英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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では、久しぶりの謝罪をば。


前回のあとがきでとあるリィンの最終兵器少女を出すとか言いましたが、時系列確認したらこの話を先に書いた方が良いと思ったので差し入れました。

だからごめんなさい。妹様を登場させるのはもう少し待って(泣)


帝都の休日 前篇

 

 

 

『拝啓

 

 盛夏の候、いかがお過ごしでしょうか。

 青葉若葉のみぎり、貴殿におかれましては士官学院でのご健勝の程、お喜び申し上げます。

 

 学院理事長という大役を未熟ながら務めている身でありながらそちらに頻りに顔を出す事も出来ず、貴殿の活躍をこの目で拝見出来ない事を口惜しく思うと共に、伝聞ではありますが貴殿と御学友の各地の実習地での獅子奮迅の成果を耳にする度、学院創設者の末裔として鼻が高くなります。

 

 今後もより一層の邁進を期待しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――さて、堅苦しい文体もここまでとしようか。

 

 いや、すまない。慣れない事をしてギャップを演出してみようと思ったんだけどね、途中でどうにも笑いが堪え切れなくなってしまって。

あぁ、でも君達の活躍を嬉しく思っているのは本当さ。特に君はノルドでは随分と暴れたようだね。重傷を負ったとも聞いたけれど大丈夫かい? まぁ、大丈夫だろうけどね。

 

 

 さて、今回このような手紙を送ったのは他でもない。

 

 以前君に入学祝いのような扱いで贈らせてもらった君専用の特注ARCUS(アークス)だけどね、一応アレは僕がZCFに依頼発注した事にはなっているんだが、名目としては『特殊条件下における次世代戦術オーブメントの効率的な運用』というコンセプトをでっち上げて作った物なんだ。

そうでもしないと色々許可を得るのが面倒臭くてね。まぁ先方は全部分かってて作ってくれたみたいだが。

 

 そこでなんだが、君には特注ARCUS(アークス)のテスターとしてレポートの提出をお願いしたいんだ。

 

 とは言ってもそれ程難しい事じゃあない。使用時の長点や欠点、使用者自身が思い浮かぶ改良点とかを教えて貰いたいだけなんだ。

 ホラ、君の学友の中にもラインフォルト社から魔導杖のテスターとしてレポートの提出をお願いされている子がいるだろう? それと同じようなノリでオッケーさ。

 

 それで書いて貰ったレポートなんだが、直接持って来て貰いたいと思っている。

 

 無論、バルフレイム宮に、だ。あぁ、心配はいらない。ちゃんと許可は取っているし、案内役もつけよう。

以前は半ば強引に離宮に招待してしまったからね。そのお詫びだとも思ってくれて構わないよ。ゆっくりと寛いでいくと良い。

 

 

 

 …………さて、ここまで記して自分で言うのもなんだが、君は今とても胡散臭く思っているだろうね。眉を顰めて渋面を浮かべている姿が目に浮かぶよ。

 

 誓っても良いが、決して裏があるわけではない。君を嵌めようなどとはこれっぽっちも思っていないし、他の貴族たちからやっかみの視線を向けられないように最大限配慮するつもりだよ。

 だから僕としてはこの招待を受けてくれるとありがたい。余程の理由があるのなら無理強いはしないしレポートも郵送で送ってくれて構わないが、僕としても君に渡したい物があるのでね。

 

 ついては7月18日、士官学院の自由行動日はどうだろうか?

 

 もし用事がある場合は前日までに手紙で知らせて欲しい。それじゃあ、会える日を楽しみにしているよ。

 

 

 

                          オリヴァルト・ライゼ・アルノール 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日、ちっと帝都に行ってくる」

 

 

 夜も更けた午後9時、レイは自室でリィンが持ち込んできた将棋盤の盤上を睨みながら、そう言った。

それに対してリィンは、桂馬の駒を指先で持ちながら応える。

 

「へぇ、用事でもあるのか?」

 

「本当なら新しい料理の研究したり暇つぶしに技術棟に顔を出すつもりだったんだがな。呼び出しがかかったんだよ」

 

「なるほど。帝都に呼び出し、ね」

 

 パチン、という音が鳴って一手が打たれる。

勝負は今のところ五分五分と言った所だが、すぐにレイが動かした香車の駒が敵陣へと抉り込んだ。リィンは僅かに目を細め、思案を再開しながら友人との会話にも思考を割く。

 

「朝からか?」

 

「そうなるな。厄介事はなるべく早めに終わらせたい。まぁそれでも多分夕方までは戻れないと思うが」

 

「豪華な昼食をいただいて待ってるよ」

 

「お前中々良い根性してきたな」

 

 大体お前も生徒会長からの依頼をこなすんだろうが、と軽口を叩きながら、互いに駒を差し交す。

そこでリィンは、レイの脇に置いてあった紙の束をチラリと一瞥した。

しかしそれだけ。必要以上にプライベートに踏み入る事はしないと言わんばかりに、再び視線を盤上に戻した。

 

「だけどアレだな、レイにも一度旧校舎探検に付き合って欲しいんだが」

 

「あぁ、迷路みたいになってるんだったか? 面白れぇよな。まるで地精霊(ドワーフ)が作った迷宮じゃねぇか」

 

「お蔭で退屈はしないぞ? ……迷う可能性は結構あるけど」

 

「一回巨大迷宮に一週間くらい籠ってみろよ。空腹が祟って別世界が見えるぜ」

 

「心の底から遠慮するな」

 

 それはそうだろう。かくいうレイでさえその一週間、水なし塩なし何もなしの状態で出口を求めて歩き回り、本気で死にかけたのだ。今の彼らが同じ目に遭ったらミイラの仲間入りになってしまうのは想像に難くない。

 しかし、興味がないと言えば嘘になる。未知の場所に未知のギミック。何とも男心を擽られるし、入る毎に深部への扉が開くというその仕掛けも出来れば直接目にしたい。

だが流石に今回は諦めざるを得なかった。

 

「ま、あれだ。せいぜい深入りし過ぎないように気を付けるんだな。俺の経験上、そういったダンジョンじみた場所は真相に近くなればなるほど陥穽じみた悪辣な罠が仕込んであるモンだ」

 

「……参考までに聞いておくと、どんな?」

 

「無音で足元が開いて串刺しにかかる落とし穴、いきなり背後から猛スピードで迫ってくる巨大鉄球、落ちてくる天井、魔方陣から召喚される古代種の竜、水責め、火責め、大群で迫る騎士甲冑、食人植物の大量発生、即死クラスの毒矢の雨、etcetc……」

 

「ゴメン、聞かなきゃ良かったと後悔してる」

 

「遅ぇよ、っと」

 

「あっ」

 

 隙あり、と言いながら、レイの飛車が敵将を討ち取る。自分の油断が招いた結果に一つ溜息を吐いてから、リィンは駒を片付け始めた。

 

「まぁでも、警戒はしておくよ。……今更ながら自分以外の命を預かる事の重大さを感じれるようになったからさ」

 

「重畳だ。それが分かっているのと分かってないとでは感じ取れる”死”に対する恐怖感がまるで違う。忘れるなよ、その気持ち」

 

 すくりと立ち上がって纏められた紙束を机の上に放ると、そのまま自分のベッドの上に腰掛ける。すると、どこか自虐的な声色で呟く。

 

「死に対する恐怖はどんなに強くなっても絶対に忘れたらいけないモノだ。忘れた瞬間からそいつは狂戦士―――修羅に成り下がるからな」

 

「…………」

 

 まるで、そうまるで自分が”そう”なのだと言いたげなその諫言にも似た言葉。

この頃になって漸く偶に垣間見せるようになったこの表情と声色は、漏らす言葉とは裏腹にどこか拒絶の意思があるように思えてしまう。

 ”この先に踏む込めば後悔するぞ” ”だから来るな、来ないでくれ”と、そう訴えかけているかのようで、思わず口を噤んでしまう。

 

 一瞬、そう、一瞬だけだが、リィンの目にはレイの体を取り巻くように螺旋を描く荊の壁が見えた。

 

 

「……そう、だな。肝に銘じておく」

 

「おう。―――っと、そろそろだな」

 

「? 何がだ?」

 

「サラがトマス教官やナイトハルト教官と飲みに行ったの、お前も見てたろ? そろそろ帰ってくる頃合いだ。……泥酔状態で」

 

「……まだ早いんじゃないか? 9時半くらいだぞ?」

 

「ハイペースで飲むと潰れるのが早いからな、アイツは。ちょいと迎えに行ってくるわ」

 

「はは、何だかんだ言って心配してるんだな」

 

「うるせぇよ」

 

 ガシガシと後ろ髪を掻きながらベッドから飛び降り、部屋を出て行こうとするその背中について行ってリィンも退出する。

そこには先程までの雰囲気は微塵も残っておらず、いつも通りの彼がいた。口では何だかんだ言いながらも面倒見が良い、そんな彼の姿が。

 

 先は遠いのか、それとも考えているよりは近いのか。

 どうにも分からなくなったリィンは、とりあえず将棋盤を置くために、自室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、クレア・リーヴェルトは柄にもなく緊張していた。

 

 どれ程のものかというと、食事時にスプーンを震わせ、執務中にしきりに時計を見やり、少しでも時間が空けば鏡を見て髪形などをチェックする。

生真面目な彼女の性格上、職務を疎かにするという事はないのだが、それでも常に冷静沈着とした態度を崩す事のない彼女の姿を見慣れている≪鉄道憲兵隊≫の隊員からすれば、どこか忙しなさそうにしているその行動は明らかに異常であった。

 

 

 鉄道憲兵隊の本拠地である司令所が存在するのは帝国の中心地である帝都ヘイムダル駅構内。

 日々帝国各地で起きる問題の対処、または情報収集や工作任務などに従事する隊員達は勿論常に全員が毎日司令所に集まっているわけではない。

今日この日、7月18日に司令所に詰めていたのは20人前後。そしてその全員が、朝の職務の合間の僅かな空き時間を利用して、ミーティングルームに集まっていた。その中に、隊長であるクレアの姿はない。

 

「さて皆、よく集まってくれた。この場は不肖ながらこの私、エンゲルスが仕切らせてもらおう」

 

 両肘をテーブルの上に置き、眼前で組んで緊迫感を醸し出している男性は、鉄道憲兵隊の分隊長を務め、クレアの副官の一人でもあるエンゲルス中尉。

普段は沈毅(ちんき)とした正確な指揮能力と判断力で無謬に職務をこなす仕事人といった様相を呈している彼は今、重要任務に赴く前のような真剣味を双眸に帯びさせて集まった隊員達を一瞥した。

 

「ドミニク少尉、状況はどうなっている?」

 

「はっ。依然として大尉の様子に変化はありません。……良い意味でも悪い意味でも」

 

「あれだけ動揺してる大尉、自分は見た事がないのですが……」

 

 言葉を挟んできたのは、憲兵隊に所属して二年目になる新人男性隊員。それに言葉を返したのは、ベテランの壮年の隊員だった。

 

「フッ、若いな君は。大尉は過去に数度かああいう態度を見せた事があった。理由は―――男だよ」

 

 その瞬間、事情を知らなかった隊員が一斉に立ち上がった。

 

「マジすか⁉」

 

「というか大尉、彼氏持ち⁉」

 

「神は死んだ‼」

 

「落ち着け。天地がひっくり返ってもお前と大尉が付き合うことはありえんから」

 

「いやー、それにしても……え? ホントですか? ジョークとかじゃなくて?」

 

「勿論、デマなどではない。おかしい事ではないだろう? 大尉は宰相閣下の肝煎りである程の才媛だが、妙齢の女性でもある」

 

「えぇ、まぁ、そうなんですけどねぇ……」

 

「(……別に付き合ってるわけじゃないってのは黙っておいた方が良いわね)」

 

 勝手にヒートアップしていく隊員達を他所にドミニクは心の中でそう呟きながら嘆息した。

それはエンゲルスも同じであったようで、同じタイミングで息を吐いてから、隊員達を一喝する。

 

「静粛に。各々思うところはあるだろうが、まずは落ち着け。―――さて、ここまで聞けば諸君らなら分かるだろう? 大尉があれほど落ち着きがない理由が」

 

「ま、まさか……」

 

「デート‼ デートなんですか⁉」

 

 核心を突くような言葉が飛び出してきたが、エンゲルスは首肯はしない。

 

「少し違う。実は本日、オリヴァルト殿下が私用でその彼をトールズから呼び出したようでな。大尉は宰相閣下からの直々の命で護衛を命じられたようだ」

 

「あー、成程」

 

「普通に考えれば二人きりのデートとニアリーイコールですけどね……大尉真面目だから」

 

「逢引きとして接する事はできなくても緊張して焦ってるって事ですか。―――その、何て言うか」

 

『『『『大尉メッチャ可愛い‼』』』』

 

 言葉がシンクロする。まさに異口同音という四字熟語を再現したかのような状況なのだが、生憎と部屋に集まった全員が叫んだため、それについてツッコむ者は皆無だった。

 ……もうお分かりいただけただろうが、基本ここに集まった人間はクレアのファンクラブ会員であると言っても過言ではない。普段はそれが忠誠心へと変わっているだけという話で。

 

「ヤバい、何がヤバいって色々ヤバい。大尉は俺達を悶え殺す気か⁉」

 

「流石大尉ね。私たちが予想してる斜め上を平然と乗り越えて行かれるわ」

 

「一生ついて行きます‼」

 

「あ、ヤバい、鼻血が……」

 

「あぁ空の女神(エイドス)よ、大尉という至高の存在をこの世に授けて下さった事に感謝いたします‼」

 

「お前さっき神は死んだとか言ってただろうが」

 

「それで中尉、我々が呼び出されたのはそれを伝えるため、なのでしょうか」

 

 比較的理性的な隊員の言葉に、エンゲルスは肯定したが、「それだけではない」と告げる。

 

「目下、大尉の任務はその少年―――レイ・クレイドル氏の護衛だけだが、予定ではその任務は昼頃までとなっている。そして今日、大尉は任務後は非番扱い。―――ここから何が予測される? アミッド曹長」

 

「は、はい‼ えっと……や、やっぱりデート、ですか?」

 

 手近に座っていた女性軍人が迷いながらもそう答えると、一時沈静化していたミーティングルームの熱気が再び熱暴走を起こしかねないレベルまで上昇した。

 

「キタアアアアアアァァァァッ‼」

 

「デートって事はアレ⁉ 今まで見る事が叶わなかった大尉の蕩けた表情が見れる⁉」

 

「こうしちゃいられねぇ‼ すぐに非番申請だ‼ テロリスト? 知るか、んなモン‼」

 

「おいちょっと待て。今の発言は流石にヤバい」

 

「だが気持ちは理解できるぞ同志よ‼ ……まぁ現実問題無理なんだけど、な」

 

 はぁ、という深い深い溜息が重なる。

彼らはクレアのデート云々を語る前に軍人だ。それも機動力を最大の武器にしている部隊であるため、一瞬の油断と状況判断の遅れが国の大事に繋がりかねない。その程度は当然のごとく弁えている。

 しかし、テンションがダダ下がりどころか地上に落下してクレーターを作る勢いでマイナスゾーンに突入している隊員達を奮起づけるため、エンゲルスは以前からドミニクと合同で練っていたプランを発表する。

 

 

「諸君らの気持ちは痛いほど良く分かる。だが我々は国の防人たる軍人だ。それに、そのような愚行を大尉は決して許しはしないだろう」

 

 そのぐうの音も出ない正論に隊員たちの間では、「まぁ、そうですよね」「自分達、大事なこと忘れかけてましたね」「大尉が本気で怒ったらハチの巣にされるか氷漬けにされるか……」「いや待て、むしろそれはご褒美なんじゃないか?」「お前天才だな‼」「オイ誰かコイツら二人つまみ出せ」などと声が飛び交う

その後、変態発言をした男性隊員二人が残りのメンバーにフルボッコにされ、簀巻きにされて部屋の隅に蹴飛ばされたのを確認してから、再び口を開く。

 

「そこで、だ。私は大尉から本日の予定を聞いたその日から手を打った。ドミニク少尉を本日の正午を以て非番となるように申請し、ラインフォルト社の最新型となるネクタイピン型カメラを以て少尉に大尉の姿を撮影してもらおうというプランを‼」

 

『『『『エンゲルス中尉万歳ッ‼』』』』

 

 止める者が存在しない、防音設備が完璧に備わっているこの部屋で、まるで神を崇めるかのごとく諸手を挙げる軍人達……はっきり言って異常以外の何物でもない。

 

「ドミニク少尉、大尉は元より相手の少年も恐らくは凄まじい実力者だ。気配を感じとられないように細心の注意を払って行動したまえ」

 

「サー・イエス・サー‼」

 

「それではこれより『TSG(大尉の・至高の姿を・ゲットする)作戦』を実行する‼ 各員、決して大尉に気取られぬよう行動せよ‼」

 

『『『『サー・イエス・サー‼』』』』

 

 

 こうしてクレアの与り知らないところで、彼女を慕う者達が密かに妙な作戦を発動させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリスタ駅から列車に揺られておよそ30分。以前ノルドに向かう際にも訪れた帝都ヘイムダル駅に到着する。

通勤ラッシュと重なるには少しばかり遅く、さりとて昼頃のピークと重なるには早い午前8時。レイは衣替えをして箪笥の中に仕舞っておいた赤色のブレザーをもう一度引っ張り出し、それを纏って帝都を訪れていた。

流石に皇城を訪れようという時にラフな夏服のまま行こうとするほど馬鹿ではない。暑いのは承知の上だが、最低限の礼儀として士官学院生としての正装を纏い、背には刀袋に入れた愛刀を、そして左手には黒塗りのアタッシュケースを携えている。

 

 乗客の比較的少ない列車から降り、そのままホームの方へと向かう。帝国最大の駅ゆえに出口も北口・南口・西口・東口の四つに分かれているが、レイは指定された方角の改札に向けて躊躇いなく歩き始める。

 帝都に来たのは初めてではない。今まで良い思い出も悪い思い出もひっくるめて味わって来たこの場所は、ある意味で印象深く残っている。最後に此処を訪れたのが数ヶ月前だという事を考えると、駅の様相が変化しているわけもない。

すると改札口の前に、予想していた通りの人物が待っていた。

 

「お疲れ様です、レイ君」

 

「そりゃコッチのセリフだ。朝っぱらから俺の私用に付き合わせているようなモンだろ?」

 

「宰相閣下直々の護衛命令ですから。ちゃんと任務扱いですよ」

 

 いつも通りの隙のない軍服姿。常に激務に追われているだろうに疲れなど露程も見せない笑みはどことなくシャロンと似たところがあるが、彼女の場合はそこに柵を見せない。

氷の乙女などと呼ばれてはいても冷血ではなく、妙齢の女性らしい顔も垣間見せる。それが彼女の美しさの一端を担っているといっても過言ではなかった。

 

「それでも頭が下がる事には変わりねぇさ。不真面目な俺には特にな」

 

「あなたが不真面目ならこの世のどれだけの人が不真面目の烙印を押されることやら。それよりもまぁ、こちらにどうぞ。準備は出来ていますので」

 

「よろしくお願いする」

 

 レイが素直に折れたのを確認すると、クレアは付き添ってもらった二人の隊員に向き直る。

 

「ご苦労様でした。今日一日、後は任せましたよ」

 

「はっ、お任せ下さい、大尉‼」

 

「鉄道憲兵隊の名に懸けて、必ずや‼」

 

 気合いの入った言葉と共に敬礼をする二人に対して自身もまた敬礼を残すと、レイを先導するように改札口を出る。

 

「随分と今日は張り切ってるな、憲兵隊員」

 

「えぇ。とても良い事です。我々は『革新派』の重要な戦力の一つ。その自覚があるというのは大事な事ですから」

 

「……いや、というよりかアレは…………いや、何でもない」

 

「?」

 

「慕われてるな、って思っただけだよ」

 

 

 案内されたのは、駅前に停まっていた黒塗りのリムジン。いかにも熟練、といった雰囲気を醸し出していた壮年の運転手が手際よくレイの荷物を預かり、その後ドアを開けて車の中に入るよう促された。

そんな丁寧すぎる対応はレイにとって珍しくないものであり、緊張するものではなかったが、ここ数ヶ月は士官学院生として優遇とは離れた生活を送っていたため、どこか新鮮に感じられる。

駅前を行き交う人々から物珍しそうな視線を向けられる事に関してはとりあえず無視する事にした。

 

 広い車内と運転席は防音壁で区切られており、席に座っているのはレイとクレアの二人だけ。

とはいえ彼女はレイの隣に座るでもなく、どこか遠慮がちに向かいの席に腰を下ろした。

 そうしてリムジンが動いてすぐ、沈黙を嫌ったレイが用意されていたソフトドリンクをストローで吸いながら口を開いた。

 

「そういやさっき気付いたけどさ」

 

「? 何でしょう」

 

「髪、少し切ったよな? 確かこの前ケルディックで会った時はもうちっと長かった気がする」

 

「…………」

 

 その指摘にクレアは純粋に驚いたような表情を見せてから頬を少しばかり赤らめ、サイドポニーに括った水色の髪の先を弄り回す。

 

「よ、良く分かりましたね。本当はもう少し短くしようと思ったんですけど……どうにも勇気が出なくて」

 

「いや、そのくらいがちょうど良いと思うぜ、俺は。というかサイドポニーのお前の方が見慣れてるし―――あ、いや、髪解いてロングヘアーになったお前も見たいかも」

 

「ふぇ⁉ あ、そ、そうです……か……」

 

 ぷしゅー、という擬音が出る勢いで赤面するクレアを見て、レイは少しやり過ぎたかと思いはしたものの、決して軍人らしくない表情を見せる彼女に対して落胆したわけではない。むしろ、嬉しかった。

 若々しいその外見と相俟って、今でも学院生らしい恰好をすれば通用するだろう。実際、彼女がトールズに在籍していたのは6年前の出来事なのだが、同級生として在籍していたら楽しかったのだろうなと、そう思う。

 

 そう―――有り得ないifの世界を思ってしまう。

 

 

「―――レイ君」

 

 すると、オーバーヒートから立ち直った様子のクレアが、先程までとは違う、真剣な表情を帯びてじっとレイの顔を見据えて来た。

射竦められる。どのような強者が相手であっても竦む事はないレイだったが、自分の事を一心に想う視線には弱い。

 

「先日のノルド地方での一件、聞きました。……多分私の感情はサラさんかシャロンさんが代弁してくれたでしょうから深くは言いません。―――でも」

 

 流れるような動きでクレアはレイの隣へと移動し、そのまま優しく抱きすくめた。

サラやシャロンにもされた行動ではあったが、鬱陶しさは微塵も感じない。吐息が耳朶を擽る感触には未だ慣れず、鎌首をもたげかけた欲望を抑え込むように、軽く歯を食いしばる。

 

「一言だけ、一言だけ言わせてください。―――生きて帰って来てくれて、ありがとうございました」

 

 その言葉だけを見れば、子供の生還を喜ぶ母親のようにも見えるだろう。

だが、クレアの声は心の底から慕う男に対する情愛の念を孕んでいる。桜色の形の良い唇から紡がれたその言葉は、レイの理性を崩しかけたのと同時に、再び罪悪感を抱かせてしまう。

 

「……悪かった。いや、悪い癖が発症してな。向う見ずに突っ走って死にかけたんだよ。笑い話にもなりゃしねぇ」

 

「普通なら怒る所なんでしょうけど……レイ君の事ですから仲間を守ろうとして戦ったのでしょう? 大切な事です。それは」

 

「何で、分かるんだよ」

 

「分かりますよ。―――私もそうやって助かったんですから」

 

 覚えてますか? とクレアは続ける。

 

「2年前、帝都(ここ)で猟兵団を相手に戦った時。あなたは参戦した誰よりも果敢に戦って、多くのものを救ったんですから」

 

「……ケジメだ。古巣が迷惑かけようとしてたんだから、死に物狂いで何とかしようと思うのは当たり前だろ?」

 

 首筋の熱はいつも通り。術が作動していない事を確認してから、一つ溜息を吐く。

 

「……だがまぁ、アレだ。お前がそれを感謝してくれているのは、素直に嬉しい。だから―――」

 

 その恩義が恋慕に発展したのだと、レイは当初そう考えて疑わなかった。なぜ自分にここまで良くしてくれるのだと、無神経にもケルディックではそう問いかけてしまった。

自分を好いてくれるのは嬉しい。それを鬱陶しいと思うほど下種ではないし、色々と性格的に擦れているとはいえ、中身は17歳の青少年だ。裏表なく好意を寄せてくれる女性を好ましく思わないはずがない。

 

 だが、だからこそ良心の呵責がレイの心を苛み続ける。

一度脳裏にこびりついた悪夢は未だに拭えていない。あれだけ無力で、あれだけ復讐の念に駆られた自分が、今更人並みの幸せを得ようとしていることに対する罪悪感。

 

 だらしがないにも程がある。傍から見れば二流の脚本家が書いた三流演劇の終幕(オチ)でしかない。

悲劇を演出するための使い古された登場人物の過去話。自分の境遇がまさしくそうであることは百も承知だった。

 そしてそれは―――彼女達からの好意を蔑ろにする理由には到底ならない。

 

 だからこそ、レイは日頃から彼女達に告げているのだ。俺は屑だ。俺は馬鹿だ。それでもいいのか、と。

目下、彼に好意を寄せる三人の女性。何れも異性を振り向かせるのに充分すぎる魅力を持つ人物だ。幸せになって欲しいと心から願っているし、それを成就させるためならば協力は惜しまないと、そう思っていた。

しかし何の因果か、彼女達の幸せは、レイがいなければ成就しない。彼が本当の意味で救われなければ叶わない。まさしくそれは、本末転倒と言っても過言ではなかった。

 

 いっそ、忘れてしまえればどれだけ心地よいだろうか。

過去の柵も今現在彼を縛り付ける後悔も、一切合財忘れてしまえれば彼女達と誠実に付き合う事が出来るのに。

 手前勝手に暴走した挙句に泣かせてしまって、それでもなお好きだと囁いてくれる女性達。全く以て―――勿体無い。

 

 

「―――ありがとう」

 

 

 月並みな言葉しか絞り出せない甲斐性の無さを呪いながら、レイは背もたれに寄りかかって後頭部をガラスにコン、と密着させた。

 

 不誠実な自分が、それでも彼女達の想いに応えるためには、せめて自分が出来る範囲で誠実に在らなければならない。

 きっとどうしようもない人生を送ってきてしまった自分は、どうしようもない死に方をするのだろう。それでも彼女達は自分のために泣いてくれるのだろうか。―――そんな起こるかどうかもわからない未来の話に思考を傾けながら、レイはマジックミラーになっている窓ガラスから外を見た。

 

 眼前に聳えているのは、エレボニア帝国の象徴たる、皇城バルフレイム宮。

 随分と長い一日になりそうだと、思わず心の中でそう呟かざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




…………何だか知らないけど鉄道憲兵隊がファンクラブになっていた件について。

一応フォローしときますけど彼らメッチャ優秀ですからね? そこは崩れてませんから、ね?


このままだと……4章、長くなりそうだなぁ。



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