英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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確信した正義とは悪である

 正義が正義たり得る為には

 常に自らの正義を疑い続けなければならない

           by BLEACH 44巻 冒頭(一部抜粋)











信念と正道

「共和国政府との交渉は完了。ノルド高原における紛争は完全に回避されました」

 

 

 皇城『バルフレイム宮』内、帝国政府宰相執務室。

 豪奢でありながらこの部屋の主の気質を反映しているかのように荘厳な雰囲気が漂う場所に、涼やかな声が緊張感を孕んで言葉を紡ぐ。

だがその軍人然とした姿に萎縮はない。クレア・リーヴェルトにとって、この威風はもう見慣れたものであり、特段警戒すべき事でもなかった。

 

「対価として実行犯共を共和国に引き渡す事となった、か。まぁ仕方あるまい。通商会議を前にロックスミスに貸しを作ってやったと思えばいいだろう」

 

「はっ……」

 

 彼女の目の前に立っているのは、まさしく人民を率いる王の気質を有した壮年の男。

魁偉(かいい)な容貌もさる事ながら、その言葉の一つ一つが獅子が吠えるが如く心の奥底に迫ってくる。何人も抗う事を許さぬと言わんばかりの霜烈さが、その人物を称するに相応しい在り方だった。

 

 帝国政府宰相、ギリアス・オズボーン。

 腹心の部下の一人と言っても差し支えのないクレアに向き直ると、その男は僅かに笑みを浮かべた。

 

「しかし、”彼ら”の内二人は取り逃がしたまま。特にミリアムちゃんの報告にあった”ローブの人物”は危険という度合いを優に超えているのではないかと」

 

「フフ、≪天剣≫と互角に渡り合う腕前、か。あの少年も随分と特異な方向に歩んだものだ」

 

「…………」

 

 どこか少し昔を回顧するかのような声色になった自らの主を見て、クレアは心の中で歯噛みした。

 

 ≪白兎(ホワイト・ラビット)≫―――ミリアムからの報告によれば、レイは彼の地で出血多量に準ずる重傷を負っている。

何もできなかったことは仕方がない。彼の行動の逐一を把握しようと思う程傲慢ではないし、軍人である以上私情よりも命令の方が優先される。そこは割り切っていた。

 それでも、どこか振り切る事が出来ない感情があるのだ。結果的に生きていてくれたのだから安堵は出来たのだが、それでも報告を聞いた瞬間は動揺した。これではダメだ、切り替えろと、そう自分自身に何度も何度も訴えていたにも拘らず、だ。

 

「……ともあれ、遺憾ながら我々は釘を刺された状態になってしまいました」

 

「そうだろうな。このような仕込みを見せられてしまっては、我々も慎重に動かざるを得ない」

 

 猶予はあるとは言え、楔を打ち込まれた状況である事に変わりはない。

 再び”彼ら”が動くとすれば、来月に迫った帝都の『夏至祭』、そして何より再来月にクロスベルで開かれる『西ゼムリア通商会議』だろう。故、政府も常に最善の策を取らざるを得ない。

 ≪かかし男(スケアクロウ)≫―――レクター・アランドールは東に。

 ≪白兎(ホワイト・ラビット)≫―――ミリアム・オライオンは西に。

 そして要たる帝都は≪氷の乙女(アイスメイデン)≫―――クレア・リーヴェルトが守護をする。

 

「君の慧眼には毎度助けられている。今回も存分に生かしてくれたまえ」

 

「無論です、閣下」

 

 普段のクレアであれば、ここで莞爾な笑みの一つでも見せた事だろう。

しかし今は、余裕がなかった。ただ忠実に任務を無謬に遂行する駒となる。そうなる事でしか、感情の平穏を保つ方法がなかったからだ。

 

「ふむ……」

 

 それを、オズボーンは見抜いていた。

彼女の強みは類稀なる指揮統率能力と、堅実でありながら柔軟性に富んだ状況把握・判断能力。ここまで感情を封じていては、それらの強みの妨げになりかねない。

 

「……伝え忘れていた事があった。近く、オリヴァルト殿下が私用でレイ・クレイドルをバルフレイム宮に呼び出すつもりらしい」

 

 ピクリと、反応が帰ってくる。

 

「彼としても、帝都を訪れるのは久しいだろう。まして皇城の案内など、気心の知れた者でなければ無用な緊張を強いるやもしれん」

 

 その程度で恐懼するようなタマではないが、と分かってはいるものの、どこか期待を込めた眼差しを向けてくる腹心の部下を前にしてそれを告げるのは無粋だろうと言い留まる。

 

「そこで、だ。その一日、彼の警護及び案内役に君を就けるとしよう。気心が知れた仲ならレクターでも充分だが、あれは如何せん真面目に遂行はしないだろうからな」

 

「ふ、ふふ……」

 

 ゾクリとする様な笑みが漏れていた。

恐らく自重はしているのだろうが、それでもなお留まれない感情の奔流が堰を乗り越えて溢れ出ているのだろう。

 しかし次の瞬間には収まり、普段見慣れている彼女の姿に戻った。

 

「畏まりました、閣下。そのお役目、必ずや無事に務めて見せます」

 

「フフ、期待している。あぁ、できる事ならば”こちら”に引き込みたまえ。彼は私と真正面から腹の探り合いに応じるほどの胆力の持ち主だ。未だ粗さは見えるが、放ったままにしておくのは些か惜しい」

 

 その目を、クレアは知っている。

優秀な人材、磨き鍛えれば輝く原石を見つけた時の顔。”子供たち”の一人として長くこの人物と接して来たからこそ知っている。ギリアス・オズボーンと正面切って舌戦に応じようとする人物が少ないという事を。

故に欲しているのだろう。その気概、その実力。これほどの力を有していながら年齢制限という壁に阻まれて準遊撃士という枠に収まっていたのだ。幾ら前歴が前歴とは言え、あまりにも惜しい待遇である。

 

「善処いたします」

 

 高揚感を抑え込みながらそう言うと、ノックの音と共に事務官の声が届く。

そうして入室して来たのは、特注のスーツを隙なく着込んだ男性。気真面目そうな雰囲気が容姿から滲み出ているが、その表情は固いわけではなく、真剣ながらもどこかリラックスしているような様子が垣間見える。

 

 気負う様子を一切見せていないその男性の名はカール・レーグニッツ。

マキアス・レーグニッツの父親であり、帝都知事・帝都庁行政長官を務める政府の重鎮。平民出身でありながら数々の功績を打ち立てた清廉潔白な叩き上げの政治家であり、庶民派の役人として国民に親しまれる一方、ギリアス・オズボーンの盟友として『革新派』の一翼を担う重要人物でもある。

 

「失礼します、閣下。―――おや、先客でしたか」

 

「いえ、報告をしていただけですので」

 

 そう言うとクレアは、一礼をする。

 

「ご無沙汰しております、レーグニッツ閣下」

 

「あぁ。二か月ぶりくらいかな。……おや」

 

 カールはクレアの言葉にそう応えてから、何かに気付いたかのような声を出す。

 

「? 如何なさいましたか?」

 

「いや、何でもない。先月の帝都庁での記念行事の時には警備を回してくれて助かったよ」

 

「ありがとうございます。担当者にそう伝えておきますね。―――それでは閣下、私はこれで失礼いたします」

 

「あぁ。ご苦労だった」

 

 敬礼を残して、部屋から去るクレア。その姿が見えなくなった後、カールは優しげな表情を扉の方に向けていた。

 

「≪氷の乙女(アイスメイデン)≫と領邦軍の連中に恐れられているとは思えませんな。特に、今の彼女は」

 

「何か感じたものがあったかね?」

 

「えぇ。……娘が一時期浮かべていた表情と良く似ています」

 

 そう言いながらもカールはどこか複雑そうな視線を向ける。それに対してオズボーンは失笑した。

 

「案じる事はない。彼女が懸想しているのは私も良く知る少年だ。君の子息の同学年であり級友でもある」

 

「それは……奇縁ですな」

 

「全くだ。尤も、少々厄介な事情を抱えているせいで縁が実るのは遠そうではあるがな」

 

 クレアの恋愛事情を察する姿はどこか父親のような様相を呈していたが、名にし負う≪鉄血宰相≫はそれ程楽観的な人物ではない。

どこまでも苛烈に、どこまでも冷徹に、時に同朋を、時に己すらも駒として利用し尽くし結果を捥ぎ取る賢人にして狂人。それが、エレボニア帝国を西ゼムリア大陸最強の軍事国家へと発展させた男の本性である。

 

「(恐ろしい方だ)」

 

 それを理解しながら、カールは毅然とオズボーンの前に立ち、話を本題へと切り替えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――へぇ」

 

 

 未だ陽が昇りきっていない明け方。トリスタにほど近い街道の脇の開けた一角にて、感心したような声が響いた。

 

 

「俺を防御に回らせたか。成長したな」

 

「四人がかりでやっと……だけどなッ‼」

 

 レイの目の前で裂帛の気合いと共にそう叫ぶのはリィン。そして二人の間には、交差されて鎬を削っている刀があった。

 当初はリィンだけ。その後ラウラが、ガイウスが、ユーシスが加わって合計五人で行っている早朝の”朝練”。3ヶ月ほど続いているこの修練の内容は至って単純であり、”レイ一人と他四人の全員参加での乱取り”である。つまり、”四人纏めてかかってこい。心配するな、その程度で負けるほど俺は柔じゃない”という事だ。

 始めた初期はレイに刀を鞘から抜かせる事すら叶わず、無手の状態であっけなく地面に沈められていた。そこから実技教練や地獄のような”特訓”を乗り越え、漸く”剣士として”戦わせる事ができたのが1ヶ月前。

 そして今日、レイに防御の行動を取らせる事ができた。これまで悉く柳の葉のように回避され続けられて来たのだが、今回初めて鍔迫り合いにまで持ち込んだのだ。

しかし、ここに至るまで繰り出した手数は多い。

右足で抑え込まれているのはガイウスの槍。左足の靴底で防がれているのはラウラの大剣。そして左腕に握られた鞘で受け止めているのはユーシスの騎士剣。これだけの犠牲を出して漸く届かせたのだ。

 本来の戦場であれば悪手だ。レイが本気で抗うつもりなら、この状況から脱するのに数瞬も必要ない。だがそれを差し引いても、前衛組の成長に、レイは思わず口角を釣り上げた。

 

「見事だ。たった3ヶ月でここまで伸びるとはな。なら次は―――」

 

 褒めたのも束の間、闘気を僅かばかり解放して一つ上の段階に移る。

自信を封じ込めていた武器を全て弾き飛ばし、リィンの太刀を一瞬で受け流すと一回転して首筋に白刃を突きつける。

 

「この動きについて来い。今のお前らでも後衛の補助なしでここまで動ければ上等だが……この先お前らが準達人級の奴らと戦う時が来た場合、動きについて来れなきゃ死ぬだけだ」

 

 分かるだろ? と念を押され、リィンの脳裏に浮かぶのは、あのローブの人物。

勝てないと一瞬で悟ってしまったあの人物は、結局レイの力を以てしても倒しきれなかったらしい。それは即ち、”達人”の領域に至っている者、という事だ。

今の自分達では逆立ちをしても勝てない相手。それを実際目にしたリィンとガイウス、そして伝聞で聞いただけながら脅威を肌で感じ取ったユーシスとラウラは奮起した。上等だと自らを奮い立たせ、己の獲物を手に再度攻撃を叩き込む。

しかし四人の中で唯一、その攻撃に全力が籠っていない人物がいた。

 

「軽いぞ、ラウラ」

 

 本来であれば四人の中で一番重量があるはずのラウラの大剣を―――レイは両手で白刃取りする事で受け止めた。

驚愕する本人を他所に、闘気を解放する前とは比べ物にならない圧倒的な剣圧が蹂躙していく。

躱せない、受け止められない。しかしそれですらもレイの実力の一端に過ぎない。以前サラと戦った時は、これよりも更に濃密な闘気を身に纏わせて戦っていた。

 

「くっ……」

 

 結局為す術もなく全員が打ち倒され、朝練は終了となる。いつものように体力回復の呪術を施され、それぞれ反省点などを挙げ連ねながら寮に戻る、というのが通常の光景だ。

 しかし、今回は一人だけその輪の中に加わっていない。

 

「…………」

 

 ラウラだ。俯いたまま、腰に佩いた大剣をじっと見つめている。

特別実習から帰ったあたりからどうにも戦闘時の動きに精彩を欠く事が多くなり、加えて日常生活の中でもぼーっとしている時が偶にある。以前の彼女ならば、決して見せなかった姿である。

 何があったのか? とは聞かない。理由は既に分かっている。

だがそれは、当人同士の問題だ。事態がさほど切羽詰まっていない以上、マキアスの時のようにお節介にも自分から介入するつもりはない。

まぁ頑張れよと妹分にエールを送りながら、レイはまだ霧のかかっている街道を寮に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、ほっ」

 

 そして朝食後、レイは寮の階段を数段飛ばしで降りながら、一階へと向かっていた。

普段は寮にいる全員で揃って登校するのだが、今日はさて行こうかという時にレイがテキストを自室に忘れた事に気付き、取りに戻ったのだ。「先に行っててくれ」と取りに戻る時に告げたため、久しぶりの一人での登校となる―――となると思ったのだが。

 

「む、早かったのだな」

 

「ん? どうしたんだよ、ラウラ」

 

 一階のロビーには、何故かラウラが残っており、壁に寄りかかったまま佇んでいた。状況的に待っていてくれたのだろうが、その理由は分からない。

すると彼女は、少しばかり逡巡してから口籠るようにして語りだした。

 

「その、だな。登校する道すがらでいいのだが、少し私の悩みを聞いて欲しい」

 

「―――あぁ、なるほど」

 

 どうやらそのために残っていたらしい。レイは基本的にこの問題に関しては不干渉でいるつもりだったのだが、流石に当事者から相談を持ち掛けられては無視するわけにはいかない。

構わない、と一つ首肯してからとりあえず寮を出る。季節はすっかりと夏に移り変わり、それを証明するかのように燦々と輝く太陽の光が頭上から降り注いできた。

 

 

「そんで? 悩みってなにさ」

 

「あぁ。……いや、もう知っているのだろうが、私は今、フィーとの接し方について悩んでいるのだ」

 

 予想通り。というよりもそれに気づいていないメンバーはいない。

 

「フィー、ね。悩み始めたのはあいつが猟兵団の出身だって分かった時からだろ?」

 

「そうだ。私は幼い頃から、父の姿を見て育った。父が体現していたのは、正道を貫き通す騎士道の剣。私もまたそうで在りたいと、≪アルゼイド流≫の門下生たちに混ざって鍛練を積んでいたのだ」

 

「≪光の剣匠≫か」

 

 エレボニア帝国最強の剣士と名高い≪アルゼイド流≫筆頭伝承者にして≪光の剣匠≫の異名を持つ剣士、ヴィクター・S・アルゼイド。

かの≪八葉一刀流≫の開祖である≪剣仙≫ユン・カーファイと互角の勝負を繰り広げたその人物こそがラウラの実父であり、彼女の目標であった。

 その在り方は高潔にして清廉。領地として治めるレグラムの民から絶大な支持を得ており、傲慢な性格は微塵も垣間見えないと聞く。成程、確かに”騎士道”を歩むのにこれ程相応しい人物もいまい。

そしてそんな人物の背を眺めて目標にしてきたラウラが正道を歩む事に拘るのは理解できる。そして彼女にはその道が最も相応しいだろうとも。

 

「故に、であろうな。私は、猟兵という連中に対して良い印象は抱いていない」

 

 ”勇気” ”高潔” ”慈愛” ”公正” ”寛容” ”信念” ”希望”―――この七つこそが騎士の美徳とされ、ラウラはそれを体現しようと日々邁進している。

ならば、それと正反対の道を歩む猟兵に好意的な感情を向ける事が出来ないのは必然だ。金銭こそが全て。依頼とあらば略奪や虐殺も躊躇いなく行う非道な連中という意識が染み付いてしまっている以上、その印象を覆す事も難しい。

中には以前イリーナと話した時に名前が出て来た≪マーナガルム≫のような仁義に外れた行動は一切取らない猟兵団も存在するが、それは限りなく少ない。というより、唯一と言っても良いだろう。

 

 しかしラウラは、その後首を横に振った。

 

「だが、フィーはフィーだ。例え猟兵団の出身であろうとも、我らの仲間である事に変わりはない。彼女は以前の特別実習の時にも、幾度か窮地を救ってくれた。その恩に報いたいと思っているのだが……どうにも私の中の信念が邪魔をするのだ」

 

「割り切ろうとしているのに、できないってか?」

 

「あぁ。大切な仲間であると、私自身それを十二分に理解しているつもりなのだが……遮るのだ。そう考えると、己の器量の小ささに辟易とする」

 

「俺達の中でもお前は群を抜いて生真面目だもんなぁ」

 

 悪い事ではない。寧ろ彼女のような価値観は稀少だ。

何色にも染まらず、愚直なまでに求める道の先に突き進もうとする気概。それはまさに正義という曖昧な感情を持ち続けるために重要な心であり、間違っても邪であるとは言えない。

 だが、だからこそ迷う。

自分の進む道はこれでいいのだろうかと、ふとした時に疑問が浮かぶ。そしてレイに言わせれば、そう悩まない連中に正道を語る資格などない。

 

「時折自分自身を疑ってしまうのだ。私の進もうとしている正道は、仲間一人の過去すら許容できない物なのかと。物心がついて、剣を握るようになってからこの方、私は己の信念を疑った事はなかった。……だが所詮その程度のものでしかないのならば、いっそ―――」

 

「―――勘違いしてんじゃねぇぞ」

 

 だが、この少女は思い違いをしている。

悩むのはいい。幾らでも悩め、悩み抜け。しかし、それとこれとは話が違う。

 

「信念を貫く事と正道を語る事はイコールじゃねぇんだよ。信念ってのは自分が自分らしく在るために持ってなきゃいけないモノだ。それを捨てて生きてる奴は心をなくして生きてる廃人と同じだ」

 

「っ……」

 

「そんな信念を捨ててまで人と付き合う? 馬鹿言ってんじゃねぇ。そんなものは所詮上辺のペラッペラな付き合いに過ぎねぇよ。合わせている方は苦痛だし、合わせて貰っている方にも失礼だ」

 

「……だが私の信念は正道―――正義だ。それを貫いている限りフィーと分かりあう事は……」

 

「……本当にそうかよ?」

 

 彼女の目には既に映っているはずだ。仲間の誰よりも戦場で前に立ち、傷つけさせまいとその小柄な体を生かして縦横無尽に駆け巡るフィーの姿が。

それはまさしく―――正道の在り方ではないのか?

 

「お前が自分の正道を疑問に思う事には口を挟まねぇよ。自分は正しい事をしているのかって悩んでいないような奴は、いつの間にか正道を踏み外してるモンだ」

 

 信念を幾ら貫こうとも全ての人間が正義を名乗れるわけではない。故に別物だとレイは言う。

 己を正義だと欠片も信じずに突っ走る者は、己の駆け抜けた轍の後ろにいつの間にか悪徳が積み重なっている事を知らない。それは、己を悪だと自覚している悪党より数段性質(タチ)が悪い人間だ。

だからこそ、その疑問、その悩みは正当だと言う。信念を曲げる事はラウラ・S・アルゼイドという少女の未来を奪う事になり兼ねない。そこは悩むなと。しかし、人によって価値観が曖昧な正道は疑問に思う事に価値がある。

 

「私、は……」

 

「今すぐ答えを出せとは言わねぇよ。それでももし割り切る事ができなかったのなら―――」

 

 レイは、普段ラウラが剣を佩いている右の腰を指さして苦笑する。

 

「そん時は、手っ取り早く”力”で語ってみるのも悪くないかもしれねぇぞ」

 

「ふふっ。レイよ、それは女性に薦めるべき解決策ではないぞ?」

 

「良く言うぜ前衛組。―――つーかお前、俺に対してはどう思ってんだよ」

 

「?」

 

「前からちょくちょく言ってただろ? 俺も一時的だが、フィーが所属していた猟兵団にいた事がある。その他にも……まぁ色々やってた俺もお前にとっちゃ正道から外れた存在なんじゃねぇのか?」

 

「あぁ、そういう事か。―――うむ、改めて考えてみるとそうなのだろうが、そなたには前々から稽古をつけて貰っている上に、もう何があろうとも大抵の事では動じなくなってしまったのでな。……そう考えると随分と不義理な事をしてしまったな」

 

「あん?」

 

「そなたにとってフィーは妹御のようなものなのだろう? 兄替わりのそなたに要らぬ心配と迷惑をかけてしまったと思ってな」

 

「気にすんな。あいつにはこういった試練も必要だよ」

 

 そして恐らく、フィー自身もそれを自覚している。

だからこそ先日の外出の時にもそういった弱音は一切吐かなかったし、本人も言うつもりはなかったのだろう。これは自分が何とかしなければいけないという自覚が、彼女の心の中には芽生えている。それは、とても大切な事だ。

 

「だから、さ」

 

「何だ?」

 

「もしお前が色々と割り切ってフィーと仲直りする時が来たら、今度こそあいつの友達になってやってくれ」

 

 どこか達観したような声色で紡がれたその頼みに、ラウラは黙したまま頷いた。

言われなくともそうするつもりだと、その表情は口で言うよりも雄弁に語っていた。

 

「―――よし、この話は終わりだ。とっとと教室行こうぜ」

 

「あ、待ってくれ。もう一つだけ、聞いてもよいか?」

 

 駆け出したレイの背中から、ラウラが声を掛ける。立ち止まって振り向くと、彼女は真剣な顔に戻って一言だけ聞いてきた。

 

「何故そなたは―――そこまで強く在れるのだ?」

 

 剣士としての実力は元より、決して揺らぐ事のない生き方をしている一風変わった同級生であり、仲間。

ラウラにとってはそう見えるレイにそう疑問を投げかけてみたものの、返って来たのは自嘲気味な笑みと、次の答えだけだった。

 

 

 

「俺は弱いよ。多分、お前たちの誰よりもな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏場の士官学院の授業には、軍事水練というものがある。

 

 要はギムナジウムのプールを使用しての授業なのだが、中心となるのは人命救助。自身が溺れないのは勿論の事ながら、他人を助けるという難易度の高い技術を学ぶ場でもある。

 

 

「あ、そうそう人工呼吸とかもやるから。それじゃ早速リィンとアリサで見本ね♪」

 

「サラ教官……」

 

「まぁ、言うと思ってました。―――やりませんけどね‼」

 

 お約束なそんなやり取りも済んだ後、一度全員が50メートルのタイムを計る事となり、男女二人ずつ、2レーンを使用して泳いでいく。

早々にタイムを計り終えたレイはプールサイドを歩きながら、リィン達の下へと近づいて行った。

 

「よー。お前らタイムどうだったよ」

 

「あぁ、まぁまぁかな。それにしてもレイ、早かったな。水泳部に居ても遜色ないレベルだったぞ」

 

「ま、訓練とかじゃなく実戦で鍛えられたからな。……巨大水中型モンスターに引き摺り込まれて溺れそうになった事あったし」

 

「あー……相変わらずとんでもない過去があるねぇ」

 

「もう驚かないわ」

 

 エリオットとアリサが比較的冷静な反応を見せた後、エリオットがレイの体を見る。

 

「……レイって僕より背が低いのにやっぱり鍛えてるんだね」

 

「そりゃあな。運動量ハンパないし」

 

 パンツタイプの水着一枚のみの体は、小柄でありながら無駄なくうっすらと筋肉がついて引き締まっている。

遠目からでは分かりにくいが、実際に近くで見てみると、同性としても羨ましく思える肉体である事が分かり、その内他の二人の視線も集めてしまう。

 

「……オイ、何だよ」

 

「―――あ、ス、スマン」

 

「ご、ごめんなさい。何て言うかその……やっぱりちゃんと筋肉はついてるのね」

 

「体作りはちゃんとしないとあんなデタラメな動きの剣術は使えねぇよ」

 

 そう言うとエリオットが「そっか……ただ筋肉をつける事に拘らなくてもいいのか」と呟いていたがそれは放置し、再びプールの方に視線を向けた。

すると、徐にサラが近寄ってきて、黙ったままレイにストップウォッチを握らせる。

 

「……え? 何コレ」

 

「最後の測定付き合いなさい。ホラ」

 

 スタート位置に目を向けると、そこには並んで立っているフィーとラウラがいた。

未だ表情は固いが、その表情は真剣そのものだ。水泳部に所属しているラウラは元より、フィーも中々に泳ぎは早い。勝負の行方がただ純粋に気になったというのもあったが、この対戦カードが二人にどのような影響を与えるのか。

片や兄貴分として、片や成り行きでつまらないアドバイスをしてしまった者として、見届けたいと思ってしまう。

 

「あいよ。ゴール地点にいればいいのか?」

 

「そ。お願いね。―――あぁ、そうそう。コレ終わったらアンタとアタシとで勝負するからね。アタシが勝ったら今夜の晩酌限界まで付き合いなさい」

 

「ちょっと待てオイ。俺を潰してその後どうするつもりだ」

 

「シャロンと協力して女装させて撮影会ね」

 

「叩き割るぞテメェ」

 

 どうでもいいところで絶対に負けられない対戦カードが組まれてしまった事に怒りを見せるが、何はともあれ今は二人の対決を見守らなくてはならない。

 レイが定位置につき、サラがホイッスルを鳴らした所で、二人が同時に飛び込む。

水中でのドルフィンキックを終えた後、先に浮かび上がったのはフィーだ。次いでラウラも水面から顔を出し、互いに一歩も引かない速さで水を掻き分け、前へと進む。

体格から言えばラウラの方が有利だが、フィーの泳ぎ方は最小限の動きで最大限の距離を泳ぎ切る事に長けている。他に観戦しているメンバーが思わず見入ってしまう程のデットヒートだったが、50メートルの半ばを越えたあたりでフィーが僅かに前へ出た。

猟兵仕込みの泳ぎの腕は伊達ではない。差は大きくは開かなかったものの、さりとて縮まりもしない。そしてそのまま、フィーが先にゴール地点に手を付いた。

 

「―――プハッ。あぁ、負けたか」

 

「お疲れさん、ラウラ。いや、いい勝負だったぜ。本気のフィーの泳ぎについて来れるなんてスゲーよ」

 

 レイがそう言うと、ラウラは少し驚いた表情になり、フィーの方を向く。

 

「? どうしたの?」

 

「いや……そなたがまさか本気で挑んでくるとは思っていなかったものでな」

 

 普段のフィーの怠惰ぶりを知っていれば、そう考えるのも無理からぬ事ではある。

しかしそんなラウラに対して、フィーは顔を振って水滴を飛ばしてから無表情のまま応えた。

 

「……本気で挑んできた人には、本気で返すのが礼儀だってレイに教わった。ただそれだけ」

 

「そう、か」

 

 少しばかり口籠った後、ラウラはプールサイドに上がる。どうにも意表を突かれたのか、歩み寄れる機会をスルーした事については何も言わない事にした。

 何より、今はそれよりも考えるべき大事な事がある。

 

「さて、俺も本気で泳ぐとすっか」

 

「別に本気じゃなくてもいいんじゃない? 私、レイの女装写真買うよ? 言い値で」

 

「数秒前に自分で言った事忘れるとか鶏かお前は」

 

 そんなわけには行かねぇんだよと、レイはストップウオッチをフィーに預けてスタート位置に向かって歩く。

その途中でラウラが壁に手を付いて落ち込んでいる様子が目に入ったが声はかけなかった。それでも未熟者め、修行が足りんと激励を心の中で送り、集中力を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 その数分後、プールには諸手を挙げて全力でガッツポーズをするレイと本気で泣きそうなレベルで落ち込むサラの姿があったが、他のメンツがどこか冷めた目で見ていたのはお約束として粛々と処理された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 この作品でのラウラとフィーの関係は原作ほど悪くないです。

 むしろ最後のやり取りで急接近はしたのですが、やはり最後の一押しは重要。それはまた後で。




 次回‼ 対リィン用リーサルウエポン(ある意味)登場‼


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