英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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どうも。夏の暑さの前兆が垣間見え始めて早くもウンザリしかかっている十三です。



Grand/Orderの新ランサーがクールビューティーで最高だと思いました。
多分弟子が今回大変な事になったけどそこはスルーで。





収束への手掛かり

 AM02:54―――

 

 

 

 

 夜の帳は既に降り、月光に照らされた高原では、虫の音と風の音しか聞こえなくなっていた。

その中を駆ける白馬、アルスヴィスは、むしろ日の光が無くなって心地よいと言わんばかりに軽快に草原を走っていた。

そしてその背に乗る二人も、その例に漏れず大自然特有の解放感に身を委ねながら、鞍の上で寛いでいた。

 

「あー、やっぱ初夏は夜の方が気持ちいいな。しかも風があるとか最高すぎる」

 

「そうですねー。慰安旅行とか行くならやっぱりこういうところの方が良いですよね」

 

 街灯など勿論ない草原を、緩いカーブを描くように手綱を調整する。

半日ほどの時間をほぼ移動に費やしていた二人は、曜日が変わって数時間経った頃に漸くノルドの集落の近くまでやって来ていた。

随分と長い旅路になったと思ったが、よくよく思い返してみると街道をひたすら徒歩で移動させられていた遊撃士の頃も同じような事はやっていた。ただその時と違うのは、寄り道をして個人経営の店に入り、甘いものを食べるといった余裕がなかったということ。やはり心の余裕は重要だなと、思わぬところで再確認してしまった。

 

「さて、と。あと少しだ。頼むぜ、アルスヴィス」

 

 ポンポンとその背を軽く叩くと、それに呼応したかのように一鳴きする。

 しかし直後、それを掻き消すかのような轟音と地響きが、夜の高原の静寂を破った。

 

 

「ちょ、何だ⁉」

 

「……音は北東の方向からですね。ちょっと高台に登ってみましょうか」

 

 冷静な、というよりも冷めたような声色でそう言うルナフィリアの背中を見たレイだったが、その事について追及する事はしなかった。

分かりやすい。いや、分かりやすくさせているのだろう。これでは”自分は予めこうなる事を知っていました”と、そう告げているようなものだと言うのに。

 

 数分と経たずに、目的の高台に到着する。そこから見えるのは、国境付近に展開する、カルバード共和国の基地。

夜間ということもあってサーチライトが点灯しているその場所は今、一部が紅蓮の炎に包まれていた。

 

「うわ、マジか」

 

 その規模は決して小さくない。基地にはひっきりなしに警報の音が鳴り響き、消火に努めようとしきりに放水が続いている。

調理場から出た火事、にしては火の勢いが強い。軍事基地であるという事を考慮すれば弾薬庫の爆発などが原因の一つに挙げられるだろうが、そう考えると逆に火災の規模が小さく見える。

何より見える限り炎の中心は車両などが通行するであろう人工的な道路。本来ならば炎が自然発生する場所ではない。

 まるで、外部から襲撃を受けたかのような、そんな有様だった。

 

 少なからず呆気にとられていたレイだったが、張り詰めた緊張感で鋭敏化されていた聴力が、どこか近くで機械が作動する重々しい音を拾った。

 ありえない。軍事基地の中でならともかく、中立地帯であるこの場所で人工的な音が聞こえるというのは状況的に鑑みてもおかしいという事はすぐに理解できた。

 

「ルナ、西北西に進路変更して走らせてくれ」

 

「―――分かりました」

 

 正直このお願いを彼女が聞いてくれるかどうかは不明瞭だったが、ルナフィリアは僅かに置いた間の後に手綱を引いた。

先ほどまでの”流していた”時とは違い、アルスヴィスは主人の要望に応えて霊獣としての真価を発揮する。高台を迂回して下るルートを僅か数秒で駆け抜けると、レイの耳朶に再び高原地帯に似つかわしくない音が響いてきた。

 それは、砲撃の発射音。思わず空へと目を向けると、そこには大きく湾曲した曲射弾道を描いて飛ぶ物体の姿があった。

慧神の翠眼(ミーミル・ジェード)≫を介さずとも分かる。特徴的なその形状は、高射性と破壊力に秀でた迫撃砲に他ならない。経歴の中で鍛え上げられた動体視力と状況判断能力は、その弾頭が一体どこに着弾するのかという事を即座に見抜き、ギリ、と歯軋りする。

 

「……貸し一つだ。跳んでくれ、出来るだけ高く」

 

「ノルドのお土産代で勘弁してあげます」

 

 ルナフィリアの裂帛の声が響くと同時に、アルスヴィスはその蹄と強靭な四肢で以て空中へと飛翔した。

とはいえ翼で飛んでいるわけではないため正確には跳躍なのだが、その高さは地上十数メートルにも達した。まず普通の馬には不可能な芸当である。

 レイはその滞空時間の間に鞍の上に立ち、長刀を腰だめに構えた。場所は狭いが仕方ない。アレを撃ち落せるだけのスピードが出るならば、威力など二の次だと自分に言い聞かせる。

 

 

 

「―――【剛の型・常夜祓(とこよばらい)】」

 

 

 

 居合いの一刀から放たれる紫色の斬閃。八洲天刃流唯一の遠距離型攻撃であるそれは、神速の抜刀速度と比例して、音速に迫る速さで対象へと近づき、そして交叉する。

夜空に広がる爆炎。静謐な空を彩るには些か以上に風情に欠ける光景だったが、見事に目的は達成した。

 滞空時間を終え、再び地上に足をつけるアルスヴィス。その振動に少し足が揺れたものの、前から伸びた装甲越しの手が、レイの腰を支えた。

 

「まったく、相変わらず曲芸じみた事を易々とやってのけますね。そういう所、副長に似てきましたよ」

 

「師匠なら身一つで今と同じ事をやってのける。俺そこまで器用じゃねーよ」

 

「どうだか」

 

 呆れたような笑みを見せるルナフィリアだったが、レイはその結果に喜ぶ事もなく、すぐに視線を背後へと向ける。

 

「大元の場所は割れたな。一応行ってみるか」

 

「下手人はいると思います?」

 

「いないだろうな。そこいらの素人の犯行じゃねぇ。失敗したならとっととずらかってるだろうさ」

 

 少なくとも、自分ならばそうするだろう。

だがこのまま素通りする、というのも違う。せめて武装のヒントくらいは欲しい。

 共和国の軍事基地、そして帝国の監視塔。行われようとしたのは両拠点の同時攻撃。それがなんの悶着も起こさずに収縮するわけがない。

帝国軍事基地への被害を未然に防いだのは、単に自分が今世話になっている国に対しての義理だ。防がなければ多少の死傷者は出ていただろうが、そこは軍人、死ぬ覚悟が出来ている人間が不慮の事故で死んだとしても、特段深く悼みはしない。

 だとしても、国際情勢的に性質(タチ)の悪い仕掛けを仕込んでくれた莫迦に対して良い気分はしない。憤る、というまでには至っていないが、存外気に入り始めていたこの高原地帯を無用に騒がせてくれた事に対して何も思わないほど冷淡ではない。

 

「そんじゃ、行こうか」

 

「その積極的に面倒事に首突っ込んでいこうとする所も、やっぱり副長に似てきましたよ」

 

 最後の言葉は聞こえなかったフリをして、レイは再び鞍に座ってルナフィリアに移動を促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなワケでノリで迫撃砲撃ち落とした。後悔はしてない」

 

「フーン、ソウダッタノカー」

 

「リィンさん、現実逃避は止めましょ? ね?」

 

 場所は帝国軍ゼンダー門直轄の監視塔。昨夜何者かによる襲撃未遂の標的になったこの場所は、しかしレイが被弾を未然に防いだために被害は出ていなかった。

しかし弾の破片は風に乗って飛来して来ており、現在はそれの実況検分が行われている。

 そんな中でリィン達一行は、ゼクス中将の許可を貰ってその現場を訪れていた。理由は勿論、国際問題になりかねない不貞を働いた犯人の手掛かりを見つけるためだ。

 本来それは帝国軍の仕事であり、ゼクス中将もこれ以上巻き込むわけにはいかないとリィンの申し出を断ろうとしたのだが、友人の故郷が戦火に塗れかねないこの状況でのうのうとしていられるほど殊勝な性格はしていない。

それにはレイも賛成だったため、一つ助け舟を出した。

 

 レイが介入していなければ、帝国・共和国両国の最前線基地に被害が齎されていたこの事件。

共和国側はこの事件を”帝国側の仕掛けた陰謀”であると非難し、不可侵領域を超えるか超えないかのギリギリの場所に現在飛空艇部隊を配置しており、控えめに言ってもかなり緊迫感がある状況である。

無論帝国軍は自軍も被害を受ける可能性が充分にあったと反論はしたものの、ここで砲撃の被害が未然に防がれたのが仇となった。

結果として物的損害も含めて一切の被害が出なかった帝国軍と、少なくない人的・物的被害が出た共和国軍。その結果だけを見れば、帝国側が自らも被害を受けかねなかったと狂言を述べて陰謀を実行したと思われるだろう。そして実際、共和国側はそう主張して来た。

 だが、監視塔が被害を受けていようが受けていまいが、現在のこの結果は変わらなかっただろう。冷戦状態のこの状態で基地が攻撃されたとあらば、まず矛先を向けるのは目と鼻の先にある敵国だ。それを考えれば、被害をゼロに抑えたという結果が功績となって残る。それを踏まえて、レイはゼクス中将から感謝の言葉を貰っていた。

 

 しかし、今現在両陣営が一触即発である事に変わりはない。一歩間違えればノルドの地は戦場となり、それを発端として二大国の戦争が始まりかねない。

故に帝国軍は、事件の真相究明よりも機甲部隊の展開、及び臨戦態勢への移行に人員を割かざるを得ない。だからこそ、申し出たのである。

 

「中将閣下、3―――いえ、2時間の猶予をいただけませんか? それまでに調査を満足のいく形で終わらせて見せましょう」

 

「ほぅ。その根拠は?」

 

「こちらには土地勘のあるガイウスがいますし、何より犯人は頭を隠して尻を隠していない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 ニヤリと不敵に笑うその姿は、時折彼が見せる”どう追いつめてやろうか”という加虐心が表に出ている時のそれだ。実技授業の際に何度もそれを見ている四人は、一斉に体を震わせた。

 

 そうして中将を説得し、一同は今監視塔に来ている。許可を得て飛んできた破片を見てみるも、爆風で破壊された上に風で煽られたため、それだけで弾頭の種類を判別するのは不可能だった。

 

「……レイ」

 

「ん?」

 

「あれだけの大言を吐いといて何だけど、流石に今回は時間が足らなさすぎる」

 

 監視塔の端から共和国の国境付近を眺めると、数艇の飛空艇が領空侵犯にならない場所で哨戒を続けているのが確認できる。

ゼンダー門を守護しているのは、帝国軍でも屈指の機動力と統率力を有する第三機甲師団。しかし共和国軍の飛空艇部隊も、機動力という点では勝るとも劣らない。その戦の火蓋が切られることは、何としても避けたいところだった。

 その状況を汲んで、レイは顎に手を当てた。

 

「……まぁ確かに、今回は前回や前々回とはヤバさのレベルが違う。一歩間違えれば国がヤバい。それに……俺にも責任の一端があるしな」

 

 その言葉に対してリィン達はすぐさま否定しようとしたが、それを遮るようにレイがとある一点を指さした。

それに導かれるようにして四人はそちらの方を見るも、そこに見えるのはやはり高原と山のみ。しかし指さした張本人は、四人が方角を確認したのを見て腕を下ろし、監視塔の前に待機させていた移動用の馬の方へと歩いて行ってしまう。

 いつもとは違う、皆を引っ張るような行動にリィンが不思議に思っていると、全員が馬に乗った後、レイが口を開いた。

 

犯人(ホシ)が隠しきれてなかったケツの所まで案内する。俺が提示できるモノはそこまでだから、推理はその後だ」

 

「れ、レイ?」

 

「本当はウロチョロしてる”本職”に任せるのが手っ取り早いんだが……どうにかしたいんだろ? なら今の内は黙って着いて来い」

 

 そう言って手綱を引き、先行するレイを追いながら、リィンは思わず首を傾げた。

 

 どうにもおかしい。普段の彼ならば、このような一刻を争う状態であったとしても判断を自分たちに任せ、裏方に徹しようと一歩引いた場所に立つだろう。今のように、先頭に立って引っ張ろうとするのは珍しい。

それを疎ましく思う事はないし、寧ろ喜ばしく思える。誰かを率いて先頭に立つ彼の姿は中々様になっており、その姿だけで、本来彼はこちらの役に徹するべきだという事がひしひしと伝わって来た。

 だがそれでも、レイは班員やクラスを率いる役をこちらに任せている。何度か理由を聞いて、その度に「メンド臭いから」という彼らしい言葉が返ってくるが、それが本心でない事くらいは分かる。

 

 初めてリーダーとして班員を纏めたのはケルディック実習の時。最初だったためにレイには元遊撃士としての立場から幾つかアドバイスを貰い、実戦における常識も学んだ。

あの時に彼の一喝を受けて剣士としてどこか吹っ切る事ができ、以来実習の際の要として振る舞う事に違和感がなくなってきた事も覚えている。その経験があったからこそ、バリアハート実習の時にレイが不在の中、堂々と動こうと思えたのだ。

 彼のその行動が全て”経験を積ませる事”に集約するのだとしたら、感謝の言葉もない。だがそこに、彼が彼らしく動く(・・・・・・・・)要素があったのだろうか。

そこを密かにずっと思い悩んでいたのだが、今それが漸く解消され、同時に違和感を覚えるに至った。

 

 何となく、どこか焦っているようにも見える。

しかしそれは追い立てられているというような悲観的なものではなく、目当てのモノが目前に存在し、それに向かって走っているというような焦り。それを何となくではあるが理解できたのは、リィンも同じように焦っている時があるからだ。

 レイ・クレイドルという目標に向かって走っている。その目標が同じような理由で焦っているような姿を見るというのはどうにもおかしくて、心の中で少し笑ってしまった。

 

 そんな事を考えている間に、目的地に着いたらしいレイの駆る馬が止まる。

そこは、監視塔の影になっている場所にある切り立った崖。高さはそれ程でもないが、普通の人間が登れる場所ではない。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 しかしレイがこの程度で窮するとは思えず、実際にその通りだった。

彼はそう言って崖の僅かな突起に足を掛け、跳躍。僅か二歩ほどで頂上まで辿り着いてしまう。それを何とも言えない表情で見つめていると、数十秒後、上から折り畳み式の梯子が降ろされた。

促されるままに上りきる。試すような微笑を浮かべたレイが「早いな」と誉め、それにリィンが「当然」と返す。この程度で息が乱れるような柔な鍛え方はしていない。

 

「梯子はレイが用意したのか?」

 

「いや、犯人が残していったものだ。こういうのを回収しないあたりが甘い」

 

 手厳しい言葉だが、リィンも思わず「確かに」と思ってしまったため、反論の余地はない。

そうして少しばかり歩いていくと、不意にアリサが目を見開いて声をあげた。

 

「こ、これって……‼」

 

 一同の視界に入ったのは、草むらの上に二門配置された鈍色の武器。発射口は上を向いたまま、寂しく放置されてしまっている。

 

「ラインフォルト社製の1.2リジュ口径導力迫撃砲……何でこんな場所に」

 

「型番は分かるか?」

 

「えっと、ちょっと待って。―――うん、確かウチのラインナップの中にあったわ。ここ数年以内に製造された比較的新しいモノよ」

 

 見事だ、と言うのと同時にレイが眼帯を僅かに上に押し上げた。翡翠の瞳越しに、アリサが口にしたのと全く同じ情報が浮かび上がっている。

 単純な破壊力と炸薬投射量ならば榴弾をも上回り、シンプルな操用性で砲兵でなくとも扱える。加えて単純な構造故に速射性にも優れるそれは持ち運びにも対して労苦を必要とせず、闇に紛れて破壊工作を遠方から行うには持って来いの代物である。

それが二門、同時に使用しての攻撃ともなれば、軍事拠点を完全に倒壊させる事はできずとも、少なくないダメージを与える事はできる。

 

「俺が昨夜―――いや、時間的には今日か。ともかく、砲弾を撃ち落とした直後にここに来たら、もう実行犯は消えていた。残ってたのはコイツだけさ」

 

「犯人はそれ程切迫していた、という事か? 確かに放った攻撃が途中で撃ち落とされれば非常事態だと思うのは普通だが……」

 

「……いえ、それだけではないかもしれません」

 

 静かな声で、エマがガイウスの推論に意見を加える。

 

「共和国軍が使用する武器は大半が『ヴェルヌ社』製です。もし両基地を攻撃した兵器が『ラインフォルト社』製であるという事が共和国側に知られれば……」

 

「そうか、帝国軍側がもしこの武器を見つけたとしても共和国側に報告は出来ない。だから放置したのか」

 

 自国の武器が犯行の証拠だという事を示したところで帝国側の偽装工作だという疑念を深める事にしか繋がらない。

それでも、調査の進展という意味では重要な物的証拠ではある。

 

「どうします? リィンさん」

 

「……とりあえず一旦ゼンダー門に報告しに戻ろう。この時点じゃ犯人の場所までは分からないからな」

 

「―――ま、妥当だな」

 

 レイも賛同したが、その声は僅かに落胆していた。

 リィンの判断は懸命だ。犯人が未だにノルドの周辺に潜伏している可能性はどちらかと言えば低いだろうし、もしそうだとしてもこの広大な土地の中から見つけ出すのは至難の技だと言えるだろう。

それに、今回の最優先事項は共和国軍との戦闘を回避することにある。それを達成できる可能性を持つ情報を手に入れた今、一度整理するための時間を置くのは当然の事だ。

 しかし今回に限って言えば、レイは少しばかり冷静さを欠いていた。

といっても目的を見失って暴走するほど向こう見ずではないし、自分でもいつも以上に感情が些か昂っているという事を理解している。

 

「あ―――レイ、ちょっと待ってくれないか」

 

 そんな時、リィンに徐に呼び止められた。

何かと思って振り向くと、どこか心配そうな面持ちで、真正面からレイを見据えていた。

 

「何だ?」

 

「いや、まぁ、何だかレイが焦っているように見えたからさ」

 

 戸惑いがちに言われたその言葉に、思わず心の中で瞠目してしまう。

気付かれる程に自分があからさまな行動を取っていたのかと思わず反省してしまったが、リィンの口からそうではない、と告げられる。

 

「何となく、そんな気がしたんだ。俺の指揮とかが間違ってたんなら謝るけど……」

 

「あー、いや、違う。そういうんじゃねぇんだよなぁ」

 

 言うべきか、言わざるべきかと一瞬悩んだものの、黙っていた所でどうにかなるわけでもなしと判断し、素直に心情を吐露することにした。

 

「今回の事件、実行犯じゃなくても犯人の中にあのローブ野郎がいる気がするんだ」

 

「「「「‼」」」」

 

 正確には”いる気がする”ではなく”ほぼ間違いなく関わっているだろう”という限りなく断定に近い推測。

 あの人物の目的が”自分をリィン達と引き剥がす”事だとしたら、その目論見にまんまと嵌ったという事になる。ルナフィリアに助けられなければ、実習期間中にリィン達と合流できる可能性は格段に低くなっていたであろう事は想像するに容易だ。

 そしてこれはリィン達には言えない事だが、あの人物はまず間違いなく今回発動されるであろう『計画』の歯車の一つである。そこはルナフィリアとの会話で充分に理解していた。

とはいえ、アレが首謀者という訳でもないだろう。あの人物に列車での仕事を言い渡した人物は一番の不確定要素となり得る自分を排除すればあとはどうにでもなると高を括っていたのだろうが、それは大きな間違いだ。

 自分なりの見解で言わせてもらえば、甘い。甘すぎる。

リィン達がその程度の存在であるはずがない。自分がいなくても真相に辿り着くだけの機転は既に有しているし、何よりしぶとさは一級だ。そう言う意味では、今回自分が手出しをする理由など本来ならないかもしれない。

 だが、それとこれとは話が別だ。

 修行の期間がそうさせたのか、師である人物の性格が影響を及ぼしたのかは分からないが、レイは”敗北”という言葉に対して非常に敏感だ。

どんな状況であれ”負けた”という事は、それは新たな己の弱さが発露したという事に他ならない。故にレイはそれを許さない。己の剣が鈍ったなどと、断じて嘲笑されるわけにはいかないのだから。

 自分に敗北を与えた相手には、必ず勝利の形で閉幕させなければならない。そうでなければ、自分の強さを保てなくなる。

 

「リベンジってヤツだ。危うく死にかけたからな。等価で半殺しにしてやる」

 

「いやそれ等価って言わな…………いやゴメン、何でもない」

 

「あ、ついに言及を諦めたわね」

 

 一瞬口を噤んだリィンだったが、その後すぐに真剣な表情に戻った。

 

「それじゃあ、レイはそのリベンジを果たしたいんだな?」

 

「あぁ。負けたままは俺の流儀に反する。―――とは言ったものの、このままじゃ見つかるかどうかも……」

 

「なら、俺達もそれに協力するよ」

 

 それが当然だと、当たり前のように言い放ったリィン。

彼は気恥ずかしげに眼を少しそらして頬を掻いたものの、決心したように再び口を開いた。

 

「なんかさ、初めてじゃないか。レイがそうやって自分のやりたい事を俺達に言ってくれるのって」

 

「あ、そう言えばそうかもしれないわね」

 

「そうか? …………あぁ、いや、そうかもしれないな」

 

 思い返してみればそうだったなと納得する。

とはいえ、言わなかったのは遠慮をしていたとかそういう類のものではなく、やりたいと思った事が全て自分の力だけで解決出来てしまっていただけであり、特に深い意味はない。

 だがそうであったとしても、リィン達にとってはとても珍しい事であったらしい。

 

「流石に私怨とか、そういう事じゃ動けない状況だけどさ。ゼクス中将に報告した後も、まだ探索を続ける事はできる。それに、あのローブの人物が犯行に関わっていたなら、俺達としても見過ごせることじゃないからな」

 

「そうだな。不穏な風はまだ吹き続けている。これを晴らす事が出来るのなら、俺も出来る限り協力しよう」

 

 リィンとガイウスの言葉に、女子二人も追従するように頷いた。

思わず、一瞬呆然としてしまった。そんなレイを嘲笑うかのように、腰に佩いた愛刀がカチャリと音を立てる。

 

「危険―――だって事はもう分かってるよな」

 

「当然。危険だからってビビってたら、今までのレイの特訓は乗り越えられなかったさ」

 

 返し方も慣れて来たものだ、と感心したが、その屈託のない感情が、レイの罪悪感を刺激する。

 

 彼らは善人だ。ここにいるA班のメンバーだけでなく、同じ寮で寝食を共にするⅦ組の全員が、それぞれ癖はあるものの、心根では他人を思いやり、他人と共に歩んでいこうという前向きな気概を持つ健全な若者たち。

 若者、という括りではレイもその一員だろう。だが、その経歴は健全とは言い難い。

フィーもレイのいる領域に近くはあるが、彼女は”真っ当な”戦場に身を置いていた少女だ。まず立場からして兄代わりの少年とは違う。

 言うなれば、意識が乖離している。年齢にあるまじき過酷な経験を積まざるを得なかった彼は、表には決して出さないが、同年代の少年少女とは時折価値観の齟齬が生じる時があるのだ。

そしてそれを認識する度に、実感する。自分は、彼らとは違うのだと。

無論、高みから睥睨して優越感に浸っているわけではない。どれ程一緒の場所で暮らして、どれ程学生として振る舞おうとしても、自分の背負った過去が、その生き方がただの学生としての生活を許してはくれない。

 故に、罪悪感がある。

レイは、リィン達の与り知らないところでまた再びこの大陸に跋扈する闇の世界に足を踏み入れた。それを彼らに言うのは憚られるし、何より伝える事ができない(・・・・・・・・・)

それは騙しているも同然だ。己の素性を偽って犯罪を働く詐欺師とどこが違うのだろうか。そんな自分に何の見返りもなく協力してくれる彼らが、レイには眩しく見えて仕方ない。

 

「サンクス。助かるよ」

 

「あぁ」

 

 だからせめて、その恩は彼らを鍛え上げる事で返そうと決意し、レイは好意に甘える事にした。

 

 

 

 

 しかし、根本的な情報不足という点は解消されていない。

今回は明らかに出遅れた形になっているうえに、ケルディックの時のように目撃者をあてにする事も出来ない。例えどこかに潜伏しているのだとしても、山の影や洞窟など、候補は幾らでもあって絞り切れるものではない。

 遊撃士時代にこのような局面に遭遇した場合はやはり地元の人間に協力を仰いで捜索に乗り出すのだが、流石に戦争が勃発するかもしれないこの緊張感の中で無理強いをする事はできない。

いっそ適当に式神を放って人海戦術を行うという最終手段まで使うべきかと悩んでいる時、空を見上げていたリィンが何かに気付いたように声をあげた。

 

「ん? あれは……」

 

 その視線の先。具体的には小高い丘となっているその先端に、人影があった。

水色の髪の毛をショートヘアーにカットした小柄な少女。そしてその後ろには、学院の実技試験で使用していた戦闘用傀儡を一回り大きくしたような銀色の物体が浮遊している。

 

「あれは、確かバリアハートにもいた……」

 

 同じく、行動を共にしていたエマも驚いたような声をあげる。

二人がその少女と物体を見かけたのは、バリアハート実習、その一日目にオーロックス砦からバリアハート市内への帰路につこうとしていた時の事だ。

侵入者としてクロイツェン領邦軍に追われていたそれは、奇怪にも空を浮いて移動して、ついには軍の追跡を振り切った。別行動をしていたレイはその様子を実際に見る事は出来なかったのだが、その後、ホテルでの情報交換の際に話だけは聞いている。

 だが、実際に見てみて漸く合点がいった。

そして同時に、情報源としての光明が見えてきた事に、思わず口角を釣り上げてしまう。

 

 と、そんな事を考えていると、少女はその物体の腕にひょいと飛び乗り、空中に向かって移動を開始してしまう。

逃がすものか、とレイは動こうとするが、流石に人が乗っているものを容赦なく撃ち落とす事は出来ない。そこで思考を巡らせることコンマ数秒、徐にガイウスの方を振り返った。

 

「ガイウス、頼まれてくれ」

 

「何だ?」

 

「アレの方に向かって”風”を頼む。できるだけデカイやつを」

 

 その無茶苦茶な注文に首を捻りそうになったガイウスだったが、一刻の猶予もないと訴えてくるレイの視線に後押しされ、頷いた。

 

「了解だ。―――行くぞ」

 

 了承の声と共に、ガイウスは槍を構える。それを頭上で数回回転させると、溢れ出た風の魔力が渦を巻いて槍に纏わり付く。

それを確認したレイは、両足に力を込めて跳躍した。そのポイントは、ガイウスの位置とその物体の位置とがちょうど一直線になる場所。

 

「『タービュランス』‼」

 

 放たれたのは竜巻。自然の猛威の模倣となったそれは、一直線にレイへと向かっていく。

普通ならば直撃して吹き飛ばされるのがオチだ。しかし、笑みを浮かべたレイが、そんな失態をするはずもない。

 足が竜巻の膨大な風力に触れた瞬間、それを足場として呪力の噴出を行う。

本来ならそれは確固とした足場がある場所で行う【瞬刻】の手順だが、それをあえて不完全な状況でやってみせる。呪力と竜巻の二重の推進力が合わさり、亜音速とまでは行かなくとも本来人間が外気に触れた生身の状態で体感してはならないスピードへと踏み込んだ。

しかしレイにとってそれは、今まで何度か経験した事のある境地。意識を刈り取ろうとかかってくる重圧に真正面から耐えてみせ、目標に辿り着く前に詠唱を行う。

 

「―――【光の這縄よ我が手繰りに従え】」

 

 【怨呪・縛】とは異なり、生み出されたのは黄金色の半透明の糸。人の指程の太さがあるそれが、片手の指の数、都合五本生まれ、強くしなる。

そして右手を勢いのままに振るった。

 

「【怨呪・絡管(からくだ)】」

 

 ”縛り付ける”のではなく、”絡め取る”事に秀でたその光の糸は、狙いを外さずに銀色の物体の右腕に絡みついた。

 

 

『#Sh$kp?』

 

「ふぇ? え、ちょ―――」

 

 漸くレイの接近に気付いた少女が声をあげるも、時すでに遅し。絡みつけた糸を手繰って、レイが至近距離まで接近していた。

 

「よぉ情報局の。俺の事は多分あのバカ―――レクターあたりから聞いてんだろ?」

 

「あ、銀色の交じった黒い髪に長い刀……≪十人目≫の人だね。クレアが好きな人‼」

 

「……それクレアに直接聞かれたら俺もお前も怒られるから聞かなかった事にしといてやるよ」

 

 その反応を見て、やはりこの少女が普通ではない事を思い知る。

外見の年の頃は十を少し過ぎたあたりだろうが、見かけによらず胆力がある。

驚いたのはレイが接近して来たと分かったその瞬間だけ。その直後に問われた言葉に、この少女は冷静に答えて見せた。

 アタリだと、そう判断をつけたレイはひとまず浮遊を止めるように言ってから、再び口を開いた。

 

「この銀色のがどこの≪工房≫作だとかそういう野暮な事は聞かねぇからさ、ちと情報交換と行かないか?」

 

「んー? どういう事?」

 

 小首を傾げるこの仕草が、果たしてこちらを試しているのか、それとも本当にやっているのかは定かではない。

しかしそれは、今この場ではあまり関係のない事だ。少々切羽詰まり気味なこの状況では、情報開示の出し惜しみはしない。

 

「共和国、帝国両基地を襲撃した集団……お前らならもうアタリはつけてるんだろ? 情報をくれれば七面倒な制圧作戦の手助けをしてやろう」

 

「……へー。お兄さん、やっぱりレクターに聞いてた通りおもしろいヒトだねー」

 

 そういう事をいってくるあたり、と無垢な笑みを浮かべる。

 

「シカンガクインの他のヒトたちもいるんでしょ?」

 

「あぁ」

 

「ならみんなの所で話そうよ。ボクもガーちゃんも、気に入っちゃった♪」

 

 そう言って少女は銀色の物体に語り掛けると、徐々に高度が下がっていく。その下には、追いついて待っていたリィン達の姿があった。

 

「そういえばボク、お兄さんの名前知らない」

 

「なんだ、あのバカ伝えてなかったのか。―――レイ・クレイドルだ。よろしくな」

 

 いつもの癖で自己紹介のついでに右手を差し出すと、少女は快くそれを握り返してきた。

 

「ボクはミリアム・オライオン。よろしくね、お兄さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ガーちゃんの言葉ってアレ何語なんだろうと書いてみて初めて思いました。

ルーン文字かと思ったら違うし……テキトーなのかな?

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