英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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どうも。最近「GOD EATER2 RAGE BURST」にドハマリして神狩りまくってる十三です。

今回の話は何がやりたかったかと申しますと、原作ゲームでは前々回のマキアスとユーシスが敵の前で喧嘩を始めるシーンで活躍するはずだったメガネ委員長ことエマさんの活躍の場をレイ君がごっそり奪い取って行った事ですっかり影が薄くなってしまったエマさんに対する懺悔の意味合いが大きいです。

女っ気がただでさえ少ないんだからぶち込んだだけとも言いますが。


奪還任務の狼煙

 

 ―――マキアス・レーグニッツがバリアハート領邦軍によって身柄を拘束された。

 

 その知らせを聞いた時、レイはリィンたちよりも早く動いていた。

偵察に長けた偵察用の低級式を1ダース程生み出して状況把握に向かわせる。行き先は勿論、マキアスが連行されたと思われる領邦軍の詰所だ。

とは言っても、マキアスの居場所自体はシオンを付けているので把握はできている。一切日が差さない、地下5階の鉄格子の奥。哀れな愚行の犠牲となってしまった事には同情せざるを得ないが、恐らくこの一件でマキアスも身に染みて理解できただろう。自分が、拘束に値する価値を望むと望まないとに関わらず持ち合わせてしまっている人間だという事を。

 勿論、最重要人物は彼の父親でありマキアス自身ではない。だが、人質とするのにこれ以上価値があり、なおかつ今の時点で身柄拘束が容易な人物もそうはいない。

 

 しかし、少々予想外だったのはレイも同じだった。

今マキアスを”敵対している帝都知事の息子だから”という曖昧過ぎる理由で拘束するには敵に回す可能性が高い組織が多すぎる。

 まず士官学院所属という事で学院からの非難は容易に想像できる。ケルディックの一件でもそうだったのだが、些かクロイツェン州の要人はトールズという場所を無意識に下に見ている節があるようにしか思えない。

あの場所には、家柄的にも経歴的にも中央政府に顔が利く教師が多すぎる。そこから政府に情報がリークされれば、事態は一瞬で発覚してしまう。

 まぁそんな過程を経らなくとも、政府は遠くない内にこの事態を知る事になるだろう。政治の頂点、宰相の直轄に、それを可能とする組織があるのだから。

 

 ≪帝国軍情報局≫。カルバード共和国に存在する≪ロックスミス機関≫と肩を並べる最精鋭の諜報部隊。

彼らにかかれば隠蔽をする気もないような今回の一件の全貌を掴むのにかかる時間はそう長くはないだろう。それをあの狡猾な鉄血宰相が知れば、どのような手練手管を用いて非難を露わにするか、分かったものではない。

 恐らく、ルーファスが懸念していたのもそこだろう。人権に関わる悪い情報や噂を払拭するという作業は、並大抵の労力ではできない。

 

「貧乏くじを引いて、厄介事を背負い込んだ、か。上がアホだと下が苦労するのはどこの組織も同じかよ」

 

 そうぼやきながら空港を後にしたレイが向かったのは、貴族街の裏道の一角にあった排気口の前。

偵察式の一体が見つけたこの場所は、若干狭くはあるが人の目に確実に触れることなく詰所内に潜り込む事ができるルートだ。

もう一つ、駅前通りの下層部に地下水路へと続くルートもあったのだが、そちらは先日街でたまたま見かけた苦労性な誰かさん(・・・・・・・・・・・・・・・・)がリィンたちに情報を漏らす事だろう。

あちらには魔獣の姿もあったが、あの三人にかかれば苦労するほどのものでもない。マキアス本人の身柄の奪還は、彼らに任せて良いだろう。

 

 だとしたら、レイが担当するべきはいつもの通り裏方だ。

 任務のカテゴリーを明確に分けるのだとしたら、今回のこれは救出作戦である。

少人数の精鋭で敵の懐に潜り込み、可能な限り迅速な行動で以て対象の安全を確保。そして再び迅速に離脱する。派手な戦闘は御法度という点で、かなり難易度は高い。

 そしてこの手の作戦で重要なのは、撤退時に最後尾を任せる殿の存在だ。

後顧の憂いなく、ただひたすらに撤退に専念できるように工作に従事する存在というものがどうしても必須になる。そして今回、その任を請け負うのは隠密行動にもそこそこ経験があるレイの役目。

 平たく言えば、マキアスが没収されたとみられるショットガンとARCUS(アークス)の奪還。及び牢周辺の警邏に当たる兵士を一切傷つける事無く無力化する事だ。

労力がかかる上に、打撃の一つも許されないため、長刀を使う事は許されない。後先を考えない任務なら荒っぽい真似事もできるのだが、今のレイは士官学院所属である。下手な行動は、そのまま学院の悪名にもなってしまいかねない。

 本来ならば追加報酬を貰ってもおかしくない程の難易度だが、今回動くのは仲間のためだ。多少面倒臭くとも、完璧に遂行するのが筋というものだろう。

 

「さて、と。そんじゃ仕事と行くか」

 

 パキパキと数回拳を鳴らしてから、レイはその小柄な体躯を排気口の中に躊躇いもなく滑り込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 エマ・ミルスティンは、内心で少しばかり焦りを見せていた。

 

 

 その原因は主に二つ。自分が世話になっている人物と、自分が世話をしている人物だ。

 前者の人物は言うに及ばず。その経歴の多くは謎に包まれているが、恐らくこの大陸の裏側を少なからず覗き込んでいると思われる青年だ。

自分の”正体”にも薄々感づいているのではないかと僅かに警戒はしているのだが、本人にそれを口にする気配がない。本当に知らないのか、それとも知っている上で放って置かれているのかは分からないため、未だに疑念は捨て去る事はできないが、学生寮や学院で共に過ごしている内にその人柄については信頼を寄せるようになっていた。細かな心配りもできるその姿は、見た目の若干の幼さと相反して苦労性のお兄さんのようにも見える。

 だが、時折垣間見せる物憂げな表情。それが気にはなっていた。

それは、心に他人には悟らせない程の闇を抱えている人間が浮かべるそれ。それを彼女が理解できてしまったのは、幼い頃姉として慕っていた女性が同じ表情を時々浮かべていたからだろう。

自分の使い魔に『あの子を信頼するのもいいけど、警戒を完全に解くのは止めておきなさい』と言われたのがそれに起因しているのだと分かった時は少しばかり複雑な気分にはなったが、それに対して反論できなかった時点で同罪ではある。

 そもそも”自分達”は易々と他者に心を許してはいけない存在だ。であるならば彼女の考えも間違っていない。

しかし、良くも悪くも彼女は正直で、心優しすぎた。共に学び、共に過ごす仲間に対して冷徹になる事などできるはずもなく、加えて言うのなら食事などその他もろもろで世話になっている彼に懐疑の視線を向けるなど、礼儀知らずであると思ってしまう。

 

 情愛の念を向ける、という意味であれば、後者の少女の方が意味合いは強いだろう。

 

 初めはクラス委員長となり、席が隣同士であった事や何より同性であったという事で授業中の監視を頼まれていただけだった。

だが、想像をはるかに超えて手のかかる少女であったという事が、彼女の内に眠っていた世話焼きの本性に火をつけた。

初めは学院にいる時だけの世話係代行だったのだが、今では私生活の方でも色々と面倒を見ていたりする。就寝起床などはその最たるものだが、勉強を教えたり話し相手になったりと、一見して自由気ままな猫のような彼女と、この2ヶ月の間で随分と関わり合いを持ち、彼女の事を、多少なりとも理解したように感じていた。

 

 実戦戦闘能力という観点から見れば、間違いなく特科クラスⅦ組のツートップとなる二人。

 

 こと戦闘となった時、二人に抱いている印象は一変する。

 

 素人目から見ても充分に鍛え上げられていると分かる敏捷性で一対多の状況でも敵の攻撃を掻い潜って引っ掻き回すその姿は、猫というより狼に近い。

そこに普段の自失的な姿はどこにもなく、研ぎ澄まされた鋭敏な感覚で以て慣れた手つきで獲物を狩り伏せる。

特殊な武装である双銃剣を手足の延長のように巧みに操って一陣の風のように駆け抜けるその小柄な背中を羨ましいと思った事は幾度かあった。

 

 しかしもう一人に至っては、そんな羨望の眼差しすら向けられない程の地力を隠し持っている。

恐らく、今まで見て来た戦いの中でも、彼が全力の一端を見せたのは先日の実技テストの時に行ったサラ教官との一戦だけ。それも互いに全力ではないと言い合っていた限り、まだまだその底は計り知れないと見て間違いはない。

その実力の程は精鋭が集うという遊撃士協会クロスベル支部に在籍していたという経歴からも分かるのだが、如何せん実際に見るのとでは話が違う。

 そんな彼が指揮権をリィンに譲り渡し、魔獣討伐の際にもサポートに回る機会を多くしている本当の理由は分からない。しかしその結果、実戦を通して全員の練度が上がっているという事を考慮に入れると、単に面倒臭がっているという理由ではないのは確かである。

 だが逆に言えばそれは、自分も含めた全員が彼を最後の頼みにしているという事だ。

マキアスとユーシスの間が拗れに拗れて一触即発になった時にそれを止め、挙句限定的な仲直りの一役をこなしてみせた。前回の実習であの二人の行動に苦労させられた身としては彼と、そして仲直りのもう片方の役を買ってくれたらしいリィンには何度も心の中で感謝の意を送っていた。

 しかし同時にエマの胸中にあったのはクラス委員長として何もできなかった事に対する罪悪感だった。

 本来ならば今回の件も、クラスを纏め上げる立場である自分が何とかするべきだったのだが、結局のところ何もできていない。戦闘においてもアーツの扱いには一家言を持ってはいたのだが、真っ先に斬りこんで行くフィーと自分の後ろを守りながら前衛のフォローも完璧にこなすレイに比べてみれば活躍など微々たるものである。

 功績を求める気などはさらさらないのだが、エマ・ミルスティンという少女の性格上、世話になりっぱなしという事態は好ましいものではない。

どうしたものかと内心悶々と考えていた時に、その事件は起こってしまった。

 

 それは、手配魔獣としてリストアップされていた北クロイツェン街道の大型魔獣ヴィナスマントラの討伐を恙なく終え、バリアハートに一時戻った時だった。

街に入った瞬間にやってきたのは、クロイツェン領邦軍の兵士たち。彼らはリィンたち一行の身元を問うと、あろうことかマキアスに”先日のオーロックス砦侵入罪の手配がかかっている”と告げ、更に彼個人にそれとは別に複数の容疑がかかっていると、憮然とした態度で言い放ったのだ。

しかし、オーロックス砦に侵入者が入ったという一報が入った時に彼がいた事は確かだが、その時は勿論別行動をしていたレイを除いたA班全員がその場にいたのである。加えて言えば侵入者であるとされる”銀色の浮遊物体”が遥か彼方に去った時、砦から追跡部隊としてやってきた兵士たちに一行は事件の概要を聞いているのである。アリバイなど、そこいらに幾つも転がっていた。

 それを見越してエマは一緒に行動していた”ユーシス・アルバレア”の名前まで出した。だが、信じられない事に兵士たちはその名前ですら鼻で笑って返したのだ。

 ここまで来てしまうともはや一介の士官学院生でしかない自分たちに追及の余地などない。領邦軍にこちらの話を聞くつもりなど欠片もなく、容疑が向こう側で固まってしまっている以上、バリアハート市内における彼らの捜査権は絶対だ。

 横目で見た時にフィーが後ろ腰に引っかけた双銃剣に手を伸ばそうと左右の五指をピクリと動かしたが、それは彼女が小さく溜め息をつくと同時に再び止まった。

それは正しい判断だった。実力的には決して劣るという事はないだろうが、場所が悪い。ここで抵抗をしたところで事態は更に悪くなるだけであり、それはどう考えても得策ではない。

 ギリッ、とリィンが奥歯を噛みしめる音が聞こえると共に、エマもまた、やるせない気持ちで一杯だった。

もしここにユーシス本人がいたのなら、領邦軍たちもここまで横暴な手段には出なかっただろうし、そうでなくともレイがいれば彼らを阻止する事はできずとも情報をもっと引き出す事ができたかもしれない。

しかしそれは叶わない事。二人に対して責任を擦り付けるような事を一瞬であるとはいえ考えてしまった事を首を軽く振るって払い、マキアスが連行されていく姿を納得がいかない表情で眺めながらも、エマの思考は回転を始めていた。

 

 伊達に、今年度主席入学の座を背負っているわけではない。

 彼女の思考能力の本領は推理力などで発揮されるものではないが、それでも培った知識とそれを応用する頭脳は本物だ。

 まず気にかかったのは、マキアスの拘束時にユーシス、レイという状況を好転させる事ができる可能性が高い人物が揃っていなかった事だ。レイが今朝呼び出された理由などは不明だが、ユーシスの方は間違いなく怪しい。いや、ここまでくればもう誰であろうと分かるだろう。

 

「多分、昨日の内……いえ、私たちがバリアハートに来た時から仕組まれていたのでしょうね」

 

 連行された後、陳情をしようと詰所を訪れたものの門前払いを食らい、中央広場の一角で三人で顔を合わせていた時に、エマは断定したような口調で言った。

そしてその言葉に、リィンとフィーは揃って頷く。

 やり方が多少どころか強引そのものではあったが、この街はアルバレア公爵家にとって絶対的なホームグラウンド。彼らの意に背く者などいるはずもなく、強引なやり方であっても誰もが見て見ぬふりをするだけだ。そういう意味では、確かに大貴族らしい動きであったと言えるだろう。

 

「ユーシスは……多分実家の方で身動きが取れなくなってるんだろう。フィー、レイと連絡は取れるか?」

 

 リィンがそう言うと、ARCUS(アークス)を耳元に寄せていたフィーがふるふると小さく首を横に振った。

 

「ダメ。通じない。通じないところに居るのか、自分で通信遮断してるのかは分からないけど」

 

「そう、か」

 

 そこで会話を切った後、三人は場所を移動した。

今後の事を話し合うために人の目が多い所ではなく腰を据えられる場所に行こうとしたのだが、宿泊しているホテルは元より、昨日昼食を摂ったレストランにすら事情聴取と称して領邦軍の兵士が巡回しており、その後も色々と歩き回った結果、職人街にある宿酒場『アルエット』に腰を落ち着けた。

 

 

「……さて、二人とも。これからどうするかだけど」

 

 改めて言葉に出してみたが、三人の心は一致している。

 学院に要請を出すという選択肢もあるが、事態は一刻を争いかねない。マキアスが拘束された理由は十中八九対立する『革新派』の重役であるレーグニッツ帝都知事の息子を手元に縛り付けておきたいからだろう。人質、という価値観で彼を見るのならば痛めつける事はしないだろうが、最悪拷問でもされて脅迫されかねない。

その可能性がある以上、この状況を傍観する事などできるはずがない。これも特別実習の延長線上なのではないかと奮い立たせ、更に思う。

 

「それに……ちょうど良いのかもしれないな」

 

「?」

 

「いや、今回の実習はユーシスとレイに助けれられてばっかりだったしさ。特にレイには前回の実習でも世話になりっぱなしで……リーダーとして、不甲斐無いとは思ってたんだ」

 

 だから、と、リィンは言葉を続ける。

 

「俺たちだけでマキアスを助けたい。フィーは勿論、委員長も色々世話になってると思うから、その恩返しという意味も含めて。……どうだ?」

 

 再び、二人が頷く。

 気持ちは全員が既に一致していた。弱気になっている暇などなく、そうと決まったのならばすぐにでも作戦を立案しなくてはならない。

 

「侵入経路はどうする? 真正面からは、流石に愚策だと思うけど」

 

 最初に考えるべき問題にして、根本的な壁。フィーが改めて挙げたそれを解決する糸口を最初に切り出したのは、エマだった。

 

「そう、ですね。正面からに限らず、地上から忍び込むのは難しいんじゃないかと思います。何せアルバレア公爵家のお膝元にある場所ですから、昼夜問わず厳戒態勢が敷かれているんじゃないかと」

 

「確かに、そうだな。夜中に忍び込む案も却下だ。俺たちみたいな素人が付け焼刃で行動したとしても、絶対に失敗するだろうし」

 

 そもそも、この作戦の最重要項目は”敵に見つからない事”にある。可能な限り人の目を避けて詰所の内部に侵入するのだとしたら、不特定多数の目に触れる可能性があるルートは選ぶべきではない。

 どうしたものかと考えていると、エマがある事に気付いた。

 

「フィーちゃん」

 

「何? 委員長」

 

「マキアスさんが収容されていると思われる場所は、どの辺りだと思いますか?」

 

 普通ならば見た目年端もいかない少女にする質問ではないが、エマには確証があった。フィーならば、この質問に対して「分からない」以外の言葉を返してくれるという事を。

そしてその見解は見事に当たり、フィーは小首を傾げて少し考える仕草を見せる事約1分。小さく口を開いた。

 

「……普通ならもし脱出されたとしてもどこに逃げたらいいのか分からない所に閉じ込める。心理的に追い詰めるつもりなら窓が無くて薄暗く、それでいて空気が籠っている場所」

 

「それって……」

 

 その条件に当てはまる場所はすぐに推測する事ができる。

 

「地下、ですね」

 

「ん。できるだけ早く助けてあげた方がいいかも」

 

 日の光が一切差さない場所に長時間閉じ込められるというのは、思いのほかヒトの精神を容易く壊してしまう。牢の中で椅子に縛り付けて目隠しをさせ、水すら飲ませず永遠に天井から滴り落ちる水滴の音を聞かせ続けるという拷問が存在するくらいである。特殊な耐久訓練を受けていないマキアスが精神的に正常でいられる時間は、あまり残されていないと見ても良くなってしまった。

 

「でもそうだとしたら、どうやって侵入する? 難易度は更に上がったような気がするんだが……」

 

「いえ、そうでもないかもしれませんよ。リィンさん」

 

 リィンの危惧するような発言に、しかしエマはあくまでも柔らかげにそう言った。

 

「先日学院の図書館で読んだのですが、バリアハートは中世の道路、地下設備が今でもなお色濃く残っている都市です。近代化に伴って駅前などの場所は新たに整備がされたみたいですが……街の地下に存在する広大な地下水路は恐らく当時のままで残っているのではないかと」

 

「なるほど。それがもしかしたら詰所の地下まで伸びてるかもしれないって事か」

 

「あくまでも仮説でしかありませんけどね」

 

「いや、充分すぎる情報だよ。流石委員長だ」

 

「うん。グッジョブ、委員長」

 

 それは恐らく、彼女以外ではユーシスしか知らなかったであろう情報だ。それをエマが知っていたのは、Ⅶ組委員長として少しでも知識面で役に立とうと、実習地の事を丹念に調べ、そこから推論を立てた結果に他ならない。

それに対して二人から惜しみのない称賛を受けて、頬が僅かに紅潮したが、すぐに表情を引き締めなおす。

 今は非常事態。気を緩める暇などないのだから。

 

 

「だとしたら後は、どうやって地下に入るかの問題だな。それが分からない分にはどうしようも……」

 

「あるよ」

 

 今度はフィーは事もなげに答えた。目を丸くする二人をよそに、いつもの無表情を崩さないままに言う。

 

「駅前通りの東側。そこに下に降りる階段があったの覚えてる?」

 

「あ、あぁ。一応」

 

「昨日レイと一緒にいた時にちょっと見てみた。そしたら鍵のついた扉が見えたから……多分そこが入口だと思う」

 

「ふ、フィーちゃん、よくそんな所まで見てますね」

 

「初めて行った場所でのできる限りの地形の把握は基本だよ」

 

 その言葉にエマは唖然としていたが、リィンは納得しているかのように深く頷いていた。

 ともあれ、充分な情報を掴んだ三人に、もう行動を躊躇う理由はない。注文していた飲み物を各々飲み干すと、代金を置いて足早にその場を去る。

 

 最後に残った懸念事項はその”鍵”とやらだが、それを何とかするのは”自分”の役目だと、エマは心の中で言い聞かせる。

使わなければいけないだろうその”力”をどう誤魔化すのかはまだ考えていなかったが、今の彼女に躊躇はない。

覚悟を決めた異色の少女は、確かな足取りで二人の後を追って店を出た。

 

 

 

 

 

 その様子を見ていた宿酒場のマスター、ジオラモは、見慣れない服装の若者たちの活気に溢れる行動を見て、何かを懐古するような優しい笑みを浮かべた。

 

「いやぁ、やっぱり若者が元気ある姿を見るのは良いねぇ。君もそう思うだろ?」

 

「ハハ、確かにそうですけど、俺もまだ27っすからねぇ。ああいう奴らに負けないくらい精力的に動きたいモンですよ」

 

「全くだ。という事はアレだな。ちょっと物騒な事を話し合ってたって事も聞かなかった事にするべきだろうなぁ。あの若さに免じて」

 

 三割ほど苦笑を滲ませた笑いを漏らすジオラモを見て、カウンターに座っていた金髪の男性は内心で安堵の息を漏らした。

マスターとは旧知の間柄で互いの事情にも一応精通しているため、懇願のような説得はしたくなかったのだが、そこは流石に宿酒場のマスター。情報を外部に漏らす気はさらさらないらしい。

 

「そうしてやってくれ。あいつらになにかあったら、俺も目覚めが悪い」

 

 男はそう言ってコーヒーカップを傾け、エスプレッソを一口含む。

 

「(しっかし、あいつからはレイがいない状態のあいつらはまだまだヒヨッコだなんて聞いてたが……)」

 

 先程の会話を聞く限り、とてもただの素人には見えない。白熱しすぎて周囲の警戒が薄いという欠点はあったが、互いの長所、為すべき事を理解し、至らないところを補い合う事で作戦成功への可能性を導き出す。

 それは、基本的にチームプレイを旨とする遊撃士(ブレイサー)に必須の技能だ。それを理解し、行動に移していた所を見るに、良い具合で彼らも影響を受けているらしい。

 

「(やれやれ、レグラムから出張ってきて何もせずにお役御免かよ。……ま、それもいいか)」

 

 白いコートを着込んだ男はそのまま立ち上がると、懐の財布からコーヒー一杯分の料金をカウンターに置いた。

 

「ごっそさん。あぁ、また何か困ったことがあったら連絡くれよ? マスター」

 

「分かった。遠路はるばる、ご苦労だったな」

 

「違いない。これからまた列車に長い時間揺られなきゃならんしな」

 

 言葉の上でこそそれは愚痴のようだったが、男の口元には、満足そうな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「ゲホッゲホッ。あー、クソ、汚すぎるっつーの。見てくれ気にするんなら排気口の中もちっとは掃除しろや」

 

 そう悪態をつきながら、レイは排気口の金具を外して室内への侵入に成功した。

その顔や服には煤汚れがついており、すくっと立ち上がると手早くそれらを叩き落としていく。

 レイが這い出てきたのは、領邦軍詰所地下の一室。武器庫前にある部屋であり、当然見張りの兵士はいたものの、今は壁に寄りかかって深い寝息を立てている。

勿論、職務怠慢などではない。その理由はレイの右手に握られた専用ARCUS(アークス)が全てを物語っていた。

 

 【幻呪(げんじゅ)茫幽(ぼうゆう)】。対象の精神に直接作用させる【幻呪】の術式の一種であり、認識阻害を誘発する【虚狂】とは異なり、これは純粋に催眠効果を誘発する効果のある術である。

 とはいえ、対象にそこそこ高いアーツ適性が存在し、なおかつ抵抗(レジスト)する意志が存在した場合には効力が格段に落ちるという欠点も存在するのだが、今回対象にした兵士はこの術を弾くだけの技量は無かったらしく、見事に夢の中に旅立っていた。

 しばらくは起きないだろうが、見張りの交代時間などがやってきて見つかると面倒臭い事になるため、さっさと目的を済ませるために武器庫に繋がる扉の前に立った。

 目的は、マキアスから没収したであろう彼の装備一式を取り戻す事。しかし流石にそこへ繋がる扉の鍵は厳重であり、昔ながらの錠前タイプの鍵ではなく、ダイヤル式の電子ロックだった。

 

「あらら、これじゃピッキングできねぇなぁ」

 

 手元に用意してあった針金をポイっと投げ捨て、ダイヤルに手を添える。

適当に回して開くようなタイプのものではない。それどころか初期配置が狂ったせいで更に開けられなくなるという悪循環を生む恐れもある。

いっその事壊してしまえば良いのだが、後々器物破損の容疑を吹っかけられるのも面倒臭い。迷った末にレイは、深く嘆息した。

 

「(仕方ない……使うか(・・・))」

 

 そう思うが早いか、左目を覆っていた黒の眼帯に親指を掛ける。そして一気に、布を額の方まで押し上げた。

 

 左目の場所にあったのは、右目と同じ薄紫色の瞳ではなく、かといって視力を失って視点が虚ろになっている瞳でもなかった。

 正にそれは、宝石という表現が一番当てはまる翡翠色の物体。眼球と呼ぶにはあまりにも非現実的な輝きを放っているそれは、実際義眼と呼べる代物ですらない。

怪しげな光沢に包まれた眼窩に押し込まれたようなそれの中心には、幾何学的な紋様が小さく刻まれている。

 右目を閉じ、左目のそれだけでダイヤルを凝視する。僅かに顔を顰めたが、その後に小さく呟いた。

 

「”起動(アウェイクン)”」

 

 それと同時に、薄い翡翠色に包まれた世界に、ありとあらゆる”情報”が浮かび上がる。その場所にある”モノ”の数だけ自動的に浮かび上がる膨大な量のそれの中からレイはダイヤルの開錠方法の情報だけを抜き出して見る。

 

「右に2、左に4、右に6からのもう一度左に2、そんで……」

 

 久しぶりに解放した情報で溢れかえる世界の中で、レイは数滴の汗を額から流しながらも開錠方法に従ってダイヤルを回していく。

そして数十秒ほど作業を続けた後に、カチッという音と共に無事に鍵が開き、重厚な作りの扉を開けた後に複数枚の札を懐から取り出して武器庫内にばら撒いた。

 

「探索よろしくー。……あー、頭痛ぇ」

 

 どこか気が抜けたレイの声に反応するように札は形を変えて小型の鼠の形を取り、武器庫の中に散らばっていく。

命じたのは”マキアスの装備の捜索”と”発見した際の合図”。二工程以下の命令を与える際に創り出す、いわゆる”三等級式神”は使用する呪力も少なく、また詠唱も必要ない。

低コストで生み出したそれらだが、命令がシンプルな分、それを違えるような事はない。現にそれらは僅か数十秒で目的のものを見つけ出し、念話でレイへと場所を伝えた。

 適当に放り込んだのか、入り口近くに放置されていたショットガンとARCUS(アークス)は”左目”で覗いた情報によって本物である事を確認してからレイの小脇に抱えられる。

そしてそのまま再び眼帯を被せる余裕もなく、未だ昏睡状態の兵士の前を横切って周囲を警戒しながら部屋の外へと飛び出した。

 

「(えっと、シオンの反応は……こっちか)」

 

 進行方向と反対側から聞こえて来た自分とは別の靴音を聞いて時間がない事を悟ったレイは、過度気味の情報処理によって持続する頭痛に顔を顰め続けながら、薄暗い地下の廊下をただひたすら目的地に向かって足音を殺して走り始める。

 

「(上手くやってるかなぁ、あいつら)」

 

 そんな状況下でも仲間を心配する余地があるという事が、彼の無自覚なお人好しさを如実に表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




えー、レイ君の影響がちょっと強く出てしまって原作ゲームよりも良く喋る&勘が鋭いフィーちゃんと、インテリ属性を生かしたエマさん。ついでに行動に一切迷いがないリィン君。
彼らが本領発揮したせいで出番が一居なくなった苦労人白コート金髪遊撃士さん。
……うん。ドンマイ‼
次に登場するとしたらレグラム編だろうけど、まぁ、強く生きて欲しいと思う。


レイ君の"左目"については次回以降に。

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