英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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最近ダンまちのSSも書きたいなーと思い始めた今日この頃。


書くならどっちかって言うのならソード・オラトリアの方になりそう。







喧騒への序曲

 

 

 

 

 

「こんにちわー。ヨルグ爺さんいるー?」

 

「おる。じゃが毎度毎度その不躾な訪問は何とかならんのか?」

 

「別に拒否るつもりもないくせに」

 

 

 ケラケラと笑いながら、銀交じりの黒髪を持つ矮躯の少年は迷宮のような造りになっている館の最奥に設置されている工房に座っていた人物に話しかけた。

 恰幅の良い体形に、口元を覆うほどに伸ばした白い髭。老体と言って差支えのない人物は、どこか御伽噺に出てくるドワーフの姿を連想させる。

ヨルグ、と呼ばれた老人は、まるで用事のついでに立ち寄ったと言わんばかりに来訪した少年を、しかし追い出そうともせず視線を作業机の上に戻す。

 

「ん? 何作ってんの?」

 

「舞台装置じゃ。アルカンシェルの新作用じゃよ」

 

「おー、贅沢なこと。≪結社≫の中でも指折りの技師に作って貰えるとは幸せだな。―――そんなに気に入ったわけ? その劇場」

 

「技師の腕前はともかく、奴らの舞台への情熱は一流じゃ。委ねられた舞台装置を余す事無く使い尽くして妥協のない作品を作り上げる。一介の技師としては腕を貸すのに吝かではない」

 

「へぇ。≪炎の舞姫≫だっけか? 爺さんがそこまで言うならいつか見に行ってみるか」

 

「おぬし、演劇なんぞに興味があったか?」

 

「別に。ただ眠たくならない劇には興味ある」

 

 適当な場所に腰かけて工具を弄りながら、少年はそう答えて背後を見る。

 数多の金具に固定され、今は活動を停止している鋼の巨人。基部が赤色に彩られたその巨大な物体は、目の前の老人が作り上げた戦略型機動兵器の旧型(プロトタイプ)。しかしその性能は第六使徒が奪い取り、改造しようとしているモノに僅か程しか劣らないだろう。

 加えて少年は、今は沈黙しているコレをただの”兵器”として見る気はなかった。これは”彼女”が愛情を注いだモノ。例え度が過ぎていたのだとしても、それは彼女の寄りかかる揺り籠に他ならない。それを、自分が否定するわけがないのだ

 

「パテル・マテルの調整はどれくらいで終わりそう?」

 

「3日、といった所じゃな。随分とパーツが摩耗しておった。一体何をやらかしたんじゃ、あのお転婆娘は」

 

「さて、な。それより、あれだ。爺さんに一つ頼みたいことがあるんだけど」

 

「何じゃ。金ならば貸さぬぞ」

 

「違う違う。ってか、分かってて言ってるだろ」

 

 スパナを手で弄び、終始笑みを絶やしていなかった少年が、一瞬にして真面目な顔になり、姿勢を正す。

その様子にヨルグが作業の手を止めると、深々と、少年は頭を下げた。

 

「…………」

 

 その姿に、ヨルグは一瞬目を見開いた。今まで彼が他人に対して本当の意味で(・・・・・・)頭を下げたのは幾度かあったと記憶しているものの、だからと言って易々とその姿を見せるほど矜持を捨てた男ではない。

 そんな彼は、先ほどまでの軽口が全て幻であったかのような口調で、ヨルグに対して希った。

 

 

「……俺が≪結社≫からいなくなった後、レンを頼む。ヨシュアはもういないし、レーヴェはこの頃リベールに行ってる事が多いから―――だから、レンがここに来たら、何も言わずに置いてやって欲しい」

 

 どこか、悲痛さをも感じさせる声。その声がどこから絞り出されているのか、その原因を知ってしまっているヨルグからすれば、それを追及することはできない。

だが、返答は決まっていた。元より、そんなことは言われずとも分かっていた事ではあったが。

 

「フン、何を言うかと思えば……当たり前じゃろう。迷い子を放り出すほど、ワシも愚かではない」

 

「……そう。うん、良かった。アイツにはまだ家族がいるからさ、いつか本当の意味で笑える日が来るだろうから……だから、それまで生きて貰わなくちゃならない」

 

 まるで自分は違うのだからと、そう言わんばかりに。

 

 だが、それを責める事はしなかった。その後悔、無念こそが彼の起源。彼が彼たりえる存在意義に他ならない。

それを慰める事はしないし、するつもりもない。それが彼の覚悟の表れなのだから。

 

 

「あー……やめだやめ。やっぱこういう雰囲気は性に合わねぇや。レンどこにいんの?」

 

「奥の部屋で寝ておる。そろそろ起こしてやってくれ」

 

「ういーっす。あ、どうせなら寝起きドッキリでも仕掛けるか。えーっと、確かここいらに空砲バズーカーが……あ、あったあった」

 

「前にもやって涙目で追いかけられたのを忘れたか?」

 

「寝る子は育つとは良く言ったモンだが昼過ぎまで寝てるアイツが悪い。どーせ夜更かしでもしたんだろうから天誅を下しに行ってくる」

 

 じゃーな、と言いながら部屋を出て行く少年の姿を、ヨルグはただ追っていた。

 

「……バカ者が」

 

 本音の上に、仮面を被る。

 弱冠13歳の少年にそうさせる事を強要させる運命を、激しく呪いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実際、二輪車って軍用車両としても使えると思うんですよねー」

 

 

 トールズ士官学院敷地内東部にひっそりと建つ小屋、『技術棟』。

元は何代か前の技術畑出身の卒業生が趣味で作り上げた秘密基地のような場所であり、代々技術部の生徒が根城としていた。そして今代、この建物の鍵を預かっているのは近年でも稀に見る優秀な学生だった。

 

 士官学院2年所属、ジョルジュ・ノーム。在学の段階で既に機械工学の権威であるルーレ工科大学からのスカウトが来ているというこの生徒は、この建物を拠点として新作の導力器(オーブメント)の開発や研究に着手しており、内部はまさに工房という体を為している。

Ⅶ組メンバーが使用しているARCUS(アークス)の調整もこの場所で行っており、その他武器の調整なども手掛けるなど活動は多岐に渡っているが、現在力を入れているのは同じ2学年のアンゼリカ・ログナーと共に共同開発をしているのは導力走行の自動二輪車、俗にバイクと呼ばれる物の開発と改良である。

 

「ふむ、軍事転用か……」

 

「防御力の高さは流石に補えませんけど、機動性なら装甲車なんかとは比べ物にならないでしょうしね。サイドカーとか付けたら将校用の乗り物としてはそこそこ重宝されると思うんですよ」

 

 フォークに刺した唐揚げを口に放り込みながら、レイは持論を伝える。それを昼食用のパンを齧りながら聞いていたジョルジュはふむ、と思考に耽る様な姿勢を見せた。

 

「仮に転用するとしたのなら……レイ君はどういった装備が必要になると思う?」

 

「そうっすねぇ……変速切替は体の別々の部位で行えるようにした方が良いかもしれません。戦場だといつ体に欠損(・・)が出るか分かりませんし、それがなくとも銃弾や砲弾が飛び交う真っ只中で故障とかしたら目も当てられないでしょうし」

 

「ふむふむ」

 

「後マフラーを弄れるようにしてチューブを手元に持って来れるようにすれば排熱を利用して極寒の場所を走らせる時に暖房代わりになったりしていいでしょうね。サイドカーの連結部分を前輪部分と後輪部分のどっちにするかどうかは、まぁ好みの問題でしょうけど」

 

 長々しく意見を語ってはいるが、本来機械工学は門外漢だ。運転免許などは年齢の関係もあって基本的に取っていないため、実際に乗ったことがないものについて当初はあれこれと意見を言うつもりはなかった。

だが、「第三者からの意見が欲しい」と頼まれてから、レイは今までなけなしに蓄えて来た導力車に対する知識などを総動員して自分なりにやってみた結果、そこそこの高評価を貰えたりしたのだ。

 無論、男としてこういうモノに興味が湧かないわけではない。寧ろ乗り回してみたいと思っているほどだが、悲しいかなレイの身長では存分に乗り回せるかどうかは怪しい所であるために、提案した事はない。

 

 

 週に二日ほど、昼食時にこの技術棟に入り浸るようになってから3ヶ月程になる。

最初はリィンに頼まれて全員のARCUS(アークス)の調整をするためにブツを抱えて赴いただけだったのだが、見慣れない開発途中だったバイクに目が行ってしまったのが運の尽きだった。興奮気味に話すジョルジュとアンゼリカにあれよあれよという間に連れ込まれ、気付けばリィンも巻き込んでちょくちょく訪れるようになってしまったのだ。

 

 

「しかしあれだね。レイ君の発想はいつも面白い。以前言っていたけれど、造詣が深いというわけでもないんだろう?」

 

「えぇ、まぁ。……知り合いに色々なものを作ってるマイスターがいるもので、影響を受けたとしたらそこからですかね」

 

「へぇー」

 

「でも今回の案はあんまりオススメしませんけど」

 

「何故だい?」

 

 本気で問うているわけではなく、こちらをどこか試すような口調で聞いてきたジョルジュに向かって、レイはニヤリとした笑みを浮かべながら答える。

 

「先輩たちが作ってるバイクはそういう血生臭い活用とは無縁でしょう? 言ってしまえば―――ロマンを求めるものだ」

 

「フフフ、良く分かっているじゃないか」

 

 レイの答えに満足したような声と共に技術棟に入ってきたのは、男装の麗人ことアンゼリカ・ログナー。

四大名門の一角である『ログナー侯爵家』の嫡女でありながら、貴族特有の傲慢さは欠片も見えない人物であり、しかし言動の節々にはやはり生まれ持った高貴さが滲み出ている変わった女子生徒でもある。

その貴公子と言ってしまっても差支えのない紳士然とした性格と竹を割ったような毅然とした言動などから、女子生徒から絶大な好意を寄せられているため、2年生の男子は肩身の狭い思いを強いられているとうのはクロウからの情報だが、実際に目の当たりにしてみるとその理由が嫌というほど理解できる。そこいらの男よりも男らしい。

 

「そう。私が求めているものはロマンだ。遮るものが何もない街道を疾走し、風を全身で浴びる爽快感‼ まるで生きているかのように鼓動する愛機のエンジン‼ 背に乗って振り落とされまいと必死に抱きついてくる可愛い女子の柔らかな肌の感触‼ それを君も分かってくれているとは……いやはや、嬉しいよ」

 

「あ、すみません。最後のはちょっと分かんないっす」

 

「ブレないねー、アンは」

 

 いつもの事ながら若干引かざるを得ないほどに語ってくるアンゼリカにレイはジト目を向け、付き合いの長いらしいジョルジュは苦笑するだけに留まった。

 彼女は男性に興味がない、というわけではないらしいが、それよりも可愛らしい女性に目がないという、これまたモテる要素に拍車をかけるような嗜好がある。似たような趣味嗜好の人物に事あるごとに女装からの撮影会を要求されてきた身としては少々トラウマものの性格を持つ人物ではあるのだが、接している内にその苦手意識も薄らいできた。

 と言うのも、ベクトルが違うのだ。

エオリアは自分が可愛いと思った対象を準ストーカー認定されるレベルまでただひたすらに愛でまくり、あわよくば着飾って更に美しさを際立たせようとするタイプ。対してアンゼリカは可愛い女子はただそこにいるだけで可愛いという持論を持ち、アプローチをかける事はあれど嫌がるような素振りを見せる女子には決して無理強いをしようとはしないらしい。まさに紳士、と言ったところだろう。

だがそれでも、最終的に求めるモノが同じだということに変わりはない。もし何かの拍子にこの二人が出会ってしまうような事があればどんな化学変化が起きるかなど想像もつかないし、何よりただ純粋に怖すぎる。

 

 幸いにしてアンゼリカはエオリアと違いレイを邪な目で見る事はないのだが、「ロマンを分かってくれる同志」認定をされてしまい、妙に気に入られている節がある。そしてそれは、リィンも同様だった。

 

 

「まぁともあれ、確かにレイ君の言う事も間違ってはいない。バイクの機動性を以てすれば戦場で活躍することも充分可能だろう。……だがね、私たちはまだ学生だ。自分たちが楽しむために時間を費やすという事をしても罰は当たらないだろう?」

 

 思わず聞いている側が赤面をしてしまいそうな程の言葉を魅力的な微笑と共に紡いだアンゼリカに、思わず頷きを返してしまう。

 

 すると、技術棟の扉が開いて、また何人かが中へと入って来た。

 

 

「うーい。お、今日も美味そうな弁当並べてんなー。どれ一つっと」

 

「く、クロウ君‼ 失礼だよっ。ゴメンね、レイ君」

 

「……何でいつもいきなり首根っこひっ捕まえられて連れてこられるんだろうか」

 

「諦めた方が良いんじゃない?」

 

 テンションが高いクロウを先頭に、その行動を窘めつつ入ってくるトワ、首のあたりを抑えて数度咳き込むリィンに、普段はここに来ることのないフィーまでぞろぞろと入ってくる。

イスが足りなくなったために女子勢とレイがそのまま座りそれぞれ他愛のない談笑をしながら弁当のおかずを摘まんでいった。

 

 因みにテーブルの上に広げられている大容量の容器に入った唐揚げ、卵焼きを筆頭とした弁当はレイの作ったものであり、昼休みに技術棟を訪れる時、不定期に作って差し入れをしていたりする。

このような惣菜の類のものを作る時もあればスイーツを作ってくるときもあり、この場所に入り浸っているメンバーにとっては実は密かな楽しみなのだ。

 

「そういえばトワ、生徒会の仕事は大丈夫なのかい?」

 

「うん。一通り終わらせたからこっちに来たんだ。あ、レイ君、卵焼き貰っていい?」

 

「どーぞどーぞ。それにしてもお前も来るとはな、フィー」

 

「おかずが食べられると聞いて」

 

「今日はたまたま俺がとっ捕まった時に近くで昼寝してたんだよ」

 

「フィー坊スゲェ勢いで跳ね起きたもんな。―――あ、テメェ、ゼリカ‼ タコ焼きは俺のモンだぞ‼」

 

「ん? あぁ、そうなのか。ホラ」

 

「? やけにアッサリ渡したな。一体何を企んで――――――辛ッ‼ ちょ、待て待て待て待てッ‼ 水、水くれぇッ‼」

 

「あ、最後まで残ってたんですか。罰ゲーム用激辛トウガラシ入りタコ焼き」

 

「何てモン混ぜてくれてんのお前⁉」

 

「アレですよ、無様に連敗記録更新中のバンダナ先輩を焚き付けようと思って用意したんですけど―――まさか自分から引っかかってくれるとは。流石先輩ハンパねぇっす(笑)」

 

「この頃俺への仕打ちが拷問レベルにまで達してねぇか⁉ なぁリィン、何とか言ってやってくれよ」

 

「直感を鍛えるためとか言って寮でやった無味無臭激苦パウダー入りのパン当てゲームよりか断然マシです」

 

「あれは酷かったよね。結局マキアスが引いてメガネ割れたけど」

 

「お前らの訳分からなさにいつの間にか口の中の辛みが引いてたわ」

 

「ん~♪ この卵焼き甘くて美味しいね~」

 

「フフッ、このハンバーグも絶品だ。見事だよ、レイ君」

 

「ありがたき幸せ」

 

「え? 何で露骨に態度違うの?」

 

「何言ってんすか。当たり前でしょそんなの」

 

「諦めてくださいクロウ先輩。慣れなきゃレイとまともに付き合う事なんて出来ませんから」

 

「もうやだこの後輩」

 

 ひとしきり語り合い、結果的にクロウだけがナーバスになった状態で放置される。

やがて昼休みも半ばを過ぎたあたりで、いつものようにレイとクロウがテーブルの対面上に座り、向き合う。もはやこの技術棟では日常的な光景だった。

 

「? リィン、あれ何やろうとしてるの?」

 

「あぁ、ブレード勝負だよ。毎回やってるんだ、あの二人」

 

 フィーの問いかけにリィンが答えていると、クロウが手慣れた手つきでカードを混ぜ始め、レイはそれをやや冷めたような目で見ていた。

 

「余裕そうだなレイよぉ。だが今日こそは勝たせてもらうぜ」

 

「上等です。今日こそ食らいついて見せてください」

 

 その布告を合図にしたかのようにカードを手元に引き、ゲームが始まる。そこで再び、フィーがリィンに問いかける。

 

「この二人って勝率どれくらいなの?」

 

「アンゼリカ先輩に聞いた話だと今まで157戦してレイの無敗。引き分け(ドロー)もなしだ」

 

「……ま、それもそっか」

 

 当たり前の事を聞いた、と言わんばかりにフィーが息を漏らす。

運要素が非常に強く絡むゲームであればともかく、相手との駆け引きが勝敗を分けるゲームを行う時、レイは途轍もない勝率を叩き出す。それをリィン達は嫌という程に理解していた。

相手の表情の機微を読み取り、戦略を予想して最短で勝利に導く手を迷う事無く打ち出す。「昔性質(タチ)と性格の悪い仲間に散々虚仮にされた影響」と本人が語るその能力は、ゲームだけに留まらず、非常時での状況判断能力に帰結する時がある。それを知っているフィーからすれば、レイの常勝不敗は特に珍しい事ではない。

 

 ブレード対戦の鉄則は、”なるべく小さい数字から順繰りに出して行く事”である。そこに”ボルト”、”ミラー”といった搦め手を組み合わせて追い詰めて行き、最終的に場に出ている自軍の数字の合計数が相手を上回っていれば勝利となる。手札は10枚。先攻か後攻かはお互い初手に山札から引いたカードの数字の大きい方になるためイカサマをしていなければ完全に運任せになる。

 最後に”ボルト”、”ミラー”のカードが手札に残っていればその時点で負けであり、また”1”のカードは相手側が直前に出した”ボルト”の効果を無効化するという副次能力がある。

手札は勝負がつくまで一切変更できないため、最初に山札から引いた時点で明暗はほぼ決まると言っても過言ではない。特に、”ボルト”、”ミラー”がない状態での勝負はかなり厳しいものになるというのが一般的な意見だ。

とはいえ、それはあくまでも客観的な物の見方に過ぎない。やりようなど、幾らでも存在する。

 

 注視すべきは相手の表情と、カードを選ぶ際の手の動き。それを見るだけで、相手が何枚逆転系のカードを有しているかが何となく分かる。

大前提として、自分と相手の数字カードの合計数に差がない時に”数字を入れ替える”能力の”ミラー”は使用しない。更に言えば、相手側が数字の大きいカードを出していない状況での”ボルト”も悪手となる。

 レイの手札にこれらの逆転系カードは存在しない。一見不利に見えなくもないが、その分戦略の幅は別方向に広がっていく。

 

 一手、二手、三手、四手とお互いに数字の小さいカードを出して行き、五手目で”6”のカードを出す。

ピクリ、とクロウの眉が動いたのを見て、レイは次の一手の思考を張り巡らせ始める。

敗北条件の一つとして、”相手の場の数字よりも、自分の場の数字の方を大きくできない場合は、たとえ手札が残っていても敗北となる”というものがある。この状況で半端な数のカードは出せない。大抵の人間は”ボルト”を持っていればそれを使用しようとするだろうし、持っていなければ”ミラー”を使用する手もある。そのどちらを使われてもいいように、最大戦力である”7”のカードではなく、あえて一つ下の”6”のカードを場に出したのだ。たとえここで相手が慎重に動いて数字カードで対抗して来たのだとしたらそれはそれで相手の決め手と成り得るカードを消費させる事に繋がるのだから、不利には働かない。

 

 躊躇なくクロウが選んだのは、”ミラー”のカードだった。

 場のカードの総数が一気に逆転する。この後に打てる手は三つ。結果的に一手前にリセットする形になる”ミラー”返し、自分が出した二手前のカードを封じることで数の有利を抑え込む”ボルト”、後はただ単純に数の大きなカードを出すだけだ。

ただし、前者の二つは今回選べないため、必然的に三番目の策を取ることになる。

自分と相手の数字の差は7。レイは大剣が描かれた最大値のカードを場に出し、総数を合わせ、仕切り直しに持ち込む。場のカードは全て撤去され、再びゼロの状態からゲームが再開される。

 通常、ゲーム後半に仕切り直しに持ち込むのは悪手であるとされている。それまで拮抗していたはずの場の数字が全てリセットされ、先攻と後攻を決める段階まで戻るからだ。つまり、再度運要素が絡む事になるからだ。

そして引いたのは、レイが”3”で、クロウが”4”。この段階でポーカーフェイスを貫き通していたレイは心の中で僅かにほほ笑んだ。

 

「(さて、と)」

 

 反撃を開始する。

先ほどクロウが躊躇う事無く”ミラー”を場に出した時点で相手の手札の中に”ボルト”はないと当たりをつけている。無論、それがブラフである可能性も充分にあるのだが、事ここに至って熟考する姿を見せる事のほうが相手に隙を与える事になりかねない。基本に従って手札の中から数字が小さい順に出していき、自分の残りのカードが二枚ずつになった所で、レイは手札にもう一枚存在していた”7”のカードを何食わぬ顔で場に出す。そこでクロウは、諦めたかのように眉を顰めた。

 

「あーくそっ、負けだ負け」

 

 ヤケクソになったように手元に残った一枚のカードを放り出す。そこには”7”の数字が書かれていた。直前の場の数字の総数はレイの方が一つ上であり、これではどう足掻いても敗北は免れない。

レイは手札に一枚残った”ボルト”封じの”1”のカードを放ると、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「158勝目いただきました、っと」

 

「チクショー」

 

「毎度毎度ご苦労様だね、クロウ。これだけ負ければいっそ清々しいんじゃないかい?」

 

「うっせーよ、ゼリカ」

 

 目の前で繰り広げられるそんなやり取りを見ながら、レイはふと思う。

 ゲーム運びを見る限り、クロウは決して弱いわけではない。基本の戦術は心得ているし、状況に合わせて戦法を変えてくる柔軟性もある。

 だが、たまに読めなくなる(・・・・・・)時があるのだ。

 最後の最後まで”ボルト”ないしは”ミラー”を残して発動し、それを読んでいたレイに手痛いしっぺ返しを食らった時もあれば、最後まで今回のように大きい数字を残してそのまま残留して敗北というパターンもある。

本人曰く「最後に逆転劇を見せるのが醍醐味なんだよ。賭博師(ギャンブラー)ってそういうモンだろ?」らしいのだが、それにしては今回のように”ミラー”を早々に出すときもある。

 今はパターンがある程度形成されて来ているので”なんとなく”で読めてきているのだが、唐突に奇天烈な行動をとられた際には反応できなくなる時が来るかもしれない。

 深読みをしてみる。もしこれまでの対決がこちらにパターンを馴染ませるための戦いに過ぎず、機が熟したと見るや予想外の戦法で以て一勝を捥ぎ取っていく算段であったのならば―――おそらく対処できない。

 

「(賭博師(ギャンブラー)というより、道化師(ピエロ)か、それとも策士(ブレイン)か……いや、考えすぎだな)」

 

 何を熱くなっているんだ、と自分に言い聞かせ、レイは席を立つ。

そうして普段ジョルジュが使っている作業台の近くに立つと、自分用の特注ARCUS(アークス)を取り出し、開く。

そこそこ酷使しているという自覚はあるが、機能に一切の違和感はない。

 

「そう言えばレイ君、君のARCUS(アークス)だけは特注製だったよね。確かZCFからの提供だとか」

 

 徐に飛んできたジョルジュからの言葉に、レイは頷く。

 

「えぇ。お節介な人が寄越してきやがったんですよ。最初はどこの天才が作ったモンかと思ってたんですが……まぁあの技術チート一族なら作れるんでしょうねぇ」

 

 遊撃士としてクロスベル支部に所属する前に数か月程度滞在していたリベールで出会ったエプスタイン博士の三高弟の一人である老人とその娘。技術と孫(娘)に魂を売り渡したあの連中ならば大概の無茶は熱意と技術力と正体不明のナニカで貫き通すだろう。改めて考えてみると怖すぎる。

 

「しかし見事な出来だよね。これならZCFも新型戦術導力器(オーブメント)開発に一口噛んでくるんじゃないかな」

 

「……いや、今のところはそんなつもりないんじゃないですか? これだって多分依頼は受けたもののノリと熱意とプライドで作り上げたモノでしょうし」

 

 まぁ本当の意味での技術者ってそういうものかもしれないけど、と思いながら、レイはふと思い出す。

あの時は面倒くさい事を押し付けたというイメージが先行しすぎて”次会ったら殴る”という確固たる信念を持っていたものだったが、蓋を開けてみれば用意してくれた特注ARCUS(アークス)にはいろいろと助けられ、学生生活もそこそこ順調に過ごしている。だから、礼の一つくらいは言うべきなのだろうなと、心の硬さが僅かに和らいだ。

 

「(……あ、でもハリセンでぶっ叩くくらいは許容範囲内かもしれん)」

 

 クロスベル時代は暴走した連中相手によく使った品物は果たしてどこに押し込んだったかと記憶を探りながら、レイは項垂れているクロウにもう一度リベンジ戦のチャンスを与えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレボニア帝国、首都ヘイムダル。

 

 名実ともに国内最大規模を誇るこの都市の中心には、緋色の宮殿が鎮座している。

時に政治の中心として、そして何よりアルノール皇族家が御座す場所として神聖視されている『バルフレイム宮』。その一角、皇族のみが立ち入る事を許されているバルコニーに、一人の男性が月を見上げて立っていた。

 

 肩まで伸ばした金髪は首筋の辺りで一纏めにされ、その長躯を包むのは皇族のみが纏う事を許された真紅の貴族服。

玲瓏な楽器の音色を奏でながら佇むその姿は風流人のような雰囲気を醸し出しているが、それ程無害な人物という訳ではない。

 

 

「……あら、お兄様。こんな時間にどうされましたの?」

 

 そんな彼に届いた澄み切った声に、オリヴァルト・ライゼ・アルノールは振り向いた。

夜会にて多くの貴婦人を魅了する眉目秀麗と称するに相応しいその顔には柔らかい笑みが浮かび、バルコニーへの来訪者を歓迎する。

 

「やあアルフィン。なに、今宵は良い月が出ていたから独奏に洒落込みたい気分になったのさ。そういうキミはどうしたんだい?」

 

「うふふ、お兄様と同じですわ。綺麗なお月様を部屋から見て、思わず外に出たくなってしまいましたの」

 

 口元に手を当てて、上品に笑う少女。

その姿は若干15歳ながら人々を蕩けさせる美貌を有しており、皇女としての清楚さが彼女のあどけなくも美妙な人柄を強調している。

兄と同じ蜂蜜色の髪は緩くカールして腰元まで伸びており、華奢な肢体や瑞々しい白い肌、月光に照らされて淡く輝く青い瞳、それら全てが未成熟ながらも万人に美しいと言わしめるであろう彼女の麗華な雰囲気を引き立てている。

皇位継承権を持つ実の弟共々、自国民から≪帝国の至宝≫と呼ばれ、絶大な人気を誇る帝国第一皇女、アルフィン・ライゼ・アルノールは、異母兄であるオリヴィエに対して友好的に接している。

国を愛し、国民を愛し、家族を愛する慈悲深き皇族の鑑。それは庶子であり、皇位継承権を放棄した兄に対しても変わらない。変わらず、愛している。

 

 

「あら、お兄様、その手紙は?」

 

 オリヴァルトの近くに寄って来たアルフィンは、近くに設けられていたベンチの上に置いてあった一枚の手紙に目を落とす。

するとオリヴァルトは「あぁ」と言いながら楽器を手繰る手を止め、その手紙を持ち上げた。

 

「ZCFからの嘆願書さ。以前少し変わった品を作って欲しいと頼んだ事があってね。それを扱っている当人からの感想を纏めた報告書を提出して欲しいとの事だ」

 

「あぁ―――そう言えばお兄様仰っていましたね。トールズに入学される方に特注のプレゼントを贈られるとかなんとか」

 

「中々特殊な経歴を持つ少年でね。まぁ感想は後日直接聞く(・・・・・・)として……あぁ、そうだ」

 

 そこまで言ってから、オリヴァルトは悪戯っぽい笑みをアルフィンに向けた。

 

「聞くところによるとどうやらその少年はキミのまだ見ぬ王子様と昵懇(じっこん)の間柄らしい。話を聞いてみるのもいいかもしれないよ」

 

「まぁ‼ それでしたら是非お話を伺いたいですわ♪ 最近はエリゼも恥ずかしがって中々思い出話もしてくれなくなってしまって……」

 

 見るからに上機嫌になって表情を綻ばせる妹を見て、その好奇心の旺盛さと行動力の高さは、半分しか流れていないはずの自分と同じ血が濃く流れているのだと改めて実感する。

 

 

 祭りの日は、すぐそこまで迫っている。

 

 どうやら近く再開する事になりそうな少年の姿を瞼の裏に思い浮かべながら、オリヴァルトは再び楽器を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――?」

 

「どうしたんだ? レイ」

 

「いや……何だか悪寒が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




先日感想欄への返信で「フィーは天使。異論は認めない」と書きましたが、申し訳ありません、訂正いたします。


「フィー、トワ、アルフィンは天使。異論は認めない」


これ真理だと思う。



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