英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

36 / 162






「私と一緒に、地獄の底までついてきてくれる?」
              
      by 禁書目録(とある魔術の禁書目録)











修羅の盟約

怖い、怖い、恐ろしい。

 

 以前鬼教官兼友人の剣士からは、「銃口向けられて怖いと思えるのならお前はまだマトモだよ」などと言われた。

それに照らし合わせれば、まだ自分は、否、自分たちはマトモなのだろう。殺気が籠った人間から銃口を向けられれば怯えはするし恐怖も感じる。

放たれた銃弾が胸や頭に当たればそれだけで致命傷だ。亜音速の速さで迫る銃弾を見切って避けるなどという芸当は出来るはずがない。

 

ましてや相手は”崩れ”とはいえ元猟兵。人の殺し方を知り尽くした殺人のプロフェッショナルだ。狙いを外すなどという愚は犯すまい。そういう点でも、ケルディックで戦ったチンピラ紛いの連中とは格が違う。

本格的にヤバい相手だという事は最初から理解していた。気を抜けば一瞬で死んでしまう。自分たちにとって恐怖に値する相手だと。

 

 

 …………だが、それでも、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(レイの”特別特訓 ~ちょっと地獄垣間見てみようか 編~”を受けるよりかはマシだっ‼)」

 

 

 臆せず、立ち止まらず、気丈に立ち向かって剣を振るう。恐怖を恐怖で上塗りするという何とも奇妙なやり方ではあるが、四人の中に敵に対して萎縮する事はなかった。

退けば地獄だ。反省会の意味合いも含めて物理的に足腰立たなくなるまで扱かれる。対して前に進んで勝てば地獄は一歩遠のく。どちらに進みたいかなど、考えるまでもない。

 

「弐の型―――『疾風』‼」

 

 鋭さを増した一刀が猟兵崩れの一人が持っていた自動小銃を真っ二つに切り裂く。続けざまに太刀を反転させて、柄頭の方で喉元を強打した。

 

「ガ……ハッ…………」

 

 意識を刈り取られ、その場に崩れ落ちる。その結果に僅かばかり動揺が広がるが、相手もプロだ。裏返りながらも的確に指示を飛ばしていく。

 

「くそっ‼ 囲めッ‼ 一斉射撃でハチの巣にしてやるんだッ‼」

 

「り、了解‼」

 

 動きは速やかだ。数秒と経たずに残った四人が一か所に固まり、こちらに銃口を向けて引き金に手を掛ける。

ゾクリと、一瞬背筋が震えたが、臆さない。自分の後ろには、頼もしい仲間がいる。

 

「アリサ‼ 委員長‼ 頼む‼」

 

「オッケー‼」

 

「任せてください‼」

 

 駆動が終了したエマの魔導杖が淡く光る。土色の光がリィン達を囲み、アーツが発動された。

 

「『ラ・クレスト』‼」

 

 まるで城壁の如く魔方陣の中から突き出て来たのは膨大な量の石壁。高位の魔獣に対してはそれ程の耐久力を持たないその技も、銃弾を受け止める程度の仕事は難なく果たして見せる。

特筆すべきは銃弾の飛び交う戦場で護衛が付いているといっても怯むことなくアーツの詠唱を続ける胆力と集中力。それに続くように、今度はアリサの駆動が完了した。

 

「『ゴルトスフィア』‼」

 

 支援アーツの”ラ・クレスト”とは異なり、今度は攻撃アーツ。駆動終了と共に虚空に金色の球体が複数現れ、それらが発する波動が敵の眼前の地面を抉り取った。

一見すれば容赦のない攻撃だが、彼らにしてみればこれらの攻撃は当たり前。寧ろ普段の実技教練の際は容赦がないどころか積極的に当てに行っているのだからそれに比べれば優しくなっているとも言える。……まぁ、本気で当てに行っても何故か掠りもしないのが鬼教官共(サラとレイ)なのだが。

 

「うっ……‼」

 

「な、何だよ⁉ ただの士官候補生じゃねぇぞ、コイツら‼」

 

 僅かに広がる動揺。それを見逃すはずもない。

対人戦は精神(こころ)の戦いでもある。弱音を吐いたらその時点で負けだ。心が折れれば、戦いたくとも戦えない。他ならない己自身が拒否してしまう。そう教わった。

油断するつもりなど毛頭ないが、”弱い”。レイやサラ、フィーの足元にも及びはしない。

 

「ガイウス、ミリアム‼」

 

「了解だ」

 

「まっかせてー‼」

 

 リィンの指示と同時に飛び出した二人による絶妙な時間差の攻撃。風を纏った槍と、鋼鉄の傀儡の鉄拳。装備を破壊され、或いは吹き飛ばされ、戦線はあっけなく瓦解した。

 一応言っておくと、今回の事件の実行犯であり、石切り場遺跡の最奥に潜んでいた傭兵団≪マグベアー≫は、決して弱いという訳ではない。確実に仕事を遂行するだけの行動力と判断力は有していたし、普通の人間にとっては脅威となる存在であるのは間違いなかった。

ただ一つ不幸であったとするならば、それは相対した少年少女達が”普通”ではなかったという事。

 

 

「―――フム、些か以上に誤算だった。まさか士官候補生風情がここまでの力を有しているとはな」

 

 男達の後方で悠々と屹立しながらそう言う男性。

派手さのない服をきっちりと着込むその姿からは几帳面さが滲み出ており、眼鏡と無精髭という容貌が学者然とした印象を植え付ける。

自らを≪G≫と名乗ったその男は、限りなく劣勢に立たされている現在でも、浮かべた薄ら笑みを崩していない。

 その様子に不気味さを覚えたが、それでもリィンは気丈に前へと出た。

 

 

「生憎と、デタラメな人達に鍛えられてるんでね」

 

「クク……成程。≪天剣≫を抑え込んでおけば計画に支障はないと思っていたのだが……どうやら見込みが外れたらしい。よもや≪子供たち≫の一人まで呼び寄せてしまうとはな」

 

 そう言って視線を向けられるミリアム。しかし彼女は、それでも笑みは崩さないでいた。

 

「へー。ボクの事も知ってるんだ?」

 

「無論。貴様、≪白兎(ホワイトラビット)≫だな? 忌々しい情報局の走狗だ。知らないはずがないだろう。―――っ」

 

 膨れ上がったのは闘気と怒気。≪G≫が視線を戻すと、そこには静かな、しかし周囲に響き渡るほどの圧力をその双眸に込めたリィンがいた。

リィンだけではない。ガイウスも、アリサも、エマも、リィンほどではなかったが、それぞれ怒りを露わにしている。

 

「≪G≫とか言ったな。今の言葉を聞くに、列車の中であのローブの人物にレイを襲撃するように指図したのはアンタなのか?」

 

「……あぁ。叶うならば仕留めるようにとも言っていたが、どうやら邪魔が入ったようでな。それでもよもや監視塔への砲撃を邪魔されるとは思わなかったが」

 

「―――そうか」

 

 それだけで充分だった。形容し難い怒りを、しかし内側に封じ込めて平静を装う。

怒りに身を委ねては勝てる戦いも勝てなくなる。そう言い聞かせ、リィンは再び太刀を握りしめた。

 

「なら容赦をする必要はないな。大切な仲間が、友人が死にかけたんだ。覚悟してもらおうか」

 

「更に言えば、ノルドの地に騒乱を齎そうとした罪もある。贖ってもらうぞ」

 

 それぞれ覇気を纏いながら臨戦態勢に戻る。しかし≪G≫は、それらを受け流して懐からとある物を取り出した。

 

「フ……それは出来ない相談だ。しかしタイミングとしては上出来だ。―――≪白兎(ホワイトラビット)≫共々、この場で若い命を散らしてもらおうか」

 

 右手に収まっていたのは、古めかしい造形をした一本の横笛。それに口をつけ、慣れた様子で音色を奏でる。

本能的に震えた。その音色に魅入ったわけではなく、植え付けられた潜在的恐怖を刺激されるような不快感が全身を走り抜ける。

 そして、その音色に覚えがあるのは、リィンとアリサの二人。

 

「この音色って……」

 

「あぁ。確かルナリア自然公園でエリオットが言っていた――――――マズい‼」

 

 思い出したのは、それが聞こえたというエリオットの言葉の後に続くように訪れた顛末。

まるで誘き寄せられたように現れた巨大な狒々。リィン達が初めて挑んだ強敵の姿。それと同じような事が起こるのだとすれば―――。

 

「ッ‼ 皆、上だッ‼」

 

 異様な気配を敏感に察したガイウスが叫ぶ。それと同時に、四人全員がその場から飛び退くようにして離れた。

時間にして数秒後、直前まで固まっていたその場所を押し潰すかのようにして天井の穴から現れたのは、銀色の体毛を輝かせ、四対合計八本の脚と四つの複眼をおぞましく動かす巨大な蜘蛛。

空間を震わせるかのような咆哮を撒き散らし、その化け物は降臨した。

 

「≪悪しき精霊(ジン)≫―――ギノシャ・ザナク」

 

 呟くように、ガイウスがその名を呼ぶ。

嘗ての時代、悪霊とされて遺跡の深奥に封じ込められ、永い眠りについていたとされる存在。

眠りから覚め、空腹の感情に支配されたそれは、欲を満たすために贄を探す。目に付いたのは、尻餅をついたまま動けなくなっていた傭兵団の一人。

 

 ―――キシャアアアアアアアアアッッッ‼

 

 その(あぎと)から繰り出されたのは、体毛と同色の糸。高速で撃ち出されたそれは容赦なく男に絡みついた。

 

「く、くそっ‼ 何だ、何なんだよコレ‼ 切れねぇッ⁉」

 

 振り解こうと体を動かして足掻くものの、一向に緩む気配はない。そうして抵抗している内に、大蜘蛛は獲物を捕食せんと巨体を震わせて近づいていく。

もはや命を散らすのは秒読みだと、そう思われた直後。

 

「―――『業炎撃』ッ‼」

 

 真横から膨れ上がった魔力の業火が、銀色の剛糸を焼き千切る。縛られていた男は恐怖のあまり気絶していたが、一命は取り留めていた。

 

「ガーちゃんー‼」

 

『Ω WyJnγ』

 

 次いで、アガートラムの一撃がギノシャ・ザナクの横腹に命中する。

しかし致命傷にするには足りず、数アージュほど地面を引きずった後に体勢を立て直し、リィン達の方を睨み付けた。

 

 助けた理由、などというものは考えていなかった。気がついたら体が勝手に動いていたという、ただそれだけの話。

ともあれ、この魔獣を放置するという選択肢は論外だ。もし遺跡の外に飛び出しでもしたら、高原の平和に亀裂を入れる恐れがある。

 

「太古の魔獣か。随分と大物が釣れたものだ。では、私はこの辺りで失礼しよう」

 

 そう言葉を言い残し、≪G≫は背後に広がる崖に躊躇する事もなく飛び降りる。その際に彼の袖口から細いワイヤーロープが伸び、遺跡の天井に絡まった。

 

「あ、ちょっと、待ちなさい‼」

 

「アリサ、今はこの魔獣を倒すことが先決だ‼」

 

 まんまと逃げられた事に対して忸怩たる思いはあるが、この魔獣を前にして背を向ける行為が危険であるという事も分かっている。

だが、勝てない相手ではない。対人戦と共に散々叩き込まれて来た対魔獣戦。むしろ相手の生死を問わない分、今は魔獣戦の方が本領を発揮できると言っても過言ではなかった。

 

「確実に仕留めるぞ。というかここで負けでもしたら罰ゲームで半殺しにされかねない。それだけは嫌だ」

 

「そうだな」

 

「そうね」

 

「そうですね」

 

「あのお兄さんに普段どんな訓練受けてるのかボク気になってしょうがないよ」

 

 微妙に締まらない決意を固めながら、リィン達は最後の決戦に挑もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小数点以下、コンマ数秒でも気を抜けば命を奪われかねない戦闘。

帝国に来てからは久しく感じていなかった激動の空気がレイの頬を、髪を、首筋を、外気に触れている部分全てを刺激する。

そこは”強者”のみが立ち入る事を許される領域。その空気に触れているだけで意識や感性は鋭敏化し、自然と嘗ての自分に立ち返って行くような気がする。

 

 相手の目から動きを読み取る事は出来ない。全身がローブに覆われているため、腕や脚の動きを予測することも難しい。

それでも一挙手一投足から滲み出る相手の”次の一手”を見切り、条件反射と言っても差し支えのないほどに研ぎ澄まされた判断力と初速で以て対応する。

 

「―――フッ‼」

 

 暗闇に白刃が煌めく。連続する火花の応酬は激戦の証拠であり、その戦いを邪魔する第三者は存在しない。

長刀の刃が、強固な鞘が、鉄板入りのブーツの靴底が、流星の如く飛んでくるナイフを迎撃していく。その様はまるで舞台の上で踊る演者だったが、その紫色の右目に誰かを楽しませる余裕は一切含まれていない。

 その姿には矜持がある。死地に身を置き、弛まぬ修練の果てに身に着けた己の技を振るって命の簒奪を行う者。自分がまさにそれであるという矜持が。

それは、覚悟の先にある境地に他ならない。己の定めた生き方を、進むと決めたその道を貫き通した者のみが醸し出す極地。

技の鋭さは絶え間なく増していき、次第に押し始める。その身にただの一太刀も与えないままに黒刃の雨の中を掻い潜り、遂に技の射程圏内に姿を捉えた。

 

 

「【剛の型・身縊大蛇(みくびりおろち)】」

 

 足に力を込めて接近、敵の首元に刃を這わせてから、巧みな【瞬刻】のコントロールで以て首筋を添うように一周する。刃の圧力と、生まれる膨大な遠心力。追撃するかのごとく発生する風の刃が、首を締め上げた後に切り捨てる。

 本来であれば耐久度の高い大型の魔獣、または自立型の人工生命体に使用する、まさしく”確実に命を刈り取る”一撃。自身が殺戮の化身であるという事を否が応にも肯定する事になる必殺の技。

 ―――しかし、目の前の相手はそれを防いだ。

 

「―――…………」

 

 白刃から己の首を守るために首元に置いていた大振りの二本のナイフは衝撃に耐えきれずに砕け散る。

その直後、繰り出してきたのは手刀の一突き。ナイフの斬撃よりは殺傷力が低いと思われるその一撃を、しかしレイは躱した。その間に、相手は飛び退いて距離を取ってしまう。

狙って来たのは心臓ではなく喉仏。喉を貫く程の威力ではなくとも、呼吸を阻害されれば人間は最大の弱点を曝け出す事になる。

 間違いなく”強者”。戦い方を知り尽くしている。

だからこそ、攻め手の中で間を置くのは危険すぎる。故に早々に追撃をしようと構えたところで、背後に飛び退いた≪X≫は遺跡の瓦礫の中、柄だけが墓標のように立っていたそれを一気に引き抜いた。

 

 それは、飾り気が一切ない無骨な大剣。身の丈以上もあるそれを紙の玩具であるかのように軽々と振り回し、レイに向かって進撃を開始する。

 

「チッ‼」

 

 レイはそれを受け止めるのではなく、去なした。大剣の横腹をなぞるように白刃が擦過し、耳を(つんざ)く音が遺跡の中に響く。

そのまま疾走して肩口を斬り落とそうと睨み付けたが、途端に大剣が反転し、それに合わせるように≪X≫の体が素早く回転した。

すると先程まで長刀が抑え込んでいた大剣の刃は一転してレイの首筋を狙うモノへと変わり、その細い首を無残に胴体と泣き別れにするために唸りを上げて迫る。

 しかしその凶刃の狼藉を易々と許すわけもない。反射的に上半身を後ろに反らして回避すると、眼前鼻先の数セルジュ上を大剣が通過する。

はらりと数本舞った自らの髪の毛を視界に入れながら、レイは左手に握っていた柄を逆手に持ち替え、低い姿勢からバネの要領で体を跳び上がらせ、≪X≫の顎下を狙って振るう。

だが不意を突いたはずのそれすらも躱し、再び上段に構え直した大剣を唐竹割りの型で容赦なく振り下ろす。

レイはその動きを眺めながら、それでも動かずに鈍色の刃が己に迫る刹那の時間を呆けたようにして待っていた。

 

「―――沈め」

 

 直後、レイの体は≪X≫の背後に移動していた。その瞳は一貫して敵の姿を捉えて離さず、納刀されて腰だめに構えられた長刀の鯉口を静かに切る。

 

 八洲天刃流【静の型・輪廻】―――

 

 渾身の攻撃を繰り出した後、最も注意力が散漫になる瞬間の死角を取る。

抜刀。左脇腹から右肩口へと逆袈裟斬りにせんと迫った刃を受け止めたのは、後ろ手に回されていた大剣の柄。

またも防がれた事に僅かに眉を顰めたが、それだけだ。抜刀の勢いを殺さないままにもう一回転し、遠心力を纏った蹴りを放った。

流石にそれは防がれずに≪X≫の右脇腹を直撃し、吹き飛ばす。地面に触れる事もなく吹き飛んだ末に、遺跡の壁に激突して瓦礫と共に重力の理に従って崩れ落ちる。

 

「…………」

 

 傍から見れば惨事だ。しかし仕留められたとは微塵も思っていない。

 目で見ずとも理解できる。アレはナイフを操っていた時よりも大剣を構えた時の方が動きにキレが出て来た。破れかぶれではない事は明白だったし、大剣を隠していたこの場所まで誘い込まれたのだという事も分かっている。

 故に、本能が危険信号を発した。

ここで、この場で確実に命を刈り取っておかなければならない。闇の世界で生きていた頃の感覚が警鐘を鳴らし続ける。形容し難い違和感が、既視感が、脳裏に過っては消えていく。

だからこそ、過去の意識を嬲るようなその雰囲気に耐えられない。抜刀した白刃を両手で支え、目線と平行になるように構える。

 

「―――【滾れ我が血潮。静寂(しじま)を司る修羅とならん】」

 

 呪術の詠唱ではなく、自己暗示の文言。

瞬間、鋼色のレイの闘気に黄金色の覇気が渦巻くように交じり、威圧感を増幅させる。一見”剛”の気力を解放したかのように見えるそれだが、膨れ上がる覇気と反比例するかのように、敵を視界に捉えるその目は澄み渡り、醸し出される戦士としての風格も、暴虐性とはかけ離れたものとなってレイ・クレイドルという至高に近づいた剣士を形作っていた。

 

 

「【静の型・鬨輝(ときかがり)】」

 

 

 ”枷”が一つ、弾け飛ぶ。理性の上に覆い被さった”自重”という名の枷が、技の発動と共に消えた。

その文言が示す通り、人の身を修羅へと堕とす自己強化の技。全身に行き渡り、溢れ出るその力は、主に手加減という軟弱な手段を取らせることを許さない。

 

 駆ける。その眼光が残照を残すほどの速さで以て肉薄し、苛烈という言葉すら生温いほどの斬撃の奔流を叩き付ける。

一分の隙もなく、体勢を立て直させる暇も与えず、瞬きをする余裕も、呼吸をする時間すらも許容しない。小柄な体が常に裂帛の気迫を漂わせ、ただ目の前の敵を圧殺せんと殺到する。

 それでいて、理性は全く失っていない。ただ体の赴くままに剣を振るう狂戦士ではなく、達人の領域に至った剣士としての実力と意思、矜持を纏ったままに戦場を走る。相対する者にとって、これ程の恐怖もないだろう。

 

 ≪X≫も大剣で以て迎撃を行うが、それが意味をなさないほどに手数が多過ぎる。次第に劣勢になり、ローブの肩口が弾け飛んで赤い飛沫を撒き散らしたのと同時に、大剣の刃が粉々に粉砕された。

 武器消失―――しかし手を緩めるレイではない。無手の相手を傷つけるのが誇りに反する、などという綺麗事を持ち込むわけもない。寧ろそれは好機。故に躊躇いなく、必殺の一刀を叩き込む。

左足を前に、右足を後方に。半身となって眼前の敵を睨み付け、右手に握った長刀を肘を曲げて引き戻す。放つのは、不可避の刺突。

 

 八洲天刃流【剛の型・塞月】―――

 

 直後、銃口から銃弾が発射される速度のそれと差異がない速さで、純白の剣鋩(けんぼう)が一直線に放たれる。

穿ったのは、胸の中心部分。心臓からは離れているが、一度肉を抉れば爆発的に広がる波動が血管の一切を千切り飛ばす。狙うまでもなく、即死だ。

 吹き飛び方は、先程の蹴りの比ではない。遺跡の中の残骸どころか、壁すらも突き破って消える。爆音とともに巨大な穴が眼前に生まれ、砂塵が舞い上がる。それだけで、大抵の人間は敵の死亡を疑うことはないだろう。

 

「―――クソッ‼」

 

 しかしレイは、舌打ち交じりにそう吐き出した。

 過たず当たった。そこに間違いはない。そもそも真正面から放たれたこの技を躱せるものなど、今まで出会った達人連中の中でも片手の指で数えられるほどしかいないはずだ。

だが、問題はその”感触”だった。刃を伝って手に、全身に伝わったこの痺れは、人間の肉体を穿った際に感じるものでは断じてない。

しかし、≪X≫は人間だ。そこも断言できる。かつて『結社』が開発していた機械兵器の中に、オリジナルの剣士の技をデータとしてインプットし、戦闘用に使用するといった趣旨のものがあったが、そんな物では断じてない。あの動きは紛れもない、達人級の武人だけが持ち得る、データでは決して再現できない代物だ。

 

「(凌がれた、か。一度ならず二度までも仕留め損ねた……あぁ、鈍ってるな)」

 

 ならば、と穿たれた大穴の中に足を一歩踏み入れるが、そこで歩みは止まった。

 感じたのは冷気。遺跡内に浸透する涼しさではなく、真冬の氷室のような肌を刺す冷気だ。それが大穴の中に充満している。

 

「…………」

 

 吐く息が白く濁る。レイは暗闇となっているその先を睨み付けた後に、進行方向から背を向けた。

諦めたわけではない。恐らくアレは、再び自分の前に姿を現し、今回のような死闘を演じる事になるのだろう。その際に、今のような絶好の場所が確保できるという確証はない。

そういう意味では、ここで追跡して息の根を確実に止めるのが正しいだろう。しかしレイは、それを見送った。

 

 進むのは止めろと、体が訴えかけてくる。追いつけば最後、遺跡が崩壊しかねないほどの激戦を展開しなければならなくなるだろうと、修羅の直感が告げていた。

 

「(……優先順位はノルドの平和を守ること。これ以上我が儘を貫き通すわけにもいかないか)」

 

 刀を鞘に収めると共に、黄金色と鋼色が混ざり合った闘気が霧散する。

リベンジが終わった以上、疾くリィン達の応援に駆けつけるべきなのだろうが、あの歩みはゆっくりとしていた。

 

「(まぁ、何とかなってるだろ)」

 

 日々鍛えている級友の実力を信じながら、レイは荒れ狂いながら進んできた道を静かに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ぁ」

 

 

 

 むくりと起き上ったのは、遺跡の最下層。静寂が支配し、嘗ては祭壇があったのだろうその場所は、今は無残に破壊し尽くされていた。

己が吹き飛んできたその道だけが、まるで天災に遭ったかのように抉り取られている。そしてその場所には、縁取るように氷の欠片が散逸していた。

 

「あぁ、そうか。”砕けた”のだな」

 

 ローブを剥いでみると、右半身がごっそりと抉られている。本来であれば即死級の重傷ではあるが、その断面から鮮血は一切噴き出していない。

 代わりに零れ落ちているのは、氷の欠片だ。まるで氷像が打撃で砕けた時のように、無残に欠け落ちていた。

しかしその欠落も、すぐに”戻る”。逆再生をしているかのように散逸した氷の欠片がただの一つも漏れず右半身に集まり、肩口から腕の部分を形作って行く。数秒も経たない内に本来の人の姿が戻り、≪X≫は何事もなかったかのように立ち上がった。

 

「フ、フハハッ、フハハハハハハハハハハハハハハッ‼」

 

 笑いが漏れる。凛とした女性の声で吐き出されるそれはどこか狂気性を孕んでおり、普通の人間の耳朶に入れば悪寒を感じさせるのは間違いない。

そうしてから、自身の胸の中心をなぞる。豊胸と言っても差支えのないその中心。先程必殺の刺突を受け止めたそこに埋まっていたのは、拳ほどの大きさの翠玉だ。

傷は一切ついていない。その事実は確認せずとも分かるが、彼女が確認したかったのはその余韻だ。

 

「あぁ、見事だ。実に心に響いた。軟弱者共を葬り続けている内にいつしか燻ってはいたが、再び炎が宿ったぞ。やはりお前は最高だ」

 

 フードの下で、恍惚さを含んだ笑みが漏れる。

その姿を艶めかしいと感じる者はいるだろうが、そう思った瞬間、その者は他ならぬ本人に縊り殺されるだろう。それ程までに、≪X≫は己しか感じ得ない愉悦の感情に浸っていた。

 だがそうと分かった上でなお、今の彼女に話しかける者がいた。

 

 

「―――随分と派手にやられたようだな、≪X≫」

 

「―――≪G≫か。まぁその通りだ、否定はせんよ。迷いを捨てた、実に良い太刀筋だった。こんな穴倉で決着をつけるには些か勿体無さ過ぎる」

 

「好きにするといい。どの道、君は役目を果たしたのだ。文句など言わんさ」

 

 そう言うと、≪G≫は躊躇いもなく背を向ける。≪X≫もローブを纏い直し、それに続くように歩き始めた。

その道中に、≪G≫は独り言であるかのように、一つ呟いた。

 

 

「君の心中にあるのは紛れもない狂気だ。だが、我々もそれを持っている。それが(たが)うことがあった場合、君は一体どうするつもりだ?」

 

 数秒の沈黙。その後≪X≫は、詰まる事もなく答えた。

 

「無論、袂を分かつさ。そもそも私とお前たちの”契約”など、その程度のモノであったはずだ」

 

「……違いない」

 

 

 静謐な暗闇の世界を闊歩しながら、≪X≫は実に嬉しそうに、彼の少年の姿を思い出して笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。