もし俺がグラス国でお前と同じ地位にあったとする。国民感情も大抵同じだ。

そんな中で俺が打つ最初の一手は、まず敵国の事を理解する事だ。間諜を放つでも何でもいい。敵国の情報を可能な限り集め、整理し、理解する」

 

「それは、自分の感情を押し殺してでも、か?」

 

 訝しげな声でそう問われ、レイはニヤリと笑う。

 

「あくまで最初はそうだな。腹の中で煮えたぎる憎悪を抑え込み、心の奥底で呪詛を万通り並び立ててでも、俺はそれをする。いや、しなくてはならない」

 

「…………」

 

「相手の国の戦力・戦法は元より、経済の流れ、国民感情、ありとあらゆる情報を清濁併せて全て一度呑み込んで理解する。表に出ているだけの激情に駆られて相手のすべてを否定し、分かろうともせずに戦争吹っかけようとする国は大抵戦う前に負けてるのさ。何はともあれ、まずはそこから始めなくちゃならん」

 

「ぁ……」

 

「勘の良いお前なら気付いてるはずだろう? 俺が何を言いたいか」

 

 それは恐らく、マキアスが目指そうとした政治家にも言える事だろう。

政敵に対して嫌悪の感情を抱き続けるのは簡単だ。だがその感情が視野を狭くすれば、間違いなく知らぬままに足元を掬われるだろう。

例えどんなに嫌っていたとしても、まずはその人物を知ろうとする努力をしなければならない。心に中にしこりのように残り続けるプライドも何もかなぐり捨ててそれに努めなければ、ただでさえ未熟な自分たちが一人前になれるはずもない。

 

「前にも言ったことがあったと思うけど、人をどう見て、どう判断するかは人それぞれだ。お前が全てを理解して、それでもいがみ合う事を選択したのなら俺は何も言わないさ。

ただできる事なら、全てを理解した上で、分かりあって欲しいとは思う。それができるのは、とても貴重な事だからな」

 

 回顧するように、あるいは自分にも言い聞かせるようにそう語るレイの表情はどこか寂寥感を含んでおり、それが気にかかったマキアスは、それを聞いた。

 

 

「……何で僕をそんなに気に掛けてくれるんだ? 自分で言う事でもないと思うが、君には今まで迷惑をかけっぱなしだっただろう。教室でも寮でも、僕と奴の喧嘩の仲裁を買って出てくれたのはいつだって君だった。それ自体はとても助かっていたが、そこまでして、どうして……」

 

「まぁ一応仲間だし。それに……昔の俺もそんな感じでお前の考えにそっくりだったからな」

 

「む、昔の君に、か?」

 

「あぁ。昔は今より比べものにならないくらいに荒れててな。どう足掻いても許せない憎悪の対象ってのがあった。それこそ血涙流してもおかしくないようなレベルの、な。それをどうぶっ倒すかばかり考えてた時に、俺の剣の師匠が言ったのさ」

 

 握っていたグラスを再びテーブルの上に置き、その表面を指で弾く。

悪戯をした子供を窘めるようなその行動が、レイの心情を如実に表していた。

 

「怒るのは良い。狂いかけるのも構わない。だが理解しろ。お前がそこまで憎んでいる連中がどんな罪を犯し、どれほど世界を侮辱しているか。それを知り、呑み込んでから行動に移せ。―――あぁ、本当に脳天にハンマー振り下ろされたくらいの衝撃が走ったな。そんな事、考える事すらしなかったからよ」

 

 そしてそれは、程度の差こそあれ今マキアスが置かれている状況と酷似していた。

しかし今の彼にそれを考えている余裕はない。流れとはいえ聞いてしまったレイの壮絶そうな過去話を、一体このまま流してしまっていいのかどうか、そればかりが頭の中を駆け巡っていた。

 だがレイは、そんな事など全く気にしていないという風な口調で続ける。

 

「凝り固まりすぎた観念ってのは、時に人をどうしようもない所まで引きずり落とす。それが行き着くところまで行っちまった末にあるのが悲劇の殺し合いなんだろうさ。

自分と違う価値観を持つ者の存在を、自分とは相容れない思いを持つ存在を許せなくて、憎悪が殺意に変わった瞬間に、人は容易く人を殺す。それはもう簡単だ。本能に任せてナイフを握り、あるいは銃の引き金に指を掛ける。倫理の一線を越えるってのは、案外難しい事じゃないんだぜ」

 

 敵愾心が行き着く最悪の袋小路。その状況を想像して眉を顰めるマキアスであったが、自分がそうなる可能性があるという事を自覚すると深く項垂れた。

 そして、そんな事を言っている彼もまた、”倫理という壁を乗り越えた”一人なのだろう。

それを責める気は毛頭なかったし、それを責める事ができる権利もマキアスにはない。

何せついさっき理解したばかりなのだ。人にはそれぞれ辿って来た自分だけの人生があり、それを頭ごなしに否定する事がどれほどの愚行であるかという事を。

 気にならない、と言えば嘘になるが、少なくともレイが今ここで自分の身の上話の全てを語るつもりがないのは分かる。

 ならば自分が今考えるべきは、今までの自分の態度を鑑みて、反省する事だ。

二度と彼に、要らぬ迷惑をかけないように。

 

「……なんだ、案外立ち直りが早いじゃんか」

 

「今まで数えきれないほど醜態を晒してしまったからね。だから、まぁ、どうにかしたいと思うのは人として当然の事だ」

 

「真面目だねぇ。普通そういうモンはじっくりと考える奴なんだが……ま、優等生のお前らしいよ」

 

「む、それは僕を馬鹿にしているのか?」

 

「逆だ。でもまぁ、ちゃんと寝ておけよ? 明日も実習だ。リベンジがしたいんなら体調は万全に整えておかなきゃ辛いぜ?」

 

 レイの正論にマキアスも失笑し、従業員に一言礼を言ってから二人で部屋に戻る。

 

 

 

 それから数時間後。起床した全員でロビーに集まって打ち合わせをしている時に、マキアスは多少喧嘩腰ではあったが、いつもよりかなり敵愾心を抑え込んだ声色でユーシスに話しかけた。

 

「おい、ユーシス・アルバレア」

 

「何だ、マキアス・レーグニッツ」

 

 エマはまた喧嘩が始まるのかとオロオロしていたが、他の三人はその雰囲気の違いを感じ取り、静観する。

 

「戦術リンクの継続、今日こそものにしてみせるぞ」

 

「当然だ。このままでは腹の虫が収まらん。……しかし、どういう風の吹き回しだ?」

 

「なに、少し思う所があってね。このまま徒に反目しあって迷惑をかけ続けるのは良い事ではない。それは、君も思っている事だろう?」

 

「む……」

 

「だから少々遺憾ではあるが、少しは君を分かろうとしただけだ。昨晩の事も含めてな」

 

「盗み聞きとは感心せんな。……だが一理ある。協力してやろう、レーグニッツ」

 

 決して良好な関係とまでは言えないが、とりあえず差し出した手を握り返す程度の仲にくらいまでは修復した事についてひとまず安堵したレイだったが、そう思っているとリィンから軽く肩を叩かれた。

 

「ありがとう、レイ。結局助けてもらったな」

 

「何の事だ? 生憎昨夜の俺は爆睡しててね。お前らの間に何が起こったのか皆目見当つかん」

 

 わざと白々しく言うレイに、リィンはそれでも軽く頭を下げると、二人の方へと歩いて行った。

 これで漸くまともな実習が執り行えると、全員がそう思っていたのだが、その直後、先日顔を合わせたアルバレア公爵家の執事アルノーがユーシスの下へと歩み寄り、今朝方公爵より賜ったという言葉を彼に伝えた。

 曰く、午前の内に一度公爵家に顔を出すようにとの言葉にユーシスは目を細めて訝しんだが、父親として自分を呼んだのならば応えない理由はないと言い、それに従った。

つまりはユーシス抜きで実習をこなす事になるという事であり、当初予定していた戦術リンクの構築・維持という目標の達成がお預けになってしまったという事実に一同は僅かに落胆の息を漏らしたが、家庭事象に首を突っ込むほど野暮ではない。アルバレア家所有の豪華な車に乗って実家に一度帰る彼を、全員が見送った。

 

 その後、陣形や役割分担の変更などをロビーで話していた時、ホテル『エスメラルダ』総支配人である老年の男性リシリューが五人に対して飲み物を運んできた際、流れるような動作でレイに話しかけた。

 

「レイ・クレイドル様、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 

 その言葉に軽く首を傾げたが、リィンたちにも促され、少し離れた受付のところまで歩いていく。

そこでリシリュー総支配人から渡されたのは、見ただけで高級であると分かる封筒に入れられた、一通の手紙だった。

裏の封蝋を見てみると、そこには送り先の家名を表す紋章が刻まれている。それがどうにも見覚えがあるもので、思わず小さく失笑してしまった。

 

「この手紙の送り先、個人名を教えてもらう事は?」

 

「それは……申し訳ありませんが内密に、との事でございます」

 

 予想通りの反応が返って来たため、レイはペーパーナイフを借りて綺麗に開封を終えると、手紙の文面に目を通す。

達筆に書かれた文章をものの十数秒で読み終えると、再びそれを封筒の中に仕舞い、口角を僅かに吊り上げた。

 

「これを渡して来た人物は、他に何か言っていましたか?」

 

「できるだけ早く、と仰っていました。御本人に確認もできず、誠に申し訳ありません」

 

「いえいえ。招待状にしては少し乱暴ではありますが―――嫌いじゃないです。こういうのは」

 

 レイはそう言うと一礼をして、四人のところへと戻る。

 

「? どうしたんだ、レイ」

 

「悪いな。とある人物から招待状が送りつけられちまった。待たせると色々と面倒そうだから、今からそこに行かなきゃならん」

 

 二日連続で単独行動をしてしまう事を謝ると、リィンは少し呆けていたが、理由があるなら仕方がないと承諾してくれた。

フィーはレイの制服の裾を掴んで僅かに頬を膨らませていたが、軽く頭を撫でるとしぶしぶながらも解放してくれた。

 

「すまんな。とりあえず、空の女神(エイドス)の加護を祈っておくぜ」

 

 そう言い残し、一足先に愛刀を携えてホテルを出る。

 

 

 

 それが、Ⅶ組メンバーとの乖離の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユーシスサイドはリィン君に任せて、レイ君にはマキアスの方に回ってもらいました。

彼も根っから悪い子ではないんですよ。ただちょーっと頭が固すぎるだけで。
そこを改善してあげればアラ不思議。悪友みたいな感じになれるんですね。ツンデレとツンデレの化学反応です。男同士なのが残念ですが。


さて、次回から少しレイ君だけ独自に動くことになります。
良ければ次もご拝読下さいませ。

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