英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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ホワイトデー? 何それ美味しいの?
特にこの時期に特別な用事はない。言っていてなんだか悲しくなる十三です。


今回長いです。
主人公の影がちょっと薄くなっている事は触れてあげないで下さい。


向上の果てに

 

 

 今現在、マキアス・レーグニッツの頭の中は軽く渋滞事故を起こしかけていた。

 場所はバリアハートにあるクロイツェン領邦軍詰所の地下牢。薄暗いこの場所に閉じ込められているのは幸か不幸か自分だけであり、迂闊にも捕まってしまった自分の愚かさを嘆いていたのだが、その一人反省会も長くは続かなかった。

いや、続けられなかった、と言うべきだろうか。

 

 

「ささ、どうぞマキアス殿。次の一手をお願いします」

 

「あ、あぁ、申し訳ない。少しボーッとしてました」

 

 マキアスは思う。

 なぜ自分は今、牢屋の床で胡坐をかいて見慣れない長身の女性とチェス盤を囲んでいるのだろうかと。

 

「(待て待て、待つんだ僕‼ 冷静になって考えろ。何なんだこの状況は‼)」

 

 心の中で叫びながら、しかし右手は騎士(ナイト)の駒を持って盤上を滑らせている。

チェスの作戦を立てている余裕など本来残っていないはずなのだが、そこは長年培った経験がフォローし、半ば直感のみでゲームを進めている。普段なら絶対にやらないようなプレイスタイルではあるが、事ここに至っては仕方がないだろう。そうして打っていても一切負ける気配を見せない辺り、彼の才能も本物ではあるのだろうが。

 

 そもそも、始まりは何だっただろうか。

 そう考えたところで良く分からない。気分的に最底辺まで落ち込んでいた時に、突然何の脈絡もなくこの目の前の女性が虚空から出現したと思ったら、マキアスが驚愕の声を上げる前に深々と優雅な礼をしてみせたのだ。

 

『お初にお目にかかります、マキアス・レーグニッツ殿。私はレイ・クレイドルが抱える唯一の一等級式神、シオンと申します。仰りたいことは色々と有りますでしょうが、まずは心を落ち着ける意味合いでも、一局お付き合いいただけませんか?』

 

 そんな、こちらに一切言葉を挟む余地も与えないような怒涛の速さでそう言い切った後、指を一回鳴らしただけでどこからともなく新品同然のチェス盤と駒一式を出現させて駒を並べ始め、その流れに乗せられている内に今に至る、という訳である。

 面を食らったのは確かなのだが、何分驚くタイミングを完全に逃したために、一周回って今では若干冷静になりつつある。

そしてどうやら、自分から勝負を持ちかけたものの、それほどチェスに精通していない人間(?)特有の駒の運びをしている目の前の女性に対して、漸く疑問を口にする事ができた。

 

「えっと、シオンさん?」

 

「おや、さん付けで呼んでいただかなくとも結構ですよ? 我が主の御学友、それも同じ寮舎で寝食を共にする方々ともなれば私としても最大限の礼を尽くすお相手です。従者程度の存在と思っていただいても構いませぬ」

 

「え? いや、それはちょっと……やはりこのままで話させてもらいます」

 

「ふふ、実直な方ですな。さて、聞きたい事がお有りでしたらできる限りお答えいたしますよ」

 

 シオンの操る僧侶(ビショップ)がマキアスの兵士(ルーク)を撃破する。それを手元に手繰り寄せようとして気付いたかのようにその手を止め、盤外の脇に追いやった。

 

「では遠慮なく。式、というのはレイから既に聞いていましたが……”一等級”というのは?」

 

「主の使役する式の性能度の区分のようなものですな。主に一等級から三等級まで存在いたしますが、区分の基準は主に与えられる命令工程の多さで分けております」

 

「それが多い程、上級の式になる、と?」

 

「左様です。二工程以下の命令を受諾し、実行できるのが”三等級”。三工程以上の命令を受諾し、実行できるのが”二等級”。そして複雑な工程を実行でき、かつ個体として確たる意志を持って臨機応変に対応できるのが”一等級”です。二等級までの式は詠唱の有無はありますが術者自らが創り出す事ができますが、一等級は元々知性生命体として存在していたものを契約の下に式として従属させている例が殆どであると聞き及んでおります。そして先程もお話しした通り、私は主が従えている”唯一の”一等級式神なのですよ」

 

 何やら得意げな表情を浮かべるシオンを見て、マキアスも釣られて笑ってしまう。もっと細かく言えば、その高揚しているであろう感情と連動して動いている金色の尾と頭上の耳が面白かったからなのだが。

 

「信頼されているんですね」

 

「主とはもう10年程の付き合いになりますからなぁ。主には今まで同年代の御友人というものにあまり縁がなかったので、皆様には私も感謝しているのです」

 

「? そうなんですか?」

 

「えぇ、まぁ。職場の異色度が高かったと申しますか……まぁそれはいずれ主の方からお話しいただけるかと」

 

 異色度の高い職場、という言葉に興味が惹かれたが、追及はしない事にした。そもそもそれは、こんな場所で自分一人だけが聞いて良い事ではないのだろう。

そう納得したマキアスは、駒を指で掴みながら、もう一つの質問を投げかけた。

 

「ではもう一つ。何故僕の所に?」

 

「主からの命です。マキアス殿の身辺を危ぶんだ主が私を呼び出しまして、領邦軍の連中が直接的に害する手段に出た場合は穏便に(・・・)事を済ませるように、と」

 

 薄く笑うその姿はその容貌と相俟って妖艶にも見えるのだが、今に限ってはその笑みが空恐ろしく感じてしまう。

運よく尋問などの非人道的な事はされなかったものの、もしされそうになっていた場合はどのような”処置”が取られていたのか。考えただけで身震いがする。

 

「そ、そうですか。……しかし結局、また助けられてしまったんですね」

 

「おや、不満ですかな?」

 

「いえ、むしろありがたい事だと思っています。……同時に悔しくもあるんです。彼のお陰で漸く自分の凝り固まった価値観を見直す事ができたのに、また気を遣わせてしまったみたいで」

 

「……なるほど」

 

 誠実な若者だと、シオンは素直にそう思った。

普通ならばこれくらいの歳の若者は他人の行為に対してどこまでも甘えて、そしてどこまでも堕落できる。甘える事自体は決して悪い事ではないのだが、それを当たり前と思ってしまえばそれまでだ。己の力で障害を越える事を忘れ、人間として役立たずになってしまう。

 向上心が高いというのは、前に進む意思を持つための条件だ。それを持っているからこそ、進んで彼らに関わろうと思ったのだろう。

 尤も、生来の不器用さが仇になって世話を焼く人間の側に伝わっていない事が多いのが難点なのだが。

 

「まぁ、主の名代として言わせていただきますと、あまり気にせずとも宜しいかと。元より主の世話焼き具合は今に始まった事でもございませぬし、ただ飴を貰い続けているというわけでもありますまい。そこはフィー殿を見ていただければ分かるかと」

 

「え? いや、彼女を見ても何も分からないんですが……レイに絶大な信頼を寄せているということ以外」

 

「あ、あぁ……まぁ、そうでしょうなぁ。あれでも数年前まではあそこまで見境がなかったわけでもないのですが……申し訳ありません。前言は忘れていただけると助かります」

 

 その時に浮かべていた表情で存外この人(?)も苦労人なのかもしれないと思ったマキアスは、心の中でそっと合掌した。

それと同時に、既に射程圏内に収めていたシオンの(キング)を、手元の女王(クイーン)を使って仕留める。

シオンはマキアスのその無謬な一手に一つ頷くと、徐に音もなく立ち上がった。

 

「先達から与えられる気遣いは素直に呑み込み、そして糧とするのが一番宜しい事です。もしマキアス殿や他の方々が主の世話焼きを申し訳ないと仰られるのでしたら、主を見返せるくらいに成長すれば宜しいのです。もう手助けは必要ないのだと、真正面からそう言えるようになれば、主は貴方方に憂いなく背をお預けになられるでしょう」

 

「成長……」

 

「無論、それは一朝一夕で成せる事でもありませぬ。主とて、今の”強さ”を手に入れるのに長い年月と文字通り血反吐を吐くような修練を積んで来られました。ですが、”強さ”とは決して”武力”ではなく、単純なものではないが故に修めるのは容易ではございません。己の強みを見出し、それを引き上げる。それこそが、貴方方の前に在る道なのではないですか?」

 

 行動に迷いがないフィーは、恐らくそれが分かっているのだろう。自分なりに試行錯誤と失敗を繰り返しながら前に進もうとしているリィンもまた、何かを掴みかけている。

 対して自分には、何もなかった。今の今まで負けてなるものかという虚栄心のみで学院の中では研鑽を積んできた。その先に何があるのかと問われれば、自己満足しか存在しない。

改めて鑑みれば、何とも意味のない理由で学院生活を送っていたものだと思う。学力的には損をしていないが、充実度という観点から見れば、この2ヶ月間は無意味であったと言わざるを得ない。

 

 ―――自分は一体何を望んでいて。

 

 ―――自分は一体どんな”力”を得られるのか?

 

 

 それは、成人にも満たない若者が考えるには難しい問いだ。

目を伏せ、顎に手を当てて熟考を始めたマキアスを見て、しかしシオンはそれを言った事を後悔していなかった。

 

『―――どうにもキナ臭い匂いが漂ってきてやがる』

 

 以前レイから言われたその言葉は、シオンの心にも引っかかっていた。

元より主の考えを疑わないのが式神の役目ではあるものの、その贔屓目を差し引いてでも、今この国に薄く漂い始めている奇々怪々とした雰囲気を感じ取ってはいた。

それはまだ怪異と呼ぶには小さすぎるものではあるが、どこかで渦巻く怨嗟や欲望が土地の霊脈に影響を与えるという事は間々ある事ではある。

 だからこそ、懸念はしているのだ。

 

 いざ”何か”が起こった時、己の力で立ち上がる足が無くてはならない。何かを掴む手が無くてはならない。

 そういう意味では特科クラスⅦ組(彼ら)は確かに特異だ。異質を受け入れる器を誰もが有し、十名全員が意識レベルで一つに繋がれる可能性を秘めた、言ってしまえば運命共同体のような存在だ。

未だその関係を繋ぐ糸は細く、そして弱い物であり、何らかの拍子に途切れてしまうかもしれない。だが、いずれはそれも決して断ち切る事のできない鋼で紡がれた糸と成り得るだろう。何故か、そう思えてしまう。

 

 ならば、今の内に悩めるだけ悩んでおいた方がいい。ただ自分の事だけに悩める時間は、人生の中でも貴重なのだから。

 無論それは、自分の主にも言える事なのだが(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「(ふふふ、私も年を食ったものですなぁ)」

 

 まさか自分が悩める若人に助言を差し伸べる日が来るなどとは思ってもみなかった事に内心で苦笑しながらも、意外と悪くないと思う。

 それでも彼女が最優先に想うのは主であるレイ。それは不変の事実であり、実際彼がもし彼らを足手纏いだとして切り捨てるのならば彼女も粛々とそれに従っていただろう。

 それが可能性として有り得ないという事もまた、分かっているのだが。

 

「うーん……」

 

「ふふ、悩むのはとても良い事ではありますが……そろそろお時間が来たようですな」

 

「え?」

 

 マキアスが気の抜けた声を出すと共に、地下内に衝撃と小さな爆発音が響き渡った。

上階に居る兵士には気付かれないレベルではあるが、明らかにその音は普通ではない。

 

「な、何だ⁉」

 

「恐らくフィー殿でしょう。携帯用の爆弾で鉄扉を強引にこじ開けたのでしょうな」

 

「え? 爆薬⁉ ちょ、ちょっと待ってください。理解が追い付かない……」

 

「おやおや、まだ精神が若干乱れておりますね。―――おぉ、そうです。東方由来の精神統一法があるのですが、宜しければ試してみませんか?」」

 

 そう言ってシオンは、とても楽しそうな表情でウインクを一つ決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

「≪猟兵団(イエーガー)≫。私はそこにいた時に戦い方の全部を教わった。双銃剣(ガンソード)の扱い方も、爆薬の使用方法も」

 

 淡々と、それこそ詩の朗読をするかのような声色で、フィーは自らの前歴を明かす。

 きっかけは領邦軍詰所内に突入するために邪魔な鉄扉を彼女が手持ちの高性能爆薬で鮮やかな爆破技術を見せてこじ開けた時だった。

リィンから見ればレイという身体能力、戦闘能力が常人のそれを遥かに上回る例外を見慣れてしまっているために彼女に対しての違和感はここに至るまでそれ程特別に感じる事はなかったのだが、流石に爆薬という、女子が携える物としては異色すぎるそれの威力を目の当たりにして、聞かざるを得なかったのだ。

 君は何者なんだ、と。

無論、それは彼女を排斥する意味合いで言った事ではない。

というよりも、様々な不確定要素がこの2ヶ月で起こりすぎたために彼らの中での物の見方が徐々に狂い始めて来ているため、今更出自云々でそうそう驚く事もないだろうとは思っていた。

しかしフィーが「まぁ、別にいっか」という軽い言葉と共に明かした前歴は、そんな彼らを数秒黙らせるインパクトがあったのだ。

 

 

 ≪猟兵団≫―――それはゼムリア大陸内に存在する数多の傭兵の中でも特に優れた存在である≪猟兵≫が集って構成される組織の称号である。

その活動内容は多岐に渡り、依頼人が提示したミラの金額次第で如何なる仕事であろうとも請け負う。

 しかし大陸中で彼らの存在が恐れられているのは、その”如何なる仕事”の内訳にある。金額に見合う仕事であれば、要人の暗殺や爆破工作などは勿論、非武装の民間人の虐殺などといった非人道的な所業であろうとも淡々とこなすため、民間人保護を掲げる遊撃士協会や、人道的な統治を理想とする七耀教会とはしばしば対立するという構図が出来上がっている。

 

「信じられん……≪死神≫と同じ意味だぞ」

 

 驚愕の声色でそう言ったのは実家を抜け出し、地下水路で無事にリィンたちと合流したユーシスだった。

思わず口から零れてしまった呟きのようなものだったが、フィーはそれに一つ頷いた。

 

「そう。≪戦争屋≫に≪死神≫。それらの業を背負って生きていくのが猟兵の定め。……私は団長にそう教わった」

 

「…………」

 

「私自身、民間人の虐殺なんてやった事はなかったけど、ヒトが理不尽に死んでいく光景はいくらでも見て来た。団の皆には良くしてもらってたけど……それでも5年前にレイと会ってなかったら、私の心は多分そのままゆっくり壊れていたと思う。学院に来る事も、多分なかっただろうし」

 

 ポツリ、ポツリと、段々言葉を選ぶように言葉尻が小さくなっていくフィーを見て、一同が居た堪れない気持ちになっていく。

その中でも自分の発言がきっかけとなってしまったユーシスは流石に罪悪感を覚えたのか、言葉を返した。

 

「いや……そうだな。出自に囚われる愚は犯すまい」

 

「そ、そうですよ。どんな過去があったとしても、フィーちゃんはフィーちゃんです。だから、そんな落ち込まないで下さい。ね?」

 

 そう言いながらエマが近寄ると、フィーは再び小さく頷いてから、エマの体に身を預ける。

まるで甘えているようなその光景にリィンの口元が少し緩んだが、仲間とはいえ年下の少女に辛そうな思いをさせてしまったけじめは取らなくてはならなかった。

 

「フィー、教えてくれてありがとう。……それとゴメン。なんだか、無理矢理聞き出すような真似をしてしまって」

 

「ん、別に気にしてない。それと、早く行った方がいいかも」

 

 フィーが指さす先にあるのは、詰所地下の地下牢へと通じる一本道。

それを見た四人は、顔を見合わせて頷き、各々の武装を構えて突入する。

そして道の中程まで辿り着いた時、リィンと並んで先行していたフィーが突然止まり、右手を地面と水平に伸ばして三人を制した。

 

「どうしたんだ? フィー」

 

「敵か?」

 

 眉を顰めながらそう問うユーシスに対して、フィーは無言のまま首を横に振った。

 

「大丈夫。近づいてくる気配はするけれど、懐かしい感じがしたから」

 

「? 懐かしい、ですか?」

 

 疑問が残ったまま先に進むと、鉄格子がズラリと並ぶエリアに出た。

その中の一つ。唯一灯りが灯されていたそこに、マキアスはいた。

 

「マキアス‼ 大丈夫……か?……」

 

 駆け寄ったリィンの声の最後の部分が弱弱しい疑問形になったのには理由がある。

と言うのも、生真面目なマキアスの事である。きっと不当拘束に対して不満を募らせているだろうし、牢に入れられるなどという屈辱的な事をされてしまった事で心細さもあっただろう。だからすぐに安心させてやろうと覗き込んだそこにあったのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうされたのですマキアス殿‼ また心が乱れておりますよ」

 

「痛っ‼ ちょ、シオンさん、これ修行って言うか拷問の類じゃ……痛っ‼」

 

「無駄口は叩かない事が最低条件です。ホラ、座禅も乱れてきておりますよ」

 

「いや、この座り方正直足への負担が半端じゃない―――痛っ‼ 今肩じゃなくて首の根元叩きませんでした⁉」

 

「おや、そうでしたか。何分叩く方に回るのは初めての事でして……でもまぁ、何とかなるでしょう」

 

「その”何とかなるさ”理論は確かにレイが言いそうですねぇ‼」

 

 

 地面に直接座って目を伏せながら微動だにしない(口元は除く)マキアスと、長い木の棒を手に持って彼の肩をバシバシと叩く東洋風の服を着た金髪美女という、一言で言ってカオスな空間だった。

 三人が凍り付いたように動きを止める中、フィーは鉄格子の前まで歩いていき、コンコンと軽く叩いた。

 

「シオン、私だよ。助けに来たからマキアスを解放してあげて」

 

「ん? おや、フィー殿。お久しゅうございます。私の見立てでは後数十分はかかるものかと思いましたが……いやはや、主の仰る通り、ご立派になられました」

 

「……私だけの力じゃないよ。それより早く。感づかれちゃうから」

 

「それもそうですな。では少々お下がりくださいませ」

 

 手に持っていた木の棒を手品のように一瞬で手元から消すと、シオンは鉄格子の鍵の部分に手を当てた。

瞬間、彼女の手から金色の炎が発せられ、触れていた金属の部分を一瞬で溶解させて、まるで柔らかい粘土のように握りつぶした。

鍵の部分をあっけなく失った鉄格子の扉は構造に従ってキィ、という音を立てて開き、すんなりと解放が成功する。

 

「マキアス殿、お先にどうぞ」

 

「あ、はい。イテテ……」

 

 足をさすりながら立ち上がって牢から出るマキアス。すると、エマがさりげなく距離を取った。

 

「え?」

 

 その行動にマキアスの動きが止まる。すると、あろう事かユーシスが自ら近づいてきて、彼の肩に手を置いた。

 

「マキアス・レーグニッツ」

 

「な、何だ?」

 

「すまなかった。……我が父が起こした愚行とは言え、まさか貴様をそこまで追い詰めてしまうとは……ッ‼」

 

「待ちたまえ‼ 話は見えないが君たちは盛大に誤解をしている‼」

 

「え? マキアス今シオンに叩かれて喜んでたんじゃないの?」

 

「フィー‼ 君はさも”え? 違うの?”みたいな声色で言うな‼ ホラ、エマ君がまた一歩下がったじゃないか‼」

 

「クソッ‼ 父め、このような非道が許されるはずがない‼ レーグニッツ、尋問を強要した兵士の特徴を教えろ‼」

 

「さては分かってて言っているな君達‼ り、リィン‼ そろそろ助け舟を出してくれ‼ 東方の作法に詳しい君なら分かっているはずだろう⁉」

 

「あ、す、スマン。本当に”そんな事”をしていたんだと思って―――いや、何でもない。何でもないから殺意の籠った目で睨み付けるのは止めてくれ。説明するから」

 

 

 ―――閑話休題(かくかくしかじか)

 

 

「……つまりはその、東方に伝わる精神修行のひとつである”座禅”とやらをしていたという事か」

 

「あぁ。俺もユン老師に修行の一環としてやらされていた事がある。確かに、まぁ、傍から見れば拷問のように見えなくもないんだ、これが」

 

「膝の上に重い石でも乗っけたら完全にそうだよね」

 

 漸く誤解が解けたマキアスは膝に手を置いて荒い息を吐いていた。自らが異常性癖に目覚めてしまったのだと誤解され、社会的に抹殺されかねない立場に立っていたのだから無理もない事ではあるが。

 

「それでその……そちらの方がレイさんの式神のシオンさん、なんですね?」

 

「はい。お初にお目にかかります、リィン殿、ユーシス殿、エマ殿。シオンと申します。以後良しなに」

 

 礼儀正しく一礼するシオンに倣って、エマも深々と頭を下げる。

リィンはと言えば、危うく戦闘不能になりかけたマキアスに手を差し伸べていた。

 

「だ、大丈夫か? マキアス」

 

「あ、あぁ。何とかね。……危うく少し心を閉ざしてしまいそうにはなったが」

 

「それについては……ゴメン。俺も少し悪ノリが過ぎた」

 

「フン。……だがまぁ、尋問の類はされていなかっただけまだマシだったな」

 

 会話に割り込んでくるユーシスに、しかしマキアスは以前のように喧嘩腰ではなく、ごく自然に話しかけた。

 

「あぁ。それについては幸運だった。そういう君も、よく監視の目を逃れて公爵邸から脱出できたものだな」

 

「俺とて今回の父上のやり方には納得がいっていなかった。一矢報いようとする気概くらいはある」

 

 それが結果的に貴様を助ける事に繋がったのだと、あくまでそう言うユーシスを見て、リィンは苦笑した。

 

 

「ふふ、一先ずこれで合流はできましたな。では役目も終えた事ですし、私はこれにて失礼いたします」

 

「あ……行ってしまうんですか?」

 

 戦力としては恐らく充分すぎるほどの実力を持つであろうシオンの離脱に、エマが名残惜しいような声を掛ける。

しかしシオンは、それに魅力的な微笑で返した。

 

「ここから先は貴方方の進むべき道です。老獪な狐の助けなど無用でしょう」

 

「そんな事はないですが……でもシオンさん、マキアスを守っててくれて、ありがとうございました」

 

「礼を言われるほどでもありませぬ。では皆様方、次は後日、寮にてお会い致しましょう」

 

 そう言い残すと、シオンの体が金色の光に包まれ、その眩しさに全員が思わず目を瞑った直後には、もうそこには誰も立っていなかった。

最後まで不思議な形でいなくなった事に、リィンたちは失笑した。

 

「はは。何だか、面白そうな人だったな」

 

「他人を振り回す術に長けていそうという意味では、確かに奴の影響を強く受けていそうではあるがな」

 

 的確に言い当てたユーシスの言葉に「あぁ……」と一同が納得したように深く頷いた。

 しかしそんな平和的な空気も、長くは続かなかった。

 

 

『―――おい、何か話し声が聞こえないか?』

 

『まさか。地下牢には一人しか入れてないだろうが』

 

 巡回を担当していたのだと思われる二人の兵士の声が聞こえて来て、全員の体が強張った。

思えば敵の本拠地内で随分と大きな声を出していたな、と今更ながらに後悔していると、兵士が曲がり角を曲がって四人を視界の中に捕らえた。

 

「なっ―――⁉」

 

「お、お前たち、どうやっ―――」

 

 

 

「「遅い‼」」

 

 

 

 兵士二人が大声を挙げる前に動いたのは、フィーとリィンの二人。

フィーは兵士の背後に回り込んで銃剣の銃把(じゅうは)で側頭部に衝撃を与えて気絶させ、リィンは太刀の柄尻の部分でもう一人の鳩尾に強い一撃を与えて同じく気絶させた。

その鮮やかな手際に、取り残された三人が呆然としてしまう。

 

「……え? い、今何が起こったんだ?」

 

「り、猟兵上がりのフィーが対人戦に慣れているのは今更驚かんが……」

 

「リィンさんも容赦なかったですよね……」

 

 各々が戦々恐々としていると、ひと仕事を終えた二人が武装を解除しないまま戻ってきて、そのまま来た道を戻り始めた。

 

「行こう、皆。多分まだ追手が来る」

 

「今なら引き離せる。地上に出れれば少しは動きやすくなるだろうから」

 

 その声にハッとなり、二人の背を追いかけて走り始める。

前衛二人が先行し、その次にエマ。武装を持たないマキアスと並走してユーシスが続く。

そうして走っている時に、エマがリィンに問いかけた。

 

「でもリィンさん、どうしてあんなに慣れていたんですか? フィーちゃんはともかくとして……」

 

「あぁ、レイに習ったんだよ。対人戦は可能ならば先手必勝。気絶させるのが狙いなら、一撃で沈めろって」

 

 さらっとそう言い放つ姿に僅かに畏怖感を覚えたが、考えてみれば自分たちが通っているのは士官学校であり、対人戦を学ぶというのは別に異常な事ではない。

 

「……そういえば、早朝訓練がどうとか言っていたな」

 

「あぁ。ラウラも一緒にな。……未だにレイやサラ教官には全く勝てる気が起きてこないけど」

 

「それなら大丈夫。私でもレイに一撃入れられるかは運の勝負になってくるし」

 

 手の中で器用に銃剣を回転させながらのフィーの言葉に、リィンが改まった事を聞く。

 

「フィーはレイの”全力”を見た事があるのか?」

 

「……どうだろ。でも”本気”は見た事ある。その時は……うん、サラよりも強かった」

 

「そ、そうなのか……」

 

「それに対して特に驚かない辺り俺たちの常識も緩やかにあいつに浸食されているのかもしれんな……」

 

 そこまで言って、ふとユーシスが思いついたかのように言った。

 

「そう言えばそのレイはどうした? こういう時は先陣を切らずとも着いてこない事はないと思ったが」

 

「あ、あぁ。色々あってね。実は―――」

 

「‼ ―――皆、ちょっとマズいかも」

 

 事のあらましを説明しようとした時、高い気配察知応力で何かを捕らえたフィーが一同に警戒を促す。

すると、後方から疾走するような足音が聞こえて来た。それも二本足で走る人間のものではなく、本能のままに四本足で疾駆する獣のそれ。

 

「「「「ヴォオオオオオオオッ!!」」」」

 

「っ‼ 数は四か‼」

 

「速いし、統率も取れてる。多分軍用獣だね」

 

「ど、どうしましょう」

 

「クッ‼ 追いつかれるぞ‼」

 

 ユーシスの言葉通り、五人が先程通った広い空間に出た時に、それらは高い跳躍力でリィンたちの頭上を大きく跳び越えて逃げ道を塞いだ。

それと同時に慣れた動きで残りも五人を囲むように円形状に展開する。

 

「随分と、統率がとれているな。これが軍用獣か」

 

「戦闘力が高くて、命令にも忠実なイヌ科の軍用魔獣は汎用性が高い。実際、猟兵団でも良く使われてるし」

 

「元は魔獣……なんですね」

 

 大柄な体躯に獣用の鉄装甲(アーマー)を装着させた三体の軍用獣。名をカザックドーベンというそれは、繁殖能力、戦闘能力という面から見ても優秀な個体であり、実際戦闘要員として利用している組織は少なくない。指定された標的に対して唸りをあげて威嚇をするという行動を見ても、優秀である事が分かる。

 そこそこ良く鍛えられている動きを見てフィーが視線を鋭くした直後、唸りをあげ、口元から涎を滴らせた四体の内の一体が飛びかかって来た。

 

「っ‼ 避けろっ‼ でも離れるなよ‼」

 

 速度と体重が乗った鋭い爪の攻撃をまともに食らえば一撃で戦闘不能になる事は自明の理。

リィンの声に反応した面々は間一髪でそれを回避する事に成功したが、今自分たちが置かれている状況の悪さに歯噛みする。

 完全に囲まれた状況から戦闘が始まった事は元より、武装がないマキアスを庇いながら戦わなくてはならない。加えてエマは接近戦闘が不得手であり、彼女がアーツを駆動させている際は常時一人以上は護衛についていなければならず、戦力の分断は必至だった。

しかし、冷静に今の自分たちの実力を推し量った時に戦力を分断して尚勝機を見出せるかと問われれば、答えはNOと言わざるを得ない。

 どうすればいいのかと僅かな時間で戦法を模索するリィンの前に、スッとフィーが音もなく立った。

 

「フィー?」

 

「……とりあえず数を減らす。皆、私が動いた瞬間に伏せて」

 

「え?―――」

 

 言うが早いか、フィーは腰に括り付けていたポーチから”それ”を取り出すと、銃剣の銃身に押し当てて衝撃を与え、頭上に放り投げた。

 

「(あ、あれは確か―――)」

 

 ”それ”を前に見たのは一番最初の実技テストの時。地上で戦うレイを援護するために使われた武器。

攻撃力はないが、生物にとって重要な一器官である視力を奪う武器―――閃光弾(フラッシュグレネード)

 

「‼ ―――皆、目を閉じて伏せろっ‼」

 

 最大限に張り上げたリィンの声にフィーを除いた全員が従った。

直後、膨大な光が空間の中に広がる。その中でただ一人目を瞑って立っていたフィーが、ゆっくりと瞳を開けると、全力で地下水路の地面を蹴った。

 

「―――行くよ」

 

 コンマ数秒後に最高速度に到達し、その体が僅かに揺れた。

方々に散らばった四体全てを仕留めるのは無理だと素早く判断を下し、前方で比較的近づいていた二体を標的にして駆け抜ける。

レイの【瞬刻】にも劣らないような極限のスピードの中で、両手に構えた双銃剣の刃を煌めかせる。

視覚を一時的に潰されたカザックドーベンの体を無慈悲に切り裂くその姿はまさに鎌鼬の所業であり、二体が苦悶の鳴き声を挙げる前にその間に降り立ったフィーは、それぞれの体の中心点に弾が通るような角度で銃口を構え、揃えた両足を起点として独楽のように回転を始めた。

 

「『シルフィード―――ダンス』‼」

 

 回転しながら引き金を引き続けると、装填されていた弾丸が轟音と共に容赦なくカザックドーベンの体に叩き込まれる。

そうして最後まで打ち尽くした後に回転を緩めて止まり、ショートヘアーの銀色の髪がふわりと揺れた後、両壁には銃撃の衝撃で叩きつけられ、微動だにしなくなった二体の姿が残されていた。

 

「(これが―――フィーの強さか)」

 

 僅かに目を開いて動きの一部始終を見ていたリィンは、その洗練された動きに驚きを隠せなかった。

その練度、身体能力、どれをとっても今の自分達を上回っている。それは恐らく、猟兵として数多の戦場を駆け抜けた彼女だからこそ身についたものなのだろうが、生憎とその差を嘆くほどの余裕はまだない。

 戦闘はまだ終わっていない。残りは二体となったが、それでも自分たちがハンデを抱えているという事に変わりはなく、それを再度理解したリィンは次の瞬間には動いていた。

自分の出せる最大の瞬発力を以て一体との距離を詰める。既に振りぬける位置に構えていた太刀の一閃を、迷う事無く叩き込む。

 

「弐の型―――『疾風』っ‼」

 

 駆け抜けざまに繰り出した一撃はカザックドーベンを怯ませるには充分すぎる一撃であり、それに続いたのは、魔導杖を自らの眼前に構えたエマだった。

 

「白き刃よ―――『イセリアルエッジ』‼」

 

 空間に現出した、魔力で編まれた四本の白刃。エマが杖を振り下ろすと共にそれらは怯んだその胴体に追撃を与えた。そして―――

 

「『スカッドリッパー』」

 

 一直線に突き抜けたフィーの最後の一撃が喉元に直撃し、それがとどめとなって沈んだ。

 三人の足元には、完全な状態で繋がれた戦術リンクの光。ほぼ完璧な状態の連携を生み出したそれのお陰で、戦況を覆す事に成功する。

 

「残り一体か‼」

 

 視線を最後の個体の方に向けると、直線的ではなく、曲線的な動きをしながら走り回っていた。

相手をしていたのはユーシスだったが、知能と身体能力の高さを余す事無く使ったその動きに翻弄されていた。

 

「チッ‼ ―――『エアリアル』‼」

 

 その動きを捕らえようと放ったアーツ攻撃はカザックドーベンの鬣を僅かに掠るだけに終わる。

そしてその攻撃で更に戦闘意欲が煽られたのか、一度止まると、咆哮を挙げてから大きく跳躍した。

凶爪が狙うのは―――唯一無防備だったマキアスだった。

 

「う、うわああっ‼」

 

「レーグニッツ‼」

 

 何とか動こうとするが、如何せん距離がある。その距離を、空中を移動するカザックドーベンよりも速く移動する事は不可能だった。

 目を細めたフィーは、攻撃を受け止めるのではなく、マキアスを突き飛ばす事だけを念頭に入れて動こうと足に力を入れたが、直後に感じ慣れた気配を感じ、行動を中断した。

 闖入者が割り込んできたのは、そのすぐ後。

 

 

 

「よっ、と」

 

 

 

 フィーのそれよりも気の抜けた声と共にカザックドーベンの横腹に叩き込まれたのは、何の変哲もないただの蹴り。

しかし全く警戒していなかった状態でのその一撃は着地点をずらすには充分な威力であった。

 

「グルルルルル……‼」

 

 それでも魔獣の身体能力は無様に転げ落ちる事を許さず、最低限着地には成功した。

その様子を見て、同じく着地に成功した青年、レイは称賛するような口笛を吹いた。

 

「おー、そこそこ個体値が高いせいか中々やるな、お前。猟兵団のモン程じゃないが、よく育ってやがる」

 

 右手に鞘入りの長刀、左手に奪ってきたものを抱えていたレイは、普段なら眼帯に隠されているはずの左目を怪しく輝かせながら不敵に言う。

その翡翠色の瞳は今、目の前の軍用魔獣の能力値(スペック)を余す所なく解析し尽くし、丸裸にしていた。

 

「レイ‼」

 

「よー、リィン。しばらく別行動してて悪かったな。代わりと言っちゃなんだが……ほれマキアス、土産物だ」

 

「え? こ、これは僕の……」

 

 右腕の中に抱えていたマキアスのショットガンとARCUS(アークス)を本人に手渡してから、右手をブレザーの内ポケットに突っ込むと、そこから新しい眼帯を取り出して再び左目を覆うように装着した。

 

「ふー。やっとスッキリした。ブランクのある事はするモンじゃねーな」

 

 そう独り言を呟くと、流れるような動きでARCUS(アークス)を取り出し、駆動を始める。

 

「【古の術鎖よ、忌者を封じよ】―――【怨呪・縛】」

 

 オリエンテーリングの際にイグルートガルムを縛り上げたそれが再び現界し、相手に動く余裕すら与えずに白黒(モノクロ)の鎖は過たず対象を捕縛した。

 しかし縛り上げられた後も鎖を食い千切らんばかりの勢いで暴れるカザックドーベンを見ながら、それでも余裕の表情でレイは視線を五人に向けた。

 

「いやー、参った参った。武器庫でマキアスの装備パクって合流しようとしたんだけどよ、この詰所無駄に広いわメッチャ通路入り組んでるわで迷いかけたわ。”左目”のせいで頭痛てーし、何かもう、色々と最悪だチクショー」

 

「相変わらず綺麗な目だよね。見てると魂吸われそう」

 

「生憎と”ヒトには不干渉”なんでな。―――だがまぁ、良くやったよフィー。良くリィンたちを守ってくれた」

 

 近づいて来たフィーの頭を軽く撫でると、やはり俯いてしまった。

しかしそこは流石元猟兵少女。呆けていたのは一瞬で、すぐに警戒態勢に移行した。その中で、太刀を右手に握ったままのリィンが、捕縛されたカザックドーベンから目を離さないように移動しながら、レイの近くまで近づいてきた。

 

「まぁ色々と聞きたいことはあるんだが……今はアイツをどうにかするのが先決だな」

 

「お、いいね、分かって来たなお前も。戦意喪失してない相手の前で長々と語り合うなんて馬鹿のする事だからな。―――と言いつつ、俺は手出しはしないつもりだが」

 

「?」

 

「折角マキアスにも武器が戻ったんだ。”リベンジ”、させてやろうじゃないか」

 

 薄く笑みを浮かべたままレイが二人の方を見ると、引き締めた表情のまま両者共に頷いた。

マキアスは既に銃の調整とハンドグリップを動かしての銃弾の装填を終え、ユーシスも臨戦態勢を解いていない。

 マキアスが実戦経験に乏しいのは今更だとしても、ユーシスとて得手であるわけではない。彼が兄ルーファスから学んだ宮廷剣術の真価はあくまで対人戦であり、魔物相手に真価を発揮させるには経験が必要となる。

つまり実力的には少々不安が残るのだが、戦術リンクが正常に繋がれば多少の実力不足は補える。加えて相手にするのは鎖相手に暴れに暴れて少なからず疲労が溜まっている魔物。勝機は充分にあると踏んでいた。

 

「意気込みは充分みたいだし、ま、何とかなるだろう。あの術もあんまり耐久があるわけでもないしそろそろ食い千切るぞ、アイツ。そんじゃ―――行って来い」

 

「あ、あぁ」

 

「行くぞ。遅れるなよ、レーグニッツ」

 

「こ、こちらの台詞だ」

 

 そんなやり取りをして前に出た直後、ついにその獰猛な大口が自身を拘束していた鎖を食い千切り、憤怒の感情を惜しみなく二人にぶつける。

しかし飛びかかってくるよりも早く、マキアスがショットガンを構え、照準をつけて一発目の銃弾を放った。

 

「グオッ⁉」

 

 回避しようと動いたカザックドーベンだったが、点ではなく面を狙う構造となっている散弾(バックショット)の中に仕込まれた幾つもの小型弾に被弾する。

食らったのは足。グラリと体制を崩したその時には、左側から大きく迂回したユーシスが懐近くに潜り込んでいた。

 

「食らえ―――『クイックスラスト』‼」

 

 刺突の形に構えた騎士剣から繰り出される無数の刺突。数秒ほどその連撃が続いたのち、横薙ぎの一撃を叩き込んだ。

 

「グルゥ―――グアアアアアアッ‼」

 

 しかし、まだ沈みはしない。手負いとなって本能を剥き出しにした咆哮を放つ。

だがユーシスはそれに怯まず、寧ろ微笑を浮かべて―――その場で体勢を低くした。

 

「『ブレイクショット』‼」

 

 その頭上を通ったのは、制圧力のある散弾ではなく、一撃の威力のみを追求した大口径一粒弾(スラッグショット)。それはカザックドーベンの体に被弾すると同時に爆音を撒き散らし、その威力に負けて壁際まで追い詰められた。

 意識レベルで繋がっていたからこそできた芸当。ここに二人は、遂に戦術リンクを完成させたのだ。

 

「ハッ‼」

 

 とどめを刺したのはユーシスの一撃。首元を捕らえたその攻撃は、動きを完全に封じる事に成功した。

ズズン……という重々しい音を立てて決着が着く。その数秒後、どこか呆けたような表情のマキアスが徐に口を開いた。

 

「か、勝った……のか? 成功、したのか?」

 

「フン、貴様の目は飾り物か? ……戦術リンクの構築は成功だ」

 

 足元には、しっかりと戦術リンクのラインが引かれ、そして繋がっている。

 

「そ、そうか。遂にやったのか……」

 

「阿呆。まだ及第点に辿り着いただけに過ぎん。先程の三人のそれと比べれば、まだまだ脆弱もいいところだろう」

 

 一見厳しいように見えるユーシスの言葉だが、そこには彼なりの向上心の高さが表れている。

もっと強く、もっと精密に。彼が求める結果と照らし合わせると、今回のそれではまだ足りないのだ。

それでも”及第点”と言うあたり、一応マキアスを気遣ってはいるのだろうが。

 

「き、君に言われずとも分かっている。僕とて、この程度で満足するつもりはない」

 

「ほう。その言葉、忘れるなよ? もし再び戦術リンクの構築に齟齬が生じるようならば、その時は貴様の責だと覚悟しておけ」

 

「……本当に口が減らないな、君は」

 

 だが、これはこれで良いコンビになるだろう。

互いの心の内を隠さずに、常に本音で言いたいことを言い合う間柄。たとえそれが喧嘩腰だったとしても、その関係は一生で幾らも出会えるものではない。

 

 一件落着だと、ここでそう片づけられればどれほど楽な事だろう。

面倒臭い事をしなくても済む。この良い雰囲気に水を差す事もない。ここで終われるのならば終わって欲しいというのがレイの偽りない本音だった。

 

「(でも、そうはいかんよなぁ)」

 

 足音が聞こえる。見事に揃ってはいるが、一個小隊くらいはいるだろう。

ケルディックの時と同じような状況だ。厄介事など無ければ無いに越した事はないのだが、避けられない厄介事というのはある。

 

「(ま、理事様の到着までの時間稼ぎは俺がさせてもらおうかな)」

 

 頑張った五人を労うという意味でも、ここは自分が矢面に立つべきだろう。

 レイは一つ嘆息して、メンド臭いと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 シオンさんの言っていた”式神”の説明について、まとめを入れておきます。

■三等級式神

 二工程以下の命令を受諾・実行できる式神。
個体としての意志はなく、創造の際の詠唱も必要ない。

例)「武器庫でマキアスの装備を探しに行かせた式神」:「装備を探し出し」「レイに知らせる」という二工程の命令の受諾・実行。

■二等級式神

 三工程以上の命令を受諾・実行できる式神。
個体としての意志はなく、創造の際に詠唱が必要。

例)「ケルディックでクレア大尉に伝言を届けた式神」:「レイの言葉を記憶し」「領邦軍に気付かれないように飛びながら」「クレア大尉まで伝言を届ける」という三工程以上の命令を受諾・実行。

■一等級式神

 三工程以上の命令を受諾・実行できる式神。
個体としての意志が存在し、臨機応変な対応が可能。創造ではなく、合意の上での隷属契約が必要。

例)シオン




です。あくまでも自分が考えた設定ですので、粗があると思われたらご連絡下さい。


シオンさんは某頭の中ご主人様一色の色ボケキャスターのような一面もありますが、基本的には某スキマ妖怪補佐の苦労人さんのような感じでしょうか。勿論、違う所はありますが。


 リィン・マキアス強化フラグ。頑張ってね。









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