英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

31 / 162
毎週ダンまちとVividと銀魂とFate/stay nightの放送を楽しみにしている十三です。

stay nightに至っては放送後のGrand Orderの新サーヴァントCMも楽しみにしてます。アサシンって……誰だ、アレ。






波乱の予兆

 

 

『……そう、了解したわ。君たちはそのまま実習を続けなさい』

 

「え……で、でも……」

 

『シオンから式神が来たという事はレイは無事って事よ。大丈夫。アイツのしぶとさはアタシが良く知ってるから』

 

 

 午後四時。ゼンダー門に到着したリィンたちは、拠点の総責任者であるゼクス・ヴァンダール中将への挨拶を終えた後、特例として基地の通信機器を使って士官学院へと連絡を飛ばしていた。

 レイ・クレイドルの失踪及び安否不明。目的地に辿り着いた時に屋根の上の血だまりを見た一行は戦慄を禁じ得なかった。

それがレイのものだったのか、はたまたあの侵入者のものだったのかはその時点では分からなかったが、こびりついて黒ずんだ血の中にレイの銀色交じりの黒髪が落ちていたのを発見した後は、否が応にも認めざるを得なかった。

レイは敗北し、線路の途中で落とされたのだろう。現在軍関係者が行方を捜しているらしいが、山岳地帯のどこかに落ちたのなら、探しようがない。

 

 何よりもリィンは、レイが敗けたというその事実に打ちひしがれていた。

無事であることがシオンから飛ばされてきた式神のお蔭で把握できたとはいえ、受け入れるには少々荷が重すぎる。

それでも班のリーダーとして気丈に振る舞わなくてはならず、現在も通信機越しにサラへの報告と以降の行動について指示を受けているが、どこか心ここにあらずだった。

 それが見破れないほど、サラは人の心に疎くはない。

 

『……いい? リィン。レイは遊撃士としても一流よ。年齢制限があって未だに準遊撃士クラスだけど、実力だけを鑑みれば現役のA級遊撃士とそれ程大差はない。伊達にクロスベルで≪風の剣聖≫と並ぶとまで言われてたわけじゃないわ』

 

「あ……」

 

『ついでに言えばこの程度の修羅場はアイツにとっては慣れっこよ。死にかける事なんて珍しくもないし、そんな柔な奴じゃない事はアンタ達だって知ってるでしょ?』

 

「あ、あはは。まぁ、そうですね」

 

 そう言われてしまえば反論のしようもない。確かに彼ならば崖下に落ちたところで二日後くらいに何事もなかったかのように帰って来て「マジウザかった」の一言で済まそうとするだろう。

未だ3ヶ月程度の付き合いであるリィンですらそう思えてしまうのだ。付き合いの長いらしいサラからすれば、それ程心配に思う事でもないのだろう。

 

「―――分かりました。レイの帰りを待ちながら、実習を続けます。ここで立ち止まっていたら、それこそあいつに怒られそうですし」

 

『良く分かってるじゃない。それじゃ、何かあったらまた電話しなさい。ホントは駄目なんだけど、まぁ緊急事態だししょうがないわ』

 

 その声に力強さを感じつつ、しかしやはり心の中に癒えない傷を負った感覚を引きずりながら、リィンは受話器を置いた。

そのまま担当の通信兵に一言礼を言ってから通信室を出て、他のメンバーを待たせているゼンダー門の司令官室へと赴く。そこには不安な顔をしてこちらを見るエマとアリサ、いつものように泰然自若としていながらもどこか気落ちしているガイウスがいた。

 

「リィン、サラ教官はなんて?」

 

「―――レイの事は心配ないから実習を続けろ、だってさ」

 

 リィンのその報告に、三人が驚愕の表情を浮かべる。しかしリィンは、何かを言われる前に自分の言葉を挟んだ。

 

「皆の言いたい事は分かる。俺だってレイの事は心配だし、何も引きずってない訳じゃない」

 

「だったら―――」

 

「でも、ここでずっと立ち止まってるのが俺達の正しい選択なのか?」

 

 ただ一人、気丈に振る舞い仲間の進む道を指し示す。

それはレイが得意とする事であり、正直リィンは、その役が自分に担えるかどうか不安だった。

それでも、やるしか選択肢はない。力がないなら力がないなりに、奮闘しなければ前には進めない。

何より生きているのが分かっている。無事であるのが分かっている。それはとても幸運な事で、ここまでのお膳立てをされておいてただ立ち尽くす事に拘るほど腑抜けてなどいない。

 心構えは散々叩き込まれてきた。それは実践できなければ、脳の片隅で燻っているのと同じ事だ。

 

「レイは必ず追いついてくる。ならあいつがいない間、何事もなかったように実習をこなすのが俺たちが出来る唯一の恩返しだ。後退とか、停滞とか、そんなものはあいつは求めちゃいない」

 

「……それには俺も同意見だ」

 

 表情を元に戻したガイウスが、リィンの言葉に同意した。

 

「あの襲撃者の目的が何だったのか、はっきりした事は分からない。だが俺たちがレイに助けられた事は紛れもない事実だ。なら相応の功績で以て礼としなければならないだろう」

 

 あのひねくれ者の事である。正面から礼を言ったところで「んなモンはいいから」と言って笑い飛ばすに違いない。

なら何をすればいいのか。何をすべきなのか。そんなものは決まっている。ただ前へと進むのだ。

 

 

「……はぁ。何よ、二人して分かった顔しちゃって」

 

「ふふっ、でも確かに、私たちはここで止まってちゃいけませんよね」

 

 苦笑する女子二人。しかし彼女たちも、二人のやり取りで気付かされた。この場所でただ腐っているのは、何ともⅦ組(自分たち)らしくない。

 

 

「ふむ、中々良い絆で結ばれているようだな」

 

 そんな彼らの選択を見届けて渋い声でそう言ったのは、このゼンダー門の司令官であり、ガイウスの恩人。

帝国二大流派の一つ、≪ヴァンダール流≫の師範にして≪隻眼≫の異名を持つ帝国軍人、ゼクス・ヴァンダール中将その人だった。

 初老でありながら武人としての気迫を衰えず持ち合わせているその人物は、しかし今はリィンたちに謝罪の意を示していた。

 

「重ね重ね謝罪をしよう。貨物列車とは言え、軍の車両に侵入者を入れたのみならず、君達の級友に甚大な被害を与えてしまった。ゼンダー門の責任者として、至らなかった結果だ」

 

「顔を上げてください、中将閣下」

 

 たかだが士官学院生風情に現役の将校が頭を下げるという状況に申し訳なさを覚えたというのも勿論あるが、それ以外に謝罪をしなくても良いと促す理由はあった。

 

「あいつは―――レイ・クレイドルは自分の信念に基づいて行動しています。彼が剣を抜いたのなら、そこから先は彼の領分。勝とうが敗けようがそれは意思で動いた行動の結果で、自分以外に責はない―――そう言ってました」

 

 彼にとっての戦場とは元よりそういうものだった。

刀の鯉口を切らずとも、相手の闘気に応えた瞬間から、庇護も同情も受け付けない唯一無二の場所と成り果てる。そこで生きようが死のうがその責任を負うのは彼一人であり、他の誰にもその権利を譲りはしない。

稽古をつけてもらっている時に彼がふと漏らしたその言葉は、一言一句たりとも忘却することなく、リィンの脳に刻み込まれている。

 

「―――そうか。流石は≪天剣≫。ならばこれ以上の謝罪は彼への侮辱にもなりかねんな」

 

「天、剣?」

 

 しかし、そんなリィンの引き締まった表情は、ゼクスの口から放たれた聞き慣れない単語によって呆気にとられたそれへと変わった。

 

「知る人ぞ知る、彼の異名だ。士官学院から資料を貰った際には一瞬訝しんだものだが、その意思を聞くに相違あるまい」

 

 また一つ、自分の知らないレイという友人を構成するピースが見つかった事に僅かに嬉しさを醸し出すが、流石に今はそれを深く聞くわけにはいかない。

時刻は既に夕方。あまり遅くならないうちに此処を出立しなければ、日没までにガイウスの実家であるノルドの集落に辿り着けないだろう。

 

「……では中将。俺達はそろそろ集落に向かいます」

 

「おお、そうか。門の外に馬を用意している。それに乗っていくといい」

 

 気持ちは切り替えなくてはならない。だが、まだきっぱりと割り切る事が内心ではできていない自分に若干嫌気が差しながらリィンはガイウスの後を追って司令室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「サラ様?」

 

「………………」

 

「サラ様ー?」

 

「………………」

 

「お砂糖とお塩、間違えておりますよ?」

 

「ガフッ⁉ ゲホッ、ゲホッ‼ あ、アンタねぇ、もっと早く言いなさいよ‼」

 

「心ここに在らずで遠くを見ていらっしゃったサラ様に非があると思いますが?」

 

「うっ……」

 

 

 砂糖と間違えて塩をスプーンで投入してしまった紅茶を苦々しい目で見つめながら、サラは深いため息を一つ吐いた。

 

 先程―――具体的にはリィンから報告を受け取った直後からこんな調子だった。≪紫電(エクレール)≫と呼ばれ、凛々しく名声を轟かせていた姿はそこには一切なく、痴呆を拗らせた老人のように、どれだけ声をかけてもボーッとしている。

 その理由は分かっている。シャロンとて気が休まっているわけではないが、個人的な感情云々以前に彼女はメイドである。故にいつも通り、楚々とした態度で管理人としての業務をこなしていた。

 …………内心では彼女とて冷静を保っているわけではないのだが。

 

 

 レイの敗北、そして行方不明。

明らかに尋常ではない量の血を撒き散らして消えたという状況証拠だけで鑑みれば、生存確率はほぼ絶望的と考えるのが普通だ。

 だがたとえ式によって彼の生存が判明しなくとも、サラもシャロンも、生還する可能性をずっと信じていただろう。

理屈は分からない。ただ彼が”そういうもの”だという事を知っているから、どんな状況に陥っても最終的には生き残って戻ってくる事を知っているから、信じる事が出来るのである。

 

 そして同時に、こうも思う。

 

 自分たちが惚れた男が、この程度で死ぬはずがない―――と。

 

 

「いや実際、深手を負って谷に落とされた程度で死ぬような柔な人生送ってないのよねー、アイツ」

 

「それを(わたくし)やサラ様が言う、というのも奇縁だと思いますわ。レイ様に出会うまでは、ヒトであって人でない、ただの幽鬼であった(わたくし)達が」

 

「……ナチュラルに黒歴史掘り起こさないでくれるかしら?」

 

 しかしその通りだな、とも思う。

幽鬼とは良く言ったものだ。確かに”あの頃”の自分は目的もなくただ戦う鬼だった。「故郷のため」と、その言葉すらも言い訳にして、一夜にして全てが奪われたあの事件から目を背けるようにして戦場に生きていた。

 シャロンにしてもそうだ。サラに負けず劣らず、或いはそれ以上に重い宿命を背負って生きた事のある彼女からしても、その柵を壊して手を伸ばしてくれたレイの存在は今でも変わらず異性としての情愛を注ぐただ一人の人間だ。

 

「ご心配なさらずとも宜しいかと。レイ様ならきっと、いつも通りの笑顔でお土産片手に戻られますわ」

 

「……ま、そうよね。あー、何だか色々考えて損した気分だわ」

 

「うふふ。(わたくし)としてはサラ様の貴重なお顔が見れて大変満足しておりますわ」

 

「アンタはまた……相変わらず性格悪いわね。2年前にドンパチやった時よりかはマトモだけど」

 

「あらあらサラ様、そのような昔の事を引き合いに出されても、シャロンは忘れてしまいましたわ」

 

 白々しい反応を返すシャロンに、サラは再び溜息を吐き、どこからともなくワイン瓶を取り出した。

 

「付き合いなさい。アンタだってどうせイケる口でしょ? というか拒否権ないから」

 

「うふふ、承知いたしましたわ」

 

 共に恋焦がれてしまった男の話を肴に、妙齢の女性二人は物寂しい寮での酒宴を開くこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで? 実際何人で来てるわけよ?」

 

「ハハハ、ナニヲイッテルンデスカ、レイクン。ワタシヒトリニキマッテルジャナデスカ」

 

「会ったのがお前ひとりならまぁ納得できたかもしれんが、もう俺バリアハートでブルブランに会ってるからね。その言い訳通用せんから」

 

「チッ、何やってくれてんですかねあの変態は」

 

「それには同意するがルナ、お前今凄い顔してるぞ」

 

 

 山岳地帯の一角で焚火をしながら二人は話す。

とはいえレイは上着を枕に寝転がったまま。ルナフィリアは自らの愛馬である一角白馬、アルスヴィズの鬣を優しく撫でながらの会話だ。

ルナフィリアは臨戦態勢を解いても尚身に纏う白銀の鎧を脱ぐ事無く過ごしている。それはレイに対して警戒心を抱いているというわけではなく、彼女の拘り、意思だった。

 

 

「お前とブルブラン、後……考えたくねぇけど師匠も来てんだろ? そんだけ集まって何もしないなんて言う程甘い組織じゃねーって事は知ってんだよ」

 

 炎の揺らぎに紛れて見えないが、何とも言えない表情をしている事は分かる。

以前何となく感じたキナ臭さが図らずも当たってしまっていた事に苦笑しかかるが、場合によっては笑えないのだ。

 

「前にリベールでドンパチやらかして至宝パクったのは俺だって知ってる。……まぁ俺にとっちゃ与り知らないところでレーヴェが死んで悔しかったってのと、クソ教授死んだザマァって方が大事だったんだが、あれはまぁ、お前らにとっちゃ成功だったんだろうさ。―――そんでもって今回は帝国(コッチ)ってか?」

 

「…………」

 

「言っとくが別に責めてるわけじゃないんだぞ? アリアンロード卿の命なら仕方ねぇだろうし、寧ろあの人が来てくれるんならちっとはマシになるんだろうが、それも望み薄だな。師匠が来たって事はそういう事なんだろ?」

 

「あはは……相変わらずレイ君は鋭いですねー。というか、アリアンロード様を”マスター”って呼ぶのやっぱり止めたんですか?」

 

「クビになった俺がそう呼んだら鉄機隊(お前ら)に申し訳ねぇだろうが」

 

 嘗ての戦友達の顔を思い出しながら、レイは星空へと手を伸ばす。

我ながら女々しいと思いながらも、様々な人間の顔を思い出してしまう。過去に縋って追攀(ついはん)し続ける事が止められないのは、単に自分が弱いだけなのだろう。

 そんな思いを抱きながら悩むレイの姿を見て、ルナフィリアはくすりと笑った。

 

「まだ言ってるんですか? それ。鉄機隊の中でレイ君を恨んでる人なんていませんよ? あ、でも筆頭は「勝ち逃げされましたわっ‼」とか言ってめっちゃ悔しがってましたけど」

 

「「お前に負ける気とか毛頭ない」って伝えておいてくれ。俺を驚かせたきゃせめてカンパネルラにポーカー勝負で勝ってからだな」

 

「あー、それは厳しいですね。筆頭じゃ永遠にスタート地点にすら立てない気がしますけど……まぁ近い内に(・・・・)ちゃんと伝えておきますよ」

 

 その言葉に一瞬目を細めたレイだったが、深くは聞かずにやり過ごした。

きっとそれが彼女の口から出せる最大限の情報で、優しい彼女なりの忠告でもあったのだろう。

 だがルナフィリアは、優しくとも甘くはない。

 武人としての強者が集う『鉄機隊』の中でも一握りの達人級の騎士、≪戦乙女(ヴァルキュリア)≫の内の一人。普段こそこのようにやけに軽口を叩いてくるが、その実力と戦いに対する気概は本物だ。

だからこそレイは、そんな彼女に対して核心を突く推測を話す。

 

 

「それで? 俺は師匠を怒らせずに済んだのか?」

 

 

 その言葉を、第三者の人間が聞いたら首を傾げるだろう。

 しかし唐突に放たれたその言葉は、ルナフィリアを数瞬ポカンと呆けさせた後、首肯という判断を貰うに至った。

 

「いつから気付いてました?」

 

「お前に助けられた時から。よくよく考えてみりゃ、師匠そんなに俺に対して過保護じゃねーもん。敵に負けて死にかけたら「負けたお前が悪い」って突き放すだろうし。そう考えればわざわざお前を寄越してまで俺を助ける意味が分からなかった」

 

 自分にこの八洲天刃流()を仕込んでくれた師は、レイにとって掛け替えのない恩人であると同時に、トラウマの対象でもある。

修業時代に死にかけた回数など数知れず。その豪放磊落にして傍若無人な性格に振り回されて貧乏くじを引かされた思い出など無数にある。理不尽という言葉の意味を10歳にも満たない年頃に理解してしまったのは果たして幸運だったのか不幸だったのか。

 弟子として重宝してもらっていたのは確かだと思うが、それでも師は、勝負の中での弟子の生死には一切関わって来なかった。

 

 敗北とは、己の弱さの写し鏡。

どれ程自分に不利な状況であっても、どれ程自分が重荷を抱えていたのだとしても、負けたのならそれは己の弱さが招いた因果応報に他ならない。

 その結果死ぬ事になったとしても、それは享受しなくてはならない結果だ。―――そう言っていた本人が理由もなくあの場面で部下に助けさせる事など有り得ない事だった。

 

 そこまで思い至った時、仰向けになっていた自分の視線のすぐ上の空間を何かが横切った。

焚火の炎を通過の際の風圧で消し去ったそれは、彼女の愛槍。それが今、先程≪X≫とやらに向けて放ったものと遜色ない闘気を纏ったまま突き出されている。

ちらりとその表情を窺うと、ルナフィリアは口元に僅かな好戦的な微笑を湛えていた。

 

「副長からはですね、レイ君が助けられた時に少しでも弱音やら腑抜けた言葉を吐いたら心臓でも首でもどこでもいいからとりあえず一突きして来いって言われてたんですよ」

 

「何それ怖い―――けどまぁ、師匠はそのくらいが通常運転だよなぁ」

 

 当たり前の事だが、衰弱してる今のレイに、達人級の実力を持つ彼女の攻撃を躱しきる事など出来ない。

一日の間に死の淵に立たされた回数が二回。しかしレイから見ればそれは決して多い回数ではなかった。

 

「でも負けたのは事実なんだよなぁ。あー、ヤベェ、師匠に殺される」

 

「一難去ってまた一難。今の私が言えた義理じゃないですけどレイ君も一貫して苦労人街道驀進してますよね」

 

「本当にお前が言うなよ現在進行形苦労人筆頭。……でもアレだな、≪X≫とやらには取り敢えずお礼参りしないと腹の虫が収まらん」

 

「あー…………」

 

 槍の穂先を引っこめたルナフィリアは、どうにも複雑な感情を押し殺したかのような声を出して頬を掻いた。

 

「あの、聞かないんですか? アレの事について」

 

「どーせ師匠辺りに口止めされてんだろ? そうでなくてもお前が仲間を裏切ってまで俺に情報寄越すとは思えねぇし」

 

「本当に良く分かってますねー。まぁ私としてはレイ君と戦えるっていう特典がついてくるなら魅力的なんですけど……先約がいるんじゃ仕方ないですね」

 

「そう言うこった。―――ふぁ」

 

 話の区切りがついたところでレイが欠伸を漏らす。するともう一度焚火を着け直したルナフィリアはその様子を見て優しく微笑むと、レイの隣に座り込んだ。

 

「解毒はもう終わりましたし、後はレイ君の異常レベルの自然治癒能力に任せていれば起きる頃には大分良くなってると思いますよ」

 

「サンクス。お前はどうするんだ? 護衛ならもう一回シオン呼び出して任せるけど?」

 

「乗り掛かった舟ですし、明日までは一緒にいますよ。そ・れ・に、レイ君の寝顔写真撮って隊の皆に高く売りつけるっていう第二目標ありますし」

 

「…………………………まぁ、女装とかしてない写真なら好きにしろよ」

 

 以前クロスベル支部にいた頃の忘年会での黒歴史を思い出して憂鬱になりかけたレイだったが、ただの寝顔程度なら別に減るものではない。

相当法外な値段で売り捌かれるのだろうが、それは自分には関係ない事だ。

 

「じゃ、よろしく頼む……わ……」

 

 その言葉を最後に、数秒も経たない内に規則正しい寝息を立て始める。

その胆力に一つ息を吐きながら、ルナフィリアは左手に握った槍をそっと地面に置いた。

 

 

 

 

「―――あーあ、この子は全くもう、少しは懐疑心とか抱かないんですかねー」

 

 レイと戦いたいという言葉は本物だ。レイが”あの場所”にいた時から、彼から一度も掴み取る事が出来なかった勝利を掴んでみたいと思う事に嘘はない。

 確かにルナフィリアも、他の鉄機隊の面々と同じく勝利は真正面から挑んで得たいと思う生粋の騎士である。それを知っているとは言え、流石に敵同士になるであろう人間のすぐ横で無防備に寝息を立てるというのは如何なものなのか。

 とはいえ、レイが警戒心に疎い性格ではないという事は知っている。もしこの状況で気の置けない関係ではない人間が横にいたのだとしたら、彼は意地でも眠らず警戒を続けていただろう。

 

「それだけ信頼されてるって事なら悪い気はしないでもないですけど……マズいですね、こんな状況がもしバレたら深淵様とかにめっちゃ問い詰められそうな気はしますし」

 

 意外と執念深い魔女の顔を思い浮かべて激しく首を横に振る。今ここでリスクを考えても仕方ない。

レイが超絶寝つきがいいのは分かっているし、一度寝れば彼の無意識の警戒網に引っかからない限り朝まで起きない事も知っている。ならば今の内にと、ポーチの中に入れていたカメラを構える。

 

「相変わらず寝てるときは普通に可愛いんですよねー。これはまたアイネスさんやエンネアさん辺りに高く売れそうです。……あ、筆頭の分も用意しとかないと」

 

 そんな邪な考えを抱きながら、無駄に高い技術力で作られたカメラでレイの写真を数十枚に渡って撮り続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




色んな伏線張ったけど別に後悔してない。回収できる見通しはありますので。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。