英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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 どうも。『ソードアート・オンライン ―ロスト・ソング―』の発売を心待ちにしている十三です。

今回気合入れたのは前半部分です。後半は……まぁ、読んでいただけるとありがたい、かな?




先の見えない霧の中

 

 

「―――ってなわけで、無事にマキアス連れ戻して事なきを得ました、っと。以上、報告終わり」

 

「予想通りヤバい事になってたわねぇ。てかウチの子を不当拘束するとかあのちょび髭ジジイ、シメてやろうかしら」

 

「そう思いたい気持ちは分からんでもないが、流石にシャレにならんから止めとけ」

 

 第三学生寮306号室。至る所に酒瓶が転がっているサラの自室に、土産物であるバリアハート名物の白ワインを片手に持ったレイが訪れて今回の実習の顛末を説明していた。

 一応そこそこ高級物だったそれを風情の欠片もなくグビグビと飲んでいくその姿に、やっぱり土産物の選択を間違ったか、などと思いながら、レイは同じワインが入ったグラスを少し傾けて続けた。

 

「ま、今は『貴族派』の動き云々で愚痴を言っても始まらんだろ。それより今回、ユーシスとマキアスが一応仲直りをして戦術リンクの構築に成功した。担当教官としては喜んでもいいんじゃねーの?」

 

「それもそうね。アンタの話じゃその地下水路での戦闘も結構いい具合に結果を残したみたいじゃない」

 

「あぁ、連携は及第点だ。案外良いコンビになると思うぜ、アイツら」

 

「ふーん、ま、アンタがそう言うんならそうなんでしょ。それにしてもその後領邦軍に因縁とか付けられなかったワケ? あのプライドの高い連中が自分たちの縄張りで好き勝手やられて黙ってる事はないでしょうに」

 

「あー、それは大丈夫だった。どこぞの義理堅い理事様がくれた切り札のお陰でな」

 

 

 

 

 

 実際、軍用魔獣との戦いの後に後を追って来た領邦軍の怒りは凄まじいものだった。

二方面からの同時不法侵入に加えて、武器庫の無許可開錠、脱獄の手引きなど、レイ達からしてみれば冤罪も甚だしかったのだが、それらを理由に怒号を連ねる小隊長は直ぐにでも実力行使に移るつもりではあったのだろうが、レイが懐から取り出した一枚の通達状が、その憤怒を一気に沈下させた。

 それは、ルーファス・アルバレアが直々に(したた)め、≪アークヴァル≫から出ていく時に執事のウィスパーがレイに持たせた物であり、内容は「トールズ士官学院特科クラスⅦ組A班以下六名に対する武力拘束及びそれに準ずる行為の禁止」であった。

本人直筆の署名とアルバレア家の家紋が入ったそれの真偽を疑う不敬を、公爵家のお膝元で活動する領邦軍が犯せるはずもなく、戸惑っていた彼らに追い打ちをかけたのが、ルーファス本人の登場だった。

 

「ふむ、レイ君も間に合っていたようだし、私が顔を出すまでもなかったかな?」

 

 白々しい声色と共にさり気なく爆弾を投下するその胆力は一周回って見習いたいと思ったが、話はそれだけでは終わらない。

既にアルバレア公爵には話をつけている事を司令官の男に伝え、マキアスの逮捕令状の一切を抹消する事を命令したのだ。捜査権の消去という命令に一瞬言いよどんだ司令官の男だったが、次の瞬間、ルーファスの柔和な目つきが一転した。

 

 

「これ以上私に、余計な恥をかかせるつもりか?」

 

 

 それは間違いなく、”強者”のみが出す事ができる声の重圧。

決して声を荒げるでもない。ただその声色は、形容し難い威圧感を放っていた。真に人の上に立つ者のみに備わる威厳を、彼はその場で放って見せたのだ。

 無論、その言葉に逆らえるはずもなく、兵士たちはその場から逃げるように撤収した。

 

 こうして幕を閉じた、実習先での一連の事件。

その後、ルーファスがトールズの常任理事であるという事を聞いて一同が驚愕したり、レイを呼び出した経緯について多少(・・)真実をぼやかして説明したりなどと少々騒がしくはあったものの、一夜明けた翌日には何の問題もなく駅から堂々とトリスタへと帰る事ができたのである。

 その帰りの際、見送りに来てくれたルーファスから直々に要望していたレシピを受け取ってレイが上機嫌だったのは余談である。

 

 

 

 

「ま、アタシが出るような事にならなくて良かったわ。一応連絡は来てたんだけどね。アンタとあの理事様がいれば大丈夫かなーって思ったわけよ」

 

「仕事しろよ教官」

 

「いやぁ、あのバカから念のためって連絡貰った時完璧に二日酔いでね。前の日にトマス教官に潰されてなきゃちゃんと聞いてられたんだけど」

 

「おっしゃコラ表出ろ役立たず。なぁに、本気(ガチ)で模擬戦でもすれば二日酔いなんて忘れられるぜ」

 

「それやるとその前にアタシ二日酔いの元凶リバースするからやめましょ、ね?」

 

 それまでほろ酔いで薄ら赤かった顔を一気に青くして懇願する姿に溜飲も下がり、再び椅子に掛け直しながら、そう言えば、と話題を変えた。

 

「やっぱあれトヴァルだったんだな。職人街の辺りを挙動不審にフラフラしてたから思わず後ろから脊髄目掛けてドロップキックかまそうと思っちまった」

 

「万が一があるかと思ってアタシがレグラムから呼んどいたのよ。ま、必要なかったみたいだけど」

 

「ナチュラルにパシられてたトヴァルに合掌、っと。あー、そういやもう一人珍しい奴と会ったわ」

 

「誰よ。ついに氷の乙女さんがストーカーになって自分からアウェーに乗り込んできましたってオチじゃないでしょうね」

 

「お前どんだけクレアの事警戒してんだよ」

 

 そうじゃなくて、と、グラスの中のワインを一口に煽ってから一段低い声で、しかし口角を僅かに吊り上げて言った。

 

 

「≪怪盗紳士≫が帝国に居る」

 

「…………」

 

 レイは言った。≪怪盗B≫ではなく、≪怪盗紳士≫が帝国に居るのだと。

 サラとて元は協会が表向き最高ランクと位置付けたA級遊撃士の一角を担っていた若き才媛。その事実がどれ程の異常事態を示しているかというのは直ぐに理解できる。

片手に携えていたワインを静かにテーブルの上に置き、つい先ほどまで酔いの影響で緩み切っていた表情が一転、その肩書に恥じない凛然としたそれへと変わった。

 

「目的は、何?」

 

「これがどうにも。クソ真面目に聞いたところで気が向いてなきゃ答えるわけねーし。こっちの出方を窺うためにガセネタ掴まされるくらいならこっちから踏み込んでやろうと思ってカマかけてみたんだが詳しい事は分からん。……ま、碌でもない事しようとしてるのは確かだがな」

 

「でしょうね。全く。―――アンタのトコの人間で動向とか掴めないの?」

 

「アイツらはもう俺の下とかじゃねぇんだぞ。それに、あからさまに”奴ら”の動向を探るのはタブーだ。今のところはどうにもならん」

 

「……そ。まぁ、神経質になりすぎるのもアイツらの思う壺よね」

 

 そういう事だ、と結論を出して一息を吐く。

 実際、彼らの動向を深く探ろうとすると危険だという事はレイが身に染みて分かっていたし、それが分かっていながら敢えて危険な橋を渡らせるつもりもなかった。

ただでさえ、ブルブランの行方を捜すというのは難しい事なのである。≪道化師≫程ではないのだが、人を嘲笑うかのように陰に日向に跳梁を続ける彼を意図的に捕まえようとするのは至難の業だ。

普段であったら、例え正式に依頼されたとしても面倒臭くて断るだろう。

 このまま放置、という選択が危険である事も分かっている。ただ、よしんば彼一人をふん捕まえたところで状況が好転するわけでもないだろう。

危機感は常に頭の片隅に置いておくべきではあるだろうが、必要以上に警戒して神経をすり減らすのは得策ではない。

 

「あー、メンドくせ。やっぱあの時胸倉掴んでフルボッコにしとけば良かったかなぁ。ストレス解消的な意味合いで」

 

「アンタたまに思考が脳筋になるわよね。語って解決とかは無理なわけ?」

 

「あいつらの中に話通じる奴がホントいねぇんだもん。マトモな話し合いとか無理無理」

 

 呆れたような表情をするレイだったが、嫌悪感を抱いているそれではない。

それを見て、サラは少し複雑な気持ちに駆られた。

 

「(引きずる……ってのとは違うんでしょうねぇ。コイツの場合)」

 

 レイ・クレイドルという少年の生き方を知っている。

武人としての強さは言うまでもなく、その他の事においても万事器用に成し遂げられるだけの手腕がある。人はそれを羨ましいと思う事だろう。

 しかし自分や、彼の半生を知っている人間はそうは思わない。

彼が今まで眼前に見て来た犠牲と絶望。命を奪い、血に染まった両手を眺めて生まれた悲壮感。それら全ての感情と死に物狂いで鍛えぬいた努力が生んだ結晶。その真髄を知るという事は即ち、彼の抱える闇の部分を否が応でも覗き見るという事になる。

実際自分も、垣間見た人間だ。

 だからこそ分かる。

今まで彼が心の底で求め、しかし一度たりとて叶わなかった”それ”が。

 

「(まったく、自分がイヤんなってくるわ)」

 

 本人は気付いていないのかもしれないが、レイに救われたという人間は多い。

そして救われた異性の中には彼を本気で慕う者も多い。かく言う自分もその一人だ。

 自分よりも小柄な体躯でありながら、その瞳に、その体に宿る覚悟と実力は本物だ。

彼は決して、他人に根拠のない慰めを言う事はない。自分の限界を知り、無理だと思った事には躊躇いもなくその事実を突きつける。今でこそ言い方を緩和させる事を覚えたが、初めて出会った頃はにべもなく厳しい言葉を投げかけられたものだった。

ただ、それを非情だとは思わない。寧ろ己の甘さを隠す事無く言い当てられた事で新しい道を見つけ出す事ができたのだという事を踏まえれば、感謝しているほどなのだ。

 惚れた理由としては、多分そこなのだろう。

自分を真正面から見てくれた。自分に可能性を示してくれた。―――その相手が八歳も年下だった事については多少罪悪感を感じもしたが、自分が知っている限りのライバルも多少の差こそあれ似たり寄ったりであるのだから、そこは早々に割り切った。

 負けたくない、取られたくないという気持ちは勿論ある。だが、だからこそ、サラは自分の性格が嫌になる時があるのだ。

 自分がガサツな女であるという事は重々承知であり、それを変えようと密かに努力をした時もある。

しかし結局はアルコールの誘惑に負け、気付けば部屋の中は空瓶だらけ。結果的に想い人に世話されるという情けないオチをいつも迎えている。

しかも厄介な事に、この日常が結構楽しかったりするのだ。飲み交わしている間は何もかも忘れてただ楽しみ、そしてレイが帰った後に自己嫌悪に浸るという悪循環の繰り返し。本当に、酒に力というのは怖いものである。

 

「―――って、あら?」

 

 そこまで思考の堂々巡りをして帰って来たと思ったら、目の前にはグラスを膝の上に置いて、座ったまま舟を漕いでいるレイの姿があった。良く見てみると、仄かに頬が赤くなっている。

 今回サラが飲んだのは自前で購入した安ワイン一本とお土産の白ワインが半分。そしてもう半分は、余さずレイの胃の中へと消えていた。

普段から飲み慣れているサラはこの程度では酔い潰れないが、未だ未成年であり、普段は飲酒などしないレイにとってはこの量は少し過剰過ぎたのだろう。ラベルを見る限りでもアルコール度数はそこそこ高く、上品な名酒であるのは確かだが、飲み慣れていない人間が何杯も仰ぐものではない。

 

「……しょうがない。持って行ってあげましょうか」

 

 特段酒に強いわけでもないレイではあるが、どういうわけか二日酔いの症状は一切発症した事がないという。サラからすれば実に羨ましい体質であるが、つい調子にのって飲ませ過ぎた時の彼のこの体質はありがたい。翌日学院で酔いが残ったまま登校しようものなら担当教官+元凶の自分の首が飛ぶかもしれないのだ。

 

「……あら」

 

 そんな事を考えながら俯いたまま寝息を立てるレイの顔を指で押し上げると、普段の不敵な笑みを湛えていたり仏頂面だったりするその表情とは正反対の、中性的で可愛らしい寝顔がそこにあった。

加えてそこに僅かな赤ら顔というコンボ。自分の心臓の鼓動が一瞬跳ね上がったのを自覚したサラは、衝動的にその顔に唇を近づけた。

 

「ん……」

 

 しかし、唇を押し付けたのは彼の額。

寝ている合間に、という罪悪感が彼女を押し留めたという理由も勿論あるが、意外と受け身な一面が備わっていたという事が起因していたのだろう。

 奪うよりも、奪われたい。

だが、そう思っていたはずの当人は、今自分自身が行った衝動的な行為を目の当たりにして酔いとはまた違う理由で顔を赤く染め上げてしまう。

 

「……バカみたい」

 

 その声は、消え入りそうなほどにか細く、そして熱を孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 この左目に≪慧神の翠眼(ミーミル・ジェード)≫という名が付いてからどれだけの時間が経ったのだろうかと回顧したところで、特に良い思い出が蘇るわけでもない。

 故に全ての真実を語るわけにもいかず、かと言って嘘まみれの情報を話すわけにもいかない。それは、自分を知ろうとしてくれている仲間に対しての侮辱だ。

 

 

「この”眼”が齎す能力は一言で言うと圧倒的な情報収集能力だ。無機物・有機物を問わず、全ての情報はこの眼の視界に入った瞬間に丸裸にされる」

 

 ズキリ、と頭に継続的に走る痛みを堪えながら、全員が揃った第三学生寮食堂で再び翡翠色の瞳を晒したレイは、努めて機械的にそう説明した。

驚くような雰囲気が広がる中、既にその事を知っていたサラとフィーは表情を変えなかった。ありがたい事だと思っていると、皆を代表したかのようにリィンが疑問を投げかけてくる。

 

「その、”全ての情報”というのはどれくらいまでのものを指すんだ?」

 

「文字通り全部だよ、全部。無機物なら、視界に入った対象の生み出された日付からそれを構成する元素分子、未知の文字があったらその現代語訳、パズルのようなものだったらその正解までの過程まで、余す所なく全部だ」

 

 例えばこうしている間にもレイの目には様々な情報が飛び交い、それを正確に処理すべく脳がフル回転している。寮の壁や柱の製造年数から、台所に置いてある食品の消費期限、電灯の残り耐久日数まで、本人からすれば必要のない情報までもが纏めて示されているのだ。

 

「それを全部俺の脳味噌の中だけで処理するからな。これを解放してる時は過剰処理状態で頭が痛くて仕方ねぇ。……だからもう眼帯してもいいか?」

 

「あ、あぁ。ゴメン、無理をさせたな」

 

 リィンの返事を聞く前に、レイは眼帯を再び付け直した。

視界が暗闇で覆われた事で”眼”の能力は限定的な封印が掛けられ、それに伴って頭痛も収まる。直後に軽い倦怠感に襲われるものの、彼にしてみればもう慣れた事だった。

 

「……一瞬便利そうな眼だと思っちゃったけど、話を聞く限り結構辛そうよね」

 

「そうだな。見たところ今も少々無理をしているように見えるぞ」

 

「何で分かんの? お前ら」

 

 表面上はできる限り平静を装っていたのにも拘らず見事に多少無理をしていた事を見抜かれてしまい、僅かに動揺する。

するとリィンが、苦笑しながらその疑問に答えた。

 

「何で、と言われてもな。いつもみたいな余裕のある表情じゃないし、サラ教官とフィーが凄い心配そうな目で見てるし」

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人の方へと視線を向けると、同じタイミングで顔を逸らされる。

その気遣いはありがたいのだが、折角心配をかけまいとしていたのに一瞬でバレてしまった居た堪れなさがレイの胸中で渦巻いていた。

 

「どうしよう、リィン」

 

「?」

 

「シリアスな雰囲気が一瞬で生暖かいものに変わって俺はどうしたらいいのか分からない」

 

「うん、ゴメン。多分俺の発言が引き金だろうから一応謝っておくな」

 

「お前も良い具合に張り詰めなくなって来たよな。いや、良い事なんだけどさ」

 

「レイと一緒にいると気の抜き方が分かるようになって来たんだ。今なら良い鍛錬が出来そうな気がするな」

 

「あ、うん。向上心も上がって来たようで何より―――ちょっと待てお前ら。その生暖かい視線は何だ」

 

 視線を移すと、そこにいたのは各々笑みを浮かべる仲間たち。

少し前までは決して見れない光景だったのでその点に関しては歓迎すべきなのだが、如何せん自分に向かってそれが向けられているというのはどうにも面映(おもは)ゆい。

それを不快だと思わない程度には馴染めているのだと、逆に安堵もしたのだが。

 

 

「コホン。……あぁ、それと、一つ言い忘れた。この”眼”だが、唯一情報が開示されない存在がある―――”人間”だ」

 

 話を仕切り直すために再び真面目な声色で話し始めると、元来真面目な性格であるⅦ組の面々は真剣な表情へ戻った。

 

「知的生命体でも他の生物なら情報を拾えるんだが、それでも”人間”―――正確には(レイ・クレイドル)が”人間”と定義した存在に関しては一切情報が拾えない。

だから安心しろ。お前らの心を覗くとか、そんな規格外の芸当はできねぇから」

 

「それは……何か理由があったりするのか?」

 

 マキアスが問いかけてくるが、レイは無言のまま僅かに首を傾けた。

 

「……正確な理由は不明なんだが、まぁ、俺はそれでラッキーだったと思うけどな」

 

「それは……はい。私はなんとなく分かる気がします」

 

「? どういう事だ? 委員長」

 

 人の心が読める。その行為がどのような結果を齎すのかという事を理解しているかのようにエマが頷き、ガイウスに向かって一言だけ漏らした。

 

「だって、知らなくていい事まで知ってしまいそうじゃないですか」

 

 つまりは、そういう事なのだ。

人間の心は複雑怪奇だからこそ、十人十色の人間の心の全てが見通せてしまったら、それこそ遠くない内に発狂してしまうだろう。

心が壊れ、衰弱し、何もかもを壊したくなってしまう。人間を見守っていた存在ですらそうだったのだから、だたの人間である自分がそうならないはずがない。

 

「ま、そういう事だ。元々貰いたくて貰った”眼”でもないしな。神様の真似事なんざ正直俺には荷が重すぎる。だから、この制約は逆に俺にとってはラッキーだったって事だ」

 

 Ⅶ組の面々は、各々大なり小なり秘め事を抱えている者が多い。だからこそ、他人の”傷”に気付くのが早いし、またそれを冷やかすような下種な性格を持つ者が一人もいない。

だから、今のレイの過去を示唆するような言葉にも、誰も踏み込んでは来なかった。

故に、そんな彼らに一つだけ偽りの話を告げただけで、レイの心には小さな棘が刺さったような痛みが走った。

 清濁が入り混じった世界を生き抜いてきた人間に対しては、間違ってもこんな感情は抱かない。身を守るため、または対話を有利な方向へ導くために嘘も詭弁も使うだけ使う。そうして本音と偽りを使い分けるのが、今までレイが生きてきた世界の常識だった。

 しかし今はどうだ。未熟であるが故に純粋な仲間に囲まれて、一つ嘘を吐く事すらも僅かな罪悪感を感じてしまう。

 

 本当は全て分かっている(・・・・・・)

この”眼”がどうして生まれたのか。どうして”人間”だけは見通す事ができないのか。

それらは全て、この≪慧神の翠眼(ミーミル・ジェード)≫が自分の左目に埋め込まれた瞬間に理解していた。できる事なら知りたくもなかったその真実は一度レイ・クレイドルという人格を文字通り崩壊させかけたが、幸運にも今に至るまでどうにか無事に生き抜いている。

 

 それを話せるようになるまで、後どれくらいかかるのだろうか。

 

 この時点でレイは、自身の全てを彼らに打ち明ける事に、何の疑問も抱かなかった。幸か不幸か、本人はその事に気付いてはいなかったが。

 

 

「はいはい、それじゃあこの話はこれでおしまい。皆お腹空いたでしょ。というかアタシが空いてる」

 

「おーし、腹減ってる奴は手ぇ挙げろ。因みに今日の晩メシは公爵家専属三ツ星料理人直筆のレシピを俺が再現したものな」

 

 レイがその情報を告げると、全員が一斉に手を挙げた。気難しいユーシスですらそれに倣っている所を見るに、随分と馴染んで来たものだと一人感心した。

 そして自分も、その例に漏れずこの雰囲気に馴染んでしまっている。

このままずっとこんな日々が続けばいいと、そう思ってしまう程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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